心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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皆さま、お久しぶりでございます。
少々、お待たせしました(笑)

相変わらずの亀更新ではありますが、よろしくお願いします。
七話、「王都繚乱」開始です!


7話 王都繚乱①

 作戦開始時刻の三時間前。午前九時。

 エルベ離宮の入り口に、作戦の肝となる人々が立っていた。

「ヨシュア、気をつけてよね。くれぐれも無理しちゃダメなんだから」

「分かってるよ。君の方こそ、くれぐれも先走らないように。現状を俯瞰して、シェラさんたちと協力すること」

「うん、分かってる。なんといっても、例の約束もあるし。お互い元気な姿で、グランセル城で会いましょ!」

「うん、必ず!」

 奇襲班のヨシュア、ジン、オリビエが先に出発するのを見送るところだ。エステルはヨシュアと言葉を交わし、後ろに控えるカイト、シェラザード、クローゼのことなどいないかのように仲睦まじい様子を見せている。

「……仲のいい夫婦なことで」

「カイトあんたどの口が言ってんのよこのー!」

「全く。こんな時に元気のいいガキどもだぜ」

 久しぶりにとエステルにからかいを入れてみる。瞬時に顔を赤く染める少女は、恋する乙女そのものだ。そして自分の同様の想いを想起される言葉に、少年もわーわーと言い争いを始める。

 そんな様子をヨシュアたちと共に王都に行くために来たナイアルは呆れながら眺めて、シェラザードは含みのある笑顔を浮かべる。

「でも実際、この子の言う通りよねえ。色々と成長したみたいじゃない。遊撃士としてもそうだし……お、ん、な、としてもねぇ」

「シェ、シェラ姉!」

「えっと、僕は何か言うべき?」

 そんなエステルの気持ちに気付いてやれないヨシュア。

「この朴念仁め……」

 二人の想いは同じだろうし、手助けでもしてやろうかなーと考えるカイトだった。

「さて、俺たちはそろそろ行くぞ」

「バイバイ、愛しの子猫ちゃんたち」

「女神の加護を!」

 挨拶もそこそこに、四人の男は離れていく。その様子――というより一人の少年を見つめるエステル。エステルを見て嬉しそうに笑うシェラザードと、微笑むクローゼ。そして少年は、離れていった男たち全員を見ていた。

 ジン、ヨシュア、オリビエ。それぞれ様々な形で自分に思慮の時間を作るきっかけを与えてくれた。それに感謝もしているが、胸をざわつかせるものもある。それはやはり、彼がいるからなのだろう。

「……頑張ろう」

 そんな自分が彼に対してこれからどう向き合うか。その行く先は、今の自分にはわからない。けれどどうにかしようと努力することだけは、確かに誓ったのだ。

 だから今は、落ち着こう。頑張って、目の前のことに意識を向けよう。

「……さて、みんな。飛空艇の点検もあるし、少し早いけどオレたちも行こうか」

 カイトの提案に三人は頷く。行先は、周遊道の外れにある飛空艇。離宮の中には整備士もいて、導力関係の調整もも全て行えるというのだから、カイト以外の女性三人にとっても嬉しいものだろう。

 歩きながら、しばらくはお預けになるかもしれない世間話に花を咲かせる。現れた魔獣をシェラザードの実力であっさりと引かせつつ、十分ほどで目的の場に辿り着いた。

「……そういえば、お互いまともに自己紹介をしていなかったわね」

 戦闘用具身辺の確認を済ませ、そろそろ出発の時間が近くなってきた。飛空艇の中での簡単な補助操作方法を確認していると、シェラザードがカイトに向けて言った。その言葉はカイトの知る限りクローゼにも当てはまるのだが、どうやら昨日のうちに済ませていたらしい。

「――シェラザード・ハーヴェイ。知っての通り、エステルやヨシュアからはシェラなんて呼ばれてるわ」

 ブライト姉弟の故郷、ロレント地方を中心に活躍している遊撃士だった。またアガットと同じく若手の中ではC級と実力も高く、銀の長髪と得物の鞭から『銀閃』という二つ名を持つ。

「じゃあ、オレもシェラさんで?」

「いいわよ、カイト。そのうち後輩になるんだし、じゃんじゃん頼りなさい」

 そんなことを言われては、カイトは何かしらの質問を投げかけられずにはいられなかった。戦闘、依頼、魔法などどれを聞こうかと迷うが、そんなカイトが数十秒悩んだ末に発したのは、遊撃士とは全く関係のないものだった。

「……ヨシュアとエステルの仲をどう取り持つべきか、ですかね」

「……あんたとは仲良くやれそうな気がするわ」

 どうやら昔から同じ思いを胸にロレントで暗躍していたらしい。話に聞く限り鈍感なのはヨシュアだけでなくエステルも同じなようで、シェラザードが今までに苦労してきたことが伺える。

「ねえねえエステル。いつあんたがヨシュアのことを気になったのか、カイトが知りたいって」

「シェラ姉もカイトもうるさいってばー!」

 数秒後、話を聞いていたエステルの怒号がにがトマト顔と共に爆発し、一同は大いに笑ってしまう。

「なんだよー、オレはてっきり学園祭の時にヨシュアを探してた時からそうなのかとーー」

「っ! 誰も演劇でなんて言ってないじゃない!!」

「あ、墓穴ほった」

「……クスクス」

「クローゼも笑わないでー!!」

 冷静さの欠いたエステルの言葉から、また今度ヨシュアに女装でもさせてみるかと、自分の危険度を把握しないで考える少年だった。

 

 

――――

 

 

「――ハックシュッ!」

「おい、こんな時に大丈夫か?」

「いや、平気です。少し森の冷気に当たったからかな」

「これは案外、誰かが噂しているのかもしれないねえ」

 所変わって、王都の地下道を歩く三人の男。手っ取り早く街へついてナイアルと別れ、エルナンに短く現状を伝え、彼らは早々に地下への扉に向かったのだ。

 狭い路地の中現れた、複数の卵型の魔獣。ヨシュアはすぐさま一撃を浴びせ、彼が後退する間をオリビエの銃弾が閃いた。魔獣の末期の咆哮である爆風を感じながらヨシュアは現状を把握し、有効な属性のアーツを駆動。ジンはジンで、魔獣を抱えるとすぐさま堀へ落とし込む。

 男三人の道は、中々順調である。

「それで、ロレントではシェラさんにしてやられた訳ですか」

「ふふ、そうだねえ。シェラ君もそうまでして僕を落としたいなんて、可愛いところがあるというものだよ」

「……そうか? 酒に関してだけは、俺はあいつに勝てる気はせんが」

 魔獣も魔獣で、勝てないと感じる相手には自分から近寄ろうとはしないのだろう。鉢合わせるのは曲がり角や狭い路地程度で、結果として三人は世間話を続けている程度の余裕はあった。

「それにしても、結局晩餐会は行けずじまいでしたね」

「あのミュラーって兄さんには、その後なにか言われたのか?」

「いやあ、それはもう僕がいないと寂しいと涙を見せられてね。かく言う今もこの国のために身を挺している漂泊の詩人。……ふ。我ながら、罪な男というものだっ」

 あの帝国軍人に限って涙を見せることはないだろう。反省する気は更々ないようで、遊撃士二人を脱力させる。

「これはまた後が思いやられる。……あれ?」

 ヨシュアは呆れた後、小さく声をあげた。数度の戦闘を経て、どうやら第一の目的地に到着したようだ。

「ここか」

「そのようです。出発点からの座標も合っている」

「では、この場で某かの操作を行うというわけか」

 地下道の表面上の最奥。後ろは通ってきた道で左右は堀。正面は、周囲にあるものと何ら変わりないような壁が広がるのみだ。

「まずは僕がやってみます」

 一同を代表したヨシュアが前に立った。深呼吸をしつつ撫でるように壁へ片手をかざすと、唐突に、しかし静かに掌を滑らせていく。

 その様子を、男二人は興味深く見つめる。周囲の魔獣の確認も怠りはしないが、それでも先程までと同じように遭遇することはないだろう。だからこそ二人は動作に何の迷いも見せない黒髪の少年を見ていた。

 あと一枚の推薦状で正遊撃士へと昇格する少年、ヨシュア・ブライト。あなどれない少年だった。

「…………当たり。ジンさん、オリビエさん。開きますよ」

 重い音ーー地響きが耳を揺らし、ゆっくりと壁が床へ消えていく。その奥には今までと変わらず地下道が広がっているが、その空気は冷たく感じて喉と肺を微かに締め付けた。

 ジンの控えめな拍手喝采。

「……お見事っ」

「不思議なものだねえ。こういうのに、何かコツでもあるのかい?」

 いや、と一言添えてから、少年はエステルのみが気づく程度のぶっきらぼうな表情で答える。

「コツというより、慣れなのかな。何て言うか、こう……自然と指が探り当てるんです」

「ふーん……。ヨシュア君ってその昔、稀代の怪盗少年でもやってたのかな? 活劇物に出てくるようなやつ」

 オリビエの中で、ヨシュアはいったいどのような存在なのだろう。

「あのですね……」

「いや、帝都では最近オペラが流行りだしてね。歌にせよ演劇にせよ、芸術というものは僕にとって等しく愛すべき存在なのさ」

「だから、あのですね……」

「オペラ人気の立役者となった期待の新人ヴィータか。リベールの素晴らしき女形となるヨシュア君か。僕としてはどちらかと言われれば迷ってしま」

「オリビエさん。削ぎますよ?」

「……ハイ」

 リベールに来てからの数々の行い。まったくもって、懲りていないようだった。さすがに双剣を頸動脈に当てられては、お調子者も黙り込むしかない。

「いずれにせよ、道は開けた。姫殿下のおっしゃった通り魔獣の雰囲気も違うし、気を付けるぞ」

 ジンはなんだか苦労するなと、密かに嘆息していた。

 秘密の地下道は、今までの道よりも複雑な造りをしていた。出口も封鎖されているためか風の動きも殆どなく、クローゼから受け取った地図がなければ突破までに数倍の時間を要していただろう。

「……ところで、オリビエ」

 強さが上がったため、魔獣が積極的に襲ってくるようになった。その二度目の群れを殲滅した後、手甲をはめ直していたジンが思い出したように呟く。

「ん、なんだいジンさん?」

「お前さんのその言動。残念ながらあいつにとっては、簡単に聞き過ごせるものではないらしいぞ」

 諭すでも怒るでもない、純粋に疑問を投げ掛けるような口調だった。

「もちろん俺たちにとっては冗談ですむ。……まあ、それでもお前さんの身が危険なのは言うまでもないが」

 エステルに攻撃されたりミュラーに引きずられたり、今のヨシュアであったり。ただその陶酔な言葉と暴力も、お互い一線を越えることはない。ある種の信頼関係が成り立っているからこそできることでもあるのだ。

「だがあいつには。カイトにとっちゃそうはいかない。未だ自分の中の過去と戦ってる最中にお前さんみたいな帝国人が現れたら、心中穏やかにはいられないだろうさ」

「……ふむ」

「彼も自分が考えすぎだと割りきってはいる。けれどオリビエさんも、彼の前では落ち着いた方がいいんじゃないですか?」

 珍しく青年が黙考している。少なからず、思うところはあるのだろう。

 オリビエは、この性格は半分素なんだがねえと呟いて、静かに語りだした。

「とりあえず、カイト君とは一度食の席を共にしたいね」

 二人の提案に同調するものではなかった。

「なんせ彼は、僕がリベールに来て初めて会うタイプの少年でもある。誤解を恐れずに言うなら、ただ謝るだけでなく、そこから一歩踏み込みたい」

 それがいつもの、例えばヨシュアに対して言うような意図の言葉でないことは、二人には理解できた。

「漂泊の詩人ではあるが、全ての気の赴くままというわけではないさ。僅かであっても詩人のーー僕のやることもあってね。その意味でカイト君に出会えたことは、僕にとって幸運だったのだろう」

 オリビエはヨシュアでもジンでもなく、別のどこかを見ていた。普段らしからぬ彼の言動に、聞き入る二人も真剣になる。

「愛の狩人として。漂泊の詩人として。そしてオリビエ・レンハイムとして、この国に来て良かったよ」

「……何だかちょっと、不思議ですね。そんなことを言うオリビエさんって」

 ヨシュアは話を聞き入って、少し呆ける。ボースでの青年の所業を知る者にとって、意外すぎる言葉だった。ジンもジンで、豪快に笑っている。

「はははっ。まあ何にせよ、心配はいらんみたいだな」

 武術大会後の雰囲気は良いものではなかったが、それでも互いがそれぞれ自覚して相手を知ろうとしているのだ。時間はかかるかもしれないが、問題はないだろう。

「でもヨシュア君は僕を誤解しているようだね」

「……そうかもしれませんね」

「これはぜひとも僕を知ってもらうために、全てをさらけ出そうじゃ」

「ですから削ぎますよ?」

「……モウシワケゴザイマセン」

 ちなみに、今度は双剣を振って青年の前髪を刈っていた。なかなかの脅しとなったようだった。

 そこまで言ったところで、真面目でもふざけでもない口調でオリビエが問う。

「ところでヨシュア君。そこまで人の心の機微に気が利くなら……察知してもいいのにねえ」

「え、何がです?」

「前にエステル君と一緒にいたときに言った言葉、『花開くのを恥じらう蕾のようだ』。……これ、わかったかい?」

 三秒ほど考えただけで、とくに戸惑うこともなく答える。

「エステルの戦闘技術は、確かにもう少しで才能が花開きそうですよね。もともと剣聖カシウス・ブライトの娘ですし」

 笑顔でまったく検討違いのことを言われては、今度はオリビエがずっこけるしかなかった。

「苦労してんな、エステルも」

 ヨシュアも少し面倒くさいのかと、心のなかで快活な少女に合掌をするジン。

 王城が開かれるその時は、刻々と近づいていた。

 

 

 


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