魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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06 束の間の春

 俺の名前は綿貫平。春から魔法科高校に入学──できるかどうか、合否発表をどきどきハートで待つ受験生である。

 三月中旬の第一高校の合格発表の日、ネットのサイトにも掲載されるが、中学校の卒業に必要な補習課題漬けに疲れた平は、気分転換を兼ねて第一高校まで合格発表を見に行くことにした。

 情報化が進んだこの時代にあっても、高校の合格発表は学校の敷地の一角に合格者番号の記された紙を掲示する形で行われている。ネット発表のみで良いのではという声もあるが、友人や親族らと合格の感動を共感できることから、わざわざ学校に足を運ぶ人も多く、学校での紙による合格発表は根強い支持を受けているのである。一緒に行く友人もいない──脳内寄生彼女のリリーが常に一緒なので、ぼっちではないと言い張る──平は、第一高校の校門前に集まる黒山の人だかりに少々驚いた。魔法科高校のように遠隔地からの受験生が多い学校では、ネットで確認する方が多いだろうと思っていた平には意外に感じたのである。開門時間となり、黒山の人だかりが門を潜り、奥に設置された合格者番号の掲示版前に向かう。そして、掲示版の前では、魔法科高校も一般の高校と変わらない喜怒哀楽劇が繰り広げられているようだ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 流石に黒山の人だかりの中に入って行く気になれなかった平は、脳内会話でリリーに頼み、透明な妖精姿の分身を作り出して、掲示版を空から見に行ってもらうことにした。校門の外に立ったままの平ではあるが、リリーの分身と視覚情報を共有しており、自分の目でみていると同じ感覚で、人々の頭の上を飛び超え、掲示版の合格者番号を確認する。

 「……二百八十…………八番……良かった~」

 片手を胸に添え、ホ~ッと安堵の息を吐いた平は、直ぐに携帯情報端末を取り出して、お世話になった中条と七草へ合格報告メールを入れる。更に、九重師匠への報告は直接寺へ出向いてすることにした平は、途中、お世話になった寺の皆に何かお礼の品も持参した方が良いかと考え、携帯情報端末で色々と検索をかける。今の時代は僧侶の肉食もOKであり、肉体を鍛えることが大好きな兄弟子らの好物である肉の中からお礼の品を探す。

 「……流石に和牛の有名所の肉は高いな。うちのお寺は兄弟子が約二十人もいるから量も半端じゃないし……う~~ん、感謝の気持ちを込めて今回は大奮発しよう!」

 不良息子の家から振り込まれた慰謝料のおかげで余裕のあった平は、但馬牛(たじまうし)クローン肉を十kg、"三万円"でポチっと購入した。

 約八十年前の並行世界から来た俺は、HARに頼らず、たまに料理を自ら作ることがあったが、高級イメージのあった和牛肉の安さに驚いた。その安さの理由を色々と調べてみると世界的な食糧危機が切っ掛けであることがわかった。2020年代に農作物生産の太陽光工場化が進んだ日本等の先進国においても、2030年前後の地球の急激な寒冷化に伴う世界食糧事情悪化は、大きな打撃となった。特に、家畜のえさとなる穀物のほとんどをアメリカから輸入していた日本の畜産の被害は大きく、中でも肉一kg生産するのに十kgの穀物を必要とする肉牛生産は壊滅的な被害を受け、極一部の金持ちのためにだけ細々と生産される状況に陥った。牛肉が庶民の家の食卓から姿を消したものの、牛肉を食べたいという人々の欲求は深く、効率的に"肉"のみ生産する技術が大々的に研究された結果、肉牛の細胞を大量増殖して肉の塊を形成する技術が開発され、安いクローン牛肉が国内で安定供給されるようになったのである。とは言え、極上肉質な超優良血統牛の細胞を用いたクローン牛肉は一流ブランド品であり、現代でも庶民には高値の華であるのは変わらなかった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平がのんびり寄り道しながら自宅に戻ると、荷物ボックスに注文したクローン牛肉の荷物が複数届いており、そのうちの一つを持って、平はリリーと融合して九重寺へ瞬間移動した。リリーとの融合を解いて平は、厨庫(ちゅうく。台所)で昼食の準備に取りかかろうとする当番の兄弟子の元へ先ずは向かい、入学試験に合格したことを告げ、寺の皆へのお礼として持参した牛肉の荷物を見せると、筋肉質な体型の兄弟子らが破顔して喜んでくれた。平は再びリリーと融合して、残りの牛肉の荷物もアポートで自宅から一瞬にしてテーブルの上に引き寄せると、兄弟子らは昼食のメニューを急遽バーベキューに変更し、全部の肉の解凍作業を始めた。リリーは兄弟子らに後で手伝いに来ると告げ、師匠の住んでいる平屋民家風な庫裏へ瞬間移動する。

 リリーとの融合を解いた平が、庫裏の玄関の引き戸に手をかけようとすると、縁側の方から九重の呼ぶ声が届いた。平が縁側に回ってみると、九重が縁側に座り緑茶を飲んでいた。

 「こんにちは、九重師匠! お蔭様で、第一高校、合格できました。ご指導頂き、本当にありがとうございました」と、平は感謝の言葉を口にし、腰を曲げ深々と頭を下げる。

 「それはおめでとう。綿貫くん」

 アルカイックスマイルな九重の祝い言葉に、平はやや照れていると、九重から更に言葉をかけられた。

 「……これで当初の目標の第一高校合格は果たせたけど、忍術の修行は続けるのかい?」

 「はい! 自分はまだまだ未熟ですから、リリーともどもよろしくお願いします」

 「うん、頑張りたまえ」

 「ありがとうございます。ご指導いただいた感謝の気持ちの品を先程昼食を準備してる兄弟子らにお渡した所、昼食は急遽、バーベキューに変更とのことです」

 「それは、かたじけない……綿貫くん、入学祝いに何か欲しいものはあるかい?」

 「欲しいものですか? ……そうだ、九重師匠。トーラス・シルバーという方のシルバー・ホーンという、入手が困難なCADを得る伝がありませんか?」

 「…………またどうしてそんなものが必要なんだい?」

 九重の返事に微妙な間が空いたことに気がつかない平は、理由を説明し始める。

 「実は、今回の入学試験の筆記教科の勉強を教えて頂いた方──第一高校の中条先輩というデバイスにとても詳しい女性の方が、件(くだん)のCADを絶賛しており、欲しそうな感触でしたので、何とかそれを入手して、お礼に贈りたいと考えた次第なんです」

 「警察関係で良く使われている、フォア・リーブス・テクノロジー社のCADだったよね……」

 「はい。彼女の話では、人気があるCADなんで、市販品は数カ月予約待ちな状況で、ネットオークションに出品されても直ぐに落札されてしまうので、普通の方法では入手することができないそうなんです」

 「……明日にでも、心当たりに話をしてみよう」

 「はい! よろしくお願いします!」 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 翌日、九重寺での朝稽古が終わる頃、何時ものように平が朝食の準備ができたことを告げに境内へ向かうと、九重師匠と司波兄妹が既に朝食を始めていた。平が兄弟子らに朝食の準備ができたことを告げて回った後、九重と司波兄妹の元へ向かう。平が司波兄妹にあいさつをし、互いの第一高校の合格を報告し喜び合った。

 妖精姿のリリーが、深雪からいちごをもらって、喜んでいると、

 「……達也くん。シルバー・ホーンを入手する伝を知らないかい?」

 お茶を飲んでいた深雪が軽くむせぶのに対して、達也は全く表情を変えず、声の主の九重の方を向いて訊いてきた。

 「……師匠。急にどうしたのですか?」

 「ああ、綿貫くんから入学試験でお世話になった方へ、お礼に贈りたいそうなんだが、中々入手できないので伝を探しているんだよ」

 達也が頭をくるって回して、平の方を見る。それに気がついた平は、

 「魔法知識が足りない俺に、親切に勉強を教えてもらい、大変お世話になった第一高校の中条先輩が、トーラス・シルバーの大ファンなんで『!!』」

 深雪が箸で掴んでいた出し巻き卵が、ポロっと落ち、それを妖精姿のリリーが両手で受け止めていた。

 (深雪さんって、完全無欠な人かと思っていたけど、意外にどじっ子なのかも)と、内心思った平であったが、女性に恥をかかせないように見て見ぬ振りを決める。

 「ということで、彼女にシルバー・ホーンを贈りたいんだけど、市販品は数カ月先まで予約待ち、プレミア付きで取引されるくらいに大人気でネットのオークションでも直ぐに落札されてしまい、俺では入手する方法がないので九重師匠に相談させてもらったんです」

 「…………」

 黙り込んだ達也を深雪がじっと見守っていると、達也が口を開いた。

 「飛行魔法の件で世話になったから、知り合いに掛け合ってみよう」

 「ありがたい。高額になってもいいから、よろしくお願いします……ところで、飛行魔法の件って何かしたっけ?」

 「リリーの飛行魔法の原理説明が参考になって、研究にブレイクスルーが起きたそうだ」

 「へ~っ、それは良かったね。自由に空を飛びたいってのは人類の夢だから、早く実現するといいですね……いつか、魔法師以外の人も自由に空を飛べる日が来てほしいなぁ……」

 平は空を見上げ、そんな未来を夢想する。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 シルバー・ホーンの入手を達也の伝に頼んで数日後、達也がシルバー・ホーンの入った黒いアタシュケースを九重寺の朝稽古に持参してきた。

 「おお──っ!! ありがとう、達也。感謝感激雨あられです」と、平は大いに達也に感謝して、直ぐにマネーカードを取り出してお金を支払うと達也に言うと、

 「モニター用の非売品だからお金はかまわないそうだ。ただし、誰から入手したかということは秘密厳守にして欲しい」

 「うん、それは絶対に守るよ。他の人の耳に入手先情報が漏れたら、面倒な話が次々に舞い込むのは確実だし、これを渡す中条先輩にも秘密にして、達也や伝の人にも迷惑をかけないようにするよ」

 「綿貫くん、よかったね」

 「はい、ありがとうございました九重師匠」

 平は渡されたアタシュケースを開いて、中に収められている拳銃形態をした特化型CADを見る。磨き上げられた銀色のシルバー・ホーンに、平は素手で持ったら汚れてしまうのではないとか思い、見るだけにした。

 九重寺での朝の用事が済んだ平は、中条に会って入学試験で勉強を教えてもらったお礼と学校のことで話を聞きたいと携帯情報端末でメールした所、本日は学校があるので夕方、喫茶店アイネブリーゼで待ち合わせすることになった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平は待ち合わせ時間よりも大分余裕を持って喫茶店に到着し、中条がくるまでの時間を使って、第一高校入学に関しての手続きをタブレット端末で処理する。その間、妖精姿のリリーは自らリクエストしたスイーツの山に、身体と同じらくいの長さのスプーンを両手で持って、コミカルに挑んでいた。

 手続きが一段落した平が、コーヒーのお代わりを注文し、外の景色をぼ~うっと眺めていると、あるアイデアが浮かんだ。

 (リリー、分身の数ってもっと増やせないか?)

 平が脳内会話で話しかけると、脳内寄生彼女のリリー本体が返事をしてきた。

 (数を増やすこと可能じゃが、それがどうしたのじゃ?)

 (リリーがサイオンとプシオンの量と種類を効率的に沢山吸収するのに、リリーの分身の数を増やしてみてはどうかと思ったんだよ。例えば、外観は妖精の分身になって、魔法師の使い魔のような契約関係になってもらい、パートナーの魔法師から吸収させてもらう対価として便宜を供与するんだ)

 (エロ変態妄想ばかりしていると思うておったが、妾の願いを忘れておらんかったのか。感心じゃぞ)

 (リリー、家主に対して、その評価はあんまりじゃない)

 (七草がモデルの女子を、じっくりねっとりと恥ずかしい目にあわせるマンガとやらを何枚も描いていたのは、どこの誰じゃったかのう)

 (……コホン! 分身が使い魔のような契約関係になるには、相手の魔法師に提供する便宜としてメリット──外見の愛らしさだけでは足りなく、実利となるもの──を提示する必要がある)

 (ふむ、当然じゃな。しかし、相手のメリットとなる関心事は千差万別じゃろ。妾の分身に多くを求めるのは難しいぞえ。いかなる実利を示すのじゃ?)

 (そこは相手が魔法師というのが鍵になるよ。受験の時、実技試験で色々な受験生の魔法をリリーが森羅の瞳で観測して、仮想魔法モデル化しその構築式を分析してみて、受験生の魔法式構築過程には無駄が多いことが分かったじゃないか。魔法力に悩む魔法師に対して、魔法式構築の無駄を減らし魔法演算領域のアルゴリズム高速化で魔法力向上するとなったら、彼らは喜んで分身と契約してくれるさ。本人が吸収に同意するのだから、こそこそせず大手を振って吸収することができるし)

 (考えは良いのじゃが、妾は既にお主と契約している身じゃから、妾の延長である分身が他の者と契約をすることはできぬぞえ)

 (そこは契約する振りだけで、実際は分身のパートナーとなる相手を確定する認証式のつもりでいいと思うんだ)

 (それならばかまわぬ)

 (今思いつく問題は、リリー本体と分身の距離がかなり離れた状態になったら、分身が吸収したものがリリー本体に届くか、分身を遠隔制御できるか、その数の限界、分身の存続時間なんだけど、その辺どうなの?)

 (妾と分身はイデア(情報体次元)経由のラインで繋がっておる故に、距離に関係なく、分身の吸収した物は妾に流れ込んでくるし、分身の制御も問題はないのじゃ。それと、今一度に制御できる分身は十体前後が限界じゃろう。吸収して妾が成長すれば、その数はもっと増えるがの……分身の存続時間は、サイオンの補充がなければ十分少々じゃ)

 (十体前後とは予想以上に少ないですね……リリーの敵を探すにも目と耳が多い方が良いし、将来的にはリリーの分身を世界中に増やしたいから一万体以上は欲しい所です……)

 (それ程の数の制御となると、始めから分身に自律制御させた方がよかろう。目の前の妖精姿の分身も、簡単なレベルではあるが自律稼働しておるぞえ)

 (となると問題は、分身の存続時間が十分少々しかない点ですね。こちらからイデア経由で分身にサイオンを補充するのは限りあるし……分身のパートナーの魔法師からサイオンを補充できないか?)

 (サイオンは一人一人固有のものである以上、分身を形成しているサイオンと同一なものでないと補充にならぬわい。時間をかけてなら分身は吸収したサイオンを変換することは可能じゃが、存続時間の十分で補充できる量はわずかじゃ)

 (それでは、たいして存続時間の延長にならないですね……う~ん、サイオンの補充という壁にぶち当たってしまいましたか……)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平はぶつぶつと呟きながら考え込む。ふと、新しいコーヒーを頼もうと席を立とうとした平が、横の椅子の上においていた黒いアタシュケースが目に入る。

 (あ!! そう言えば、CADって感応石を介して、サイオン信号と電気信号を相互変換していよなぁ。だったら、バッテリー電源を用意し常に同一のサイオン波を供給する仕組みができるかもしれない……)

 (ほう~、感応石とやらを使えば、妾の分身を補充できるのかえ?)

 (可能性はあるというだけで、調べてみないと出来るかどうかわからないよ。研究することは一杯あるから、数年はかかると思うよ)

 (美味しそうなご馳走(魔法科高校生)を前にして、何年も妾に我慢せよというのは酷いのじゃ。もっと早くなる方法を考えよ!)

 (そうは言われても、他人と同一のサイオン波を出力する仕組みなんて、いかにも犯罪に使われそうな危ない研究になるから直ぐには無理だよ)

 (並行世界から来たお主の転生チートで、なんとかするのじゃ)

 (転生チートって、大分俺の趣味に馴染んでるねリリー。俺にはチートらしきものが何にもないんだけど……う~ん…………発想を逆転してみるか……十分したら分身の情報を媒体に保存して、変換されたサイオンが溜まるのを待つというのはどうだろうか…………サイオン情報体である魔法式を保存する物質すらまだ発見されていないんだから、サイオンの一時貯蔵は無理だろうなぁ。これがフンタジー小説なら魔力を保存する石とかが出てく(それじゃ!!))

 (妾が宿っていた隕石ならば、周囲からサイオンやプシオンを吸収する性質を帯びるようになっておるはずじゃから、サイオンを一時貯蔵できるかもしれぬぞ)

 (本当かい? まあ、駄目もとで試してみてもいいか。じゃあ、自宅にあるあの隕石の片方をアポートでここに引き寄せてみるか)

 平はリリーと融合して、自宅にある半分に切断された隕石の片割れを喫茶店のテーブルの上に引き寄せる。融合を解いた平は、リリーの指示に従って、しばらくの間、隕石に手をかざしサイオンを注いでみた。

 (…………成功じゃ! お主のサイオンが隕石にしっかり溜まったぞえ)

 (じゃあ、今度は妖精姿の分身が隕石からサイオンを吸い出しできるか試してみてよ、リリー)

 片頬に生クリームを付けた妖精姿のリリーが、隕石の切断面に飛び乗った。

 (……うむ、隕石に溜まったサイオンの間欠吸い出しも、うまくいっておるわい)

 (次は、分身のサイオン情報体が保存できるか、やってみてよ、リリー)

 十分後、サイオンの補充を切られ、姿が薄れた妖精姿の分身が、頭から隕石の中へ沈み込んで行って消え、直ぐに元通りの姿となった分身が隕石の中から現れた。

 ((成功(じゃ!)ですね!))

 (これで後は、隕石の中へ他人のサイオンを貯めて、それを俺と同じサイオンへ変換できるか試せば実験は終わりですね。ところで、分身による他人のサイオンの変換はどうやるの、リリー?)

 (分身が顕在(けんざい)化した状態ではサイオンの消耗は進むが、隕石の中で分身が待機状態ならサイオンはほとんど消耗しない。よって、分身が隕石内で待機状態の時に、溜め込んだ他人のサイオンを変換し貯蔵すれば良いのじゃ)

 (なる程。もうしばらくしたら中条先輩がここに来ますから、贈り物で気持ち良くした後でお願いしてみましょう……技術的問題をほぼクリアーする目処が立ちそうですね。となると、大人の拳程の大きさの隕石がこれ一つしかないのが地味に痛い。薄く小さく切断すればある程度は数が取れるだろうけど限りはあるし……)

 (お主よ、妾の復原の力を忘れたかえ?)

 (その手がありました! 復原を繰り返せば、サイオンを保存できる隕石がほぼ無尽蔵に手に入れれますね。リリー、流石です!)

 再び平はリリーと融合して、復原の力を使って、半分に切断された隕石のエイドス変更履歴を読み取り、大人の拳程の大きさだった時のエイドスを現在のエイドスに上書きした。その結果、半分しかなかった隕石は、元の大人の拳程の大きさのものになった。更にリリーは、達也から入手したシルバー・ホーンとアタシュケースを別々に復原することにより、各々もう一つ得ることに成功した。二つも同じものを椅子に置くのも邪魔になるので、リリーはシルバー・ホーンが納められたアタシュケースの一つを自宅へ瞬間移動させた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 待ち合わせ時間通りに中条が、喫茶店アイネブリーゼにやってきた。店内をキョロキョロと見渡す中条に、平は席から立ち上がって彼女に知らせる。トコトコと近づいてくる中条の小動物のようなかわいらしさに平はほっこりする。平の直ぐ傍らで立ち止まった中条が、いぶかしげに平の頭の天辺にじっと視線を固定する。身長が伸びていないかと中条から聞かれた平は、ニコと笑い、成長期に入ったらしく百五十cmに背が伸びたと告げると、中条が何故か頬を膨らませる。その表情が、餌を食べ頬が膨らんだハムスターのようで、思わず笑いそうになった平であったが、ぐっと堪え、彼女のご機嫌をとるため、奢るので好きなスイーツを選んでくださいと言って水を向けた。

 テーブルの上の妖精姿のリリーを挟んで、平と中条は対面に座り、平は映像電話で既に中条にお礼を述べていたが、改めて合格できたことを感謝する。中条は平の努力を誉めつつも、入学してから授業についていけなくなるので、勉強しなかった他の教科の方も入学までの間にしっかり勉強しなさいと、先輩らしい威厳(?)のある態度で平に言って聞かせた。入学式までのモラトリアムな日々を過ごそうと思っていた平は、何か肩に重いものがのしかかった気分になった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 その後、店員が運んできたパフェを中条が食べながら、平の求めに応じて彼女は選択授業のとり方や課外活動など、学校生活のアドバイスを色々と平は教える。平が時折、中条"先輩"と言って質問をすると、彼女はご機嫌な表情となり、懇切丁寧に答えてくれた。彼女は上級生になるのが、嬉しいのだろうかと平は思いつつも、女性の機嫌を損ねるような言葉を口にする真似はしなかった。

 頃合いを見計らって、平が黒いアタシュケースを椅子からテーブルの上に置くと、中条は何かしらという表情をする。中が良く見えるように中条の方に向けて、平がアタシュケースを開く。中に収められていた拳銃型のCADに、大きな中条の目が一際大きくなった。

 「……こ、これはシルバー・ホーンですか?!」

 「正解です、流石はデバイスに詳しい中条先輩」

 「本物だなんて、すごい! 平くん、手に取っていいですか?」

 「ええ、どうぞ」

 ごくりと喉を鳴らした中条は、シルバー・ホーンをゆっくりと手に取り、大好きなおもちゃを与えられた子供のように目を輝かせ、シルバー・ホーンを色々な角度からチェックをし始める。

 「……通常の市販モデルよりも銃身が長い……これは限定モデルですね! 平くん、どこでこれを手に入れたんですか?」

 「実は、たまたま一つだけ手に入れることができたんです。物凄い幸運が重なってなんで、そのルートではもう二度と手に入らないそうです」

 「平くん…………」

 シルバー・ホーンを手に持った中条の切なそうな声、しかし彼女の目は欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいと狂おしげに平へ訴えてきた。中条のデバイス好きに、思わず平はクスリと笑ってから声をかけた。

 「このシルバー・ホーンは、受験勉強を教えて頂いた中条先輩へのお礼として贈ります。どうぞ」

 「本当ですか!? 嬉しいです──っ!!」

 中条は歓声をあげて、両手でシルバー・ホーンを持って立ち上がる。平は前もってリリーに、内緒話をするときに使う仮想障壁魔法モデルで音を遮断しておいてもらったので、中条の歓声が喫茶店内の他の人達に迷惑をかけることはなかった。

 「モニター用なんでにシリアルナンバーは刻まれていませんが、性能的には製品版と変わりはないそうですよ。市販モデルと限定モデルの差は俺には良くわかりませんが……」 

 ハイテンションな中条は、受験勉強中に平との映像電話でCADのことを語った時よりも熱く、市販モデルと限定モデルの違いについて嬉々として語りだした。デバイスオタクに燃料を与えてしまった平は、己の迂闊さに嘆きつつも、彼女の語らいをストップすることもできずに延々と蘊蓄を聞かされる羽目になった。語り終えた中条は、手に持ったシルバー・ホーンの銃身に、赤く染まった頬をスリスリし始める。それを見た平は、中条の女子力に残念な評価を心の中で書き加えた。

 今の中条なら何でも言うことを聞いてくれそうだったので、平は中条に隕石に手をかざしてサイオンを注いでくれないかというお願いすると、中条は小首を傾げながらも協力してくれた。試みの結果、中条のサイオンも隕石に貯蔵でき、隕石の中にいた妖精姿の分身(その2)によるサイオン変換と貯蔵の成功も密かに確認できた。

 平は、黒いアタシュケースを抱いた中条が喜び勇んで帰って行く後ろ姿を眺めつつ、彼女はきっと今晩は眠れないだろうなと思い、平は相好を崩す(顔をほころばせる)。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 四月一日と書いて、わたぬきとも呼ぶことから、死んだ母親が四月一日は我が家の日と称して、夕食は母親が手作りでご馳走作りに奮闘したものである。HARが普及し、自ら台所に立って料理を作ることが稀な母親の腕前では料理の出来はお世辞にも良いと言えなかったが、精神的に死んだ平少年には家族の笑顔が食卓に溢れ、幸せな記憶のカケラとして残っていた。カレンダーの日付をみて、そんな記憶をふいに思い出した俺は、思い立って夕食を手作りすることにした。この時代、日用品の買い物はオンライン注文・戸別配送をしてくれるので、買い物に行く必要もなく、非常に便利なのである。平は結構上手くできた焼き豚チャーハンを妖精姿のリリーと一緒に食べ、デザートのミニケーキに喜ぶリリーを眺め、誰かがいる食事の時間に幸せを感じていると、HARが荷物が届いたこと知らせるチャイムを鳴らした。

 荷物の送り主は七草会長からであった。届いた荷物の中身は……何故か第一高校の女子用制服であった。「これはもしや……七草会長の制服だ!」という神の声(俺の妄想)に従って、俺は届いた女子用制服を包むビニールを破り、制服の隅々までクンカクンカを繰り返すも、残念ながら俺の嗅覚センサーは七草会長の香りをとらえることができなかった。誠に残念至極である。とは言え、制服フェチな方々向けに七草会長の制服全身姿の写真をセットにつけてやれば、オークションで高値確実だろう。ここはやはり七草会長に一度着てもらって香りをつけてもらうべきかと俺は心のメモ帳に書き込む。オークションの件はとりあえず先送りして、女子用制服をハンガーに吊るし、七草会長が男の俺にこれを送ってきた理由を考えてみた。

 その一、七草会長は俺に女装して入学式に出ろということか? 俺は頭の中で女子用制服を着た自分の姿をイメージしてみた……似合わない。その二、夏コミでの受け狙いな女装コスプレに使えということなのか? その三、ラブドールにでも着せて、コミニュケーション障害な俺が女子生徒と話す練習をしろということなのか? その四、貴重な魔法科高校の制服を参考にして俺に同人誌向けエロマンガを描けということなのか? その五、エイプリルフールのどっきり用に女子用制服を届けたのか……。

 人生最大の難問に悩む俺に、脳内寄生彼女のリリーが制服を着たいと上申してきたので、俺はリリーと融合して第一高校の女子用制服を着てみた。俺が制服に当てた時は袖の長さが余っていたのに、手足の長いリリーが着るとジャストフィット。映像電話のライブビデオ機能を使って、大きなディスプレイに映る制服姿のリリーの新鮮さに萌えた俺(意識)は、「コスプレは文化の極みだ」と感心していると映像電話のコールが鳴る。融合を解いて男に戻るわけにもいかず、リリーにそのままの姿で映像電話に出てもらった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「こんにちは、へ……リリーちゃん、その制服姿……私が想像していた以上に、とってもお似合いですよ。貴方のために学校の制服を贈ったことを連絡しようと思ったら、もう着てくれていたのね、嬉しいわ」

 「……真由美にそう評価してもらえると妾は嬉しい限りじゃ。このような着物を妾のためにかたじけない」

 色白な頬をほんのり染めたリリーは、嬉しそうな声で七草に返事をする。

 その後リリーは、七草から制服姿のチェックと称して、映像電話の前で色々なポーズを取らされ、更に制服姿でいる時の注意点などを色々とアドバイスを受ける。

 少なくない時間が経過した後、七草から平に代わってくれと言われたリリーは、(真由美でエロ変態妄想マンガを描いた罰じゃ)と一方的な脳内会話を残し、その場で融合を解いてしまった。後に残ったのは女子用制服姿の平であった。

 「…………そういう趣味の人も世の中にはいるそうですが、男の子の平くんが女子用制服を着るのは、公式の場では駄目ですよ。クスクスクス……」

 笑顔の七草が、からかうような口調で平を注意すると、女装放置された平は大いに顔面を引きつらせ、映像電話を切ろうとすると、

 「大切なお話がありますから、そのまま聞いてください。学校側から魔法実技の措置として、リリーちゃも我が校の生徒に認めるそうです。謂わば平くんとリリーちゃんは二人で一人ということです……ですから、リリーちゃんも我が校の生徒として、校内や公の場では制服を着用させてくださいね」

 「……それと、平くんの女装趣味を秘密にしてあげますから、お姉さんのお願いを聞いて欲しいの……」

 小悪魔な笑顔をした七草のお願いに、女装趣味があると言われるのが嫌だった平は頷くしかなかった。

 


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