ただ、これで必要な分は終わりましたので次回からは艦娘と提督がメインになります
「マルコー、久しぶりだな」
「ヒルシャー、ちゃんと予定通り来たのか」
「何だその言い草は」
マルコーが朝起きてみると鎮守府内の二課の専用スペースに堅物の同僚ドイツ人が来たところだった。
どこか影のある男で性格は真面目の一言。真面目から行き過ぎた捜査で警察をやめるハメになったくらい正義感が強い。
頼りになる男ではあるものの、義体に対する考え方が違いすぎる。お互いそのことは理解しているから深入りすることはなく、特段仲が良いわけでもない。
「いや、観光でもしてくるんじゃないかと思ってたからな。それとトリエラはどうした?」
ヒルシャーの義体はトリエラ。金髪碧眼に浅黒い肌、そして端正な顔立ちと珍しい身体的特徴を持つ。長い金髪は普段ツインテールで少女らしくまとめている。しかし、精神年齢は高く、ヒルシャーの意向で条件付けも緩くて非常に安定している。一期生の中ではまとめ役のような存在だ。条件付けとは関係なく複数の言語を使いこなし、頭はおそろしく切れる。
……もし、義体になぞならなければ歴史に名を残せるだけの才覚はあるだろう。これは世辞ではない、あの子は掛け値なしの天才だ。
「クラエスとアンジェリカをつれて同じ背格好くらいの艦娘たちとサッカーをしているよ。あの子は物怖じしないから助かる」
外から子供の騒がしい声が聞こえてくるのはそのせいか。
提督にはヒルシャーに話せと言ったが、それはトリエラを含めてのことだ。公社二課の課員というのは世の中に擦り切れて磨り潰された残骸のような人間が多い。義体は言うまでもない。そんな中、もっともマシな組み合わせがこの二人だからだ。
「クラエスも連れてきたんだな」
クラエスは担当官のいない義体。正確には過去にいたが……不慮の事故により死亡している。本来は義体が担当官をかばう条件付けがなされるので、珍しいケースと言えよう。義体が死ねば、次の義体が用意されるのが普通だ。
クラエスはメガネをかけ見るからに理知的な少女で、相部屋のトリエラと仲が良い。現在は義体や装備の試験体となっており、実戦に参加することはほとんどない。
「深海棲艦用の装備、自分にテストさせてくれと懇願してきたんだ」
「そうか、あいつもいろいろ思うところがあるだろうからな」
「義体は頭打ちで今は新型の別種が主流、装備も対人間のものよりも対化け物が主流。そのくせ寿命は延びたからね」
義体の運用の話はヒルシャーとしたくない。すればいずれ口論になるのが目に見えている。
「そういやジャンはどうしてる?」
別に今聞くことでもないが話題を変える。
「……相変わらず五共和国派の残党狩りをしているよ」
「もう何も得るものはねえだろ」
テロで両親と妹を殺されたジャンとジョゼの兄弟は、公社にいる動機の大半が復讐だ。深海棲艦と戦う命令が出たからと言って簡単に切り替えるわけにはいかないらしい。
「器用に生きられない人間もいるんだよ」
「関係ないね。命令が出た、それだけだ」
一度、ヒルシャーは大きく息を吸った。
「……ジョゼさんが行方不明になった」
「なに?」
「僕らが日本に発つ前日のことだ。ヘンリエッタもどこにもいない」
「やつはジャンほど復讐にすべてをかけているようには見えなかったが」
ジャンの弟で軍出身のジョゼ。担当義体はヘンリエッタ。
俺が課員の中で3番目くらいに嫌いな男だ。
復讐心が全てに勝る兄ジャンは担当義体のリコを道具としか思っていない。気に食わなければ平気で顔を殴る。
しかし、弟ジョゼは殺された妹を義体のヘンリエッタに重ね、贖罪を求めている。
物静かなくせに、義体へ入れ込むせいで周囲からは気持ち悪いとの意見が多数だ。
「言い方が悪かった。行方不明なのだけれどジャンさんと課長に変化はないんだ。知る必要はない、そんな雰囲気だ」
「……極秘任務か」
「おそらく、もしかしたら別の国に行ったのかもしれない」
「いや、日本に来てる。昨日、研究室を見てきたが義体の予備パーツが多い。第一、ここに来てる研究班の数は本部と二分していて、他所の国じゃまともな整備は受けられない」
ヘンリエッタを大事にするジョゼがそんな場所へ行くわけがない。短期間の出張なら隠す必要もない。
「そうか、じゃあ今も周辺で調査しているのかもしれないな」
「案外、目的は俺らの監視かもしれないぞ」
「……怖いことを言うじゃないか」
「だからお前に話したのさ。その可能性がなければ予備パーツの話をお前にはしてない」
無言で2人はタバコをすい始めると、半分くらいで灰皿に押しつぶした。
「さて、保護者としての責務を果たすか」
「そうだね、俺もここの艦娘に顔を売っておきたい。トリエラがほぐしてくれてるだろうし」
ジョゼが行方不明なのは本部からのサービスだ。わざわざ分かりやすく消える必要はない。つまり、面と向かって教えられないが、近くに控えさせているということなのだろう。
これが何を示すのか、……まあいいさ。悪い意味で捉えても始まらない。困ったときの保険として頭の片隅にでも置いておくとしよう。
「トリエラだっけ、あなたすごいじゃない」
「天津風もね。小さいのに力ありすぎ。吹っ飛ばされるとは思ってなかった」
「私はー、わたしはー」
「島風はまずオフサイドのルール覚えなさいよ。ゴール前に一番乗りするスポーツじゃないっての」
「お゛うっ」
「もう、日本についた早々泥だらけとは。トリエラの思いつきに付き合うのも考え物だわ」
「クラエスは家庭菜園とかで泥だらけになるの慣れてるじゃない」
「そういえばアンジェリカちゃんはサッカー嫌いなんですか? 参加しませんでしたけど」
「私は身体に不安があるから……。見てるだけでもすごく楽しい」
遊びを持ちかけたのはトリエラだった。
最初の一言はちょっと挑発、それからは人当たりのよさですぐに馴染んでいった。
最初は数人の艦娘しかいなかったが、最終的には8対8で試合ができるくらいに集まっている。
「本当にイタリア人もなかなかやるわね」
そう言ったのは義体と駆逐艦の後ろからついてくる戦艦ビスマルクだった。サッカーの間ずっとグラウンド脇で見ながら声を掛けていた。
駆逐艦からすれば戦艦というのは空の人に近いものがある。そこまでいかなくても小学生にとっての高校生のようなもので、それだけで近寄りがたい存在なのだ。
そのため自然体で会話に入り込むビスマルクに駆逐艦たちは反応しづらい空気ができていた。
「ビスマルクは朝からどうしたの? いつもはまだ寝てる時間じゃない?」
そこで同じくドイツ移籍組で共通点のあるレーベが話しかけた。
「え? ビスマルクってこの時間でも寝てるの? もう9時近いけど……」
曙が少しがっかりしたかのような表情を見せる。
駆逐艦にとってお空の人なのは憧れも含まれている。普段話さないからこそイメージが良いほうへ膨らんでいき、現実との乖離を引き起こすものだ。
「わ、私は低血圧なんだ。それにいつも朝が遅いわけではないぞ。早く起きようと思えばできる。今日だってそうだ」
しどろもどろのビスマルクに曙と潮は苦笑いをする。
「それで、何で早く起きたの?」
すまし顔のマックスに急かされる。
「うむ、実は提督にな――」
「トリエラ、もう終わりかい?」
やってきたヒルシャーとマルコーが合流する。
「ヒルシャーさん」
駆け寄っていくトリエラ。
その二人の距離感に違和感を覚えた駆逐艦が数名。
「あれ? もしかして」「そういうことなんですかね?」「提督が見たら嫉妬しそう……」
曙と潮と天津風がひそひそと話し始める。
「色恋沙汰なんて関係じゃないわよ」
クラエスが密かに盛り上がっているところに水を差す。
「そんな簡単な話じゃないのよ」
義体の三人は担当官のところへ行くと、艦娘たちに「またあとで」と手を振った。
「それで日本の艦娘はどうだった?」
ヒルシャーからの質問にトリエラは少し悩んでから答える。
「結構、個性が強くて一概には言えないかな。能力も性格もね」
条件付けを施す義体は全般的に淡白な性格になりやすい。艦娘は個体差があるなら身体の負担になるような調整はしていないということかとマルコーは思った。
「アンジェリカ、クラエス、お前たちは何か気付いたことは?」
「楽しかったです」
期待はしていなかったがアンジェリカの答えは何の参考にもならない感想だった。
「私は、義体との差を感じました。技術の違いはあまりにも大きい」
クラエスの言葉は悲哀を感じるものだった。
やはり会わせるのはいい傾向にならないのかもしれない。義体の感情は薄いが、それは制御できる感情の幅が小さいだけで、制御できないほどの激情を感じればたやすく暴走する。
「潮って子の胸大きかったよね……」
義体三人の沈むような顔。
「は? 胸?」
こいつ何言ってるんだ?
「義体は成長できないし、余分なパーツは付けてくれないから」
トリエラは真下を見たときに何も遮るものがないことを確認し、ため息をついた。
「お前ら何馬鹿なことを言っているんだ」
「マルコーさん、私もああいうお胸、すこし憧れます」
以前に比べ精神的な余裕が生まれてきたとはいえ、やけに俗っぽいことを言い出すようになったな。正直、アンジェリカは今の体型のほうが似合うと思うのだが……
「技術部に掛け合ってもらえませんかね? ほら、変装のときのバリエーションの一つとして」
子供の姿で油断させるのが普通だ。しかし、ホテルの給仕係やらパーティー会場への潜入やらもあったが、そのときは確かにある程度女性らしい体つきにできたら使いやすかったと思う。
だが、
「化け物相手に変装は必要ないだろ。いや、もし中に予備のマガジンかグレネードを仕込むなら聞いてやってもいい」
ヒルシャーの真面目な回答に頭が痛くなる。真に受けてんな、その一言はあとで二人になってからにしよう。
三人は少し不満そうだったがそれ以降は黙った。
やれやれ、艦娘との影響がどう転ぶか見えなくなってきたぞ。
そうこうしているうちに公社の建物の前へとやってくる。
「ヒルシャーたちは長旅の疲れもあるだろうから、今日は午後にもう一度集まって、そこから何をするか考えよう」
「では食事を終えた後くらいでいいかな」
腕時計を確認しながらヒルシャーは建物に入ろうとした。しかし、その瞬間、前を通れないようふさがれてしまった。
「も、申し訳ない。私の話を聞いてもらえないだろうか」
見事なブロンドの女だった。凹凸のきいた体つきをしていて背格好には文句の付けようがない。ただ、気になるのは目にうっすら涙を浮かべているようだったことだ。
「わ、私は戦艦ビスマルク。提督から皆さんを案内するよう申し付けられた者です」
「ああ、それは助かる。で、どうして泣いているんだ」
マルコーもさすがに無視できず聞いてしまう。
「い、いえ、これはその、ですね。話しかけるタイミングを、ですね……」
どうもずっと後ろを歩いていたようだが、話しかけられずに困っていたということらしい。
「では、その午後からの予定は鎮守府の案内をさせてもらってもいいだろうか」
「別に施設の案内はいらないな」
「見たいところでもあるのですか?」
「ああ、君達艦娘の訓練が見てみたい」
「提督、イタリアの方達が訓練の見学をしたいそうです」
「それは加賀さんで処理しといて。ここに入られた時点でそのくらいでいちいち目くじら立ててられないよ」
「わかりました。ではそのように」
「任せた~…………やっぱダメじゃん!!!」
「またどうでもいいことでも思いつきましたか」
「いや、このまま見学なんてしたらマズイ」
「今更見られて困る装備は、ないと思いますが」
「装備じゃない。もっと大事なものだ」
「えっ」
「ウチの子たちが中破したら裸見られるってことじゃないか!!
「あの2人はそんなことで喜ぶタイプに見えませんが」
「隠すのが上手いだけだ」
「またそういうことをおっしゃって」
「よし、決めたぞ。俺はウチの子たちをあのイタリア男とドイツ男のエロイ視線から守る」
「汚物代表の提督の視線よりよほどマシです。いえ、ちょっと待ってください。午後の執務はどうする気ですか」
「どうもこうも、今終わらせた」
「はやっ、いつもこうなら楽なのに……」
ビスマルク・ドライ楽しみです