1・スカウト
夏休みが今年も始まった。暑い日が続くけど、私は毎日部活ざんまいだ。
私は如月伶(きさらぎ れい)。
青龍学院魔法学校中等部の2年生で、父さんがイギリス人、母さんが日本人のハーフだ。
クィディッチ部でチェイサーをやっている。
今日もチームのチェイサー2人と、上空15m地点で話をしながらキャッチボールをしていた。
話題は、先日の全日本学生大会のことだ。
うちの学校は決勝戦まで勝ち進んだ。
けど決勝戦で、私がゴールした直後、相手のシーカーにスニッチをつかまれて負けたんだ。
「《あの試合、最後の逆転は酷いですよね。せっかく伶が点を入れたのに。ハイ、御堂(みどう)先輩、パスです!》」
東郷史子(とうごう ふみこ)がクアッフルを投げた。
彼女は私の同級生で、東郷飛行具社という箒メーカーの社長令嬢だったりする。
「《というか、うちのシーカーがだらしない!》」
相槌を打ってクアッフルをキャッチしたのは、御堂藍子(みどう あいこ)先輩。
高等部2年、うちのエースだ。
「《伶ちゃんが得点した後、さっさとスニッチを取らないから。フミちゃん、パス》」
御堂先輩が愚痴り、史子にクアッフルを投げ返す。
「《ところで伶。知ってる? 今、ホグワーツの校長が来てるんだって。何て名前だったけかな、ダンボ? ダブルド? ダンボール?》」
史子が、私にクアッフルを投げる。
「《フミぃ~、それ言うならダンブルドア。けど、何で彼がここに?》」
私はキャッチしながら答え、先輩にパスを出す。
「《ルーピン先生をホグワーツに引き抜くためらしいわ。あれ? 伶ちゃん、親子なのに聞いてない? ほい、パス!》」
御堂先輩が、私にクアッフルを投げ返す。
「《え、先輩、今なんて?》」
私はクアッフルをキャッチしたまま固まる。
先に反応したのは、史子だった。
「《やだぁ。リーマス先生の授業、好きなのに! イギリスに行っちゃうの!?》」
リーマス・ルーピンは、私の父さんだ。
この学校で3年程前から英語の先生をしている。
ていうか、父さんのイギリス行きの話なんて、今初めて聞いたんだけど!
いや、待てよ?……2・3日前、イギリスから、父さんに手紙が来ていたような。
「《お~い、如月ぃ~!》」
校舎から、キャプテンで高等部3年の河口先輩が、クィディッチ場へ走ってきた。
「《学院長先生が、お前を呼んでるってさ!》」
「《ハイ、行きます! あ、フミ、これ!》」
私は返事をして、史子にクアッフルを投げる。
そして地面まで降り、着替えて学院長室へ向かった。
学院長室に入ると、程よく冷却魔法が効いていて、外の暑さが嘘みたいだった。
「《如月さん、練習中に呼び出してごめんなさいね。さあ、ルーピン先生の隣に座って》」
初老の魔女、学院長の土御門(つちみかど)先生が、ニコニコと私を迎える。
「伶、こっちだよ」
父さんが英語でそう言って、自分の隣をさす。
私が座ると、土御門先生は杖を振って麦茶を出した。
ソファーには父さんの他に、2人の西洋人魔法使いが座っていた。
長い髪とヒゲの半月眼鏡の老人は、たぶんホグワーツのダンブルドア校長だ。
ダンブルドアの隣にいる男は、父さんの学生時代の同期で、私とも知り合いだった。
そして彼の服装は、周りから明らかに浮いていた。
私は、制服の白い半袖のセーラー服。
父さんは、洗いざらしの白い長袖カッターシャツ。土御門先生は、爽やかな水色のワンピース。
ダンブルドアは、若草色の薄い麻のローブ。
みんな夏向きの涼しそうな服。
なのにコイツときたら!
この真夏に、分厚い布地の真っ黒なローブ。
しかも、ローブの下は黒い厚手の詰襟服で、ボタンをきっちり一番上まで留めている。
真夏の日本をナメてるとしか思えない!!
いくら魔法で温度調節できるといっても、見た目の季節感ってものがあるよ。
それに、整髪剤ベッタリの肩までの黒髪、血の気のない顔は相変わらずなんだなぁ。
「初めまして。如月伶……伶・アルメリア・如月・ルーピンです。よろしくお願いします」
「アルバス・ダンブルドアじゃ。こちらこそ、よろしくのう」
私は一応、フルネームを名乗った。
長い名前なので、滅多に名乗ることはない。
それにここ日本だと、母さんの苗字「如月」の方が使いやすいので、普段は「如月伶」で通している。
私はダンブルドアに手を差し出し、握手した。
彼の手首のアメジストのブレスレットが、若草色のローブにマッチして、とてもおシャレだった。
「スネイプさんお久しぶりです」
一応黒ローブにも挨拶すると、軽くうなずいたけど、しかめ面だ。
というか、この人はしかめっ面が基本だけどね。
「レイは、アズサにそっくりじゃのう。じゃが、髪の色はリーマスじゃな」
ダンブルドアは、私と父さんを見比べて微笑む。
梓(あずさ)というのは、死んだ母さんの名前だ。
私は母さん似の典型的日本人顔。
外見で父さんから受け継いだところといえば、鳶色の髪ぐらいかな。
「ところでリーマス、手紙は読んでくれたかね?」
ダンブルドア校長の言葉に、父さんがうなずく。
「では、さっそく本題なんじゃが……」
御堂先輩の言ったとおりだった。
ダンブルドア校長は、父さんをホグワーツの「闇の魔術に対する防衛」の教師にスカウトしに来た。
一緒に話を聞いて欲しいということで、娘の私も呼ばれたらしい。
けど、ひとつ大問題があった。
「あの、お話はわかりました。ですが、ダンブルドア先生。父には『持病』がありますよね?」
私の言葉に、父さんが大きくうなずき言った。
「先生。本当に私で宜しいのでしょうか?」
父さんは人狼だ。満月の夜に変身して凶暴化する。
といっても、今は脱狼薬を正しく飲めば変身しても理性を保てる。
しかも、この病気は満月に変身した人狼に咬まれなきゃ感染しない。
遺伝もしないので、私も当然人狼ではない。
けど、人狼はヨーロッパでは偏見が強く、バレると酷い差別を受けるようだ。
うちの学校は通学制で、授業は基本的に昼間だ。
天文学だけは夜に授業があるけど、父さんは英語担当だから、関係ない。
けど、ホグワーツは全寮制なので、生徒も教師も学校に住むことになる。
果たして病気を隠し通せるのかな?
「本人や実の娘でさえ懸念しているというのに、校長。我輩、やはりこの男については、」
スネイプの言葉にダンブルドア先生が割り込んだ。
「リーマス、レイ、心配無用じゃ。セブルスが薬を作ってくれるからのう」
スネイプは苦虫を10匹まとめて噛み潰した顔をしながら、首をわずかに縦に動かす。
どうやら、彼が脱狼薬を煎じてくれることは既に決まっているっぽい。
まあ、ダンブルドアに頼まれたから「嫌々引き受けました」って顔に書いてあるけど。
しかし父さんには、まだ迷いが見えた。
すると土御門先生が英語で言った。
「ルーピン先生。当学院としては、生徒に慕われている優秀な教師である貴方が去ることは、非常に惜しい。しかしながら、母校で教鞭を執ることは、貴方の長年の夢でしたよね。なら、この機会を逃してはなりなせんよ」
土御門先生に続けて、私も言う。
「父さんは、防衛呪文に詳しいし、闇の生物についてもよく知っている。『闇の魔術に対する防衛術』の先生にはピッタリだと思う。引き受けたら?」
父さんは目を瞑ってしばらく考えていた。
そして、しばらくして口を開いた。
「お引き受けします」
しっかりとした口調で、父さんは宣言した。
するとダンブルドアは、今度は私を見て言った。
「ところで、レイ。君もホグワーツに来る気はないかのう?」
半月型の眼鏡の奥で、ダンブルドアの水色の瞳がキラキラ輝いていた。