魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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05 受験

 一月下旬に、平は文科系高校から魔法科高校への志望校変更を学校にメールで申請。学校側から平に何か言ってくるかと思ったが、何のリアクションもなく志望校変更の手続きが進められたようだ。

 そして、二月の最終週に第一高校の入学試験が行われる日が来た。

 試験開始時間よりも一時間早めに第一高校に到着した平であったが、校門前には既に受験生の行列が出来上がっていた。行列発生の原因は、受験生一人一人への厳重な検査であった。生体認証による本人確認に加え、危険物の有無を調べる手荷物とボディチェックを経験した平は、魔法科高校がテロの対象となり得る特別な所であることを痛感させられた。

 検査を通過した平は、右手の校門に立てかけられた「第一高校入学試験会場」という青っぽい半透明な仮想スクリーンをチラっと眺め、一般人が立ち入ることができない第一高校の敷地内に初めて足を踏み入れた。平が校内に入ると、正面奥には背の高い塔の建物と、その左右には、上部がアーチ状の窓が幾つも並ぶ、四階建ての校舎が目に入る。この国のトップクラスの名門校というだけはある雰囲気を備えた校舎に、平の胸に期待が膨らむ。足どりが軽くなった平は、校舎の入り口に向かう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 受験票で指定された筆記試験会場の教室──定員二十五人のコンパクトな教室──の入り口をくぐった平は、ザッと室内を見渡す。色々な学校の制服を着た受験生が、端末の前に座っていた。数少ない知り合いである司波兄妹の姿はなく、また、深雪並に視線を集める美人な女子受験生もいない。

 リリーが、沢山いる魔法師の雛である受験生を前にして、ご馳走の吸収をさせろと脳内で喚くも、教室にあるサイオン波用のセンサー付きカメラや感の鋭い受験生もいる可能性があると言って、リリーの分身が妖精姿で平の体外に出ることを認めなかった。

 端末席に座っていた平は、背後の気配に振り返り、着席しようとする女子受験生に、つい観察目線を向ける。中条先輩に似た、小動物のようなかわいい感じで残念チッパイな女子受験生は、気が強い性格なのか、視線を向ける平を睨んできた。後ろを振り返ることをやめた平は、一端席を外して、トイレに立つ。トイレの後、しばらくして廊下で行き交う受験生を眺めていた平が教室に戻ると、教室のほとんどの席が埋まっていた。皆、受験生らしく緊張した面持ちで席についており、一部、おしゃべりしている女子受験生もいる。試験開始前まで試験教科のテキストを記憶しようとするような、元の俺がいた時代の受験風景はここにはなかった。受験生の私物である携帯端末やCAD等の電子機器は、筆記試験を行う教室内に持ち込みは禁止されており、持ち込める私物はハンカチ等のエチケットグッズや古典的な紙のメモ用紙とペンぐらいである。最後の足掻きをする教材がない以上、受験生に出来ることは、目を閉じて筆記試験教科の記憶をおさらいするか、緊張をほぐすことをするしかない。と言うことで、俺は同人誌ネタに、後ろの席に座る中条先輩に似た女子受験生をヒロインに、魔法科高校を舞台にしたエロ変態妄想マンガを考えたりして時間を潰す。

 第一高校の入学試験は、筆記試験として魔法教科と一般教科を併せた七教科を一日目で五教科、二日目の午前前半で残り二教科が行われる。魔法の実技試験は、二日目の午前後半から当日の午後までかけて行われる。四百人近い受験生の実技試験を一日弱で本当に終わらせられるのか少々疑問に思う平であるが、第一高校の指導教官全員を残らず監督官として駆り出し、魔法力の判定は機械任せなので、なんとかなるらしい。

 教室には、魔法を使った不正防止用にサイオン波用のセンサー付きカメラが天井各所に設置されており、監督官が教室に姿を現すことなくなく、一日目の最初の筆記試験開始の合図が受験生の各端末に流れる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 口から魂が抜け、真っ白に燃え尽きた平がいた。昨日から今日にかけて行われた筆記試験に対する平の戦いの結果を物語るものであった。必死に勉強した魔法工学は七割程、魔法理論は六割程しか正解出来た感触が得られず、残りの語学、科学、社会学等は半分正解できたか──選択肢問題を山勘で埋めたものの──全く自信が持てない、散々な出来であった。試験仲、正解が分からないのが多すぎて、脳内会話でリリーの森羅の瞳に縋ろうとしたものの、彼女からは提示した条件を飲まないと断ったのだから自分の実力で最後までやり抜けと真っ当な返しをされてしまう。自分の発言に責任を取る形になった平は、頭から煙がでる程に悩みながら必死に回答欄を埋めようとした。その結果は、先頭の姿へ繋がる。やはり、二カ月の勉強では無理があったようだ。

 (……今日の夕方に、勉強を教えてくれた中条先輩に映像電話で試験の出来を報告する約束ですが、ハムスターのようなつぶらな中条先輩の目を見る勇気がないなぁ…………こうなったら実技試験で挽回するしかない。隠し札なしの全力全開で実技トップを目指すぞ──ッ!)

 フェニックスのように、真っ白い灰状態から己を奮い立たせた平の両目には、炎がメラメラと萌え、もとい燃えていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 筆記試験が終了した後、端末の指示に従い、平の教室にいた受験生と隣の教室の受験生が一つのグループを作り、実技試験会場の一つへ移動することになった。受験生四百人弱は八グループに分かれて、系統魔法毎に評価を行う実技試験会場へそれぞれ移動し、受験生毎に実技が終わり次第、指示された次の会場へ移動する流れらしい。

 教室にいた平は端末席が後ろにあったことから、通路を後ろへ歩こうとすると、後ろに座っていた小柄な女子受験生が前を歩いていた。彼女の頭の天辺が、自分よりも高いことに平は気がつく。何となく気になった平は、前後にぞろぞろと廊下を歩くおよそ五十人の身長を目視で比較してみると、自分が一番チビのようだと知る。第二次成長が遅れており、女子よりも背が低いのは男として残念であったが、エロ変態妄想好きな平にはうれしいご褒美であった。なぜなら、背丈が高い女子受験生達のムフフフな鎖骨ラインや男の夢が詰まった双丘が、俺の視線角度的にばっちり納まり、エロ視線を向けていることに気づかれ難かったからである。精神年齢に関係なく、実にエロガキな平であった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平は移動するグループの中に、背の高い達也の後ろ姿と彼の隣をしずしずと歩む深雪を発見し、知り合いに会えた安心感から平は少しホッとする。

 平や司波兄妹らのグループは、長さ二十m程の二本線のレーンが五つある、比較的室内の広い施設にやって来た。実技試験会場の監督官の指示で、グループのおよそ五十人は、受験番号によって五つに分かれ、二本線のレーンのたもとにあるサイドワゴン大の筐体の後方にバラけて順番を待つ。受験番号二百八十番台の平から見て、一つレーンをはさんだ二百六十番台の順番を待っ受験生の中に司波兄妹がいた。並外れた美人な深雪は、周囲の男子受験生からのチラチラ目線だけでなく、女子受験生からもうっとり視線が向けられ、注目の的になっていたが、本人は達也に体を向けて何やら話をしている。並外れた美人な深雪の横に並び、嫉妬の視線の集中砲火を歯牙にもかけない詰め襟学生服の達也が、平に気がついて目礼(もくれい)してくれたので、こちらも目礼を返す。

 この実技試験会場では、対象物の加速度ベクトルに干渉する加速系魔法の魔法力を評価するため、一辺三十cm程の小さな台車をレールの端から端へ三往復させるという簡単な説明が、タブレット端末を片手に持った中央のレーンにいる男性の監督官から行われた。

 加速系魔法は試験前に仮想魔法モデル化する機会がなかったため、リリリーの森羅の瞳で実技試験中に他の受験生の魔法行使を観察・解析して、仮想魔法モデル化してもらうように、平は脳内会話でリリーに依頼する。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平のいる二百八十番台の受験生が集まるレーンの男性の監督官がタブレット端末の画面を確認し、受験番号と氏名を呼ぶ。該当の受験生は、サイドワゴン大の筐体の前に立ち、壁面モニターに表示された操作手順に従い据置型CADのパネルの円に片手を触れ、サイオンを流し込む。起動式が展開し、次いで魔法式が発動する。魔法の発動対象である小さな台車が、余剰サイオンによる光子干渉で発光現象を引き起こした後、ゆっくりとした勢いで加速を始める。魔法式発動までの計測計の記録時間が、受験生の魔法の処理能力(サイオン情報体=魔法式を構築する速度)を示す値であり、魔法実技の成績を決める上で最大の評価ポイントになるものであった。

 台車を操作している男子受験生は必死な顔で、パネルに触れていない反対の腕を前に伸ばし、のろまな台車に向けて掌から勢いを送らんばかりの様子であった。据置型CADには、加速・減速を六セット実行する起動式が登録されており、魔法式に必要な変数である加速度の大きさは受験生自身が与えるので、台車の勢いは受験生の力量を明示するものであった。

 何人かの受験生が挑戦した後、深雪が監督官に呼ばれて前に進み出た。平はリリーの求めに応じて、妖精姿の彼女を体外へ出すことを認める。筆記試験会場とは違い、この実技試験会場ならサイオンの存在は当たり前で、サイオンの塊の妖精姿リリーが問題視されることはないし、どうせ平の実技の番では妖精姿のリリーを見せることになるのだからと。

 妖精姿のリリーが宙に出現し、宙へ飛び上がる様子が見えたのか、平の後ろで受験生の「何?!」、「妖精?!」などと声が上がったが、平は無視したまま固唾を飲んで深雪の一挙一動に注目する。深雪がパネルの円に手を翳すと、小さな台車が薄く光を放ち、すーっと勢いを上げ動き出したことに、周りの多くの受験生が驚きと呻き声を上げる。努力でなんとか差が埋まる筆記試験と違って、実技試験は魔法力の才能の前には努力はたいした意味を持たない。圧倒的な才能を持つ者の力を目にして、多くの受験生らは自信を打ち砕かれたのである。元々魔法の才能がない平には気にするようなことではなく、ただ深雪が出したあの加速レベルは評価ポイントが高いことを理解し、リリーと繋がった意識で自分達の時の作戦を話し合う。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 深雪の次に、サイドワゴン大の筐体の前に立ったのは達也であった。筐体の高さを調整し直した彼は、据置型CADのパネルの円に左手を触れ、サイオンを流し込む。小さな台車が、発光することもなく、ゆっくりゆっくりとした勢いで加速を始める。深雪と比べるとずいぶん遅い台車の勢いであり、周りの受験生の間から残念発言や失笑が漏れる中、「綺麗……」という言葉が平の耳朶に届く。

 綺麗発言の主は、平の直ぐ近くにいた。茶色の制服を着た、おさげ髪のかわいらしい女子受験生であり、彼女は達也の姿をうっとりとした目で見つめていた。達也の魔法の何が綺麗なのか気になった平は、おさげ髪の女子受験生に近づいて、先程の言葉の意味を尋ねる。

 「……すいません。二百六十八番の受験生の魔法を見て、綺麗と発言されたと思いますが、どういう意味なのか教えて頂けませんか。俺は魔法のことを良く知らないんで」

 話しかけながら平の視線は、おさげ髪の女子受験生の胸に引き寄せられる。厚い冬服の上から分かりにくいが、双丘のボリュームは大いに期待を感じさせるものであったためだ。

 「…………」

 おさげ髪の女子受験生は、胸を隠して、近くにいた彼女より顔半分背が低くい女子受験生の後ろに回り込んでしまった。その娘も顔はかわいいのだが、無表情っぽい顔が少々残念だと平が思っていると、「セクハラ、ナンパ、お断り」とボソッとした言葉が飛んできた。二人に警戒されてしまったと理解した平は、彼女達の警戒を解くため、女の子受けする妖精姿のリリーを呼び戻すことにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 翅から光の粉をまき散らした妖精姿のリリーが、平と二人の女子受験生の間に現れ、二人の女子受験生の頭の当たりを優雅に数回飛行し、おさげ髪の女子受験生の前の宙で停止して話しかける。

 「こんにちは、お嬢さん。私の名前はリリー・エル・トリアム、リリーと呼んでね。よろしく」

 「サイオンの光の妖精さんが、しゃべった──ッ!! すごい! すごい! すごい!」

 「ドウドウ……ほのか、落ち着く」

 「フフフ……二人のかわいいお嬢さん、お二人の名前を教えてくれませんか?」

 愛らしい笑顔をした妖精姿のリリーが、交互に二人の女子受験生を上目づかいに見え上げる。

 「あっ! ごめんなさい。光井ほのかです。妖精さん、こんには」

 おさげ髪の女子受験生が、頬を少し赤らめ、握った両拳を、もじもじとすり合わせつつ、名前を名乗る。

 「……北山雫。よろしく」

 無表情な女子受験生も、短い言葉で自己紹介する。

 「ほのかさん、雫さん、よろしく。さっきほのかさんに話しかけた、エロ変態妄想ダメ人間が、残念ながら私の契約者なの。失礼な態度で、迷惑をかけてごめんなさいね。あんたもさっさと謝りなさい!」

 妖精姿のリリーに叱られ平が、深々と頭を下げて光井に謝り、光井と北山の二人へ自己紹介する。

 「……ところで、光井さん、よろしければ先程の司波くんの魔法が綺麗だと言った言葉の意味を教えてくれませんか?」

 「司波さんというのですか、あの人は?」

 (しまった! 達也の個人情報を漏らしてしまった)

 この時代、個人情報の漏洩は厳しく批判を受ける行為であり、平は己が大きなミスを犯してしまったという思い込みで慌ててしまう。監督官が達也の名前を既に読み上げていることも失念してしまう程に。

 「彼とは知り合いなのですが、うっかり個人情報を漏らしてしまいました。お二人とも、彼の苗字のことは口外しないで下さい。どうか、お願いします」

 (綺麗な魔法を使ったあの人は、司波さんって言うんだ……)

 はにかむような表情の光井に、平はお願いが聞き届けてもらえるのか不安になった。監督官が受験生の名前を読み上げているが、深雪のような印象が強い者以外、普通は他の受験生の氏名をワザワザ記憶する受験生はいない。光井も達也の名前を記憶に止めておらず、慌てる平の様子を見て、これ幸いと行動に打って出る。

 「綿貫さん、あの人の下の名前も教えてくれないと、お願いを守りませんよ!」

 「……そ、そんな殺生な……」

 眉をハの字に寄せ、情けない顔の平に、無表情な北山がボソっと、「毒食らわば皿まで」と告げる。

 「……達也です……これ以上はご勘弁ください、光井のお代官様」

 プライドなしで土下座する平に、光井と北山は腰を引く。

 「ほのか……後は入学してから本人に聞く」

 残念そうな表情で、うなずく光井。

 「……あの……その……光井のお代官様。二百六十八番の彼の魔法が綺麗発言の意味を教えて頂けると嬉しいのですが……」

 「ああ、そのことですか。あの人の魔法行使には、余剰サイオンによる発光現象が全くありません。他の方の魔法を見てもらうと分かりますが、多かれ少なかれ発光ノイズという副作用が発生するのが普通なんです。つまり、光波ノイズを全く出さないあの人の魔法は、魔法力を全て事象改変に使い切った訳で、一切の無駄がなく、計算され尽くした精緻な魔法なのです。それを美しいと思ったので、綺麗という言葉が口から出たのです」

 「……そういうことでしたか。彼は魔法制御の腕は一流ということですね(達也は接近戦の実力だけじゃないということか)……」

 うなづく平の背中で、小柄な女子受験生が、平たちの話を真剣な表情で盗み聞きしていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「次、二百八十八番綿貫平」と、タブレット端末を覗き込んだ男性の監督官が平を呼び出す。

 平は頭の上に妖精姿のリリーを乗せて、サイドワゴン大の筐体の前に立っ。

 「リリー、融合だ!」

 妖精姿のリリーが光を放って弾けると、平はリリーと融合して、戦姫衣装姿のリリーに変身する。流石に、武器である巨大なバルディッシュ(三日月斧)は手にしていないリリーであった。

 「?? ち、ちょっと待ちたまえ。君は誰だ?」

 突然、人が入れ代わる様を見て、男性の監督官がリリーを誰何する。

 「妾は二百八十八番綿貫平であり、彼と契約した精霊でもあるぞえ」

 「え?! 何を言っているんだ。替え玉受験は発見次第、即時強制退出だ。二百八十八番はどこへ行ったんだ」

 「監督官殿、妾の姿を良くみよ。二百八十八番綿貫平の頭の上に腰掛けていたであろう」

 「……」

 「妾の契約者、二百八十八番綿貫平が出した受験の願書には、精霊使いということと、精霊と融合して魔法を行使すると記載して提出しておろう。良く確認されよ」

 慌ててタブレット端末を操作する監督官。

 「……確かに、精霊と融合して魔法行使とある……しかし、古式魔法の神降ろしでもここまで別人に、それも性別まで変わったという報告例はない。君の説明が正しいと証明されない限り、別人と疑わざるを得ない」

 「は~あ? 監督官殿の目の前で、妾の契約者の二百八十八番綿貫平と妾が融合する様を見せたであろう? 別人というのならどうやって妾は平と入れ代わったのじゃ?」

 「それは……手段は関係ない。二百八十八番の姿がここにない事実で、お前は替え玉の可能性が高いと言える」

 監督官の難癖的な言い方に、困り果てたリリーは、脳内で意識だけになっている平と話をして、融合を解いて平の姿に戻ることにする。

 「サイオン波検査や遺伝子検査をしてもらえば、妾の肉体が二百八十八番綿貫平と同一であることを証明できるが、手間がかかる故、この場で直ぐにできる手段で妾が綿貫平と融合していることを証明するぞえ。妾は融合を解いて、綿貫平の姿に戻ろ故、監督官殿、妾の腕を握られよ」

 リリーが融合を解いて、平の姿に戻ると、監督官殿の手は平の腕を掴んだ状態であった。再び現れた妖精姿のリリーは、男の監督官の顔の近くの宙に、良く自分の姿を見ろと言いたげに浮いていた。

 「監督官、これで替え玉でないと、信用して頂けましたか?」

 「……」

 男性の監督官は、平の腕を掴んでいた己の掌を見つめながらも、いまだ半信半疑な表情であった。

 「……二百八十八番は、その姿のままで実技を行うように。それ以外は、替え玉受験と判断して、即時強制退出させる!」

 「監督官! 俺はこの姿の時は魔法が使えない、ただの一般人ですから、その指示には従えません。責任者を呼び出して下さい」

 「呼ぶまでもない。現場の責任者は私だ!」

 「呼び出して頂けなければ、先日の百家の家と警察による冤罪工作騒ぎの被害者というネームバリューを使って、マスコミに監督官の横暴と学校の対応の不手際の事実を流させてもらうだけです」

 平の発言に、周囲の受験生から「何で魔法を使えないやつが受験するんだ」とか、「魔法師の評判を落としたのはあいつか」などと、騒然とした状況になる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「「静かにしたまえ!!」」

 実技評価の進行に支障を来し始めと判断した、両隣のレーンの監督官達が受験生の騒ぎを収めようと動き出す。ヨレとした中年の監督官が、平達のもとにやって来た。

 「百舌谷(もずや)先生、どうされました?」

 「廿楽(つづら)先生。実は……」

 両者から事情を聞いた廿楽は、「人と精霊が融合する事象を間近で見たい」と言って、百舌谷と監督を交代しようと持ちかける。

 「著名な廿楽先生のお言葉ではありますが、替え玉受験を認める訳にはいきません。監督官の責任問題になります」

 「憑依現象で人相や体型が変化したと僅かですが報告はあります。魔法には我々の知らないことはまだまだあるのですから、二百八十八番の説明を偽りと断定するのは早計ではないでしょうか。ここは私の面子を立てると思って、監督を交代して下さい」

 「廿楽先生がそこまで言われるのなら……」

 しかたないような態度を取る百舌谷であったが、交代して隣のレーンヘ移動する横顔はホッとしていた。

 「ということで、二百八十八番は、精霊と融合することを認めるから、実技を始めて下さい」

 「廿楽監督官殿、ありがとうございます」と言いながら、平は頭を下げ、妖精姿のリリーも廿楽監督官の目の前まで飛行して、お礼を述べ頭を下げる。そんな妖精姿のリリーの体を廿楽の指がつっつく。

 「……なるほど……幻影魔法を組み合わせた化成体ではないか……先程の挨拶も、この表情も自然で、仕種も人そっくり。人造人形のゴーレム研究に役立ちそうですね……ああ、すまない。時間が押しているから、手早くしてください」

 廿楽の指示を受けて、妖精姿のリリーが平の胸の前で弾けると、戦姫衣装のリリーが現れた。リリーは、サイドワゴン大の筐体の前に立ち、据置型CADのパネルの円に両手を触れ、サイオンを流し込む。小さな台車が発光することもなく、カン、カン、カンという感じで、レーンの両端と中央で残像を残しながら瞬時に移動し、一秒もかからずに三往復を終える。CADを使っているように見せて、裏でリリーの瞬間移動の力を使用した結果である。

 「台車の移動する姿がほとんど見えなかったぞ!」、「そんな馬鹿な!」、「なんだあれは!」などと、周りの受験生達は騒然とする。隣のレーンに移動した百舌谷も手元のタブレット端末に表示された、二百八十八番(リリー)の各種記録値に目を見張る。

 「魔法の処理速度、往復所要時間及び加速度は、全て過去最高値か……」

 計測計の記録値に大して驚かず、淡々とした表情の廿楽は、リリーの使った手段に気がつく。

 (規定の隙間をつく、彼らの作戦勝ちですね。中々に愉快な……)

 融合を解いた平が、廿楽の近くを通り過ぎようとした時に、廿楽が瞬間移動と小さく呟いた。平は、作戦がバレたことにギョッするが、咎めることもない廿楽の態度から試験のルール的にはセーフを悟る。平は廿楽にもう一度頭を下げて、騒がしい、順番待ちする受験生の間に入り込む。他の実技試験会場へ直ぐには移動しないで、ここでもう少し他の受験生の様子を見ておこうと思ったのである。

 平の次に、廿楽から受験番号氏名を呼ばれた小柄な女子受験生は、何やら顔色が良くなった。そして、実技評価の結果は、実力が発揮できなかったようで、悔しそうに唇を噛み、すごい目つきで平を睨んできた。思わず平は顔を背けるのであった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 その後、昼食を挟んで、平は振動魔法、収束魔法、吸収魔法及び発散魔法の実技試験会場で魔法力の実技評価を受けていった。最初の実技試験会場での監督官からの替え玉疑惑を再び向けられないように、妖精姿のリリーをしっかり各監督官に見せて、廿楽監督官から認められたことを添える説明をしたことで、再び替え玉を疑われることはなかった。

 これまでの実技試験は、魔法の処理能力、キャパシティ及び干渉力を別々に評価するものであったが、最後はこの三つを合わせた総合的な魔法力を見るものであった。最後の実技試験は、アイス・ピラーズ・ブレイク練習用の野外プール──水の抜かれた五十mプール(距離五十m×横幅十五m)には、縦一mX横一mX高さ二mの氷柱がずらっと並んでいる所──で行われた。

 プールの両サイドに分かれて、同時並行で実技が行われることになっていた。監督官から説明のあった、エイドスの可変性を抑制する情報強化された氷柱を、制限時間の五分以内に受験生の持つ魔法で倒すまたは破壊することを総合評価するとのことであった。

 受験番号氏名を呼ばれた受験生が、プールに突き出た台に乗り、自前又は学校が用意したCADを氷柱に向けて、各々の持つ得意な魔法を発動させ、氷柱に挑む。何人か受験生が交代して行くも、いまだに氷柱を倒したり破壊したりできた受験生は現れなかった。施された情報強化の影響か、ほとんどの受験生の魔法は氷柱の一部を破壊するか表面を溶かすかという程度で制限時間内が終わってしまっていた。

 平がいるプールサイドとは反対側で、受験生達の大きな声が上がったので、平が挑戦者を慌てて確認すると、深雪が氷柱の完全破壊に成功し、周りの受験生から拍手されているのが目に入った。深雪の次に達也が挑戦者の台に立ったが、調子が悪いのか氷柱を倒すことはできなかったようだ。平がいるプールサイド側での実技進行は、途中で受験生が体調不良で倒れて、一時中断されたことで、少し進行が遅れることになった。再び、反対側のプールサイドから拍手が沸き起こったので、平が挑戦者を確認すると、今度は光井と一緒にいた無表情な北山が氷柱の完全破壊に成功していた。北山は深雪並に実力があることを知り、感心する平であった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ようやく平の受験番号氏名が呼ばれた。平は監督官による本人確認の後、替え玉疑惑ととらえられないように説明した上で、融合して戦姫衣装のリリーに変身する。

 監督官が開始の合図をする。リリーはプールのエイドス変更履歴を遡及して、降り積もった雪のエイドスを読み出し、それを氷柱の現在のエイドスに上書きするとともに、瞬間移動で三十m上空に分割分散移動させる。

 瞬時に、氷柱が消えて、二~三秒遅れて、空から雪が監督官や順番待ちする受験生に降り、プールサイドのコンクリートに薄く積もった。

 「「「……雪だ……」」」

 青空を見上げた順番待ちしていた受験生の間から、「一瞬で氷柱が消えたぞ!」、「SB魔法師?」、「まさか分解魔法なの?」などと言った声が騒がしく上がったが、深雪達のような拍手する受験生は誰もいなかった。そんな周りの反応に、雪を降らす演出を考えた、意識だけの平はガックリする。リリーは、フリーズしている監督官に頭を下げ、プールサイドに突き出た台から降り、融合を解いて平の姿に戻る。一部の女子受験生から「化け物!」と声が上がり、平と他の受験生との間にぽっかり隙間が空いた。化け物を見るような受験生の視線を向けられた平は、内心、かなり凹んでしまうのであった。そんな平の姿を、反対側のプールサイドの一角から達也がじっと見つめていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 三月のある日、第一高校の会議室で入学試験合否判定会が開かれていた。理事及び校長並びに試験結果の説明担当が出席して開かれた会議は、ボーダーラインの同点の二人について、どちらの入学を認めるかで議論が白熱していた。

 「……二百八十八番(綿貫)は、実技の成績はトップでしたが、筆記試験の成績が余りにも悪すぎる。こんな馬鹿を入学させても、当校の勉強についていけず、国立魔法大学への入学は不可能だ。ここは百二十番を入学させるべきだ」

 「しかし、百二十番は百家でも傍流で、実力的には明らかに二百八十八番の足元にも及びません。我が校は魔法実力主義が基本方針であり、実技の成績が優先される。学力が低いなら入学後に補習を受けさせれば良い」

 「二百八十八番を調べた所、先日の百家の家と警察による冤罪工作疑惑の中心人物じゃないか。素行に問題のある人物を当校に入学させて、問題を引き起こしたら、目も当てられないぞ!」

 「素行に問題があるというのは言い過ぎだ。彼は被害者であって、問題を引き起こした方ではないのだから。マスコミは彼に同情的だ。あの件を問題にして落としたら、後で情報公開請求でマスコミのパッシングを受けることになるぞ」

 「性格に問題があると、実技試験を担当した監督官から報告があったではないか。当人の要求が認めれらないなら、当校の実技試験対応に不手際があったとマスコミに吹聴(ふいちょう)すると言っていたそうだ。小賢しく、明らかに性格に問題がある人間だ」

 「それは最初の監督官が、明確な根拠もなく、二百八十八番の説明を信用せず、かつ、責任者へも相談をしないという態度をとったから、立場の弱い二百八十八番は、止むを得ずあの件を持ち出したとの報告がある」

 「……初めの議論に戻るが、そもそも二百八十八番自身は魔法の才能がない、ただの一般人でしかない。魔法は契約した精霊が行使しているだけだ。一般人を魔法科高校に入学させるなんぞ、我が校の歴史はじまって以来の汚点だ。他校から笑われるぞ」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 理事たちの議論を聞き役に徹していた校長が口を開く。

 「……二百八十八番について、実技試験の現場で直接彼を見られた廿楽先生は、どう思われますか?」

 「そうですね……彼の印象はクレーバーな性格に感じました。こちらが対応を間違えなければ、問題を引き起こす質(たち)ではないでしょう。彼は当初文科系高校を志望していたそうですが、二カ月前に精霊使いとなって急遽魔法科高校へ志望を変更しています。たった二カ月、ゼロからの勉強で魔法工学は平均点に達し、魔法理論は平均点を下回りましたが赤点レベルではありませんでした。補習させれば当校の授業に、十分ついてこられるでしょう」

 「契約者である二百八十八番の指示に従い精霊が魔法を行使するスタイルは、精霊を使役する魔法が公式に認めている以上、二百八十八番は精霊使いの魔法師の範疇と見るのが妥当と考えます」

 「……それと蛇足かもしれませんが、二百八十八番は最後の実技試験で氷柱を一瞬で消して、"雪"に変えたそうです。一瞬で二トン近い氷柱を消したのは瞬間移動ですが……氷と構造が異なる雪に変えた魔法は不明で、分解魔法とは異なるものの、最高難易度に数え上げられる構造情報への直接干渉の魔法でしょう。瞬間移動と謎の最高難易度魔法を有する二百八十八番は、九校戦の複数競技で優勝できる人材でしょう」

 「……九校戦の複数競技で優勝できる人材ですか……」

 廿楽の最後の言葉に、校長を始めほとんどの理事が、どちらの受験生を入学させるか心の中で即決した。九校戦の総合優勝は、はっきりと学校の評価に繋がるものであり、学校の評価は国から配分される予算と学校幹部の待遇に大いに反映されることになるのだから。毎年百名以上の優秀な魔法師を国立魔法大学へ送り込む義務(ノルマ)がある以上、当校は魔法実力主義の基本方針を貫くという建前を多くの者が口々に唱え、粛々と最後の入学者を選ぶ決が行われた。

 その様子を会議室の片隅で見守る廿楽。

 (七草生徒会長のささやきに乗る形になってしまいましたが……瞬間移動と謎の魔法といった興味深い魔法を研究できる機会を大いに利用させてもらいましょか……)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 2095年三月二十日、国立魔法大学付属第一高校の合格者二百名が発表され、合格者の中にあって入学筆記試験の得点が最低点の者の名前が、劣等生が集められる一年H組にあった。

 


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