魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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07 入学式

 2095年四月三日

 キャビネットの駅から学校までほぼ一本の坂道を、白いインナーガウンの上に裾が短くボレロのような緑色のブレザー服を着た小柄な少女が歩いている。日曜日の朝ということもあってか、人通りはまばらである。そんな坂道を一人歩く少女の足どりは軽く、わくわくする子供のように瞳を輝かせ、更に楽しそうに鼻歌さえも歌っていた。何故彼女がそんなに楽しそうなのかというと、七草から贈られたお気に入りの制服を着れるということと、成長に必要なサイオンとプシオンのご馳走(魔法師である生徒)が待っている楽園(学校)に行けるからであった。少々物騒な楽しみに心はやるリリーのせいで、平はいつもより早く脳内目ざまし(リリーの声)で叩き起こされ、あまっさへ、自ら制服を着て学校に行きたいというリリーのお願い(脅し)に屈した結果、平はリリーと融合しリリーの制服姿で入学式出席することになったのである。

 坂道の終わりにある第一高校の校門が現れ、その奥には満開の桜並木が塔のような校舎まで続いているように見える。校門の横の青っぽい半透明な仮想スクリーンには「2095年度 第一高校入学式会場」と表示されていた。

 (……リリー、警備によるセキュリティチェックがあるから、門に入ると同時に俺と交代して、妖精姿の分身を出して付いてきてくれ。この間のような女子用制服で放置は勘弁してくれよ)

 平(意識)の前半の言葉に、少々残念そうな顔をしたリリーであったが、校門に入ると刹那の間で、瞬間移動により自宅の男子用制服姿へ交換&融合解除により平の姿に戻った。着慣れないブレザーの制服になった平は、襟元のネクタイに手をやり位置を確かめた後、後裾の長い燕尾服に戸惑いながら桜並木の間の通路を歩き出す。そんな彼の左肩には、女子用制服を着た妖精姿のリリー(分身)が座っていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 新入生に対する警備のセキュリティチェックは、入学試験時よりは簡素なものであったが、平の場合は入学試験以上に大変なものとなった。それと言うのも、校門前から監視カメラでチェックされていることに気がつかなかった平のうっかり発動で、校門前の容姿と異なっていることが警備で問題視されたためである。テロリストが古式魔法により変身しているのではないかと疑われ、平はリリーとの融合・解除の実際を見せ苦慮して説明したものの、最後は平と融合したリリーの遺伝子検査までされる羽目に陥った。警備のセキュリティチェックが終わり、最初に平を一瞥し哀れみの視線を向けてきた警備担当の男が、「頑張れよ」と平に声をかけてきたが、何を頑張る必要があるのだろうかと平は理解できなかった。

 平は入学式の会場であるの講堂の位置を確認するため、古くから使っている携帯情報端末のフィルムスクリーンに校内図を表示させる。表示された校内図を見た平は、高校と言うよりも郊外型の大学キャンパスのような広さと大小様々な施設があるなと感心する。入学式会場の講堂(兼体育館)は左手の奥にある大きな建物であることを確認した平は、レンガを模したソフトコート舗装の道を歩いて講堂に向かう。

 アーチ状の大きな窓が上下に積み重なった講堂は、ちょっとしたコンサート会場並の大きさもある建物であった。講堂の大きさを実感させるものとして、正面出入り口には高さ八m程もある、まるで巨人用の両開き扉があった。残念ながら、開場前ということで巨大な扉は閉じられていた。

 開場まで二時間弱もの時間があったので、平は時間潰しとして校内散策することに決め、先ずは講堂に向かって右手にある桜並木を見学しようかと歩きだそうとする。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「あ! 真由美がいる」

 平の頭の上に座る位置を変えた妖精姿のリリーが、校舎の方を指さしながら平に伝えてきた。

 「……確かに七草会長だ」

 七草にあいさつをしようと、平は小走りで近づき、声をかける。

 「おはようございます、七草会長」

 「──あら。おはよう、平くん」

 近づいてきた平へ、七草が笑顔で返事をする。彼女のすぐ傍らには、達也と同じ背丈で横幅がやや細身な男子生徒がおり、彼の視線が平の制服の左胸を一瞥すると苦々しい表情に変わる。

 「真由美──っ、おはよう」

 平の頭の上から飛び下りた妖精姿のリリーが、あいさつとともに、光の粒を放出しながら、七草の胸に向かって飛ぶ。それを七草は両手の平で受け止める。

 「リリーちゃん、おはよう──それと、二人とも入学おめでとう」

 「ねえねえ、真由美。制服変なところない?」と言いながら、妖精姿のリリーは七草の手のひらの上で回って見せる。

 「……大丈夫よ、リリーちゃん」

 「会長、会場準備の確認が……」

 七草の直ぐ後ろに控えていたはずの男子生徒が、七草と平の間に割り込んで来て、七草を促すため声をかける。

 「はんぞーくん、時間に余裕があるから、まだ大丈夫でしょ」

 「余裕を持って確認は早めに済ませておくべきかと……」

 「心配性ですね、はんぞーくんは」

 割り込んできた上級生の男子生徒にカチンと来た平は、一歩横へずれて七草と上級生の男子生徒の顔を視界に入れる。顔は整っているが少し神経質そうな男子生徒へ、ややムッとした視線を向ける平に気がついた七草が平の前に歩み寄る。

 「平くん。私の隣が副会長の服部刑部少丞範蔵(はっとりぎょうぶしょうじょう はんぞう)、通称はんぞーくん」

 「会長!」

 「まあまあ、はんぞーくん。この子が綿貫平くん、それから、こちらの小さなレディは彼と契約した精霊のリリーちゃん」

 睨むような視線を向けてくる服部に、こちらを快く思っていないことを感じ取った平ではあったが、紹介を骨折ってくれた七草と、相手が一応上級生であるので礼を失しないようにと対処することにした。

 「はじめまして、綿貫平といいます。よろしくお願いします」と言って、頭を軽く下げる。しかし、服部は眉を寄せムスっとした表情のまま自己紹介をすることもなく、「会長、準会場備の確認へ急ぎましょう」と言って、七草に話しかける。

 「はんぞーくんは、自己紹介しないのですか?」

 「……新入生の二科生に、名乗る必要を感じません」

 「はんぞーくん、生徒会役員としてそれは問題発言です。この子達は、入学試験の実技トップで、ほとんどの実技項目で前代未聞の満点を叩き出したのよ。筆記試験の成績が悪くて二科生になってしまったけど……」

 七草の説明にギョっとした表情になった服部は、七草の成績発言を受けてポカンとした表情の平を、胡散臭げに見つめる。

 (こんな間抜け面なやつが実技トップだと……信じられん)

 「…………」

 服部は平を黙ったまま見つめていたが、くるっと踵を返して先に講堂の方へ歩いて行ってしまい、七草がため息をつく。

 「平くん、ごめんなさいね。今日はこれから私もリンちゃんもあーちゃんも式の準備で忙しいから、明日以降にでも遠慮なく生徒会室へリリーちゃんと一緒に尋ねて来てね」

 「……それから平くんに忠告しておきます。実技はトップでしたが、入学試験の成績は最下位での入学ですから、実技以外の教科は特に力を入れて勉強してください……それでは平くんとリリーちゃん。今日はよろしくね」

 片目でウィンクを送った七草は、服部の後を追って行った。

 後に残された平は、首の皮一枚で第一高校に合格出来きたという真実に、複雑な表情をしたまましばらく立ち尽くしてしまった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 本好きな平は、高校とは思えない大きな図書館があったので、一番近道となるルートを通りつつ、ついでに周囲の各施設を見ながら校内を散策することにした。妖精姿のリリーも、平の前の宙を飛行しながら、物珍しげに周囲をキョロキョロと見ていた。

 到着した三階建ての図書館は、残念なことに休館であった。日曜日ということもあるが、学校施設を利用する為にはIDカードがないとダメであることを平は知り、しょんぼりしながら次にオープンカフェ兼食堂兼購買へ足を向けるも、こちらも本日は休業であった。

 しかたなく平は、学校の背後に広がる森に足を伸ばすことにする。森と言っても野外フィールドとして授業で利用される管理された森であり、それなりに歩きやすく、散策するのに問題はなかった。こちらの森にある桜は、校門や講堂の近くの満開の桜並木の木と違い、幹は太く横に枝を広げた老木で、花もまだ七分咲きという感じであった。平はリリーと融合して、七分咲きの桜の木を一本ずつエイドス変更履歴を読み取り、リリーの復原により満開が過ぎ桜吹雪が舞う状態の姿に変えてしまう。そして、リリーは平の家にある抹茶セットと三色団子と敷物を瞬間移動のアポートで取り寄せ、融合を解いた平と妖精姿のリリーの二人で花見をはじめる。

 桜吹雪を愛でながら平は、抹茶をたて、団子と交互に口に運ぶ。妖精姿のリリーは三色団子がとても気に入ったようで、団子を三つも食べてしまう程であった。残念ながら抹茶は吐き出してしまったが……。

 桜吹雪を十二分に楽しみ、リリーの連続復原で準備を整えた平は、式開始一時間を切ったことから講堂に戻ることにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 講堂の正面出入り口である巨大な扉は開いており、次々に新入生らが講堂へ入って行く。平と融合した制服姿のリリーは、巨大な扉を見上げる。

 (……丸で巨人の国に迷い込んだようだ)と、リリーの中で呟いた平(意識)は、巨大な扉が建物の荘厳さを生み出している設計者の意図に感心する。

 明るい外から、光量が少し低い講堂内へ足を進めるリリー。彼女の水色の長い髪は、淡い輝きを放ち、歩む毎に生まれるかすかな風を孕み、ゆるやかな曲線を描いて後ろに流れ、ブレザー制服の下に着込んだインナーガウンは、白地に水色のグラデーションのかかった天女の羽衣のように後ろに広がり揺れる。百五十cmと小柄なリリーではあるが、その容姿は耳が長ければ、ファンタジー小説で美形の定番なエルフと言って差し支えないものであった。侵し難い雰囲気をまとう彼女の姿に、周囲の新入生らは息を止めて見入り、通りすぎる彼女のブーツが鳴らす音が妙に響く。リリーは、己に集まる視線を歯牙にもかけず、優雅な歩みで舞台の方へ進む。途中、整理係らしき上級生も呆然としつつも、身を引いてリリーに通路を譲ってしまう。

 森の民であるエルフの居場所には似つかわしくない、人工の空間である講堂の一階にはパイブ椅子が規則正しく並べられており、既に三分の一近くの席が埋まっていた。舞台に近い前の席はだいたい埋まっており、リリーは空いている席を探している途中で見知った二人に気がついた。彼女達の隣の席が空いていることを確認したリリーは、早速二人の座る席へ足を運ぶ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「ほのかよ、主の左隣の席は空いているかえ」

 隣の席に座る無表情な少女へ顔を向けて、お喋りをしていたおさげ髪の少女が、声のした方を振り向く。

 「はい、空いて……」

 返事をしかけたおさげ髪の少女は、リリーの美貌に見とれてしまう。にこりと微笑んだリリーは、す~っとほのかの左隣の席に腰を下ろす。

 「二人とも、入試以来じゃな。同じ学校の同級生として再会出来たのも一つの縁、これから良しなに」

 「……あのー、どうして私の名前を知っているんですか?」

 座高的に自分よりも二十cm程も低い小柄なリリーを見て、ほのかは会った覚えのない年下にしかみえない彼女の言葉に、不思議そうに尋ねる。

 「入試の実技試験で、互いに自己紹介した妾のことを忘れたのかえ?」

 「えーっと……雫、覚えている?」

 ほのかに訊かれた雫は、無表情な顔のまま頭を左右に振る。

 「ふむ。あの時は、この姿で会ってはおらなんだからかのう……こちらの姿なら分かるじゃろう」

 リリーは融合を解いて平の姿に戻ると、別人の姿へ一瞬で変身する様を見せられたほのかと雫は大いに驚く。

 「変身ですか?」

 ほのかの疑問に、雫が否定的見解をボソっと述べる。

 「変身は現代魔法学では無理。多分、幻影魔法」

 「融合を解いただけだよ~っ」と言って、妖精姿のリリーが翅から光の雫を流しながら、ほのかと雫の間に向かって飛んで行く。

 「「妖精さん!」」

 「身体がずいぶんと大きいから、分からなかったです。リリーちゃん、ごめんね」

 光井は、目の前の宙に浮かぶ妖精姿のリリーに頭を下げる。ほのかと雫とリリーが再会を喜んでいる様子をみた平は、

 「こんにちは、光井さん、北山さん。これからよろしく」と、気軽な感じで二人の少女に声をかける。

 「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします。えーっと……」

 平の名前を思い出せないのか、ほのかは言葉に詰まる。

 「ナンパ男で十分」

 ほのかの横から、雫が平へ冷たい目を向けて、ボソっと呟く。

 「綿貫だよ……それと、北山さん、あの時の誤解は解いてくれたんじゃなかった?」

 「ほのかナンパは事実」

 「いや、それは北山さんの思い違いだって! 光井さんに質問するために声をかけただけです。信じて下さい……」

 「ほのかの胸、ガン視を誤魔化す策。さっきもガン視してた」

 「そ、それは勘違いだ──っ! チラッと見ただけだよ!」

 思わず己の所業をボロっと漏らしながら、平は慌てて雫の言葉を否定する。

 顔を赤らめたほのかが、胸を両腕で隠すようにし、平から距離を取ろうと身体を雫の方へ寄せる。雫が席から立ち上がり、ほのかと席を交代する。平が雫越しにほのかに言い訳を続けていると、「ここは空席だろ?」と平の背後から男の声がした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「おまえ、ウィードじゃないか! 何でブルーム達の席にいるんだ?」

 二人組の男子生徒のうち、ごつい体格の方が、平に向かって鋭い声を上げ、ノシノシと言う感じで平の座る席に近寄ってきた。

 「俺に言っているのか? 座席は指定はされていないから、どこに俺が座ろうが俺の自由だ」

 「ウィードのくせに、生意気だ! その席はブルームの自分が座るから、おまえはとっとと後ろのウィード共の席へ行け!」

 面倒なことになりそうだと思った平は、妖精姿のリリーに平らを観察させ、視覚情報をリリー本体を経由して携帯情報端末に映像を録画するようにと、リリー本体に脳内会話で依頼する。

 「ウィードって何のことだ?」

 意味の分からない言葉に、平は席に座ったまま、ごつい体格の男子生徒を見上げて質問をする。

 「なんだ、そんなことも知らないのか。ウィードってのはなぁ、これがない貴様たち雑草のことだ」

 ごつい体格の男子生徒が、自分の制服の左胸にある八枚花弁のエンブレムを指さす。

 「周りを見てみろ……紋なしはおまえだけだ。ここはブルーム達の席だ」

 「ふ~ん。その変なマークが、何か意味があるの?」

 首を傾げた平は、ごつい体格の男子生徒の胸のマークを指さしながら、再度質問を投げかける。

 「変なマークだと……おまえ、ブルームをバカにしているのか! これは、二科生のおまえのようなやつと違って、魔法力に優れた一科生に与えられる八枚花弁のエンブレムだ! 魔法師のエリートが学ぶ名門の第一高校において、真の生徒は一科生だけで、おまえのような二科生はスペアとしてお情けで学校に入れてもらえた補欠なんだ」

 「バカにしているつもりはないが、変なマークだなという俺個人の感想を述べただけださ。ブルームってのが花を意味するのは分かったけど、エンブレムが魔法力に優れた印というのはねぇ……魔法師の専門教育が始まる前の、たかだか入試の成績で一科生になった生徒が、入学式早々、これみよがしに偉ぶる程のものか? 二年生になったら入れ代わるだろうに」

 「つくづくおまえは無知なようだから、特別に自分が教えてやる。ブルームには指導教員がついて指導することで、実力差がはっきりすることになるから、過去、ブルームに欠員がある以外でウィードがブルームになったことはない」

 「何で二科生には指導教員を付けてくれないのだ?」

 「魔法師の指導教員は人手不足。この学校の方針は実力主義である以上、能力が劣るウィードを指導するなんて無駄なことはしないのさ」

 「ふ~ん。二科生は、自分達で何とかしろということか……まあ、過去に例がないだけなら、俺が一科生になって実績を作ればいいだけさ」

 「ウィードのおまえがか? アッハハハハハハハハハハ……よくもまあ、大ぼらを吹くやつだ」

 「俺は大ぼらなんて吹いたつもりはないぞ。入試の筆記試験の成績は悪かったが、俺は実技試験の成績はトップクラスと自負しているんだが」

 「魔法力が低いウィードのくせに、そんな見え透いた嘘までつくなんて、誰が信じるか! おまえは雑草じゃなく嘘つきだな」

 「おい、証拠もないのに俺が嘘つきと決めつけるのは問題だぞ。まあ、魔法力が低いというのは、あたらずもとうからずだな。俺自身は魔法は使えない一般人だけど、契約した精霊は最強だぜ」

 「……魔法が使えないだと……なんで一般人がここにいるんだ! さてはおまえ、不正入学だな!」

 「おいおい、幾らなんても証拠もなしに不正入学だと、他の新入生らがいる前でのその発言は名誉毀損罪に当たるぞ。因みに、今までのやり取り全て記録しているから」 

 平が携帯情報端末を掲げて見せる。

 「……小賢しいおまえのような下賤な輩と違って、自分は司法関係者にも顔が効く百家に連なる家柄の者だ。そんなもん、なとでもなる」

 「……魔法師ってやつは、法治国家をなめ過ぎだぞ……(こいつは魔法を奪うこと決定だな!)……雑草の俺が下賤な輩だとしたら、あんたは俺の足元にも及ばない魔法力しかない蟻だな。実力がないから、家柄を持ち出して俺を脅すことしかできないんだろ」

 「ふざけるなよ、ウィードの分際で!」

 怒ったごつい体格の男子生徒が、平の襟を両手で掴んで椅子から立たせ、無理やり通路へ連れ出し、平の身体を通路の床へ投げ捨てる。

 「ドン!」という音をたて、平は固い床に背中を打ちつけた。周囲の生徒らが何事かと騒然とする中、床に倒れた平は、傷みの神経信号をリリーがカットしてくれているおかげで、怒りの感情を押さえ己の状況を冷静に計算する。上半身を引き起した平が、背中に片手を添え、痛そうな顔をしたまま床に座り込んでいると、

 「おまえ達、何を騒いでいる!」

 スポーツマンらしい髪形の男子生徒が、駆けつけてきた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 上級生の男子生徒は、床に倒れている平へ、黒地に真紅の五角形のマークが入った腕章を付けた左腕を差し出しかけたが、平の制服を見て舌打ちし、手を引っ込めてしまう。上級生の態度と彼の制服のエンブレムを見た平は、公正・公平な仲裁が期待できない可能性に顔をしかめる。

 風紀委員だと告げた上級生が、事情を説明しろと言って、ごつい体格の男子生徒から話を聞き始める。ごつい体格の男子生徒と連れの男子生徒が、平が先に侮辱する発言をしたので、通路に連れだそうとしたら、本人が勝手に転倒したと自分たちに都合の良い嘘の説明をする。それに対して、平が相手の説明に嘘があると言って反論を混ぜて事情説明するも、風紀委員はまともに取り合う気がない態度であった。両者から事情を聞き終えた風紀委員は、ケンカ両成敗な言い方をして両者に注意を与え、平には痛むようなら保健室へ行くようにと告げて、さっさと立ち去ろうとした。

 「おい、待てよ!!! ブルームを依怙贔屓する風紀委員!!!」

 平が有らん限りの大声で吠える。一斉に周囲の新入生らの目が集まる。

 「両者の言い分が違っているのに、第三者に確認することもしないで裁定するなんて、公正・公平に欠け、明らかにおかしいだろ!! ウィードや紋無しといった禁止用語で侮辱された俺に対して、当人に謝罪をさせないのはどういう了見だ!!」

 「ふん! こうした案件の処理は風紀委員に一任されている。公正・公平に欠けるなどと言いがかりを付けるな、新入生の分際で! 禁止用語に対する処分は、当人への注意しかない以上、謝罪を強要させるのは問題行為であり風紀委員の預かる所ではない」

 (腐っているな。こいつも魔法を奪うこと決定だ!)

 平は内心の怒りを押さえ付け、風紀委員の男子生徒へ更に抗議を重ねる。

 「……第一高校は名門校と聞いて期待していましたが、公正・公平に欠く貴方のような上級生を風紀委員と認めているようでは、本当に名門か疑いたくなりますね」

 「二科生如き新入生が、上級生に失礼な口を叩くな!!」

 「この学校の方針は実力主義。魔法の実力の優劣に、新入生も上級生も関係ないでしょ。俺の足元にも及ばない実力の人に、上級生づらされたくはありませんね」

 「ウィードごときが、何を言う!!」

 「風紀委員自ら、禁止用語発言ですか……最低ですね」

 「この──っ「岡田、止めろ!」」

 平の肩に手をかけた岡田を、ストレートのショートボブの女子生徒が制止する。

 「風紀委員長の私が直接事情を聞く。おまえ達、ついてこい」

 風紀委員長に連れられていく平の後ろ姿を、ほのからが心配そうに見つめる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 講堂で騒ぎを起こした平らは、風紀委員長に舞台裏の一角へ連れてこられた。女性の身で風紀委員長という立場にあることから、平は彼女がこの学校でもかなりの実力の一人であろうと推測し、風紀委員の岡田よりはましであることを祈った。

 風紀委員長の渡辺の事情聴取は、風紀委員の岡田、ごつい体格の男子生徒の仙川(せんかわ)の順で行われたが、当然、彼ら二人の説明は平の非難に終始する。

 「……要するに、そこの二科生から一科生のおまえ達の実力は劣ると侮辱されたと。更に彼の横柄な態度と狡猾な誘導により、つい禁止用語を使ってしまったということか?」

 渡辺の言葉に、頷く二人。

 「綿貫とかいったな、おまえの説明を聞こう」

 「利益相反するものからの証言だけでは、客観的な事実が明らかにならないと考えます。よって、講堂内を監視していた映像で確認していただけないですか?」

 「事情を説明する気はないのか?」

 「冬に警察とある百家により冤罪を被せられそうになって、言葉は無力ということを思い知りました。今回もそこの風紀委員に事情説明しましたが、まともに取り合ってくれませんでしたので、言葉ではなく客観的な映像をみてもらった方が良いと考えた次第です」

 平をみる渡辺の目が細まる。美人がすごむとゾクゾクするなぁと、ちょっとMな気分に浸る平であった。

 「式直前で今は立て込んでいて、講堂内の監視映像を見る許可は直ぐには無理だ。風紀委員は普段、薄型ビデオレコーダーを携帯して取締をしているが、今日はあいにくと携帯していない。まさか入学式に問題を引き起こすやつがいるとは思わなかったからな」

 「そうですか。俺もまさか入学式で、自称エリートの一科生から一方的に絡まれて侮辱され、更に校則を守る風紀委員からルールを破って侮辱され、公正・公平を欠いたとしか思われない仲裁をしてくるとは思いませんでしたよ……講堂内の監視映像が直ぐに無理なら、この携帯情報端末に録画したものを見て下さい」

 平は皮肉を返した後で、取り出した自分の携帯情報端末のフィルムスクリーン画面を渡辺へ見せ、リリーが録画した映像から問題部分を映してみせる。平と渡辺の様子を伺っていた、岡田と仙川が焦った表情をするのを見て、平は口角を釣り上げる。

 渡辺は、仙川と平とのやり取りの映像を見て呆れた表情をし、岡田と平らとのやり取りの映像を見て眉間にしわを寄せる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「岡田!! おまえの先程の説明と、映像の事実が食い違っているのは、なぜだ!!」

 喧嘩腰っぽい渡辺の声に、新入生の平と仙川は思わず首をすくめるが、岡田は動じることもなく、厭味な口調で答える。

 「その映像を見せてもらえませんでした」

 「先程のおまえの証言は、偽証ととられてもおかしくないぞ? 偽証と判明した場合、委員会除名の上、一般生徒より厳重な罰が課せられることを忘れてはいないだろうな!」 

 「……状況から推測したものが混じりましたが、偽証したつもりはありません」

 苦しそうな言い訳をする岡田を、渡辺は睨(ね)め付ける。

 「ものはいいようだな……後で徹底的に絞り上げてやる、覚悟しておけ」

 渡辺が平の方を振り向く。

 「綿貫、この映像を岡田に何故見せなかった?」

 「俺の左胸をみて、舌打ちするような風紀委員に、証拠となる携帯情報端末を渡して、手が滑ったと言って壊されずにすむと思います?」

 「……」

 渡辺は不機嫌そうな表情をする。

 「……映像を見る限り、君は口で相手にケンカを売らせるのが得意なようだな」

 「何のことですか? 俺は相手の言い分に反論を述べ、自分の感想を述べただけですよ。俺は、相手から一方的に禁止用語で罵られ、手を出された被害者ですが」

 「白々しいな」

 「仮に俺の言葉がケンカを誘引するように聞こえたとしても、実行してしまった時点で、相手は加害者でしかありませんね」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「所で、風紀委員長。今回のような禁止用語を使用した者に対して、どのような処罰が下されるのですか?」

 平の映像をみた風紀委員長が、風紀委員を厳罰に処するという対応をみて、自分も処罰されるかもと思い、仙川が焦って声を上げる。

 「風紀委員長! そいつは魔法もつかえない一般人です。そんな不正入学したやつの証言を信じて、自分を処分をするのはおかしいです!」

 「「?!」」

 仙川の言葉に、渡辺と岡田が目を丸くする。

 「当校の入試試験の審査は厳格であり、不正入学などありえん」

 渡辺の言葉に、仙川は更に言葉を重ねる。

 「そんなはずはない。そいつは自分で魔法が使えないと、確かに言ったんです! そいつの携帯情報端末にも、ちゃんと録画されているはずです」

 「……綿貫、本当か?」

 「俺自身は、魔法が使えない一般人と言ったのは本当ですよ。俺の場合、契約した精霊が魔法を使うスタイルなんです……リリー姿を見せて、簡単な魔法をみせてくれ」

 平に言われて、妖精姿のリリーが姿を現し、平の髪の毛の一房を冷却魔法で凍らせてみせた。

 「確かに精霊を使役して魔法が使えているな……普通は魔法が使えるから精霊を使役できるはずなのだが、その逆というのは随分特殊だな綿貫は」

 「おい、そこの生意気な新入生! 古くさいSB(スピリチュアル・ビーイング)魔法師のくせに、速度で勝る現代魔法師の俺の実力が足元に及ばないなどと良くも侮辱したな。懲罰委員会へ訴追してやる。貴様の携帯情報端末にちゃんと証拠もあるから、必ず処罰されるぞ」

 「先輩、自分もそいつに、同じように言われて侮辱されました。自分の分も併せて懲罰委員会へ訴追して下さい」

 「事実を言うことが、侮辱とは知らなかったですね。俺の契約した精霊が、あんたたちの魔法演算領域の容量を調べた上での発言ですよ。風紀委員長、事実に基づいて実力差を述べた言葉は校則違反になるのですか?」

 「相手を貶(おとし)める言い方がなければ、事実を述べる分には校則違反にはならない」

 「──だそうですよお二人さん。因みに、確かな筋の親切な方が教えてくれたのですが、俺は入試の実技の成績はトップなんだそうですよ」

 渡辺ら三人が、一瞬驚いた顔になる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「ばかな! SB魔法師のこいつが、トップな訳があるか、嘘に決まっている!」

 「まあ、入試の実技成績が公表される訳でもないから、信じないならそれでいいですよ。ガチ勝負しないと、俺の契約した精霊の強さは分からないでしょうし」

 「それより、風紀委員長、先程質問しました今回の禁止用語使用者への処罰は?」

 「訴追されれば、学校側の懲罰委員会にかけられ、そこで処罰が決定されるが……ほとんどは注意処分だな」

 「軽い処分しかしないなら、禁止用語の校則が守られる訳がないですね……それに、訴追されればということは、訴追されないものが多数あるということですか?」

 「それは……」

 言いよどむ渡辺に対して、岡田が代わりに答える。

 「新入生の前だからと言って、今更取り繕っても仕方がないでしょ。全校生徒の三分の一以上が禁止用語を使用しているんだから」

 その言葉に平はあきれ果て、浮かんだ疑念を問いただすことにした。

 「……禁止用語の校則は単なるポーズで、学校側は違反を黙認しているということですか?」

 渡辺がどうしょうもないという表情で肩をすくめ、平の言葉を暗に肯定する。それを見た平は、この学校は魔法師の実力を向上させることだけを第一にしており、教育機関としての人格形成義務を放棄し、差別意識を肥大化させた魔法師を世の中に送り出していることを理解した。

 平は呆れる気持ち横に置いて、もう一つ確認したかったことを訊くことにする。

 「風紀委員長。禁止用語発言者への注意処分があることは分かりましたが、侮辱された者へ謝罪を強制させる学校の制度はないのですか?」

 「謝罪は、当事者同士の問題であり、学校側は関与しないそうだ」

 「……学校に期待するな、実力で勝ち取れということですか……風紀委員長。そちらの二人は俺と精霊の実力に疑問があるようですから、どちらの実力が上かはっきりさせるため、魔法で試合をさせてもらえませんか?」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 風紀委員長とのやり取りを終えた平は、リリーと融合した姿で講堂へ戻った所、雫が元の席を確保してくれていた。リリーは、二人に心配をかけたことを謝罪し、周りが一科生だらけの中、式典に臨んだ。

 入学式は、学校側のトップや来賓らの長いあいさつが延々と続き、リリーはすっかり飽き、小さな欠伸を漏らしていた。リリーの中の平(意識)は、先程知り合った風紀委員長の渡辺をモデル(燃料)にし、ドSな女王様のエロ変態妄想マンガのネーム作りに励んでいた。

 ようやく、七草生徒会長による在校生歓迎のあいさつの番となった。七草が舞台中央の講演台に現れると、彼女を見上げる新入生らの雰囲気がサッと変わった。流石に生徒会長に選ばれるだけのことはあって、こうした舞台に立つ七草の存在感は半端ではなく、聴衆の目を引きつけ、彼女の心地好い声は聴衆を魅了する力があった。優等生らしいあいさつを語りかける七草の姿を見つめながら、リリーの中の平(意識)は、これまで会った時に感じたことがない、人を従える七草の別の顔に感心していた。

 「……新入生の皆さんは、第一科生、二科生に関係なく、互いに敬意を払うことを忘れないで下さい……」

 あいさつの終盤、七草の言葉が途切れた。

 (リリー、合図だ!)

 リリーがマルチ瞬間移動を連続発動させると、二階建ての広々とした講堂の空間全体に大量の桜の花びらが次々に現れた。薄紅色の花びらがヒラヒラと、新入生や来賓らの頭上から舞い降り、ちょっとした桜吹雪になった。

 「え!?」「わぁ!」「何だ!」「桜の花びらよ!」「綺麗……」

 新入生や在校生、そして来賓らも、驚きや嬉しそうな表情で宙を見上げて、一時の花の舞に見入っていた。生徒会役員や学校関係者の一部で騒いでいるものがいたが……。

 (桜吹雪は成功だ。リリー、連続復原であれを追加で降らそう!)

 七草は片手を差し出し、舞い降りてくる桜の花びらを手のひらに乗せ、あいさつを再開する。

 「……桜の花達も、新入生の皆さんの入学を祝ってくれているようですね……魔法は無限の可能性を持っことを、新入生の皆さんは忘れないでください。本当に入学おめでとうございます」

 あいさつを終えた七草が、講演台で一礼をして、頭を上げると、目の前に今度は白い雪が幾つもゆっくりと降りてきていることに気がついた。二階のアーチ状の大きな窓ガラスから差し込む光に、きらきらと反射する雪の結晶の群が、講堂の天上から一階・二階の人々の頭上へ舞い降りて行く。桜吹雪に続いての不思議な光景に人々が見入っている。七草は一階にいるリリーに、にっこりと微笑んだ。

 


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