心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

14 / 101
4話 軌跡の始まり①

「あの……今回の件で、ダルモア市長を逮捕することはできるんでしょうか……?」

 メーヴェ街道をルーアン市に向かって歩く最中、唐突にクローゼが口を開いた。

「そうだね……難しいかもしれない」

 遊撃士協会には先日ジャンとカイトの会話に挙がった民間人保護の義務以外にも様々な規則がある。その中には、国家内政への不干渉というものがあるのだ。王国の五大都市であるルーアン、その現職市長を逮捕するというのは、明らかに規則に引っかかっていた。

 説明に対し憤りを感じ、おかしいと言うエステルとカイトを、ヨシュアはすかさずなだめる。そんな規則があるからこそ、協会はエレボニア帝国にすら支部を持てた。どうしようもならない規則だからこそ、自分たちはあくまでそこに反してはならない。だからこそ、ジャンのもとに向かって知恵を借りるのだと。

 最初不安な顔をしていたクローゼは少しほっとした顔つきになる。しかしその数分後、またもクローゼが一同を引き留める。

「私、学園でやることがあるので、先にルーアン市に行っててもらえませんか?」

 多少の驚きを感じはしたが、本人はすぐに追いつくからと言っていた。結局は、大した疑問も抱かずに受け入れることにした。カイトがクローゼについて行こうという一悶着があったが、クローゼ自身がそれを拒否したため渋々一度別れることにする。

 しかしその後三人で支部へと向かい今までの経過を報告し、その後の対応を決めたところで、本当にすぐにクローゼは戻ってきたのだが。

「あ、足には自信がありますから……」

 ごまかすように笑う少女の意図を、カイトだけは一時間ほど後に理解することになる。

 ジャンが指示したその対応とは、現職の市長であろうが逮捕が可能な王国軍に応援を要請することだった。そのために四人は市長亭に向かい、事情聴取という名の時間稼ぎをすることになった。

 ジャンはカイトとクローゼの同行を拒否しかけたが、黒装束の件を考えると念のための戦力は欲しいという理由で突っぱねる。ブライト姉弟も二人の気持ちを察して助け舟を出したため、結局は四人で決戦の地へ向かううこととなった。

 同じ理由で一度各々の装備と戦術オーブメントと整備するために別れた後、四人はダルモア市長亭の前で集合した。

 敷地へ入る門の前でダルモア家が貴族の家柄であることを知り、玄関口でヨシュアの堂々と室内に入るため侍女に向けた言葉の巧みさに三人で口を揃えて呆れた後、遂に犯人――と商談に来ているらしいデュナン公爵――がいる扉の前へと仁王立つ。

「さあみんな、準備はいいかい」

「うん!」

「はい!」

「ああ」

 ヨシュアの声に少女二人が決意の目で頷く中、やはり少年だけが静かなままだ。

 昨日から抑えつつ膨れあげてきた感情を抱えたまま、ぎこちない体を動かして、少年は扉をくぐる。

 

 

――――

 

 

 扉を開けた先には、まず三人の人間がいた。王族であるが自堕落な性格が目立つデュナン公爵と、その執事フィリップ、そしてダルモア。特にフィリップを除く二人が、件の別荘地について話しているところだった。豪華な長机にはワインボトルとグラスが二杯、置かれている。

「こんにちは~。遊撃士協会の者で~す」

 と、のんびり声で商談を遮ったエステル。

「君たちは……」

 驚いた顔で四人を見るダルモア。カイトには彼の顔が、狡猾な悪魔のように見えた。

「ヒック……なんだお前たちは」

「おお、いつぞやの」

 ブライト姉弟は、酔っているらしい公爵と老齢の執事にも面識があるらしい。だがエステルは怖気づくこともなく軽くあしらうと、自分たちがダルモアに用があることを告げる。対するダルモアは困り顔で四人の失礼を語るが、ヨシュアが放火事件の犯人が明らかになったと話すと、少々目を見開いただけで特に驚きもせず、公爵に席を外すことを願い出た。

「ヒック……いや、このまま話すといい。どんな話なのか興味があるからな」

 なんとも自分勝手な人だと、思考が辛辣になっているカイトにしては穏やかな感想を漏らした。

「し、しかし……」

「いいじゃないっ、公爵さんもああ言ってるし。聞かれて困る話でもないでしょう?」

 エステルの皮肉めいた言葉に、ダルモアは落ち着いた様子で仕方なしと了解する。結局彼が驚愕の表情をしたのは、茶番の末にエステルが直接ダルモアを名指しした瞬間だった。

「今回の事件の犯人。それは……ダルモア市長、あんたよっ!!」

 数秒の沈黙の後、ヨシュアがさらに追い打ちをかける。

「秘書のギルバートさんは既に現行犯で逮捕しました。貴方が実行犯を雇って孤児院放火と寄付金の強奪を支持したという証言も取れています。……この証言に間違いはありませんか?」

 すかさず否定する真犯人は、まんまと墓穴を掘っていく。

「でたらめだっ! そんな黒装束の連中など知るか!」

「あれれ、おかっしいなー、黒装束の連中なんて私たち一言も言ってないけど」

「高級別荘地を立てる計画のために孤児院が邪魔だったと聞いています。これでもまだ、容疑を否定しますか?」

「っ……しつこいぞ! 確かにその計画は存在していたが、数あるルーアンのための事業計画の一つにすぎん! 何故今私が、犯罪に手を染めてまで計画を推し進める理由がある!?」

 遊撃士とダルモアの、他を寄せ付けない言葉の嵐。次にダルモアを追い詰めたのは、カイトが初めて聞いた声だった。

「それは……莫大な借金を抱えてるからでしょう?」

 扉を開けたのは、煙草をふかし髭をだらしなく伸ばした痩せ気味の男。

「ナ、ナイアル!?」

「どうしてここに?」

 どうやら彼も、ブライト姉妹の知り合いらしい。ナイアル・バーンズ。リベール通信社に所属し、二人と度々情報交換を行っている腕利きの記者らしい。

「いやな、そこの市長さんを取材しよう屋敷まで来たらお前たちが入ってくじゃねえか。何かあると思ってそのまま入ったんだが……いやー。一部始終聞かせてもらったぜっ」

 記者魂がなせる技か、ダルモアの怒りにもナイアルは全く動じない。それどころか、さらに先ほどの発言にまつわる事実を明かしていく。

 ダルモアの借金は、リベールの東にあるカルバード共和国で相場に手を出して大損した結果だった。しかもその額はおおよそ、孤児院再建費の百倍の一億ミラ。犯罪に手を染めたとしてもおかしくない。そして、その問題を一時的に先延ばしするためだけに市の予算に手を出し、挙句放火、強盗の罪を犯してまで計画を進めた。

「ダルモア市長あなた……行き当たりばったりですなあ」

 時と場合によっては失礼極まりない、嘲笑うかのようなナイアルの声が響き渡った途端、ダルモアの挙動が静止し……そしてまた荒ぶった

「そんな証拠がどこにある。憶測だけで記事にしてみろ、名誉棄損で訴えてやるぞ!」

「あらま、開き直った」

「貴様ら遊撃士も同じこと! 市長の私を逮捕する権限はないはずだ! 今すぐここから出ていけ!」

「さすがに自分の権利はわかってるみたいだね」

 事情聴取も大詰めの感がある。最終的な立場を引き合いに出し話が平行線へと達したところで、今まで口を開かなかった二人が声を発する。

「ダルモア市長」

「一つ、お伺いしてもよろしいですか」

 辛うじて呼び捨てにしなかったカイトと、まだ敬語を使えるクローゼ。

「なんだ君たちは!?」

 二人の服装を見るなり、犯人は好き勝手に喚き散らす。

「王立学園の生徒も街のガキも、このような輩と付き合って……とっととこの場から出て、学園なり家なりに戻りたまえ!」

「その家が、あんたが壊した孤児院だ」

 クローゼの無言の圧力。カイトの間髪入れずの返答。両方とも、今のダルモアを黙らせるには十分なものだった。

「な、なんだ!」

「どうしてご自分の資産で返金なさらなかったのですか。……この家なら、一億ミラの大金も返せるかもしれないのに」

「この屋敷は先祖代々からのダルモア家の誇り! どうして売り払うことができよう!?」

「あの孤児院だって同じ。多くの思い出が育まれてきた思い出深く愛しい場所……。どうしてあなたは、あの場所を汚すことができたんですか」

 ダルモアが叫ぶ。

「あんなみすぼらしい建物と、この屋敷を一緒にするなああ!!」

 ダルモアが腕を預けていた机。そこにあるワイングラスが音を立てて割れ、飛び散った。

「ふざける、な」

 それを成したのは銃を構えたカイトだが、叱る者はいなかった。人を傷つけていたらまだしも、もう誰もがその程度であれば見過ごせるほど怒りを覚えていたから。

「結局貴方は、自分が可愛いだけ。自分をただ、愛しているだけにすぎません。可哀想な人……」

 諦めと同義の言葉だった。少女は、恐らく生まれて最も冷たい瞳をダルモアに向けた。

「……ふふ……ふふふふふ」

 笑い声が聞こえる。カイトの一撃によって固まり、ボトルから流れる液体に服を染めていただけの犯人が、笑っている。

「言ってくれたな小娘が。こうなったら、後のことなど知ったことか!」

 突如として立ち上がったダルモアは、近くで固まっているデュナン公爵に目もくれず、部屋の奥の壁に手をかけた。

 何事かと見守る一同は、数秒後にまさかの事態に凍りつく。

「ブロンコ、ファンゴ、出てこい! 餌の時間だ!」

 音をたてて壁が動いたと思ったら、その奥の空間から二体の魔獣が現れたのだ。

 四脚で力強く地を踏みしめているが、印象として雄々しいとは到底思えず、涎をたらす口とそこから覗く牙は汚ならしい。

 人間より僅かに勝る体躯を持つ狼。その(たてがみ)は、それぞれ黄色と赤紫色。二匹とも、ぐるぐると喉を強く鳴らしている。

「ま、魔獣だとぉ!?」

 ナイアルは思わず仰け反り、武器を構えた四人の後ろに隠れる。デュナン公爵に至っては泡を吹いて気絶し、フィリップ執事に早々に避難させられている状況だ。

 そんな中、ただ一人笑う人間がいる。

「お前たちを皆殺しにすれば事実を知る者はいなくなる……こいつらが食べ残した分は川にでも流してやるから安心したまえ」

「く、狂ってやがるぜ……」

 ナイアルが呟くと同時に二匹が机に向かって飛び、カイトたちの前に立ちふさがる。

「屋敷の中で魔獣と戦う羽目になるなんて!」

「でもこれで、市長を現行犯として逮捕できるよ」

「あなたたちに恨みはないけれど、人を傷つけるならば容赦はしません!」

 各々が、口を開く

「……邪魔だ」

 そしてカイトの声と同時に、魔獣が跳びかかってきた。

「避けて!!」

 ヨシュアの声に、四人が跳ぶ。エステル、クローゼは後方に、ヨシュアは側方に。そしてナイアルは後ろを向くと、一目散に比較的安全圏のフィリップの元へ。

 ただ一人、カイトは動かない。

「な!?」

「カイト!?」

 エステルとクローゼが目を見開く。このままではカイトが危ない。

 二匹、特に赤紫の鬣の狼がカイトの目の前に降り立ちその前足を振り下ろした瞬間。

 赤紫の鬣――ファンゴの視界からカイトが消えた。滑り込みの要領で体をファンゴの下に潜り込ませたカイトは、いつかのキングスコルプのようにその腹部に銃弾を打ち込む。しかし、ファンゴの後脚がカイトの腹部を踏みしめた。

 黄色の鬣――ブロンコは驚いたままの残る三人に襲い掛かる。ヨシュアが双剣で勢いを抑え、エステルの棍で真っ向から力を消し去り、クローゼのレイピアが掠り傷を与える。

「邪魔だって言ったぞ」

 一方のカイトは痛みも感じないといった表情で立ち上がる。振り向いたファンゴは少年という餌に対して大口を開けての攻撃。しかしカイトはあろうことか、むしろその口腔に向かって両腕を差し出した。

 ダルモアも含めた全員がその行為に目を見開き、二人の少女は戦闘中に手で口を抑える。

「死ね」

 巨大な怒りが、彼の行動を見境ないものに変えていた。その目はどこまでも冷たく、暗い。彼の行動指針は、いかに目の前の邪魔者を排除し、ダルモアを地にひれ伏させるかどうかだった。

 ファンゴが口を閉じ始めるとほぼ同時に、その中に向けてカイトはありったけの銃弾を撃ち込む。その銃弾は喉を破り、易々と臓器に届く。一方ファンゴの牙もカイトの服を破り肉を抉る。そしてカイトの双銃と手首を魔獣の青い血に、上腕をカイト自身の赤い血に染めた。

 ファンゴはすぐさまカイトを解放し、そのまま横に倒れる。仲間に伝える断末魔も、喉を傷つけられたために屋敷に響き渡ることはなかった。

 わずかな沈黙。ぐらりと倒れる茶髪の少年。

「あんた何やってんのよ!!」

 思わずエステルが怒鳴るが、それを遮るヨシュアの指示。

「エステル前を向いて!!」

「でもヨシュアっ!!」

「話は後で! まだ一匹いるんだ!」

 家族ならではの意思統一でブロンコを抑え込む。意識が一匹に集中できているからか、初撃よりは安全に対処を行っていた。

「カイトッ!」

 クローゼはカイトの元へ駆け込み、焦りながらも戦術オーブメントを駆動させる。幽かに脈打つ水色の強い波を見るに、回復魔法ティアの上位魔法、ティアラ。

「姉さん」

「じっとしてて……!」

 間髪入れずに叫ばれる。それでもカイトは口だけは動かすのをやめなかった。

「攻撃アーツを使って」

 遅れて、ティアラが発動する。ティアと同じような清涼な感覚が肩から指先までを包み込み、水色の光が少年を包み込む。破けた服から除く皮膚はまだはっきりと抉れているが、出血は止まりある程度健康的な赤身を取り戻していている。

「たぶん、あの二匹はそれぞれ体質が違う。同じに見えるけど鬣の色が違うから。オレが倒した奴……口の中とはいえ感触が妙に柔らかかった。多分打撃とかに弱いんだ。ならあいつは、アーツに弱い」

「……分かった。カイトはここで大人しくしてて」

 いくら回復の魔法をかけたといっても、あれだけの負傷が簡単に完治するわけではない。流れた血液はすぐには戻らないし、変形した筋、骨、皮膚は治るまでの間絶えず脳に痛みを訴え続ける。今のカイトは戦闘に参加できる状態ではない。クローゼでなくても誰もが同じことを言うだろう。

 それでも少年は、頑なに立ち上がろうとした。

「オレはアーツできないから陽動に」

「お願いだからそこにいてっ!!」

 けれどダルモアに対峙した時と違う、涙を浮かべた少女の必死な叫びに、少年はやっと大人しくなる。姉の涙に少しだけ落ち着きを取り戻すと、やや覚束ない足取りでフィリップらがいる安全域に向かう。

「……うん」

 クローゼは戦闘域に入ると、レイピアを構えず二人を呼ぶ。

「エステルさん、ヨシュアさん、時間稼ぎをお願いしますっ!」

「オッケー!」

「了解!」

 瞬時に意図を理解した二人は、クローゼを守る盾となる。防御のみに徹すれば、けして手強い相手ではない。

 クローゼは、両手を修道女のように組み合わせ、その手に持つ戦術オーブメントごと胸に強く押し当てる。彼女の凛とした紫の瞳が、力強くブロンコ、そしてダルモアを射止めた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。