心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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5話 欠片を追って②

 メーヴェ街道を息が切れる程の速さで走る、走る、走る。それでもマノリア村にはすぐ到着しなくて、少年を急かさせる。

 バラバラだったパズルが一瞬にして繋がったと言うのは、まさにこの事を言うのだろう。

 今の今まで少年は王室親衛隊の反逆について疑問を持っていたが、それはもう氷解した。あのリベール通信の写真一つで、きれいに全てが繋がったのだ。

 武術大会に参加していた情報部の特務兵こそが、黒装束の正体。なら一連の事件に関与していた情報部が黒幕であり、彼らがメディアを通して発表した王室親衛隊の罪は十中八九虚偽だ。情報部の某か(なにがしか)の罪を明らかにした親衛隊を壊滅させるための措置と仮説が立てられる。一連の事件の周到さを考えるに、彼らを統率している人物はかなりの切れ者。現在王都で人気を誇るリシャール大佐の裏をかけるほどの人物か、あるいはーーカイト自身は考えたくもないがリシャール大佐本人が黒幕か。

「やっと……ついた、マノリア村!」

 ただ、少年は今までの思考では対した動揺をしていない。重要なのは、その先の予感。

 発表された情報の一部が虚偽であればアリシア女王陛下の体調不良も虚偽の可能性があり、その場合情報部は国のトップをも敵に回すクーデターを目論んでいるのだ。

 もしこの仮説が事実なら。女王陛下の孫娘であるクローディア姫ーー親しい姉は無事だと言えるのか。

 少年をここまで取り乱させるのに、これだけの仮説があれば十分だった。いてもたってもいられないから、少年はがむしゃらに動き続ける。

 白の木蓮亭で孤児院の面々が借りている部屋は、偶然にも誰もいなかった。急いで自分の物を物色すると、とにかく一つだけ目的の物を握りしめる。そんな動作さえもどかしく、少年はそれをポケットに入れて白の木蓮亭を後にした。

「……っはぁ、はぁ……はぁ……」

 やがて辿り着いたのは、遊撃士協会ではない。カイトは一度も使ったことのないルーアンの発着場だ。

 少年は懐にしまったそれを取り出す。初めて自分で稼いだ、大事なときに使えと言われた遊撃士としての財産を取り出して、発着場の受け付けに話しかけた。

「すみません……王都行きの便はいつありますか!?」

 

 

ーーーー

 

 

 驚いたことに、到着予定時に来たのは飛行船『リンデ号』でも『セシリア号』でもなく、王国軍の飛行艇だった。どうやらこれも情報部によるものらしく、名目はテロリスト対策なのだという。人生初の飛行船による空の旅は一先ずのお預けになった。

 居心地悪げな飛行艇の中を物色しながら、王都に着くのを待ち続ける。ツァイスを通りすぎて、動かないことに疲労の色が見栄始めた頃、やっと少年は王都にたどり着くことができた。

「ここが女王陛下のお膝元……王都グランセルか」

 発着場を通りすぎて東区に入った少年は、まずその広さに驚きを隠せなかった。左には帝国大使館、正面にはマーケット、その奥には共和国大使館。どれもルーアンのダルモア家の屋敷よりも大きく、マーケットでは人の通りが多い。後ろを向けばグランセル城が見えるし、東区の他にも中央区や西区があるというから、本当にこの王都は大きいのだろう。

「ここに来れば……何かが分かる」

 何はともあれ、さっそく動く必要があった。姉の安否を確かめるためには、情報を集めなければいけない。まずは自分と同じ考えを持つ人間がどれ程いるのか、そして火中のユリアとクローゼがどこにいるのかを知る必要がある。

 最も信頼できるのは、既に王都にいるはずのエステルとヨシュアだ。

 そこまで考えた時、大きな歓声が東区の奥からカイトの鼓膜に届いた。そして、次の目的地が決まった。

「そうか、グランアリーナ!」

 受け付けで入場料を支払って観戦席に行くと、そこは既に溢れんばかりの観客がいる。彼らの脇を通りながら苦労して最前列まで行くと、見知った顔が会場を盛り上げていた。

「あ……!」

 驚いたことに、半分はルーアンの不良集団レイヴンがいたのだ。幹部であるディン、レイス、ロッコ、そして取り巻きの計四人が奮闘をしている。しかもこの数週間で鍛錬でもしていたのか戦闘力が上がっていて、さらに少年を驚かせた。

 もう片方には、カイトとクローゼの恩人であるエステルとヨシュアがいた。他にカイトの知らない、東方風の武術家と金髪をなびかせ導力銃を操る青年がいる。武術大会本戦の一回戦。不思議な組み合わせだが、彼らは見事な連携を見せてレイヴンを圧倒している。

 ブライト姉弟はもちろんのこと、他の二人も大きな体躯から繰り出される体術と針の穴を通すような銃撃。多少の時間はかかったものの、結果的にはエステルたちの勝利に終わったようだ。一通りの歓声を受け終えて、それぞれが控室に戻っていった。

 興奮もつかの間、司会から対戦カードが発表され、そして試合が始まる。エステルたち『武術家ジン以下四名』の試合は第二試合だったらしい。第三試合ではボース地方を騒がせた空賊『カプアー一家』がまさかの勝利をおさめ第四試合では例の情報部の特務兵が圧倒的な強さで勝利をおさめ、カイトを少し動揺させる。

 そうやって今日の全ての日程が終わるころには、日も傾いていた。波のように会場を後にする一般人に紛れて東区へ戻り、しばらくの間グランアリーナの前の公園で時間を潰す。

 そうして、目的の人物はやってきた。どうやらカイトの知らない二人は、先に分かれたらしい。

「エステル、ヨシュア!」

 声をかけると、案の定彼らは驚く。

「カ、カイト!?」

「驚いた……来ていたんだね」

「ふふ、来てやったよ!」

 戦闘の後だからか、二人はいくらか疲弊している。

「二人とも、快調みたいだね。試合、見たよ」

「ふっふん、どんなもんよ!」

 何だかんだで三週間しか経ってない以上、そこまで事務的な会話はない。必然的に核心的な内容に迫っていく。

「うんうん、元気そうで何よりだわ。それで、クラムたちは?」

「いや……王都へはオレ一人で来たんだ」

「へ?」

「……そういえば、いつ来たんだい?」

「……今日のついさっき」

 要領の得ない会話に、さすがのエステルも困惑顔になる。そしてヨシュアはこう言った。

「何か目的があるんだね?」

 静かに首を一振り。

「単刀直入に聞きたいんだ。今二人が、情報部のクーデターについてどれだけのことを掴んでるのか」

 少女、少年然としていた二人の顔が、にわかに遊撃士としての一面を帯びた。

 

 

――――

 

 

「それにしても、まいったよ。それだけの情報で情報部のクーデターの可能性に辿り着くなんて」

 日も落ちて王都の人波も疎らになった頃、遊撃士協会の王都支部でヨシュアはそんなことを言った。

「一応特務兵の顔は見てたし、ジャンさんから多少の情報は聞いてたから」

 エステルとヨシュアにカイト。そして今は王都支部の受付を務める金髪が特徴の青年――エルナンも交えている。エルナンはカイトのことをジャンから度々聞かれていたらしく、互いの自己紹介に大した時間はかからなかった。

 問われた内容が内容だけに、ブライト姉弟は王都の真ん中で、しかもまだ一般人であるカイトにエルナンの了解抜きに説明するわけにもいかない。結果的に話は遊撃士協会で……ということになった。まずブライト姉弟が今日の報告を行い、次にカイトが三人から事件の概要、ツァイスでの出来事、そして現在の遊撃士協会の行動指針などの情報を得て、そして今に至る。

 王室親衛隊の罪が濡れ衣だったこと。黒幕は情報部のリシャール大佐だったこと。漆黒のオーブメントの正体。ブライト姉弟は紆余曲折を経て導力革命の父と呼ばれるアルバート・ラッセル博士の依頼を受け、アシリア女王陛下と接触しようとしていること。現在は一般人の立ち入りができないグランセル城に潜入するために、武術大会を勝ち抜こうとしていること。

 様々な現実に、少年は気を落とさずにいられなかった。

「カイトさん。念のためですが、一連の情報はくれぐれも他言無用でお願いします」

「はい、わかりました」

 当初エルナンはカイトに躊躇いを感じていたが、少年が立てた予想を聞いて受け入れた。

「みんな、ありがとう。少しすっきりしたよ」

 カイトは言う。

「それでカイト。君はその疑問を解くために王都に来たのかい?」

「それだけじゃない」

 今度は、首を縦に振る。

「オレも、今回の事件解決に協力させてください」

「……」

 返ってきたのは無言だった。ブライト姉弟はともかく、エルナンがあまりいい表情をしていない。少年はそれを理由を示せと言っていることにする。

「もちろんオレは遊撃士じゃないし、特務兵と一対一で戦えるだけの実力もない。けれど状況が状況だし、リベール国民の一人として指をくわえているだけなのは嫌なんです」

「ですが、今回はかなり特殊なケースです。それだけの覚悟がありますか」

 どうやらエルナンは理詰めで話を進めるようだ。協会の受付には様々な人がいる。そんなことを頭の隅で考えながら、カイトは俯く。

 覚悟を問われて最初に浮かんだのは、一人の少女の顔だった。

「……クローゼ姉さんが、いないんだ」

 その言葉に、ブライト姉弟の表情が固まる。

「いないって……」

「確かこの時期には、王都にいると言ってたよね?」

 エルナンも二人からクローゼの話を聞いていたのか、特に質問を挟んではこない。

「最初はただ連絡が取れないだけかと思ってた。でも、姉さんが連絡を取らずにいなくなるわけないんだ。きっと、今回の件に関係しているはず」

 自分がクローゼの公式な関係者でない以上、勝手に彼女の正体を明かすのことはできない。でも、この二人は教えなくても変わらずに手を差し伸べてくれるだろう。

 少年がこのクーデター阻止に協力するのは、もちろんリベール人としての意味も大きい。

 けれど。

「確かにオレは遊撃士じゃないし、姉さんと血縁関係があるわけでもない。でも……オレの大切な人なんだ!!」

 溜まっていた想いが爆発する。

 百日戦役という悲劇は産まれてたった五年の少年にとって心に負担が大きかった。だからこそカイトはそこで出会ったクローゼに、まるで産まれたばかりの雛のように依存した。十年の月日が経って、その感情が親ではなく異性に向けたそれになった今であっても、まだ少年の心にはクローゼがいた。

「本当に心配なんだっ……自分が何もしないで姉さんに何かがあったら、自分を殺してやりたくなる……!」

 だからこそ、クローゼの身に危機を感じた時。少年はその不安な自分の心を満たしたくて、心の欠片を追うために来た。

「だから、何が起きているのかを知りたいんだ!」

 最後に、ただ受け入れてほしい一心で頭を下げる。

「お願いします……オレも協力させてくださいっ!!」

 沈黙。しかしすぐに声が発された。

「エルナンさん。私はカイトを協力させてもいいと思う」

 エステルは言う。

「別に戦いの素人ってわけじゃないし、カイトの銃の技術はカルナさん譲りだし。……それに、今の人を助けたいって気持ちは、私たち本職の遊撃士と少しも変わらない大切な戦力だと思うの」

 顔を上げると、そこには優しい顔をしたブライト姉弟がいる。

「……エステル、ありがとう」

「わかりました」

 エルナンも、どうにか許可してくれるらしかった。

「カイト・レグメントさん。あなたにも非公式ではありますが協力を要請します」

 少年は笑顔になる。これで、晴れて堂々と行動できるのだから。

「ありがとうございますっ!」

 感極まって、ブライト姉弟にも礼を言う。

「二人も、ありがとう」

「改めて、よろしくね」

「一緒にがんばりましょ! それにしても……」

「へ?」

 すぐにエステルが表情を変えた。笑顔であるのは同じだが、人を小馬鹿にするような、時折ヨシュアに対して向けていた表情だった。

「『大切な人』かぁーっ。いやー、カイトはクローゼをそんなふうに思ってたんだぁ」

 少年の耳が瞬時に赤に染まった。

「ばっ、ち、ちげぇーよ! そんなんじゃないし!」

「これは、クローゼのために頑張らないといけないわねぇ?」

「うっせ、この馬鹿エステル! さっさとヨシュアといちゃいちゃしてろ!」

「っ! ぅぅ……!」

「あ、あれ?」

 望みの薄い反撃だったが、思いの外効いたようでカイトは調子を失う。その様子を見ていたヨシュアは、呆れ顔で両者を見た。

「ほら二人とも。まだ話は終わってないんだから」

 見れば、エルナンが静かに立っている。

「カイトさん。これだけ急に王都に来たということは、ジャンさんや親御さんに連絡をしていませんよね」

「……あ」

 そういってエルナンは、柔らかい笑みを浮かべながら導力式通信器に手をかけた。

「協力の許可は出します。けれど無茶をした分、まずはたっぷりと怒られてください」

 やはりカイトは、まだまだ少年だっだ。

 クーデター阻止への足掛かりを行い、エステルのからかいに対する反撃方法を見出したところで、王都に夜の帳が降りてきたのだった。

 

 

 


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