魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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02 妖精作戦

 俺の名前は、綿貫平。ただ今、彼女と喫茶店でデート中──すいません、嘘です。赤いポインセチアが室内を彩る喫茶店のカウンターで、俺は見た目ぼっちでタブレット端末相手に中学の勉強しつつ、人待ちしています。

 脳内寄生彼女リリーと契約してから約一カ月。軟弱な平少年の体を鍛え直すための夜明け前の走り込み以外は、家に引きこもりな俺としては、不良息子らからのメール再開もあり、外出は控えていた。この一カ月の間、一日二十時間弱、昏睡状態になる程の大量のサイオンとプシオンをリリーに吸収させ、復讐に有効なものを優先して彼女の力の回復に努めた。その結果、一部ではあるがリリーの力が回復した。俺が彼女と融合した状態でないと使えない力があるという課題はあるが、使ってみた結果も良好であった。

 力の回復が進むと、リリーはそろそろ平以外の美味しいご馳走──他人のプシオンとサイオン──が食べたいとリクエストするようになった。リリーが求める美味しいご馳走足りうるのは、一般人と質の異なる確率が高い者、即ち魔法師である。しかし、魔法師(実用レベル)はこの国には三万人(古式魔法師も含めればその倍)しかおらず、人口比で一万人に一人いるかいないかというぐらいに希少種。魔法師がいる軍や警察などに、中学生の平がノコノコと行っても会えるわけがない。

 数が少ない魔法師に合うのが難しいなら、その卵が集団で集まるところ──魔法科高校──に行けば良いということで、平は家から一番近い八王子へ足を運ぶことにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 魔法科高校と駅を結ぶ通学路の途中の角を曲がったところにある、喫茶店アイネブリーゼで、平は魔法師の卵達が来店するのを待っことにした。

 下校時の時間帯となったのか、第一高校の特徴的な制服を着た男女のカップルが喫茶店に入って来た。カップルは仲良くテーブルに向かい合い、店員に注文を出すと、すぐに親密な雰囲気で会話を始めた。店内がある程度見えるカウンター席奥にいる平は、リア充カップル爆発しろと内心で叫び、カップルの幸せを吸い取ってしまえと、リリーへご馳走吸収を指示する。平はタブレット端末を横に置き、紅茶を味わいながら、リリーが密かに行うサイオンとプシオンの遠隔吸収の様子を見守る。

 (…………体外に放出されるサイオンは吸収できたのじゃが……体表面に抵抗する膜のようなものに阻まれて吸収できぬ。前の一般客の時は問題なく吸収できたのに、なぜこやつら二人ともダメなのじゃろう…………どれ、お主が視姦していたあの娘の胸でも触ってみてくれぬかえ)

 (できません!! そんなことしたら魔法師の男にボコられた上、痴漢で警察に突き出されるのがオチです)

 (今日は妾の願いを聞いてくれるという約束じゃったのではないかえ?)

 (……俺が捕まったらリリーは俺以外のご馳走が当分食べる機会がなくなりますが、それでも触れと? それからリリー、俺は視姦なんてしていません。女性がリリーの吸収に気がつくか様子をみていたのです)

 (胸にばかり見ていたようじゃが)

 (止むを得ません……そこに心(妄想)を掻き立てる理想郷(乳)がありますから)

 (単なる脂肪の塊じゃぞ)

 (いえいえ。男の夢とロマンが詰まった至高の存在です)

 (……ふむ。では、男の方に触(ヤローの胸なんて絶対に嫌です!))

 (胸とは妾は一言も言うておらんぞえ……)

 (……)自爆に落ち込む平。orz

 (……おや、男が席を立ってどこかに行くぞ。戻ってく時に接触するのじゃ、お主)

 平は、トイレから戻ってくるイケメンとすれ違う時に、制服の肩に八枚花弁が刺繍された腕にワザとぶつかる。軽く接触したが小柄な体格のせいか、平は体勢を崩して床に尻餅をついてしまった。プライドの高そうなイケメンが平に手を差し伸べることもなく、人を見下した視線を投げかる。その視線に、内心ムカっいた平であったが、リリーからご馳走吸収成功の報告を受けたので少しは溜飲を下げた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 学生カップルが店を出て行った後、平が紅茶のお代わりを注文していると、第一高校の制服を着た三人の女性が入ってきた。おっとり癒し系、知的なクール系、小動物のようなかわいいロリ系といった美少女・美人である。ロリ系は──小柄な平(150cmに少し足りない)と同じぐらいの身長で、同じ中学生にしかみえない。癒し系は小柄なわりに胸が平均並もあり、ロリ系のチッパイとの差が際立っていた。知的なクール系は、三人の中では一番背が高く、顔は少しきつめな印象があるが、大人のような落ち着いた雰囲気がある。華があってタイプも異なる美少女・美女の三人が、奥のテーブルを囲み会話をする光景は、実に絵になる。そんな彼女達に見とれながら、平は彼女達を登場させる物語の妄想を始める。

 (……お主、とことん妄想好きな変態じゃなぁ……妾の宿主は、なんでお主なんじゃろうかのぉ……)

 (……寄生された側の俺に言われても困るんだけど……まあ、奇跡的な確率で出会ったのだから、運命としか言い様がないんじゃないの)

 (当たりくじを引く運命が欲しかったのぉ……)

 にやりと口角をつり上げた平は、脳内に映るリリーに向けて軽くティーカップを持ち上げて彼女に言葉を返す。

 (宝くじは当たらないけど、リリーは並行世界の俺を引き当てたんだからくじ運があるんじゃないの)

 (……)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 (ところでリリー。魔法師の卵である彼女達からご馳走を得るいいアイデアが俺にあるんだが、やってみないか?)

 (変態なものでなければ、一考するのはやぶさかではないぞえ)

 (ずばり、愛らしい小さな妖精ラブ&タッチ作戦wです)

 (……そこはかとなく変態臭がするのは気のせいじゃろうかえ)

 (気のせいですね……魔法が存在する世界なら、ファンタジーの定番である妖精さんの登場は鉄板です。サイオンの塊で擬似物質の肉体を作る化成体(かせいたい)というのがあります。リリーならば俺のサイオンを使って、背中に翅を生やした愛らしい妖精姿になるは簡単でしょ? 手のひらサイズの妖精姿のリリーが宙を飛んで彼女たちに近寄り、愛らしい笑顔を振りまき、媚びてやれば、かわいいものが好きな女子はリリーにメロメロ間違いなし。リリーはお触りし放題となり、ご馳走吸収は楽々ですよ)

 (……本当かのぅ……)

 (大丈夫です。魔法戦姫リリー様のフィギュアは女の子にも大人気だったんですから)

 (そ、そうなのか……妾はそんなにも愛される姿をしておるのかえ。ならば、試してみるのもよかろう……)

 平の体の中から結構な量のサイオンが消失し後、手のひらサイズの妖精姿のリリーが平の目の高さに現れた。水色の腰まである長い髪、色白な肌、美しくも愛らしい顔にはつぶらで大きな目と魅惑的な金色の瞳、長い手足が組み合った抜群なスタイル──ただし、胸はBと薄いので鎧で誤魔化している──。妖精姿のリリーが身につける戦衣装は、白百合の花をイメージさせるデザイン、細い首にはルビーをあしらったチョークが白い肌に映え、紋章が刻まれた白金色の鎧が胸を覆う、膝上丈のスカートからスラリと伸びる素足。妖精姿のリリーの予想外の化けっぷりに、平は頷き感心した後、宙に浮かぶ彼女にゆっくり一回転してもらい、外観に問題がないかチェックを始める。

 (……外観はOK……後は妖精さんに相応しいパンツかチェックし「ガッン!」)

 妖精姿のリリーのスカートを下から覗きこもうとした平の鼻頭を彼女が蹴り飛ばす。そして、翅から光の粉をまき散らして三人組のテーブルへ飛び去る。そんな妖精姿のリリーの後ろ姿に、平は鼻頭を押さえながら、グッと親指を立てる。

 (グッドラック) 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 小柄で童顔のロリ系が幸せそうにケーキを食べる姿を、フワフワしたロングの巻き毛を持つ癒し系の少女が笑顔を絶やさずに見守っていると、テーブルの上に突然現れ、す~っと軽やかに飛ぶ妖精に息を飲む。リリーは、癒し系の少女の顔を見上げてニッコリと微笑み、旋回してテーブルの向かい側に座る二人の方へ飛んでいった。

 「か、か、会長!<妖精さんです!!」>

 小柄で童顔の少女が、店内に騒ぎを引き起こしかねない言葉を発する前に、隣に座っていた知的なクール系の美人が、内緒話をするときに使う障壁魔法を瞬時に発動する。あわあわと慌てる小柄で童顔の少女は、手に持ったフォークの先でテーブルの上を飛ぶリリーを指し続ける。

 <「「「…………」」」>

 会長と呼ばれた癒し系の少女は、三人の間を旋回し、軽やかに踊るように飛ぶ妖精をまじまじとした目で追いかけながら、

 <「……リンちゃん。あーちゃんが言うような妖精が私にも見えるのですが、目の錯覚じゃあないわよね? 誰かの振動系魔法による幻影かしら?」

 <「……会長、私にも見えます。錯覚の可能性は低いと考えます……幻影魔法の影響は感知できません……」>と、リンちゃんと呼ばれたクール系の女性は普段よりも幾分瞼を開いて意見を述べる。あーちゃんと呼ばれた少女は、いちごをフォークですくい、フワリと飛ぶリリーの目の前に掲げ、美味しいから食べないかと声をかける。その言動に小首を傾げたリリーは、飛ぶのを止め、差し出されたフォークにゆっくり近づく。真っ赤ないちごの横についた白い生クリームを一口なめたリリーは、破顔して背面飛行のループを宙に描いて、美味しさを体で表現する。生クリームを食べ尽くしたリリーは、今度はいちご──彼女との対比では大きなスイカサイズ──にかじりつき、ハムハムと食べ始めた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 (……お~い、リリー。目的はいちごじゃないだろう。ラブ&タッチだろ!)

 一心不乱にいちごを食べるリリーの姿に、意識の繋がりを利用して平は彼女に注意を送る。

 (……慌てるでない。これは妾に魅了させるための演技なのじゃぞ)

 (……いや、どうみても餌付けにしかみえませんが)

 (高貴な妾に供物をささげてくれただけなのじゃ……餌付けなどではないのじゃ。エロ変態なお主のその曇った妄想を取り払い、妾の素晴らしい演技を良く見るがよい)

 リンちゃんと呼ばれた女性は顎に手をあてがい、いちごにかじりついているリリーを研究者の目でじっと観察し、評価を口にする。「……サイオンの塊を土台に幻影魔法で作った化成体かと思いましたが……こんなに自然な表情や細やかな動きの再現は無理ですね……」

 いちごを綺麗に食べ終えたリリーは、あーちゃんと呼ばれている少女の目の前に近づき、両手を胸の前で組み、笑顔で供物のお礼を述べる。

 <「しゃ、しゃべった──!! すごい、すごい、すごいです──妖精さんw」> 

 <「こんにちは。私の名前はリリー・エル・トリアムというの。リリーと呼んでね。かわいい、お姉さん貴方のお名前を教えてください」>

 <「あのあの……私、中条あずさっていいます。リリーちゃん、よろしくね」>

 <「あずさ、お姉ちゃんっていうんだ……私と仲良しになる握手をしましょう」>

 お姉ちゃんと言われて嬉しそうになる中条は、自分に向かって両手を伸ばすリリーへ右手の小指を差し出す。リリーがそれを両手で掴み、リリーとしては上下にブンブン、中条としてはこちょこちょという感じの握手を行う。(……吸収成功じゃ!)と喜びの笑顔のリリーに対して、妖精との握手に感激して吸収されたことに気がつかない中条であった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 次に妖精姿のリリーは、中条の隣に座る、リンちゃんと呼ばれた女性の元へ向かう。リリーからの挨拶と自己紹介にも、表情を変えずじ~っと穴があくほどに見つめてくる相手に、リリーは何故か背中に冷や汗を感じて、吸収なしの小指握手に止めた。

 <「……実体化している上に会話までできる妖精? いや精霊?……人造精霊の可能性は低いから本物かも……これは学術的な発見として魔法学会に報告する価値があるわね……捕獲して調べて「ダメ──ッ!」」>

 小柄な中条が、じわりと目を潤ませて、市原の腕を掴んで何度も揺する。中条のいたいけない視線にバツが悪そうな顔をした市原が、捕まえることはしないと謝る。当事者のリリーは、身の危険を感じて、くるっと身を翻して、会長と呼ばれた少女の元へ飛んで行ってしまった。

 (リリー、胸アップをお願いします)と、リリーと視覚を共有してい平が飛行コースをリクエストする。

 (……お主は……本当に胸スキーな変態じゃな)

 (それは肯定ですが、リリーの演技として必要な行動です。胸の当たりの位置から上目づかいで相手の顔をみつめる──萌え攻撃の定番なんです)

 (……本当かえ?)と、疑うリリー。

 (……勿論……それじゃ、実行よろしく……そう、そう、もっと胸の谷間に近づいて……はい、そこで宙に止まる……はずかしそうな表情で相手の目を上目づかいに見ながら、ちょっと舌を噛んだりして自己紹介へ逝く……)

 リリーは恥ずかしさに堪えながら、平の指示通りに自己紹介を行う。

 <「……七草真由美です。こちらこそ仲良くしましょうね、リリーちゃん……あん?」>

 握手をもとめて伸ばされたリリーの両手は、七草の差し出された右手の小指ではなく、小柄な割りに平均並もある二つの膨らみを両手で押しモミモミを繰り返す。じゃれつく妖精リリーに困ったような表情の七草であったが、頬はしっかりと赤く染まっていた。(///∇//…。

 市原での失敗を反省して、七草の意識を逸らしてご馳走を吸収できるという平の奇策に従い、七草の胸を親の仇のようにガン視しながらモミ続けるリリーは、「ナゼ ワラワガ コンナコトヲ……」と小さく情けない声で呟きを繰り返す。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 中条から再びケーキに添えられていたチェリーを与えられ、嬉しそうな表情でハムハムしている妖精姿のリリーに、癒されている中条がポロっと口にする。

 <「……は~~っ、かわいいです。この子を家に連れて行って、飼ってもいいですか、会長?」>

 <「う~ん、どうかしら……妖精は自然の動物あるいは迷子のペットと同じで、法的には動産扱いになるのかしら?」>

 <「……会長。先程の自己紹介や握手といった言動からみて、この妖精は人と生活をともにしている可能性が高いです。持ち主がいるのではないでしょうか」>

 <「えっ!? リリーちゃんそうなの?」>

 覗き込む中条に、口の中にチェリーを入れたままリリーが大きく頷く。

 <「リリーちゃん、もしかして迷子になったの?」>

 心配げな中条の問いに、首を横に振ったリリーは、店内のカウンター席に座る中学生を指さして、「契約者はあれ」と一言しゃべる。リリーと視覚・聴覚を共有していた平は、席を立ち上がり、三人と一匹がいるテーブルに向かう。美少女・美人がいるテーブルへ近づいて行く平に、店内の他の客の耳目が集まるが、市原が平を含めて障壁魔法を張り直す。妖精姿のリリーがチェリーを持ったまま、平の肩の上に移動する。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 <「はじめまして、リリーの契約者である綿貫平といいます。○○中学三年生です。リリーが突然押しかけて、ご迷惑をおかけしてすいませんでした。それと、俺も勝手に押しかけてすいません」>と言って、頭を深々と下げる平。

 <「リリーと一カ月前に契約しましたが、俺自身は魔法が使えないただの一般人です……実は魔法師である皆さんに、相談に乗って頂きたいことがあるのですが、お時間を頂けないでしょうか」>

 三人が互いに視線を交わし、うなづいた七草が平に話を続けるようにと合図を送る。一般人とわかっても見下すことのない彼女達に好感を持った平は、リリーとの出会いから今までのこと、一部隠しながら三人へ説明し、相談に乗ってもらいたいことを伝えた。

 話を聞き終えた市原が、平に問いかける。

 <「先ず、なぜ私たちを相談相手に選んだのですか? それと、なぜ君ではなくリリーを先に私たちの元へ寄越したのかも答えて欲しい」>

 <「リリーを落ち着いて受け入れてくれた皆さんなら信用できると思い相談することに決めました。それと後の質問は……うちの学校の魔法を使う不良に何度も酷いことをされているので、魔法を使う人に近づくのが怖いんです。リリーを受け入れてくれる皆さんに対して、今はそんなことは思ってもいません」>

 <「一般人に対して魔法を行使するのは犯罪です。警察に訴えていないのですか?」>と、声のトーンを低くした市原が、平に疑問を投げかける。

 <「魔法行使の証拠が記録されないように、不良仲間らにサイオン波用のセンサー付き街路カメラのないに所に連れ込まれていたので……それと保護者がここ数年不在な未成年では、警察も学校も相手にもしてくれませんでしたし……」>と、平は両手の拳を握り締めながら淡々と話す。

 <「魔法師の立場をおとしめる悪質な輩のようね」>と言って、七草が眉をしかめる。

 <「今は俺、リリーと契約して彼女の力を借りることができます。今度あいつらが襲ってきたら、自衛の範囲でやり返してやるつもりですから、心配しないで下さい」>

 肩に乗せたリリーをチラっとみて、自信ありげに微笑む平に、三人はなんとも言えない顔をして黙る。

 <「……君が言う精霊魔法の知識が知りたいとなると、神道系の古式魔法を伝承する吉田家当たりかしら……あーちゃんの家は吉田家に伝があるかしら?」>

 <「会長、お願いですから年下の前で"あ~ちゃん"はやめて下さい。私にも年上としての面目があります……吉田の家は神祇魔法の私塾を開いていますから、会うだけなら会えますが、精霊魔法の詳しいことを教えてくれるかどうかとなると……」>

 <「何の対価もなしでは無理でしょうが……実体化でき知性もある精霊となると吉田家も興味を示すのは間違いないでしょう。後は交渉の仕方一つです……ところで、平君、リリーちゃんはどんな力が使えるのですか?」>

 七草の質問に、少し悩んだ平であったが、せっかくの縁であり関係構築を考慮して答えることにした。

 <「言葉で説明しても、信じ難いと思うので、実際に見て下さい。力を使うのにリリーと融合しないといけないので、俺の姿が変わっても驚かないで下さい。このテーブル周り限定で一時的に認識阻害の魔法を張っていただけないでしょうか、お願いします」>

 市原が、障壁魔法を解除して、認識阻害作用をプラスした障壁魔法を張り直す。

 <「リリー、融合だ!」>

 すると平の肩に乗っていたリリーの姿が弾けて消えると、その場にはサイオンの擬似物質で作られた、クリーム色のタートルネックセーターに黒地のハイウエストスカート姿で、平と同じ身長になったリリー(翅はなし)が立っていた。融合した彼女の容姿は、小さな妖精姿の時の愛らしさが薄れ、人外の美貌と華奢な四肢を持っエルフのような姿であり、七草らはしばしの間見とれてしまっていた。そんな三人に微笑みを向け、リリーは同席の了解をもらい七草の横に座る。

 <「この体の主体的意志は契約者の平と融合した妾にある。妾の名前を前と同じくリリーでかまわぬ。契約者の平は意識の片隅に引っ込んでしもうたので、妾が使える力を示して代わりに説明しよう」>

 <「先ずは、半径三百m以内を観測・解析して任意のものを見つけることができる力じゃ──(範囲は平の指示に従って大幅に過少申告したものじゃがな)──……ふむ。第一高校前駅におる五十代半ば過ぎの初老の男が、ずっと七草に意識を張り付けたままでおるようじゃが、監視に心当たりはあるかえ?」>

 リリーの言葉に驚いた七草であったが、護衛の人だから問題ないと答える。

 <「次は、皆が食べ終えたケーキとクッキーとお茶を"復原"してみせよう……こんな感じじゃ」>

 リリーがテーブルを指でトンと突くと、テーブルの上にあるティーカップから湯気と香りが立ち上り、元の数に戻ったクッキー皿からは焼きたての香りが漂ってくる。中条の前にあるケーキ皿には、ほぼ食べ終えていたはずのフルーツケーキが食べる前の状態で存在していた。

 <「「!! 便利過ぎる──っ!」」>と、中条や七草が感嘆の声を上げるが、市原は真剣な表情でリリーに幾つか質問をする。

 <「妾が何したのかといえば、情報体次元(イデア)にある個別情報体(エイドス)の変更履歴から作られた直後のエイドスを読み出し、現在のエイドスに上書きしただけじゃ。質量保存の法則の疑問を問われても、妾もどこから物質が調達されて帳尻が合わされているのか良く分からん。お主らの使う魔法とやらも、エネルギー保存の法則から収支が合わない事象改変が多いではないかえ」>

 <「復原による人の治療は、騒がれるのは好かぬ故、研究協力も人からの依頼も一切応ずる気はないぞえ! 最初も今回の時も、起動式や魔法式の発動を全く感知できなかったのは、妾の事象改変はお主らの魔法のように起動式も魔法式も使わず、イデアにあるエイドスに直接干渉するものだからじゃ。精霊による事象改変が、妾と同じくエイドスへの直接干渉が原理と言えるかどうかは妾には分からぬ」>

 リリーの言葉に、残念そうな顔をする市原。イデアへの直接干渉できることに驚く七草と中条。

 <「では、ここにいる皆でこっそり瞬間移動してみようかえ……」>

 リリーの言葉が終わると同時に、通路側に座っていたリリーは斜め対面の窓際の席に座っていた中条と入れ代わり、市原と七草も同様に席を入れ代わっていた。

 <「あれ! あれ! いつのまにか席が変わってる……」>

 小柄な中条が頭をキョロキョロさせて、皆の顔を往復させ、席の位置を確認する。中条の前にはフルーツケーキも移動していた。研究者肌の市原は、己の身に生じた事象に考え込む。七草は、何かとっても面白いことを思いついたようで、いい笑顔をしていた。

 <「今度は、瞬間移動の一種アポートとやらで、あちらのカウンター席にある契約者のタブレット端末をこのテーブルに引き寄せようぞ……こんな感じじゃ」>

 リリーが再びテーブルを指でトンと突くと、傷だらけのタブレット端末がテーブルに出現した。中条と市原は興味深そうに端末を眺めていたのに対して、七草は先程の笑顔から一転して眉を寄せ厳しい顔になる。

 <「……リリーちゃん。絶対に瞬間移動を犯罪に使ってはダメよ! 約束して下さい。いいですね!」>

 七草の半端ない威圧に飲まれ、リリーと意識の平はコクコクと頷き返す。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 市原が、リリーの瞬間移動に対する質問を投げかけてきた。

 <「瞬時移動できる最大距離は? 連続移動は何回できますか? 一緒に運ぶことができる大きさや数に制限はありますか?」>

 <「今の所、最大移動距離は肉眼で見える五十m程じゃ。連続移動は回数制限はないの。一緒に運べる最大の大きさは測ったことがない故わからんが、ここの喫茶店ぐらいなら丸ごと可能じゃろう。数は妾の認識にかかっておるが、かなりの数でも問題ないじゃろ」>

 三人の女子高生の目がキラと光り、肉食獣のような目になった。三人がテーブルに身を乗り出して、頭を寄せ合ってヒソヒソ話をはじめる。その横で、リリーと意識だけの平は、やばい地雷源の中に飛び込んでしまったのではないかと、不安になっていた。

 <「……リンちゃん、あーちゃん。リリーちゃんの瞬間移動魔法あれば、来年の九校戦はうちの総合優勝間違いなしよ。この子を絶対にうちの学校に入学させましょう!」>

 <「ええ、会長のおっしゃる通りだと思います。瞬間移動魔法があれば──スピード・シューティングなら全てのクレーを半分に割り破壊できます──クラウド・ボールならボールは常に相手コートに落とせるので鉄壁です──バトル・ボードはショートカットで一番にゴールできます──アイス・ピラーズ・ブレイクなら全ての氷柱を瞬時に倒せます──ミラージ・バットならホログラムの横に瞬時に移動して叩けます」>

 <「一人の選手は二種目までという出場制限さえなければ、リリーちゃんで五種目優勝できるかもしれないのに……」>

 <「でも、でも……融合したリリーさんは生徒と言えるか、参加資格で主催者と揉めるんじゃないんですか?」>

 <「フフフフフ……あーちゃん、その当たりは生徒会長の権限を使って学校に……」>

 腹黒いオーラが立ち上る七草らから漏れ聞こえる話しに、リリーと意識の平は一層不安を掻き立てられた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 三人の相談がまとまり、七草から元の平の姿に戻るようにと言われ、融合を解除した平は、七草らの質問(尋問)を受けることになった。

 <「……平君は来年どこの高校を受験するの?」>

 <「文科高校志望でしたが、リリーは俺から余り離れられないので、リリーを受け入れてくれるとなると魔法科高校へ変更するしかないと思っています……でも、正直、魔法関係の試験教科はまったく知識がないし、それ以外の一般試験教科も学力が低すぎる俺には、魔法科高校の筆記試験は絶望的なんです。縋るような気持ちで魔法の実技で入学できる方法がないか、皆さんに教えてもらいたかったんです」>

 三人が再び角突き合わせるようにヒソヒソ話をはじめる。

 <「……会長、筆記試験が絶望的となると、幾らなんでもうちの高校は難しいですよ」>

 <「ダメよ! 余所の魔法科高校にこの子を取られたら来年の九校戦、うちの高校の総合優勝は危なくなるのよ。何とかして彼の筆記試験の学力を底上げする方法はないからし、リンちゃん?」>

 <「受験まで後二カ月しかない状況では、筆記試験の七教科全てを底上げする方法はありません。幸いうちの高校の入学試験の配点は、七教科の筆記試験よりも、魔法の実技試験の方が高いですから、実技で高得点をとらせ、後は、筆記試験は後々のことを考えて魔法理論と魔法工学に絞って勉強してもらえば、ギリギリ合格できるかもしれせん」>

 <「リンちゃん、ナイスよ! 筆記試験の魔法関係教科の勉強は、去年受験して要領が分かっているあーちゃんに面倒みてもらえばいいし、実技試験に向けた技量磨きはうち(七草家)で面倒をみてもらいましょうか」>

 <「会長……実技の練習を魔法師の家で行うのは問題があります。瞬間移動や復原といった魔法が使えることを知ったら、たとえ実技練習をリリーの姿で過ごしても、彼女の契約者は誰か調べられ、確実に彼を家に取り込みにかかります。リリーに魔法があっても、魔法師でない一般人の彼では冷遇されて、いいように家に使い潰される懸念があります」>

 <「……そうね……リンちゃんの言う通り、実技の練習先は慎重を期す必要があるわ。彼のパーソナルデータを保護しておかないと、最悪、瞬間移動や復原の秘密を調べるためにどこかに拉致される恐れだってあるし……」>

 頭を抱え悩む七草、市原も中条も不安顔になる。自分がカモねぎをしょっていることを理解していない平は、隣の七草からいい香りがするなぁ~と呑気に妄想をしていた。

 <(一般人の平君を魔法師と対等に扱い、彼のパーソナルデータを守り、彼の倫理観をしっかり育み、他家や国に対して小さくない影響力があるところとなると……)>

 実技の練習先は情報を集めてからに決めた七草は、平に志望先を第一高校にするように説得を始める。入学試験は配点の高い実技重視で練習し、筆記試験は教科を絞って勉強すれば、第一高校に合格できる可能性があると。第一高校を受験してくれるなら、実技の練習先の紹介や、筆記試験の魔法関係教科の勉強を指導してもいいと。平にとって好条件を提示してくれたので、二つ返事で第一高校を受験すると七草に約束した。同級生のように見える中条から、第一高校の受験勉強用の参考テキスト教材を教えてもらう。更に定期的に勉強を映像電話のモニタ越しで指導するため、相互に連絡先を交換した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 一通り話し合いが終わった後、平は彼女達にお礼を言い、喫茶店で分かれた。平はその足で第一高校前駅から4人乗りのキャビネット(リニア式小型車両)に乗車した。

 平は一人、キャビネットの座席に座りながら、駅に着くまでの間に、不良息子らへの復讐の段取りを考える中で思い浮かんだアイデア──魔法師から魔法を奪うことはできないのか──をリリーに問いかけた。リリー曰く、奪うことはできないが、封印は可能かもしれないと告げられた。その根拠をリリーに尋ねると、今日出会った市原が使用した障壁魔法の事象改変の全過程をリリーが持つ"森羅の瞳"で観測した結果だということである。また、観測した解析情報を元に仮想障壁魔法シュミレーションモデル(仮想魔法モデル)を構築できれば、障壁魔法をリリーも使えるようになるとのことであった。仮想魔法モデルに興味を持った平が、リリーに色々と質問した結果、仮想魔法モデルは一種のプログラムからできていることが判明した。仮想魔法モデルがプログラムの一種なら、ブラックIT企業で培った元の俺の才能が活かせるはず。受験勉強に加え、仮想魔法モデルの構造の理解や検証実験となると、受験までの間は、リリーへのご馳走の量は減らして一日の活動時間を増やすしかない。精神年齢四十歳を超えて、再び受験勉強しないといけないことに平は大きくため息をついた。

 


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