漏れ鍋に戻ると、トムがグラスを磨きながら迎える。
「キサラギ様。荷物は部屋に運んでおります。早いですが、夕食にしましょう」
そう言って、トムはローストビーフを出してくれた。
こんがり焼けた肉が、とてもおいしい。
食事をしていると裏庭の方から、私と同じぐらいの歳の少年が店内へ入ってきた。
身長は私よりも少し低いようだ。
クシャクシャの黒髪に丸メガネ、そして緑の目、この顔はまさか!?
「おや、ポッター様。お帰りなさいませ。夕食はローストビーフですよ」
トムが少年に挨拶をして、夕食の準備をする。
やっぱり、ハリー・ポッターで間違いない。
父さんの学生時代のアルバムにあった、ジェームズ・ポッターさんの写真にそっくりだ。
「ねえ、よかったら、一緒に食べない?」
声を掛けると、彼はぎこちなく私を見た。
「私は如月伶。あ、苗字は『如月』だよ。日本の魔法学校から、今度ホグワーツの3年生に編入するんだ。伶って呼んでね」
私が自己紹介すると、やっとハリー・ポッターの表情が柔らかくなった。
「ハリー・ポッターだよ。ハリーでいいよ。君も3年生になるんだね。よろしく」
それから、私とハリーはいろんな話をした。
ハリーの寮はグリフィンドールだってこと。
クィディッチでシーカーをやっていること。
マグルの親戚に育てられていること。
ご両親の悪口を言われて頭にきて、親戚のおばさんを風船のように膨らませてしまったこと。
その事件がきっかけで、家出したこと。
私も日本の学校やクィディッチのことを話した。
ハリーとは初対面だったけど、話が弾んですっかり仲良くなった。
翌朝、早く目が覚めた私は、買った教科書をパラパラ眺めていた。
文章はもちろん英語だらけだ。
それを見て、いよいよホグワーツに編入する実感が湧いてきた。
授業の科目や進度は、青龍学院とだいたい同じだ。
けど、英語と陰陽道・呪術の授業がない……。
って、ここはイギリスだから当たり前か。
見た感じ、魔法薬学だけはかなり進んでいるようだけど、魔法薬は得意だから平気だ。
あと、ハリーはヘドウィグという真っ白な梟を飼っていて、私は彼女とも仲良くなった。
むしろ、うちのヒキャクの方がヘドウィグを気に入ったらしい。
ハリーは、私が鳥語聞きと知って驚いていたけど、ハリーの方がよっぽどスゴかった。
パーセルマウスなんて、レア過ぎる!!
それからの私は、連日ハリーとダイアゴン横丁を歩いてまわった。
気になったのは、超高級競技用箒ファイアボルトだ。
10秒で時速240kmまで加速っていうのが、スゴい。
日本のマグルの超特急・新幹線と、ほぼ同じ速さだ!
一度でいいから、乗ってみたい。
けど、「価格はお問い合わせ下さい」って、一体いくら出せば買えるんだろう?
新学期が近づくにつれ、横丁はたくさん買い物客が来るようになっていった。
どうやら、ハリーはその中に、親友2人がいないか探していたようだったけど、見つからないみたいだった。
そして、新学期まであと1日となった日。
ついにハリーは2人を、フローリアン・フォーテスキューのアイスクリーム店で見つけた。
燃えるような赤毛のひょろ長い少年と、小麦色に日焼けした前歯がちょっと大きい栗毛の少女。
ハリーがやっと会えたと嬉しそうに2人に駆け寄り、私を紹介してくれた。
赤毛の彼はロナルド・ウィーズリー、通称ロン。
お父さんがイギリス魔法省に務めているらしく、ハリーが親戚のおばさんを膨らませて家出したことは聞いたらしい。
栗毛の彼女はハーマイオニー・グレンジャー。
学年トップの秀才らしい。
両親はマグルで、歯科医なんだとか。
2人とも3年生で、グリフィンドールだそうだ。
私が自己紹介すると、ハーマイオニーが早速質問してきた。
「ところで、レイ。日本人は、みんな黒髪だって聞くけど、あなたは鳶色なのね?」
「父さんがイギリス人で、死んだ母さんが日本人なんだ。髪の色は父さん譲りだよ。ついでに言うと、2人ともホグワーツのグリフィンドール出身で、ハリーのご両親と同級生だったんだ」
「へえっ、じゃあ、レイのパパとママって、僕らの先輩なんだ!」
ロンが嬉しそうに言った。
それから私達は、アイスクリームを食べながら、ロンの新しい杖を見せてもらったり、ホグワーツでの授業について聞いたりした。
それにしても、ここのチョコチップアイス、めちゃウマだなあ。
授業といえば、今年ハーマイオニーは、選択教科を全部(数占い・魔法生物飼育学・占い学・古代ルーン文字・マグル学)をとるつもりらしい。
フローリシュ・アンド・ブロッツ書店のはち切れそうな紙袋が3つもあったよ。
「これから1年、食べたり眠ったりする予定はあるの?」なんて、ハリーが心配するのも無理はない。
ふと、ハーマイオニーの紙袋に、怪物本がスペロテープでぐるぐる巻きされて入っているのが見えた。
本は、テープを外そうとジタバタもがいている。
そこで、私はヒキャク直伝「怪物本を大人しくさせる方法」を3人に伝授した。
早速、ハーマイオニーは恐る恐る、自分の怪物本を取り上げて背表紙を撫でる。
すると、本はあっさり大人しくなった。
ていうか、書店の店長さん……。
私が本を撫でて大人しくなったのを見てたのに、何で何もしてなかったの?
そりゃ、暴れまくる数百冊の本を1つ1つ捕まえ、背表紙を撫でるのは大変だろうけどさ。
「わあ、レイ! あなたってすごいわ! ありがとう!」
ハーマイオニーは、私に勢い良くガバッと抱きついてきた。
うう、喜んでくれるのはいいけど、苦しい……欧米人スキンシップ過剰だ……。
なんてしばらく思っていたら、やっとハーマイオニーが離してくれた。
そして私達は、ハーマイオニーが梟が欲しいということで、見に行くことになった。
ペットショップの店内はいろんな動物の臭いがして、しかも壁一面のゲージから、ガーガー、キャンキャン、シューシューと鳴き声が響いていた。
梟を買うついでに、ロンの鼠の具合が良くないので診てもらう。
ロンはポケットから鼠を出し、店員に差し出した。
鼠のスキャバーズはかなり痩せていて、髭もダランと垂れていた。
店の鼠と比べてもヨボヨボで、しかも前足の指が1本欠けていた。
店員は、しばらくスキャバーズを診てから、ロンに「ネズミ栄養ドリンク」をすすめようとした。
その時、私の顔をチラッと見たスキャバーズが、キィィッ!! と悲鳴を上げて飛び上がった。
ありゃりゃ、私嫌われたのかな。
次の瞬間!
オレンジ色の毛玉が、シャーシャーっと音をたてて、スキャバーズ目がけて飛びかかってきた。
「コラッ! クルックシャンクス、ダメッ!」
店員は叫んだけど、オレンジの毛玉はスキャバーズを追いかけて店を出て行った。
ロンとハリーがその後を追いかける。
しばらくして、スキャバーズは見つかったみたいだけど、ロンもハリーも疲れた顔をしていた。
ところが、ハーマイオニーは、このオレンジの毛玉……じゃなかった、猫を気に入ったらしい。
なんとこの猫(クルックシャンクスという名前だそうだ)を飼うことにした。
これには、ロンが猛反発していたけど、もう買っちゃったものは仕方ない。
それにしても、クルックシャンクスって、舌を噛みそうな名前だ。
そして私達は漏れ鍋に戻る。
メガネをかけた頭の薄い中年魔法使いが、新聞を読みながらカウンターに座っていた。
彼はハリーと知り合いらしく、2人はブラックのことについて話をしていた。
ブラックは残念ながら、まだ捕まってないようだった。
「ところで、レイ・キサラギは君かい?」
中年の魔法使いが、私に気づいたみたいだ。
「はい。私です」
「私はアーサー・ウィーズリー。そこいるロンの父親だ。ホグワーツに編入する君を、キングズクロス駅に案内するように頼まれた」
言われてみれば、確かにロンに似ている。
「如月伶です。よろしくお願いします、ミスター・ウィーズリー」
私は、ロンのお父さんと笑顔で握手をした。
その時、山のような荷物を抱え、赤毛の集団が店内へ入ってきた。
体格の良い中年の優しそうなおばさん。
イタズラっぽい目をした双子。
メガネをかけた生真面目そうな若い魔法使い。
ハリーを見て、真っ赤になった女の子。
みんなロンの家族だった。
中年女性が、ロンのお母さんのモリーさん。
双子はロンのお兄さん、フレッドとジョージ。
メガネの人もロンのお兄さんで、パーシー。
で、女の子がロンの妹のジニー。
家族多いなあ、とか思っていたら、実はロンにはあと2人お兄さんがいるらしい。
夕食はハリー、ハーマイオニー、ロン、ウィーズリー家のみんなと一緒に食べた。
ジニーは時々ハリーをチラチラ見て恥ずかしそうにしていて、食事の間全然喋らなかった。
アーサーおじさんや双子は、私に日本の魔法学校のことをいろいろ尋ねた。
けど「侍」や「忍者」なんて、今時いないよ!
その夜は、ハーマイオニーとジニーと一緒の部屋で寝ることになった。
2人から、授業のことや、ホグワーツに住んでいるゴーストのことを、教えてもらった。
ジニーは人見知りするタイプだと思っていたら、実はそうでもないようだ。
なかなかお喋りで、話上手だったよ。
「ハリーのことが好きなの。でも本人の前に来ると、緊張して上手に話せなくて、困ってるの」
って、ジニーは言っていた。
明日はいよいよホグワーツ。
けど、シリウス・ブラックが捕まっていないことだけが気がかりだ。