艦娘のラブソング   作:メルクリ

8 / 8
今回も会話です。
思ったよりも書いとかなきゃいけないことが多くて追われています。
でもこれで次回からやっと地上戦に入れます。


晴れのち嵐

「はーい、提督あーんするヨー」

 

 金剛は一口大に切ったステーキ肉にフォークをぐさりと刺すと、提督の閉じた口にねじ込もうとする。

 肉の脂が頬を垂れていくのが気持ち悪い。

 

「ちょ、まって、俺病人だから。そんな重いもの食えな、いって」

 

「ハハハ、提督は血が足りてないんデース。食べたくなくても食べさせマース」

 

 鎮守府内にある医務室で金剛姉妹に身体を抑えつけられ、看病という名の拷問を受けていた。

 みんないつもと違って言葉に抑揚が無く、無機質な言動をしている。

 

「お姉さま、提督は喉が渇いているのだと思います。榛名がジュースを飲ませてあげます」

 

「そう、そうだ。俺は喉が渇いているんだ。榛名、たの――」

 

 榛名が持つのは2ℓ入りのコーラのペットボトル。そのキャップを開けて、こちらに向けた。

 

「そ、それを口に突っ込む気じゃないだろうな……」

 

「OH、榛名気が効くデスネー。喉が渇いていると本人も言ってましたし、一気に飲ませるネー」

 

「無理無理、そんなのむ、ぐぼっ」

 

 何の容赦もなくペットボトルを口に突っ込まれる。

 艦娘の力は強い。常人の俺では抵抗するだけ無駄である。

 榛名の表情をちらりと見た。瞳の瞳孔が開いている。助けを求めても許してくれそうもない。

 

 となると、もう、飲む、しかない!

 

ごくっ

 

ごくっ

 

ごっ

 

 自分でも驚くくらいの勢いでコーラが減っていく。

 最後の方には、金剛比叡榛名も、おお~と感嘆の声をもらす。

 

「ぐああぁ、どうだ、飲み切ったぞ」

 

 空になったペットボトルを三人に見せつける。腹と頭が破裂しそうなほどの気持ち悪さに耐えながら、勝ち誇った。

 三人はなにも言わずに拍手をしている。

 

「さすが提督ですね~。お見それしましタ。じゃあ、喉も潤ったところでステーキどうぞデース」

 

 コーラの余韻が残っているところで、鼻先にステーキ肉を突きつけられる。さっきまでの何倍も肉の油が重苦しく感じた。

 

「お、お前ら鬼か」

 

「弱った相手へ追撃の手を緩めてはいけないと言ったのは提督デース」

 

「もう勘弁してくれ、こんな倒れるまで我慢するなんてもうないようにするから」

 

「提督、なにか勘違いしてませんか?」

 

 比叡が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

 

「私たちは心配してるのでなく、怒っているんですよ」

 

「え?」

 

「そうです。提督業は激務ですから体を壊すくらいありうることだと思っています」

 

 反対からの榛名の言葉。

 

「自己管理ができてなかったからでなく?」

 

「ハハハ、違いマース。そうじゃなくて、……私たちに隠し事してるでショ?」

 

 金剛の右足がベッドの上に乗り上げる。それから恐ろしい顔で詰め寄ってくる金剛。

 

「加賀から話しは聞いてマス。様子がおかしかったことは」

 

「加賀さん暇なときでもお見舞いにも来ませんしね。よほどショックだったんでしょう」

 

 グサリと来る一言。

 あの夜のことを鮮明に思い出す。

 

「そういうわけで、提督が正直に話すまで許すつもりはないデース」

 

「こ、これ以上は本当に体が壊れかねないんだが」

 

「なら、正直に話すしかないデスネ」

 

 悪趣味な笑みを浮かべる三人から後ろへ逃げようとする。しかし、すぐに壁にぶつかる。ここはベッドの上、逃げ道なんてない。

 

「早く、話さないと榛名は、大丈夫じゃないかもしれません」

 

 こええよ、なんだこの威圧感。

 

「じ、実は」

 

「ほら早く言うデース」

 

「実は、忘れた」

 

 これで貫き通すしかない。

 

 しかし、三人は小馬鹿にしたようにこちらを見下ろす。

 

「嘘つくのに忘れたとか言う人初めて見ました」

 

「榛名は見たことあります。汚職した政治家の言い訳で」

 

 この様子じゃ時間稼ぎにもならないか。

 

「こら、姉様たち。何をやっているんですか」

 

 部屋の入り口から声がする。病室に霧島がやって来たところだった。両手には買い物袋を提げている。

 

「霧島、どこいってたネー」

 

「どこって買い出しですよ。鎮守府は艦娘のための設備はあるのに、人間用の保存食や医療品が少なすぎです」

 

 冷静なままの霧島に安堵する。手加減の欠片もない姉たちとは違う。

 

「提督は熱があるんですから無茶をしてはいけません。栄養失調だって元の体調に戻すのは時間がかかるんですよ」

 

 なんて頼りになるのだろうか。末妹なのに気後れせず常識的に考えているところも素晴らしい。

 

「まったく買うものが多すぎて時間がかかりました」

 

 ごそごそと買い物袋を漁る霧島を全員で眺めていた。

 

「提督、解熱薬です」

 

「……これは?」

 

 霧島の目が怪しく光る。

 

「見てわかりませんか?」

 

「青葉、ただいま参上ーーーーーーーーーー!」

 

 病室に青葉が走り込んできた。

 

「あら、ちょうどいいところ」

 

「それは良かったです。それでそれで、青葉にどんなご用でしょうか」

 

「いつも通りよ。そのカメラでこれから起こることを記録すればいいだけ」

 

「よくわからないけど、わかりました」

 

 青葉はビデオカメラを取りだし俺を録り始める。

 

 青葉の登場にあっけにとられてしまったが話を戻す。

 

「き、霧島、この薬って」

 

「形は三式弾によく似ているでしょう? 心配しなくていいですよ、私得意ですから、三式弾」

 

「これ、座薬じゃ……」

 

 目の前に置かれた薬、それは座薬である。確かに熱冷ましだが、使い方は……

 

「金剛姉様、提督を取り押さえて!」

 

「ラジャー」

 

「比叡姉様、榛名、提督のズボンを脱がして!」

 

「はい!」「任せてください」

 

 息の合った素早いコンビネーション。

 あっという間にズボンを脱がされ、四つん這いの姿勢で動けなくされる。

 

「や、やめてーーーーーーー見るなああーーーーーーーーーー」

 

「おー、いいですねー。最高の映像が録れそうで青葉感激です」

 

「止めろ、とるなああアアア」

 

「今晩は編集とダビングするのに徹夜確定です!」

 

 ――このとき青葉だけは絶対に後で復讐してやろうと思った。

 

「提督、いきます!」

 

 霧島の手が俺の最後の一枚に伸びた。

 

 それと同時に、臨時放送のベルが鳴る。

 

《金剛姉妹、とっとと出撃に行きなさい。時間過ぎてますよ》

 

 加賀からの放送だった。

 しかし、霧島はスピーカーを一瞥して、何事もなかったかのように俺の下着をつかんだ。

 

 すると二度目の放送が鳴る。

 

《いますぐ来ないと、これから一週間比叡を食事当番にします。他の艦娘のこともかんがえるように、以上》

 

 病室が静寂に包まれた。病室の外からは悲鳴が聞こえてくる。

 

「ひえええ、そんなめんどくさい~」

 

 比叡は嫌そうに言うが、他の全員はもっと深刻で人生の重大事に悩むような表情に変わっている。

 

 静寂を破ったのは金剛だった。

 先ほどとは打って変わって、さっぱりしたいつもの顔になっている

 

「名残惜しいデスガ、行くしかないようですネ。提督ー、帰ってきたらまたすぐ来るからネ」

 

 金剛姉妹はバタバタと慌てて金剛に続いて病室から出ていく。

 ……残ったのは青葉だけ。

 

「て、提督……」

 

「おう、青葉。ちょっと話がある」

 

 静かな怒りをたぎらせる。

 

「……さっきの提督がパンツ一枚でみっともなく暴れる映像。いくらで買います?」

 

「お前いい神経してるよ」

 

 俺は怒りに震えた手で、鞄の中から財布を取り出した。

 

 

 

 ――数日、病院のベッドで代わる代わるの見舞いを受け、艦娘についての俺の中での結論がでた。

 いや、もともと考えるまでもないことだ。衝撃的な事実ではあったけど、だからといって現実は何も変わらない。

 

 感情に素直になろう。

 彼女たちの過去も現在も未来も不幸で溢れていたとしても、俺が手を離してはいけない。

 俺がやるべきことは例え彼女たちがどんな選択をしようとも、彼女たちの帰れる場所を守ることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん、早いね」

 

 ヒルシャーとジョゼ達がマーシャル諸島上陸作戦の訓練をしていると、ジャンが鎮守府に現れる。ジャンの隣には担当義体のリコが周囲をせわしなく見渡していた。

 

 ジャンは白いコートの長身の男で、どこか剣呑な空気を漂わせている。

 リコは義体になる前、全身麻痺の患者だった。そのせいか義体になってからはどこか達観していて、経験するすべてを楽しいと感じ、生きることそのもに感謝している。

 

「仕事をしてないと落ち着かないだけだ。それにテロリストよりも大きい相手と戦うのに、俺だけ休むわけにもいかないだろ」

 

 ジョゼとジャンは背格好の似た兄弟だが、まとった雰囲気は少し異なる。ジャンは自分の持つトゲを他人に隠さない。気にくわなければ仲間でさえ殴ることがあった。

 ジャンが唯一優しさらしいものを見せるのは実弟のジョゼだけだろう。

 

「ジャンさんも来ましたか」

 

「ヒルシャーか、マルコーは?」

 

「義体がここの艦娘たちとサッカーをしているので監視兼審判役をやっていますよ」

 

 これまでのマルコーではちょっと考えられないことだった。

 冷静なジャンでさえ明らかに動揺をしているのが見て取れた。

 

「なるほど、そうか。それじゃマルコーにも話したのか?」

 

「いや、まだだ」

 

 ジャンとジョゼが目配せをする。

 

「リコ、お前もそのサッカーに参加してこい」

 

「いいんですか?」

 

「ああ、ここの敷地内は公社と同じ安全レベルで行動しろ。スタッフも課員と同等で対応。先に来ているトリエラやヘンリエッタからここでのルールを聞いておくのを忘れるな」

 

「リコ、左手奥の道をまっすぐ行くといい。グラウンドがあるからすぐわかる」

 

 ヒルシャーの指示にリコはすぐさま駆け出して行ってしまう。

 男三人になってから真剣な面持ちで会話を始める。

 

「ジョゼ、お前のしようとしていることは強欲そのものだぞ」

 

「ジャンさん……」

 

「別に否定したいわけじゃない。協力もする。ただ、一言くらい言わないと気が済まなかっただけだ」

 

「強欲か、確かにそうだ。深海棲艦の登場によって義体の価値が上がった時、僕は確かに欲深くなった」

 

 ジョゼと同じことをヒルシャーは感じていた。

 

 

 そう、すべては深海棲艦が世界の海を脅かし、義体の持つ力の意味が変わった時だ。

 それまで義体が長生きできないことを当然の事として受け入れていた。

 だが、現実は違った。

 予算が大量に投じられると義体の性能はみるみる上がる。特に寿命と精神面は格段に良くなった。

 

 ……これは喜ばしいことであると同時に、担当官たちの公社への疑問に繋がった。

 

 今まで散々不安を煽り、条件付けで強制してきた日々は何だったのか? 少女の体をおもちゃにしながら、予算の少なさを理由にとりあえず楽な方法を採用していただけなのではないか?

 

 もし、予算の投入による義体の性能上昇がなければ、誰もこれから行われる計画をやろうとはしなかっただろう。

 一つ状況が良くなると、さらにもう一つと欲が出てしまった。強欲といわれても言い返すつもりもない。

 

 義体担当官の強欲、それは義体への贖罪である。

 

 

「まだ知らないのはマルコー以外には二人」

 

「もうそれだけか」

 

 現在一期生の義体担当官は十三人。内、十人は計画賛同者だ。

 

「エルザの一件以来、義体に対して冷たい担当官はクビにしたからね。残りはマルコーも含めて全員説得する自信はある」

 

 ジャンの瞳に光が灯るのが見えた。

 

「いいだろう、俺も覚悟を決めよう。ジョゼとは違って墓参りも終えてきた。粛々と後始末をするつもりだったが、復讐によって生まれた罪を償うとしよう」

 

「よかった、兄さんが賛同してくれれば残りの説得も楽になる」

 

 テロリストとの戦いの急先鋒だったジャンは一部の課員から無類の信頼を得ている。その言葉は重い。

 

「それで、これからの問題について話せ」

 

「うん、まずはマーシャル諸島の奪還作戦。これは何とか生きて成功させなきゃいけない」

 

「ジョゼが指揮を執るのか?」

 

「人間相手とは違うからね。相手は知性があるようだけど、戦いは基本正面からのせん滅戦だ。軍出身の人間の方が都合がいいだろ?」

 

「そう言って上手く入り込んで準備と根回しをしていたわけだな。装備については?」

 

「艦娘のものを改造してあります。ただ義体たちは身を隠すよりも攻撃を優先するという戦い方に戸惑い気味です」

 

「そうか。深海棲艦の次は『アレ』の問題だな。秘密裏の首脳会議の結果は?」

 

 ジョゼが日本政府の中で調整役を買って出たのはアレの動向を探るためだった。

 

「日本政府は破棄する気はないの一点張り。他の国は足並みが揃わない。破棄させたいという国とあやかりたい国の足の引っ張り合いさ」

 

「この国からすればやっと手に入れた国家戦略級の軍事力だ。言葉の説得ではどうにもならないだろ。……いや、アレがあるかぎりどんな手段も無意味か」

 

「そして数日前、やっと折り合いがついた。アレを日本が保有する代わりとして、日本は提出された軍縮案を飲んだ」

 

「軍縮案の内容は?」

 

「護衛艦と戦車の2割破棄、軍事費の1割削減。それと――艦娘の3割削減」

 

「……ここの提督はそのことを知っているのか?」

 

「知らない。知ったら大騒ぎになる。ここにいる僕たちも無関係ではいられないだろうね」

 

 三人はしばし沈黙する。各々何かを考えているようだった。

 

「提督は計画を遂行する上でのキーパーソンです。むしろ私たち全員が死んでも遂行できるが、彼が死ぬと」

 

「わかってるさ、ヒルシャー。とはいえ、彼が知ることは避けられない。大事なのはアレの制御方法を手に入れるまで彼にはおとなしくしてもらうしかないってことだ」

 

「……なら、俺らの取る選択肢は二つ。提督に軍縮案を話し、より味方につけるか、話さず出来る限り裏で動くか、だ。前者はトラブルの素になりかねない。後者は信用の構築に時間がかかる」

 

「仲間に引き込みたいのにどちらも恨まれそうだな」

 

「ジョゼ、お前が選べ。計画の発起人だろう? それに俺は提督に会っていないから人間が判らない」

 

 ジョゼは困った顔をして天を仰いだ。

 

「じゃあ――」




前半と後半の温度差が酷いですね……




※3つ目のクロス作品となる作中の「アレ」ですが、おそらく10話で登場になります。
 どんな反応になるのか正直、戦々恐々です。非難されるのはまだしも、知名度がなあ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。