銀騎士と……   作:ダルジャン

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銀騎士とあか その3:『あかになる』

 

紅魔館の廊下。遠くから地響きがするのは吸血鬼の妹が暴れているせいだろうか。

涙にくれる妖夢を見下ろしながら、小町はふとそんなことを思う。

「泣いてちゃわかんないよ。事情を説明しな」

小町の言葉に、嗚咽交じりに妖夢は答える。

「私、チャリオッツの過去を、見たんです」

俯いたまま、先ほど見た光景を思い出す。また、涙がこぼれた。

「守りたい、と願って。でも、守れなくて」

『守る』という思いは、『守りたい』という願いは彼女にはよく理解できた。

彼女にも守りたいもの――主、西行寺幽々子――がいるのだから。

その守りたいものを守れなかったら? 失ってしまったら?

そう考えると胸が張り裂けそうになってしまう。

「可哀想な、チャリオッツ」

しくしくと泣く彼女を、小町は睨むようにして見下ろす。

 「……で?」

普段の彼女からは想像出来ない程、冷たい声音。

「可哀想だ、って泣いて。それで、どうにかなるのかい?

 それで、あいつが止められるのかい?!」

膝を突いて、妖夢の顔を覗き込む。

妖夢は言葉に詰まり、涙を湛えた青い目をそらす。

「甘ったれたこと言ってんじゃないよ!」

パァン、と乾いた音がした。激高した小町が妖夢の頬を叩いたのだ。

「まるで、不幸なのがアイツだけだとでも言いたげだね。

 冥界に住んでるから、そんな狭い考えはしてないと思ったけど」

怒りを込めた目で彼女を見据える。

「よせ、小町。スタンド使い同士の戦いは彼女には未知のことだったんだ。

 混乱してしまっても仕方ないだろう」

リゾットがなだめるが、小町は止まらない。

「ただ哀れむだけってのは、死者に対する最大の侮辱なんだ。

 傍からみりゃあ不幸でもねえ、幸せだったって笑ってられる死者は大勢いる!」

数多の死人を見続けてきた死神が吼える。

「友を家族を師を殺され、ようやく結ばれた初恋の相手を生かすために、

 宿敵の頭抱えて海に沈んだ男だって、いる。そんな状況でも、笑って、死んだ」

 

小町たちから遠く、フランドールを止めんとする咲夜とDIOの胸が、不意に痛んだ。

その違和感に一瞬首を傾げる。しかし、レミリアとの戦闘では悩む暇などない。

飛んでくる弾幕を避け、反撃の機会を伺うことに集中した。

 

「火事で行方不明になった恋人の子を産んで、死の直前、娘を独りにしたくなくて、

 恋人を探して探して探して、それでも見つからずに、志半ばで死んだ女がいる!

 でも、彼女は笑っていたんだ! 娘が、父親に会えることを、

 幸福に暮らせることを、信じきって!」

「……笑って、たんだ」

ドッピオが心当たりに眉をしかめた。

感傷など、過去など捨てなければいけないのに、痛んだ胸が不快で。

「笑っ、て」

妖夢が、震える声で言葉を発した。

「そうだ、彼も、笑ってた。妹を殺されても、友を殺されても、

 それでも、彼、笑ってたんだ」

きっと、あの過去を知らなければ、フザけていると思っただろう。

けれど、今思い出しても、その笑顔に悲しみしか見出せない。

「笑っていた、か。強いな、そいつは」

「え?」

リゾットが口を開いたのに驚く。

「オレ、の、知り合い。そう、知り合いだがな。その知り合いも大切な人を亡くした。

 殺されたんだ。法で裁かれはしたが、命で償われはしなかった」

遠くを見るような眼差しに、憎悪がありありと燃えている。

「許せなかった。まだ、ガキだったから、復讐のために力が欲しいと思った。

 力を手に入れるためなら、修羅の道に落ちてもかまわない、と」

リゾットが語りだしたのを、小町は黙って聞いている。

その『知り合い』が一体誰なのかを、知っていたから。

「その男は、笑うのが苦手になってしまった。大切な人を亡くしたから。

 だから、笑っていられたというなら、あの、チャリオッツといったか、

 あいつの本体は……強かったんだろうな」

その言葉に妖夢はハッとした。

あの笑顔は、彼の強さだ、と。そう思えた。

次の瞬間、ずん、と大きな地響きが館を襲った。

「フランが能力を使い出したみたいね……館本気で壊れるかも」

パチュリーが若干顔色を青くする。

その言葉は下手をすれば現実になりそうだった。

天井の一部がぐらぐら揺れたかと思うと、が衝撃に耐え切れず落下した。

「あ……」

天井が落ちた先には、チャリオッツの姿があった。

がらがらと崩れるガレキの中に、チャリオッツの姿が消える。

「やったか?!」

「何てこと言うんですか!」

ドッピオが叫んで、妖夢は怒りも露に言葉を返す。

確かにガレキはチャリオッツの身をずたずたに壊していた。

がしゃり、と音を立ててガレキから這い出す。その歩みを止めはしない。

その体が修復しない内から、這うようにして前に前に進む。

「いつ、まで」

その姿に妖夢の声が震えた。

「いつまで、戦うんですか。もう、いいじゃないですか」

目元をぐいっ、と拭い、彼をその青い目にしっかと捉える。

「私が、止める」

もう戦わせはしない、と決めた。

「……出来るんだね?」

「やるんです」

小町の問いに、しっかりとした声で答えた。

「そう。やれる、と思うことが大事なのさ。力を使うのに大切なのは認識すること。

 その心の強さが、『幻想郷』では力になる!」

だん、と床を蹴って飛び出した妖夢の背中に小町が叫ぶ。

突っ込んでくる妖夢に対し、半霊が刀を構える。

けれど、常時より速く動いたため、反応できなかった。

その脇をすり抜け、刀を構える。チャリオッツが、その気配に振り向いた。

 

――あなたは、守りたいものを亡くした――

 

――半身と分かたれて、帰る場所も無くした――

 

――でも、私がいる! 幽々子様もいる! あなたの傍らに!――

 

――あなたの、帰る場所になるから! だから!――

 

「正気に戻れえええええ、『シルバーチャリオッツ』ゥウウウウウ!」

妖夢のその想いを乗せた刃が、チャリオッツの迷いを、叩き斬った。

人間でいえば額に当たる部分に、白楼剣の刃が当たる。

そこから、ぴしり、と音を立て全身にヒビが入る。

まばゆい銀の光を漏らしながら、そのヒビはどんどん大きくなる。

ぱりん、と何かが割れる音がして、一瞬の後。

そこには、呆けたように立ちすくむシルバーチャリオッツが残された。

「シルバー、チャリ、オッツ?」

二人の青い目が、視線を交わした。

「う……うわああああん、シルバーチャリオッツぅうううう!」

妖夢は握った刀を取り落とし、感極まってシルバーチャリオッツの胸に飛び込む。

「もう、戻って、来ない、かと、思ったっ」

わあわあと声を上げて、妖夢は泣く。

「あなたごと、斬ってしまったら、どうしようかと、思ったっ!」

シルバーチャリオッツは、そんな彼女の背中を、ただ優しく撫でるだけだった。

 

「あー、やっと戻れたわ」

その光景を見ながら、元の体に戻ったパチュリーがごきごきと肩を鳴らしていた。

「んもう。あんたが無駄に動くから体が痛いじゃない。 あーあー、明日は筋肉痛になるわね」

隣に座り込んでいる男に声をかける。

「ああ、戻った」

ぽつりと、男は呟く。自身の胸元で、ぐっと拳を握る。

「戻った、戻った、ここに、ここにいる……」

無くしていた、あの日捨ててきたものが、戻った。

男は、ディアボロは、奥歯を噛みしめた。

 

「……はれ? お姉さま? 咲夜? それにDIOも?」

別所では、金髪に異形の羽を持った吸血鬼の少女、フランドールが首を傾げていた。

「どうやら、元に戻ったみたいね。ああ、折角のセットが台無しだわ」

水色がかった髪の埃をはたきながら、紅魔館の主レミリアがため息をつく。

「はぁ、修理するのに何日かかりますかねえ。

 あなたも手伝ってくださいよ、あそこら辺の壁、あなたが壊したでしょう」

むっとしながら、咲夜がDIOを睨みつける。

「う、うむ」

彼は半ば上の空で返事をした。先ほどまで、咲夜の体だったのだが、

その時、妙な感覚があったのだ。歯車が、ほんの少しだけ、かみ合わないような。

『他人』の体で、全くかみ合わないというのは納得ができる。

だが、どうして『少しだけ』、かみ合わなかったのだろうか。

悶々と悩むが、その答えは今の彼女からは見出せそうになかった。

 

「終わった、ね」

小町が自分の体に戻ったのを確認しながらやれやれ、と息を吐く。

「早く戻って、映姫様に今後のことについて聞かねばな。

 これが、二度ないとは言い切れない」

「そっちはあたいがやっておくよ、だから、あんたはもう一つの仕事を」

それだけ告げると、ふわりと小町は浮かびあがる。

早く帰りたいのだろう。そのまま外へ向かって飛んでいった。

「『地獄の魂は地獄へ返せ』か」

託された伝言の内容を思い出しながら、リゾットはレミリアの下へ向かう。

彼女の客人であるDIOを、裁かれるべき地獄へ返すために。

 

白玉楼。そわそわしていた幽々子は玄関から聞こえた物音に慌てる。

玄関へ出た幽々子は、帰ってきた二人を見て、ほっと安堵した。

二人とも、随分とボロボロの姿をしている。

どうやら、やはり行った先で何かがあったらしい。

それを問うのは後回しにしよう、と思った。

自分が言うべき言葉は、一つだ。

「おかえりなさい、妖夢、シルバーチャリオッツ」

その言葉に、妖夢は微笑み、チャリオッツも何処か嬉しそうだった。

「ただいま!」

 

銀騎士とあかその3「あなたのかえる場所になる」

 

 


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