次々回くらいから派手に動かせればいいなあと思っています。
「アンジェリカ、いつまで道草食ってる行くぞ!」
マルコーのきつい言葉に本屋の人々は一斉に振り返る。イタリア語のため意味は通じなくとも荒々しさと悪意はきちんと伝わる。
「はい、マルコーさん」
アンジェリカは手に持っていたいくつかの絵本を無造作に置いてマルコーへと駆け寄った。
「買うんじゃないのか」
「いえ、見てただけです」
何冊も手にとってたじゃないか、それを言いかけて止めた。無言で歩きだすと、アンジェリカは決まってその80㎝後ろを歩く。
本屋を出るまで視線が刺さりつづけた。
「ちっ、何で俺がこんな世界の端っこまで来なきゃいけねーんだ」
日本語のわからないマルコーからすればそれは逆に良かった。煩わしい思いをしなくて済むからだ。日本語が理解できていたら今頃喧嘩の一つでもしてたかもしれない。
「トーキョーってのは聞いてた以上に都市が続くな。どこまで行ってもビルばっかだ。本当に昔はここにサムライとかニンジャとかショーグンがいたのかよ」
「サムライ?」
アンジェリカの問いかけに振り返る。
「あー、つまりナイトだナイト。剣と忠誠心を持って主のために戦う人間だ」
この手の説明になると絵本を作っていたときの名残を自分に見つける。大げさに、でもカッコよく、かつシンプルに表現を選んでしまう。
「この国にもそういう人たちがいたんですね」
「ん? ああ、ま、どこの国でもいるさ」
めんどくさそうにそう言って再び歩き出した。
「アンジェリカ、腹減らないか?」
「はい。少しお腹すきました」
「あそこにマクドナルドがあるから買ってきてくれ。俺はビッグマック2つだ」
小銭を渡すとアンジェリカは店の中へ入って注文する。マルコーはそれを外で眺めていた。
二人が向かうのは横須賀にある鎮守府。足で道を覚えるため公共交通機関を乗り継ぎ、東京との間にある目ぼしい街では降車し、軽い散策を行っていた。どれだけ意味があるかはわからないが、予定より早く着いて時間を無駄にするよりはいい。
(ちなみに二人がいるのは横浜であり、東京はすでに過ぎている)
冷静になると日本へ来たのは悪いことじゃなかったかもしれない。イタリアは悲しい思い出が多すぎる、俺にとってもアンジェリカにとっても。
あの深海棲艦とかいう連中が現れ、公社の役割は大幅に変更を余儀なくされた。人外の異種生命体と戦うのに、人を外れた戦闘力を持つ義体に白羽の矢が当たるのは必然だった。そこにイタリアの財政問題も拍車をかける。対深海棲艦の技術は高く売れることになり、イタリアの新しい産業と裏でささやかれることになった。
そして海沿いは危険とわかると南部から北部への人口流入が止まらない。地中海に突き出す形のイタリアではいざというとき北に逃げるしかないからだ。それは政府にとっても五共和国派にとっても都合が悪く、テロ行為はなりを潜めていく。
一言で言って、「そんな場合じゃない」だ。
マルコーからすれば戦う相手がテロリストか化け物かの違いである。どちらも中身は獣。話し合いができないから殺しあうのみで、過程が変わらなければ何も変わった気にはならない。
二課のほかの面子も概ね似たようなものだ。違うのは、ジャンとジョゼの兄弟か。
悪いことばかりじゃなく、義体への予算が通りやすくなり、アンジェリカの寿命も予想よりだいぶ伸びたことは素直に喜ばしいことだ。とはいえ、すでに相当の条件付けを行っているアンジェリカの身体がボロボロなことに変わりはない。
「ちっ、技術部の連中が」
日本へ来る前のことを思い出し腹が立った。条件付けでアンジェリカに日本語をマスターさせていたからだ。俺が反対するとわかって無断で。言語一つ分の条件付けがどれだけの負担になるか考えたくもない。
そのおかげでメシにありつけるわけだが、その対価がマクドナルドで昼飯なら損得計算は不毛だ。
艦娘とかいう義体の進化形が主流みたいだがどうにも好きになれない。昨日突っかかってきた日本の若造もどんな苦労をして今があるかなんてわかっちゃいない。アンジェリカの犠牲は英雄としての扱いじゃなく、臭いもの扱いだ。義体の研究が陽の目を見ることになっても変わらない。むしろ、深海棲艦が出てくる前から義体の研究をしてたことを世間に知られることだけは避けたいと思われている。
だから今更になって早く処分したい、と一番に最前線まで送られてきたのだ。
「しかし、あの提督とかいう若造の命令を聞くのか」
俺は黙って面倒ごとを避け、最低限の仕事だけすればよかった。話を聞くのは明日合流予定のヒルシャーにでも任せるべきだったのだ。
昨日の駐日大使は大量の嘘をあの若造提督に吹いてたが、あいつはどれだけ気付けたか。あの中でも一番酷いのは地中海の制海権を必要最小限にとどめている理由だろう。深海棲艦のおかげで海を渡ってくる違法移民が消え、国内事情の問題が一つ片付いたからであって、周辺国とのバランスがどうとかすべて後付けでしなかない。
「日本の艦娘か、会わせたくはねえな」
きっと幸福な人生を歩んでいるのだろう。
戦場に身を置いて生きているという実感をかみ締められるのだ。
多分、俺と似たような連中で、アンジェリカからは遠い存在だ。
第一世代の条件付けまみれの義体は虚構と現実の境すら曖昧なやつらばかりで、会わせる事がいい結果を生むとは思えない。
義体の少女は不幸という言葉では表現しきれないほどのものを抱え、一度人生の終末を迎えている。それを福祉の名のもと集め、義体化を施す。心も体も生きてきた証拠も変えてしまう。
アンジェリカの場合は、……あの両親のことは思いだそうとするだけでムカついてくる。
「マルコーさん、買って来ました」
「ああ。ん? それはなんだ」
アンジェリカはプラスチックでできたカラフルなおもちゃを持っている。
「さあ? 買ったらお店の人がくれたんです」
「おまけってやつか」
店頭のポスターに同じものが描かれていた。
「マルコーさん、これどうしたらいいんでしょうか?」
「知らねえ。お前がもらったんだから好きにしろ」
「でも、お金はマルコーさんが出したものです」
「めんどくせえやつだな。じゃあ、これは俺がもらう」
そう言って取り上げる。
「で、俺がプレゼントしてやる。これでいいか?」
アンジェリカの空いた手に安っぽいおもちゃを戻してやった。
「はい」
ほんの少しだけ、アンジェリカのおもちゃを握る手がきゅっと強くなった。
「食いながらでいい、その鎮守府とやらに急ぐぞ。あと特にでかい街はない。何より武器を携帯できてないから気分が落ちつかねえ」
「はい」
駅へ向かおうとすると街頭の巨大なテレビから大音量で映像が流れだした。
「食べ物の宣伝のようです」
「それなら別に説明しなくていい。臨時ニュースとかなら一応教えてくれ」
「はい。あの、あれは何の格好でしょう?」
そのコマーシャルはサムライが刀を振り回し何かをアピールしているものだった。
和服にちょんまげ、さすがに俺でも知ってる。
「あれがサムライってやつだ。何百年か前はこの国の人間は揃ってあの格好をしてた」
「サムライってなんですか?」
「……あー、剣を使って戦う騎士みたいなもんだ」
「この国にもそういう人がいたんですね」
「そうだな」
日本に行くと決まってから五度目のサムライの説明を終え、二人は鎮守府へと急いだ。
――アンジェリカ、天使の名前を持つ少女。
変わらず純真無垢なままであるこの少女にとって名前は相応しくもあり、皮肉にも思えた。
―――――――――――――――
「本当に来たのか」
鎮守府に着いて出迎えたのはあからさまに機嫌の悪い提督だった。昨日のやり取りの後だから別に分かったていこと。気にするだけ無駄だ。
それよりも、
「提督、無愛想が過ぎますよ。一応、客なのですから。それで、あなた方はいつ帰られるのですか?」
その提督以上に無愛想な女がそう言った。
「一応、自己紹介をしておきますと、私は加賀型一番艦の加賀といいます。現在は不肖提督の秘書官をしております」
こういう長身の威圧的な女は嫌いだ。しかも、この加賀って女は提督に相当入れ込んでやがる。ここまで無表情なくせに中身が分かりやすいやつは初めてだ。
この男の何がいいんだ。
それとも艦娘に条件付けは必要ないと聞いていたが、必要ないだけで使えないわけではないのか。
【アンジェリカ、通訳頼む】
【はい】
加賀は英語ができないらしいので話すのも聞くのもアンジェリカに頼ることになる。
「疲れた。とりあえず今日は身体を休めながら先に来ている二課の技術部と打ち合わせをする。あと、明日になればヒルシャーという真面目な男が来るから、今後はそいつを通してくれ」
「わかった。だが、鎮守府内を勝手にうろつくなよ。見学したければ案内人をつける。艦娘に変質者として捕まったなんて楽しい報告書を俺に書かせたいなら構わないけどな」
いちいち気に触るやつだ。
艦娘は義体の強化型、そんな迂闊なことできねえよ。
【行くぞ、アンジェリカ】
「はい、マルコーさん」
執務室を出ていったん外に出る。
技術部は鎮守府の敷地内の使われていない倉庫に突貫で寝床と研究室を作り上げていた。
その道すがら、高い塀に囲まれた細長い建物があった。いやよく見ると屋根が無いから建物とは違うか。何か突き刺さるような鈍い音と、話声が聞こえてくる。
「射撃の訓練場か? 発砲音はないが……」
興味が無いわけではないが、別に今確認する必要もない。
裏手を通り過ぎようとしたとき、中が見えた。
「ああ、日本のキュードーってやつか」
目視で約30m先の的に矢を当てる練習中の艦娘が4人いた。
弓道を見るのは初めてのことだったが、その無駄のない所作が熟練者のものであることは即座に理解できた。張り詰めるような集中力も周囲を歩いているだけの人間をひきつけるだけのものがあった。
「やりい、これで十本全部命中!」
「あ~あ、ずいぶん差がついちゃったなあ。多聞丸にまたどやされる」
「飛龍さんも8本命中じゃないですか」
「うぅ、着任してから一度も二航戦のお二人に勝てません」
堰が切れたようにワイワイとしゃべりはじめる。
これが艦娘か。集中力のハイロウをコントロールし、戦士としては理想的なスイッチの切り替えができている。通常の人間ならどれだけ優秀でもこうはならない。集中力を高めたくてもできないこともあるし、意識的に集中を落とそうとすればクールダウンに時間はどうしたってかかる。
義体の精神は人間以上に不安定で命令無視や突然の暴走もよくあることだ。
義体の進化系。理屈はしらねえが気にくわねえ。
「あれ? もしかして」
浅葱色の服を着た艦娘がこちらの存在に気付いた。
あの提督の言ったとおりになるかもしれないが、逃げれば余計に立場が悪くなる。やましいことはないのだから堂々としていよう。
【アンジェリカ、話しかけてくるなら適当に相手しろ。扱いは二課の課員と同レベルで。会話の内容はあとで教えろ】
【はい】
4人の艦娘は躊躇せずにこちらに近づいてきた。
「イタリアから来たのってあなたたちですよね」
紅白の服とバンダナをした艦娘はマルコーに向かって話しかけるが、マルコーは何の反応もしない。目は合わせているので無視をしているわけでもなかった。
「すいません。彼はマルコー、私の担当官です。日本語は話せないので何かあれば私がお答えします」
「すごい日本語上手~、私は瑞鳳。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします。私はアンジェリカです」
アンジェリカを子供のように撫で回すが、この高い声の娘もさして年齢は変わらないのでないか。東洋人は実年齢より幼く見えるらしいが、他の三人と比べても発育は未発達である。
5分ほど、アンジェリカを取り囲んで話をする。マルコーは何もすることもなく周囲を見渡しているだけだった。4人の艦娘がどこかへ行くと何事もなかったかのように2人は歩き出した。
「疲れたか?」
「少し、ああいう人たちと話すのは初めてだったので」
義体になる前はアンジェリカがああいう娘だったと聞いている。第一世代の、いや、初めての義体のアンジェリカにその面影はないに等しい。
「やっぱ、気にくわねえ」
―――――――――――――――
同時刻、執務室にて。
提督と加賀は今後のことについて意見を出し合っていた。
「イタリア人の案内役だれにしようか?」
「私は嫌ですよ」
「大丈夫、期待してないよ」
「そういう言い方をされると腹が立ちますね」
「でも迷うなあ、……島風と卯月、どっちがいいかな?」
「ぶっ、……失礼。嫌がらせにもほどがあります。後から来るという人たちは友好的な人物かもしれないんですから、真面目に選びましょう」
「じゃあ、英語話せるし金剛とか」
「いつか聞こうと思ってたんですが、あの娘は本当に英語話せるんでしょうかね?」
時間が止まったかのような静寂が訪れた。
「……ふぅ、やめておくか」
「それがよろしいかと。寝た子を起こす必要はありません」
「そうなると難しいな。大淀が遠征中じゃなければ頼むんだけど」
「仲介役を兼ねてビスマルクにでも頼んでみたらどうですか? 彼らの来歴を見ましたが、明日来るヒルシャーという方はドイツ人らしいです」
「う~ん、それ優等生の意見」
「ありがとうございます」
「でも、面白くないね」
「ありがとうございます」
「……張り合いが無いなあ」
「提督が面白いとかつまらないとか言い出したら流す、と決めてますので」
「……ビスマルクを呼んでくれない?」
「わかりました」
※加賀の性格については絵師のしばふさんによる「感情の起伏は激しいが、冷静を装っている」の表現を参考にしています
※プロローグにあった深海棲艦による島の占領は「陽炎抜びょうします」3巻での内容を参考にしています
※ガンスリはピノキオ戦の直後くらいで、またキャラが中心でパダーニャはすでに自然瓦解しております