「やあ、ピーター、しばらくだったね」
背筋が凍るような笑顔で、父さんが声を掛けた。
「シ、シリウス、リ、リーマス、懐かしの友よ」
キーキーと耳障りな声でペティグリューは答えた。
「ジェームズとリリーが死んだ夜、何が起きたのか、お喋りしていたんだがね、ピーター。君はキーキーわめいていたから、細部を聞き逃したかもしれない」
父さんの穏やかな口調が、逆に恐ろし過ぎる。
今、父さんは、完全に本気でキレている。
娘の私にはわかる!!!
ペティグリューはおびえきっていて、くどくど言い訳と命乞いをした。
しかし、今の父さん達にそんなものは通用しない。
ペティグリューの目は逃げ道を探して、キョロキョロとせわしなく動いていた。
「はっきり言ってピーター、何故無実の者が12年も鼠に身をやつして過ごしていたのか、理解に苦しむ」
父さんの言う通りだ。
無実だったなら、正々堂々としていればいいのに。
するとペティグリューは必死で言い訳した。
闇の陣営の有力者であるシリウス・ブラックを自分がアズカバン送りにしたことで、ヴォルデモートの支持者から報復されるのが怖かったのだと。
そこへ、ハーマイオニーがおずおずと尋ねた。
スキャバーズ、じゃなかったペティグリューは、3年間ハリーの側で過ごしていたのに、どうしてハリーに手を出さなかったのかと。
ペティグリューはそれを聞き、助かったと喜ぶ。
しかしシリウスが、ハーマイオニーの疑問に答えを出した。
「ヴォルデモートは12年も隠れたまま、半死半生だと言われている。アルバス・ダンブルドアの目と鼻の先で、しかも全く力を失った残骸のような魔法使いなんぞの為に、人殺しなどするお前か? そもそも魔法使いの家族に潜り込んで飼ってもらったのは、情報を聞く為だろう? かつてのご主人様が復活し、またその下に戻っても安全だという事態にお前は備えた」
それを聞き、ペティグリューは、金魚のように口をパクパクさせた。
シリウス・ブラックの言ったことは、全部当たっているんだ。
ぐうの音も出ないとは、まさにこのことだな。
「あの、ブラックさん……シリウス? お聞きしてもいいでしょうか?」
ハーマイオニーが丁寧に声をかけるものだから、シリウスがびっくりして彼女を見たよ。
「ど、どうやってアズカバンから脱獄したのでしょう? もし闇の魔術を使ってないのなら」
ペティグリューがキーキーと声をあげた。
「ありがとう、その通り! それこそ私が言いたい、」
「黙れ。ハーマイオニーは、シリウスさんに質問したんだ。あなたの出る幕はない」
私はペティグリューの言葉を冷たくさえぎった。
シリウスは少し考えてから答えた。
「私が正気を失わなかったのは、自分が無実だと知っていたからだ」
吸魂鬼は幸福な気持ちを吸い取る。
だけど、自分が無実だと思う気持ちは、吸魂鬼の餌にはならなかったらしい。
確かに、自分が無実だと知っていることは、別に幸せな感情ってわけじゃないからね。
それでも、どうしても吸魂鬼に耐えられなくなった時は、シリウスは犬に変身してやり過ごしたそうだ。
犬の感情は人間ほど複雑ではなく、また吸魂鬼は目が見えないので、この方法は上手く行ったらしい。
「信じてくれ。信じてくれ、ハリー。私は決してジェームズやリリーを裏切ったことはない」
シリウスとハリーは互いをじっと見つめあい、ハリーは深くうなずいた。
ついにハリーは、彼を信じることに決めたようだ。
額に脂汗をいっぱいに浮かべたペティグリューは、床に膝をついた。
シリウスは言った。
「一緒にこいつを殺るか?」
「ああ、そうしよう」
父さんは答えた。
父さんとシリウスは、袖まくりをして杖を構えた。
「やめてくれ、やめて……」
今度はペティグリューは、ロンに助けを求めた。
「頼む、殺させないでくれ、私は君の鼠だった、良いペットだった」
「自分のベッドにお前を寝かせてたなんて!」
しかし、ロンは力一杯ペティグリューに叫ぶ。
「人間の時より鼠の方が様になるのは、ピーター、あまり自慢にならない」
元ご主人に拒絶されてヒイヒイあえぐペティグリューに、シリウスの厳しい言葉が放たれた。
すると今度は、ペティグリューは、ハーマイオニーのローブの裾をつかんで助けを求める。
けど、彼女はペティグリューの手からローブを引き抜き、壁際に逃げる。
「レイ!」
次にペティグリューがすがりついたのは私だった。
父さんは、冷たく凍りつくような目でペティグリューを見た。
「頼むレイ! リーマスとシリウスを止めてくれ!! 娘の君の頼みなら、リーマスだって聞くはずだ」
ペティグリューは震えながら上目遣いで私を見る。
「レイ、お願いだ。アズサだって……君のお母さんだって、リーマスが人殺しになることは望んでない!」
有り得ない。
何で、ここで死んだ母さんの名前を出すんだよ?
「気安く父さんと母さんの名前を呼ぶな。汚らわしい裏切り者のくせに」
私は冷たく淡々と言葉を突き刺す。
「私の母さんは、何よりも家族や仲間の命を大事にする人だったと聞いている」
実際、母さんは自分の弟をかばって死んでいった。
「父さんはもちろん、母さんだって、もしあなたの裏切りを知れば、間違いなくあなたを殺すに決まっている。父さん同様、死んだ母さんも、あなたをきっと絶対に許さない。当然、私もあなたを絶対に許さない」
ペティグリューは、身を小さく縮めた。
「私には、父さんとシリウスさんを止める権利も理由も無い。2人があなたを殺すのなら、私はただそれを見届けるまでだ」
私は本当に心からそう思った。
裏切り者のコイツに情けなどいらない。
「おやおや。伶には、我々を止める気は無いようだ」
父さんが朗らかに言い放つ。
ただし、目は一切笑っていない。
「ハリー、君はお父さんに生き写しだ……」
ペティグリューは、今度はハリーに命乞いを始めた。
「ハリーに話しかけるとはどういう神経だ!」
シリウスの怒鳴り声が飛ぶ。
「ハリーに顔向けできるのか? この子の前で、ジェームズのことを話すなんて、どの面下げてできる?」
シリウスの言葉が耳に入っているのかいないのか、まだペティグリューはハリーにすがりつこうとした。
彼はみじめに震えながら、自分は裏切りたくて裏切ったんじゃない、ヴォルデモートに逆らえなかったと、逆らえば自分が殺されたんだと、言い訳を繰り返す。
往生際の悪いペティグリューに、シリウスは怒りを込めて言った。
「友を裏切るくらいなら死ぬべきだった。我々も君の為にそうしただろう」
「お前は気づくべきだった。ヴォルデモートがお前を殺さなければ、我々が殺すと。ピーター、さらばだ」
シリウスの隣で父さんが杖を上げ、冷たく告げた。
それは死刑宣告だった。
ハーマイオニーが両手で目を覆い、壁を向く。
逆に、私は目をカッと見開いて、父さんとシリウスの杖先をじっと見つめた。
全て見届けなければならない、そう思った。