魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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03 魔法師殺し

 八王子の喫茶店から家に帰宅すると、玄関前に送り主も宛て名もない怪しげな箱が置いてあった。情報体次元(イデア)を通して観測・解析できる、リリーの"森羅の瞳"なら箱を開けなくても中身が分かることから、平がリリーに中身を観測してもらう──七草らの前では融合状態でないと使用できない思わせ、半径三百m以内というのも過少申告である──と、箱の中身は猫の死骸であった。一緒に、脅しと金を無心する文言、そして日時と場所を指定した呼び出しが添えられていた。指定された場所は不良息子らがいつも平少年を連れ込む場所であり、送り主が不良息子らであることが分かった。これまで不良息子らの呼び出しメールを無視しまくっていたことへの嫌がらせのプレゼントなのだろう。復讐する絶好の機会があちらからやって来たことに、平は暗い笑みを浮かべる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 翌日、平はリリーと融合して、指定された時間前に廃ビルへ瞬間移動した。リリーは廃ビルの雑草だらけの敷地の片隅に瞬間移動で小さな穴を堀り、持参した箱を埋めて、意識だけの平に習って手を合わせる。次に、リリーは二十cm程の浅い落とし穴を敷地のあちらこちらに作る。更にリリーは廃ビルを住処にしている猫達の寝床であるものを見つけ容器に回収する。最後にリリーは近くにあるサイオン波用のセンサー付き街路カメラの支柱を瞬間移動──リリーのはサイオンを発生させないので、センサーに記録される心配はない──を使って切断し、細工を施す。準備が整った後、リリーは平の家へ瞬間移動で戻り、出発までの間、ある作業を行った。

 厚手のコートをはおった平は、指定時間の五分前に廃ビルに到着するように家を出て、徒歩で廃ビルへ向かう。時間前に到着した平は、廃ビルの入り口のコンクリート階段に腰をおろして、不良息子らがくるのを待っていると、二十分も遅れて不良息子ら三人がやってきた。

 不良息子ら三人は、にやついた顔をしながら、コンクリート階段に座る平を取り囲み、何時ものように平へ罵声を浴びせながら、殴る蹴るの洗礼を行う。一通り憂さ晴らしができた不良息子らは、うずくまる平に指示したものは持ってきたのかと聞いてきた。唇の端を切った平は、弱々しい態度でうなずき、ノロノロと厚手のコートの内ポケットに右手を入れる。平は取り出したペットボトルの中身を不良息子らの顔や上半身に振りかける。逆らうことはないと信じていた平に攻撃されたことで、不良息子らはそれを避けることはできなかった。ペットボトルの中身は、猫のふんが大量に溶かされた水であった。野良猫のふんは凄まじく臭いのである。多少水で薄まっていても、体に振りかけられ猫のふんの飛沫が付着したら、拭っても簡単に臭いは落ちはしないのである。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 怒った不良Aが、「このチビが──っ!」と叫び平に殴りかかるが、筋力を強化された平の脚は、すばやい動きで彼の拳を逃れ、すれ違い様に不良Aの足をひっかけて倒す。顔に付いた臭いを拭うことに気を取られ、棒立ちになっていた不良息子の腹めがけて、平が頭突きをかますと、不良息子はうめき声を上げ、数歩後退し地面に膝をついてしまう。平の後ろから不良Bの蹴りが飛んでくるのをリリーの警告で知った平は、前に飛び出すことでかわし、そのまま逃走するフリをする。平を追いかけてくる不良AとBを、平は敷地内に仕掛けた浅い落とし穴に誘導しつつ、転倒させることに成功させる。転倒した彼らに対して、平は脳内会話でリリーに、気絶させるレベルでサイオン(想子)とプシオン(霊子)の吸収を命じる。

 頭突きのダメージから回復し、怒りの心頭の不良息子が、敷地の境に逃げようとする平の背中に向けて、左手にはまった腕輪型CADを操作して加重系反重力魔法を発動させる。突然、平の体は地上数mの高さまで持ち上げられた後、地面に叩きつけられる。落ちた衝撃の影響で満足に立ち上がれない平は、這いずりながら数m先にある境の壁に向かう。不良息子は、這いずる平にゆっくり近づき、体のあちらこちらを何回も踏みつけ、止めとばかり力一杯脇腹を蹴り飛ばすと、小柄な平の体はゴムマリのように壁の近くまで吹き飛んでいった。脇腹を押さえ、うめき声を上げる平の頭を、不良息子は片足で踏みつけながら、獲物をいたぶれる喜悦に満ちた表情で平の横顔を見下ろす。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「よくも俺達をこけにしてくれやがったな。こんな臭い目に合わせやがって……じわじわと半殺しな目に合わせてやる!」と告げた不良息子は、腕輪型CADを操作して振動系魔法を発動させる。平の前髪から突然白い煙が立ち上がり、タンパク質が燃えた時に出る嫌な臭が当たりに立ち込める。半狂乱気味に喚き声を上げ、平は必死に手で煙のあがる前髪の消火につとめる。

 「…………う、うっ……なんで……なんで"僕"にいつもこんなひどい事をするんですか……」

 俺は平少年の記憶にある態度で、涙を零しながら情けない声でしゃべる。

 「お前が一人で親父の大金を管理していると、お前のダチが泣いて教えてくれたから、俺たちの遊び金確保とストレス解消のためさ」

 「(あいつら俺を売りやがったな)……そんな……家にはもう余分なお金はないです。これ以上、お金をカツアゲするのは止めてください」

 「はーぁん、何を言っているんだ。お前は、俺たちのマネーカードなんだ。お前の家には親父の隕石がまだゴロゴロしているだろ。それを売って、俺たちに貢げばいいんだ」

 (よし! 違法魔法の発動も、こいつの暴行・恐喝も記録できた)

 支柱が折れ、"たまたま"廃ビルの敷地境の壁の上に倒れていたサイオン波用のセンサー付き街路カメラが、"たまたま"違法な魔法行使と暴行・恐喝の現場を記録していた。

 「……ククククククク……嫌だね。俺はお前らのマネーカードじゃない。みみっちい魔法が使えるだけのクソムシが、何偉そうに俺様の頭を踏んでいるんだ! 退けろ!」

 先程までの態度とガラっと変わった平の言葉と、放たれる気迫に不良息子は一瞬たじろぐも、直ぐに持ち直して、腕輪型CADを持つ右手を平の頭に向け、再び振動系魔法の起動式させようとする。平は、己の頭を押さえつける不良息子の足首を手で掴み、

 (リリー! こいつが意識朦朧で倒れるレベルまで吸収してやれ!)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 体内から一瞬で大量のサイオンが消失し、枯渇寸前状態に陥った不良息子は立ちくらみしたような動きをしながら、地面に倒れこんでしまう。この隙に、平はヨロヨロと起き上がって、境の壁の切れ間から外へ逃げ出す。その後、平は壁の上に倒れかかっていたサイオン波用のセンサー付き街路カメラの角度をズラし、倒れている不良息子を映らないようにする。再び廃ビルの敷地の中へ引き返した平は、倒れている不良息子にお返しばかりとやつの頭を片足でグリグリと踏み付けながら、リリーに死なない程度にプシオンの吸収を命ずる。

 魔法師のプシオンということで、リリーは嬉しそうに吸収を行うが、

 (…………チープな味じゃ。前の二人の不味さよりはましじゃが、お主や先日の三人娘と比べると質は最低……口直しに、お主のを吸わせるのじゃ!)

 「い、今は、ちょっと……ここで俺も倒れる訳にいかないから、一口だけで勘弁。家に帰ったら十分吸わせるから」

 (……一口では、いまいち口直しにはもの足りぬが、ここではそれで手を打とうぞえ……今回はお主の願いを受けて、こやつの魔法の全過程の観測・解析までさせられたのじゃから、家に帰ったら割増でお主から馳走してもらうぞえ。よいな!)

 「ああ、了解。それじゃ、リリーの復原で、こいつの魔法演算領域とイデアをつなぐゲートについて、エイドスの変更履歴からゲートがつながる前のエイドスを呼び出し、現在のエイドスへ上書きしてやってくれ」

 (それだけで済ますのかえ? 倍返しするとお主が言っていたわりに、温い報復じゃな)

 「報復が温いとリリーは言うけど、魔法師が存在意義である魔法を失うということは、魔法師を殺すと同義語だよ。魔法師の家の中でこいつは魔法が使えない苦悶に一生苛まれることになるのさ。因果応報を味わってもらわないと、俺も平少年も納得しないよ……それに、俺以外にも仕返ししたい方々が一杯いるから、報復する機会を残してあげないといけないし。後でこいつが魔法を失って、一般人にボコられた噂を流してあげないとね」

 (ジワジワと絶望を味合わせるとは、お主、なかなかに酷いな)

 「何をおっしゃるリリーさん。俺は優しい人間だよ。だって、平少年は死んだけど、こいつは魔法を失くしても生きていられるじゃないか。等価が原則の古代法典なら死には死なんだけどね。でも、犯罪者の命の方が、死んだ被害者の命より大切だと抜かすアホなやつがいる世の中だから、魔法喪失で止めとかないと色々と俺達的にはまずいのさ」

 (何とまあー、人間の社会というのは複雑怪奇なのじゃなぁ……)

 俺の脳内でリリーが軽く両肩を竦めた後、復原によりイデア側から不良息子のゲートに関する部分的なエイドスの上書きを行う。

 (…………完了じゃ)

 「感謝……今回はこいつの魔法を調べるために、ボコられるのを甘受したけど、二度とこんなことはしたくないなぁ」

 (当たり前じゃ。宿主への危害に手出し無用とは、お主はマゾかえ。カットしている痛みを戻してやろうかえ?)

 「ハハハハハハ……リリー、それは勘弁。まだ、病院に行ってケガの治療と診断書を書いてもらって、こいつらから暴行を受けた証拠作りと警察にも通報しないといけないから、ケガはそのままで、痛みだけカットしたままにして置いてくれ」

 「……さて、魔法喪失を俺がやったと疑われないように、サイオン枯渇の後遺症っぽく見えるように偽装したけど……残る懸念は不良息子の家が、警察にどの程度影響力がある魔法師の家柄かだ。証拠を消されないよう念のために、俺の端末で隠し撮りした動画ファイルを動画サイトへアップロードしておこうか」

 平は体を引きずるようにヨロヨロと歩き、廃ビルの入り口近くに隠しておいた端末を回収し、不良息子らが平に暴行を振るっている部分だけの動画ファイルを大手動画サイトへアップする。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平は、病院に到着してから今回の件を警察に通報し、病院で治療を受けていると、診断書が書き終わる頃に、警察官が尋ねてきた。事情聴取するため警察署への任意同行を求められた平は素直に従った。警察署の取調室で、平は刑事に一通り説明を終えたものの、中々、家に帰ることが許されなかった。それは途中から強面の刑事に担当が交代したことで、事情聴取が一変したからだ。強面の刑事曰く、平が主張している少年(不良息子)らによる違法魔法行使や暴行・恐喝は、意識を取り戻した本人が否定している上に、平が違法魔法行使を記録していると指摘した、壁の上に倒れかかっていたサイオン波用のセンサー付き街路カメラは故障中で、そのような記録はなかったと告げる。問題なく稼働していたことを知っている平は、刑事が何を言っているのか一瞬、理解ができなかった。直ぐに平は、自分の端末に彼らが自分に暴力を振るっている証拠となる動画があるから確認するようにと刑事に求めると、平から預かった端末にもそのような動画はないとニベない返事を返す。

 (──ッ! 警察がグル?!)

 悔しそうにな顔をする平に、思い出したかのように、刑事が動画サイトに君の端末からアップロードした記録が残っていた動画は、削除されていることを告げる。平は奥歯を噛みしめ、刑事を睨み付ける。そんな平に対して、刑事は少年達が平から呼び出され、口論となってケンカになり、卑怯な方法で暴行を受けたと少年達が証言しており、警察へ訴えが出されたと告げる。

 「一般人の自分が、魔法を使える相手に立ち向かうことなんて、常識的にありえません。もし本当にそうなら、魔法師なんて間抜け揃いですね」と言って、平が嘲笑する。

 「俺たち魔法師をなめているのか、このチビ──ッ!」と強面の刑事が怒鳴り、机越しに平の襟首を両手でつかみ、宙づりにする。刑事の体は、うっすらと発光──放出された余剰サイオン光による光干渉で発生──していた。首が締まり息苦しい平であったが、鬼のような形相をした刑事のドスの効いた脅しを全て聞き流す一方で、中々にあいつの家は魔法師として司法に影響力があるんだなと感心する。この国は法治国家だと思っていたが、ここまで酷いのかと平は嘆きつつ、策士策に溺れた己の間抜けさを呪う。その後、強面の刑事は、平にトイレも休憩も認めず、不良息子らが主張する暴行を自供するように、言葉を変え態度を変えての事情聴取という名の誘導が夜まで繰り返され続けた。しかし、ブラックIT企業で修羅場を何度もくぐり抜けた経験のある俺は、完全黙秘を貫いた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 一時、席を外していた強面の刑事が取調室へ戻ってきた。刑事は、部屋の壁にあるカメラを見て、何かを確認する動作をした後、今度は平の方を見て、薄ら笑い浮かべる。いやな予感がした平は眉をひそめる。椅子に座った刑事が左腕を伸ばして、机越しには平の右肩に片手をのせる。フランクフルト並に太い刑事の指は、強い力で平の肩にミシミシと食い込み、平が椅子から逃げられないようにする。顔をしかめる平の目の前に、刑事が空いている手で内ポケットから取り出した携帯端末型CADを、これみよがしに見せつける。

 「こいつは光波振動系魔法を用いて、ある特殊な術を使って逮捕された違法魔法師から押収したブツだ。どんな作用がある魔法だと思う?」

 「…………」

 「……記憶を改竄することができる、邪眼の魔法だそうだ。お前が頑なで、こっちの言う通りに犯行を認めてくれないから、使えと命じられちまったよ」

 「そ、そんなの違法だろ。警察官がそんなもの使って、いいわけないだろ! 取調室は可視化が義務づけられていて、この部屋はサイオン波用のセンサー付き監視カメラで記録されているんだから、違法行為は直ぐにバレるぞ!」

 「ああ、心配するな。今、事情聴取は中断したことになっていて、この部屋の監視カメラは止まっているから。お前が泣こうが叫ぼうが、誰も助けにはこないぞ」

 「……そんな……」

 「……警察官である俺としては、こんなことはしたくなかったんだが──(十師族に次ぐ家柄の)百家に名前を連ねる家の人間を嵌めなんて大それたことをしたのは失敗だったな。魔法師としての俺は、頼みを受けざるを得ないんだ。サル(一般人)が魔法師になめた真似をしたのが悪いんだぜ。クククククク……」

 刑事の指先が携帯端末型CADに触れる。

 (リリー! 魔法無効化だ!!)

 刑事の手の中の携帯端末型CADが怪しい光を放つ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「……さて、邪眼の効きはどうかな?」

 刑事は、肩から力が抜け、表情が消えた平の顔を確認し、満足げに頷く。

 「時間がないからさっさと始めるか。それじゃお前が今日、廃ビルで何をやったのか、俺の言うことを良く記憶しろよ……~~」

 刑事が偽りの出来事を平に言い聞かせ終えた後、平に記憶した内容の復唱を命じると、表情の消えたままの平が口を開いて小さく何かを呟く。刑事が顔を近づけると、平は刑事の顔を両手で挟み、「マヌケメ」と告げる。刑事がエッという表情をし、平の手を振りほどこうとしたが、リリーの吸収の方が早く、意識を失った刑事の上半身が、ガタンと机に倒れこむ。

 (……リリーの魔法無効化と吸収の効果バッチリだったよ、ありがとう……因みに、こいつを吸収した味はどうだった?)

 (……廃ビルで吸収したやつよりも、えぐみがあって嫌な味じゃったわい。直ぐに口直ししないと、お主の頼みに妾は従わんぞえ)

 (口直しの吸収するのはかまわないが、この後の作戦をうまくやり遂げないと、当分の間、リリーに俺以外の吸収をさせてあげることができなくなるよ。作戦が完了したら、好きなだけ吸収して良いから、今は俺の指示に従って欲しい。お願いだ……)

 (……よかろう)

 (ありがとう。それじゃあ、作戦の各ステップを順に説明する。俺が作戦開始と告げた時点のエイドスに対して、第一ステップは、気絶しているこの刑事のエイドスの変更履歴から、先程彼がこの部屋に戻り椅子に座った時点のエイドスで上書きして下さい。第二ステップは、監視カメラシステムのエイドスの変更履歴から、直近で稼働していた時点のエイドスで上書きして下さい。第三ステップは、再び刑事が邪眼の魔法を使用しようとしたら魔法無効化をかけ、刑事が俺に復唱を命じた直後、俺が三日間昏睡する程の量を吸収して下さい。第四ステップは、俺が目覚めるまでの間、この刑事の端末を森羅の瞳で常時観察し、俺に関係する会話を全て記録して下さい。第五ステップは、眠っている俺の体を守るために必要な自衛行動をして下さい)

 (……三日後、俺が目を覚まし、状況を確認した後、反撃を始めます……以上ですが、何か作戦の実行に問題がありますか、リリー?)

 (問題はないが……お主は妾に手間ばかりかかせる。お主が目覚めてからしっかり手間賃分を吸収させてもらうぞえ)

 (了解です。それでは、リリー、作戦開始だ!)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 三日後の夜、病院のベッドの上で目覚めた平は、リリーからの情報で、強面の刑事は不良息子の家の執事と密かに連絡を取り合っていたことが判明した。強面の刑事は用心のためか、執事とのやりとりを自らの端末内に記録していた。彼らとのやり取りから、警察署内で俺に偽りの暴行を自供させる邪眼の魔法の仕込みが成功したか刑事が確認できなかった問題について、執事が手配したフリーの魔法師が確認するため、入院中の俺が目覚めるのを近くで待機しているとのこと。そのフリーの魔法師は、俺が目覚めると同時にリリーが吸収で気絶させてしまっていた。俺はリリーの手際を誉め、強面の刑事による違法な行いを記録した警察署内の媒体が残っているかを確認すると、やはり削除されていることが分かった。平としては、それは折り込み済みであり、違法な行為が記録されたもののエイドスの履歴があれば問題ないことであった。

 ベッドで眠った格好で、状況を把握した俺は、反撃の第一弾を開始することにした。先ずは、気絶しているフリーの魔法師に対して、リリーの復原による魔法喪失処理を行い、加えて再吸収により明日の昼まで眠ってもらうようにした。その後、俺はリリーと融合し、警察署に瞬間移動する。既に削除されてしまった、サイオン波用のセンサー付き街路カメラが捕らえた不良息子による違法魔法の行使と暴行の記録、並びに強面の刑事による違法な行いの記録は、リリーの復原により媒体に記録された状態に戻す。次に、リリーは復原を用いて、警察署内の備品のオフ状態の端末の現行エイドスを、強面の刑事の端末のエイドス変更履歴からオンライン状態な履歴のもので上書きする。その端末内に記録されている強面の刑事と執事とのやりとりの音声ファイルと、街路カメラが捕らえた不良息子による違法魔法の行使と暴行の記録ファイル、並びに強面の刑事による違法な行いを記録ファイルを、"強面の刑事の端末"から複数の動画投稿サイトへアップロードする。その上で、マスコミへ魔法師と警察による一般人への冤罪行為を警察内部告発と称して通報し、最後に端末を復原によりオフ状態の備品に戻す。一連の作業を終えたリリーは、瞬間移動で病院に戻り、融合を解いた平はベッドで枕を高くして眠りについた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 翌朝、平がナースコールを押すと、当直の看護師がやって来て、そして遅れてやって来た医師が平を診察し、利き手でない左手の指の骨折と脇腹の怪我以外は特段異常は見当たらないが、一般人である平がサイオン枯渇で昏睡状態に陥った原因を調べるため専門の病院での検査を勧めた。平が医師に警察の人に合いたいと告げると、看護師が毎日午前中に尋ねてくる予定であると教えてくれた。しかし、昼になっても警察の人は現れなかった。ベッドの近くにある端末でニュースをチェックした平は、十師族に次ぐ家柄の百家に名前を連ねる家の不祥事という話題性のあるネタに、平の狙い通りマスコミ各社が食らいつき騒いでいることを知る。昼食時になり、ようやく目覚めた同室の人は、起きている平に近寄るも、端末画面のニュースを見て、ギョっとし、慌てて病室から出て行ったまま戻らなかった。

 平がベッドの上で、まったりと微睡んでいると、警察省の千葉警部──遊び人風で警察官にみえない二十代後半の男性──が部下を伴い、やって来た。警察署の強面の刑事とは違い、中学生の平を相手にも、丁寧な態度で事情聴取をする警部であった。警察署での強面の刑事による平への事情聴取の時の記憶はあるのか、不良息子からの魔法攻撃と暴行について記憶があるのかと警部から質問された。魔法師と違って対抗魔法を有さない一般人の平が、違法な邪眼の魔法により記憶改竄されていなかったら、なぜなのかと警部は疑問抱くことは間違いない。いずれ魔法科高校受験でリリーの存在が知られることになると判断した平は、妖精と契約していることを警部に説明し、彼女のおかけで邪眼の魔法にかかることがなかったと告げ、二つの質問の記憶もちゃんとあること述べ、その詳細を語った。警部がどのような妖精なのかと質問して来たので、妖精姿のリリーを少しだけ見せてあげた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平から一通りの事情を聞き出した警部に対して、平は自分に対する魔法師と警察がグルになって冤罪作りが行われたというネットのニュースをあげて、犯罪を犯した刑事、協力した警察内部関係者、命じた主犯の魔法師は逮捕されたのかと警部に質問する。警部は困った顔をして、捜査中のことは答えられないと言う。そんな答えで納得するはずのない平は、皮肉を込めながら警部に質問する──「この国は法治国家であると自分は三日前までは思っていたが、力がある魔法師の要請があれば法を守る警察がグルになって法を破り、罪もない国民を陥れる」──そんなバカなことが起きないように、警察に所属する魔法師は一族の家から離脱させる制度はないのかと。警部とその部下は、口元を大きく引きつらせる。警部曰く、内部犯罪の摘発及び抑止する監察組織はある──違法魔法師を捕らえるために魔法師が警察として欠かせない現状では、警察へ魔法師を送り出す家との関係を切り離すことはできない事情があると。それを聞いた平は、一般人が魔法を使えるようにするか、アンティナイトに替わる魔法師の魔法を無効化する安価な方法を確立でもしない限り、力のある魔法師の家の影響を排除できないことを理解した。「結局、監察は張り子の虎で役立たず……魔法師の家と手を切れない以上、今回の主犯と言われている魔法師は逮捕されることはないということなんですね」と、平は大人の事情を切って捨てる。中学生の強烈な厭味の言葉に、やや面を伏せた警部が、今回の警察署内の記録ファイルを動画サイトにアップした者に心当たりがないか尋ねてきた。平は、全く心当たりがない、逆にお礼を言いたいから、自分の方が知りたいぐらいであると答える。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 その日の午後、平は病院を退院して、家に戻ることが許された。平が家に戻ってみると、映像電話に七草会長からの留守伝言メールが入っていた。ニュースで平の巻き込まれたトラブルのことを知り、心配になって連絡を入れてくれたのだろうと思った平は、折り返し七草会長へ映像電話を入れる。映像電話の画面に現れた、フワっと優しく微笑む私服姿の七草会長に、しばし癒され目尻を下げた平は、心配をかけたことを謝り、ケガもひどくなく、トラブルも回避できそうだとお気楽な調子で報告をしたら、七草会長から三十分近くお説教を受ける羽目になってしまった。言いたいことを言って満足した七草会長は、「健康に気をつけて、受験勉強を頑張るのよ」と平を励ました後で、魔法実技の練習先を教えてくれた。精神年齢的には俺の方が上なんだが、彼女から、なんかダメな年下のやんちゃ者に認定されてしまったような感じである。

 映像電話を切った後、厳しい表情に切り替わった平は、自分を陥れようとした関係者──強面の刑事、不良息子の家の当主と執事──への反撃第二弾──魔法師としての死+α──をどのように行うべきか考え込む。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 厚手のコートに身を包んだ平は、府中市の寺を訪れるためにキャビネット(リニア式小型車両)で最寄りの駅まで移動する。駅前に降り立った平は、近所にいた老婆に九重寺への道を尋ねると、「力持ちなお坊さんがいるところだね」と、笑って道を教えてくれた。お坊さん=力持ちが結びつかない平は、少し首を傾げたが、行けば分かると考え、老婆にお礼を告げて寺への道を歩きだした。

 平が小高い丘の上に建つ九重寺の坂道を登り、ようやく山門に到着すると門の両脇には仁王像が立っていた。門の中から掛け声が聞こえてくる。平がお寺の境内に入ると、予想以上に大きな本堂の前庭で子供から大人までの男女が、僧兵のような筋肉のお坊さんの指導の元、かわった体操をしていた。老婆の言っていた力持ちなお坊さんという言葉に納得した平が、近寄って見学していると、ふいに背中をトントンと軽く触れられた。平が振り返ると、そこには誰もいなかった。

 (後ろじゃ)という脳内寄生彼女のリリーの言葉に、平は慌てて振り返ると「ぷにゅ」と頬を指で押さえられてしまった。「ひ──っ!」と叫び声を上げて、思わず後ろに飛び退く平。そこには、飄々とした坊主頭のお坊さんが、腰に両手を当てて、この寒さにもかかわらず作務衣という出で立ちで立っていた。

 「うん、中々いい反応するね少年」

 「……び、びっくりしたー。に、忍者さんですか?」

 「チッチッチ、世間の誤解だらけの俗な忍者じゃなくて、僕は由緒正しい"忍び"だよ」と、人指し指を左右にふりながら、少し軽薄そうな口調で応える。

 「姿もみせずに移動されたのは忍術の一種ですか?」

 「いやいや、少年が振り返る回転方向とは反対へ移動しただけの体術だよ」

 「俺の振り向く回転方向がわかったのですか?」

 「少年の頭の動きでね」

 「……目がいいんですね」と、感心する平であった。

 「ところで、君が真由美嬢から連絡があった精霊使いの綿貫少年かね?」

 「は、はいそうです! 始めまして、綿貫平といいます。●●市の○○中学三年生です。よろしくお願いします」

 「僕の名前は、九重八雲。この寺の住職だよ……だいぶ予定時間より早く来たね。すまないが、近所の人を集めた忍術健康体操中なんだ。もうしばらく待っていてもらうか、それとも一緒に参加してみるかい?」

 九重の言葉に、興味を抱いていた平は体操に途中参加することにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 本堂の一室の畳に正座している平は、額ににじみ出る汗をハンカチで何度も拭いていた。

 「……想像以上に体の芯から温まる体操なんですね」

 「真面目にやれば、相当にエネルギーを消費するから、ダイエットや運動不足解消になるって近所の皆さに好評なんだよ」

 「……さて、真由美嬢からの連絡では、一般人の少年が最近精霊使いになったので、魔法科高校の入学試験における実技練習を教えて欲しいと簡単な説明しかなく、詳しい事情は本人から聞いてくれということだったんだよ。僕としては、引き受けるがどうか少年の話を聞いてから判断したいんだが……」

 「分かりました。事情を説明させて頂きます。その前に、俺の様な若輩のために、お会いして頂きありがとうございます。俺が契約を結んだ精霊をご紹介させて下さい。リリー、九重住職様にご挨拶を」

 平のサイオンを吸収して擬似物質化した、妖精姿のリリーが九重の前の宙に現れる。リリーの本日の衣装は、俺がイメージ(妄想)したレースたっぷりのフレンチメイドな服であった。

 「はじめまして、九重住職様。リリー・エル・トリアムと申します。どうぞよろしくお願いします」

 「……ほお~、これはこれは……水の煌めくような髪にホワイトブリムのアクセント、大きな目の中の蠱惑的な金の瞳、愛らしい小さな鼻と唇、細い首に真紅のリボン、色香がかおる鎖骨ライン、手ひらにすっぽり納まりそう双丘、折れそうなぐらいに細いウェスト、高い位置にある腰と長い足。人間ではありえない美しさは、正にエルフの如く美を備える妖精そのもの……」

 妖精姿のリリーの直ぐ近くまで顔を寄せた九重は、彼女の頭の先から爪先、正面から背中までまじまじと観察する。リリーは口の端を少々引きつらせ及び腰になりながら、なんとか愛想笑いを維持する。

 「そして、彼女の可憐さを一層引き立たせるフレンチメイド衣装は絶品ものだね。ヴィクトリアンメイドのシンプルさもいいが、やはり溌剌とした乙女にはマイクロミニなフレンチが似合う。この赤いマイクロミニの裾を飾る白いレースと白いオーバーニーソックスの間の肌がくらくら眩しく……萌える。正に、これこそ萌えだ!」

 煩悩坊主の言葉に、変態妄想好きな平が共感し叫ぶ。

 「こ、九重住職様もフレンチメイドの萌えがご理解頂けますか──このミニと絶対領域が生み出す、萌え萌えフィールドが!」

 「わかるぞ、わがるぞ少年──萌えの素晴らしさを知る同士よ──ッ!」

 がっちり肩を抱き合う二人から、距離をとった妖精姿のリリーは呆れた目で見下ろし、「変態は変態を呼ぶということなのね……」とため息混じりに呟く。

 


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