魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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20 九校戦④

 時を新人戦三日目(大会六日目)のアイス・ピラーズ・ブレイクの予選に戻す。 

 午前の女子の予選(三回戦)第一試合において、兄への不当な扱いに静かに怒る深雪は、昨日を上回る威力の氷炎地獄を見せて、対戦相手に圧勝した。続く第二試合の北山、第三試合の由綺も、対戦相手を寄せつけない強さを見せて、勝利してみせた。その結果、午後に予定されている女子の決勝リーグが、一高の選手で独占されることになり、大会委員会は一高のチームリーダー(七草)を通じて、決勝リーグは行わず三人が同率優勝としてはどうかと提案があった。しかし、北山が深雪及び由綺と戦うことを望み、深雪がそれに応じた。

 由綺は、自らの切り札である神速攻撃が、CADの完全思考操作する器を身につけた北山や深雪には、第一弾の攻撃魔法しかアドバンテージを得られないことを理解していた。加えて、深雪が三回戦で見せた氷炎地獄の自陣・敵陣を覆い尽くす干渉力の高さをみた由綺は、深雪の高い干渉力が自陣の氷柱を守る対抗魔法(情報強化、領域干渉)に向けられた場合、乗積魔法を使っても勝てる自信がなかった。

 そのため、由綺は北山とのみと戦い、勝ったならば深雪とは戦わず同率優勝にして欲しいと要望する。彼女達の要望は大会委員会に通り、少々変則的な形で午後の決勝リーグが行われることになった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 新人戦三日目(大会六日目)の昼頃、新人戦のバトル・ボード決勝で一高が男女ともに優勝し、一高は大会六日目にして総合順位ポイントで九高を抜いて一位に躍り出た。また、新人戦のアイス・ピラーズ・ブレイクで、洋二を始め一高の男女が決勝リーグ進出を決めた暫定点数を加えれば、新人戦において二位の九高との現時点の得点差から一高の新人戦優勝が決まった。これらの結果に、中条をはじめ一高の天幕はお祭騒ぎになり、問題続出で気苦労の多かった七草も、肩の重荷がようやく降り、心から笑顔になることができた。

 丁度同じ頃、横浜中華街のとある高級料理店の一室では、一高の天幕と真反対の雰囲気に支配され、集まった中華系の男五人は、沈痛な面持ちで丸テーブルを囲んでいた。

 「……第一高校選手への細工が、またしても失敗したか……」

 「これまでの失敗も合わせると、やはり我々の息のかかった手駒の中に、裏切り者がいると考えるべきではないか?」

 「我々との約束を違えないよう、人質も取った上で、失敗したら人質の命はないと脅したのだぞ。我々に逆らえる強い意志の人間がいるとは思えん」

 「しかし、現に手駒の一人は、電子金蚕の細工が暴かれ、大会委員会に拘束されてしまっているではないか! この世にいない"人質"のことは諦め、自暴自虐になったのではないのかね?」

 「細工に失敗した手駒を訊問し、念押しの脅しをかけておくべきではないか?」

 「今は大会委員会が、組織内の工作員の洗い出し調査中だ。下手に接触は不味い」

 「……失敗した細工は、いずれも第一高校選手の一部特定の者達だけだ。手駒達が、特定の相手の場合のみ裏切るのは、おかしくないか?」

 「確かに……最近、カジノの件で我々のことを嗅ぎ回っている、七草か十文字の手の者へ情報が漏れたのではないか?」

 「それはなかろう。チームの代表的立場にある七草選手や十文字選手が、情報を得ているならば、第一高校選手全員を細工から守る行動に出ていなければおかしい」

 「では、どこから情報が漏れたというのだ……まさか、一部の選手が独力で我々の細工を破ったとでも言うのか?」

 「否定はできないな。現に、電子金蚕の細工をしていた手駒を捕えたのは、第一高校の技術担当の学生だぞ。全国の魔法科高校の筆頭と言われる第一高校なのだから、優秀な人材がいてもおかしくはない」

 「気になるのは、細工に失敗した一部特定の者達が、我々の細工の件について大会委員会へ未だに通報していない点だ」

 「もういい! どこから情報が漏れたか詮索して互いに責任を追求しても詮無いことだ! 今は、大会委員会に我々の工作関与がばれ、第一高校が総合優勝しかねない現状をどうするかが問題だろ!」

 切羽詰まった口調で男一人が声を張り上げる。

 部下の一人が部屋に入って来て、テーブルを囲む男の一人の耳元で囁くような声で何か報告し、部屋を去って行った。

 「……悪い知らせだ。運営委員に紛れ込ませた工作員が全員拘束された上に、ホテル従業員に対する工作員の洗い出しも始まったと、我々の息のかかった大会委員の役員からの報告だ」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「不味い事態だな。運営委員の手駒を失くした上に、競技運営に関わる者達に対する監視が強化され、総合順位をコントロールする我々の細工が困難になったぞ。どうするんだ!」

 男の一人が、切羽詰まった口調で、テーブルの対面に座る細工を担当した男に問いかける。

 「ミラージ・バットの予備の細工は、既に仕込み済みだ。後は競技中のタイミングを見て、得点管理用無線通信回線に遠隔操作で侵入するだけであり、何とかなる」

 「問題は、モノリスコードだ。野外の広いフィールドで行われるため、電子金蚕の細工以外予備を用意できなかった。新人戦のポイントは二分の一の加算とは言え、モノリスコードの優勝ポイントは五十と高い。第一高校のチームを予選落ち、あるいは棄権させる工作が必要だ」

 「十師族と事を構えるリスク回避から、次期当主である十文字選手や一条選手を細工対象から外していたが、ここに至っては細工対象にすべきではないか?」

 「十師族を甘く見るな。藪をつついて蛇を出す──一族上げて我々の組織に戦いを仕掛けられかねんぞ。手を出すとしても、最後の最後だ」

 「……不幸中の幸いと言っていいのか──我々の手駒をあぶり出すため、一斉取り調べで会場警備が手薄となっている。観客として潜り込ませている十七号らにモノリスコード対戦フィールドに潜ませ、監視網に細工を施し第一高校チームの試合で襲撃させてはどうか?」

 「その方法では、襲撃が成功するのは一度限りだろう。第九高校に逆転優勝させるには、第一高校以外のチームも潰せる方法であるのが望ましいな」

 テーブルを囲む五人の男達がしばし考え込む。

 「……邪眼使いを送り込んではどうだ? 今ならば大会委員会は、我々の息のかかった工作員を全員排除したと考え油断している。邪眼で、運営委員及びその監視者までも、新たな工作員に仕立て上げれば良い。また、選手を洗脳して、第一高校選手にオーバーアタックさせて潰させることもできる」

 その言葉に、テーブルを囲む他の四人も賛成する。

 「誰を送り込むのだ?」

 「接触しても警戒されず、かつ、邪眼に特化したジェネレーターの四号だ」

 「一体しかいない貴重な要人洗脳特化型の彼女の使用は、本部の許可がいるぞ」

 「そこは、上手く誤魔化すしかなかろう」

 「「「……」」」

 自分の策に自信ありげな男は、口角を上げて暗い笑みを浮かべるが、同じテーブルを囲む一人が不安そうな顔をする。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「……もしもの場合もあり得る。第一高校の総合優勝が確定した時、大会自体を中止させる強行手段も用意しておくべきではないか? 中止ということで払い戻しするだけに留めれば、損失を少なくさせることができる」

 「強行手段とは?」

 「テロを装って、会場にいる十七号に観客を襲わせ、百人程殺せば大会自体が中止になるだろ」

 「しかし、会場警備に魔法師がついている以上、十七号一体で大暴れさせるのは難しかろう。確実を期すならば、ジェネレーターを複数投入するべきではないか?」

 「それは駄目だ。国防軍の敷地内である以上、ジェネレーターは使い捨てを覚悟せざるを得なくなる。貴重なジェネレーターを多数消耗したことが本部にばれたら、我々は確実に粛清される」

 「では、どうするのだ?」

 「……飛行船を会場の外から観客席に突っ込ませたらどうだ? あれだけの巨体になると、会場周辺警備にA級魔法師がいたとしても、乗積魔法(複数人で魔法力を完全同期で掛け合わせる魔法)の使い手でもいなければ、一人の魔法で止めることはできん。唯一の懸念は、来賓に十師族の九島がいることだが、既に力が衰えた老人であり問題なかろう」

 「送り込む四号に、飛行船関係者を洗脳で細工を施し、後は任せれば済む話だ。仮に飛行船の突入が回避されたり、あるいは被害が思った程でなかったならば、十七号に暴れさせれば良い」

 「……しかし、そんな方法で中止させたら、(カジノの)客が騒ぎ、我々の関与を疑うことにならないか?」

 「我々が手を下したと、ばれなければ問題ない。ブランシュでも大亜連合でも、この国でテロ活動する者は幾らでもいるのだから」

 「それはそうだが……」

 「中止させるだけでは駄目だ。今期のノルマ達成のためとは言え、我々の今回の企画は、負けた場合の損失が大き過ぎると渋る本部を、相当な利益は確実だと言って強引に認めさせている。利益なしでは、許されないと考えるべきだ。それに、カジノに招待した客──強欲なやつらのことを考えれば、払い戻しに納得せず、中止時点の総合順位で配当を求めて騒ぎ出しかねん」

 「「「……」」」

 「本部も客も納得する程の利益を与える策などあるのか?」

 「例の瞬間移動能力者を拉致して、カジノに参加した客にオークションさせてはどうだろうか? 今話題の貴重な瞬間移動能力者なのだから、かなりの高値が付くのは間違いない」

 テーブルを囲む男達は、粛清から逃れる光明を見いだし、提案を実行するための方法の検討を始める。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 午後一番の女子アイス・ピラーズ・ブレイクの決勝リーグは、北山と深雪の試合で始まった。

 序盤の攻防は互角に見えたが、深雪の自陣の振動と運動を抑え込むエリア魔法が北山の共振破壊を完全にブロックし、その一方、深雪の氷炎地獄の熱風が北山の陣地の情報強化された氷柱を溶かして始め、徐々に深雪側へ試合の流れが傾き出した。その流れを断ち切ろうと、北山は二つのCADを同時操作し、発動させたフォノンメーザーにより、深雪の陣地の氷柱を攻撃する。

 一瞬動揺した深雪であったが、北山の攻撃により水蒸気の白い煙をあげる自陣の氷柱に対処するため、広域冷却魔法のニブルヘイムを発動する。更に、液体窒素の白い霧が深雪の陣地を覆い尽くし、その霧はやがて北山の陣地へ押し寄せるように移動し、フィールドの端で消えた。

 深雪が、再び氷炎地獄を発動すると、北山の陣地の氷柱に付着あるいは床で水たまりを形成した液体窒素が一気に気化し、轟音を伴った爆発が北山の陣地の氷柱全てを倒してしまった。

 試合を観戦していた由綺は、深雪が見せたニブルヘイムには、今の自分では勝てないことを悟り、戦うことを望まなくて良かったと安堵する。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 インターバルの後、決勝リーグの第二試合で由綺は北山と戦うことになった。

 フィールドの両サイドに立つポールが、試合開始の青色の光を灯す。由綺が神速攻撃により、北山の陣地に配置された氷柱の三分の二を破壊し、第二弾の攻撃魔法を発動させる直前に、北山がCADの完全思考操作により情報強化を発動した。その結果、残る北山の氷柱四本に対する由綺の第二弾攻撃は、阻まれてしまった。

 攻守が一瞬で入れ替わり、今度は北山が由綺の陣地の氷柱を共振破壊で攻撃し、氷柱三本を立て続けざまに粉砕する。

 切り札を使う決断をした由綺は、北山の陣地に残る氷柱四本の内の一つに対して、乗積魔法の形で干渉力を高めた移動魔法を発動するも、最大限に引き上げた北山の情報強化に無効化されてしまう。

 再び北山が、共振破壊で由綺の陣地の氷柱に攻撃を行う。慌てて由綺が、守りの切り札である相克魔法を次々に発動させて、自陣の氷柱の守りを固めて行く。

 氷柱への共振破壊攻撃を無効化された北山は、共振破壊の対象を氷柱直下のコンクリート床へ変更して発動させると、由綺の陣地の氷柱の一つがグラリと傾く。それを目にした由綺が、一瞬、移動系統魔法の強制静止で傾く氷柱を支えようかと思ったが、他の自陣の氷柱直下のコンクリート床へも相克魔法をかけることを優先する。

 コンクリート床への攻撃を無効化され、北山は袖口から拳銃形態のCADを取り出して、その銃口の先を由綺の陣地の氷柱の一つに向けてフォノンメーザーを発動させた。直接的魔法を無効化できる相克状態の氷柱ではあったが、超音波の量子化した熱線という間接的な物理攻撃によって、白い水蒸気を上げ始める。

 由綺は、内心で舌打ちをする。由綺が試合前の控え室で会った時の北山の様子では、前の試合で深雪に負けたショックの影が見え、この試合に対する戦意も魔法も精彩を欠くだろうと予想していたのだが、北山の戦う意志の強さを読み違えたようだ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 追い詰められた由綺は、最後の頼みの綱である奥の手を切る。

 由綺のセカンドアッパーに宿る妖精は、CADの完全思考操作以外にも、簡易版瞬間移動機能を保存できる容量があったが、この競技では瞬間移動は使う当てはなかったので、別の仮想魔法式(試作版)が保存されていた。由綺の思考を受信した妖精が、保存していた仮想魔法式を、由綺の意識と無意識の間にあるルートからゲートを通じてイデアへ強引に投射する。

 真夏の太陽の下、北山の陣地に残る四本の氷柱の表面には、温度差から幾つも水滴が付着していた。その滴の群が次々に急速膨張を始め破壊力に転じる。連続的に発生した水蒸気爆発により、根元部分を破壊された氷柱四本が順次傾き始める。直ぐに北山が、倒れようとする自陣の氷柱を支えるため移動系統魔法の強制静止を発動させるも、由綺が止めとなる仮想魔法を再び連続発動した。

 由綺の使った魔法の正体は、三高の一条が大会三日目に見せた爆裂であった。競技を観戦していたリリーが、一条の使用する爆裂魔法を森羅の瞳の力で詳細に観察し、それを仮想魔法モデル化に成功したのである。とは言え、爆裂の魔法式の構造は非常に複雑な上、術者には高い演算能力が必須であり、リリー以外のH組の面子では実用的な速さで使用することができない代物であった。このため、液体を急速膨張させる工程などをザクザク削り、二日半の突貫工事でセカンドアッパーに無理やり保存できるようにしたものであった。由綺の使った仮想爆裂魔法は、オリジナルの劣化版でしかなく、威力不足を数の力でカバーするものであった。

 全ての氷柱を倒された光景に、普段、喜怒哀楽が表情に出ない北山が、珍しく悔しそうに唇を噛みしめていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 三高の天幕のモニターで、この試合を観戦していた一条は、大会前のパーティで警戒心を抱いた一高の選手──それも二科生──に、一条家の秘術が盗まれたことに怒りを覚えた。そして一条は、爆裂を使って見せた一高女子選手の背後に、例のバケモノとも言える一高のエンジニアが関係しているのではないかと強い疑いを持つ。一条は、如何なる方法で一条家の秘術を盗み出したのか問い詰めるため、女子アイス・ピラーズ・ブレイクの選手控え室に急ぎ足で赴く。

 女子アイス・ピラーズ・ブレイクの選手控え室通路で、一条は達也をつかまえることに成功した。本日、三回戦前の時の出会いと違って、一条からは剣呑な気配が発せられていたため、達也は深雪を背後に庇って、互いに睨み合う。

 「……何の用だ、プリンス?」

 「どんな手をつかって盗み出した?」

 一条は感情を押し殺した声で達也に問いかける。

 「何のことだ?」

 「決勝リーグ最後の試合で吾妻選手が見せた爆裂のことだ!」

 「爆裂?! それならば俺は関係ない」

 一条を心配して、同行してきた吉祥寺が、達也に訊ねる。

 「ただの学生に爆裂が使える訳がない。君のような天才エンジニアでもなければ、爆裂の起動式を大会レギュレーションのCADに組み込める訳がない」

 「俺にその評価はお門違いだ。リリー・エル・トリアム選手に向けられるものだ」

 「?! ……トリアム選手とは、瞬間移動魔法を使った彼女なのか?」

 その問いかけに、達也が黙って頷く。意表を突く答えに、驚いている吉祥寺の横で一条は、自分の推測が誤りであると突き付けられ戸惑いを隠せないでいた。

 「……要らぬ騒ぎにならないよう、俺からプリンス達の勘違いを正しておこう。彼女は不正な手段で爆裂を盗み出してはいない。プリンスが、本戦アイス・ピラーズ・ブレイクの時に使った爆裂を何回か見ることで、"魔法式"を得たそうだ」

 「見ただけで、爆裂の(ブラックボックスである魔法演算領域で構築される魔法式が読み取れる訳がないという思い込みから)"起動式"の記述内容まで読み取ることが出来るはずがない!」

 騙されないぞといった形相の吉祥寺が声を上げる。その隣で、一条は無言のまま達也の目を見つめるが、嘘をついているようには見えなかった。

 「俺の言葉を信じるも信じないも自由だ。行こう、深雪」

 達也は深雪を促し、一条らの横を通り過ぎて行った。その二人の後ろ姿を、一条は黙って見つめる。

 その頃、男子アイス・ピラーズ・ブレイクは、神速攻撃で決勝リーグの対戦相手達を連破した洋二が優勝を決めていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 新人戦三日目の競技を終え、一高の夕食時間帯の食堂にH組のメンバーの姿はなかった。今回もホテルのレストランで、忠章、リリー、由綺及び洋二の優勝を祝うためである。

 そんな食堂では、一年生の女子生徒達は一角に集まり、一高が総合順位一位となったことに加え、新人戦優勝を決めた喜びで明るくはしゃいでいた。彼女達は、今日活躍した深雪、光井及び北山、そしてエンジニアの達也を取り囲んで、口々に褒めたたえ、色々と話しかける。

 その様子に、森崎を始め、上級生の一科生達の機嫌は悪かった。

 「くっ!」

 苛立ちの余り、短い言葉を吐いた森崎が、夕食もそこそこに切り上げ、足早に食堂を後にする。

 通路を行く森崎は、彼の気分を反映して乱暴な調子で床を踏みつけて歩く。

 「……スペアのくせに、調子に乗るな!」

 「ウィード如きの技術が勝因じゃない! 一科生の選手が優秀だったんだ!」

 森崎は、歩きながら口汚くののしり続ける。そこに、慌てて追いかけてきた一年生の男子生徒らが森崎に合流した。それに気づいた森崎は立ち止まり、真剣な表情でチームメイトの男子生徒らに振り返る。

 「今からモノリス・コードの練習をするぞ!」

 「……(試合)前日は身体を休め……」

 言葉を返したチームメイトの男子生徒の一人は、森崎の鋭い眼光に言葉を紡ぐことができなかった。

 「スペアの活躍で優勝したとなったら、僕達一科生の代表選手を始め、一年生の一科生の立場はどうなると思っている! 学校中のウィード共に見くびられることになるぞ! 一科生の僕達は、絶対に(新人戦)モノリス・コードで優勝しないといけないんだ!」

 森崎の鬼気迫る言動に、チームメイトの男子生徒らは皆飲み込まれてしまう。夏の陽は長く、一高の夕食は早い時間帯であったこともあり、外はまだまだ明るい。森崎ら一高チームの三人は、同じ一年生の三人を相手に対戦練習を行うため、野外に設けられたモノリス・コード用の練習場に向かった。

 モノリス・コードの各対戦フィールドは、その広さ故に不正工作を防止するための監視態勢はセンサー中心に少ない警備員で行われていた。しかし、大会委員会が泥縄的に不正工作者の洗い出しに、急遽警備人員も動員したことで、警備態勢がセンサー(機械)任せになってしまった。その手薄になった警備態勢の中、練習中の一高チームの存在を知った犯罪組織の幹部は、急遽十七号に襲撃を命じた。

 救助信号を遅れて知った警備員が、現場に駆けつけ発見したのは、コンクリートの塊の下敷きになった森崎ら六人であった。発見が遅れた六人は、裾野基地の病院に緊急搬送され、魔法治療で何とか命は取り留めたが、魔法治療でも全治二週間入院が必要になった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 横浜中華街の某ホテル最上階の一室。

 「……十七号が第一高校チームを襲撃したそうだが?」

 「我々の息のかかった大会委員会の役員の連絡によると、モノリス・コード出場チーム三人に加え、練習相手をしていた新人三人とも潰すことに成功したそうだ。これで、(複数競技エントリーに関する大会の制限規定から)、第一高校に代わりになる新人は一人しかいないそうだ」

 「チーム戦のモノリス・コードに、一人で出場する愚かなことはしないだろ」

 「これで、第一高校は新人戦のモノリス・コードを棄権するしかないな」

 「残るは第九高校が、モノリス・コード及びミラージ・バットで、優勝できるように細工を成功させることだが──そちらはどうなっている?」

 「午後に会場入りさせた四号が、ターゲットとの接触に成功した。四号がかけた洗脳命令は、一晩あればターゲットの意識に安定定着する。後は吉報を待つだけだ」

 「例の瞬間移動能力者の拉致の方は?」

 「メディア関係に手を回して、明日の午後に四号が取材と称して会う約束を何とか取り付けた」

 「仕込みは順調のようだ。明日を楽しみにしょう」

 集った男達の間に、笑顔が浮かぶ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 夜、ホテルの一高のミーティングルームで、普段よりも顔色が白く見える七草と厳しい表情の十文字が、テーブルを間に挟み、達也と向き合っていた。

 七草が固い口調で、森崎らが練習中の"事故"──大会委員会の責任逃れの見解を非難しつつ──に巻き込まれた件を達也に語り、達也に代役としてモノリス・コードへのエントリーを要請する。

 これに対して、選手でもない達也は、遠回しな言葉で断ろうとする。しかし、七草はここで一高がモノリス・コードを棄権したら、妨害を画策する者を調子づかせるだけであり、彼らの思惑をはね除ける毅然とした対応を示さなければ、今後も同様なことが起こり得ると強く達也に訴えかける。達也が問題にした選手ではない点については、十文字が不正工作を達也が暴いた件で一高に大きな借りがある点を突いて大会委員会本部と折衝し、選手登録名簿以外の一年生男子二人の出場を特例で認めさせたことを説明する。

 それでも達也は、一科生ではなく二科生の自分が代役となるのは、後々精神的しこりになると言って辞退しようとするも、十文字に一喝され、逃げ道を塞がれ、代表チームの一員として務めを果たせと命じられる。

 止むなく代役を引き受けた達也が、残る二人のメンバーはどうなっているのかと十文字に質問すると、一人はH組の忠章、残る一人は達也に一任すると言われてしまった。達也は、躊躇うことなく残る一人の代役の名前を口にし、本人の同意を含め、明日の試合のための行動を慌ただしく起こす。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 新人戦四日目(大会七日目)、女子の花形競技であるミラージ・バットの観客席にリリーの姿があった。

 この競技は女子のみを対象としたもので、選手のコスチュームは色とりどりの華やかなものが多く、妖精のように空中を舞う姿に男性の観客の人気度は非常に高い。リリーが観戦することになったのも、そんなスケベの一人である平(意識)のリクエストのせいである。

 気楽な観客と違って、選手達にとっては、試合時間が実質四十五分もあり、間に休憩は入るものの絶えず空中を移動するために魔法力(スタミナ的意味)を消耗するハードな競技であった。

 そのため、毎年予選を通して、サイオンの補給が追いつかず落下あるいはサイオン枯渇で試合を途中棄権する選手が数人発生している。他にも、接戦で熱くなり、優先権が与えられるホログラム球体一m圏内への到達を急ぎ過ぎて、選手同士が空中衝突して落下する場合もある。特に、未熟な一年生が競い合う新人戦では、そうしたことの発生数は高い傾向にある。今年はトーラス・シルバーが飛行魔法の術式を春に公開しており、この術式は使用者から自動的にサイオンを吸収するので、長丁場の試合中にサイオンの補給効率が落ち、落下事故の発生増を大会委員会は懸念していた

 とは言え、お尻に殻を着けた雛である一年生が競う新人戦であり、飛行魔法を使用する選手は、二つのフィールドで行われた第一試合では現れず、従来の移動魔法を駆使した戦いが展開された。そうした中、第三ピリオドの半ばまで九高選手とトップを競っていた他校選手が、突然空中から落下しかけた所を運営委員の魔法で助けられる"事故"が起きた。毎年良くあることだという大会委員会の役員の"判断"もあって、"事故"と処理され、不正工作を疑っての調査はなされることはなかった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 光井が出場した第二試合においても、移動魔法による従来の競い合いの光景が繰り広げられた。試合は、ホログラム球体結影に関する光波の揺らぎを知覚できる光井が、CADの完全思考操作で魔法発動時間を短縮することで、ライバルの誰よりも速く十m上空のホログラム球体の元へ辿り着いてスティックを振ることが多く、第一ピリオドは他の選手を圧倒した。絶好調の光井は、時折、幻影魔法を使って他の選手を惑わす余裕さえもあった。

 第二ピリオドの終わり近くになって、競技場内の得点管理用無線通信回線から、イレギュラーな"命令"がスティック内の細工に届く。宙にいる光井が着地できる円柱先を探し、完全思考操作で降下のために腕輪形態CADにサイオンを流す。その瞬間、彼女の身体から漏れ出たサイオンが、右手に持つスティックにも流れ、内部に細工されたアンティナイトの欠片が微小なキャスト・ジャミングを発生させ、起動式の呼び出しを邪魔する。

 (!)

 光井が異常を認識する前に、腕輪形態CADの操作ボタンを覆う三角プレート(完全思考操作受信器)に宿る妖精が、異常事態をイデアネットワークを介してリリーへ発する。観客席にいたリリーは、直ぐに光井が使用していた降下のための魔法の起動式を、ヘアピン(完全思考操作送信器)に宿る妖精を介して光井の魔法演算領域へ送り込む。光井は、何も知らずに、着地先に選んだ円柱に向かって降下を始める。その間に、リリーは、キャスト・ジャミング発生源であるスティックのエイドス変更履歴を森羅の瞳の力でサイコメトリーした上で、復原の力を使って細工のない状態に戻す。

 円柱に降り立った光井が、次のホログラム球体に向かって飛び上がった姿を、僅かに眉をひそめたリリーが目で追いかける。

 (大会委員会本部の掃除漏れじゃな──となると、第一試合のあれは"事故"ではなかったのじゃろうな……主よ、大会委員会本部に通報しないのかえ?)

 リリーの問いかけに平(意識)は答える。

 (しないよ。どうやって不正工作を知ったのか、説明が面倒だろ?! ……それに、こちら(H組と親しい人)は回避できるんだし、犯罪組織が他校のライバルを蹴落としてくれるなんてラッキーじゃないか)

 腹黒さ満載の笑顔(?)をした平(意識)が答える。

 (人としてどうなのかと真由美当たりなら叱るところじゃが──他人の足を引っ張るのが大好きな、お主らしいぞえ)

 (責任回避に汲々する大会委員会の今朝の発表(不正工作者逮捕)で、安全だと信じる馬鹿は足元を掬われるのさ)

 (成る程。前世で女に騙され続けたお主の不信感が役立った訳じゃな)

 (グッ! ……よ、用心深いと言ってくれ!)

 (ハイハイ。そういうことにしておこうかえ)

 (……なんかお座成りな口調だぞリリー。寄生店子を引き受ける大家様を、少しは敬えよ)

 そう返事をする平(意識)の視線(リリーの視覚を通じて共有)は、空を舞う選手のミニスカートのヒラヒラに釘付けであった。

 (……変質者をどう敬えと言うのじゃ? ……下着が見える訳でもないのに何がそんなに嬉しいのかえ?)

 (ふっ──チラリズムは男の性さ!)

 格好良く語る変態に呆れたリリーは、視界の角に映る観客の一人──宿主とご同類なブサメン──の顔へ視線の先を切り換え、視覚強化する。

 (ぐふ──っ!)

 醜い映像のアップに、精神汚染を受けた平(意識)が悶絶する。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 続くミラージ・バットの予選において、一高選手(途中棄権)と四高選手(失格)が空中衝突する不幸な"事故"が発生するも、不正工作を疑っての調査はなされることはなく、競技は予定通りに進められた。

 予選最後の第六試合は、正午に近い時間帯であり、上空で飛行船が影を作ってくれてはいるが、空中に投影されるホログラム球体が見づらかった。そんな試合に交代選手としてエントリーした由綺は、簡易森羅の瞳の力で次に投影されるホログラム球体の兆しをいち早く捉え、瞬間移動で宙を縦横無尽に移動する。この試合でも、光井の時と同様の不正工作が由綺に対して行われたが、リリーの力で問題なく回避する。

 他校の選手達は、直感でホログラム球体の出現を予測して対抗しようとするも、由綺はライバルに一点も得点を許さない完全勝利を飾った。

 ミラージ・バットの予選を勝ち抜いた六人は、午後七時からナイターで行われる決勝に向けて、少しでも体力回復しようと、ホテルの宿泊室に戻ってサウンドスリーパーで眠りについた。

 


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