クリスマスの翌日から、私は年賀状書きに取り掛かった。
来年の干支は戌(犬)だ。
犬といえば、散歩をしていたら、例の黒い大きな野良犬を見つけたよ。
せっかくだから、年賀状に書く絵のモデルになってもらった。
実は私、ディーン程じゃないけど、絵はそこそこ得意だ。
クッキーをあげたら、スケッチしている間、黒犬はずっと大人しくしていてくれた。
この犬、ひょっとしたら、元々は育ちがいいのかもしれない。
書き上げた年賀状は、ヒキャクに頼んで、日本にいるお祖父ちゃんや、青龍学院時代の友達、先生などに配達してもらった。
ファイヤボルトの件で、私、ハーマイオニー VS ハリー、ロンの冷戦はまだ続いていた。
特にハーマイオニーとロンは、スキャバーズとクルックシャンクスのこともあって、すれ違うたびに火花を散らせていた。
そして迎えた大晦日。
夕食の後、ハーマイオニーと一緒に寮に戻ろうとしたら、晶に呼び止められた。
「《お〜い、伶!》」
晶は私に大きな紙袋を渡して言う。
「《これ、持っていけ》」
中身を見てみると、日本のマグルの有名メーカーの即席カップ蕎麦が4つ。
箸(はし)もちゃんと4つ入っている。
竹でできた割り箸だ。
そっか、大晦日といえば年越し蕎麦だよね。
日本にいた時には、必ずお祖父ちゃんの家で、父さんや悟叔父さんと一緒に食べていたな。
「《サンキュー! まさか、ホグワーツで年越し蕎麦が食べられるなんて思わなかったよ》」
「《どういたしまして。あ、リーマスさんには、さっき渡しといたからな》」
「《おお、さすがは橘晶くん。気が利くではないか!》」
私がおどけて言う。
「《当たり前だ。リーマスさんには世話になってんだから》」
ハーマイオニーは、不思議そうに私と晶のやりとりを見ている。
「ミスター・タチバナ。あなたが今、レイに渡したのは何?」
ハーマイオニーが晶に尋ねる。
晶は笑って英語で言った。
「インスタントのカップ蕎麦だ。あ、ミス・グレンジャー。ちゃんと、君やポッター、それにウィーズリーの分もあるぜ」
ハーマイオニーは、ハリーとロンの名前を聞いて、やや気まずそうな顔をした。
2人とは、まだ仲直りできてないからなぁ。
晶と別れ、私とハーマイオニーは寮に戻る。
すると、ハリーとロンは談話室でチェスをしているところだった。
私は紙袋を掲げ、2人に声を掛けた。
「これ、晶にもらったんだけど、一緒に食べない? 蕎麦だよ。『年越し蕎麦』」
ハリーとロンがチェス盤から顔を上げて、私を見た。
「『トシコシソバ』? 何だい、それ?」
ハリーが尋ねる。
「日本では大晦日に蕎麦を食べるんだ。大晦日に細くて長い蕎麦を食べると、健康で長生きできるって言われてる」
私がそう言うと、ハリーとロンは顔を見合わせてから、近くまでやってきた。
私は袋からカップを取り出してテーブルに並べる。
4つのカップのフタを剥がし、中の小袋を破って粉末スープを麺にかける。
そして、お湯を注ぐため、懐から杖を取り出そうとしたんだけど……あれ?
「杖、部屋に置いてきたみたいだ……」
「レイ、私がお湯を入れるわよ?」
ハーマイオニーが言った。
「大丈夫。杖がなくても、お湯は出せるし」
「レイ、本当なの? そんなことできるの?」
「え、マジかよ?」
「どうやってやるの?」
ハリー、ロン、ハーマイオニーが驚いている。
ていうか、みんな、杖なしにお湯を出すなんて、信じられないって思ってるな?
「まあ見ててよ」
私は深呼吸して目を閉じ、祝詞(のりと)を唱え始めた。
「《掛まくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊祓へ給ひし時に成り座せる祓戸の大神等 諸々の禍事 罪 穢有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと白す事を 聞食せと 恐み恐みも白す》(かけまくもかしこき いざなぎのおおかみ つくしのひむかのたちばなのをとのあわぎはらに みそぎはらへたまひしときになりませる はらへどのおおかみたち もろもろのまがごと つみ けがれをあらんをば はらへたまひ きよめたまへともうすことを きこしめせと かしこみかしこみももうす)」
目を開け、右手を上に上げて手に気を集める。
ここからが勝負だ。
息を吐きながらゆっくり手を下ろし、4つのカップに同時に熱湯を満たしていく。
そして、カップの内側の線でピタリとお湯を止めた。
パチパチと3人から拍手が起きた。
「レイ、カッコいい!」
「東洋の魔術って、こんな感じなのね。興味深いわ」
ハリーとハーマイオニーが口々に感想を述べる。
「レイ。あんな長い呪文、よく覚えられるな。唱えるの面倒くさくないかい?」
ロンが尋ねる。
「あはは、確かに面倒だよ。あの長い呪文『祝詞』っていうんだけど、実は上級者なら省略できるんだ。私には無理だけどね」
さて、お湯を注いで3分経てばできあがりだ。
フタを取ると、湯気と一緒にふんわりと醤油ベースのダシ、ネギの香りが広がる。
「《いただきまーす!》」
私はパチンと割り箸を割って、ズズッと蕎麦をすすった。
うん、おいしい!!
日本人で良かった……って、私はハーフだけどね。
「温かいスープに入ったソバは初めて食べたわ。だけど、とってもおいしいわ」
ハーマイオニーは、箸で器用に麺をつかみ、静かに口に運ぶ。
まあ、イギリスじゃ音をたてるのはNGだからなぁ。
そういえば父さんも、蕎麦やラーメン、うどんを食べる時、音をたてないんだよね。
日本のお祖父ちゃんに「《リーマス君、ズズッとすすらんかい! 年越し蕎麦がマズそうに見えるやろ》」なんて毎年ツッコまれてたよ。
そんなことを思い出しながら蕎麦をすすってたら、ハリーとロンが、私とハーマイオニーをじっと見ていた。
彼らの蕎麦は減っていない。
「あれ、食べないの? 蕎麦がのびちゃうよ?」
すると、ハリーとロンが口をそろえて言った。
「「何で2人とも上手く食べられるんだよ!?」」
ハリーが続ける。
「……いや、レイは日本出身だからわかるんだけど、何でハーマイオニーも 『チョップスティック』が上手く使えるの?」
ん、チョップスティック?
ああ、chopstickか。
英語で「箸」のことをこう呼ぶんだっけ。
ハーマイオニーはにっこり笑って答える。
「両親が中華料理が好きで、私、小さい頃から中華料理店によく連れて行ってもらってたの。だから『ハシ』が使えるのよ」
確かに、中華料理でも箸を使うよね。
「この『チョップスティック』だっけ? 使うのめちゃくちゃ難しいよ! タチバナの奴、フォークも入れといて欲しかったぜ!」
ロンが箸に悪戦苦闘しながら愚痴る。
「ロン。晶は日本人なんだから、蕎麦を食べる時にフォークを使うなんて思いつかないよ」
私は笑って蕎麦をすする。
それを聞いたハーマイオニーは「仕方ないわね」と笑いつつ、魔法でロンとハリーの割り箸をフォークに変えてあげた。
そしてロンとハリーは、やっと蕎麦を食べることができた。
4人ともお腹いっぱいになったところで、ちょうど日付が変わり、新しい年がやってきた。
公式設定だと、3巻は1993〜1994年の話だそうです。
今回年賀状ネタを書くにあたり、1994年の干支を調べたら、偶然にも「戌」でした!
というわけで、シリウスにゲスト出演してもらってます。