心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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6話 星空に迷う雛④

「情報部戦闘部隊中隊長、ルーク・ライゼン。もう一度言う、ここは通さない!」

「情報部所属。王国軍少尉、オルテガ・シーク。例え、何者でもあってもな」

 眼前の守護神たちは言い放つ。右手――金の髪をなびかせた若い声を持つルーク・ライゼンは決死の覚悟で。左手――白が混じる茶髪で渋い声を持つオルテガ・シークは厳かに。

「この先が目的の場所ってわけね」

「そうだね。つまり彼らが……」

「最後の関門なのか」

 口々に呟く少年少女三人。最後に東洋の武術家が、はっきりと問う。

「俺たちは囚われた人々の救出に来た。大人しく引く気は――」

「あると思うか?」

 ジンの言葉を振り切って、オルテガが斧を眼前で振り切る。声からして壮年なのだろうが、その立ち振る舞いや所作に衰えは見られない。

「そう、か。三人とも、撃破するぞ。強敵が二人……心してかかれ」

 静寂。その緊張を壊したのはアガットに匹敵する腕力で斧を片手で振り回したルークだった。

「いざ尋常に……勝負!!」

 叫ぶなり、四人に向かって突っ込んでくる。最も前に立つヨシュアは迎撃態勢に入った。

 カイトの放った二発の銃弾は紙一重で避けられた。ルークはずば抜けた速度で迎え撃つヨシュアにも、戦術オーブメントを駆動するエステルにも動じていない。そして、双剣と斧が激突する。

 銅鑼が叩かれたような音の後に、ヨシュアの双剣の一振りが両者の真横の壁に突き刺さった。

「っ!」

「ヨシュア!?」

 ヨシュアが顔をひきつらせ、エステルが声を上げる。突入班の四人全員、正確に言えばジン以外の三人が完全に虚を突かれた。ヨシュアは焦りつつもルークの追撃を辛うじていなし、剣を取り戻せぬまま片手剣となって戻ってきた。遅れて発動したエステルのアクアブリードは余裕のあるルークに向かい、そしてあっさり避けられる。

 ルークもまたそれ以上前にのめることなく後退。こちらと違い無理に倒す必要はないと分かっているのか、落ち着いてまた斧を構える。

「強い……」

 カイトが小さく呟いた。一目見て分かるほど、今までの特務兵とは格が違う。

 そもそも軍の兵士と遊撃士では、強さの質が違うともいえる。もちろん兵士は訓練などで対人戦闘技術や荒くれ者に対する対処技術などを高めていくだろうが、文字通りの軍隊だ。主として大規模な戦闘での心構えを覚え、その後に個々の戦闘技術がついてくる。二対四の白兵戦は、どちらかと言えば遊撃士の得意とするところだ。

 ジンが前へと繰り出し、ルークの斧の平を拳で打ち付けた。その隙を通って繰り出されたヨシュアの一撃は、しかしいつの間にか前へと進んだオルテガの大上段からの振り下ろしによって遮られる。エステルの棍は今回ばかりはリーチの長さが仇となり、カイトもまた味方への誤射を考えると迂闊に銃弾を放てない。

「……またかっ」

 目の前の二人の実力は、ざっと見てA級遊撃士であるジンそして戦闘に非凡な才能を見せるヨシュアと変わらないだろう。そして、さして広くない通路での扉の守護に徹する戦い方が、二人という人数の差を打ち消している。

 一度、茶髪の少年は後ろを見た。しかし、外の音は前からの鉄と鉄の打ち合いによって遮られる。

「カイト、私は二人を援護する。あんたは何とかヨシュアの剣を取り戻して」

 静かな声で少女は伝え、同時に再び戦術オーブメントを駆動。少年は首を縦に振る。揺らめき始めた暗黄色の波を目の端にとらえながら、考える。

 今できることは何だ。迂闊に攻撃をできないなら、足をそして口を動かせ。少しでも自分たちの勝利へ貢献しろ。

「おい、リベールの未来のためって言ったな。だったら、何で人を苦しめて、リシャール大佐に加担するんだ!」

 ルークの斧がジンに向かい、手甲に炸裂。ジンは体制を崩され、そこにオルテガの蹴りを見舞われた。

「それが俺たちの矜持だからだ! お前たちの信念とは違っても、俺たちは負けられない!」

 言い放ったルークはヨシュアの素手の体術をくらいながらも、彼の剣をいなす。たった今発動したエステルの地属性アーツ『クレスト』が、ヨシュアの体に堅牢さを与える。

 カイトはやや前線に向かい隙を見たが、それでも四人の攻撃の嵐には突っ込めそうにない。

「……ふざけるなよ! どうして多くの人が傷つくやり方が正しいと言えるんだ!?」

「それは」

 オルテガの斧が、ヨシュアの腹部を強く打ち付けた。魔法の恩恵で身体へのダメージは軽いが、それでも体が浮きカイトの側へ吹き飛ばされる。

 ジンも一度後退し、ヨシュアを守る体制に入る。やはり、特務兵二人は追撃を行わない。

「時代は人の弱さを待ってはくれない……そう言ったアランと考えが一致するからだ。罪に恐れを抱く暇はない。ならば自らの命と足場を賭して、彼の行く末を見守るのが我々の役目だ」

 言い切ったオルテガの口調は、全く迷いといったものが感じられなかった。恐らく仮面の下の瞳を見たとしても、同様だろう。

 彼らに正当性があるなど思いたくもないが、初めて特務兵の言葉を聞いたカイトは軽い衝撃を受けていた。

「アラン……大佐のことね」

「オルテガって方はかなりの古株みたいだな。俺とヨシュアの攻撃がなかなか通じん……」

 リシャール大佐を名で呼ぶあたり、彼と親しい間柄なのだろう。長く王国に勤めた老齢の兵が、迷うことなくクーデターに賛同しているということなのだ。そのことが、今のカイトにはどうしても信じられない。

 突入班にとっては心苦しいしばしの静寂。ルークが一度、口を開く。

「とは言っても、流石に必要以上に命を取ろうとは思ってないから安心しろ。奥の部屋に情報部の者はいないし、子供を人質にしようなんぞと抜かしていた訳のわからん隊長殿は今頃外にいる。お前たちの気が住む限り、相手をしてやるよ」

 仁王立ち、宣戦布告するルーク。彼もまた迷いはなさそうで、力強い斧捌きにもそれが見て取れる。

 会話の間に、エステルがクレストをジンにかけた。また戦いが始まろうとしている。とはいえ、現状四人に打つ手はない。扉の向こうへの被害を考えて、大規模アーツを迂闊に放つわけにもいかないのだ。

 危険を承知で三人以上で特攻すれば可能性は十分にある。だが、ルークは『必要以上の命は取らない』と言った。なら扉を守るため、必要最小限の命であれば刈り取るつもりだ。そうなれば、誰かの血を見ることになる。それだけは、避けなくてはならない。

 ただ特攻するのではない。例え些細なことでもいい、相手の虚をついた特攻でなければならない。

「ここで引いてもらえれば、私たちも余計な血を見ずにすむのだがな」

 多くの言葉を交わしながらの戦闘は、この場にいる全ての者にとって珍しいものだろう。一つの惑いが隙を生むからこそ、戦闘において余計な言葉は自らを滅ぼすからだ。だからこそエステルも、急に相手に跳びかかるという暴挙は初めてだっただろう。

「余計な血ってなによ!? 流れていい血なんて……死んでいい人なんて一人もいないわよっ!!」

 他の三人の前を行き、ふざけた物言いへの怒りを乗せたエステルの棍が大上段から空を切り裂く。だがそれは、やはり呆気なく攻撃は防がれる。

 オルテガの腕を狙って放たれた根の一閃は、見境がないために呆気なく交わされる。反撃に出たオルテガの斧を、辛うじて援護に出たジンが受け止める。

「ならば、お前たちには分からないのか!?」

 オルテガは、鍔迫り合いのまま叫んだ。

「例え今この場で犠牲を払ったとしても、成さなければならないのだ。……お前たちは十年前のあの戦争に……百日戦役に悲劇はないのか!? 力なきこの国の悲劇を、見て見ぬふりができるのか!?」

 ルークがオルテガを助けようと、そしてヨシュアも前に出ようとする。しかし二人が最初の一歩を出そうとした時だ。

「できるわけがないだろっ!」

 最初の二発以降何もできなかった少年が、その場の誰よりも果敢な声を上げた。ヨシュアとルークがたたらを踏む。

「オレだって戦争は憎い! あの時オレの両親を殺した、帝国が大っ嫌いだ!! それでも、今あんたたちが戦争を作ろうとしている……オレの大切な姉さんを苦しめてる! だからオレは、何が何でもあんたたちを止めなくちゃならないっ!!」

 この戦闘において、初めてカイトは一歩前に出た。

「あんたらの覚悟がどれだけ凄くても、オレたちはあんたたちを倒さなきゃならないんだ!!」

 少年は前に出る。同時にヨシュアも、踏み出した。どの道この作戦には時間に限りがある。これが最後と、カイトとは違い冷静に意を決したのかもしれない。

 状況はルークが最奥、ジンとエステルとオルテガが中央、そしてそのやや奥の壁に未だ取り戻せないヨシュアの片手剣。最も手前の少年二人は、一目散に剣のもとへ走る。

 だが当然、ルークも見逃すはずがない。少年たちの動きを制するかのように、前へと突っ込む。

「ヨシュア!」

 今なお膠着状態の三人の横に入り、カイトが叫んだ。ヨシュアは声を上げず、少年の目を見た。

(君に任せる。全力でフォローする)

 迷いのない瞳は、そう語っていた。

「っ!」

 後で語っていたことなのだが、ヨシュアはこのカイトに任せるという選択を全幅の信頼を持って行った、というわけではなかったという。ヨシュアが信頼していたのは、カイトの『クローゼのために戦う。彼女に会うために、絶対に死なない』という原動力だった。

 正直に言って、現役遊撃士の三人は五体満足で特務兵の斧使い二人を制することができるとは考えていなかった。エルベ離宮奪還作戦において唯一奇襲が行えず、戦場も狭い通路と相手に優位で、かつ手練れなのだ。そんなことは不可能に近い。

 だからこそ、この場で最も軟弱な茶髪の少年は誰にとっても異常な存在だった。全員が負傷を覚悟した戦いの中で、彼だけが違う思考を基に戦っている。自分と仲間を傷つけないために全く前に出なかった時点で、ヨシュアはそれを確信した。

 ヨシュアの二歩前を行くカイトが、もし軍人やジンのような屈強な遊撃士であったなら、迷わず自分たちに迫りかかっているルークに相対するだろう。そして恐らくルークは、カイトが軟弱であっても自分に向かってくると予想しているはずだ。

 だから、今この場で少年だけが行える。些細なことでも、確かに『虚』を突く行動を。

「ふっ!」

 カイトはルークと相対するーーかと思いきや、その直前で地を蹴り横へ跳躍した。その所作にルークは慌て、しかし即座にカイトの後ろから現れたヨシュアの斬撃を防いだ。

「ヨシュア!」

 再び名前を叫ぶ。ヨシュアは迎える。さあ、僕らを驚かせてくれと願いながら。

 茶髪の少年は壁から剣を力の限り引き抜いた。ルークはそれに気づいたかヨシュアの剣を弾き、壁に腹を自分に背を向けたカイトに意識を広げる。

 左手に剣、右手に銃となった少年は、ヨシュアに得物を投げた。

 何故か、剣でなく銃を。

「なっ!?」

「っ!」

 僅かな衝撃はヨシュア、ルークを驚かせて止める。銃を投げたその意図は、咄嗟なのか失敗なのか成功なのか、あるいは他の理由があるのか。

 けれど、両者の驚愕にはほんの少しの差があった。起こりうる全ての状況を可能性の高いものから迎撃せんとしていたルークと、正攻法ではない何かが来ると賭けていたヨシュア。

 実戦経験もある。白兵戦にも長ける。長所はスピード。覚悟も十分。同じ特徴を持つ二人の一瞬の差が、勝敗を分ける因子の一つだ。

「いけえっ!」

 叫んでホルスターにしまった銃をもう一度取り出した。渡された銃を受け取った。二人が同時に異なる方向から銃弾を放った。カイトの弾丸がルークの右膝に命中した。

「――セイッ!」

 すかさずヨシュアが突っ込みすれ違いざまに一撃を浴びせ、そのまま最奥の扉に迫る。絶影の一撃を弾いたルークは斧を制御できず体勢を崩した。

「――とどめだ!」

 腹部ががら空きになり、斧を持つ手も一つのみ。その手の斧を弾くため、カイトが最後の一撃と剣を袈裟がけに振るう。

 しかしその一撃に、ルークは自ら当たりに体を前進させた。

「舐めるなぁぁ!!」

 戦闘部隊中隊長の怒号は肩の肉を引き裂かれても変わらなかった。そのまま無手のルークに体術を見舞おうとしていたカイトは驚き、逆に技術も何もない正拳を回避する羽目になる。

 オルテガに後退を余儀なくされたエステルとジンもカイトの傍まで下がった結果、何度目かの膠着が訪れてしまった。

「手強い。今までのどんな特務兵よりも」

 ヨシュアは扉に最も近い位置で呟いて、扉から最も遠くで武器を構える三人を見る。

「我々は遊びでこの場にいるのではない」

 オルテガがヨシュアと相対しながら断言した。

「命を賭して扉を守護しているんだ! 殺せない程度の覚悟なら、今すぐこの場をされっ!!」

 ルークが出血など関係ないと言わんばかりに、まともに動かせないはずの側を含めた両腕で斧を構えた。二人の特務兵は背中合わせとなり、互いの死角を補っていた。

 仮に素直に斧を弾かれていれば、ルークはカイトに制圧されていただろう。その後は一人となったオルテガを制圧すれば、文句なしで遊撃士たちの勝利だった。しかしこの特務兵は、自分の血を流すことを全く躊躇わなかった。そうしてまで、こちらに勝利を渡さなかった。

 それほどの覚悟があるということだった。彼らの正義が自分たちと相いれないとしても、何に変えても国を守るという確かな意志があるのだ。

「また一からやり直しね」

「多少変わっているものもあるがな」

 エステルの呟きに、ジンが返す。変わっていることは陣形、ルークの傷、少年二人の得物。特に得物に関してはもう奇襲は通用しないだろう。隣同士にいない以上二刀二丁に戻すことも叶わなそうで、慣れない得物で長く相手の攻撃を耐えなければならないだけ不利ともとれる。

「もう一度。あいつらの隙を狙うんだ」

 けれどどうやって? こちらが二人がかりで均衡を保てる相手にどう隙を狙う?

(分からない。それでもやるしかない)

 最高の機会を逃してしまったのだ。こっちも覚悟を持たなければいけないと、カイトは思う。

 不意に、六人全員が動き出した。そして対峙する者同士が衝突する寸前に、それは来た。

「なら僕が、その隙を作ってみせよう」

 六人の誰とも違う、真面目ながらどこかすかしたような青年の声。同時にカイトの背後から、少年の二丁拳銃とは種類の違う銃弾が現れた。その正確無比な一撃は、やや冷静さを欠いていたルークの傷のない肩に炸裂する。

「今よっ!」

 今度はエステルではない、力強い女性の声。遊撃士たちは合わせたようにルークへ攻撃を仕掛け、ついに棍と手甲がその意識を絶つことに成功する。

 一方オルテガの体は完全にヨシュアに向いていた。黒髪の少年は剣と銃で危なげなく斧をいなしていく。

 たった今ルークを制圧したばかりの三人の横を銀の閃きーー否、長い銀髪が踊った。彼女は素早く距離を詰めると、その手に携えた鞭を振るい、やや遠いオルテガの両膝を強かに打ちすえる。

 新手の攻撃までは予想しきれなかったのだろう。オルテガは姿勢こそ崩さなかったものの、制御するためにほんの一瞬、常人には気づくとも思えないほどのほんの一瞬だけ動きが止まる。

 この味方にとっても予想外の援軍が、勝敗を分ける二つ目の因子となった。

 ヨシュアが跳躍した。鞭により生まれた硬直を下手でない精度の銃撃で延ばし、残る片手剣を降下しながら有らん限りの力で峰を振りかぶる。

 いつかのレイヴン戦で放った骨を断つ勢いの、文字通りの断骨剣。ヨシュアらしからぬ速さでなく威力を重視した攻撃をもって、長い戦闘は幕を閉じた。

 

 

 


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