今年も皆さまよろしくおねがいします。
それでは記念すべき40話お楽しみいただけると幸いです
油断なく刀を拾い上げ、目前にいる桐原と対峙する壬生の瞳は先ほど打って変わり迷いと困惑に支配されている。
本来ならば、同等の実力を持った者同士が戦う時に勝負を決める際たる要因は武器にある。魔法なら魔法式の干渉規模と展開速度が同じように構成された魔法を同時に撃った場合、環境的要因が重ならない限りはぶつかり相殺されるだろう
だが、お互いが違うCADを使用した場合、この結果を覆せる。スペックが異なる物を使えば、両方が同じ力を入れて魔法を撃ってもその威力は変わり、本来拮抗するはずの力はよりハイスペックの方へと傾く
それは何も魔法に限られたことではなく、世の中の物の大抵がそうだろう。車のエンジンにパソコンのハード、競馬の馬、サイヤ人とスーパーサイヤ人、銃の口径、刀の切れ味などなど
今回であるなら剣の技量は壬生の方が勝っており、使う獲物も刃が入った本物の刀と竹製の竹刀
この状況でも桐原の得意魔法である高周波ブレードを使えば、竹刀とて刀と対峙することが可能だ。むしろ、凡庸性があるぶん桐原の方が有利ともいえる。
しかし、桐原は魔法を使用しないと言い、実際に壬生と対峙している今も魔法を発動させようとしない。これでは、唯でさえ技量が劣る桐原が勝つ事は不可能に近い
いざ、戦いが始まれば何の補強もされていない竹刀は一刀両断にされ、桐原自身も下手をすれば死んでしまうレベルの傷を負うことは必死
桐原に勝った壬生は自分の役目を遂行しようとするだろう‥‥
「‥‥‥」
でも、実際の彼女らは今も睨み合ったまま動こうとはしない。不利な桐原が期を狙うのは当然だが、有利で時間的余裕も少ない壬生が動かないのなぜか
それは単純に覚悟の問題である。
確かに、今の状況は壬生の圧倒的有利で真剣での立会や殺し合いならまず負ける事はない。それは勧誘期間での顛末から見ても間違いない。しかし、考えても見てほしい
これは殺し合いか?
壬生の目的は最初から最後まで魔法による差別撤廃であり、この行動も全てはその目的を成就するためと司 一より言われて実行した事だが、彼女自身は人をむやみに傷つけるつもりなどないのだ
だから目の前に敵が現れたとしても、真剣で切りつけるなんてこと進んでするはずがない。
達人は真剣を振り回す素人相手に木の棒で勝ってみせると言うが、それは両者の間に明確な実力差があるからできるのであり、桐原のように自分とほぼ同じ実力を持った者を相手どり傷つけないように殺さないように立ち回る事なんて今の壬生には不可能だ
桐原とて、自分から渦中に潜り込んできたのだ。それなりに覚悟を決めているだろう。もしかしたら死ぬ覚悟すら決めてきたかもしれない。
でも、だからと言って、相手に死ぬ覚悟があるから殺していいなんて事にはならない。
さらに、下手に手加減をすれば今度はこちらが負ける。何度も言うようだが、多少の誤差はあれど桐原と壬生の実力はほぼ互角、一瞬の気の緩みでも命取りに違いない
といっても目的の部屋にはこの廊下を渡る以外に道はないし、廊下としては広い部類だろうが剣の立会いには若干狭いこんな場所で、目の前に佇む闘気を振りまく彼をやり過ごすなんて事は到底できないだろう
故に、圧倒的に有利であるはずの壬生は自分から攻撃できないでいる。漫画や小説での剣同士の切り合いは、幾たびの剣劇や必殺技の応酬とかやたらと派手に見せているがそんなものはフィクションであり現実はそう甘いものでもない
この戦いもあの時のように一太刀で勝負は決まる。迷い手加減をすれば自分は負け、目的も果たせず最悪の結果が残る。意を決して本気で斬りにかかり万が一にでも桐原を殺してしまえばなお最悪‥‥
そんな悪循環の中、壬生の動きは完全に封じられていた。このまま時間が過ぎれば、外で暴れている連中を取り押さえた風紀委員たちがやってきてこの事件も終わる
ここまで考えたうえで、壬生に真剣を渡した桐原はまさに策士と言えよう
しかし、この桐原は残念ながらそんな面倒な心理戦など意に介さない戦士であり決して策士ではない。正直なところなぜ壬生が攻めてこないのか不思議で仕方がないのだ
というより何も考えずに相手に真剣を渡し、自分は竹刀で戦うとかただのバカではないだろうか?
「どうした壬生、来ないのか?」
これは桐原のただの質問であり疑問だ。しかし、彼の心根をしらない壬生からすればこの問いは自分への挑発にも聞こえてくる。
歯ぎしりをしながら桐原を見る目をより一層鋭くし、内心では舌打ちをしていた
その頭の中には苛立ちとは別にどうしようもない疑問が残っている。
どうして彼は私の邪魔をするの?
彼は言った
自分の目的は私を止める事で、それ以外には興味がない、今の私が気に入らないから止めると
1年前は、あの人に2科生であると自分を否定され、今度は私自身が気に入らないから否定される‥‥なんで?どうして私はこんなにも否定されなきゃいけないの‥‥?
私はただ、自分が今まで積み上げてきた物をつまらない理由で否定されないために、ただそれだけのために頑張っているのになんでみんなして私の邪魔をするの?
「どうして・・・?」
気が付いたら声が出ていた
それは私がずっと思い続けてきた疑問
続けてきた努力を、積み重ねてきた実力を、なぜ一つの事が不得意と言うだけでそれら全てが否定されなきゃならないのか、この世界の不条理に問いかける疑問
「どうして私を否定するの‥‥?ただ、私を私の剣を認めてほしいだけなのに‥‥だから、こんな事もしているのに‥‥渡辺先輩も司波君も桐原君もどうして否定するの!私の何が気に入らないって言うのよッ!」
それは、悲鳴にも似た声で今にも泣きそうな顔で告げられる答えを持たない問いかけ
壬生 沙耶香の心内を曝したような歪に折れ曲がった気持ち
今の彼女にあるのは、人為的に作られた記憶の摩擦によりできた困惑だ。本来の目的を見失い、自分で正常な判断を下せない彼女にできる精一杯の理論
経緯を知っているものが聞けば気が付ける矛盾
しかし、今の彼女にはその矛盾がどうしようもなく正常に思えて仕方がないのだろう
糾弾するようにすがるように出される彼女の言葉に桐原はそっと目をつむり、数秒の後に壬生の目を見つめ返し静かに、それでいてどこか熱を感じる声で言う
今から言う言葉は測らずして、ある男が多用する言い回しに酷似するが彼がそれを知るよしはない
「これは、俺の知り合いの話だ」
突然、何かを語り始めた桐原に疑問の目を向ける
「‥‥何なの突然?」
「黙って聞けよ。‥‥これは、俺の知り合いの話だ
そいつは昔から強さってのに憧れてたんだ。親父が海兵をしていて、その関係で餓鬼の頃から周りにいる大人は百戦錬磨の強者達、そんな環境で育った男は単純にその人たちがかっこいいと思った」
「時間がたつにつれその思いは育ち続けやがては自分も彼らのような強い大人になりたいと思い立ち、親父に頼んで稽古をつけてもらってた。そのかいもあり実力は確実に上がり、ある時、剣術と出会ってそれからは、ずっと剣で強くなろうと寝る間も惜しんで自分を鍛え上げた」
「そして中学生になって出た大会で男は関東で最強となった」
ここまでの話で壬生はすでにこの話してる人物が桐原自身であるという事に気が付いている
自分もその大会に出て惜しくも優勝は逃したものの全国2位と十分な成績を残しているし、大会に出場して表彰台の上に立った人たちの事は男女関係なく覚えている
桐原は関東大会優勝とその実力は当時から、抜きんでていたし一校に入ってからも剣道の自分と比較されてる剣術の桐原の事はそれなりに知っているのだ
「強さの証明、今まで積み重ねた努力の成果、それらを前にして男に中にあったのはなんだと思うよ?」
「分からないわよ‥‥それは私が今、ほしい物そのものですもの‥‥以前はそんな思いも経験したでしょうけど、忘れてしまったわ」
喜び、うれしさ、誇らしさ、予想できる答えはあれど本当の意味でその答えを言うことができない。
忘れたなんて嘘だ。剣道を始めた事、初めて勝った事に負けた事、大会に初めて出た時の事、一昨年の全国大会で2位になった事、その時に感じた喜びも悔しさも全部覚えている。でも、今の自分にそれを思い出すことは苦痛でしかない
魔法と言う異能の力を持ち、だがその力はあまりに貧弱。
それだけで自分を評価されることがたまらなく悔しく、ついには忘れてはいけない思い出に蓋をした
そんな自分が語るには、彼の言う‶男‶はあまりに眩しい存在だ
一息の間を置き語る桐原はの顔は、あまりにもうれしそうでいて、なにより幼い
まるで年端もいかない少年がテレビの中のヒーローに憧れるような羨望
しかし、そんな表情で語るにはその内容はあまりにも不自然だった。
「きれいだ」
「きれい・・・?」
「ああ・・・男の中にあったのは大会に出てたある一人の剣士の姿だ。そいつの剣は俺の振るう剣とは全くの別物で、その在り方は敵を倒すのでもましてや殺すのでもない。技を高め合う純粋な剣道だった」
「‥‥‥」
「おしくも優勝こそできなかったが、優勝した奴よりもそいつの剣に尊敬と憧れを抱いた。
それまでは大会で優勝することが強さの証明で自分の全てだとか思ってたが、実際には違った。本当の強さってものを俺はあの大会で知ることができた」
すでに桐原の話は本人も一人称が俺になっているし、本人の話と言う事に違いはない
そしてまた、彼の話すその剣士の事の正体も気が付いている。
でも、頭ではそれがうまく処理できない
「だから、俺は許せねー‥‥そいつがどうなろうとそいつの人生だし本人の勝手だろう。でもな、俺があの時認めた強さの体現者が訳の分からねーことで自分を見失ってる姿は気に入らねー!」
その咆哮はまるで野獣のように荒々しく常人であれば確実に恐怖を抱く、それほどの迫力を曝しだしている
「そんなの嘘よ!貴方だって私を差別してたはずよッ魔法が使えない私を馬鹿にしてきたはずよ!」
「‥‥否定はしねぇよ、魔法がどうこうは関係なく俺は今のお前にいい印象なんて持ってねーしな。でもな‥‥」
勧誘期間の時のことだってそうだ、あの時も桐原はあそこまでやりすぎるつもりはなかった。
ただ気に入らなく、むしゃくしゃしてまるで小学生のようにあたり散らして立ち会って負けた
そのことに対して悔しさがあったもののそれだけだった
魔法を使った決定打は壬生の言った実戦ではという言葉
技を競う剣が、それを使う強くきれいな彼女がそんな事を口走った
ショックを受けて落胆して無性に苛立ち魔法を使った
そんな今の壬生を否定している
差別でもないし、馬鹿になんてしていないが桐原は壬生の事を否定しているのだ
なんせ彼は、この学校中で一番に
「俺はお前を誰よりも認めてる」
「ッ!」
その言葉は先ほどの咆哮と比べれば小さな声
でも、それは今まで彼が発した中で一番響きわたる言葉だった
心臓の鼓動がとても速い
うるさいくらいにドクドクと鳴り止まない
「話は終いだ‥‥行くぜ」
あまりにも真っ直ぐな瞳に真剣な顔つき、構える姿は一瞬の隙もなくとても静か
それとはあまりにかけ離れた荒々しい闘気に癖のある声
「これが、俺の全力だ」
その瞳に映るのは、私
瞳に反射する自分の姿は、まるで別人ではないかと疑うほどに滑稽で醜悪だ
向けられる剣先から伝わるのは強い意志と覚悟
そこには侮辱も嘲笑などはありもせず、私を認めてくれたこの人の思いが伝わってくる
ああ‥‥ああ‥‥
本当に馬鹿みたいだ
私がほしかったのは差別のない世の中なんてものじゃない
私はただ、自分一人を認めてくれる理解者がほしかっただけなんだ
そして、その人はこんなにも近くにいたんだ‥‥
一瞬の静寂、剣を構える2人
向き合う2人は何の合図もなく同時に駆け出し、自分の全力を乗せた刀を振るう
乾いたような音が廊下に木霊した後、向き合ってた2人は今までいた位置とは反対になり互いに背中を向けあっている
今なら閲覧室までの道には何の障害も存在せず、壬生は駆け込めば容易にたどり着くことができる。
でも・・・壬生はその場を一歩も動こうとはしない
一方の桐原も、壬生を止めようとせずその場に立ち尽くす
そして、その腕の部分の制服は出血により赤く染まる
やがてガシャンと金属が落ちたような音が立つと、壬生は利き腕をもう片方の腕で抑え込みその場で膝をつく
「‥‥私の負けね」
「ああ、俺の勝ちだ」
壬生の頬には一滴の涙がおちるが、負けを宣言したその顔はどこか清々しい
桐原は、噛みしめるように己の勝利を認める。その顔はとても優しく、彼女を見つめ声をもらす
「ああ‥‥‥やっぱりお前はきれいだな」
こうして2人の剣士の戦いは幕を閉じた
勝者と敗者がいるにも関わらず、両者はまったく別だが同じように微笑んでいる