ハッフルパフ戦の朝が来た。
私は雷の音で目が覚めた。
ベッドから出て外を見ると、台風並みの大嵐だ。
朝ご飯を食べに行くと、ハリーはすでに席でトーストをかじっているところだった。
「この天気だ。君も出番があるかもしれない。準備しておけ」
キャプテンのオリバーは、私の肩を叩いて言った。
補欠の私を含め、選手は真紅のユニフォームに着替え、クイディッチ場へ向かう。
外は滝のような雨で、傘をさしてもびしょ濡れだ。
油断すれば吹っ飛ばされそうなぐらい風が強い。
やがてハッフルパフの選手も集まってきた。
ビーターの棍棒を持った晶が私に手を振っている。
噂のハッフルパフのシーカー、セドリック・ディゴリーは背が高く、なかなかハンサムだった。
そして試合が始まった。
土砂降りの雨で、視界は最悪だ。
ベンチで毛布をかぶって待機している私には、戦いの様子がかなり見づらい。
実況は、グリフィンドール寮生でフレッドとジョージの友達、リー・ジョーダンだ。
「タチバナ、ブラッジャー・・・った!! おっ・・フレ・ド、・ズリー」
けど、声は嵐で途切れ途切れにしか聞こえない。
目を凝らして空を見上げれば、ハリーは風にあおられ、バランスを取るのに精一杯らしい。
晶がハリーの後ろに回り込むのがボンヤリ見えた。
晶は近くに飛んできたブラッジャーを、ハリー目掛けてかっ飛ばす。
「ハリー! 後ろっ!!!」
慌てて私は叫んだけど、風の音が酷すぎてかき消される。
晶の攻撃に気付けず、ブラッジャーがハリーの箒に命中した。
一瞬、ハリーはバランスを崩しかけた。
けど、どうにか体勢を立て直し、落ちずに済んだようだ。
嵐の中でも、アンジェリーナ、ケイティ、アリシアの3人は、何とか点を重ねていたようだ。
スコアボードを見れば、グリフィンドールが40点差で優勢だ。
しばらくして、ホイッスルが鳴った。
「タイムアウトを要求した!」
オリバーが大声で集合をかける。
「レイ、ケイティと交代だ」
ケイティを見るとガタガタ震えていた。
「れ、レイ。後は頼んだわ」
彼女の唇は寒さで青紫色になっていた。
私はかぶっていた毛布を、彼女に渡した。
ハリーはメガネを外し、ユニフォームで拭いていた。
「こいつをかけていたら、僕、全然だめだよ」
そう言って、ハリーはメガネをブラブラさせる。
レンズがびしょ濡れで、全然前が見えないらしい。
するとハーマイオニーがやってきて、ハリーにメガネをよこすように言った。
彼女はメガネを受け取り、レンズを杖で軽く叩いて呪文を唱える。
「Impervius!」
さっすが、ハーマイオニー!
防水呪文をかけるなんて頭良い!
さあ、試合再開だ。
私は愛用の箒、空龍H4に乗って地面を強く蹴った。
アリシアからパスをもらう。
雨で滑りそうになりながら、私はクアッフルをキャッチし、ゴールへ飛ぶ。
そこへ敵のチェイサーが、クアッフルを奪いにきた。
一旦、一気に地面スレスレに降下してかわし、箒の柄を上に向けて急上昇させる。
そして、私はクアッフルをゴールに投げ込んだ。
敵のキーパーが動いたが間に合わず、クアッフルはしっかりゴールを通過した。
「よっしゃー!!!」
私はガッツポーズをして叫んだ。
ホグワーツでの初ゴールだ。
満月直後で、部屋で休んでいる父さんにも見せたかったなあ。
それから、雨はますます強さを増し、雷が何度も鳴り響いた。
このまま、ハリーかディゴリーがスニッチを取らなければ、試合は夜までもつれ込むだろう。
スタンド近くを飛んでいると、てっぺんの席に黒い毛むくじゃらの犬が座っているのが見えた。
前にホグズミードで見かけた犬のようだ。
気づくと、ブラッジャーが後ろから飛んできたので、私は慌てて宙返りして避けた。
また雷が鳴り稲光が観客席を照らすと、犬はやっぱりそこに座っていた。
ふと上を見ると、ディゴリーがキラッと光るものを猛スピードで追っていた。
スニッチを見つけたんだ!
オリバーに急かされ、ハリーもスニッチを追う。
その時、急激に周りの空気が凍りつくように冷たくなった。
クィディッチ場に吸魂鬼が大量に侵入してきたのだ。
ハリーがバランスを崩した。
箒が手から離れ、ハリーは20mぐらいの高さから地面へ真っ逆さまに墜落していく。
ハリーの箒は強烈な風で遠くへ吹っ飛ばされてしまった。
もうダメだと、思った瞬間!
弾丸のような勢いで、観客席からダンブルドア校長が飛び出し、厳しい顔つきで杖を振った。
ハリーの落下スピードが遅くなった。
続いて、校長は杖を吸魂鬼に向け、杖先から白銀の巨大な鳥のようなものを出す。
吸魂鬼はあっという間に競技場から消え去った。
私も含め、グリフィンドールの選手が墜落したハリーに駆け寄った。
ハリーは、両手足をだらんと地面に投げ出し、気を失っていた。
「ハリー、ハリー?」
私が頬をペタペタ叩いて名前を呼んでも、反応がない。
でも、見たところ、大きなケガはしていないようだ。
気絶しているのはホグワーツ急行の時と同じで、吸魂鬼のせいに違いない。
だけど、残念ながら、今はチョコレートの持ち合わせがない。
その時ハリーの後ろに、セドリック・ディゴリーが着地した。
左手に金色の小さな羽がついた物体を握っている。
スニッチを取ったのだ。
振り返ったディゴリーは、地面に横たわるハリーを見て凍りついた。
ハリーが墜落したのに気づいてなかったようだ。
「吸魂鬼達には、ホグワーツの敷地内に入ってはならぬと申しつけたはずじゃ。約束を破るとは言語道断。話をつけねばならぬ」
駆けつけたダンブルドア校長が静かに言うと、その場の空気がピリピリと張り詰めた。
校長が激怒しているのはみんなわかっていた。
それから校長は魔法で担架を出し、ハリーは医務室へ運ばれていった。
その後、クィディッチ場は大騒ぎになった。
ディゴリーは、審判のフーチ先生に試合のやり直しを求めた。
だけど、彼女はハッフルパフの勝利を宣言した。
オリバーも潔く、グリフィンドールの負けを認めた。
しばらくして、医務室に運ばれたハリーは意識を取り戻した。
ハリーは、またしても吸魂鬼を見て気絶したことに、ショックを受けているように見えた。
それに吹き飛ばされたハリーの箒ニンバス2000は、暴れ柳に衝突したらしい。
箒は木っ端微塵にされ、完全に使い物にならなくなってしまった。
その晩、大広間で夕食をとるグリフィンドールチームは、お通夜のように暗かった。
私もあまり食欲がなく、かぼちゃジュースとトーストしか口にできなかった。
ちなみに、ハーマイオニーとロンは、ハリーに付き添って、夕食を医務室でとることにしたようだ。
1人で寮に戻ろうとすると、セドリック・ディゴリーと晶に呼び止められた。
「ミス・キサラギ。ハリー・ポッターの具合は?」
ディゴリーはハリーを心配していた。
「大丈夫です。けど、吸魂鬼で気絶したことと、箒が壊れたことにショックを受けていました」
「そうか。それは大変だね」
晶が尋ねた。
「伶、箒は直らないのか?」
「それがさ、暴れ柳にぶつかっちゃって……」
ああ、とディゴリーも晶も気の毒そうな顔をした。
「それにしても、僕らは本当に『勝ち』で良かったんだろうか?」
ディゴリーに続けて、晶も重たく呟く。
「ああ。そもそも吸魂鬼に襲われちゃ、俺だって落ちるに決まってる。あんな勝ち方、俺も後味悪ぃよ」
「でも、負けは負け。勝ちは勝ち。2人がそう言ってくれるだけで、充分嬉しいです」
私がそう言うと、2人はやっと少し笑った。