レイ・アルメリアの物語   作:長月エイ

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25・こみ上げる苦さ

一夜明けてクリスマス休暇初日。

朝食にハリーは来なかった。

ロンが言うには、まだ寝ているらしい。

 

家に帰る生徒達が出発してしまうと、寮はすっかり静かになる。

談話室は、私、ハーマイオニー、ロンの貸切状態になった。

選択教科を取りに取りまくっているハーマイオニーは3つもテーブルを使って宿題をやっていた。

横には、クルックシャンクスが寝そべっている。

 

私も薬草学のレポートをやることにした。

 

それにしても、ハーマイオニーって、いつも同じ時間に行われる3つ授業にどうやって出てるんだろう?

マグル学、占い学、数占い学。

3つともしっかりこなしているみたいだ。

最初は「式神」でも使ってるのかと思ってた。

けど、本人に聞いたら「『シキガミ』? 何それ?」と逆に尋ね返されたんだよね。

 

気づくと昼食の時間が近づいていた。

「いい加減、ハリーを起こすべきかな?」

ロンが蛙ペパーミントをかじりながら言った。

 

噂をすれば影。

ハリーが男子寮から降りてきた。

顔色は昨日よりさらに悪かった。

 

ハリーが言う。

「吸魂鬼が僕に近づくたび、僕が何を見たり、何を聞いたりするか知ってるかい? 母さんが泣き叫んで、ヴォルデモートに命乞いをする声が聞こえるんだ」

ヴォルデモートと聞いて、ロンが震え上がる。

 

私は父さんの話を思い出していた。

……1歳の時だから、はっきりとした記憶は残っていないだろう。だが恐らく、心の奥底に恐怖がこびりついている……

まさに、ハリーはその通りだったんだ。

 

そう考えつつ話を聞いていると、ハリーはブラックを追跡して、復讐することを考えているようだった。

 

そんなの無理だ!

逆に殺されるよ!

 

「ハリーお願い。冷静になって。自分を危険にさらさないで。ご両親はあなたがブラックを追跡することを決してお望みにはならなかったわ!」

ハーマイオニーが涙を浮かべて訴えたけど、ハリーはぶっきらぼうに返す。

「父さん、母さんが何を望んだかなんて、僕は一生知ることはないんだ。ブラックのせいで、僕は一度も父さんや母さんと話したことがないんだから」

ハリーは興奮していた。

 

落ち着かせようと、私は口を開く。

「だからって、復讐を考えるのは間違いだ。私の母さんも、私が1歳の時に殺された。けど、私は犯人に復讐を考えたことはない。そんなことしても、母さんは生き返らないからね」

 

「僕はブラックに復讐する! もし、それで死んだとしても、あの世で父さんや母さんに会えるからね!」

マズイ、逆にあおったか?

 

「ダメだ。君がブラックに敵うはずないんだから!」

私は必死にハリーを説得する。

 

「レイなんかに、両親を一度に亡くした僕の気持ちは分からない!」

 

そして、ハリーは私を睨みつけ、言い放つ。

「レイはいいよ。君はお父さんが生きてるんだし!」

 

君はお父さんが生きてるんだし。

 

その言葉にカチンときた。

 

バシっ!!

気づけば私は、ハリーの頬に平手打ちしていた。

「ハリー。そんなに死にたいなら、ブラックにでも、吸魂鬼にでも、やられればいい!」

私は冷たく吐き捨て、荷物をまとめて寮を飛び出した。

 

「レイっ!!」

後ろで、ハーマイオニーが涙声で私を呼ぶ。

けど、振り返る気にはなれなかった。

 

寮を飛び出した私は、図書館で薬草学のレポートの続きをやることにした。

レポートを書いている間は良かったけど、書き終えると一気に後悔がやってきた。

 

右手を見ると、今更のようにハリーを引っ叩いた痛みをジンジンと思い出す。

 

帰りづらい。

とりあえず適当な本で時間をつぶそう。

 

「《よお、お前も居残りだったのか?》」

しばらく本棚の間をふらふらしていると、日本語で声をかけられた。

晶だった。

「《晶こそ。日本に帰らなかったんだ》」

「《ああ。姉貴は仕事で、兄貴は恋人と旅行、親父とお袋も旅行だとさ。俺、仲間外れ。しかも今年、ハッフルパフの居残りは俺だけ》」

晶は頬を膨らませた。

 

「《ところで伶、顔が暗いぜ? 喧嘩でもしたのか?》」

さすが幼馴染、勘が鋭い。

 

私は晶に、ハリーと喧嘩になったいきさつを話した。

晶は話を聞いてから、口を開く。

「《伶は間違ってない。引っ叩いたのはやり過ぎだけど、そうでもしなきゃ、ポッターの目は覚めないだろうな。けど、あいつの気持ちもわかる。もし俺の家族が殺されたら、俺だって、自分の家族を死に追いやった奴に復讐したい》」

そこまで言って、晶はふっと苦笑いする。

「《って言っても、年末年始に俺を仲間外れにする家族なんだけどな》」

そうは言うものの、晶の家族は実はみんな仲が良いんだけど。

 

「《ところで伶。昼飯食ってねぇだろ?》」

私は一瞬ポカンとしたけど、お腹がぐぅと鳴る。

「《ほら。お前、昼飯の時間にいなかったし! 俺、今からリーマスさんのところにお茶しに行くんだけど、一緒に来ないか?》」

時間は午後のティータイムになろうとしていた。

 

私達が部屋に行くと、父さんは笑顔で迎えてくれた。

「おや、晶。伶と一緒だったのかい?」

「図書館で会ったんです。それより、伶に何か食べさせたほうがいいっすよ。昼飯食いそびれたらしくって」

それを聞いた父さんは「しょうがないな」などと言いながら、紅茶とサンドイッチを出してくれた。

 

晶はハリーとの喧嘩ついて一切触れなかった。

その気遣いが少し嬉しかった。

 

ふと見ると、父さんの机には、吸魂鬼や守護霊呪文などの専門書が山積みだ。

きっとハリーの吸魂鬼対策で集めたんだろう。

 

ツナサンドを頬張っていると、ドアがノックされた。

現れたのは、代わり映えしない黒髪、鉤鼻、黒ローブ。

煙が立ち昇るゴブレットを持っている。

 

「薬だ」

「セブルス、いつもありがとう」

父さんがスネイプを部屋に入れる。

 

スネイプは父さんに薬を渡してから、私達をジロリと見た。

「キサラギにミスター・タチバナか。先客万来で結構なことだ」

 

父さんは顔をしかめながら、薬を飲み干した。

「相変わらずひどい味だ。何度飲んでも、慣れないね」

「父さん、良薬は口に苦し、だよ」

薬がマズくても、満月で暴れて人を襲ったり、自分を噛んで傷だらけになるよりは、絶対マシだ。

 

「へぇ。スネイプ教授が脱狼薬を作ってるんですか?」

晶が感心したように尋ねると、スネイプの右眉がピクリと動く。

「……ミスター・タチバナ。何故『脱狼薬』だとわかる?」

 

すると晶はさらっと答えた。

「俺の実家、病院なんです。日本にいた頃、ルーピン教授はうちの患者でした。だから、教授の持病は昔からよく知っています」

 

それを聞いたスネイプは、何も言わず空になったゴブレットを持って出て行った。

その後ろ姿を見て、私はつぶやく。

「そういえば、前にハリーが、脱狼薬を飲んでる父さんを見て『スネイプ先生が毒を飲ませてる』って勘違いしていたんだ」

 

グフッ、ゴホンゲホン!

晶が飲みかけの紅茶にむせながら笑った。

「《ポッターが誤解! ま、脱狼薬は見た目がアレだし、スネイプ教授はあいつの天敵だし》」

 

「はははは」

父さんも、お腹を抱えて大笑いしていた。

 

「ああ、晶も最初は勘違いしてたね」

ふと、父さんが思い出したように口を開く。

「《り、リーマスさん!その話は時効っしょ!?》」

晶が慌てている。

 

「ああ、小さい頃、晶が父さんの薬を『毒』だと思って、勝手に捨てちゃったことがあったっけ」

赤くなって、青くなった晶が叫ぶ。

「《伶、言うなっ! あの時、親父に死ぬほど叱られたのを思い出したじゃねぇか!》」

 

そこに父さんが一言追加した。

「なるほど。だからボガートが晶の前で、涼(りょう)に変わったのか」

晶が「リーマスさん!! 余計なこと言わないで!」と焦っている。

 

「涼」は、晶のお父さんの名前だ。

普段は優しいけど、怒るととても怖い。

ま、普段温厚な人に限って本気で怒ると恐ろしいのは、うちの父さんも一緒だ。

 

ていうか、あの時、涼さんが怒ったのも仕方ない。

せっかく調合した薬を捨てられちゃ、怒って当然だ。

しかも、脱狼薬の主原料トリカブトは高価だし。

 

私はニヤリと笑って日本語で言う。

「《へえ、晶は涼さんが怖いんだ。覚えとこう》」

「《覚えなくていい!》」

晶はタジタジになった。

 

しばらく父さんの部屋で過ごした後、私は寮に戻ることにした。

 

さっさと謝って、ハリーと仲直りしよう。


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