3月31日 入学式
帝都《ヘイムダル》より東に存在する近郊都市《トリスタ》。ここトリスタにはドライケルス大帝が建てたとされている士官学校が存在する。トールズ士官学院。その名前は有名で、多くの卒業者が軍に進んでいる。また、《貴族》と《平民》の身分関係なく学べる場所としても有名である。身分社会の帝国では珍しい学校だろう。今日、そのトールズ士官学院で入学式が行われる。
帝都よりやってくる列車が駅に到着するころ、町の西口の街道より私は《トリスタ》に到着した。何度か来たことのある街なので、雰囲気や建物の位置関係は覚えている。もちろん、今日入学するトールズ士官学院までの道のりもわかる。
「少し遅れたかな」
時間を確認すると、到着を予定していた時刻から10分ほど進んでいる。入学式には余裕で間に合うが、あまり寄り道はできないかもしれない。このまま学院に向かうべきだろう。
駅の入り口の近くを通ろうとしたとき、金髪の女子が黒髪の男子にぶつかったところを目撃した。どうやら金髪の女子がよそ見をしていたみたいだ。
私は黒髪の男子を心の中で応援した。その子、かわいいから頑張って付き合うといいよ。まして、入学式に背後からぶつかられたのだ、物語ならヒロイン確定だ。まあ、現実はそう上手くはいかないだろうが。
それにしても女子の金髪は綺麗だ。彼女の髪は腰のあたりまで綺麗な髪が伸びている。それに対し私の栗色の髪は手入れをあまりしておらず、動いたときに邪魔にならないような長さにしている。私も髪には気を付けた方がいいのかもしれない。
私は先ほどの2人が別れたのを確認してから、再び歩き出す。決して夢中になっていたわけではない。少し興味があっただけだ。結果的に黒髪の男子は名前を聞かず、応援していてがっかりした。黒髪の男子には一緒に学校へ行こうと金髪の女子を誘ってほしかった。
「人の恋路は邪魔するなかれってね。余計な手助けは不要かな」
今後、2人が知り合いになる可能性も低いだろうし、余計なことはしないほうがいい。
ふと、視界に入る男子学生の制服姿が気になった。彼の制服は白が基調の制服だった。他の男子を確認すると緑が基調である。視界に入る大半の学生が白か緑の学生服を着ていた。それに対して私や金髪の女子、黒髪の男子が着ていた制服は赤を基調としたものだった。この色分けにどういった意味があるのだろうか。もしかしたらクラス分けに関わってくるのかもしれない。そしたら金髪の女子と黒髪の男子は同じクラスだろうか?
「気にしたってしょうがないか」
私は考えるのを止め、再び歩き出そうとした。しかし、視線の先にある光景が私を歩かせなかった。視線の先には中央広場のベンチがあり、そのベンチの上で赤の制服を着た銀髪の女の子が寝ている。あれは起こしたほうがいいかな。あのまま寝ていて遅刻したらいけないし、何よりスカートであの体勢はまずい。
「……ふわぁぁ~~……」
起こそうと近づこうかと思ったとき、少女は体を起こし伸びをした。どうやら起こす必要はなくなったようだ。起こそうとしたのは余計なお世話だったのかもしれない。
「ん……そろそろ行かなきゃ」
そうつぶやいて彼女は学院のほうへ走り去った。なんだか猫みたいな子だった。同じクラスになったら友達になってみたい子だ。赤の制服を着ていたし、同じクラスになれることを期待しておこう。
「それにしても、一瞬こっちを確認していたような……」
気にしても仕方がないと思い、走り去った彼女と同じ方向に私は歩き出した。トールズ士官学院はこのまま直線に進めばつける。
「あのー、これってどういうことですか?」
士官学院についた私は目の前の光景に驚きを隠せない。同じ学年であろう赤い制服を着た男子が、小さい女の子相手に正座して謝っている。傍から見て謎な光景である。
「ははは、今は気にしないでいいよ。それより、名前を聞いていいかな?」
「……リア・ケルステンです」
つなぎを着た太った男子は質問に答えてくれず、こちらが逆に質問された。名前を聞いたつなぎの男子は手に持っていた用紙にチェックを入れる。名簿表みたいなものだろうか。
「申請していた武器は短剣だね。今、出せるかい?」
私は腰から短剣を取り出す。街道を歩いてくるときに戦闘に使っていたものだ。私は格闘技を学んでいないので、魔獣相手に素手で挑めない。素手で挑んだ日には返り討ちに合うだろう。短剣は長年使っていた護身用武器でもある。今は護身用にアレンジを加えて、戦闘用になっている。
「いったん預からせてもらうよ。ちゃんと後で返されると思うから心配しないでくれ」
私は頷いて、短剣を手渡した。いつも常備していた短剣がないと少し不安に駆られる。自分にとって短剣がどれほど身近なものだったか理解させられる。
「入学式の会場は向こうの講堂だから間違えないように」
つなぎの男が指さす先には体育館のような建物。あそこが講堂なのだろう。制服を着た男子が入っていくところが見える。
「トワもそこらへんにしときなよ。彼が入学式に遅れるから」
トワと呼ばれた少女は怒るのをぴたりとやめた。少ししてから、彼女は時計を見て、時間を確認した。その間、怒られていた男子生徒は土下座のまま、ちらちらとその様子をうかがっていた。
「わわ、もうこんな時間」
彼女はあわてたよう、金髪の男子へ入学式の会場を教えている。少女はやっぱり先輩なのかな。緑の制服を着ているし、道案内もしている。飛び級の可能性もあるが、この学校はそんなの認めているのだろうか。
「そこの栗色髪の子。一緒に行こうぜ」
「へ?」
気が付くと目の間に怒られていた男子が立っていた。どうやら少しぼうっとしていたようだ。
「時間がないからそうするといい」
「そうだね。行く方向も同じだし、いいんじゃないかな」
つなぎを着た男子とトワさんが勧めてくる。いや断ってないし、いきなり言われてびっくりしただけだ。それに、何もしなくてもこの男はついてきそうな気がする。つけまわされるよりは一緒に行くほうがましだろう。
「はあ、わかりました」
「ため息はひどくないか……」
思わずため息が出てしまった。金髪の男子には申し訳ないことをしたな。1人で旅をすることが多いので、他人と歩くのに少し抵抗がある。1人に慣れすぎたかもしれない。
「とりあえず、行こうぜ」
金髪の男子の誘いに私は頷く。立ち直りの早い男子でよかった。まあ、彼も冗談で言ったのだろうが。
「あ、そうそうーー《トールズ士官学院》へようこそ!」
「入学おめでとう。充実した2年間になるといいな」
私たちが歩き出すとき、トワさんとつなぎを着た男子が言葉をかけてくれる。私と金髪の男子は一礼して歩き出した。
「ーー最後に君たちに1つの言葉を贈らせてもらおう」
入学式の学院長の挨拶も終盤に差し掛かった。私は指定された一番後ろの席でその話を聞いていた。先程、一緒に来た金髪の男子ーーテオ・フォイルナーは真ん中の列の一番右の席に座っている。先程から顔が下を向いて動いていないので寝ているのだろう。入学式の最中に寝るなんてありえない。
1番前の2列に白色の制服を着た生徒が座っていて、残りの席に緑と赤の制服が混じって座っている。この様子だと白色の制服を来ているのは《貴族》生徒だろう。貴族が平民より後ろに座るというのは、帝国では問題がある。気にしない人もいるが、貴族の中ではプライドのたかい人もいる。そういった配慮もあるのだろう。
「若者よーー世の礎たれ」
今までで一番大きい声を出すヴァンダイク学院長。今のが私たちに贈りたい言葉なのだろう。
「世という言葉をどう捉えるのか。何をもって“礎”たる資格を持つのか。これからの2年間自分なりに考え、切磋琢磨する手がかりにして欲しい」
ワシのほうからは以上である。そういって学院長の挨拶は終わった。一気にハードルを上げられた気がする。単なるスパルタ教育よりもはるかに難しい。いままでにしてきた2年間の旅でも、その答えは見つからない。この学院で過ごす2年間で私は見つけられるのだろうか。
「以上で《トールズ士官学院》、第215回・入学式を終了します」
貴族風の男性教官が入学式の終わりと今後の指示をする。どうやら指定されたクラスへ移動しなければならないようだ。しかし、クラス分けは入学案内書に書かれていなかったはずだ。入学式に発表されるものと思っていたが違うかったみたいだ。
「どうやら赤い制服を着ている奴には伝えられてないみたいだな」
テオが私に近づいてきていた。まわりを見渡すとテオの言うとおりだった。私とテオを含む11人の赤い制服を着た生徒が困っていた。
「はいはーい。赤い制服の子たちは注目~!」
気が付くとみんなの前にサラさんが立っていた。彼女の姿を見るのは2年ぶりだ。相変わらずのようで少し安心した。しかし、これからのことを考えると不安が残る。
「ーー君たちにはこれから『特別オリエンテーリング』に参加してもらいます」
ほら、やっぱり。特別オリエンテーリングの内容はきっと面倒なことだろう。だって、あのサラさんだし。旅に出る前もサラさんにかなり巻き込まれた。今回も同じようなものだろう。
「それじゃあ全員、あたしについて来て」
サラさんは一人、講堂の外に歩き出す。それに困惑しつつも赤い制服を着た生徒はついていく。残っているのは私とテオだけになった。
「はあ、行きたくないなあ」
「それには同意するが、行かないとダメだろ」
テオの言葉にしぶしぶ頷き、歩き出す。テオも私の横をついてきた。1人で黙々と歩くよりは話している方がいいので、とくに文句は言わない。
「そういえば、朝はなんで怒られていたの?」
「あぁ、あれか……あれは、あの生徒会長を年下扱いしたからだな」
少し間をあけて話し出すテオ。小さい女の子を年下扱いして怒られたのだろう。そりゃあ、身長をコンプレックスに思っている人に年下扱いはまずいだろう。私も飛び級かを考えていたから人のこと言えないけど。今後、あの会長を年下扱いしないように気を付けておこう。
「って会長!?」
「意外だろ?さすがの俺も驚いたぜ」
テオは笑いながら肩を竦める。嘘……ということはなさそうだ。学校の校門で私たちを待っていたのだ。案内の仕事、すなわち生徒会の仕事に関わっていることになる。どうやら、本当に会長のようだ。
「それにしても、年下扱いで土下座?」
そう、私がテオを見つけたときにはすでに土下座をしていた。年下扱いで土下座はやりすぎだと思う。
「いや、頭も撫でたから正座させられて、その状態で頭を下げたら土下座になるだろ?」
つまり、会長の頭をなでて、正座をさせられる。そこで、謝罪の意味を込めて頭を下げる。まあ、その様子は傍から見たら土下座に見える。というか土下座そのものだ。
「頭をなでたって、なんでそんなことしたの?」
「いや、会長が怒って少し頬をふくらました状態で、手をこぶしにして体の前で振っていたんだ。それに加えてこちらを睨んでいたんだが……それが身長の差で上目づかいに見えてな。かわいいと思って思わず手が出た」
何をやっているのだろうかこの男は。正直、火に油を注いだようにしか見えない。土下座は自業自得だと思う。
「やって後悔はしなかったな。むしろやってよかった」
テオはちっとも反省をしていなかった。今度、会長にあった時に言っておこう。反省はするべきだ。
「おっと、到着したみたいだぜ」
視線の先には古びた建物が建っていた。旧校舎といったところだろうか。ここが私たちの教室ということはないだろう。座学に使える状態ではなさそうだし、なりより魔獣の気配が少しする気がする。私の気のせいかもしれないが。それでも1つ言えることがある。
「ほんと嫌な予感しかしない」