魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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08 模擬戦

 入学式が終わり、講堂から次々と新入生らが出てくる。早くも仲良くなったのか、新入生同士でおしゃべりに花を咲かせている。

 「すごかったわよねー、桜の花と雪」

 「そうねー、何もない天上から次々と花びらや雪が舞い降りてくるなんて、感激しちゃったわ」

 「うちの姉さんから聞いた話だと、去年の入学式にはあんな演出はなかったそうよ」

 「そうなんだ。今年の私達はラッキーだったね」

 「でも、あれって、魔法かなぁ~、それとも何かのトリックかなぁ~?」

 「七草お姉様の魔法よ、きっと」

 「でも、本物そっくりな桜の花びらや雪を作り出す魔法ってあるのかしら?」

 「う~ん、もしかしたら天上に仕掛けは見えなかったけど、光学系魔法で仕掛けを見えないようにして、用意しておいた本物を移動魔法でばらまいたんじゃないのかしら?」

 少々興奮気味な新入生の女子生徒らの会話を聞いて、リリーの中の平(意識)は式典での桜の花と雪の演出が概ね好評であり、七草の依頼を達成できたと一安心する。

 リリーは、雫とほのかと一緒にIDカードの交付を受けるため、新入生の集団とともに事務室の窓口へ移動する。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 IDカードの交付は、各窓口に備えられた装置で、顔認証とサイオン波認証が自動的に行われ、パターンデータがIDカードに書き込まれる仕組みとなっている。この時代において、指紋や静脈等人体パーツを用いた認証は偽装を防ぐことができないため、顔認証は利便面を優先した低セキュリティで使用されるに過ぎず、ほとんどの個人認証はサイオン波パターンを用いた物になっていた。

 雫の続いてリリーが認証手続きを行ったが、顔認証の関係で平の分も登録するように求められ、リリーが融合を解いて平の姿になると、周囲から一斉に悲鳴と叫び声が上がった。

 「美幼女だと思っていたのに、不細工な男なんてひどいわ!」

 「詐欺だわ──っ!」

 「私のどきどきを返してよ!」

 「俺のエルフ嫁、カムバ──ック!」

などと、男子生徒よりも何故か女子生徒の悲鳴と嘆き声の方が多かった。  そんなダメ人間達の嘆きと非難の声を一身に浴びた平は、心やさぐれ、背中が煤けてしまった。そんな平を可哀相にと思ったのか、ほのかが慰めの言葉をかけてくれたので、平はちょっとは気持ちが浮上することができた。平は、七草から話のあった通り最下位クラスのH組であったため、A組のほのかや雫と階段で分かれ、ホームルームに向かう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 階段で一科生と分かれた二科生らの足どりは少し重い感じであり、彼や彼女らは期待に胸ふくらませたとはいいがたい表情であった。そんな中にあって、中学最後をいじめで在宅学習になり、ぼっちで過ごした平には、学校生活をやり直す機会に期待を膨らませていた。校舎の一番端のH組の手前のクラス前を、足取りも軽く、嬉しそうな顔をしてる平に気がついた者たちが、

 「あの子、H組みたいよ」

 「可哀相に」

 「無能クラスのクセに何嬉しそうなのよ」

などといった嘲笑混じりの声を平の背中に投げかける。

 カチンと来た平は、足を止めて後ろを振り向き、発生元らしき女子生徒らに対し、胸に片手を当てて舞台役者のように大げさなお辞儀をして、

 「五十歩百歩って言葉知ってる、同じ二科生さん?」と、口上を述べる。 皮肉を言われた女子生徒らは、ムスッとした表情になる。

 「H組の俺は上がるだけだけど、君達は下の組へ滑り落ちないよう、白鳥の水かきのように必死にあがいてください」と言ってから、平は下手くそな白鳥の物真似を披露する。

 「「「!!」」」

 怒った女子生徒らが平へ罵声を浴びせかけるが、それを平然と聞き流し平は、耳の穴を指でほじくった振りをして、その指先を女子生徒らに吹きかけると、「バカ」、「ブサイク」、「チビ」、「キモイ」などと倍増する勢いで罵声が飛ぶ。彼女達の罵声の語彙(ごい)が尽きるまで、平は馬耳東風で聞き流していると、

 「な、何であんたがここにいるのよ!」

 罵声ネタがつきかけた女子生徒らの間をかき分けて、おさげ髪の平より背丈が少し高いぐらいの女子生徒が現れた。

 「あ! 受験番号二百八十九番のきつい目をした人!」

 「誰がきつい目の人よ! 失礼な」

 「試験の時、何度も俺を睨み付けてきただろ」

 「あれは、あんたが変なことばかりするからよ……入試はあたし、あんたのせいで、実技の成績が散々だったのよ! 責任とりなさいよ!」

 プリプリ怒る彼女の顔が、中条のように小動物っぽくかわいかったので平はからかうことにした。

 「……そうか、俺も男だ。かわいい君と生まれてくる子供のために、責任を取ろう!」

 周囲にいた女子生徒(ギャラリー)が、二人の関係を勝手に想像して、キャーキャーと姦しい声を上げる。

 「な、なななな、何を言ってるのよ、あんたは!!」

 おさげ髪の女子生徒は、顔を真っ赤にする。

 「決まってるじゃないか。男が責任をとるとなれば結婚しかなかろう。お互い未成年だから親の承諾がいるし、今日にでも君の両親の元へあいさつに伺おう」

 ギャラリーの皆さんは、やっばりあの二人はと納得顔になる。

 「けけけけけ……」

 鶏の鳴き真似から金魚のように口をパクパクさせる彼女の両肩に、平はそっと手をおいて、彼女の耳元で囁く。

 「婚約したら、朝まで寝かせないぞ」

 「ヒッ!」と悲鳴も漏らした彼女は後ろに飛び退いて、平の魔手から逃れるものの、涙目っぽい彼女は一段と可愛らしくなっており、益々平の嗜虐心を刺激してしまう。

 「お~い、何を照れているんだ。マイハニー~w」

 平の言葉を聞いた彼女は、顔を伏せ、プルプルと身体を震わせる。

 「……あたしが……いつ……あんたと……恋人になったのよ──っ!」

 突然、切れた彼女は平の爪先を思いっきり踏みつける行動に出た。油断しきっていた平は、彼女の攻撃をかわすこともできず、痛さに片足でピョンピョンと跳ね回る。

 (……リリー~、何で傷みをカットしてくれないんだよ)

 (お主の描くマンガとやらでは、こういう場面は痛がるのがお約束だったじゃろ?)

 (そんなお約束はマンガの中だけの話だ。頼むから早く傷みをカットしてください)

 (やれやれじゃのう)

 傷みが収まった平は、未だフーフーと獣のような威嚇姿勢の彼女に対して、不服気味な声で話しかける。

 「冗談でちょっとからかっただけじゃないか。爪先を思いっきり踏まなくてもいいだろ」

 「ふん! あたしをからかった罰よ!」

 「……悪かった。からかったことは、このとおり謝罪する。すまん」と言って、平は彼女へ頭を下げる。

 「でも、幾らなんでも今の仕打ちは酷過ぎるんじゃない?」

 「あなたが手を抜いたのが気に食わないからよ!」

 今にも泣きそうな、潤んだ目をして、平を睨み付ける彼女。

 「え?! 俺が手を抜いたって、何のこと?」

 「あなんにすごい魔法を使えるのに……あなた、筆記試験でわざと手を抜き二科生になって、無能なあたし達を心の底で嗤(わら)いに来たんでしょ」

 「……何か勘違いしていないか? 俺、急遽、魔法科高校に志望変更したから、筆記試験教科の勉強はじめたのが試験の二カ月前。元々成績の悪い俺が、手を抜く余裕なんてないし、筆記試験の成績がボロボロだったのは俺の実力だぞ」

 「え?!……本当なの?」

 「本当さ。だから、実技を目一杯頑張って成績を上げ、何とか最下位ながらもこの学校に入学できたらしい」

 「……最下位って……何でそんなことが知っているのよ?」

 「それは、確かな筋の親切な方が教えてくれたからさ。実技以外の教科は特に力を入れて勉強しなさいと忠告もされちまったけど……」

 「あたしをからかっている、訳じゃないのよね?」

 「おうさ。正真正銘の最下位様だぞ!」

 「実力なのか……なんだ……フフフフフフフ……最下位のくせに、様なんて偉そうに……ハハハハハハハ」

 彼女は笑いながら泣くという器用なことをはじめる。

 「最下位様をなめんなよ。俺は一年で百九十九人抜きしてやるつもりだ。下克上で一科生のトップに立ってやるぞ!」

 拳を高々と掲げて宣言する平を、彼女を始め、周りの生徒らは呆れたような表情で彼を見つめた。

 「「君、もう最高に面白い目標じゃん!」」

 向日葵のような笑顔をしたポニーテールとポブカットの二人の女子生徒が、平の身体に抱きついて、平の髪をグリグリとなで回す。女の子のいい香りと腕に当たる胸の感触に鼻の下を伸ばす平であった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 双子の女子生徒に弄り回された平は、有名な両脇から宇宙人を連行する写真のようにして、双子の女子生徒によってH組に連れ込まれた。教室内には微妙な空気が漂っており、双子の姉妹のように明るく色々な人に話しかける生徒、黙々と端末に向かい作業をしている生徒、やる気なさそうにしている生徒と様々であった。

 教室内は、受験の筆記試験会場と同じく、正面には黒板の替わりの大型スクリーンがあり、机は五×五の配置で並んでおり、名前順に席は割当られている結果、平の席は窓際の一番後ろであった。

 教室に入り、他の獲物が増えたことで平は双子の女子生徒による拘束から開放され、行動力のある彼女達は他の生贄のもとへ飛んで行った。

 平が教室内の生徒をざっと見る。今教室にいる中で一番の美人かつ乳が大きそうな女子生徒の髪──ワンサイドアップにした髪がぐるぐるカールしている、正にドリル髪形を発見。感心した平は、心の中で彼女のドリルに手を合わせて拝んだ。

 窓側である平の座る席の前と右隣は、美人で美乳な女子生徒が座って──いる訳もなく、二人とも野郎であった。平は端末にIDカードをセットして、机に備えつけられたスクリーンを立ち上げ、インフォーメーションのチェックを始めると、メールのアイコンが点滅していた。平が視線ポインタでメールのアイコンをクリックすると、七草会長からの至急の呼び出しであった。

 (あちゃー、入学式前の騒ぎの件が、もう七草会長にばれてしまったなぁ。うーっ、また説教かなぁ……)

 八の字に眉を曲げた平は、IDカードを抜き取り、ため息を吐いてからノロノロと立ち上がり、生徒会室へ向かう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 本校舎四階の廊下の突き当たりにある生徒会室に辿り着いた平は、気が重くなるのを我慢しながら壁のインターホンに話しかける。

 引き戸を開けて、平が室内に入ると、正面の机には七草会長が座り、近くの机には見知った市原や中条が椅子に座っていて、そして風紀委員長の渡辺が七草の脇に立っていた。中条は手元の端末に向かって何やら作業をしており、市原はチラッと平を見て、直ぐに視線を逸らしてしまう。そして、七草会長は──怖いくらい顔はニコニコしていてるのだが、その笑っていない目に、平の背中を冷たい汗が流れ落ちた。

 「真由美、遊びに来たよーっ」

 妖精姿のリリーが平の身体から抜け出して、真由美に向かって飛ぶ──カクンと途中で方向転換して中条の元へ向かう。

 (リリー、何で中条先輩の所に行くんだよ。七草会長を和ませる作戦が台無しじゃないか!)

 (妾の分身もやはり、君子危うきに近寄らずじゃ)

 (く──っ、なんて薄情な店子だ。大家の危機を助けろよ!)

 (お主の健闘を祈るぞえ)

 結局、入学式早々から相手を怒らせる平のやり方に対して、七草から散々説教され、平はこってりと絞られることになった。七草本人はまだまだ説教がし足りないとのたまうが、後の予定の関係もあるので、取り敢えず説教は終わりということになった。

 しばらくすると、副会長の服部に連れられ、風紀委員の岡田及びA組の仙川が生徒会室にやって来た。室内にいる平をみて、不機嫌そうな顔をする岡田と仙川を交えて、模擬戦を行うか否か等の本人達の意向確認が七草から行われ、服部の反対があったが、三人の模擬戦は生徒会長と風紀委員長により正式な試合と認められた。

 三十分後、第二演習室において、二年生の岡田と新入生のリリー&平との試合が行われることになった。CADを必要としないリリー&平と違い、仙川は入学式の今日は授業がなかったためCADを持参していなかったことから、翌日の放課後に試合が行われることになった。

 勝負にかけられたものは、リリー&平の方が負けた場合は禁止用語の件で訴追しないこと、逆にリリー&平の方が勝った場合は対戦者氏名及び試合結果を学内ネットの掲示板に公表することで、三者の合意がなされた。相手から上面だけな謝罪を受けてもしかたないと考えた平は、当人たちに実力差を知らしめるとともに、二科生に負けたという事実でもって恥と周囲からのあざけりを浴びさせた方が良いと判断した結果である。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 試合が行われる第二演習室は、中距離魔法を想定した縦長の教室であった。試合エリアは床が色分けされており、青いエリアには妖精姿のリリーを左肩に乗せた平が、黄色いエリアには岡田が、十m離れた開始線上に向かって互いに歩いて行く。既に審判の渡辺から試合当事者へルールの説明が行われており、立会人の七草に加え、その他に仙川、市原及び服部が立ち会い、試合開始を待っている。

 教室の片隅にいた市原が、隣にいる服部に声をかける。

 「副会長がこの試合の立ち合いに足を運ぶとは、どういう風の吹き回しですか? 岡田くんと新入生の試合をあれ程反対していたのに」

 「確かめたいことがあるだけです」

 「新入生に興味があるのですか?」

 服部の眉が一瞬、ピクリと動く。

 「二科生に興味はありません」

 にべもない服部の答えではあったが、立ち合っていること自体、服部が新入生に関心があると市原は察していた。

 「そうですか……どちらが勝つと思いますか、副会長?」

 服部が鼻をならす。

 「岡田の圧勝でしょ。新入生の、それも無能なH組のウィードごときに、同じ二年生の中で十指に数えられる実力の持ち主である岡田が、万が一にも負けるはずはありません」

 「私は、あの新入生が勝つと思いますよ……手加減ができるかが心配です」

 意外な答えに驚いた服部が、市原の横顔を見つめる。

 「あの二科生を知っているのですか?」

 「ええ、昨年の冬、会長と中条さんと私が学校帰りに立ち寄った喫茶店で出会い、第一高校を受験するように会長自ら口説いたのですから」

 「……会長自らですか……」

 開始線に立つ二科生を見つめる服部の目には嫉妬の火が宿っていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 嘲笑を浮かべた岡田は、対戦相手の平をみて、舌なめずりしていた。

 試合開始の合図と供に、岡田は相手に負けを認める余裕も与えない連続攻撃で、生意気な新入生を徹底的にいたぶる気でいた。そもそも、岡田が新入生と茶番とも言える試合を受諾したのは、女の渡辺から受けた注意に対する反発心と憂さ晴らしが動機であり、上級生に反抗的な態度の新入生、それも無能なH組の二科生という弱者を、公然といたぶることができると機会と考えたからである。

 「始め!」

 審判の渡辺の合図が室内に響く。

 (リリー、融合だ!)

 一瞬にして妖精姿のリリーが光となって弾け、平はリリーと融合する。

 ほぼ同時に、リリーを囲うように空中に顕現(けんげん)した複数の魔法式から、圧縮空気の砲弾が一斉にリリーに向かって発射される──が砲弾はリリーの手前で全てかき消える。乱された空気の動きが発生したにもかかわらず、リリーの髪や服をわずかにも揺らすことはなかった。

 「カスのくせに、障壁魔法で防いだか!」

 圧縮空気弾の同時攻撃によって、生意気な新入生がサンドバックに変わることを想像していた岡田は、無傷なリリーに対して内心舌打ちをする。

 (四方からの同時攻撃とは、相手は手加減する気はないようだ。しかし、何も見えなかったけど今の攻撃は何か分かったかい、リリー?)

 リリーの中にいる平(意識)が、先程の正体が見えなかった攻撃についてリリーに問いかけた。

 (イデアにおける事象改変の観測情報では、空気を圧縮した塊による攻撃じゃ)

 (成るほど空気か。透明な圧縮空気の塊なら、敵には見えないから避けることも難しいし、攻撃手段に最適なやつだね。是非、圧縮空気弾の魔法は仮想魔法モデル化して、リリーの手札に加えよう)

 (了解じゃ)

 リリーは、自らの周囲の事象変化を無効化する力──物質次元における特定事象変化以外の変化をエイドス側から強制無効化──を展開したまま、岡田の魔法を森羅の瞳で観測することに徹し、攻撃を控えることにした。

 二科生は反撃もできず障壁魔法で守りに入っていると見た岡田は、相手が根負けして障壁魔法の維持が途切れるまで、圧縮空気弾による攻撃を続けることにした。同じ魔法の攻撃が続いたことから、リリーと平(意識)は圧縮空気弾を作り出す収束・移動複合魔法の仮想魔法モデル化に勤しんだ。

 圧縮空気弾を発動する魔法式の数を倍増したにもかかわらず、一向に二科生の障壁魔法を突破できないことに苛立ちを募らせた岡田は、別の魔法に切り替えることにした。岡田が左腕にある腕輪形態の汎用型CADのキーを叩く。

 「これならどうだ!!」と、岡田が叫ぶ。

 彼の前に顕現した魔法式は小さな白いもやを生み出した次の瞬間、高速なドライアイスの弾がリリーに向かって射出された。

 「「「危ない!!」」」

 教室の片隅で試合を見守っていた者たちの間から声があがる。

 岡田は、二科生の顔の横を通りすぎる射線で射出されたドライアイスの弾は、障壁魔法を突破し、顔の近くを高速で通る威力で生意気な二科生を怯えさせれると信じていた。しかし、白い弾はリリーの二m程手前で見えない壁に阻まれ、砕け散ってしまった。

 「なに?!」

 岡田は自信を持っての攻撃が、防がれたことに驚いた。二年生の中でも上位の実力者である岡田は、見下していた二科生が相当な実力を有することを理解し、徹底的にいたぶることを諦め、勝つことに頭を切り替えた。

 真剣な表情に切り替わった岡田は、ドライアイスの弾の速度を亜音速にまで引き上げ、射線のコースを様々に変えて、相手の障壁魔法の強度と弱点を探す。その結果、リリーを中心に半径二mの所に球体の障壁らしきものが展開されていることが分かった。

 把握した情報を元に岡田は、開始線上から全く移動していないリリーに対して、単純ではあるが最も効果の高いと思われる、次の魔法を放つためCADを操作する。

 「吹き飛べ!!」

 岡田は相手を障壁毎、場外へ吹き飛ばつもりで、基礎単一系統の強力な移動魔法を発動した。しかし、リリーは開始線上に立ったままであり、移動魔法攻撃は不発に終わった。

 「しかたない……」

 それまで遠隔魔法攻撃しかしていなかった岡田が、自己加速術式でリリーに接近戦を挑んで来た。マーシャル・マジック・アーツ部の沢木ほどの手練ではないが、岡田も接近戦は得意であった。

 リリーの手前三mの所へ一気に移動した岡田は、収束・移動複合魔法により、右拳から肘にかけての体表面に圧縮空気の層を築き、相対速度ゼロで静止させた"エア・グローブ"の拳速を多重魔法により亜音速まで加速し、"見えない壁"へパンチを放った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 岡田のパンチが"見えない壁"へ接触するまでの刹那の時間、リリーと平(意識)が引き延ばされた時間の中で会話を行う。

 (リリー! 無効化の壁にあのパンチが接触して、相手は大怪我しないか?)

 (九十八%以上の確率で、右肘より先は欠損又は粉砕骨折じゃな)

 (試合で大怪我を出すのはまずい)

 (復原すればよかろうに?)

 (バレたら面倒。受けは終わりにして、片を付けよう。こいつを瞬間移動で……)

 自らがパンチを放った次の瞬間、岡田の身体は宙にあった。照明を目にした岡田は自分が今どこにいるのか一瞬分からず困惑するものの、背中から自由落下する感覚に、直ぐに左腕のCADのスイッチを触れようとしたが、CADがないことに気がつきパニックに陥る。次の瞬間、岡田は場外ラインのある床と自分を見つめる服部の姿を目にしつつ自由落下する感覚を与えられていた。更に次の瞬間、演習室の壁と目を見開いている審判の渡辺の姿を目にしつつ足元から自由落下する感覚を与えられていた。その後も、岡田の身体は、リリーによる瞬間移動で試合エリアの宙を様々な角度に引っくり返され続ける。

 その様子をみて驚愕している服部が言葉を漏らす。

 「……二科生の使っている魔法は、一体何なんだ?!」

 服部の独白に、市原が口を開く。

 「瞬間移動魔法です」

 「馬鹿な!」

 「間違いありません。始めて彼女と会った時に本人から説明を受け、実際に体験させてもらいましたから」

 「瞬間移動は空想上の魔法だったのではないですか?」

 「身近な物体を瞬間的に引き寄せるアポートの能力を有するBS(ボーン・スペシャライズド。超能力)魔法師は過去に数件確認されています。ただ、彼女のような自在に物体の引き寄せや転送、更に本人自身が瞬間移動できる能力を持つ魔法師の存在は、未だ報告されていません。彼女が始めての報告例になるのでしょう」

 「…………」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 三半規管に多大な負荷を与えられ、岡田がぐったりしたため、瞬間移動によるお手玉を止めたリリーは、平(意識)の指示に従い、リリーのいる開始線上に作り出した氷柱(縦一m×横一m×高さ二m)の中に、岡田を立たせた状態で下半身を瞬間移動の入れ換えで埋め込み拘束する。

 「銅像になった気分はどうじゃ?」

 下半身を氷柱に覆われ、青い顔をしている岡田を見上げ、リリーは小悪魔のような微笑みを向け、話しかける。

 リリーの問いかけに答えることなく、岡田はリリーをギロっと睨み付け、左腕にある腕輪形態の汎用型CADのキーを、もどかしそうに右手で叩こうとして、始めて自分の左腕にCADがないことに気がつく。

 「!?」

 唖然とする岡田の目の前で、リリーは右手に持ったある物を掲げて見せる。

 「お主の捜し物は、これかえ? 現代魔法師とやらはCADがなければ、ノロマな亀になるらしいのう。お主は大分顔も青いようじゃから、ここで二科生の妾たちに負けを認めてはどうかえ?」

 「二科生なんぞに、負けを認めるか!!」

 岡田はリリーに向って大きな声を上げて拒絶する。

 「しかたないのう……CADがなくても魔法が使えないことはないそうじゃから、頑張って抜け出して見せるが良い。しばし、妾達の実験に付き合ってもらおうかえ」

 憎しみに満ちた目をリリーに向け、岡田は歯ぎしりをする。

 「妾がお主の魔法を観測し、複製させてもらった故、少々レベルは劣るがお主を的に試し撃ちさせてもらうだけの実験じゃ。頑張って障壁魔法なりで防いでみるが良い」

 リリーは悪人顔でにんまりとする。

 「おお、そうじゃ。口の中を切ったり、実験中に負け宣言をされてはかなわんから、口は閉じておくがよい」

 リリーは仮想硬化魔法で岡田の顎を固定してした後、二十m程後退した位置へ瞬間移動する。リリーが右手でパチンと鳴らすと、下半身を氷柱で拘束された岡田の周囲八方の空中に同じ魔法式が顕現し、一斉に圧縮空気弾を発射する。同じことを、魔法式の位置を徐々に時計回りで移動させながら、息継ぐ間もない短い間隔で一斉攻撃を何度も繰り返す。リリーの一斉攻撃に対して、岡田は上半身を前に曲げ、身体を小さくし両手で顔をガードしながら、圧縮空気弾による打撃の痛みに歯を食いしばって耐えていたが、一斉攻撃が一周する頃になると喉と口腔を使ってうめき声を上げ始め、リリーに向かって片手を掲げ何やらジェスチャーを始めた。直ぐにリリーは、瞬間移動の入れ換えで岡田の上半身を首まで氷柱に埋め込んでしまう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 (さて、リリー。次は空中戦の練習を始めようか)

 リリーが、トンと床を蹴る。彼女の背中に、上下二対の二m近い長さの蜻蛉のような透明な翅が現れ、銅像状態の岡田の周囲を反時計周りで周回飛行を始める。

 「「「飛行魔法!!」」」

 審判の渡辺、服部及び仙川は驚愕しているのに対して、妖精姿のリリーを知る七草や市原は納得顔をしていた。

 周回飛行二週目に入ったリリーは、左手を岡田に向けると、手のひらの前に魔法式が顕現し、ドライアイスの弾が岡田を拘束している氷柱に向かって次々に発射され出した。

 「ガ! ガ! ガ! ガ! ガ! ガ! ガ! ガ! ガ! ……」

 亜音速のドライアイスの高速弾が小気味よい音を立てて、氷柱を削って行く。一方、的にされた岡田はドライアイスの弾が氷を削る破壊音に、次第に彼の精神力を削られ、恐怖心から彼は目や鼻から体液を垂れ流した顔を審判の渡辺に向け、必死に懇願を続ける。

 「やめろ新入生!!」

 審判の渡辺が、大きな声で叫ぶ。

 飛行を止めたリリーが、審判の渡辺の眼前の宙に瞬間移動し、金色の瞳でじっと渡辺に見つめ、小首を傾けながら尋ねる。

 「まだ、相手は負けを宣言しておらぬが、何故に止めるのじゃ?」

 「審判権限で試合続行不能を宣言する。もうこれは試合ではない、一方的な暴行だ!」

 「妾は受けた魔法を返しただけじゃが?」

 「やり過ぎだ!」

 「亜音速のパンチとやらも試してみたかったんのう……残念じゃ」

 透明な翅を消して、トンと床に着地したリリーが、氷柱に首から下が埋まっている状態の岡田を振り返ると、彼は白目をむいて気絶してしまっていた。

 「成るほど、確かに審判の言う通り、試合続行は可能じゃのう」

 妙に感心したリリーは、岡田を拘束していた氷柱を消し、彼の口を閉じさせていた硬化魔法も消去する。気絶した岡田が床に倒れないように、仮想浮遊魔法で宙に浮かべ、審判とリリーの近くに瞬間移動させると、岡田の身体からアンモニアの臭いが漂って来た。顔をしかめた渡辺が、CADを操作して魔法を発動すると、あっという間に臭いが消え去る。

 「匂いを操る魔法があるのか、面白いのう……それはさて置き、保健室が空いておるならば、妾の瞬間移動で送ろうかえ?」

 リリーが渡辺に尋ねると、保健室の場所は分かるのかと渡辺が聞いて来た。

 「場所は知らぬが、お主が保健室の場所を思い浮かべてくれれば、妾とお主とこやつともども、瞬間移動で安全に送ることができるぞえ」

 少し悩んだ渡辺が、七草にこの教室の施錠などの後始末を依頼することにした。岡田の身体を仮想浮遊魔法で支えたままのリリーが、渡辺の身体に触れようとして思い出した。

 「おお、忘れるところじゃった。この試合の勝者は、妾達ということで良いのかえ、審判よ?」

 「ああ、勝者はお前達だ」

 苦々しそうに渡辺が勝者を告げると、リリーはにっこりと微笑み、その愛らしさに渡辺はどきりとする。次の瞬間、三人は保健室へ瞬間移動した。

 二分も経たないうちに、リリーが一人、第二演習室に戻ってきた。リリーは、岡田の症状を見た保険医の見立て(打撲と痣と失神)を、渡辺に伝言を頼まれ七草に報告する。

 報告を終えたリリーは、仙川の元へ瞬間移動し、明日のデート(試合)は楽しみにしていると笑顔で告げると、仙川はブルブルと震え出して、化け物とわめき声を上げなら第二演習室から逃げ出してしまった。

 「……ふむ。契約者(平)の言う通りに、愛嬌を込めてデート(試合)に誘ったのに、妾を化け物と呼ぶとは、失礼なやつじゃなぁ。明日のデートはオ・ハ・ナ・シ決定じゃな」

 「リリーちゃん!! 平くん!! これから私と生徒会室で山ほど、オ・ハ・ナ・シしましょうね」

 血も凍るような冷たい七草の声が、リリーの背後から聞こえてきた。

 


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