魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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09 H組

 四月四日(月)

 春眠暁を覚えずな春は、肉布団、もとい布団に包まれて、俺こと綿貫平は夢現(ゆめうつつ)の中でキャキャウフフな妄想に浸り、良く寝る子は育つを実践中である。おかげ様で俺の身長は、今後へ大いに期待が膨らんでいるところである。そんなこともあって、今後の成長を考慮した平は少し大きめの男子制服を身に纏った姿──明らかに第一高校の制服に負けている感が否めない姿──で学校への坂道を一人登る。

 校門を通り過ぎ校内に足を踏み入れると、制服に身を包んだ妖精姿のリリー(分身)が出現して、彼の頭上の周囲を飛び回る彼女は周りの生徒(獲物)を熱い目で見つめる。通学途中では通行人に騒がれないように、平の身体の外に出ないようにしているリリーであったが、生徒として認められている校内なら、問題なく姿を現すことができるのであった。

 満開の桜並木を歩く周囲の生徒の一部が、そんな妖精姿のリリーに気がついて少々騒ぎになるが、女子生徒らのかわいいもの好きな性(さが)を利用したラブ&タッチ作戦を発動して、妖精姿のリリーは愛嬌たっぷり振りまき、彼女らとの指握手によりサイオンとプシオンの吸収を繰り返す。おかげでリリーのご機嫌は最高であり、より愛らしいに磨きがかかることで、吸収対象の生徒らの警戒心も低くなる。

 しかし、妖精姿のリリーが契約者である平を紹介すると、平の制服をみて可哀相な子を見る目をしたり、見下したりする生徒が少なからずおり、周囲にいた一科生の男子生徒らは聞こえよがしに蔑みの言葉を吐き、嘲笑する者もおり、平はすっかり不機嫌になってしまった。そんな平の感情を共有していたリリーが、復原の力で馬鹿共の魔法能力を消去するかと平に尋ねてきたので、平はしばし考えた後、魔法能力消去ではなく、魔法能力の成長レベルを復原の力で半年前~一年前に戻し、魔法力の成績を落させることにした。

 何故、平がそんな選択をしたのか。それは、昨日、試合した風紀委員の岡田の告げた三分の一以上の生徒が禁止用語を使っているという言葉があったからである。平は毎年事故により魔法を失う生徒が数人(後で知った所では、一~二割存在するらしい)はいるであろうことから、数人ぐらい魔法能力を消去しても疑いがもたれることはないだろうと考えていた。しかし、二科生を見下し禁止用語を使う生徒が多い実態がある以上、平やリリーに対して禁止用語を使った者全てを魔法能力消去というお仕置きを行っていたら、数人ですまなくなることが明らかである。そんなことをしたら犯人探しが始まり自分達に疑いの目が向けられる恐れがあると判断した平は、魔法力の成績が落ちるという、ありそうな範囲のお仕置きにとどめることにしたのである。お仕置きをするとしても、時期や程度もランダムになるように注意する必要がある。

 リリーによる大馬鹿へのお仕置き実行により、多少は気が晴れた平であったが、昨日の試合のように表立って叩きのめして、すっきりできないという不満は残った。昨日試合の後、平とリリーは七草会長からこってり絞られた上に、当分の間、ケンカまがいな試合は許可しないと言われてしまっている以上、どうしょうもない。平は今日の放課後の仙川との試合で、この不満を発散させてやろうと考え、本校舎の二階への階段を登る。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 魔法実力主義を基本方針とする第一高校において、入学試験の成績により、学校側として育成する対象の一科生をA~D組へ、その補欠として自助努力に任せる二科生をE~H組へ分けている。当然、クラス割も入試成績順かと思いきや、一科生のクラス割は入試成績結果でA~D組の各クラス平均が均等になるよう、実力者が分散する形で割り振られている。強い者を育てるならば入試成績順に従い実力の近いもの同士切磋琢磨させるクラス割が最も効果的であり、学校側も創立初期はそうした形でクラス割を行っていた。しかし、実力が近い者を集めるということは切磋琢磨を通り越した過剰な衝突"事故"で魔法を失くす者の発生が少なくなく、毎年百名以上の優秀な魔法師を国立魔法大学へ送り込むノルマがある学校側としては、一科生のクラス割は現在の形へ変更することになった。しかし、二科生のクラス割については、一科生のスペアであることから入試成績順のまま変わることはなかった。

 こうした学校側の方針は、一科生に選ばれたことで自惚れ易い若輩者に選民思想を植えつけ、二科生をウィードやスペアなどと蔑称することで自尊心を満たす一科生を助長し、そういった者が一科生内で多数を占めることになって行く。逆に二科生にあっては、一科生に対する劣等感や学校側への不満を高める一方で、二科生であることへの苦悩やストレスの捌け口を自分より下のクラスの生徒へ向けるようになる。その結果、入試成績最底辺の者が集まるH組は、他のクラスの生徒達から無能クラスとか落ちこぼれクラスという隠語で呼ばれ蔑まれようになる。

 新入生にあっても、こうした生徒は学校生活がスタートし生徒同士の情報交換が進むに従い数を増して行き、その一方で学校カーストで最下層のH組の生徒は、諦めと忍従の道を歩くことが定例のコースとなっていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 そんな定例のコースをぶっ壊すことになる平は、ご近所ということで前の席に座る後月洋二(のちづき ようじ)──平より頭半分背が高く、中性的な顔だちの美形で、男子制服を着ていても男装少女にも見える容姿──と話し込んでいた。時折平は、H組の女子生徒達の集団に囲まれ、キャキャウハウハしている妖精姿のリリーとの視覚情報共有を利用して、こっそりと乳を鑑賞する。平が急にしまりのない顔をするのを見た後月は、怪訝な顔をして訊ねてきた。

 「平くん、どうかした?」

 「……ごめん。洋二って、何でそんなに魔法工学に詳しいのかなぁって」

 平は、しまりのない顔の筋肉を引き締めつつ、取り敢えず思いついたネタで洋二の意識を逸らすことにした。

 「それは……世界で始めてループ・キャスト・システムを実現した天才トーラス・シルバーに僕が憧れたのが、魔法工学に興味を持った切っ掛けなんだ……まあ、僕は魔法の実技が苦手ということもあって、座学は力を入れて勉強をしているからね」

 「そっか~、洋二はトーラス・シルバーのような魔法工学技師になりたいんだ」

 平の言葉に片頬を指でかきながら、照れくさそうにする洋二。美形な彼のそんな表情に、前・横・斜め上の席にいて、彼の顔を愛でている女子生徒らがうっとりした表情をしている。。

 (あんな顔した女子に見つめられ続けたら、洋二が嫌がって俺とばかり話したくなるのが分かる気がするなぁ)

 美形な男に爆発呪文を投げかけることが多い平であったが、洋二の状況に内心同情してしまう。

 「……流石に僕ではあの人のような天才魔工師になるのは無理だけど、フォア・リーブス・テクノロジーに入社できるような魔工師になるのが僕の夢だよ」

 「いやいや、洋二。最初から無理と諦めず、トーラス・シルバーを超える天才になるぐらいの大きな夢を持とうよ。俺達は魔法を学ぶスタートラインに立ったばかりのひよっ子なんだし、俺達の未来は無限の可能性があるんだから」

 「ハハハハ。可能性はあるかもしれないけど、僕では到底無理だよ。だって、トーラス・シルバーは、先日、加重系魔法の技術的三大難問と言われた飛行魔法を実現させ、現代魔法に革命を齎す程の本物の天才なんだから」

 「へ~え(飛行魔法研究でブレイクスルーがあったと言っていたのを考えると、達也の伝って、もしかしてトーラス・シルバーの関係者かも……)」

 平が内心そんなことを考えていると予鈴が鳴り響く。蜘蛛の子散らすように生徒らが各自の席へ戻り、何となく肌のつやつや感を増したような妖精姿のリリーも平の下へ飛んで戻ってきた。端末が自動的に立ち上がると同時に、黒板代わりの大型スクリーンにはオリエンテーションのメッセージが表示される。平が自席の端末にIDカードをセットすると、端末のウィンドウには平とリリーの名前が併記された形で表示される。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 選択授業の履修登録を終え、各種規則を読み終えた平は、オリエンテーション終了までに時間があったので、自治活動(部活)などを眺めていると、生徒会及び風紀委員会の連名メールが届いた。

 視線ポインターでアイコンをクリックしてメールを開いてみると……本日の放課後に予定されていた一科生A組の仙川との試合中止を知らせるメールであった。メールには仙川が同意撤回に伴い試合中止という理由が記されており、平は昨日の試合で上級生の風紀委員をボコる所をみせ、仙川をびびらせ過ぎた己のせいであることを理解した。

 オリエンテーションも終わり、教室内にいたクラスメイトが魔法に関する専門課程授業を見学するためか、気の早い生徒らがそそくさと教室を後にし始める。平は取り敢えずお昼休みにA組に乗り込むことを決め、もう一人のお隣さんということで会話を交わした、右隣に座る長身の輪霧忠章(わぎり ただあき)に声をかける。

 「忠章! 洋二と三人で一緒に授業見学を回らないか?」

 枯れ木のように細身──農作業服を着て田んぼの中で立っていたら案山子と見間違う程──な忠章が頷きながら返事をし、立ち上がろうとすると背後から声が掛かった。

 「ダメよ! 忠くんは私と一緒に回るんだから!」

 いつの間にか、忠章の傍らにはワンサイドアップな髪の先がドリルに見えるクラス一番の乳を持つ美人な雛見祥子(ひなみ しょうこ)が立っていた。乳スキーな平ではあったが、雛見は勘が鋭いのか、妖精姿のリリーの視覚情報共有による乳鑑賞からも逃げられっぱなしである。そんな彼女が忠章に声をかけて来たことに、平は戸惑いつつも、忠章に訊ねる。

 「……え~っと、忠章、先約済み?」

 平の問いに、困惑気味な忠章が首を左右に一度振るが、ニッコリと笑顔を作った雛見に片腕をガシッと掴まれ、大男な彼がズルズルと引っ張られて行く。ミスマッチなカップルに、平と洋二が黙って見送っていると、忠章がすまないという表情と仕種を繰り返し、廊下へ消えて行った。

 妖精姿のリリーを頭の上に乗せた平が、洋二と一緒に廊下へ出ようとすると、目がくりっとした可愛い感じの双子の吾妻(あずま)姉妹が、一緒しようと声をかけて来た。髪形以外はほぼそっくりな双子──ポブカットの方が姉の由綺(ゆき)、ポニーテールの方が妹の由美(ゆみ)──のお誘いに思わず平の頬が緩んだ。彼女のいない平としては魅力的なお誘いであったが、洋二の表情から嫌がっている様子が見え、平は止むなく双子の誘いを断ることにした。当然、双子を始め、美形な後月と一緒に授業見学を狙っていた女性陣から、非難の視線の矢が平にチクチクと突き刺さった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 午前中の授業見学を終えた平と洋二は、一度クラスに戻ったが、雛見がお弁当を持って忠章をどこかへ連れて行ったと聞いて、平は洋二と二人で食堂へ向かった。かなり広い食堂にもかかわらず、既に生徒で混雑していた。昼食をトレーに確保した平と洋二が、宙を飛ぶ妖精姿のリリーの先導で空席に向かって歩いている途中で、平は良く知る人物を発見した。

 「達也。どうも~」

 知り合いと一緒に食事をしている達也に、平がお気楽なあいさつをかける。

 「ああ、平か」

 達也が食事の手を止めて顔を平に向けると、一緒に食事をしていた男女三人も平へ視線を向け、彼の顔の横に浮いている妖精姿のリリーを見て、男女二人が目を点にし、眼鏡をかけた女子生徒は眩しそうにする。

 (おお!! 絶滅したはずの眼鏡っ娘、大発見。けしからん程に巨乳な上に美少女。更にワイルドな感じの美少女も……く~っ、どうして達也の周りには、こうも美人が集まるんだ!)

 そう内心嘆きながらも平は、美少女らの名前をゲットしたいという下心で達也へ話しかける。

 「俺はH組になったけど、達也は何組?」

 「こっちはE組だ」

 「そっか。じゃ皆さんは達也と同じクラスの人ですか? あ! 自己紹介が遅れましたが、俺は達也と同じ寺で修行している綿貫平っていいます。それと、この小さい子が俺の契約精霊のリリーです。皆さん、よろしくです」

 平の意向を受けた妖精姿のリリーも、愛らしい笑顔を浮かべ、ペコリと頭を下げる。そして、達也の知り合いが平に簡単な自己紹介を始めたが、眼鏡っ娘は平を見て何やら戸惑気味に自己紹介をし、更に疑問を投げかけてきた。

 「綿貫さん。変なことを訊ねるようですが……どうしてオーラが時々女性の姿になるんですか?」

 (ほう! この娘、お主に宿る妾の"姿"が見えておるようじゃ)

 平は、リリー本体からの脳内会話により、眼鏡が伊達でないことを理解し、彼女の眼の能力に驚く。

 (隠している訳じゃないから、披露してもいいか)

 一人納得した平は、達也以外、洋二にもまだ見せていなかった姿を見せることにした。

 「柴田さんが見たのは、俺がリリーと融合して変化(へんげ)した時の姿の名残だと思うよ。実物はこんな姿だ!」

 宙に浮いていた妖精姿のリリーが光となって弾け、一瞬の内に平と同じ身長のリリーが女子用制服を着て、両手でトレーを持った姿になると、達也以外は皆、目を見開いて驚いた。

 「美月とやら、お主が見えのは妾のこの姿じゃろう」

 「……はい、そんな輪郭でした……ところで、貴方はリリーさんでいいんですか?」

 「そうじゃ。妾が精霊本体であり、小さな方は妾の分身と考えてもらった方が良いじゃろう」

 「……は~っ! 深雪に並ぶ美人な精霊がいるだなんて──あたし始めて見たわ……でもどうやって制服を交換したの?」

 千葉が、融合したリリーの美貌に感嘆しつつ、疑問を口にする。

 「女子用制服一式は、妾の契約者の家にあるものを瞬間移動で取り寄せ、交換したのじゃ」

 「「「瞬間移動!?」」」

 達也を除く、洋二を含めテーブルに座る彼らが驚く。

 「……あ! そう言えば、指定された所以外で、勝手に魔法を使うといけなかったんじゃないですか?」

 柴田が心配そうな顔をする。

 「それは問題ないのじゃ。校内で妾と契約者が融合する時に瞬間移動を使うことは、学校側から認められておるからな」

 「そうでしたか」

 安心する柴田を見たリリーの中の平(意識)は、彼女の性格の良さに感心し、是非、彼女でお色気系ラブコメマンガを描いてみたいと思った。

 混雑が増し始めた食堂の通路で、何時までも立っていると邪魔になることから、リリーは融合を解いて平の姿に戻り、平は変化にまだ動揺している洋二に声をかけて、空席へ向かうため達也達のテーブルを後にした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 食堂で昼食を終えてH組に戻った平は、午後の専門過程の授業見学が始まる十五分前に、映像録画のため透明な妖精姿のリリーを連れて異なる階にあるA組へ向かった。

 一科生のA組へ二科生の制服を着た平が入室すると、気づいた生徒らが「なんでウィードが来るんだ」という不審げな視線を一斉に向け、あちらこちらで禁止用語が小声で囁く。それらを無視した平は、黒板代わりの大型スクリーンを背にして、教室内を見渡し目的の人物を探す。深雪を中心とした人だかりの輪の中に、光井や北山といった知人の他に仙川を発見した平はチェシャ猫のようなニヤニヤ笑いを浮かべる。

 「深雪さん、こんちわ~す」

 深雪へ馴れ馴れしい言動で近づいてきた平に、取り巻きの生徒達が「なんだこいつ」という険しい視線をぶつけてきたが、気にせず平は目的の人物へ素早く接近する。

 「おい、仙川! 昨日の今日で模擬戦を止めたなんて、どういう了見だ!」

 平の声に仙川は苦虫を噛んだような顔に変わり、他の取り巻きのほとんどは眉をひそめ二科生に不快感を露にする。そんな険悪な空気もなんのその、平は臆することもなく、仙川を見上げながら話しかける。

 「昨日合意して、生徒会長から許可書まで出してもらった今日の放課後の模擬戦を、今日になって合意を取り消してくるなんて、臆病風に吹かれたのか?」

 なじる様な口調の平の言葉と強い視線に対して、仙川は黙ったまま視線を合わそうとしなかった。

 「おい、ウィードのくせに、言いがかりをつけるな! おまえのようなウィードから僕たちブルームが逃げる訳がない。嘘をいうな!」

 「「「そうだ(そうよ)!」」」

 「……だそうだが、仙川。クラスメイトの声に答えるため、今からでも遅くないから、試合取消を取り消せよ。な~に、昨日ボコった上級生の風紀委員も、手加減してあげたから大した怪我はしていないし、保険医の先生の腕も優秀なことは確認済みだから」

 猫撫で声で話しかける平ではあったが、その目は獲物を襲う気満々な獣のそれであった。

 たいしたことなさそうな二科生に反論しない仙川の態度に、周囲の生徒達から訝(いぶか)るような視線が、己に集まっていることに仙川は焦り始める。心理的に追い込まれ、仙川は額に沢山の汗を滲ませ、やがて力なく頭を左右に振る。その様子に周囲にいた生徒達は困惑する。

 「……取り消す気はなしか……それじゃ、入学式で散々俺を禁止用語で罵倒し暴行した件で懲罰委員会へ訴追させてもらおう──ああ、そうそう。入学早々の禁止用語にかかる処分通知が家に届いても、何とかなると思っているようだから伝えておくよ」

 平がA4用紙の紙を取り出して、仙川に掲げてみせる。

 「この生徒会長印の押された、仙川との試合の許可書の画像と仙川が試合から逃げたことを文言に添えて、仙川の実家と本家に送りつけてあげるよ……当然、結果はどうなったと訊ねられるよね。面子を何よりも重視する百家の本家と実家の反応が楽しみだねw」

 悪人顔をした平の言葉に、二科生から挑まれた試合を逃げたことが本家や実家に知られたら……そう考えた仙川の顔から一気に血の気が引い行く。

 「……や、止めてくれ。それだけは……頼むから……」

 真っ青な顔をした仙川が、声を震わせながら、平に頭を下げて懇願する。周囲の生徒らは仙川の態度に唖然とする。

 「そう言われてもねぇ……試合合意を取り消したのは仙川の方だし。仙川は入学式の時にこの学校は実力主義だから、自分の言うことに従えと偉そうに俺に言ったよね。俺との試合から逃げ、俺の足元にも及ばない魔法力しかないと認めることになる仙川の頼みを、なんで俺が訊いてやる必要があるんだ?」

 「……」

 平の言葉に、悲壮な顔で身体をブルブルと震わせる仙川を見ていた男子生徒の一人が行動に出る。

 「ふざけるな! ウィードごときが!」

 初めに平へ禁止用語を発した男子生徒が、怒りの言葉を平にぶつけてきた。平は迷惑気味な顔を、そいつに向き直る。

 「何関係ないやつがわりこんでくるんだ」

 「クラスメイトが脅されているのを黙って見ていられるか!」

 「脅しじゃなくて話合い……お節介さん、俺はH組の綿貫だが、おまえの名は?」

 「はぁ?! なんだ、落ちこぼれクラスのやつかよ」

 「え~っ、無能クラスだなん、恥ずかしくないのかしら」

 「ハハハハハハ」

 平を馬鹿にする言葉と嘲笑が周囲の生徒らからドッと溢れるが、当人の平はバカばっかと内心あきれ返りつつ、彼らに対するお仕置き予定を心のメモ帳へ記入していく。

 「皆、やめてよ!」

 制止しようとする光井の声にもかかわらず、周りの生徒の蔑む言葉と嘲笑は静まることがなかったため、北山が仕方なさそうな表情をして口を開いた。

 「彼が二年の一科生に昨日試合で勝ったと、学内ネットの掲示板に公表されている」

 「「「!?」」」

 周囲の生徒達は、同じ一科生でも、一年生と二年生の間には大きな実力差があることを感覚的に理解しており、北山の言葉に信じられない顔になる。

 「……どうせ卑怯な手段で上級生を油断させたんだろう」と否定的な発言する者もいたが、平を馬鹿にする雑音は勢いを失う。平は北山と光井に頭を下げて、お節介を入れてきた男子生徒を叩きのめす良いアイデアが浮かんだので、仕掛けることにした。

 「おまえ、二科生に挑まれて逃げないと言うぐらいだから、魔法に相当自信があるんだろ? どっちが強いか勝負しろ!」

 「H組の人間が正気か?」

 「俺に勝つ自信がないのか、一科生さん」

 「なにお──! ブルームがウィードよりいかに優れているか、その身に教えてやる!」

 「よろしい勝負成立だ。勝負に当たって、おまえの名前と部活はどこに入るつもりか答えてくれ?」

 「? 僕の名は柄口(つかぐち)。コンバット・シューティング部に入るつもりだ」

 「わかった。それじゃ勝負の方法だが──模擬戦は手続きが色々と面倒なんで、明後日から始まる新人部員勧誘の体験入部を利用して、コンバット・シューティングで勝負しょう」

 「僕の得意な競技で勝負を申し込むとは……負けたときの言い訳にするつもりか?」

 「的当ての一種なら、こちらにはほぼ万能な魔法がある。負けないし、言い訳をする必要もないね」

 平の言葉を強がりととらえた柄口が口を開く。

 「ふん! 身の程知らずだったことを後悔させてやる!」

 「ああ、因みに俺は精霊使いだから、明後日は契約精霊で勝負させてもらうことになる。勝負を楽しみにしていろ」

 「魔法発動速度の遅い時代後れなSB魔法師か……高速な現代魔法の実力を見せてやる」

 柄口の言葉に追従するように、周囲の生徒らが平に対して身の程知らずだという言葉を口々に口にする。

 「邪魔したな」と言って、後ろ姿になった平は、片手をヒラヒラさせてA組の教室から去って行った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 四月五日(火) 

 朝、妖精姿のリリーを左肩に乗せた平がH組の教室に顔を出すと、一斉にクラスメイトらのおしゃべりがピタと止まり、幾人かの生徒は訝(いぶか)しげな目を平に向けてきた。教室内の変な雰囲気に気がついた平は、あいさつをして自席に座ると、何があったのかと洋二と忠章に話しかけた。

 「原因はこれさ。朝、大型スクリーンに張ってあった」といって、忠章が丸めたA3用紙を平に渡してきた。

 『綿貫は魔法使えず 不正入学なり』

 丸めた紙を広げ、それを読んだ平は状況を理解した。

 「……半分は当たっているなぁ」

 「おいおい、まさか不正入学ってのは本当なのか?」

 平と忠章の会話に、周りの生徒がザワつく。

 「いや、不正入学の方じゃなくて、俺は魔法が使えないという方が当たっていると言っているんだ」

 「魔法が使えないって嘘だろ!? それじゃここ(高校)に入学できるわけないだろう!!」」

 平と忠章の会話を聞いていた洋二の大きな声に、クラス中の視線が平らに向けられる。

 「洋二、ちゃんと話を聞けよ! "俺は"という限定付きならばだと言っただろ。二度手間は面倒だから、クラスの皆にもまとめて、誤解がないように説明するから話を聞いてくれ」

 平は席から立ち上がり、大型スクリーンを背にして教卓の傍らに立った。

 「ちょっといいか皆! 朝の張り紙について、俺こと綿貫平から説明したいことがある」

 「先ず、不正入学というのはデタラメだ。うちの家には金もないし、魔法師の家柄でもないから不正入学する伝もなし、厳格な第一高校で不正入学なんてできる訳がない。次に魔法が使えないことについて、俺自身魔法が使えない一般人と言う指摘部分は事実だ」

 「「「一般人(なの)!?」」」

 クラスメイト達の驚きの声が上がり、教室内が騒然とする。

 「静かに!! 一般人な俺だが、魔法が使える精霊のリリーと契約しており、精霊と融合することで魔法を行使することができる! この張り紙は俺が精霊使いという点が意図的に抜けている。魔法が使える客観的証拠は、学内ネットの昨日の掲示板に二年の一科生との模擬戦で勝ったと公表されているから、端末で確認してみるといい」

 慌ただしそうにクラスメイト達が端末を操作する。一分もしない内に、クラスメイト達の間から「ホントだ」という声や驚く表情が現れ増えるのを見た平は、自分に対する疑いが一応晴らせたとホッとする。

 「……俺からの説明は以上だけど、何か質問があるか?」

 「精霊と融合するとか言ってたけど、そんなことができるのか?」と、男子生徒の一人が言ってきた。

 「いずれ実技で見せることになるし、まあ、いいか。実際にみせよう。リリー、融合だ!」

 教卓の上に立っていた妖精姿のリリーが光となって弾けると、平の姿は一瞬で女子用制服を身にまとったリリーに、それも手のひらサイズから平と同じ背丈程に大きな姿へ、丸で奇術のように入れ替わった。その光景に唖然としているクラスメイト達へ、リリーはニコリと極上の笑顔を見せると、かなり数の生徒がぽ~っとしたり、顔を赤らめたりする。そんな光景をリリーの中で見ていた平(意識)は、「やり過ぎた」と思って直ぐに融合を解いた所、「え──っ!!」というブーイング合唱が発生した。

 「……ブーイング以外で、他に質問はある?」

 「ねえねえ、試合した二年生の一科生って、風紀委員する程の実力がある人らしいけど、どうやって勝ったの? 卑怯な手をつかったという噂もあるんだけど。それと、昨日のお昼、A組に殴り込んだって噂は本当なの?」

 ポニーテールの髪形をした由美が、元気に右手を上げ椅子から立ち上がって質問をしてきた。噂の詳細を知りたい光線を目から発している彼女に平は苦笑する。試合について、平は切り札のことには触れず、相手の下半身を凍らせて、空気とドライアイスの弾を多数撃ち込んで相手を失神させたとザックリな説明をする。また、A組に乗り込んだ経緯を、入学式で起きた諍(いさか)いと合意した試合を取りやめになった話、そして昨日のA組でのやり取りをかい摘んで説明する。

 「他に質問は?」

 「……あの~っ、上級生の一科生に勝つ実力があるのに、どうしてこの(最下位)クラスにいるの?」

 前の方に座る女子生徒の一人が、おずおずと平に訊いてきた。

 「グゥ……筆記試験が壊滅的にダメだったんだよ──っ!」ヽ(TOT)ノ

 哀愁を帯びた平の叫びが、教室内に響く。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平がリリーと融合した姿をクラスメイト達に見せた以降、平の姿でいることにクラスメイト達から残念な声や融合したリリーの姿になることを求められたりと、親しくなかったクラスメイト達も気軽に話しかけてくるようになった。そういう点では嫌がらせの張り紙事件は、平がクラスに馴染む意味では役に立った。しかし、平が一般人であるというカミングアウトは、魔法師の才能に誇りを持つ一部のクラスメイトからは、平は無視あるいは忌避されることになった。

 洋二や忠章の態度は変わらなかったが、休み時間にも忠章の下にやってく来るようになった雛見から、平に対して威嚇するような視線と態度を毎回向けられるようになった。

 リリーによる、嫌がらせの張り紙のエイドス変更履歴の遡及読み取り(サイコメトリー)で、実行犯の映像から一科生の女子生徒であることが判明したものの、名前やクラスまでは分からなかった。平はその内見つけ出して、落とし前つけさせてやることに決めたが、積極的に犯人探しをすることはなかった。専門過程の授業見学も終わり、本格的にスタートした授業の課題対応に苦労している平には、そんな余裕がなかったためである。

 また、始めての実技の授業は、入試の実技で体験した、加速系魔法を用いて一辺三十cm程の小さな台車をレールの端から端へ往復させるものであった。H組のほとんどの生徒は、小さな台車をのろのろした勢いで加速させるのが精一杯な様子であり、特に洋二は魔法の発動速度で苦労していた。そんな光景が繰り広げられる中、平と融合したリリーが仮想加速系魔法で急加速する台車を見せられたクラスメイト達は、嫉妬混じりの羨望の眼差しを彼女に向けて来た。逆に、リリーの方は空いた時間、森羅の瞳の力を使って、発動速度の遅いクラスメイトらの魔法展開を詳細に観測し続けた。

 観測結果を入学成績首席の深雪と比較した所、起動式の展開完了から魔法発動までの所要時間に五~六倍もの差があることが分かった。これは、起動式の読み取りや演算と言った魔法演算領域の性能差も大きいが、魔法式構築にかかるアルゴリズム自体も非効率であるという問題が大きく影響しており、第一高校入試時の受験生の実技を観測・分析した結果と一致していた。

 これらを踏まえ、平はリリーの協力を得て、H組の生徒を対象にした起動式の読み取りから魔法式構築までの過程を効率・高速化する、コーチングシステムを試作することにした。

 


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