レイ・アルメリアの物語   作:長月エイ

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28・年越し

クリスマスの翌日から、私は年賀状書きに取り掛かった。

来年の干支は戌(犬)だ。

 

犬といえば、散歩をしていたら、例の黒い大きな野良犬を見つけたよ。

せっかくだから、年賀状に書く絵のモデルになってもらった。

実は私、ディーン程じゃないけど、絵はそこそこ得意だ。

クッキーをあげたら、スケッチしている間、黒犬はずっと大人しくしていてくれた。

この犬、ひょっとしたら、元々は育ちがいいのかもしれない。

 

書き上げた年賀状は、ヒキャクに頼んで、日本にいるお祖父ちゃんや、青龍学院時代の友達、先生などに配達してもらった。

 

ファイヤボルトの件で、私、ハーマイオニー VS ハリー、ロンの冷戦はまだ続いていた。

特にハーマイオニーとロンは、スキャバーズとクルックシャンクスのこともあって、すれ違うたびに火花を散らせていた。

 

そして迎えた大晦日。

夕食の後、ハーマイオニーと一緒に寮に戻ろうとしたら、晶に呼び止められた。

「《お〜い、伶!》」

 

晶は私に大きな紙袋を渡して言う。

「《これ、持っていけ》」

中身を見てみると、日本のマグルの有名メーカーの即席カップ蕎麦が4つ。

箸(はし)もちゃんと4つ入っている。

竹でできた割り箸だ。

 

そっか、大晦日といえば年越し蕎麦だよね。

日本にいた時には、必ずお祖父ちゃんの家で、父さんや悟叔父さんと一緒に食べていたな。

 

「《サンキュー! まさか、ホグワーツで年越し蕎麦が食べられるなんて思わなかったよ》」

「《どういたしまして。あ、リーマスさんには、さっき渡しといたからな》」

 

「《おお、さすがは橘晶くん。気が利くではないか!》」

私がおどけて言う。

「《当たり前だ。リーマスさんには世話になってんだから》」

 

ハーマイオニーは、不思議そうに私と晶のやりとりを見ている。

 

「ミスター・タチバナ。あなたが今、レイに渡したのは何?」

ハーマイオニーが晶に尋ねる。

 

晶は笑って英語で言った。

「インスタントのカップ蕎麦だ。あ、ミス・グレンジャー。ちゃんと、君やポッター、それにウィーズリーの分もあるぜ」

 

ハーマイオニーは、ハリーとロンの名前を聞いて、やや気まずそうな顔をした。

2人とは、まだ仲直りできてないからなぁ。

 

晶と別れ、私とハーマイオニーは寮に戻る。

すると、ハリーとロンは談話室でチェスをしているところだった。

 

私は紙袋を掲げ、2人に声を掛けた。

「これ、晶にもらったんだけど、一緒に食べない? 蕎麦だよ。『年越し蕎麦』」

ハリーとロンがチェス盤から顔を上げて、私を見た。

 

「『トシコシソバ』? 何だい、それ?」

ハリーが尋ねる。

 

「日本では大晦日に蕎麦を食べるんだ。大晦日に細くて長い蕎麦を食べると、健康で長生きできるって言われてる」

 

私がそう言うと、ハリーとロンは顔を見合わせてから、近くまでやってきた。

 

私は袋からカップを取り出してテーブルに並べる。

4つのカップのフタを剥がし、中の小袋を破って粉末スープを麺にかける。

そして、お湯を注ぐため、懐から杖を取り出そうとしたんだけど……あれ?

「杖、部屋に置いてきたみたいだ……」

 

「レイ、私がお湯を入れるわよ?」

ハーマイオニーが言った。

 

「大丈夫。杖がなくても、お湯は出せるし」

 

「レイ、本当なの? そんなことできるの?」

「え、マジかよ?」

「どうやってやるの?」

ハリー、ロン、ハーマイオニーが驚いている。

ていうか、みんな、杖なしにお湯を出すなんて、信じられないって思ってるな?

 

「まあ見ててよ」

私は深呼吸して目を閉じ、祝詞(のりと)を唱え始めた。

 

「《掛まくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊祓へ給ひし時に成り座せる祓戸の大神等 諸々の禍事 罪 穢有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと白す事を 聞食せと 恐み恐みも白す》(かけまくもかしこき いざなぎのおおかみ つくしのひむかのたちばなのをとのあわぎはらに みそぎはらへたまひしときになりませる はらへどのおおかみたち もろもろのまがごと つみ けがれをあらんをば はらへたまひ きよめたまへともうすことを きこしめせと かしこみかしこみももうす)」

 

目を開け、右手を上に上げて手に気を集める。

 

ここからが勝負だ。

 

息を吐きながらゆっくり手を下ろし、4つのカップに同時に熱湯を満たしていく。

そして、カップの内側の線でピタリとお湯を止めた。

 

パチパチと3人から拍手が起きた。

「レイ、カッコいい!」

「東洋の魔術って、こんな感じなのね。興味深いわ」

ハリーとハーマイオニーが口々に感想を述べる。

 

「レイ。あんな長い呪文、よく覚えられるな。唱えるの面倒くさくないかい?」

ロンが尋ねる。

 

「あはは、確かに面倒だよ。あの長い呪文『祝詞』っていうんだけど、実は上級者なら省略できるんだ。私には無理だけどね」

 

さて、お湯を注いで3分経てばできあがりだ。

フタを取ると、湯気と一緒にふんわりと醤油ベースのダシ、ネギの香りが広がる。

 

「《いただきまーす!》」

私はパチンと割り箸を割って、ズズッと蕎麦をすすった。

 

うん、おいしい!!

日本人で良かった……って、私はハーフだけどね。

 

「温かいスープに入ったソバは初めて食べたわ。だけど、とってもおいしいわ」

ハーマイオニーは、箸で器用に麺をつかみ、静かに口に運ぶ。

まあ、イギリスじゃ音をたてるのはNGだからなぁ。

 

そういえば父さんも、蕎麦やラーメン、うどんを食べる時、音をたてないんだよね。

日本のお祖父ちゃんに「《リーマス君、ズズッとすすらんかい! 年越し蕎麦がマズそうに見えるやろ》」なんて毎年ツッコまれてたよ。

 

そんなことを思い出しながら蕎麦をすすってたら、ハリーとロンが、私とハーマイオニーをじっと見ていた。

彼らの蕎麦は減っていない。

「あれ、食べないの? 蕎麦がのびちゃうよ?」

 

すると、ハリーとロンが口をそろえて言った。

「「何で2人とも上手く食べられるんだよ!?」」

 

ハリーが続ける。

「……いや、レイは日本出身だからわかるんだけど、何でハーマイオニーも 『チョップスティック』が上手く使えるの?」

 

ん、チョップスティック?

ああ、chopstickか。

英語で「箸」のことをこう呼ぶんだっけ。

 

ハーマイオニーはにっこり笑って答える。

「両親が中華料理が好きで、私、小さい頃から中華料理店によく連れて行ってもらってたの。だから『ハシ』が使えるのよ」

確かに、中華料理でも箸を使うよね。

 

「この『チョップスティック』だっけ? 使うのめちゃくちゃ難しいよ! タチバナの奴、フォークも入れといて欲しかったぜ!」

ロンが箸に悪戦苦闘しながら愚痴る。

 

「ロン。晶は日本人なんだから、蕎麦を食べる時にフォークを使うなんて思いつかないよ」

私は笑って蕎麦をすする。

 

それを聞いたハーマイオニーは「仕方ないわね」と笑いつつ、魔法でロンとハリーの割り箸をフォークに変えてあげた。

そしてロンとハリーは、やっと蕎麦を食べることができた。

 

4人ともお腹いっぱいになったところで、ちょうど日付が変わり、新しい年がやってきた。

 




公式設定だと、3巻は1993〜1994年の話だそうです。
今回年賀状ネタを書くにあたり、1994年の干支を調べたら、偶然にも「戌」でした!
というわけで、シリウスにゲスト出演してもらってます。

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