私達が暖炉から出てくると、そこには仁王立ちしたスネイプと、縮こまって椅子に座るハリーがいた。
ハリーは助けを求めるように、私と父さんを見た。
どうやら、ここはスネイプの部屋らしい。
父さんは穏やかに言う。
「セブルス、呼んだかい?」
「いかにも」
スネイプは私を見つけた。
「ルーピン、こやつも一緒なのかね? なら好都合」
何だよ、好都合って!?
本当に今回、私は何もしてないんだってば!
「キサラギ 。今日はホグズミードに行ったかね?」
スネイプが薄笑いを浮かべて私に尋ねた。
「ええ。ハニーデュークにチョコレートを買いに行きましたが?」
どうして、そんなことを聞くんだ?
「ポッターを見かけなかったかね?」
「いいえ、見てません。ミスター・マルフォイ達は見まかけましたし、ロンにも会いましたが……というか、ハリーには許可証がないから、ホグズミードに行けないはずですよ?」
私がそう言うと、スネイプが猫撫で声を出した。
「さよう。キサラギの言うとおり。ポッターはホグズミードに行くことを許されていない。頭はおろか、体のどの部分もだ!」
スネイプが勝ち誇ったような顔になる。
「なのに今日、ミスター・マルフォイが、ホグズミードで、ポッターの『生首』を目撃したという。何とも奇妙な話ではないと思わぬかね?」
「え、ハリーの生首?」
私は思わず尋ね返した。
まさかハリーは、透明マントを使って、こっそりホグズミードに行ったのか?
そして、何かの拍子に、うっかりマントが脱げかかって、その瞬間をマルフォイに見られたってこと?
「我輩はその話を聞き、すぐさまポッターを尋問した。そして出てきたのがこれだ」
スネイプは机の上の羊皮紙を指差した。
それを見て、私は危うく噴き出しそうになって、必死で笑いをかみ殺す。
[私、ミスター・ムーニーからスネイプ教授にご挨拶申し上げる。他人事に対する異常なお節介はお控え下さるよう、切にお願い致す次第]
[私、ミスター・プロングズもミスター・ムーニーに同意し、更に申し上げる。スネイプ教授はろくでもない、嫌な奴だ]
[私、ミスター・パッドフットは、かくも愚かしき者が教授になれたことに、驚きの意を記すものである]
[私、ミスター・ワームテイルがスネイプ教授にお別れを申し上げ、その薄汚いドロドロ頭を洗うようご忠告申し上げる]
ムーニー、プロングズ、パッドフット、ワームテイル。
この羊皮紙って、ひょっとして「忍びの地図」 なの!?
「さて、この羊皮紙には、まさに『闇の魔術』が詰め込まれている。ルーピン、君の専門分野だと拝察するが。ポッターが、どこでこれを入手したと思うかね?」
スネイプが意地悪い目で、父さんを見る。
どうする父さん!?
父さんは、ちらりとハリーを見てから答えた。
「『闇の魔術』が詰まっている? 本当にそう思うのかい? 単に無理に読もうとする者を侮辱する羊皮紙にしか見えないけど。子供騙しだが、決して危険じゃないだろう? ハリーは悪戯専門店で手に入れたと思うよ」
ははーん。
父さんは、羊皮紙を悪戯専門店の商品ってことにして、この場を切り抜ける作戦だね。
しかし、そうは問屋が卸さないセブルス・スネイプ。
「そうかね? むしろ、直に製作者から入手した可能性が高いとは思わんのか?」
スネイプは絶対に父さんを疑っている。
彼は父さんと同級生だから、「ムーニー」が父さんの学生時代のあだ名だと知ってても、不思議じゃない。
「ハリー、この中に知っている人はいるかい?」
父さんが羊皮紙の名前を指して尋ねる。
すると、ハリーは「いいえ」と即答した。
「キサラギ。お前はこの羊皮紙について、何か知っているか?」
スネイプが、今度は私に尋ねた。
ハリーの目が「助けて!」と言っている。
この話の流れなら「羊皮紙はホグズミードのお土産だった」としておくのが自然かな。
「それはゾンゴの商品ですね。ハリーは、ロンにお土産でもらったんですよ」
そこへグッドタイミングで、ロンがハァハァいいながら、駆け込んできた。
「それ、僕が、ハリーに、ゲホッ、あげたんです。ゾンゴで、ずいぶん前に、それを買い、ゲホッ、ました!」
ロンが咳きこみながら言った。
おおっ、ロンも上手く話を合わせてくれたぞ!!
ポンと父さんが手を叩いた。
「ほら! 伶とロンの証言が一致した。セブルス、これは私が引き取ろう。いいね?」
父さんは地図をローブのポケットにしまうと、私達3人を連れて、スネイプの部屋を出た。
玄関ホールまで来ると、父さんはハリーに言った。
「次はかばってあげられないよ」
ハリーが固まった。
「君のご両親は、君を生かすために自らの命を捧げた。それに報いるのに、これではあまりにお粗末だ。たかが魔法のおもちゃ一袋の為に、自分の身を危険にさらすなんて」
ハリーは唇をぐっと噛み締めていた。
さすがに、今の忠告はハリーの胸に刺さったらしい。
「ハリー、ロン。私は伶と少し話がある。先に寮に戻っていなさい」
ハリーとロンが行ってしまうと、父さんは声をひそめて日本語で私に尋ねてきた。
「《伶。君は知っていたね? ハリーが地図を持っていること》」
私は重たくうなずいてから言った。
「《地図は元々、フレッドとジョージが、フィルチさんの没収箱から手に入れたらしくて、それを彼らはハリーにあげたんだ。ハリーが最初に地図を使って学校を抜け出したのは、クリスマスの少し前だった。その時、私はすぐに父さんに報告すべきだった。そして、学校を抜け出そうとするハリーを、もっと本気になって止めるべきだったんだ……》」
ふぅ、と父さんはため息をつく。
「《別に、僕は伶を責めているわけじゃないよ?》」
そうは言われても、私は後悔していた。
マルフォイ達に見つかったり、スネイプに叱られるぐらいなら笑い話で済む。
けど、もし、ハリーがブラックに見つかっていたらと思うと、ぞっとした。
「《周りがいくら言っても、結局はハリーが自分の身を守ろうと思うかどうかだからね。もっとも、地図の作者の1人である僕に、そんなことを言う資格はないかもしれないけど》」
父さんは苦笑いを浮かべた。
「ああ、レイ! ハグリッドが! バックビークが!」
寮に戻ると、ハーマイオニーが泣きながら飛びついてきた。
そういえば、バックビークの裁判は今日だったんだ。
ハリーが私にぐしゃぐしゃの羊皮紙を渡す。
そこには、涙でにじんだハグリッドの字で、裁判の結果が書かれていた。
それを読んだ私は思わず叫んでいた。
「《『処刑』って! 有り得ない! 悪いのはハグリッドの注意を聞かずに、バックビークを怒らせたマルフォイの方だっつーの!!》」
「レイ。君、今、日本語でしゃべってた?」
ロンに言われて我に返った。
「あ、ゴメンゴメン……」
ついさっきまで父さんと日本語で話をしていたから、頭が英語モードに切り替わってなかったらしい。
それはともかく、まだ控訴が残っているとはいえ、バックビークの運命は決まったも同然だった。
*
こうして2月が過ぎ去り、私は14歳になった。
けど、今年は私の誕生日は来なかった。
何故なら、私の誕生日が4年に1度しかない2月29日だからなのだ。
そういえばロンの誕生日は、私と1日違いの3月1日らしい。