魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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04 弟子見習い

 結局、平が事情説明をする前に、萌えた九重住職が平の弟子見習いを認めてくれてしまった。実技の練習だけのはずだったんだがと内心思う平であったが、萌えを共感できる師匠は得難いと考え、古式魔法の忍術使いに弟子見習いすることにした。とは言え、事情説明しなくてもいい訳ではないので、平はリリーとの出会いと契約、リリーと融合することで使える力の概略(一部は意図的に隠し)を説明し、試験までの二カ月間集中的に実技試験に向けた練習方法の教示をお願いした。

 「うちの忍術は古式魔法だから、魔法科高校の実技試験のように、現代魔法の系統魔法を想定した評価方法には余り相性がいいとは言えないが、その辺を考慮して練習方法を教えてあげよう。後で、こちらのお嬢さんと融合して何ができるか見せて欲しい」

 「……ところで、弟子見習いの綿貫くん、こちらのお嬢さんは本当に精霊かい?」

 ウッと言葉を詰まらせた平の額の横に、大きな汗が浮かぶ。

 「精霊とは、現象から切り離された孤立情報体と言われている。本来、物理現象に由来する精霊は、この世界と背中合わせの影絵の世界を漂っている存在なんだが……この小さなお嬢さんからはそれらしき感じが得られない」

 師匠の心の奥底まで見通す目に、覚悟を決めた平が意識を共有するリリーの了解を得て、本当の説明をすることにした。

 「……師匠、リリーは砂漠に落ちた隕石に宿っていたという説明は、言葉が足りませんでした。正確には、隕石の中の正六面体の結晶に宿っていました。本人曰く、星の海を渡ってきた情報体で、千年以上眠っていたとのことでしたので、私が星の霊と書いて"星霊"と呼び、他の人の手前、"精霊"と説明しているだけなんです」

 「……この小さなお嬢さんが、地球の外から来た存在とは……ハハハハハハハ……これは一本とられたよ。確かに人に異星の存在とは言えないから精霊で通すのはしかたない……うん、星霊か、いい呼び名だね。古式魔法をずいぶん研究して来た僕でも、異星のお嬢さんには興味が涌いてくるよ」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 九重が、実際に融合したリリーの力を広い場所で確認したいと言って、平と妖精姿のリリーを連れて地下室に移動した。

 「師匠、それでは俺はリリーと融合して、使える力を披露させて頂きます──リリー、融合だ!」

 平(変態)から離れ宙に浮いていた妖精姿のリリーの姿が弾け消えた瞬間、平の肉体は戦衣装をまとった魔法戦姫リリーの姿に変化(へんげ)した。九重は、細い目を開き、興味深そうに現れたリリーの周りをじっくり見て回った。

 「……これが融合した姿か……古式魔法の神降ろしの憑依と違って、完全に別人へ変身できているとは……この姿の時は、肉体的には完全に女性なのかね?」

 「肉体的及び遺伝子レベルで女性に変化しておるのじゃ」

 「……完全に性転換する変化とは……触って確かめても?」

 「駄目にきまっておろう!」

 片手を伸ばしかけた九重の視線の先にある、己の胸の鎧を両手で抱いて後退るリリーであった。

 「……冗談だよ。ハッハハハ」と、言って笑う九重に、リリーは疑い深い視線を向ける。

 「……しかし、その身長とこの格好の君を街で見かけたら……中二病なお嬢さんにしかみえないだろうね……」

 ──ブチ! 変態の家主と同類と暗に言われたと感じたことで、リリーの中で何かが切れた。意識でしかない平が、必死に制止する声も無視しリリーが宣言する。

 「オ・ハ・ナ・シ・シ・マ・シ・ョ」

 彼女の言葉が終わると同時に、巨大なバルディッシュ(三日月斧)がリリーの右手に現れ、リリーは九重に向かってそれを一閃するも、難なく九重はかわし、逆に、リリーは投げ技で放り投げられる──前に九重の背後へ瞬間移動して、石突き(刃と逆の先端部分)の攻撃を彼の背に繰り出す。九重の背中をとられたはずの突きは、なぜか空を切る。いつの間にかリリーの斜め横に立っていた九重の「残念だったね」という言葉に、更に熱くなったリリーは、接近戦の技を次から次に繰り出すものの、まったく九重を捕らえることができず、いい様に彼に翻弄され続けた。業を煮やしたリリーは、ついに瞬間移動による中距離攻撃に切り替え、広々とした地下室の大量の土塊をゲリラ豪雨のように、素早く移動する九重の頭上から振らせ続けた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 疲れ切ったリリーが肩で息をしているのに対して、汗一つもかいていない九重は悠然としていた。

 (……完全に、こちらのひとり相撲とらされているね。リリー、これを打開できるいいアイデアがあるけど聞かない?)

 (……あやつと同類(変態)の言葉に耳を傾けるのは、妾としては少々嫌じゃが、聞くだけは聞いてやるぞえ)

 (ずっと見ていて分かったんだが、師匠の動きが異常に早いのは、高速移動だけじゃなく、幻影がまじっているのかもしれない。目で見るのではなく、森羅の瞳を使ってイデア側から師匠の位置情報を読み取るんだ。そして、逃げられない様に師匠を中心に、直径三十m深さ二mの地面を瞬間移動で丸ごと宙へ反転する形で転送してやれ)

 (……変態な家主にしては、おもしろい策じゃのぁ。やってみようぞ)

 獰猛な笑顔を浮かべたリリーが、森羅の瞳を使い、即、広域な瞬間移動を発動させる。

 ドサドサドサ…………造成中の工事現場のように土のデコボコした風景が生まれる。

 「……ふ~う、あぶない、あぶない。もうちょっとで、生き埋めになる所だったよ」と言いながら、土の山の一角から九重が姿を現し、体についた土を払い落とす。ようやく一矢を報いることができたリリーであったが、今の自分の実力では九重の足元にも及ばないことを理解し、矛を収めることにした。

 「……リリーくんの体術は要修行が必要だけど、瞬間移動は反則過ぎるね。イメージさえできればどこにでも出入りができ、物体も人も思った所に転送・引き寄せができる瞬間移動は暗殺、拉致及び盗みに、森羅の瞳は諜報に絶大な威力を発揮する。忍術使いの僕らには垂涎の的だが……威力があり過ぎて、余計な危険や争いをも招き寄せそうだ……これほどの力を真由美嬢が十師族である七草の家に囲わず、綿貫くんを僕の所に寄越した懸念が理解できたよ……(少年と彼女が、馬鹿な事をしでかさないように指導監督をこちらに押しつけられたのかもしれないが……)」

 「……さて、これだけメチャクチャな練習場を人手で直すのは、骨が折れる大仕事だ。リリーくんの力で、修復をお願いできるかな」

 頷いたリリーは、瞬時に復原を行うと、数十秒前までは破壊の嵐が吹き荒れた地下室の風景は何事もなかった状態に戻る。

 「……復原もまた反則過ぎるね……しかし、これなら掃除や修理の他、建物が壊れる修練も、気兼ねなくやれそうだね」と、顎に手を添え、嬉しそうに頷く九重であった。修理屋扱いされた弟子見習い(平)は、この寺はどんだけ過激な修行やっているんだと、思わず心の中でつっこみを入れた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 俺の名前は、綿貫平。魔法科高校入学を目指す受験勉強は、サクサク捗る日々──何てことはなく、日々、目元がパンダに近づく俺は、「逃げちゃだめだ──っ」が座右の銘となっている。

 国立魔法大学付属魔法科高校を受験するに当たって、俺は泥縄的に調べてみた。全国に九校しかなく、一学年の入学定員は全国計で千二百名しかない。七草会長との約束で俺が目指すことになった第一高校は、その九校の中でもトップを誇る名門校で、一学年の入学定員は二百名しかない難関であることが分かった。チラッと七草会長との約束を違えて、第一高校以外を受けた方がという思いが浮かんだが、父親の隕石の管理もあり、家から通えないところにある他の魔法科高校は行けないので、第一高校を目指すしかなかった。

 第一高校はものすごい受験倍率かと思い、過去の倍率を調べてみたら、二倍弱と意外に低かった。それは良く考えてみれば分かることだが、一般人向けの難関校と同じような高い倍率を思い浮かべることが誤りなのである。そもそも魔法科高校は、魔法が使える者を対象とした学校であり、魔法の才能がある人口自体が少ない以上、倍率が極端に高くはならないのである。十五歳男女で実用レベルの魔法力を持つ者は全国で千二百~千五百人と言われており、全国の魔法科高校九校の合計定員が千二百名であることから、全国平均の倍率は1.0~1.25倍となる。当然、実用レベルには至らないが、魔法の才能を有する者も、己の才能が伸ばせる場で学びたいと受験するのだから、第一高校の倍率が二倍弱というのもおかしくはない数字である。倍率だけみれば、何とかなりそうな気になった平であった。

 しかし、学力が低空飛行な平少年の知識量な脳に、201X年の並行世界から平少年に憑依した俺の時代後れな知識と経験を上乗せしても、筆記試験で高得点を取るのは夢の話である。中条先輩に教えられた教材で魔法関係教科の勉強を毎日必死に取り組むが、中学校の授業カリキュラムも在宅学習でこなす必要もあり、受験勉強と実技の練習等と合わせると、一日、十八時間前後になってしまう。ブラックIT企業にいた時の二十四時間戦えよりはましな生活ではあるが、リリーへのご馳走を最小限にお願いしているため、彼女のご機嫌は斜めが続いている。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 そんな睡眠時間を削っている平を更に睡眠不足に陥らせる問題が発生した。ある日の朝、脳内寄生彼女のリリーから変な質問を受けたのが発端である。サウンドスリーパーは、眠っている人間の脳の記憶をスキャンし、データをネットへ送信するのは当たり前のことかと。起きたばかりでボサボサ髪の平が眠そうに答える。睡眠状態に関する脳波チェック機能はあるけど、脳の記憶をスキミングする機能が付いていると聞いたことはなく、ネットに接続しているのは機械の遠隔保守点検のためだったはずだと答える。脳内寄生彼女のリリーから、サウンドスリーパーを使って、平以外にも人々から記憶情報を集める、覗き屋がいる可能性があると指摘される。国内普及率七十%のこの機械に、人々の記憶を密かに覗き見るスキミング機能を付け、情報を集めているのは誰で、何の目的なのかと、平は腕を組み考え込む。

 そんな平にリリーが、「今回のスキミングへは、念のためにお主のエロ変態妄想の数々を流しておいたから」と、爆弾発言をかましてくれた。そんなのは、プライパシーに関する紳士淑女協定で想定していなかったと嘆く平であった。orz 安眠機能は魅力的であるが、己のエロ変態妄想を覗かれる恥辱から、平はサウンドスリーパーを使うことを止めてしまった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 受験勉強に疲れた俺は、ある日名案を思いつく。リリーの森羅の瞳を使って、筆記試験の答を観測してもらい、こっそりリリーから教えてもらえばいいと。早速、リリーに頼み込んでものの、俺によるリリーを対象としたエロ変態妄想禁止という条件を彼女が出してきたため、思わず「断る」と言ってしまい、名案は暗礁に乗り上げてしまう。取り敢えず、自力で受験勉強するしかない俺にとって、魔法理論は頭に?が増殖する教科で、夕方に映像電話で中条先輩から教わることが多いが、魔法工学の方は論理的思考に馴染みのある俺には多少は何とかなるものであった。

 俺の筆記試験の勉強において、最大の敵は眠気である。リリーのご機嫌をとるため、色々な種類のカップケーキを献上し、眠気防止に俺の頭の周りだけ温度を彼女の"振動系魔法"で下げてもらい、俺は端末の受験用魔法教科のテキストをひたすら手書きで紙に書いて、脳にインプットを繰り返す。201X年の並行世界の人であった俺には、色々と試してみたものの、昔ながらのスタイルが一番有効であることが分かったためである。

 そんな、灰色な受験勉強の日々を過ごしている俺を癒してくれるのは、コーヒーブレイクを知らせてくれる、仮想現実世界で行われた2094年冬コミのマスコットを務めたウサ耳美人の美声とぷるる~んと揺れる乳です。思わず、 ( ゚∀゚)o彡゚「おっぱい! おっぱい!」とドーピング的に元気になる俺を、妖精姿のリリーは"魔法"で俺の頭の周りの温度を極寒レベルに下げるので、ドーピングは直ぐに切れてしまう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ところで、何で俺と融合していない妖精姿のリリーが"魔法"を使えるのか。それは、先日ボコった不良息子の振動系魔法をリリーが森羅の瞳で観測・解析し、彼女でも使用できる形で仮想魔法モデル化に成功したからである。しかし、それは元の魔法に比べて、魔法力(魔法式を構築する速さ、構築し得る魔法式の規模及び魔法式がエイドスを書き換える強さ)的には下回る劣化版ではあった。

 使えれば構わないという考えしかないリリーに対して、俺はリリーの回復した力の種類の少なさをカバーし、受験における系統魔法を想定した実技テストを有利に臨める手段が欲しいと考え、勉強の気分転換を兼ねて、リリーが得た仮想魔法モデルの構造に手を入れることにした。仮想魔法モデルの構造は、魔法師の無意識下にある、現代の科学や魔法学でも明らかになっていないブラックボックスである魔法演算領域内で形成される魔法式そのものである。俺はリリーと融合することでリリーの"眼"と"解析"を通じて、仮想魔法モデルの構築過程(=構築式)を読み解いていった。理解する途上で、不良息子の魔法式構築過程にはかなり無駄が多いことが分かり、俺は徹底的に無駄な工程を削りまくり、構築式を弄(いじ)くり倒して効率化した結果、当初に比べて倍程に良い仮想魔法モデルに仕上がった。

 俺は得意気な顔で、「どんなもんだい」とリリーに告げる。そんな俺の試みに興味が沸いたのか、リリーが自らの事象改変の力に使用している効率的なアルゴリズム(計算手順)を仮想魔法モデルの構築式に組み込む形で手直しした結果、俺が仕上げた仮想魔法モデルと次元が違う程に優れたものに仕上った。鼻っ柱を折られた俺はすっかり凹んでしまった。orz

 捨てる神あれば拾う神ありと言うことで、俺が仕上げた仮想魔法モデルの構築式は非常にコンパクトかつ省エネで、事象改変力が極僅かしかない妖精姿のリリーにおいて極小規模な"魔法"が使用できることが判明して、彼女に採用されことになったのである。

 俺がリリーと融合した状態なら、仮想魔法モデルの"魔法"は高レベルなものを実現できたので、この調子で残りの系統魔法も受験前に仮想魔法モデル化したいと考えた。いざとなったら実技試験中に、他の受験生の魔法をリリーに森羅の瞳で観測・解析して、劣化版の"魔法"で実技に臨むことになるかもしれない。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平に冤罪をかぶせようとした強面の刑事は懲戒免職、警察関係者の何人かが処分や異動と相成り、不良息子の家の執事は証拠不十分で不起訴処分となる。発端となった不良息子による平への違法な魔法の行使は、未成年ということで軽い処分で終わることになった。事件は、大元の不良息子の家に届くこともなく、トカゲのしっぽ切りでは終わってしまう状況であった。

 平への数々の暴行や恐喝に関して、不良息子の家から代理人の弁護士が示談交渉にやって来た。示談交渉中、平が代理人の弁護士を通じて求めたものの、不良息子もその親からも謝罪の言葉は全くなかった。本音は示談を拒否したい平であったが、司法に力を及ぼせる魔法師の家であることを踏まえ、表の関わり合いをさっさと切るために示談に応じることにした。平の保護者の同意の件をうやむやにして、一連の件を口外しない旨の条件の付いた示談書という契約書に平がサインをしたら、直ぐに不良息子らに脅し取られた大金と慰謝料が平の父親の口座に振り込まれた。

 示談に応じたからと言って、平は不良息子の家に対する報復を放棄する気はさらさらなかった。報復の手始めは、保釈中であった強面の元刑事である。リリーの森羅の瞳で強面の元刑事の居場所を突き止め、瞬間移動で密かに有効距離まで近づき、リリーの復原により魔法能力を喪失させる。更に、時間をかけて本人の肉体のエイドス変更履歴を遡及し恐怖体験と思しき場面をサイコメトリーの要領で探し出した。因みに、物体に残る人の残留思念を読み取るサイコメトリーは、物体のエイドス変更履歴を"写真のような場面"の形で認識できる能力と現代魔法では考えられている。見つけた恐怖体験の数々を一時記憶していた脳内の海馬のエイドスを読み出し、リリーの部分的な復原により、強面の元刑事に一週間程、毎晩恐怖追体験させ続けてやった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 また、強面の元刑事への報復と並行して、不良息子の家である屋敷にいた、不良息子の指導監督責任があった当主夫妻、冤罪工作を受け持った執事に対しても、強面の元刑事と同様に魔法能力を喪失させる。屋敷には所々に結界が張られていたが、リリーの復原の前では無意味であった。

 加えて、彼らに対して、強面の元刑事と同じように、本人らの恐怖追体験を一週間程、毎晩追体験させ続けてやった。途中、屋敷の結界が強化されたことから、外部から攻撃を受けていることに気がついたようだ。強化された結界は、リリーの復原によって無力化され、結界を張っていた魔法師もリリーの復原により魔法能力を失う。結界の魔法師が役に立たないことを知った当主は、夫人をつれて屋敷から逃げ出す。当主夫婦は横浜の高級ホテルの一室で、久し振りに恐怖追体験という悪夢もなく、熟睡を得ることができた。そんな彼らの所在は、実はリリーの森羅の瞳から逃げることはできないでいたのである。

 深夜、日本魔法協会関東支部がある横浜ベイヒルズタワーの敷地の一角で、首だけ出して埋められた状態で助けを求める百家の当主が警備員に発見された。その周囲の地面には「魔法が使えまへん。助けてくだしゃい」という字が描かれていた。当主の救助は支部の幹部により箝口令が引かれたが、競争意識が強い百家のどこかの家が、間抜けな当主の様を喜んで魔法師業界内に噂として広め、不良息子の家は他の魔法師から嘲笑され、百家としての地位を落とすことになった。

 魔法を喪失した不良息子について、俺はリリーの力を借り、平少年が通っていた中学校にある不良息子の教育用端末経由で、「一般人にケカンで負けた」「魔法がつかえなくなった」という一斉メールを全生徒の端末へ入れてあげた。不良息子の被害にあった生徒が、仕返しに動くのを期待して。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 年が明けた一月のある朝。今日から九重寺には早朝に赴くことになった平は、夜明け前の走り込みを終えると、リリーと融合して瞬間移動で九重寺の山門へ移動した。移動と同時にリリーとの融合を解除した平が、山門をくぐると、本堂の前庭では九重師匠と兄弟子らが早朝稽古中であった。彼らに向かって大きな声で挨拶を行った後、平は当番となっている本堂や庫裏(僧侶の住居)のトイレ掃除に向かう。平はリリーと融合して、復原を使ってトイレを綺麗な状態に戻し、トイレ掃除をサクサクと終わらせて行く。

 その後、リリーと融合を解いた平は、食事当番の兄弟子の下働きとなって厨庫(ちゅうく。台所)で朝食作りを手伝う。二十人を超える筋肉ダルマな兄弟子らの飢えた胃袋を満たす食事──朝食とはとても思えない量──を作るのは、手間も時間もかかる大変な仕事である。平一人なら復原を活用し、鍋等で作られた料理のエイドス変更履歴の遡及読み出しと現況エイドスへ上書きで、一瞬にして目的の料理を作り上げてしまえるが、兄弟子の目もあり自重する。

 出来上がった料理が器に盛られ次々に膳が整うと、食事をする部屋へ運ぶ配膳において、平はリリーと融合して瞬間移動の転送でサクサクと配膳を進めてしまう。その様子を見た食事当番の兄弟子は、リリーの便利な力に感謝してくれた。朝食の用意が整ったので、稽古中の師匠と兄弟子らに声をかけてくるようにと頼まれたリリーは、本堂の前庭の端に瞬間移動する。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 前庭へ移動と同時にリリーとの融合を解除した平は、師匠と対等に接近戦を行う大学生ぐらいに見える青年に驚いた。二人の戦いは、まるでサーカスのような立体機動と次から次に繰り出される技の応酬であり、平はしばし見とれていたが、頼まれた用事を思い出し、二人の戦いを見守る人の輪を作っている兄弟子らへ朝食の用意が整ったことを告げて回る。しかし、兄弟子全員が師匠と青年の勝負が終わるまでは動こうとはしなかった。

 しばらく後、戦いは師匠の勝利に終わった。地面に仰向けに倒れている青年の元へ綺麗な美少女が駆け寄る。美少女は、上半身を起こした青年の傍らに膝を付き、手に持ったタオルでかいがいしく青年の汗を拭う。平は「リア充爆発しろ」と思わず呟く程に、青年と美少女の二人だけの世界が形成されていた。

 立ち上がった青年のトレーナーのあちらこちらは土で汚れていた。同じく立ち上がった美少女はスカートに付いた土の汚れを払うこともなく、内ポケットから携帯端末型CADを取り出し、魔法を発動させる。実体のない雲が美少女の服や靴にまとわりつき、更に空中から涌き出た淡い粒子が青年の肩から注がれる。薄く光る霧が晴れると、二人の衣服や靴についた土汚れはすっかり消えてしまう。あの美少女も魔法師ということを理解した平は、喫茶店で会った七草や市原といい、魔法師の女性には美人が多いのかなと疑問を覚えつつも、頼まれた用事を済ますために、二人の近くに佇む師匠に声をかけるために近づく。

 「九重師匠! 朝食の用意ができました」

 声をかけた平を背中越しにちらっと振り返った九重であったが、手をヒラヒラさせ「後でね」と言って、美少女が掲げて見せたバスケットに引き寄せられていってしまった。師匠はどうやら美少女から食事にお呼ばれされたことを平は悟る。リリーの復原を使えば、冷めた食事も温かい出来立てにすることができるので、寺で作った朝食を後で食べるとしても問題はないのであるが……美少女と青年のカップルの食事に、いい年した師匠がお邪魔虫するのはどうかと、微妙に八の字に眉を寄せる平であった。踵を返した平は、美少女とバスケットを羨ましそうにチラチラ振り返る兄弟子らの後を追おうすると、九重が自分(平)を呼び止める声に足を止め、振り返る。九重の手招きに何事かと思いながら平は、師匠の下へ小走りで寄る。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「弟子見習いの綿貫くん、いい機会だから二人を紹介しておこう。こちらの彼は司波達也くんだ。それと、あちらは彼の妹の司波深雪くんだ。リリーと一緒に、自己紹介したまえ」

 平は脳内会話でリリーに対して、妖精姿で姿を現すように依頼する。

 「はい……始めまして、つい最近精霊使いになった一般人の綿貫平といいます。よろしくお願いします。それで、この娘が俺の契約した精霊のリリーっていいます。リリーもご挨拶を」

 平のサイオンの塊を吸収し、平の胸の前の宙に突然現れた妖精姿のリリーが、愛らしい笑顔で自己紹介をする。

 「こんにちは。私の名前はリリー・エル・トりアム、リリーって呼んでね。どうぞよろしく」

 突然現れた妖精姿のリリーに、深雪の方は目をパチクリさせ口に片手を当てて驚いているのに対して、達也は"精霊の眼"によりイデア次元にある妖精姿のリリーのエイドスをみる。

 僅かな間が空いたものの、直ぐに兄妹が口を開く。

 「……司波達也です。こちらこそよろしく」

 「……はじまして、綿貫さん、リリーさん。司波深雪です、よろしくお願いします」

 平が間近で見た深雪は、並外れて美しい美少女であった。背の半ばまであるストレートの黒髪は、光の干渉によって濡烏(ぬれがらす)の羽のような──青や緑、紫など美しい干渉色が浮かび、神秘的な美貌と瞳、日本人離れした白く透き通った肌、パフパフしたくなる双丘(乳)、そして人の耳を心地良くする可憐な声に、平は内心こんな人間が現実にいたことに大いに感心する。極上の美少女を前に、平がボ~ッと見とれる失態を犯さなかったのは、偏に人ではありえない美しさを誇るリリーの美貌を知っていたおかげである。普段の俺なら、こんな美少女を見たら、即、同人誌ネタにエロ妄想爆発させるはずなのだが……脳内寄生彼女のリリーからの警告に、妄想スイッチを入れる暇がなかったのである。

 (気を付けるのじゃ! こちらの男は、妾の森羅の瞳に似た異能の眼で妾の分身(妖精姿のリリー)をスキャンしたぞえ)

 脳内のリリー本体からの警告を受けた俺は、表情を変えることなく、改めて兄妹を観察する。軟らかい笑みを浮かべて自己紹介を返した達也と、おしとやかな笑顔を返した深雪からは、危険な感じや魔法師であることを鼻にかけた感じは見受けられなかった。注意することに越したことはないと判断した俺は、リリーに妖精姿で相手を油断させての吸収は見送るように伝える。妖精姿のリリーは、翅をヒラヒラさせ、平の左肩に向かって飛び、そこに腰を下ろす。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 達也が平に話しかけて来た。

 「綿貫さん。先程の自己紹介にあった、一般人とはどういう意味ですか?」

 「(俺の方が年下みたいだから)平と呼び捨てでいいです……実は俺自身は全く魔法が使えないです。リリーと融合することで、何とか魔法を使えるだけなんです」

 「それより……九重師匠と対等に戦えるなんて、達也さんってすごい実力のある方なんですね。憧れます!」

 「いえ、先生が手加減をしてくれたからです」

 「え? そうなんですか、九重師匠?」

 「体術だけなら達也くんは一流のレベルだよ。綿貫くんがリリーと共に目指す目標にしたらいい」

 「なるほど! そんなすごい方を目標にして、追いつけるか分かりませんが、よろしくお願いします」

 兄の実力を素直に誉める平に、達也の左腕にぴったりと寄り添う深雪が嬉しそうな笑顔を増す。そんな美人の笑顔を間近でみれた平は、悪戯心で兄妹をからかうことにした。

 「実は、先程、深雪さんがタオルでかいがいしく達也さんの汗を拭っているのを見て、お似合いの恋人同士で羨ましいなあと、お二人が兄妹であると九重師匠に言われまで、ずっと思っていました。ハハハハ」

 達也の左腕にぴったりと寄り添っていた深雪が、赤らめた頬に両手を当て、「恋人同士だなんて……」と呟きながらイヤンイヤンと体をくねらせる様子を見て、平は理解した。高校生ぐらいに見える深雪の歳なら、家族と言えども異性に敏感になるお年頃。兄とは言え男性に密着し、先程の平の恋人同士発言での反応と合わせると、仲が良い兄妹というレベルを超えた感情を兄に対して持っている──同人誌の妄想ネタ的展開の"おにあい"な妹が今目の前にいる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 達也の身長は百七十八cmと平よりも三十cm程も高く、落ち着いた雰囲気と師匠に次ぐ実力から、達也を年上と思い込んでいる平へ、悪戯顔をした九重が言葉を投げ入れる。

 「ふむ……綿貫くんは、何か思い違いしているようだね。君たち三人は同学年だよ」

 「え、え、え────っ! 本当ですか、師匠?」

 「……綿貫さん、本当に三年生なのですか?」

 驚く平に、残念美少女な深雪の一言が追い打ちを放つ。

 「……ええ。身長が低いから中一に見られたり、私服でいた時なんか小六に見られたこともありますハハハハハ……」と、自虐ネタを披露した平は乾いた笑いをする。

 (俺と同学年なのに、兄は兄弟子らよりも実力がある。その上、同い年の妹さんよりも身長が低い俺って……肉体スペック、低過ぎるじゃん、トホホホホ……)

 少々落ち込んだ平は、気を取り直して、兄妹に志望校を尋ねると、自分と同じく第一高校を受験するという返事であった。受験倍率二倍弱の第一高校なら何とかなりそうな気持ちでいた平は、優秀そうな二人のライバルを見て、合格できるか一気に不安になる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 朝食当番の特権のつまみ食いで軽い食事をとっていた平は、九重の押しにより司波兄妹らの食事に、深雪が用意したお茶で付き合うことになった。深雪から与えられたショートブレッド──自らの体の半分近くもあるサイズ──を両手で掴み、美味しそうに食べる妖精姿のリリーを見つめる達也が言葉を漏らす。

 「……自然現象に伴うイデアに記述された情報体が精霊で、彼らには意志がないと言われていますが……リリーは精霊とは思えない、意志ある別の存在にしか見えませんね」

 深雪の用意したサントウィッチを食べ終えた九重が、達也の独り言へ答える。

 「誰も精霊に意志がないなんて確認している訳じゃない……精霊魔法を始め色々な古式魔法を研究してきた僕から見ても、リリーくんは類を見ない特異な存在で、妖精の範疇に納まる存在か思い悩むところだよ」

 「確かに……先程見せて頂きましたが、人(綿貫)と融合できる上に、知性ある会話ができる精霊なんて、はじめて知りました。リリーの実態を研究したら、今の魔法学会の妖精の常識が書き換えられるかもしれませんね」

 「リリーくんの本体は綿貫くんの体の中に宿っているそうだから、綿貫くんがモルモットなんかになりたくないと言っている以上、リリーくんの謎や精霊の研究が進むとは思えないね」

 「そうですか……できれば、リリーが自由に飛ぶ飛行魔法が研究されたら、三大難問の一つ、汎用的飛行魔法の実現に道が開けるかと思ったのですが……」

 「え! 飛行魔法って実現していないんですか?」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平の疑問に達也が答える。

 「飛行魔法を使いこなすBS魔法師(先天的特異能力者)が少数いますが、それは固有スキルに寄るものです。魔法師の誰にでも使えるような技術として、定式化の研究が世界中で行われていますが、未だに成功していません。魔法の重ね掛け限界をクリアーする手がかりでも分かれば……」

 「俺は妖精だから飛べるのは当たり前で、疑問にも思っていませんでしたが、汎用的飛行魔法ってそんなに難しいやつだったんですね……リリーは、どうやって飛んでいるの?」

 ショートブレッドを食べ終えたリリーが、まだ物欲しそうに平の手元に残るショートブレッドを指さし、対価を要求するので、平が彼女に差し出す。

 「ハムッ! モグモグ……この一時的な体は、重さのないといっても良いサイオンの塊なので宙に浮きやすい。パク! モグモグ……移動に当たっては、この体でも使える極短い瞬間移動を、体を構成するサイオン消費を押さえた省エネで行うために……ハムッ! モグモグ……完璧な時間軸管理の下、進路変更をイメージしない限り……ハム! モグモグ……極短時間の極小規模な瞬間移動を自動的に連続発動させています……ハム! モグモグ……」

 「作動中の魔法をキャンセルで強制終了し、次の新しい魔法を発動しているわけではないということか……極短時間の極小規模な魔法を、同じ起動式から同じ魔法式を自動連続で組み立て、新たなイメージが魔法演算領域に読み込まれない限り、前と同じ変数を自動的に入力するシステムを構築できればいいということか……精密なタイムレコーダー……ループ・キャスト・システムによる極小魔法の連続発動……CADによる自動サイオン吸収……」

 「お兄様……」

 思考の深海にもぐり込んだ達也を、深雪が心配そうに見つめる。

 


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