【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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【Dark side】その3

 麻子ちゃんは、みそ汁を作る。餌付け作戦だ。シャガクシャ様に対する御礼だけど、麻子ちゃんは乗り気じゃない。そこで、みそ汁を作る事をすすめた。「お母様に伝授されたみそ汁」と言えば、主人公は反応を示すだろう。母親の居なかった主人公にとって、母親を感じさせる物はウィークポイントなはずだ。

 

「姉ちゃんのみそ汁かー」

「おっ、お母様がみそ汁だけは作れるようにって教えてくれたの」

 

 これは本当だ。なにしろ麻子ちゃんの味覚は人外だからなー。麻子ちゃんの味覚に合わせると、人の食える料理にはならない。だから「お母様」に協力してもらう必要があった。調味料を加減するなんて事はできないから、麻子ちゃんは正確に材料を量る。少なくとも口に入れた瞬間に吐き出すような料理にはならないだろう。まずはシャガクシャ様に、みそ汁が差し出された。

 

「シャッ、シャガクシャ様、どうぞ……」

「けっ、妖怪がこんなもん食うわけないだろ」

 

 麻子ちゃんが目を伏せる。主人公のために作った料理を、仕方なく嫌いな妖怪に食べさせようと思ったら断られ……麻子ちゃんは怒っていた。みそ汁は「助言をしてくれたシャガクシャ様に対する御礼」という事になっている。だから「お前のために作ったんじゃねーよ」とは言えなかった。すると主人公が獣の槍で脅し、シャガクシャ様はみそ汁を食べ始める。

 

「あー? なーんか頭に引っかかるな……?」

 

 おや、シャガクシャ様の様子が……古代の記憶に引っかかったか? それはシャガクシャ様が人間だった頃の記憶だ。類似する場面としては、シャガクシャ様を慕っていた姉弟との一時かな。芋のスープを飲んでいた。おそらく姉弟という共通点が大きかったのだろう。

 

「シャガクシャァ! てめー、もうちょっと味わって食えよ」

「なんだと小僧? わしに指図するんじゃねえ!」

 

 主人公の突っ込みで、思い出しかけていた記憶は吹き飛んだらしい。ちぇー、シャガクシャ様が麻子ちゃんを気にするようになれば話は早かったんだけど……その後、主人公と言い争った結果、シャガクシャ様は鍋ごとみそ汁を食べる。でも、主人公に叩かれて鍋を吐き出した。妖怪は鉄が苦手だからー。

 

 

 一週間が経ち、主人公の父親が帰ってきた。その父親のすすめで、麻子ちゃんは主人公の家へ泊まる事になる。今までシャガクシャ様のせいで拒否されていたから、主人公の家に泊まれる事を麻子ちゃんは喜んだ。良かったねー。その夜、主人公の部屋の電気が消えた事を確認すると、麻子ちゃんは父親の部屋へ向かう。主人公の父親に麻子ちゃんの体を見せ、味方に引き入れるためだ。麻子ちゃんには恥ずかしい思いをさせてしまうな……。

 

「こんな遅くに、なにか用かな?」

「おっ、お父様には言っておかなくちゃって思って……」

 

 今の麻子ちゃんは武器を持っていない。大事な剣は部屋の外だ。そこへ主人公がやってきた……あれ? お手洗いかな? そう思ったけれど、主人公は父親の寝室へ直行してくる。そして扉の前で足を止めた。まさか麻子ちゃんの行動に気付いて追ってきたのか? このまま会話を盗み聞きする気なのだろう。麻子ちゃん、大変だー! 主人公が扉の前にいるよー!

 

「はっ、恥ずかしい……」

 

 そんな麻子ちゃんの声を聞くと、主人公がはスパーンと扉を開けた。麻子ちゃんは……全裸だ。未発達な体を、父親に晒している。寝る前だったため、側に布団が敷かれていた。良かった……麻子ちゃんの本性は見られなかったか。これならば父親が麻子ちゃんを裸に剥いたように見えるだろう。

 

「なにしてやがる、この生臭坊主がーっ!」

「なにを勘違いしておるバカ息子がーっ!」

 

 その後、父親によって主人公は返り討ちにされた。そして今さらながら、獣の槍で妖怪を封じた事を説明される。その槍なら、もう主人公が抜いちゃったけどー。その妖怪も後ろでアクビしてるけどー。おまけに見えない振りをしている父親が、妖怪を目視できる事を知っている麻子ちゃんとしては茶番だった。でも、麻子ちゃんは空気が読めるので、主人公に余計な事は何も言わない。

 

 

 翌日、麻子ちゃんは主人公と共に出かける。2人きりならば良かったけれど、ヒロイン2名と一緒だ。まあ、そもそもヒロインに誘われたのだから、「主人公と2人きりになりたい」なんて我がままは言えない。麻子ちゃんは大人しく主人公の後を付いて回る。でも、ある絵の側へ行くと、シャガクシャ様と共に足を止めた。

 

「か~~っ、やだね~~。この『絵』とやらを描いたヤツは、別の人間どもを呪って死んでいったな。そうして死んでいった者は普通――鬼になる」

「ちっ、違うよ、シャガクシャ様。憎悪でも……愛情でも……、一つの想いに囚われた人は鬼になるんだよ?」

 

「けっ、大して変わりゃしねーよ……にしても、いつもは大人しいガキが、今日は語るじゃねーか」

「うっ、ううん……愛しているから殺すのと、愛したいから殺すのは違うから……」

 

 太陽に触れたければ、その火を消してしまえばいい。空を飛び鳥に触りたければ、その羽を折ってしまえばいい。でも、火を消された太陽は、羽を居られた鳥は、まったくの別物だ。人に触れたいからと言って、その心を殺せば、ただの生ものに成り果てる。でも、それが麻子ちゃんの愛だった。

 

 

 麻子ちゃんと主人公が一緒に登校する。すると、主人公の妖怪退治を知った学生達に話しかけられる。麻子ちゃんと主人公は人気者になっていた。でも、麻子ちゃんにとって心地のいい物ではない。人に好意を向けられると麻子ちゃんは不安になる。だから殺してしまいたかった。

 校門の前で主人公が、学校の先輩に絡まれる。足を引っかけられて、転ばされて、殴られた。するとカッとなった主人公も殴り返す。でも、先輩の方が優勢になって、一方的に主人公は殴られるようになった……ああ、うん。ちょっと落ち着こうか麻子ちゃん。無理?

 

――るぅん

 

「あっ、あなたは殺してもいい人間?」

 

 麻子ちゃんが剣を抜いた。主人公を傷付けられて、とてもお怒りの御様子だ。でも、ダメです。そいつは殺しちゃいけない人間です。正確に言うと、この場で殺しちゃいけない。「主人公が殴られたから殺した」じゃ過剰防衛になる。こんな所で殺したら言い逃れできないよー。

 

「姉ちゃんストーップ!」

 

 主人公が麻子ちゃんを止めた。これまでの経験から学習したのか、麻子ちゃんに接触を試みる様子はない……でも、ちょっと麻子ちゃんは寂しそうだ。近付けば斬り、遠退けば寂しがる。面倒……じゃなくて複雑だった。ちなみに剣の音色を聞いても主人公が平気なのは、獣の槍のせいだろう。他の人間は汚染され、立ち上がる事すらできない。

 

「――わたしを斬りなよ。なんなら、殺してくれてもかまわない」

 

 ターゲットが現れた。鬼の憑いている人間だ。他の人間と違って、その人間は立っている。たしか「死にたがりの羽生」だったか。憑いている鬼のせいで周囲の人間が傷付き、何度も自殺を試みているとか。それくらい正気度が下がっていると、あの程度の音色ならば耐えられるらしい。

 

「あっ、あなたに憑いている鬼を斬りにきました」

「バカな事を……言わないで」

 

 麻子ちゃんが申し出たものの断られた。他人に対する信用度が下がっている有り様に、好感を覚える……でも、こちらの求める有り様とは違うか。すると麻子ちゃんは剣を、鬼の娘の首筋に当てた。鬼を誘き出すためだろう。まさか本当に殺す気はあるまい……すると、麻子ちゃんと鬼の娘は、風の壁によって周囲から隔離される。でも麻子ちゃんは慌てず、鬼に斬りかかった。

 

『ぐおおおおおお!!』

「とうさん!」

 

 麻子ちゃんは鬼を斬る。すると傷口ではなく、角の生えた頭を押さえた。鬼の様子に構わず麻子ちゃんは斬るものの、すぐに傷口は塞がる。残念だけど麻子ちゃん、この鬼の本体は、鬼の娘の家にある絵画だ。斬っても無駄と分かると、麻子ちゃんは鬼から離れる。そこへ風の壁を抜けて、主人公とシャガクシャ様も駆けつけた。

 

「おー、思いだした。あのガキの剣、見覚えがあると思ったぜ」

「獣の槍が妖怪を殺すための槍なら、ありゃー人間を殺すための剣よ」

「あの鬼は――鬼になっても残っていた「人間」を殺されたのさ」

 

『礼子だけだ……わたしには礼子だけなんだ……』

『礼子は父さんのものだ……守ってやる、守ってやるぞ』

『礼子は私といるのが幸せなんだ』

 

『――だから食いたい』

 

 悪いね……人を斬れば、人を殺さずには居られない。あれだけ何度も斬ったから、人の心なんて残っていないだろう。でも、仕方ない。麻子ちゃんも剣も、そういうものだ。本来ならば獣の槍によって鬼は倒され、人の部分は残る。でも、鬼を斬ったのは剣だ。だから陽である人の部分は斬り捨てられ、陰である鬼の部分しか残らない。かつて娘の父親だった人間は死んだ。

 

『れいこおおお、食ろうてやるぞおお!!』

「……おとう……さん?」

 

 鬼は娘を連れ去った。麻子ちゃんは鬼を追って、洋館へ辿りつく。そこに主人公の姿はなかった。麻子ちゃんに追い付いて来れなかったのか……洋館へ入った麻子ちゃんは絵画の下へ行くと、さっそく剣を打っ刺そうとする。でも、鬼は絵画を持って逃げた。そのまま飛んで行こうとする鬼を、麻子ちゃんは追う。

 ちょっと麻子ちゃん、たぶん絵画の中に連れ去られた娘が入ってると思うんだけど……麻子ちゃんは迷いなく絵画を壊すつもりだった。麻子ちゃんは娘を助ける気がない? よく考えると今ならば、主人公と娘の間に深い繋がりはない。将来ヒロインに昇格する恐れのある娘を、麻子ちゃんは排除する気なんじゃないかな。

 麻子ちゃんは絵画を狙う。でも鬼の腕に防がれた。鬼の腕は斬り刻まれ、その手から絵画が落ちる。麻子ちゃんは落ちる絵画を追うけれど、その隙に鬼の手で捕らえられた。地上を見ると主人公がいる。それと鬼の娘の知り合いが1人いる。あの人間に場所を教えてもらったのだろう。

 

「姉ちゃん!」

「そっ、それに人がはいってるの!」

 

 いかにも「中の人を助けるために戦っていた」ような事を麻子ちゃんは言う。でも、中の人を助ける気なんてなかったでしょー。麻子ちゃんが鬼の手から抜け出そうとしている間に、主人公は絵の中に入った。麻子ちゃんが鬼の腕から抜け出すと、主人公も絵から娘を引き出す。

 

「姉ちゃん!」

 

 ガキッ

 

 麻子ちゃんは絵に、剣を振り下ろした。でも、刃が通らない。やっぱり鬼を絵に戻さないとダメなのか……生命力の高い大ムカデといい、不死の鬼といい、相性の悪い化物が続くなー。すると鬼は、娘と主人公を捕まえる。麻子ちゃんは主人公の手を掴もうとしたけれど、他人に触れない麻子ちゃんは最後まで手を伸ばせなかった。鬼の娘と主人公は絵に引き込まれる。そうして麻子ちゃんとシャガクシャ様だけになった。

 

「たっ、たいへん!」

 

 麻子ちゃんは慌てている。でも、自分から助けに行こうとしない。チラチラとシャガクシャ様の様子を探っていた……おかしいな。麻子ちゃんならば助けに行くと思ったけれど、その様子はない。シャガクシャ様が助けに行くのを待ってる? それは麻子ちゃんらしくなかった。

 

「あ~!! ホンっっとに腹が立つ!」

 

 そう言って主人公を引き出し、シャガクシャ様が絵に飛び込む。すると主人公が鬼の娘を引き出した。続けて絵を飛び出したシャガクシャ様が、麻子ちゃんに合図を送る。麻子ちゃんは剣を絵に振り下ろした。そこに飛び出す影がある。鬼の娘だ。でも麻子ちゃんが剣を止める様子はなかった。殺す気だー!?

 

 ちょっと麻子ちゃんストーップ!

 

 そう言ったけれど麻子ちゃんは止まらない。剣は鬼の娘と、絵画を斬り裂いた。剣に斬られた娘の体は爆散する。チリも風に飛ばされて、後には何も残らない。明らかに悪意を持って、麻子ちゃんは人を殺した。それなのに麻子ちゃんは、まるで誤って殺してしまったかのような態度だ。

 

「ごっ、ごめんなさい!」

 

「人殺し。悪魔め! どうして礼子を殺した!? なにも殺す事なんてなかっただろうが!!」

「ごっ、ごめんなさい……」

 

 まったくだよ! あいにく蘇生なんてできない。鬼の娘は死んだ。麻子ちゃんは謝っているけれど、それほど悪い事をしたとは思っていないよね。人殺しを責められて、怯えてはいるけれど……まー、そうだろうね。麻子ちゃんが気にしているのは主人公の反応だけだ。この主人公を傷付けた学校の先輩が殴り掛かってきたら、正当防衛と称して排除するに違いない。だって麻子ちゃんは剣を抜いたままなんだから。

 でも学校の先輩は、主人公に取り押さえられた。命拾いしたねー。先輩と主人公が喧嘩している様を見て、麻子ちゃんは密かに喜んでいる。ヒロインを殺した麻子ちゃんを、主人公が庇っているからだ。つまり「死んだヒロインよりも麻子ちゃんの方が大事」だって? いいや、その理屈はおかしいよ……。


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