銀騎士と……   作:ダルジャン

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銀騎士と白玉と糸 その4

 

 

 「……よさないか、ポルナレフ」

ポルナレフの行動を咎めるように、アヴドゥルがその腕を掴んだ。

そうされてようやく、酷く力の入っている己の指先に気付いたらしい。

ポルナレフは慌てて手を離す。

「……すまない」

ぎこちなく笑って、ゆらり、と腰を上げた。

「何処へ行くんだ?」

「病みあがりの女の子の傍に、幽霊が長居するわけにもいかないだろ」

襖を開いた向こうに消えていく背中は、何か言いたげに見える。

しかし、徐倫にはそれが何なのかを掴むことが出来ない。

「……幽霊?」

サッ、と背筋に冷たいものが走る。

指先に一切の温もりが感じられない理由。それは彼が死んでいるからなのだ。

「ああ、心配しないでもいい。君も私も、死んではいないからね」

彼女の顔色が青ざめた理由を読み違え、アヴドゥルは優しげに微笑む。

「君は必ず家族の下に帰れる。安心すると良いさ」

節くれだった温かな手がくしゃくしゃと彼女の頭を撫でる。

「……うん」

曖昧な返事をして、徐倫は布団に潜りこむ。

「何かあったら、その辺りをちょろちょろしている兎に声をかけるといい」

それなりに働いてくれるから、と告げてアヴドゥルも部屋を出た。

人の気配が消えた部屋の中、徐倫は考える。

 

――帰りたい、と思えない。父さんに酷いことを言ってしまったから。

 

――きっと、父さんはかんかんに怒ってアタシを嫌いになるだろう。

 

「でも」

布団の中で小さく呟いた。

ポルナレフは言った。承太郎が徐倫を嫌いだなんてことは、『悲しいことだ』と。

承太郎が徐倫を嫌いだなんてことは、『有り得ない』とでも言うように。

 

「――空気は読むけど、空気になるのは悲しいものがあるわね」

「わわっ!」

布団に潜った彼女の隣で、永琳がそう言って苦笑するものだから、

徐倫の口からはつい素っ頓狂な声が漏れてしまった。

 

 

 

 「全く。自分の感情に素直過ぎるのは相変わらずだな」

永遠亭の縁側。アヴドゥルとポルナレフは並んで座っている。

「年とって、ちょっとは落ち着いたと思ったんだけどよ」

苦笑するポルナレフの視線は竹林へと向いたまま。

「にしたって、折角、元気でいる家族なのに、どーして仲良くやれねえもんかねえ」

「さて、こればかりはまだ親になったことが無いから解らん」

多少おどけて肩をすくめるアヴドゥル。

「……ああ、そっか、あんた、本当に生きてんだな」

その一言に、ふ、とまたポルナレフから笑みがこぼれる。

「おいおい、人を勝手に殺すんじゃあないぞ」

「ははっ、悪い悪い。まだ信じられなくてな」

まぶたを閉じずとも、今でもあの光景は思い出せてしまう。

彼を守るために突き飛ばした腕だけが、ごろりと暗闇に転がっていた。

あの光景は未だ生々しく刻み込まれている。

「多分、ここに来る前の俺があんたを見たらこう言っただろうよ」

自分のことは棚に上げて、と前置きして続きを言おうとし、

「うわあああああ幽霊だあああああああ!」

口にしかけたのとほぼ同じ内容の悲鳴に言葉を遮られた。

「……妖夢」

呆れたように苦笑いを浮かべて、悲鳴の主に視線を送る。

「え? え? 何で? どうして? だって、アヴドゥルはあの時、粉みじんになって……!」

視線の先で、妖夢はパニックを起こして刀を抜こうとしていた。

「妖夢。事情を説明するから落ち着け。アヴドゥルが間抜け面晒してるだろ」

「う、うむ。こほん。面と向かって幽霊呼ばわりは、あまり気分が良いものではないよ、お嬢さん」

ぽかん、と開いた口を慌てて閉じ、咳払い一つしてごまかす。

「あ、あわわ、ごめんなさい!」

自分が失礼なことを言ったと自覚して、慌てて妖夢は頭を下げた。

「私は魂魄妖夢と言います。彼とは同じ職場で働いてます」

「ほう。では私のことはこいつから聞いたのかな?」

「あ、いえ、その……」

妖夢は口ごもり、ちらりとポルナレフに視線を送る。

視線を受け、彼は頷く。

「……妖夢は色々あってな、俺の、っつーかシルバーチャリオッツの記憶を覗いたんだ」

 まず最初にそう告げて、ポルナレフはシルバーチャリオッツが

幻想郷に訪れてからのことを語り始めた。

 

 

 ポルナレフ達が妖夢と話している頃、徐倫が己と父の関係に悩んでいる頃、

ペルラは一人天井を見上げていた。

木と紙で出来ているらしい扉は案外遮音性は高いが、

それでも彼女を起こすには十分な音量を隣室から伝えたのだ。

「……生きてる……」

怪物に襲われた。悲鳴を上げた。走って逃げた。一人の少女と出会った。

それから――なにか、とんでもないものを見て、気絶した。

そうして、ジョリーンに言われた言葉を思い出す。

『生きたいんでしょう、お姉さん!』

『生きたいんじゃなかったら、悲鳴上げて、逃げたりしないでしょう!?』

その通りだと思う。自分は死にたくなかったのだ、と。

見上げる天井が滲む。ペルラは瞼を下ろした。

それでもなお後から後から涙がこぼれていく。

「ウェスは、もう、いない、のに」

暗闇に浮かぶのは、横たわった愛しい人の姿。

「兄さんに、裏切られた、のに」

自分を汚した男共は、兄の指図だとそう言ったのだ。

敬虔な神の信徒である兄は、彼女とその恋人の仲を許さない、と。

まだキスまでしかしていないような仲であっても、許さなかったのだ。

「なのに、私は……」

口を抑えて、横向きになる。

隣室の少女に聞こえないように、嗚咽を抑え込む。

「うっ、ぐっ、ひっ、くぅ……」

それでも涙とうめき声は、止まることなく彼女の中から溢れだす。

頬を伝い落ちるその涙は、彼女の名が示すように、『真珠』によく似ていた。

「……好きなだけ、泣けばいいんじゃないのかな」

彼女にそう声をかけて、その髪を優しく梳く手があった。

「泣いて、泣いて、泣き疲れて眠って、いいんじゃないかな」

語りかける声は年輪を重ねているようでも、幼いようでもある、不思議な声だった。

「辛かっただろうね、苦しかっただろうね」

まるで自分もそんな目に遭ったかのように、声は続ける。

「でも、生きていれば必ずイイコトもある。それを、保証してあげる」

穏やかな手と声に、彼女の心も落ち着いていく。

「……だから、今はまた、眠るといいウサ」

声がそう告げたのを聞いて、ペルラは再び眠りの底へと沈んでいった。

「……こういうのは、キャラじゃないんだけどなぁ」

永琳に頼まれてペルラの様子を見ていた彼女は立ちあがる。

彼女にしては珍しく、気遣うように足音を潜め、その部屋を出る。

廊下側へと抜けた彼女は、足元にすり寄ってきた兎を抱き上げて一撫でする。

気持ち良さそうに兎は目を細め、耳をぴこぴこと揺らす。

抱えて歩く彼女の頭でも、同じような耳が揺れている。

 

 『因幡の素兎』の逸話は、凌辱された女性のメタファー。

そういう解釈が、存在している。

 

 因幡てゐ、と呼ばれる妖怪兎は思う。

自分の能力の効果が彼女に出ればいいな、と。

『人に幸運を与える程度の能力』を持つ妖怪兎は、珍しく神妙な顔をして、そんなことを考えた。

 

 外の世界。大きな湖の畔。横たわる男の指先が、かすかに動いた。

 

 

 


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