魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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22 九校戦⑥

 横浜中華街の某ホテル最上階──客には知られていない本当の最上階──の一室では、壁に設置された大型テレビが新人戦ミラージ・バットの試合の終了場面を映していた。

 「四号、これはどういうことだ! 一高の両選手は、互いに空中衝突して棄権するよう洗脳に成功したという報告は嘘だったのか!」

 テーブルを囲んで座っていた無頭竜の幹部の一人が、部屋の壁際に佇む美人(四号)に向かって詰問する。同席していた他の幹部四人も、四号に剣呑な視線を向けるが、彼女は笑みを浮かべたままで受け流す。

 「残念ながら、解除されてしまったようですわね」

 四号は右手を頬に当て、困っていますな表情をしつつ、のんびりした口調で答える。そんな四号の無責任で軽い態度に、幹部達は怒りを露にして怒鳴り、部屋の四隅に立つ護衛のジェネレーター(男)に四号を拘束して床に押さえつけるように命じる。一体のジェネレーターが命令に従って、四号に近づくと、唐突に身体を反転させて、四号を背中にかばうような姿勢をとる。

 「十七号! 命令に従え!」

 幹部の一人の命令に対して、十七号は手刃を構えて戦闘態勢を取る。

 「四号に洗脳されたのか?」

 「いや、忠誠術式を組み込んだジェネレーターを洗脳するのは不可能だ! 四号と同じく忠誠術式自体を改変されたのかもしれん。原因を突き止めるため生け捕りにしろ!」

 「やっかいな……」

 「最悪、四号だけでも生け捕りにすれば良い!」

 幹部の命令に従って、ジェネレーター三体が十七号を半円状に取り囲むと、フッとジェネレーター三体の姿が消えてしまった。

 「「「?!」」」

 「な、何をしたんだ十七号、いや四号!」

 一瞬にして強力な護衛三体を消され、驚愕する幹部達の中にあって、いち早く立ち直った幹部の一人が四号に訊ねる。

 「"私"は何もしておりませんわ……この子(を通してリリー)が怖い"道具"を消してくれただけですわ」

 そう言った四号の右手のひらには、ケット・シー(猫耳メイドの妖精)がちょこんと立っていた。ケット・シーは、淑女らしく両手でロングスカートを僅かにつまみ、片足を引いて、軽く頭を下げ挨拶をしてみせる。その様子に幹部達は、毒気を抜かれポカ~ンとした表情をみせるも、直ぐに敵であることを思い出し、敵意を向ける。幹部の一人が、情報を収集を試みる。

 「護衛のジェネレーター達をどこへやった?」

 別の幹部の一人が、震える指先をケット・シーに向ける。

 「……まさか、デーモン・ライトなのか?」

 「この子を悪魔だなんて、酷い殿方ですね……"道具"の護衛達は、上下に分割されて海の底で永眠されたそうですわよ。フフフフ……」

 妖艶に笑う四号が、ケット・シーの頭を撫でながら、幹部達の知りたかったことに答える。戦闘に特化したジェネレーター三体を、一瞬にして消してみせたケット・シーの恐るべき脅威に幹部達は震え上がる。身を守る護衛を失った状況下にあっても、生き汚い幹部達は生き延びる策──緊急ボタンを押して武装した部下を部屋に招集──を講じる。本来なら一分もしないで駆けつけるはずの武装した部下の靴音が、まったく聞こえないことに幹部達は焦りを覚える。

 「……そうそう、言い忘れておりました。この部屋に駆けつける者は誰もおりませんわよ」

 その言葉で幹部達は、裏切った四号が総支部の部下達を、洗脳したことを理解した。飼い犬に手を噛まれるどころか、裏切られて総支部を乗っ取られる事態に、幹部達は皆歯ぎしりしながらも、少しでも逆転する切っ掛け、あるいは自分だけでも助かる方法を探そうと足掻く。

 「何故、組織を裏切った、四号!」

 「裏切ったとは心外ですわ。私はマスターが、命じた通りに行動しただけですもの」

 「何を言っている! お前に命令できるのは、我ら幹部だけだ。直ぐに反逆を止めて、我々の命令に従え!」

 「何をお馬鹿なことを仰るのかしら──私に命令できるのは、こちらのマスターだけですわ」

 そう言って四号は右手で、突然出現したエンブレムのない一高の制服を着た少年を紹介する。少年を守る位置へ、十七号が四号の前から離れる。

 「初めまして、国際犯罪シンジケート、無頭竜の東日本総支部幹部諸君」

 「「「?!」」」

 警備が厳重なこの部屋に、突然現れた少年に幹部達は声も失って驚くが、次に誰だという胡乱な視線を向ける。

 「あれ、俺が誰だか分からないかない? 拉致されそうになった被害者の一人なんだけど……この姿ならば分かるでしょ」

 そう独白した少年の姿が、不意に少女に変身する。

 「「「あっ!」」」

 幹部達が一斉に声を上げ、相手が何者かを理解した──平々凡々な容姿の平よりも、リリーの方が有名人故に。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「バスの特攻や九校戦での妨害ぐらいは見逃してあげたけど、流石に俺達H組の人間を拉致しようとしたことは万死に値する許しがたい行為だ……俺達に手を出した以上、この組織を潰させてもらうよ」

 「「「……」」」

 「……ああ、心配しなくてもいい、諸君の命まで取ることはしないから」

 沈黙する幹部達の目にやや安堵の色が浮かぶ。

 「彼女に君達を洗脳してもらって、この部屋にあるコンピュータに記録された犯罪情報や、それに記録も出来ない極秘帳簿等の現物と一緒に、外国犯罪組織を担当している御国の部署(内閣府情報管理局)に行ってもらい、西日本総支部をはじめ無頭竜の国内外の拠点や幹部に関する情報を洗いざらい全力で証言してもらうだけだから」

 幹部達は一斉に顔色を青くする。

 「そうそう、今回九校戦でブックメーカーをやっているようだけど、犯罪組織と取引するような客に関して、知っている全ての犯罪情報も全力で証言したまえ──客や無頭竜の人間に逃げられたら、証言した諸君は監獄の中にいても暗殺に怯えることになるのだから」

 少年の悪魔のような悪辣さに、犯罪組織を束ね肝の座っているはずの幹部達でさえも顔色を悪くする。このままでは洗脳され、少年の言った通りの未来が待っており、幹部達は別の未来を勝ち取るために賭けに出ることにした。幹部の五人は、互いに視線を交わし、暗黙の内に起こすべき行動を了解し合う。

 「「「死ね!」」」

 五人の幹部が一斉に、平らに対して攻撃魔法を放つ行動に出た──が、室内には微風の一つも発生しなかった。"痛い"厨二病な行動をする大人達に、リリーの姿をした平が、両手でポンと叩く。

 「言い忘れていたけど、諸君の魔法能力は消去済みだから。(本当は、イデアへ魔法式を投射するゲートを発生前段階に戻しただけなんだけど……。)今日から君達は、魔法師ではなく、ただの一般人として魔法を使えなくなった人生を過ごしたまえ」

 リリーの姿をした平の言葉を信じられず、幹部全員は何度も魔法を発動させようと試みる。その様子を、リリーの姿をした平が生暖かい目で見守る。全ての試みが徒労に終わり、本当に魔法が使えなくなったことを認識させられ、失意に打ちひしがれた幹部であったが、何人かは最後の悪あがきで部屋から逃げ出そうとするも、十七号に阻止されてしまう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 その日の深夜、壬生勇三が帰宅した壬生家に、五人の不審人物が押しかけ、口々に己の罪を述べ、保護を求めてきた。内閣府の外国犯罪組織を担当する外事課長である勇三は、彼らが無頭竜という国際犯罪シンジケートの東日本総支部幹部であることを理解し、直ぐに職務に従い行動を起こした。

 五人の幹部が洗脳されていることは取り調べで判明したものの、誰に洗脳されたのか、彼らは洗脳に関与した者の記憶を一切失っており、総支部の監視機器にも一切の情報が残っていなかった。唯一、ネットでは瞬間移動能力者を狙う者は組織を潰すという、与太話のような噂が拡散していただけであった。

 取り調べが進むにつれて、五人の幹部が皆不自然な形で魔法能力を喪失していることが問題となった。魔法能力を奪うことができる者が現れたのではないかという噂が広まり、ちょっとした騒ぎになる。

 洗脳されてはいても、客観的な証拠から五人の幹部の証言は採用され、彼らが提供した犯罪情報や極秘帳簿、更に東日本総支部の家宅捜索等によりブースターをはじめ違法な証拠がザクザクと見つかる。それらは、国内外の無頭竜及び傘下組織、関係企業、並びに与する個人を摘発・逮捕する大捕り物に繋がることになった。なお、無頭竜に与する国内の個人には、与野党の国会議員、警察や大企業の幹部、その他に珍しいところで九校戦大会委員の役員も含まれていた。また、無頭竜の東日本総支部の家宅捜索で、マネーカード及び貴金属・宝飾品といった資金の一部の行方が不明となっていることが判明し、洗脳に関与した何者かが奪い去ったと見られる。

 国内外を騒がすことになった大捕り物が長期に渡った結果、勇三は二週間以上も自宅に帰ることができず、娘をリアル夏コミに連れ出されることを防ぐことができなくなってしまった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 新人戦最終日の五日目(大会八日目)の競技は、モノリス・コードのみであり、急造一高チームは、予選リーグの残る一試合を二高と午前中に戦うことになっている。

 対戦ステージは、試合直前にランダムに決められるが、奇しくも二高との試合は、前日最後の試合でコンクリートの下敷きになりかけた因縁の市街地ステージと相成った。決まった瞬間、忠章と吉田は、嫌そうに顔を顰めた。そんなチームメイト達の奮起を引き出そうとして、チームリーダーの達也は、この試合も全力で勝ちに行くぞと発破をかける。急造一高チームは既に三勝しており、ほぼトーナメント進出は確実ではあるが、達也は全勝でトーナメント進出を果たすことで、忠章や吉田に決勝でも戦える自信を持たそうとしたのである。

 学校の校舎を想定したと思われるビルで、一高と二高の試合は始まった。ディフェンス役の忠章は、接触瞬間移動を使って自陣モノリスをコンクリートの壁で囲って隠してしまう。更に、簡易森羅の瞳の力で対戦相手の接近を遠くから捉え、対戦相手の足元のコンクリートを階下から接触瞬間移動で除去し、落ちて来た相手の顔面を圧縮空気弾で叩きノックアウトする。達也は、幾らでもある建物の物陰を活かして、九重ら忍術使いとの練習の成果を活かし魔法を使わず──身体能力を大いに発揮し、天井を走る配管につかまって別の階から──対戦相手のモノリスに接近し、専用魔法を放ちモノリスを開くことに成功する。吉田は、達也につけた精霊を介して視覚同調で開いたモノリスの内部に刻まれたコードを透視し、ウェアラブルキーボードでコードを打ち込み、勝利を決定付けた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 新人戦最終日の午後、小野遥は不機嫌そうな顔をして、電動バックを引いて、会場ゲートに向かっていた。彼女が不機嫌な理由は、達也の示した臨時収入に釣られ無頭竜の情報を探る為、昨夜東日本総支部に潜入したものの、何者かに拘束され記憶を消され、ホテル最上階近くで黒い全身ボディスーツ姿のまま放置されたことが原因であった。そんな怪しい姿であったため、内閣府情報管理局の者に拘束され、取り調べを受けるはめになったが、小野は公安の諜報活動をしていたと偽りの説明することで何とか釈放された。達也から依頼された件が失敗に終わり、隠形に特化したBS魔法師の己のプライドを傷つけられた小野は、達也に会うのが非常に気が重かった。

 決勝トーナメントの組み合わせが発表され、急造一高チームは午後から行なわれる準決勝第二試合で九高と対戦することになった。急造一高チームは、一条や吉祥寺をメンバーとし優勝筆頭候補である三高の第一試合を観戦することにした。会場ゲートに呼び出しを受けた達哉は、後から観戦会場に合流すると言って立ち去った。

 達也は、会場ゲートで不機嫌な小野の八つ当たり受けるも、さらりと受け流し、九重に依頼した荷物を受け取る。そして、達也が依頼した別件の首尾を小野に訊ねると、彼女はやけくそな口調で、依頼遂行ができなかった言い訳──無頭竜の東日本総支部が家宅捜索を受け壊滅的打撃を受けたこと──を喋る。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 決勝トーナメントの準決勝第一試合は、十師族の一条家次期当主が正面から対戦相手の八高を粉砕する圧倒的な強さを見せ、三高の勝ちとなった。試合中、深雪を隣に侍らせた達也は、圧倒的な一条選手の技量を称賛し、一緒に観戦していた吉田と忠章は、自分達が次に一条と戦うことになるかもしれないと考え、複雑な表情を達也に向けていた。

 「……一条選手の遠距離からの先制飽和攻撃魔法を止めるなんて僕には無理だ。達也なら何とかなりそうかい?」

 試合が終わった直後、吉田は深刻そうな顔をして問い掛ける。

 「流石に俺一人では無理だな。障害物の多い対戦ステージで、二人がかりでなんとかと可能かもと言った所だ」

 「達也! 幾らなんでも一条以外の二人を一人で牽制するなんて無理だよ。吉祥寺選手一人でも手一杯なんだから」

 吉田が弱気な言葉を吐く。

 「リーダーの達也が、そんなことを言うということは、普通に戦ったら俺達では三高に勝ち目はないということか?」

 どんな状況でも冷静に対処して見せる達也の言葉に、忠章は意外そうな顔で反応する。深雪が心配そうに達也を見あげ、それを察した達也が安心させようと口を開く。

 「一条家本来の戦闘スタイルは、中距離からの先制飽和攻撃なのに、彼のいままでの戦いは遠距離攻撃に変えている。自信家であり、派手好きな性格な彼ならば、上手く挑発すればこちらの思惑に乗せることが可能だ。今までの戦いを見ると、三高のディフェンス選手はモノリスに張りつき、遊撃に吉祥寺が出てくるだけだ」

 「そこら辺を突いて、一条と吉祥寺を分断し、一人が吉祥寺を押さえている間に、二人がかりで一条を何とか倒すという所か、達也?」

 忠章の言葉に、達也が黙ってうなずく。

 「上手くそんな状況に持ち込めればいいけど……不可視の弾丸を使う吉祥寺選手を一人で抑え込むのは相当難しいんじゃないのか、達也?」

 吉田が心配そに言う。

 「大丈夫だ。その対策に必要な物は、既に手に入れている」

 「「?!」」

 吉田と忠章は首を傾げる一方で、深雪は「流石、お兄様」と尊敬の視線を達也に向けていた。

 「問題は、対戦ステージだな……」

 達也が静かに呟く。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 準決勝第二試合、一高は九高と渓谷ステージで戦うことになった。

 試合が始まると同時に、対戦相手の九高のディフェンス選手が、両陣地の間にある川面に向けて次々に魔法を放ち、大きな爆発音と共に巨大な水飛沫の幕を量産する。それに乗じて、九高のオフェンス選手二人が、飛行魔法で一気に川を飛び越え、一高の陣地に空から奇襲を仕掛ける。

 吉田が慌てて、精霊魔法により霧の結界を自陣モノリスを中心に周辺に張りめぐらそうとするも、隠しきるには時間が不足していた。達也が飛行魔法を発動させ、川を飛び越えて来た九高の選手の片方へ迎撃に出る。

 残る一人の飛行魔法を使う九高の選手には、ディフェンス役の忠章が、移動魔法で周囲に大量にある石の散弾攻撃を連続で行なう。障害物のない空中に身を置いて飛行する九高の選手は、対物障壁を身体の前方に展開して忠章の攻撃を防いでしまい、忠章の攻撃は自陣モノリスへの接近を阻止するに留まっていた。

 空中戦を行なっていた達也が、対戦相手を無系統魔法の共鳴(生体波動とサイオン波の共振を起こす魔法)により一時失神させて川に落し、ヘルメットを取り上げることで無力化に成功する。飛行魔法を使って忠章と攻防を繰り返している九高の選手については、霧の結界を敷いた吉田が精霊魔法の木霊迷路を仕掛け、方向感覚を狂わされた九高の選手は地面に墜落し気絶してしまう。後は、九高のディフェンス選手一人をたこ殴りに持込み、倒すことで急造一高チームが勝利した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 一高と三高による決勝戦の前に、三位決定戦が行なわれ、九高が勝利した。その間、作戦の打合せを念入りに行なった急造一高チームであったが、決勝戦の対戦ステージが草原に決まった瞬間、吉田と忠章は苦い顔になる。達也の想定した最悪よりは一つましなケースだが、試合は相当に厳しいものになると分かったからだ。

 決勝戦開始の合図が鳴ると同時に、忠章は連続瞬間移動で両陣営の中央付近へ急行した後、今度は後退しながら自陣のあちらこちらを瞬間移動で移動し、併せて足元で接触する土の塊(直径と高さが各二mの円柱)も一緒に運ぶことで、深い穴と土柱を次々に生産し、達也の作戦に沿って障害物のあるフィールドに作り変えて行った。一方、達也と吉田は、各々隠形の術式を発動させ、忠章の作った障害物に身を隠し配置につく。

 その様子を眺めていた一条は、敵の準備が整ったのを見計らって、悠々とした足取りで、敵陣に向かって一人進軍を始める。

 一条は自陣中央まで進むと、右手に持った拳銃形態のCADを前に突き出し、敵陣の障害物となっている土柱を移動魔法で飛ばそうと引き金を引くも、忠章が施した相克魔法に阻まれてしまう。再度同じことを繰り返した一条は、使用魔法を切り換え、干渉力を高めた振動魔法により土柱を一つずつ崩し、深い穴に対しては上から偏倚解放を放つ攻撃を絶え間なく行い、隠れている一高選手を追い出そうとする。隠れていた土柱を崩された達也は、別の物陰を求めて疾走する。それに対して、一条は圧縮空気弾の連続攻撃を加えるも、達也は無系統魔法の術式解体で次々と撃ち落とし、障害物に隠れつつ一条に接近する。

 一条が中央ラインを超え敵陣に足を踏み入れると、吉祥寺は一条の背中を迂回して一高陣地に向かって疾走する。

 障害物を作りながら自陣のモノリスの元へ戻った忠章は、接触瞬間移動を繰り返して、周囲から大量の土塊を運び込み、せっせとモノリスを埋め、小山を築く作業をしていた。迂回しながら自陣に侵入して来る吉祥寺に気がついた忠章は、本陣の小山を後にして迎撃に出る。

 互いの距離が百mを切った頃、吉祥寺は腕輪形態のCADを忠章に向けて、不可視の弾丸の魔法を発動するも、忠章が脱ぎ捨てたマントが広がって固い盾となって不可視の弾丸を防ぐ。忠章は、マント盾の表面に圧縮空気のシールドを備え、その影に身を隠した状態で三次元的な瞬間移動と疾走を繰り返し、吉祥寺に体当たりを敢行しょうとするも、一条による遠距離からの援護射撃に断念する。一条の視線が達也から離れ、吉祥寺に向いて瞬間、達也によって改良された視覚認識阻害の術式で身を潜めていた吉田が、一条の足元の地面表層を古式魔法の地鳴りで振動させ、バランスを崩させることに成功する。吉田は追撃となる、地割れ、乱れ髪、蟻地獄の連続した術式発動により、一条は両足を地面に捕らわれてしまう。

 「将輝!」

 親友の危機に吉祥寺の意識が、思わず忠章から外してしまう。一旦後退していた忠章が、チャンスと見て、固いマント盾を水平にして、移動・加速魔法により吉祥寺に向かって高速で飛ばす。それに気がついた吉祥寺は、慌てて腕輪形態のCADにより対物障壁魔法を発動しょうとする。

 「ブレイク!」

 忠章が小さく呟くと、吉祥寺の腕輪形態のCADが突然バチという音を発し、起動式の読込みを失敗する。吉祥寺は、何が起きたのか分からなかったが、再度CADを操作するも一切の反応がない。肝心な時に故障とはと脳裏で舌打ちをした吉祥寺は、左手にはめた予備の腕輪形態CADに切り換えるようとするも、それより早く固いマント盾が彼の腹にめり込み、彼の身体はくの字になって吹き飛んだ。この衝突で吉祥寺の肋骨が数本折れ、半死状態で地面に仰向けに倒れる。そんな吉祥寺から、忠章はヘルメットを脱がして無力化すると、直ぐに達也らの援護に向かう。

 三高の陣地で、モノリスの前で立っていたディフェンス選手が、吉祥寺がやられたことで、一高陣地に向かって駆け出した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 忠章が使ったCADを破壊する魔法(ブレイク)は、身体が発する静電気程に小さな放電魔法が正体であり、簡易森羅の瞳の力で敵のCADの操作部分──電気的なスイッチであるのと同時に感応石のアンテナ──という極めて小さな的を精密に狙い撃ちし、精密機器であるCADの電子回路を破壊したのである。CADは選手の身体の一部でない以上、魔法で直接攻撃してもモノリス・コードのルール違反にはならない。

 小さな破壊で大きな効果が得られるブレイクを平(意識)が思いついたのは、正に電子金蚕がヒントになった。しかし、電子金蚕と違って、このブレイクは、敵がCADを情報強化すれば簡単に防ぐことができるため、初見の敵にしか使えない欠点があった。また、電子金蚕に似た効果のあるブレイクを予選リーグから使用した場合、過去にも不正を働いたのではないかと疑われ、面倒くさい物議をかもし、ブレイクが広く知られ、切り札として使えなくなることを恐れたのである。

 故に、平(意識)は、忠章に決勝戦までこのブレイクを温存させたのである。最後の決勝戦限りの切り札として。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 両足を地面に捕らわれてしまった一条は、視界の端で吉祥寺が倒される光景に動揺すると同時に強い怒りを覚え、衝動的にレギュレーションを超えた威力の圧縮空気弾十六連発を、飛ぶように駆け寄る達也に放ってしまう。達也は、無系統魔法の術式解体で、一条の攻撃魔法が顕在化する前に迎撃し続けるも、最後の二発の直撃を身体に受けてしまう。

 一条は、ルール違反を犯し、目の前で倒れようとする一高選手を見て、大怪我を負わせてしまったことに茫然自失となり、隙だらけの状態で立ち尽くす。一方、達也は、再成により損傷した肉体の修復を瞬時に完了させ、隙だらけで茫然と立っている一条の顔めがけて、踏み込み身体を跳ね上げ、右腕を突き出す。その突きから逃れようと、反射的に一条は頭を傾けるも、達也の右手が一条の耳元を通り過ぎた瞬間、巨大な破裂音が発生した。轟音は遠く離れた観客席まで届いた。

 達也と一条が互いに見つめ合う──次の瞬間、一条がニャリと笑い、達也の身体を移動魔法で吹き飛ばす。

 「その手はジョージが対策済みさ!」

 一高の予選リーグでの戦い方を分析した吉祥寺が、一高選手は対戦相手の五感への攻撃が多いことを把握し、目や耳への攻撃に対する防御魔法を各人に施しておいたのである。

 達也は、吹き飛ばされながらも猫のように体勢をクルっと直し、足から着地する。冷静になった一条は、先程のルール違反のことも忘却し、レギュレーション内の圧縮空気弾十六連発を離れた場所に立つ達也にお見舞いしょうとする。しかし、それを邪魔しょうと吉田が、雷童子の術式を発動し、一条に向けて雷で攻撃をかける。その攻撃を一条は、反射的に避雷針の魔法で防ぎつつ、圧縮空気弾十六連発の的を吉田に切り換えて攻撃を行なう。吉田は、展開した障壁魔法で一条の攻撃を凌ごうとするも、最初の数発で障壁を破壊されてしまう。達也が吉田を助けようとして、一条の攻撃魔法の十発近くを無系統魔法の術式解体で顕在化する前に破壊する。達也の援護射撃があっても、体術が達也より劣る吉田では、一条の圧縮空気弾をかわすことができず、身に受けて倒れ伏してしまう。

 一条が、手にした拳銃形態のCADの矛先を達也に向けたと同時に、CADがバチという異音を発した。一条は、CADの突然の故障にも慌てず、予備の拳銃形態のCADをホルダーから引き抜くも、直ぐに同様の現象に見舞われる。一条は、本能的にCADへの攻撃を理解し、周囲に警戒の目を向けつつ、CADなしで魔法発動に時間のかかる手順を踏む。

 突然、一条のヘルメットが、背後から何か強い力で上に引っ張られ、脱げてしまう。

 「やり──っ!」

 そんな声を残して、忠章は空高く飛びつつ、どんなもんだいとでも言うようなイイ顔をして、一条のヘルメットを高々とかかげて見せる。地上では、達也が駆け寄ってきた三高の最後の選手を倒し、ヘルメットを脱がす。この瞬間、急造一高チームの優勝が決まり、会場は大歓声に見舞われた。

 周囲を常に警戒していた一条としては、まったく接近を感知させなかった忠章に驚くとともに、やられたという悔しい思いで一杯であった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 少し時間を戻す。

 達也らに意識が向いている一条の隙、即ちチャンスに、忠章は三百m以上先から一条のCADにブレイクを続けて発動させる。元々、魔法発動において物理的な距離は関係なく、術者の認識が"距離"を決める。レベルアッパーの妖精の支援により認識拡張をブーストされた忠章は、物理的な遠距離をものともせずブレイクを成功させる。残念ながら認識拡張のブーストは、忠章の魔法演算領域(仮拡張分も含む)のほとんどを消耗する欠点があり、小魔法なブレイクぐらいしか使えない。生体に対する威力が極めて乏しいブレイクでは、一条を倒すことはできない。一条のCADを封じたチャンス・タイム内に彼に接近し勝利するには、連続瞬間移動では間に合わないと判断した忠章は、己の身体を、最大限可能な移動・加速魔法により曲射砲弾となって空へ飛ばした。一条の警戒は、あくまでも対戦相手を視界に入れる水平線より下であり、空から飛来する忠章に気が付かなかったのである。

 止まるための減速魔法なしでぶっ飛んできた忠章は、一条の頭上に最接近した所で瞬間移動を行い、一条の背後に転移──ベクトルを上向きに変え慣性の勢いを力に──して、一条のヘルメットに触れた忠章の両手を硬化魔法で固定したまま強引に脱がさせたのである。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 試合が終わっても、直ぐに忠章は解放されることはなかった。忠章が埋めてしまった自陣モノリスの発掘や、草原ステージのあちらこちらに開けてしまった深い穴の埋め戻し作業を運営員から頼み込まれたためである。忠章は作業を行いながら、この夏は土方のバイトで目一杯儲け、弟や妹と遊園地へ遊びに行く計画を思いつく。手間のかかる弟や姦しい妹の相手をさせるために、新しい友人を誘うことも忘れなかった。

 漸く忠章がH組の皆の元に戻ると、色々と無茶した件について雛見から叱られ、説教を受けるはめになった。それでも最後に雛見は、十師族の一条家次期当主に勝つという大金星をあげた忠章に抱きつき、大いに誉めた。

 孤児であった忠章は、魔法能力の発現が遅く、魔法師遺児保護施設ではなく普通の保護施設に入ったが、遅い段階で魔法能力が発現し、魔法科高校をに入学することができた。しかし、入試の成績が悪く二科生となった忠章では、育英資金を借りる条件は悪い(魔法師としては安月給で長年国防軍に従事となる)上に、助成も最低(学費相当分)のものしか借りることができず、色々と苦労していたのである。九校戦の新人戦代表選手に選ばれ、一科生にも勝るとも劣らない実力を示し、その上、九校戦において二つの競技で優勝を果たした以上、条件の良い奨学金給付を受けられるはずである。

 一方、雛見が喜んだのにはもう一つ訳があった。彼女も忠章と同じ施設で過ごし、彼よりも早く魔法能力を発現させ、とある魔法師一族の分家の養女に迎えられた。雛見を養女にした家の目的は、より優れた魔法能力を持つ婿を取ることであり、そういう意味で十師族の一条家次期当主に勝利した忠章は婿養子として十分な資格がある。雛見は忠章に抱きつきながら、好きな彼を両親に紹介し、この夏の内に婚約を既成事実化する気満々であった。忠章にとって、それが幸せなのか、人生の墓場なのかは……。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 その日の夕方、一高の夕食はチームリーダーの七草の発案で、新人戦のほぼ完全優勝(男子クラウド・ボール以外)を祝いパーティとなり、忠章、達也、吉田、リリーらH組の五人、そして深雪、三井及び北山の活躍を讃えた。

 反発しそうな同学年の一科生達は入院し、他の上級生の一科生らも二科生らの実績の前に文句も言えず、パーティは表面上は和やかに進んだ。意外なことに、二科生のことを鼻もひっかけなかった一科生の女子生徒が、忠章や達也を取り囲み、彼らの活躍を称賛し、積極的にアプローチをかける。鼻の下を伸ばした忠章は、雛見に脇を抓られて、女子生徒の輪から連れ出されてしまう。

 そんな光景をリリーの中で見ていた平(意識)は、心の中で「青春だね~っ」とオヤジっぽい口調でのたまう。

 


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