心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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7話 王都繚乱②

 晴れ渡る晴天の下。グランセルの時計の二つの針が、一つの数字の元で重なった。

 それと同時に。リベール通信社の編集室は騒がしくなり、街の入り口からも多数の親衛隊や遊撃士が突入しては、情報部との交戦が始まる。事情を知らない一般人たちは、何事かと驚いては剣撃の応酬に戸惑い、一目散に建物の中へと避難していく。

 方や、王城のなかでは奇襲班の三人が無事に大門を開き、今度は王城の特務兵たちが驚いた。黒幕ーーリシャール大佐の腹心であるカノーネ大尉はなんとか冷静に状況を俯瞰したが、さすがの彼女も飛行挺を使って空中庭園に着陸することまでは気づかなかった。

 ましてや、そこにクローディア王女がいることなど夢にも思わなかっただろう。

「遊撃士のガキども……クローディア王女殿下だと!?」

 近くにいた二人の特務兵のうち、一人は着陸時の風圧で壁に激突して気絶した。と同時に四人の人間が飛行挺から得物を構えて降り立った。

「ああ、カノーネ大尉!?」

 とエステル。

「あ、城で会った……」

 とカイト。

「問答無用ね、制圧するわ!」

「お覚悟を!」

 と、シェラザードとクローゼ。

 口々に言われ、カノーネ大尉の頭は急激に煮えくり返った。

「舐めるなァァ、小娘ども!!」

 言うが早いか、いきなり銃を構えてくる。特務兵の一人も慌てて鈎爪を取り出した。ここに、救出班の第一戦が始まった。

「ちょっ……いきなり!?」

 カノーネ大尉の最初の標的となったカイトは驚きつつ、二つの銃弾を何とか避けた。背面すれすれを通った攻撃に冷や汗を覚える。

「そりゃあ全面対決だからよ!」

 当たり前だと言わんばかりに叫んだシェラザードは、二歩踏み出して鞭を振るう。その先端は体勢を整えたばかりの特務兵に向かい、その右腕を縛り付けた。

「ーーハイ!」

 元々扇情的な衣装の露出が更に増すことも気にせず、銀閃は腕を振りかぶって特務兵の体勢を崩す。そこへ、有無を問わない迫力のエステルが突っ込んだ。

 一方カイトとクローゼは、カノーネ大尉に強襲していた。

「……ふっ!」

 仮にも銃を持つ者として、そう易々と銃撃をもらうわけにはいかない。そのプライドが効を奏してカノーネ大尉に肉薄することに成功し、体術を繰り出す。

「ーーハッ!」

 一度体を翻しての肩を狙った回し蹴り。しかし踵を掴まれ掌底を受ける。体を転がし受け身を取った後に少年が見たのは、銃を構える女士官。

 その銃の照準を、横殴りにやって来た水球が鈍らせる。

「このっ小娘がぁ!」

 晩餐会で見せた淑やかさなどどこへやらな勢いの罵倒がクローゼに襲いかかる。

「悪いな」

 と、カノーネ大尉にとっては想定外な方向から少年の声が聞こえた。

「あんたに時間をかけてる暇はないんだ」

 アクアブリードに紛れて後ろに回り込んだ少年は、カノーネ大尉の肘と腕を後ろに回し、関節を固定して動きを封じる。

 今度ばかりはなにもできず、敵も舌打ちをするのみだ。

「遊撃士でもないただのガキがっ!」

「伊達に王女殿下の弟分やってない。これぐらいの連携朝飯前さ、文のカノーネさん」

 がら空きの首に手刀を打ち込んで、戦闘は終わった。

 女性遊撃士二人も、呆気なく終わらせたらしい。

「うん、三人とも気絶してるわね」

 昨日の作戦と同様、時間に余裕はない。素早く拘束させると、早くも次の場所ーー女王宮へと照準を合わせる。

「さあ、早く女王様を解放するわよ!」

 屋内の特務兵は、今頃奇襲班や陽動班が掃討しているはずだ。心配の二文字は全くなく、安心して背を任せるのが最善だ。

「迅速に、確実に行くわよ」

 宮殿の中へと入る。雪崩のように駆け込むと、そこには二人の特務兵と一人の貴族がいた。

「な、な……賊かぁ!?」

 怖じ気づいた声色なのは、言わずもがなデュナン公爵。

「この人、ここに避難してたのか」

「私たちはクローディア殿下から女王陛下救出を依頼されたものです」

「特務兵も一緒に退いてもらうとありがたいんですけど? 公爵さん」

 エステルとカイトはともかく、シェラザードも王族に対して容赦のない物言いだった。

 流石にクローゼと同じ王族だけに、傷つけるわけにはいかない。かといって二人の特務兵は制圧しなければならない。

「叔父さま。もうやめて下さい」

 まだ誰も完全な臨戦態勢には入っていない。だからか、クローゼは剣を垂らすという無防備な状態で前に出た。

「叔父さまは、リシャール大佐に利用されていただけなんです」

 静かな呼び掛け。対してデュナン公爵は、口を開いたまま疑問符を浮かべている。

 そして救出班の四人と特務兵さえも驚く一言を叫んだ。

「そなたっ、クローディアではないか!? なんだその髪は!? どうしてここにいるのだ!?」

「……うそぉ。今気づいたの?」

「これはルーアンでも気づかなかったわけだわ……」

「ずいぶんと楽しげな公爵さんねぇ」

「えっと、私も悪かったですし?」

 呆れを通り越して笑いが生まれてきた。おい特務兵、お前らもオレとヨシュアのメイド変装に気づかなかっただろ。ついでにエステルも離宮ですぐに姉さんだってわかんなかっただろ。

 そんな突っ込みを一度心の中にしまい、面白おかしく減ってしまった集中を取り戻す。

「これだから! 女というものは信用できんのだ!!」

 が、その集中も意外と早く研ぎ澄まされそうだった。主に怒りの感情によって。

「ずる賢く、小さなことでわめき散らし、挙句の果てにこの狼藉! 女四人でよくぞ兵の前に出てきたものだ! そんな奴らに、王位を渡してなるものか!」

 まさに静寂。この間十秒。流石になにかを感じたか、デュナン公爵は呻く。敵であるはずの特務兵でさえも、謝った方がいいなどという始末だ。

「流石にびっくりだわ」

「ずる賢い女の力、見せてあげましょうか」

「今のはちょっと、かばえません……」

 まずエステルが呆れ、シェラザードの口だけがにこりと笑い、クローゼは苦笑する。

 そしてカイトはといえば。

「……うん」

 前言撤回、徹底的に懲らしめてやる。姉さんをバカにしたこと。それと、素のオレを女って言ったことにだ。

 そこからはかなり一方的な展開だった。クローゼ以外の三人は度重なる戦闘で特務兵との戦い方を見いだしており、数の利で鈎を捌いていく。

 しかも武器すら持ったこともないデュナン公爵が戦場を走り回っているのだ。特務兵は彼を守らなければならない立場にあり、平常の立ち回りが行えない。しかし怒りを覚えた四人はーーもちろん本気ではないがーー公爵に当たっても構わないという呈で戦っている。

 本来は遊撃士としては言語道断な行いだ。しかしデュナン公爵にとっては不運なことに、現場の指揮は彼女たちに委ねられていた。

 結果として五分も経たないうちに特務兵二人は気絶し、走り疲れたらしいわがまま公爵は仰向けで動かなくなっていた。

「うーん、ちょっと怖がらせ過ぎちゃった?」

「いいんじゃない? お灸を据えたとでも思えば」

 そんな会話をエステルとシェラザードが行った矢先、一人の老人が血相を抱えて飛び出してきた。

 自ら自害すると誠意を見せる彼ーーフィリップ執事にデュナン公爵の介抱を任せ、四人は早々に階段を駆け昇る。

「……お祖母様」

 その最中にクローゼの呟きを聞いて、カイトは心の中で微笑んだ。

 もうすぐだ。もうすぐ女王様を救える。そしたら姉さんも、安心して笑える。

 階段を昇りきった。誰もいない。女王陛下の自室に入った。誰もいないが、奥の窓、その向こうに人の影が見える。

 一思いに扉を開いて、広いテラスへと飛び出す。

「ーーやっと来たか。待ちわびたぞ」

 黒装束に赤い仮面。鈍色に輝く大剣を携えたロランス少尉が、アリシア女王陛下を遮って、悠然と立っていた。

 

 

――――

 

 

 そこは広いテラス。王都グランセルにおいて、最も高い位置に会って神聖な場所。

 本来王族や限られたものしか入ることの叶わない。そんな場所に、五人の戦人と一人の女性がいる。

 敵と言えるのは一人だが、それでも並の特務兵とは比較にならないほどの実力者だ。武術大会での戦いぶりが、カイトの脳裏をよぎる。

「ロランス少尉……あんた、どうしてここに!?」

「私の任務は女王陛下の護衛だ。故に、ここに居ても何ら不思議なことではないだろう?」

 少しばかり作ったような、飄々とした微笑。それはエステルの感情を焚き付けるが、実力者であるシェラザードはさすがに気づいたようだった。

「随分と腕が立ちそうね、こいつ。いったい何者なの?」

 敵を見据えながらエステルは叫び、カイトはそれに続いて声に出した。

「情報部特務部隊隊長、ロランス・ベルガー少尉!」

「元、ジェスター猟兵団の一員。そこからリシャール大佐に引き抜かれた。正直得体のしれない男です」

 数少ない情報だが、確かに一つの事実でもある。だからロランスは僅かに驚きを見せ、ある情報を出す。

「そこまで調べているとは、流石だな。S級遊撃士、カシウス・ブライトの娘」

 逆に全員が驚かされた。遊撃士のS級という称号はあくまで非公式のもので、公にされるものではないのだ。こちらのロランスの経歴は記者ナイアルから回ってきた情報だが、彼はどのような経路で知ったのか。

「フフ……『銀閃』シェラザード・ハーヴェイ。近々、ランクCからBへ昇格するそうだな」

「あんた……」

 それどころか昇格するという細かな情報までひけらかされては、シェラザードも押し黙るしかない。

 男は次に、少年を指さす。

「カイト・レグメント。孤児院の子供がここまでやってくるとは、勇ましいことだ」

「なんで、オレのことまで知ってる……」

 少年はそもそもどこの組織にも属さない一般人だ。そんな情報があること自体が、おかしすぎる。

「……いずれにせよ、私たちがここに来たのはお祖母様を助けるためです。あなたが大佐に雇われただけなのなら、もう戦う理由なんてないはずです」

 ロランスはもちろん実力者ではあるが、四対一のこの状況は普通に考えれば彼にとって不利なものだ。無理に使命を全うするのも、あまり得策とは思えない。

 だが彼は、クローゼの提案とは全く関係のない言葉を綴る。

「この世を動かすのは目に見えている物だけではない。クォーツ盤だけを見ていては、歯車の動きが判らぬように」

「え……」

「心せよ、クローディア姫。国家というのは、巨大で複雑なオーブメントと同じだ。

人々というクォーツから力を引き出す数多の組織、制度という歯車。それを包む国土というフレーム。

 その全ての在り様を把握できなければ、貴女に女王としての資格はない」

 有無を言わせぬ発言に、誰もが静かに聞き入った。そのはっきりと届く強かな声から紡がれたのは、この戦場ともいえる場所に似合わない一つの国家論。

「面白い喩えをするものですね。ですが……確かにその通りかもしれません」

 アリシア女王陛下は、淑やかに笑っていた。それに対しロランスも、妙に礼儀ある言葉遣いを見せる。

「これは失礼した。陛下には無用の説法でしたな」

 この一瞬だけを切り取ると、本当にロランスが護衛をしていて、家臣を信頼する王族に見えた。

「よくわからないけど」

 そのエステルの疑問符に心の中で同調するカイト。

「要するに、女王様を解放する気はないって事ね」

「フフ。どうやら、そのようになるな?」

 次にカイトが愚痴をこぼす。

「っていうか、そのオーブメント論からするとどう考えても公爵さんより姉さんが次期王に相応しいだろ。大佐の意向と違うじゃんか」

「おや……これは失言だったようだな」

 もう戯言はいいとばかりに、各々が得物を構えていく。

「力づくでも返してもらうわ!」

「ここまで来て後には引けないし……」

 気合満々な遊撃士二人。

「あんたからは明確な敵意を感じないけど……」

「それでも、お祖母様のために剣を向けさせていただきます……!」

 疑問を抱えつつ意を決する姉弟。

「フフ、いいだろう」

 ロランスは一歩踏み込み、逆に彼の後ろに立つ女王陛下を下がらせた。

「ならばこちらも、少し本気を出させてもらうぞ」

 そんな言動と同時に、ロランスは何も持たない片手を上げた。警戒する一同をよそに、その手は彼の顔を覆う赤の仮面へと向かい……そして脱ぎ捨てた。

「……っ!?」

 カイトはその素顔を見て、今日一番の驚愕の表情を見せる。

「銀髪……」

「いや、どちらかと言えばアッシュブロンドね。だいぶ北の生まれのようだけど……」

 呟くエステルと説明するシェラザードに、僅かに語るロランス。

「……確かに北の生まれではある。ここからそう遠くもないがな」

 見事な銀の髪。その力強い声と比べて違和感のない歳の男性だった。二十代半ばほどだろうか。紫に近いその瞳を目にしたカイトは、何故か畏縮してしまう。

 二度目だ。彼の瞳を見て萎縮したのは。

「……なんであんたがここにいる!?」

 残る三人が、口々に疑問を少年に投げかけた。カイトはひとまず、正直に動揺した理由を明かす。

「あの時はわからなかったけど……ロランス少尉だったんだ。孤児院が放火された日、助けてくれた人が」

 どうりで、武術大会の時にも大剣に見覚えがあったはずだ。数か月前の夜。炎にまみれた孤児院からカイトたちを救ったのが、彼と彼の剣だったのだから。

 そうとわかると、また新たな疑問が浮かぶ。情報部の戦闘部隊隊長が、自らの部下が行った放火による被害者を助けたことになる。なのに、実行犯の二人にはこの隊長に咎められた様子もない。

「オレを助けてくれたあんたが……なんでこんな悪事を働いてんだ!?」

 わけが分からなかった。昨日のルークとオルテガといい、どうして矛盾した善と悪の言動をしているのだ。

「軍の人間が民間人を救出する。このどこに、疑問がある?」

「その周辺の事情に突っ込みどころありすぎじゃないの」

 即座に割り込むエステル。

「どちらにせよ、現状は敵対している。かつて助けてやったとしてもだ。

 ……それ以上でも以下でもないだろう」

 唐突に大剣を構えてきた。体を半身にしただけ。他は剣を持つ左手も、空の右手も垂れ下がっていて、街の中に佇んでいると言っても違和感がない。

「問答は無用ってことか」

「そういうことだ。どの道、目的のために行ったことに変わりはない」

 四人もそれぞれの得物を構えていく。

 そこで、気がついた。ロランスの周囲の空気が、どこか違って見える。

「一つの目的のためには、助けるものもある。しかしまた異なる目的のため……例え女子供であろうと、立ち塞がるものは斬る」

 その青年の周囲を揺らめく赤い『何か』を見て、全員が直感した。この青年は、今まで戦った中で最強なのだと。

「――行くぞ!!」

 ロランスの掛け声。

「望むところよ!」

「迎撃開始、目標一人!」

「行きます!」

 エステルが、シェラザードが、クローゼが応える。

「――来い、ロランス・ベルガー!!」

 そしてカイトが叫ぶ。昨日の敵と同じように、矛盾した正義を正そうとするために。例え命の恩人だとしても、その恩を自らの意志と流儀で返すために。

 揺るぎない鋭利な……髪と同じような銀色の意志との戦いが始まった。

 

 


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