魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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21 九校戦⑤

 新人戦四日目(大会七日目)、モノリス・コードの予選の始まりに時間を巻き戻す。

 達也・吉田・忠章の急造一高チームの第一試合は、六高を相手に岩場ステージで戦うことになった。遮蔽物となる大岩はあるが、岩々の間は離れ、地面の高低差もないため、障害物の少ない比較的見晴らしの良いステージである。両チームのスタート地点は、三百m程しか離れておらず、モノリスや選手の姿が互いに見える状態からの試合開始である。チームリーダーの達也は、遮蔽物が少ないことから、忠章の瞬間移動という機動力と吉田の精霊魔法という奇襲力を組み合わせた作戦案を指示する。

 試合開始の合図が鳴ると同時に、忠章は吉田の肩に手を触れ、一緒に断続的な瞬間移動で──岩と岩の間の地面は砂地が多く足場としては悪いため──岩から岩へと転移する。二人の移動速度は、瞬間移動を用いることで水平飛翔する隼に近い速さであり、約七秒後にはフィールドの中間線を超えて敵陣に突入する。

 忠章らの約八十m先には、一高の動きに呼応して、加重軽減魔法で岩を足場に跳躍を繰り返し前進して来た六高選手の二人の姿があった。彼らは、足を止めて、片腕を前に出して魔法で忠章らを攻撃する態勢をとる。忠章らが次の瞬間移動して姿を現すと、出現予想地点を狙って、六高選手の二人は移動魔法により岩礫を打ち出す面攻撃を放ってきた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 その少し前に、レベルアッパーに宿る妖精が持つ簡易森羅の瞳の力で、忠章は六高選手二人の攻撃魔法の種類を察知していた。故に、忠章は瞬間移動する前に、前夜に達也が超絶技能で起動式を組んだ強力な対物障壁の展開を維持したまま移動し、瞬間移動後のインターバル時に狙われる弱点をカバーする。

 忠章らの出現予想地点一帯に向けて打ち込まれた石礫の集中砲撃は、対物障壁を展開したまま瞬間移動で現れた忠章らの前で阻止されてしまう。同時に、吉田が準備していた精霊魔法で、六高選手二人との間にある砂地に、時間差を設けて大きな砂柱を発生させ視界を遮る。

 次々に発生する砂柱の陰となる地点に、忠章は瞬間移動先を調整し、攻撃して来た右側の六高選手に肉薄する。それまで大地を瞬間移動していた忠章らが、空中へ移動先を転じることで、六高選手は忠章らの姿を一瞬見失う。その隙をついて、宙にある吉田が準備していた閃光魔法を六高選手の眼前に発動させる。着地した吉田は、目をやられた六高選手に向けて、雷童子の派生形による電撃を放つ。六高選手は、スーツの簡易な絶縁性能を上回る電撃をくらい意識は失う。

 一方、忠章は吉田をその場に残し、もう一人の六高選手──忠章からみて、ほぼ九十度左──に向かって瞬間移動する。瞬間移動先が直角な地点であっても、忠章本人にとっては直進状態のままであり、慣性に振り回されることもない。六高選手は、盾となる対物障壁を展開し接近する忠章に対して、数多の圧縮空気弾を曲射させて攻撃を行う。忠章は、大地と空をランダムかつ立体的に瞬間移動することで、曲射される圧縮空気弾をかわしたり、対物障壁の盾で防ぐ。六高選手は、肉薄する忠章から距離を取ろうと、慌てて加重軽減魔法を発動させ大きく跳躍するも、彼の眼前に瞬間移動で出現し──更に自己加速で運動エネルギーを増大させ──た忠章の対物障壁に弾き飛ばされ、地表の岩に激突してしまう。

 試合開始から一分もたたない時間で、六高のオフェンス選手二人を倒してしまった忠章と吉田の映像が、ルール違反監視用カメラを通じて、客席前の大型ディスプレイに映し出されると、観客から大きな歓声が上がる。

 六高選手二人を無力化した忠章と吉田は、直ぐに一緒に瞬間移動で、敵陣のモノリスへ向かう。二人は、二対一という有利な条件で最後の六高選手を倒したことで、急造一高チームは第一試合を勝利で飾った。その様子をモニターしていた一高の天幕では、素直に喜びの声を上げる者と、調子に乗るウィードに苛立つ者に分かれた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 急造一高チームの二試合目は、八高チームと森林ステージで対戦することになった。木々という障害物が多いステージであったため、達也がオフェンス、吉田が遊撃、忠章はモノリスを守るディフェンスという役割分担で試合に臨んだ。

 遮蔽物の多い森林は、忍術使いの九重の教えを受けている達也が、もっとも得意とするフィールドである。また、人工の森林ではあるが、自然的要素が豊かな環境は、精霊魔法の使い手である吉田にとって、使える手札が多く有利な条件である。そんな二人が、大いに活躍して八高の選手達を翻弄するも、八高のオフェンスが一人抜け出し、一高の本陣であるモノリスの近くに辿り着く。

 光学迷彩魔法で姿を消して、敵本陣に接近した八高のオフェンスは一頻り訝る。彼の視線の先にある木々が途切れた広場には、モノリスがポツンと立っているだけで、対戦相手のディフェンス(忠章)の姿はなかったからである。八高のオフェンスは、チャンスだと思う一方で、相手も姿を消して近くに潜んでいる可能性を考え、拳銃型CADの銃口を広場のあちらこちらに向けて鎌鼬の透明な刃を幾つも放つが、その攻撃は空を斬るに終わった。

 光学迷彩を解いた八高のオフェンスは、なおも用心深く周囲を警戒しながら広場に足を踏み入れる。そんな彼が、モノリス分割の専用魔法が有功となる十mラインを超える一歩を踏み出し、セミが地面から抜け出たぐらいの小さな穴に利き足を下ろした瞬間、彼の身体は突然沈む。落とし穴──それは、試合が始まってから、忠章はモノリス分割の専用魔法が有功となる十mライン沿いを歩き、足元の地面の下にある土毎一緒に瞬間移動を繰り返して、こっそりと掘っておいたものである。小さな穴の下には、筒状に掘られた深い落とし穴が隠されていたのである。

 穴の底に落ちてしまった八高のオフェンスは、慌てて加重軽減魔法と移動魔法を発動させて、落とし穴から脱出しようとする。しかし、それよりも早く、忠章がどこからともなく瞬間移動で現れ、無意識領域内の仮拡張演算領域に保存していた魔法式を発動させ、炸裂用圧縮空気塊を穴の中に叩き込む。

 ド──ンという音と同時に、穴の中から土砂煙が立ちあがる。狭い穴の中で発生した衝撃波は、八高のオフェンスの鼓膜を破り三半規管にダメージを与え、彼を戦闘不能に至らしめた。

 しばらくして、達也が敵のモノリスに隠されたコードを端末に打ち込み、急造一高チームは二つ目の勝利を得た。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 午後、急造一高チームの本日最後の試合は、市街地ステージで四高と対戦することになった。既に二敗をきしている四高がトーナメント進出するには、何がなんでもこの試合に勝たなければならないと、四高選手達は闘志を露にしていた。

 急造一高チーム三人のスタート地点は、市街地フィールドにある廃ビルの一室であった。前の二試合と異なり、試合開始地点の廃ビル一室には自陣のモノリスは設置されておらず、ビル内のどこかにあるモノリスを探さなければならない。

 試合開始直後、急造一高チームが固まっていた部屋の天井一面が、破城槌魔法により轟音とともに崩れ、分厚いコンクリートの塊となって達也ら三人の頭上へ殺到した。

 いち早く天井への魔法攻撃を感知した達也は、天井が破壊され落下を始めるまでの刹那の間、自ら使用を封印していた分解魔法の使用を決断し、拳銃スタイルCADの銃口を天井に向けようと腕の筋肉を動かす。同時刻、忠章のレベルアッパーに宿る妖精を通じて、緊急事態を把握したリリーが、達也ら三人を屋外へ瞬間移動させた結果、達也の分解魔法は未遂に終わる。廃ビルの窓の外の宙に瞬間移動した三人は、屋内での身体が離れていた状態とは異なり、何故か忠章と身体を接触した形で出現していた。景色の変わった回りの状況を瞬時に把握した吉田が、落下を始めたチームメイトに対して、浮遊魔法を発動させる。

 忠章や吉田は、自分達が居た部屋の様相──粉塵が窓の外にも溢れ出し、天井が崩壊している状況──を目にして背筋を震わせる。そんな忠章に対して、リリーが妖精を通じて念話を入れる。ルール違反紛いの魔法攻撃に緊急避難措置として彼らを瞬間移動させたことを告げ、先程の瞬間移動は忠章が行ったことにし、更に忠章の瞬間移動は身体の接触がなくても近くにいる者も一緒に移動できることにして、後者の件は秘密にしたいと言って、達也と吉田に口止めするように指示する。

 廃ビルのスタート地点の屋内で発生した轟音と粉塵の煙に慌てた立会人が、何が起きたのか把握するため、無事に地面に着地した三人の元へ駆け寄る。ルール違反のフライング及びオーバーアタックを疑った立会人が、試合を一時中断し、崩壊した天井のコンクリートの瓦礫に埋まった現場を検証しながら、両チームから事情聴取する。特に、大会委員会の責任問題──崩れやすい廃ビルにスタート地点を設定した点、ルール違反の起動式が入ったCADの持込みを見逃した点──追求を逸らすため、大会委員会による四高チームへの事情聴取は厳しいものになった。

 破城槌魔法を放ったとされる四高チームの当該選手は、事情聴取においてCADの起動式を入れ換えられた──それ自体、四高の管理責任問題ではあるが──と第三者の細工を主張し続けた。また、一高チームリーダーの七草から、当校を標的とした妨害工作の可能性が高いと、大会委員会に徹底した調査実施を申し入れが行われた。運営委員における不正工作者の発覚もあり、大会委員会はCADの起動式入れ換え痕跡を綿密に調査するも、第三者の関与する証拠は確認されなかった。

 結局、四高チームは悪質なルール違反と認定されて失格となり、中断された試合は急造一高チームの勝ちとなった。なお、四高チームは、前例のない悪質なルール違反を行ったということで、残る予選の試合も失格扱いとなり、対戦予定校の不戦勝が決まった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 午後五時、リリーを含むH組の六人は、ケーブルメディアの取材を受けるために、大会委員会本部が用意したメディアセンター内のインタビュールームに足を運んだ。勿論、六人ともエンブレムのない制服姿で。

 メディア側の取材者は、深雪に勝るとも劣らぬ美人で、ボン・キュ・バーンなスタイルは、深雪にはないコケティッシュな魅力を感じさせる。エルフのようなスタイルのリリーには、持ち得ない肉体的な魅力である。美人の仕種の一つ一つにもそれが現れ、未成年達をドキリとさせ、鼻腔をくすぐる、えも言われぬ良い香りは、大人の女を強く感じさせる。そんな美人の彼女が浮かべる極上の微笑みに、忠章や洋二、何故か女性陣も頬や耳を赤くする。平然としているのは、人ならざる美貌で美人を凌駕するリリーだけで、中の人の平(意識)は、美人のクリーム色のブラウスをドンと押し上げる二つの水蜜桃(乳)をじっと視姦、もとい美乳チェックに熱中であった。

 挨拶を交わした後、H組の六人は、への字に配置されたソファへ半分に分かれて座り、彼らに向かい合う形に置かれた椅子に取材側の美人が座る。間にある低いテーブルの上には、小型のインタビュー専用機(技術が発達した現在では、カメラ係・音声係・照明係も不要)が置かれていた。

 「では、九校戦の新人戦で活躍された皆さんにお訊ねします。先ずは、皆さんが入学された第一高校では、入学試験の成績で生徒を一科生と二科生に分けられるそうですね。同じ魔法科高校生でありながら、皆さんは二科生──少々悪い言い方をしますと、いわゆる劣等生に──区分されてしまったとのこと。そんな皆さんが、どうして優秀なはずの一科生を差し置いて、学校の代表として九校戦に出場できるようになったのでしょうか?」

 取材側の美人は、職業意識からか、華を感じさせる美少女のリリーに向かって質問を投げかけた。

 (劣等生が代表になるなんて、外部から見ても不思議に思うわなぁ)

 平(意識)は、取材側の美人の率直な疑問に納得し、リリーと意識を交替して、代表選手となった経緯を説明する。

 「……そういう経緯があったのですか……では、入学以降、皆さんが著しい成長ができたのは何故ですか?」

 「(七草会長から、レベルアッパーのことは外部にはまだ口止めされているから、差し障りない説明をするしかない)私の固有スキルで、皆の魔法発動過程の問題点を把握し、その都度、各自が懸命に改善に務めた結果であって……」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 取材側の美人によるインタビューは、リリー以外にも及んだ。時折、彼女の熱い視線──潤んだような瞳が妖しく光る──が各人に注がれ、彼らはぼう~っとして返事が遅れたり、まともな回答ができなくなったりした。また、インタビューする時に発する美人の声音は、不思議に心地良く、耳にする程に甘美な響きを伴っていた。

 インタビューが始まり十分もしない内に、H組の六人の意識はある意味麻痺し、身体も自由に動かせない状態に陥ってしまう。それ確認した取材側の美人は、満足げに笑みを浮かべる。

 (……なる程。美しい顔で好印象を得て、香りで警戒心を和らげた上で、催眠効果を持つ微弱な光信号と音波を繰り返し、相手に感知されずに深い催眠状態に誘うか。洗脳技術とは奥が深いものじゃな)

 リリー(意識)は、肉体の主導権たる意識を平と交替していても、洗脳の干渉を悉く無効化し、相手の洗脳技術を観測していたのであった。

 ターゲットを堕としたと確信した美人は、組織の幹部から命じられた通りに、H組の六人の意識に幾つかの命令──指定された拉致場所へ自ら赴くこと、由綺と忠章には出場予定競技で途中棄権すること──を刻み込む。

 リリー(意識)は、美人の命令が一通り完了した所を見計らって、肉体の意識を平から強制交代し、脳内に大量に放出さている快楽分泌物質を復原の力で強制的に平常値へ戻す。

 任務を終えたと思った美人は、低いテーブルの上にある小型のインタビュー専用機を停止させようと手を伸ばそうとする。そのとき、リリーがすっと動いて、美人の手を掴み意識を失うレベルまでサイオンを強制吸収してしまう。取材側の美人は、身体が支えきれずテーブルにうつ伏せるように倒れる。そのソファの後ろに控えていた取材スタッフあるいは護衛らしき男──ヘッドマウントディスプレイを装着した顔色の悪い人物──が、人間離れした速さで接近し、リリーに向かって拳を振るう。リリーは、その攻撃を瞬間移動により余裕で回避して男の背後に回り込み、こちらはより意識を失う時間が長くなるように、大量のサイオンを強制吸収する。

 「! 不味すぎるぞえ……」

 リリーは、二人の敵から勝手に吸収したサイオンの"味"の余りの不味さに顔を顰め、不満を口にする。リリーは、口直しを兼ねて木偶の坊状態のH組の五人から、各自の妖精を経由してサイオンを吸収する。ついつい吸収量が多すぎたのか、H組の五人は意識を失い倒れてしまう。しまったという顔のリリーであったが、この後のことを考えると眠っておいてもらった方が良いと自らの失敗を誤魔化す。

 リリーは元に戻った平(意識)と相談して、美人と顔色の悪い男のエイドス変更履歴をサイコメトリーして、彼女らの正体、目的及び黒幕を調べる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 (……思考を統制された魔法師の生体兵器か……この時代は"俺"の想像の上をいっているんだなぁ……)

 元が昔の人間である平(意識)は、現代の犯罪組織のマッドぶりに少々おののいてしまう。

 (十七号(男)の方は、森崎らに大怪我を負わせた戦闘特化型の犯人か……こちらの四号と呼ばれる美人さんは要人洗脳特化型らしいけど、思考が統制さているはずなのに、不自然さを全く感じさせず、仕種一つ一つが人間以上に人間らしい演技力まで備えている最高級品……)

 (流石は金持ちの国際犯罪シンジケート、やることが半端じゃないわ……このダイナマイトボディなら戦うメイド姿が絶対に似合うはず。家のメイドさんにし、コスプレメイド服をあれこれ着せ変えさせて、美人メイドのご奉仕を受ける男の夢が叶うぞ……グヘヘヘヘヘヘ)

 リリーの手を介して、意識を失いソファに横になった美人の水蜜桃(乳)の形と触り心地を堪能しつつ、妄想を垂れ流す平(意識)であった。

 「……妄想も良いが、思考統制されておる故、お主の命令を聞かぬのではないのかえ?」

 (ふっふふふ……そこは美人さんのエイドス変更履歴を、リリーにサイコメトリーしてもらって命令権者を設定する時点を探り、復原の力で彼女の身体をその状態に巻き戻し、俺を命令権者に命じればOKなはずさ)

 「……変態なお主に目をつけられるとは──この女も不憫じゃのう……して、こちらの男はどうするのじゃ?」

 (う~ん、普通なら大会委員会本部を通じて警察にお引き取り頂きたいけど、どっちも信用できない組織だし……他にいい所がないか悩む所だね……)

 (そうだ! ここは響子さんに相談する振りをして、胸に飛び込むチャン)「無理じゃな! 昨日、出会った瞬間に彼女に飛び掛かった変質者は誰じゃったかな? 話を聞く前に、顔を会わせた瞬間に犯罪者として取り押さえられるのが落ちじゃろうな」

 リリーの指摘に、平(意識)はグヌヌヌと言い返せずにいる。

 「妾に良い考えがあるぞえ」

 (世間知らずなリリーの考えか……不安だが一応訊くだけ訊こうか)

 「ほれ、お主がエロエロなコスプレ撮影を強制した壬生とやらの、父親が良いのではないかえ。闇から闇に葬るのが得意とのたまっておったじゃろ」

 リリーの姿で壬生先輩の家を訪ねた時に、彼女の父親から娘に手を出した男を始末する方法を冗談めかしに──明らかに本気で──告げながら発した凄味に、平(意識)はちびりかけたことを思い出す。

 (き、き、強制なんて人聞きの悪い──あれは、自主的な撮影協力。レベルアッパーを貸与する対価として、何でもすると約束をしたのは壬生先輩自身だぞ)

 「真面目過ぎる性格故に、腹黒なお主につけ込まれてしまった被害者じゃ。お主の用意したコスプレ衣装を見た瞬間、耳まで真っ赤にして、瞳をうるうるさせ、首を左右に振って、嫌がっておったではないかえ」

 「……嫌も嫌も好きの内と偉い人も言っている。それに撮影半ばには、壬生先輩もノリノリだったし、コスプレする快感に目覚めたはずだ。うん、きっと本番(リアル夏コミ)も自主的協力OKさ」

 「この悪人め!」

 「ふっ! (リアル夏コミで同人誌が)売れるためになら、全てが許されるのさ」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 時間もないということで、リリーは平(意識)の求める通りに四号と十七号の身体を、忠誠術式を刻み込んで命令権者を設定する直前に戻し、平が命令権者になることに成功する。

 その他、インタビュー専用機の方も、リリーの復原の力で問題のない時点に巻き戻し、それに合わせて時間を短縮して取材のやり直しを平が四号に命じる。後は、失神しているH組の五人も、問題のない時点にリリーの復原の力で戻すだけになった。

 「……所で、お主よ。四号とやらがあちらこちらで洗脳した輩の件は、大会委員会本部とやらに通報せぬのかえ?」

 (しないよ。そもそも、どうやって犯罪組織の新たな細工を知ったのか、リリーの力を明らかせずに説明できないし、証拠に美人さんを突き出すなんて滅相もない)

 (まあ、モノリス・コードで洗脳された四高選手による一高チームへのオーバーアタックも問題なく回避できたし、洗脳された者は事前に分かっているんだから、こちらの関係者に仕掛けられても対応できるさ。そもそも、選手への不正工作を未然に防ぐのは、大会委員会の責任なんだから、彼らに任せるのが筋ってものさ)

 (とは言え、飛行船による会場への特攻は人死が多数出るだろうから、黙っていたことが後でバレると色々と厄介だ。こちらの身元がバレないように十七号にでも大会委員会にタレコミしてもらうか……)

 (問題はリリー達を拉致しようとした無頭竜とか言う犯罪組織だ。今までは使える道具と放置していたが、こちらに牙を剥いた敵は徹底的に潰す必要がある。他国や犯罪組織らに、俺達がアンタッチャブルな存在であることを知らしめる良い機会だ。派手にやるか……)

 平(意識)は、後で報復作戦を練ることに決めた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 夜の帳が下りたミラージ・バットの競技場は、静謐な雰囲気に包まれていた。照明の光が揺れる湖面から突き出た、円柱の足場に立つ六人の少女は、昼間とは違う夜の競技用──照明に映える蛍光色の──コスチュームに着替えていた。由綺を始め少女達は、乙女の嗜みとして薄化粧ながらもばっちりと決めており、美人度がアップしていた。少々残念なことは、少女達のほとんどは緊張した面持ちであったことだ。唯一の例外である由綺は、余裕の笑みを浮かべ、静かに開始の合図を待っていた。

 始まりの合図と共に、由綺以外の五人の少女は、上空十mに結影した青いホログラム球体に向かって一斉に空へ跳ぶ。闇の中、照明に浮かび上がる色とりどりのコスチュームの少女達が空を飛ぶ様子は、幻想的な光景となって観客を感嘆させる。

 空を飛ぶ妖精達をあざ笑うかのように、青いホログラム球体の直ぐ近くに瞬間移動した由綺が、右手に持ったスティックを振り下ろす……次も、その次も……。妖精達の何人かが、飛びながら幻影魔法を発動させて、由綺を惑わそうと試みるも、彼女のレベルアッパーに宿る妖精が持つ簡易森羅の瞳の力に見破られ、全く効果はなく単に魔法力の浪費に終わった。

 由綺の瞬間移動に何とか対抗しようと、当初は移動魔法で跳び上がっていた他の選手のうち、三高の選手と一高の光井の二人が、一年生には難しいはずの高度な飛行魔法に切り換える。新人戦で見られるとは思わなかった飛行魔法に、観客や関係者は驚きの声をあげる。

 ミラージ・バットは、衝突防止から結影したホログラム球体の一m圏内へ、先に到達した者に優先権が与えられるルールになっている。移動魔法にしろ飛行魔法にしろ、移動に時間を要する限り、瞬間移動を駆使する由綺よりも早く優先圏内に到達することは不可能である。しかし、由綺が瞬間移動後のインターバル状態の時に、ホログラム球体が結影する別の地点を予測して、先に優先圏内を確保できれば得点することが可能である。由綺を除く他校の選手は、作戦スタッフの出した、その作戦に可能性をかけることにし、直感というあやふやな予測で行動する。ただ、光井だけは、ホログラム球体結影の兆したる光波の揺らぎを知覚できることもあって、確実な予測の元に行動をとることで、じりじりと得点を積み上げる。

 そんな彼女達の行動は多少なりとも成功し、予選の時のように由綺が得点を独り占めすることを阻止し、微かながらも彼女らに希望を抱かせた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 だが、事実は違っていた。由綺は予選と違って、取れるホログラム球体全てに対して行動せず、敢えて得点できる機会を見逃していたのである。それは、同じ高校である光井に対すチームプレイ精神発揮でも、他校の選手に決勝で少しは良い思い出をという配慮でもなく、もっと悪辣な目的があって、行動できる時間を捻出するためであった。

 移動魔法にしろ飛行魔法にしろ、いつまでも空にいられる訳ではなく、一端、競技場の湖面の中に存在する小さな円柱の足場に戻る必要がある。

 七高の選手が移動魔法で円柱に向かって降下を始めるが、後少しの所で円柱は瞬間移動してきた由綺に先を越されてしまう。ルールでは、事故防止のために既に選手がいる円柱に他の者が着地することは禁止されていた。このため、七高の選手は慌てて腕輪形態CADを操作して、近くの別の円柱に移動しにようとするも、変更先の円柱には今度も由綺が立っていた。焦った七高選手が、再び最初の円柱にほぼ水平移動しようとするも、再び由綺に先を越されて着地を妨害された結果、魔法の重ね掛け限界により、一m程の高さから湖に落ちて失格とあいなった。

 由綺は、同じことを五高の選手にも仕掛けるも、着地先の円柱に先に由綺がいるにもかかわらず、五高の選手は着地先を変更することも、速度を緩めることもしなかった。由綺に対してチキンレースを仕掛ける五高の選手は、口の端をつり上げ暗い笑みを浮かべる。強気の行動、いや特攻は、一高の選手を棄権に追い込めという四号が洗脳した命令に由来することを五高の選手は知らずに……。

 由綺は、五高の選手を見上げて睨み付け、逃げる素振りも見せず、チキンレースを受けて立つ姿勢を見せる。二人が衝突すると思った観客席にいる各校の女子生徒数十名が悲鳴を上げる。立ち合いの大会委員は、選手同士の駆け引きと見て取り、五高の選手を止める魔法を使うことに躊躇する。五高の選手の両足が、空から跳び蹴りを仕掛けたような形で由綺の胸へ吸い込まれ──由綺の身体をすり抜け、湖面に大きな水柱があがる。

 そう由綺の身体は幻影であった。嫌がらせ作戦を由綺に授けた平(意識)が、相手がこうした行動を取ること想定して、"準備"しておいた幻影魔法で由綺は自らの幻影を作り、本人は既に瞬間移動で空へ飛んでいたのであった。五高の選手は、水に落ちて(かつ、後で大会委員がルール違反の危険行為と認定され)失格となったが、速度を緩めず水面に飛び込み身体を強く打って打撲も負うことになった。頭まで水に一端沈んで、浮かび上がった五高の選手が、憎々しげな視線で円柱から消えた由綺がいるはずの上空を睨み付けた。

 第一ピリオド終了後、由綺の件の嫌がらせ行為に対して、選手が失格した所も含め他校全てから抗議が大会委員会に出された。由綺の行為自体はルール違反ではないものの、フェアプレー精神に反するということで、大会委員は由綺に注意を与え、件と類似の嫌がらせ行為を、他の選手共々禁止を通達した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 七高及び五高の選手が失格となった結果、四人の選手により第二ピリオドは競われることになった。

 嫌がらせ行為を禁じられた由綺であったが、ホログラム球体の結影地点を予測で先回りするライバルを減らすことに成功したにも関わらず、相変わらず全力で得点を取りに行くことはなかった。また、飛行魔法を使用する光井もライバルが二人脱落したにも関わらず、第一ピリオドと同じペースを維持し、魔法力(スタミナ的意味)の消耗を抑えた行動を取る。逆に、飛行魔法を使用する三高の選手は、予測で先回りするホログラム球体の結影地点を回る飛行速度を上げる行動に出た。

 三高の選手及び九高選手共に、次にどのホログラム球体が結影するか事前に分からず、直感で結影地点を予測して先回りする行動をとっている。このため、外れとなることも多く、魔法力(スタミナ的意味)を無駄に消耗することを重ねた結果、彼女らの動きは次第には精彩を欠くものになる。

 第二ピリオド半ば、飛行魔法を使用する三高の選手が、由綺に先を越され中々得点が伸びないことに、苛立ちをつのらせた挙げ句行動を起こす。ホログラム球体が結影を始めた優先圏内に、瞬間移動で出現した直後の由綺の近く──優先圏外ぎりぎり──を速度を緩めずに飛ぶ。交差する直前、四号の洗脳命令に従って、三高の選手は手に持っていたスティックを真横に突き出し、由綺の身体を狙ってきた。

 インターバル中で瞬間移動が使えない状態の由綺は、試合前の平(意識)の警告で"準備"しておいた対物障壁を瞬時に展開し、スティックとの接触を逃れる。一方、三高の選手はスティックから発生した電撃を自らも受け、失神したまま競技場外へ勢い良く飛んで行こうとする。慌てて立ち会いの大会委員が、減速魔法で三高の選手の身体が場外に飛び出るのを止め、加重軽減魔法で競技場脇の安全地帯に下ろす。

 犯罪組織による工作は、選手の洗脳だけではなく、スティックにも細工されており、予選での魔法妨害と異なり直接的な肉体攻撃を目的としたスタンガンの一種であった。犯罪組織の命令通りに、観客席にいた工作員が、チャンスを捉えて競技場内の得点管理用無線通信回線から、三高の選手が持つスティック内の細工へ命令を送信し、電撃を発生させたのであった。この細工は、由綺や光井のスティックにも施されていたが、リリーが試合開始前に復原の力により、細工のない状態に戻してある。当然、赤の他人である他校の選手の分は放置したままである。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 (現時点では)"事故"が発生したものの、試合は中断されることなく続けられた。三人目が脱落した段階で、由綺はこれまでの方針を改め、少し積極的に得点を取りに行く行動に出た。由綺には、光井の光波予兆を知覚するよりも優秀な力(簡易森羅の瞳の力)があり、その力と瞬間移動を使えば得点を増やすのは雑作もなかった。由綺は今度はチームプレイを念頭に、九高の選手の得点機会を積極的に邪魔しつつ、光井の得点機会に配慮した結果、一高の二人で得点をドンドンあげて行くことになった。

 九高の選手は、一高の選手二人と水をあけられまいと必死に移動魔法を駆使するも、その多くは徒労に終わる。

 休憩をはさみ、第三ピリオドが始まったものの、九高の選手は円柱の上から飛び立つことも動くこともなかった。魔法力(スタミナ的意味)の消耗が激しく、円柱の上で立っているのがやっとのためである。第三ピリオドは、一高の選手二人の一騎討ちで終始することになった。

 結局、最後に全力を出した由綺がトップを守り抜いて優勝し、得点差は開いていたが光井は二位となり、三位は九高の選手という結果で新人戦ミラージ・バットは終了した。半分の選手が失格になるという、後味の悪さを観客らに残して……。

 なお、棄権扱いとなった三高の選手の失神に関して不正工作の関与が疑われ、大会委員会の"とある役員"の管理下で、CAD及びスティックへの細工の調査が行われたが、結果はシロとなった。

 


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