魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

19 / 22
19 九校戦③

 新人戦一日目(大会四日目)。スピード・シューティングの女子決勝は、由美と北山の同じ一高同士の対戦となり、大会委員会から決勝戦を行わず同率優勝にしてはどうかと提案があったものの、ライバル意識を燃やす二人は、互いの実力をはっきりさせるため対戦を望んだ。

 対戦が始まり、北山が得点有効エリアをすっぽり覆う収束系魔法を発動させ、彼女の標的である紅いクレーはエリア中央に吸い寄せられ衝突・破壊されて行く。一方、由美の白いクレーは、得点有効エリアの中央から外へ弾き出され、自然と由美は、得点有効エリアの端で標的破壊する形が多くなる。

 由美が、北山のクレーの色を偽装する作戦を密かに仕掛けるも、クレーのエイドスの色情報を把握する魔法を使用していた北山に見破られ、中央に引き寄せられ衝突・破壊されてしまった。それが偶然か否かを確かめるため、由美は再度クレーの色偽装を仕掛けるが、今度も北山に破壊されてしまい、偶然でないことを理解した。

 色偽装作戦を放棄した由美は、標的を破壊しない程度に威力を弱めた圧縮空気弾を得点有効エリアの中央で開放して、エリア中央に集まろうとする紅いクレー達を妨害する。一端は、軌道が乱れた紅いクレー達であったが、得点有効エリア内は北山の収束系魔法の影響下にあるため、再びエリア中央に集まる軌道へ戻ってしまった。

 由美は、得点有効エリア内を北山にほぼ支配されている状態を崩すため、切り札を早々に切ることにした。由美は、汎用型CADから達也の開発した特殊質量フィルター(質量フィルターの起動式を改造して、設定条件を質量からクレーのエイドスの色情報に変更して物体を選別するもの)を呼び出す。彼女の魔法演算領域で構築された件の魔法式は、それまで保存されていた静止魔法をリセットした仮拡張演算領域へコピー・保存される。由美が、得点有効エリアの左右両端面をカバーする大きな特殊質量フィルター二つを展開すると、フィルターに接触した標的は自動選別され、北山の紅いクレーはエリア内から外へランダムな方向に弾き出され、白いクレーは静止魔法で一瞬宙で止まった所を圧縮空気弾の炸裂で破壊する流れを作る。

 本競技において、射出機から射出された標的を、得点有効エリア外で破壊又は得点有効エリア外へ軌道を変更する行為は禁じられているが、一度得点有効エリア内に入ってしまった標的ならば違反にはならないのであった。

 しかし、それを黙って見過ごす北山ではなく、直ぐさま対応してみせる。得点有効エリア外で収束系魔法を発動させて、由美がフィルターを展開していない方向から次々に紅いクレーをエリア内へ運び、能動空中機雷で破壊して行く。更に、北山は、時折、エクスプローダー(着弾点から一定の範囲の物体を高速移動で遠ざける魔法)を発動させる等して、由美の白いクレーの静止・破壊を邪魔する。負けじと由美も、フィルターの展開位置を変更して、北山の紅いクレーが得点有効エリア内へ運び込まれるのを妨害する。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 互いの足の引っ張り合い(?)は、やがて二人の地力の差からか、由美の標的破壊ミスが増えて行った。

 劣勢を覆そうと、由美は奥の手を切ることにし、乗積魔法により同系統魔法ではあるが正反対の魔法を、射出直後の北山の紅いクレーに同時発動させた。射出された紅いクレーは、得点有効エリア外で展開された北山の収束系魔法の干渉作用を──受けることなく、由美が展開するフィルターもすり抜け、得点有効エリア外へ飛び出し、地面に落ちてしまった。二人の魔法の干渉作用を受け付けない、この紅いクレーは相克状態になっていたのであった。

 学校での練習中に乗積魔法による干渉力の増幅を発見した平は、振動系魔法でも加速と減速の正反対の魔法を、同じ対象物に同時発動させたらどうなるか遊び心で試してみた。結果は、事象としてはプラスとマイナスがゼロで変わらなかったが、対象物は強い相克状態になることを発見した平は、これを九校戦の奥の手に利用することにしたのであった。

 唐突に己の魔法が効かなくなったことに、北山は疑問と焦りを感じたものの、由美による相克化の連発に対して、何回か試行錯誤して相克化の欠点(魔法による間接的な物理的作用を防げれないこと)を把握し、圧縮空気弾でリカバーに転じた。しかし、座標設定が苦手な北山は、取りこぼしてしまう標的が少なくない形で、試技制限時間の五分を迎えた。

 得点ボードの同点という結果に、二人は勝敗の決着がつかず残念という感想を抱くが、それなりに満足感もあったのか、隣り合う射撃台の上で、互いに歩み寄り握手交わすと、観客席からは惜しみない拍手が二人に送られた。

 同点という結果に、大会委員会から延長戦は行わず同率優勝という再度の提案があり、今度は二人とも納得して受け入れた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 午後からは男子スピード・シューティングの予選が行われる。

 急遽、病気欠場選手に代わって出場することになった洋二ではあるが、由美の優勝に自らも奮起し、気合を入れて予選に臨む。

 速い魔法発動の反復持続力等に不安を抱えていた由美と違って、洋二はこの競技を特に苦手としておらず、新人戦代表選手の座をかけた勝負や新人戦代表選手に選ばれてもこの競技へエントリー希望を出さなかったのは、単に忠章の事情を酌んでダブらないようにしただけであった。とは言え、一日半前に急遽エントリーが決定したため、洋二はほとんどぶっつけ本番で競技に臨むことになり、準備する時間も不足していた。そんな洋二に対して、相変わらず二科生を快く思わない一高の作戦スタッフ(男子競技担当)は、洋二の戦術検討に非協力的で、出場予定の他校選手の戦術に関する情報もろくに寄越しもしなかった。そんな訳で、洋二は平(意識)との戦術検討とCADの調整に時間を費やし、ほとんど練習できない状況で予選に臨むことになったのである。 

 予選において、洋二が選んだのは、この競技においてオーソドックスな戦い方(標的のクレーを移動魔法で操り、他の同じ色のクレーに衝突させて破壊する)であった。制限時間の五分間に、百もの標的が射出され──平均すれば三秒に一つの標的が射出され、余裕で対応できるように思われる。しかし、実際の試技では、不規則な間隔で標的が射出され、同時に五から六つもの標的が得点有効エリア内を舞う場合も発生するため、オーソドックスな戦い方では、対応が間に合わず標的を取りこぼしてしまうことがある。

 しかし、洋二には、レベルアッパーによる、事前に標的射出の兆候を知ることができる簡易森羅の瞳の力、多目標同時捕捉するための照準補正アシスト機能、複数の魔法を同時発動させるパラレル・キャスト機能があり、更に操作ロスタイムなしでCADを完全思考操作するセカンドアッパーという、鬼で言うなら金棒を持った状態であった。

 試技が始まると同時に洋二は、CADの起動式を呼び出して魔法演算領域で構築した移動魔法式を、分割した仮拡張演算領域の一つにコピー・保存後、残る複数の分割仮拡張演算領域へ移動魔法式を同時コピーして、一度に多数の標的を捉えて同時に破壊して行った。

 洋二は金棒の力を十二分に活かした結果、パーフェクトで予選を通過した。なお、二科生の洋二に反発する態度を見せていた他の一高選手(一科生)二人について、森崎は予選を通過したものの、残る一人は予選落ちしてしまった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 準々決勝に進んだ洋二は、試技が駆け引きが必要な対戦形式に変わったことに合わせて、戦い方に一手工夫を加えた。金棒を持っているとは言え、それを使いこなすには、己の技量や経験が不足していることを洋二は理解しており、予選二十四名の中から選ばれた、己以外の七名を格上の対戦相手と目していた。そんな洋二が格上の相手に勝つには、奇策しかないとの平(意識)の助言に従い、洋二は相手を引っかき回す作戦を実行することにした。

 準々決勝の試技が始まり、対戦相手の五高選手は優れた視力と精密な振動魔法により標的を次々に破壊する。洋二は、標的を破壊するための移動魔法と同時並行して、光遮断フィルター魔法を発動させ、隣の射撃台に立って小銃形態の専用CADを構える対戦相手の五高選手の正面に大きな"暗幕"を展開する。大会のレギュレーションでは、相手選手への攻撃は禁止されているが、妨害は禁止されておらず、相手を引きずり落とす卑怯上等な平の妨害作戦を洋二は採用したのであった。

 正面の視界を突然塞がれた五高の選手は、最初は慌てたものの、直ぐに立ち直り、直接的な魔法の効かない正面の"暗幕"を圧縮空気弾の炸裂で吹き飛ばす。しかし、洋二の仮拡張演算領域の一つに保存された光遮断魔法式が発動して、瞬時に"暗幕"を元通りにしてしまう。そんな攻防を四、五回繰り返した後、五高選手は"暗幕"の除去を諦め、光屈折魔法で"暗幕"の向こう側の光景を正面に投影して、振動魔法で自らの標的破壊に専念する。その光景が、洋二が仕掛けたもう一つの光屈折魔法によって、対戦相手の標的の一部が消し去られたものであることを知らずに……。

 洋二の二段構えの妨害作戦で、五高の選手が標的破壊ミスを増やしている間に、洋二は着実に己の標的を衝突・破壊していった。

 対戦終了後、洋二の"暗幕"妨害に憤る五高の選手が、競技を監視していた大会委員会の役員に、洋二の行いはフェアプレー精神に反するとアピールするも、受け入れられることはなかった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 洋二の準決勝の相手は、準々決勝で森崎を破った三高の吉祥寺であった。

 大会前、一高と優勝を争うライバルと目されていた三高も、犯罪組織の策謀で今大会は一高同様に苦戦し、現在の総合順位は四位に甘んじている。逆に一高は、新人戦女子のスピード・シューティングで一位・二位を独占した結果、総合順位点は二位の二高に僅差で迫っていた。

 洋二は、三高の一年生の中で吉祥寺が一条に次ぐ実力者であるという情報を知り、試技の前半は奇策を引っ込め、真っ向勝負する振りを相手に信じ込ませることに決めた。

 試技が始まり、三高の吉祥寺が使う不可視の弾丸の驚くべき速射性と精密性に、洋二は目を見張ることになった。更に、吉祥寺が偏倚解放(空気を圧縮し破裂させ爆風を一方向に当てる魔法)を時折発動させて、洋二が移動魔法で操る紅いクレーを翻弄し、その破壊を妨害して来た。

 洋二は、試技前半の方針を変えて、策を仕掛けることにした。洋二が、射撃台の吉祥寺の視界を"暗幕"で遮ってしまうも、吉祥寺が気体を流体制御する魔法で発生させた強い旋風が、継続的に吉祥寺の周囲を回ることで"暗幕"を払ってしまうため視界を塞ぐことが叶わなかった。既に準々決勝で見せている作戦であったので、洋二は対策されてもショックではなかった。

 洋二は、直ぐに次の作戦──射出機から射出された吉祥寺の白いクレーの色(反射光)を振動系魔法で紅い色に変える、由美の色偽装作戦──に切り換える。こちらの方は、洋二が慎重にことを運んだおかげで、吉祥寺に色偽装をしばらくは見破られることはなかった。しかし、吉祥寺は得点表示ボードと自己認識のズレから、洋二の行っている策に気がつき、標的のエイドスを把握する魔法により本物の標的を看破するようになった。

 作戦失敗を悟った洋二は、試技の前半にも関わらず奥の手を切らざるを得なくなり、乗積魔法により正反対の座標を変数に打ち込んだ移動魔法を、吉祥寺の白いクレーに同時発動させた。相克状態となった白いクレーは、吉祥寺の不可視の弾丸の干渉を打ち消し、試技が始まって以来初めて吉祥寺を驚かせることに成功した。しかし、吉祥寺は直ぐに魔法を切り替え、ドライアイス弾による物理的衝撃で白いクレーを破壊し、相克作戦を打ち破ってしまった。

 洋二が、奥の手を破られたショックを引きずっている間、吉祥寺の妨害を受け、ズルズルと標的の取りこぼしを重ねてしまう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 策の全てを失い焦燥感をつのらせていた洋二が、試技の制限時間が残り一分を切った頃、脳裏に天啓が閃く。

 洋二は再び、射撃台の吉祥寺を"黒い球体"で囲ってしまう。吉祥寺は気体を流体制御する魔法で、彼の周囲に強い旋風を発生させようとするも、洋二の乗積魔法により強力な領域干渉下に置かれた空気は、吉祥寺の魔法を無効化してしまった。吉祥寺は加重軽減魔法を自らにかけ、射撃台の床を蹴って"黒い球体"の壁を突破しようとするも、彼は闇の中から脱出することはできなかった。"黒い球体"は吉祥寺の身につけているユニフォームと相対位置を固定する硬化魔法もかけられており、吉祥寺の身体を暗闇に閉じ込め続けることに成功した。

 しかし、残り時間は少ない。洋二は、吉祥寺に負けている標的破壊数を何とかして見せようと全力を傾けた……。

 試合終了の合図と同時に、力を出し切った洋二は射撃台の床へ座り込んでしまう。顔を上げて、恐る恐る得点表示ボードを見上げる。思考に霞がかかった様な状態の洋二は、得点表示ボードに並ぶ二つの数値を見ても現実感がなかった。洋二は自分の頬を抓り、勝利をようやく認識した後意識を手放した。一方、一点差で逆転負けをきした吉祥寺は、しばし射撃台に立ったまま、悔しそうに唇を噛みしめていた。

 その後、洋二は決勝戦でも二高の選手を"黒い球体"で囲う作戦により、完勝を果たした。その様子をモニターしていた一高の天幕内では、女子に続いて男子の優勝を手放しで喜ぶ者と、不機嫌になる者がいた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 新人戦一日目(大会四日目)の夕方、由美と洋二の優勝を祝して、H組六人はいつもの食堂ではなく、ホテルのレストランでささやかなパーティを開くことにした。祝われる二人は、試技後のメディアによる取材攻勢で溜まった鬱憤を張らすかのように大いに飲み食いし、楽しそうに会話を弾ませた。学生の身の上であることもあって彼らは、当初はささやかな料理で始めたものの、同じレストランにいた客の数人が、優勝のお祝いとして高級料理を驕ってくれたおかげで、豪勢な料理のパーティになってしまったのである。

 お祝いをしてくれた客に対して、由美と洋二が相手のテーブルへお礼を述べに伺うと、リリーらに瞬間移動を見せて欲しいと言って来る人もいた。その話しを聞いたリリーは苦笑しつつも了解し、スポンサーのテーブルへ瞬間移動し、テーブルを回るようにショートな瞬間移動をして見せた後、リリーは極上の笑顔(営業スマイル)でスポンサーに挨拶とお礼を述べた。スポンサーの中には、子供連れの人もいたので、リリーはサービスとして、妖精姿の分身を作り出し、その女の子の目の前で、翅から光の粉をまき散らしながら、愛らしい妖精の踊りを披露して見せた。女の子は大いに喜び、スポンサーの夫人はマナー違反であることも忘れて、携帯端末でその様子を録りまくる。妖精姿の分身の登場は、瞬く間にレストラン中の客の関心を集めて、その騒ぎを鎮めるためレストランの責任者の出動とあいなった。

 七草の忠告(大会開幕前のパーティで妖精姿の分身を出すのは駄目)の正しさを、平(意識)はレストランの責任者からのお叱りを受けながらしみじみと理解した。そのため、一般客とは違った意味でリリーに関心を寄せる者達に気がつかなかった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 新人戦二日目(大会五日目)は、クラウド・ボールの女子予選と、アイス・ピラーズ・ブレイクの男女予選が行われる。

 クラウド・ボールの女子の予選において、雛見の最初の試合は緊張のし過ぎで第一セットを落してしまった。しかし、第二セット以降、雛見は自陣のコートの床を圧縮空気の板で覆う鉄壁の守りと、その板の上で静止したボールと彼女の片手を硬化魔法で相対位置固定して──イメージとしては、木琴用のバチ(●──)を片手に持って──、振りかぶるようにして対戦相手のコートの床をボールで数度叩く作戦で、逆転勝利を得る。

 その後もこの作戦パターンで、雛見は準決勝まで勝ち続けることが出来た。

 しかし、流石に本日五戦目の決勝では、雛見は魔法力(スタミナ的意味)の消耗から鉄壁の守りを途中から維持できなくなり、対戦相手に第二セットを奪われてしまった。勝敗の決着をつけることになった第三セットにおいて、雛見は達也の助言を受けて、防御を放棄して、攻撃オンリーに切り替えた。雛見は、無意識内の仮拡張演算領域の一つにコピー・保存したダブル・バウンド(対象の移動物体の加速を二倍にし、ベクトルの方向を逆転させる魔法)を神速で発動させ、自陣へのボール侵入をほとんど許さず、相手陣地へボールを打ち返し続けた。

 多数のボールによるラリーが延々と続く第三セットは、最後は二つのアッパーの助け(多目標同時捕捉の照準補正アシスト機能、操作ロスタイムなしのCAD完全思考操作機能)を借りて、ミスを抑えた雛見が勝利を手にした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 時間を巻き戻す。

 新人戦二日目(大会五日目)、由綺と洋二が出場するアイス・ピラーズ・ブレイクの予選は、一回戦及び二回戦が行われ、これを勝ち抜いた六人が、明日の決勝リーグで戦うことになる。

 女子の第一試合、フィールドの端に設けられた櫓の上のステージには、胸の前で小さなムチを両手で曲げて持ち、サーカスの猛獣使いの衣装をした由綺が立っていた。

 この競技は、フィールド内で使用される魔法に関して安全規制が解除されており、過激な魔法が飛び交うので、魔法力(スタミナ的意味)の消耗が激しい。魔法力(スタミナ的意味)に自信がある由綺にはピッタリの競技ではあるのだが、魔法の干渉力の強さが勝敗を左右する点において、生来の彼女の干渉力の低さに課題があった。しかし、学校で九校戦に向けた練習中に、平が干渉力の低さを解決する方法を発見し、更にこの競技で勝つための作戦を彼から授けられたことで、由綺は自信を持って第一試合に臨んでいた。

 フィールドの両サイドに立つポールの光る色が、赤から黄色に変わる。由綺が、右手を持ち上げて頭の後ろに大きく振りかぶり、一気に前に振り下ろしたムチがビシッと敵陣中央の氷柱を指した瞬間、ポールの光る色が青に変わる。これは偶然の一致ではなく、実はレベルアッパーに宿る妖精のアシスト(簡易森羅の瞳の力で、ポールの光が青に変わる時間をコンマ数秒までカウント)していたおかげである。

 由綺は、競技ルールの抜け道をついて、試合開始となるポールの青い発光と完全にシンクロする神速で、複数の移動魔法を同時発動させる。神速発動の秘密は、競技開始前の段階で、妖精が由綺の魔法演算領域及び無意識内に設けた仮拡張演算領域へ、各標的(氷柱)毎の変数も組み込んだ移動魔法を複数保存していたからである。それは、フライング行為ではないかと思われるかもしれないが、大会のフライングに関するルールでは、競技開始前にCADを操作すること又は遅延術式の事前使用することを禁止しているだけであり、魔法式を意識・無意識領域に保存することは禁止していない。魔法式を保存する技術は、"公式"には開発されていないのだから当然である。

 発動した移動魔法は、わざと加速の工程が省略されており、敵陣の一番奥深い三列目の中央に配置された四本の氷柱(縦横一m高さ二m)の各エイドスを、亜音速の速度と二列目に配置された各氷柱に重なる座標に書き換える。その結果、敵陣の三列目の氷柱四本は、慣性を無視した加速が掛かったことで無数の亀裂が発生して根元から切断され、二t弱の質量弾となって二列目の各氷柱に激突して砕け飛び散り、激突された二列目の各氷柱も倒壊してしまう。この時になって、ようやく対戦相手はCADの操作ボタンに触れる。

 この神速攻撃を可能にした奇策は、四つもの移動魔法式を蓄える演算領域(仮拡張演算領域を含む)の容量がある由綺の資質と、数が少なく固定され標的故に魔法式の変数を事前にセットできる条件が揃ったこの競技だからこそ使えたものであった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 レベルアッパーに宿る妖精は、事前の指令(プログラム)に従って由綺の第一弾の移動魔法発動に用いた魔法演算領域及び仮拡張演算領域へ、サイオンの補給と並行して次の移動魔法式のひな型をコピーする。移動魔法式には、事前にセットされた次の各標的(敵陣の先頭一列目の氷柱)毎の変数が送り込まれる。四つ移動魔法式が完成すると同時に、標的である敵陣先頭の一列目の氷柱四本の中央を境に、左右の二組の氷柱同士が激突し、互いに砕け飛び散る。妖精は、刹那の間での連続魔法発動によるサイオン枯渇を防ぐためインターバルに入る。

 この時点で、対戦相手は起動式を魔法演算領域へ呼び出す途中であった。対戦相手の認識では、試合開始と"同時"に自陣の氷柱が大爆発して、白い煙(飛散した氷の欠片)が漂い、自陣の氷柱がいきなり消えてしまったように見えた。自陣の氷柱に領域干渉を発動させようとした、対戦相手の魔法は、対象物の消失で魔法は霧散してしまう。

 余りにも速い決着に、対戦相手は運営委員に由綺のフライングをアピールするも、キルリアン・フィルター付き監視カメラのビデオ判定の結果、フライングは否定されてしまう。しかし、ほぼ一秒で氷柱十二本を破壊し終えた異常さに納得できない対戦校の技術スタッフから、由綺のCADにレギュレーション違反があったのではないかと、再チェックを求めてきた。二つのアッパーを含む由綺のCADは、犯罪組織の細工による故障もなく、起動式のソフトウエアからも違反は発見されなかった。

 由綺の記録は、九校戦における歴代最高レコードと正式に認められたが、他のフィールドの男子予選に出場していた洋二によって、直ぐに記録は更新されてしまった。

 この日、由綺及び洋二は、神速攻撃で予選の一回戦及び二回戦を試合開始直後に勝ちを決め、二人ともに明日午前の三回戦に駒を進めた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 新人戦三日目(大会六日目)は、午前にアイス・ピラーズ・ブレイクの女子の予選(三回戦)が行われる。

 深雪の出場する第一試合前に行われたCADのレギュレーションチェックで、達也が突然検査係員を組み敷く事件が発生した。達也が、駆けつけた警備担当に対して、検査係がCADに何か細工したことを訴えるも、彼らには細工を判別する能力がなく、警備担当によって達也は拘束されてしまった。

 その知らせを受けた七草が、達也が拘束されている大会委員会本部へ十文字を向かわせた。平(意識)は、一高の天幕内にリリーの分身精霊Gを密かに配置していたことで達也の件を知り、リリーの出場するバトル・ボード第二レースまで時間もあったことから、世話になっている彼のために一肌脱ぐことにした。

 リリーは、森羅の瞳の力で達也の居場所を見つけ出し、事情聴取を受けている達也のもとに透明な妖精を瞬間移動で送り込み、平(意識)がリリーと妖精を介して念話で達也に話しかけた……。

 達也から事情を聞き終えた平(意識)は、深雪の予備のCADが再度レギュレーションチェックで細工をされないようにすることを約束し、ホテルに滞在するある人物への連絡を引き受けた。

 リリーは、先ずは兄が拘束されたことで、控え室内を白くする程に冷気を発している深雪のもとに向かい、深雪に事情を説明の上、レギュレーションチェックを受けた予備のCADを借り受け、密かに復原の力を使って細工のない状態に戻して返した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 次にリリーは、直ぐにホテルに瞬間移動し、教えられた部屋にホテルのフロントを介して連絡を入れた。電話で応対に出た女性に、リリーが達也から伝言を預かった旨を告げると、しばしの無言の後──電話の向こうで何やら相談したようだ──、最上階のスィートルーム前で待ち合わせることになった。

 リリーは、専用エレベーター前の警備員による確認で少々遅れて指定されたスィートルーム前に到着すると、二十台半ばの一流企業の秘書のような雰囲気の美人が待っていた。藤林と名乗った美人は、服の上からも分かるメリハリのあるプロポーション、そして平の大好きな美乳の持ち主であった。六日も禁欲(?)させられ色々と溜まっていた平(意識)は、思わずリリーとの融合を解いて、棒煩悩エロ少年のように「生まれる前から愛して云々」と叫び藤林の胸に向かってダイブする。軍人の藤林は、突然、女装姿の変態のダイブに驚くことなく、すっと横に避けた結果、変態は壁に顔面キスするはめになった。

 藤林によるセクハラ未遂のお仕置き(激痛のつぼ押し)も加わり、潰れたカエルの様な姿でピクピク震えている平を余所に、妖精姿のリリーの分身が藤林に達也が拘束されている事情を説明する。床に伏した平は、痛みも何のその、藤林の美脚をこっそりローアングル鑑賞で堪能していると、それに気がついた藤林(女王様)から冷たい視線を浴びる。背中がゾクゾクする藤林の視線に、平は危なく新たな性癖に目覚めそうになったが、美乳大好きの固い意志(煩悩)は余計な覚醒を消し去ることに成功した。

 平は再びリリーと融合し、大会委員会本部の一室に拘束されている達也のもとへ藤林と向かうことになったが、直ぐには向かわず、藤林はスィートルームに居る祖父に大会委員長への口利きを依頼した。藤林の後からスィートルームに足を踏み入れたリリーは、部屋に居る九島老人をみて目を丸くする。そんなリリーに対して、九島が彼女の接触瞬間移動を経験したいと申し出た。達也を助ける対価ならばお安いものだと納得した平(意識)が、リリーにお願いして九島と一緒に瞬間移動しようとすると、祖父の身をあんじる藤林が先ずは自分がと名乗り出た。リリーが、手をつないだ藤林のリクエストに従い、部屋の特殊ガラス窓の向こう側へ瞬間移動し、仮想浮遊魔法で少しの間二人とも宙に浮かんだ後、再び部屋の中のもとの位置へ瞬間移動で戻る。次に九島は、リリーと一緒に安全な室内で二m程の距離で瞬間移動を体験する。

 目の奥に思惑の光を灯した九島は、予定を変えて、藤林とリリーに同行して大会委員会本部に足を運ぶことに決めた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 大会委員会本部へ突然九島が訪れたという知らせに、大会委員長は取り巻きと慌てて出迎えに現れ、部下のような恭しい態度で九島の願い(命令)を受けると、直ぐに取り巻きの一人に手配を命じた。

 九島を先頭に藤林とリリーが、大会委員長らの案内で本部の一室に入ると、達也を警備員が見張る中、十文字が大会委員会の役員らしき者を説得している最中であった。彼らは突然、大会委員長及び九島の登場に驚く。九島らにしばし遅れて、大会委員長の取り巻きが、押収した深雪のCADを運び込み、更に暴行を受けた検査係員を連れてきた。

 深雪のCADを受け取った藤林が、持参してきた携帯機器につなげ、達也の指摘したシステム領域を恐ろしい速度で解析を行うも、細工の痕跡を発見することができなかった。その様子に、検査係員は薄ら笑いを浮かべる。警備担当によって達也が拘束され、身体を解放された検査係員は騒ぎに乗じて、深雪のCADから細工を消してしまっていたのであった。そのことを検査係員のエイドス変更履歴読み取り(サイコメトリー)で知ったリリーは、密か復原の力を使って、深雪のCADを細工された状態に戻した上で、ソフトウエアではなく電子回路に微小な精霊が宿っており、別の調べ方をしないと駄目だと告げた。

 再度調べた結果、特殊な精霊が発見され、それが電子金蚕であると断言した九島は、検査係員に入手方法を問い質した。たじろいだ検査係員は、証拠を完全に消去したのに何故ばれたのかと驚き、慌てて逃げ出そうとするも、警備担当に取り押さえられてしまう。

 九島が、大会の運営委員の中に不正工作を行う者が紛れ込んだ不祥事に、大会委員長とその取り巻きを厳しい声で叱責した。そこに、今まで口を閉じていた十文字が、七草家とともに調べあげた情報──国際犯罪シンジケートのノー・ヘッド・ドラゴンによる、九校戦の勝敗をかけた賭け──を大会委員会役員に先程まで説明するも、取り合ってもらえなかったと九島に告げた。それを聞いた九島は、底冷えする程の威圧を発して、ぼんくら共(大会委員長ら)に対して、不正工作を行う者の徹底的な排除を命じた。

 両手の拘束具を外された達也は、九島に頭を下げて、藤林らの助けにお礼を述べた。達也と美乳な藤林の関係が気になる平(意識)であったが、リリーの出場する第二レースの時間も近づいており、聞き出すのは後回しにして競技会場へ向かった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 バトル・ボードの女子の準決勝第一レースにおいて、光井は水路の明暗を作る幻術を用いて、他校の選手二人に本来の力を発揮させない戦術で見事一位を獲得した。

 続いて行われた第二レースにおいて、リリーはわざとスタートを遅らせ、先行した他校選手二人を追いかけた。リリーは、大量の水塊と一緒に瞬間移動するのを断続的に続け、それは丸で大津波に乗ってサーフィンするが如くであった。先行する他校の選手二人は、ズンズンと後方から迫る"大津波"に飲みこまれまいと必死に速度を上げ逃げようとしたものの、一人はコーナーを曲がり切れずにコースアウトし、残る一人は上から落ちてきた"大津波"に巻き込まれ水中に沈んでしまった。他校の選手二人を排除したリリーは、残るノルマ(水路三周)をこなし、一位でレースを終えた。

 決勝レースが、光井とリリーの同じ一高選手で競うことになり、大会委員会は一高のチームリーダー(七草)を通じて、決勝レースを行わず同率優勝にしてはどうかと二人に提案して来た。リリーの"大津波"で潰される他校の選手の様子を見せられ、少々顔色が優れない光井は一も二もなく提案に賛成し、一方のリリーも、面倒なことをせずに早く終わるなら良いかと思い、提案を了承した。

 また、男子の準決勝及び決勝のレースにおいて、忠章と競うことになった他校の選手は、スタートと同時にボードの底や縁に厚い氷を付着させる忠章の魔法を防ぐことができず、氷を取り除くための時間ロスを常に支払わされることになった。

 先行した忠章は、断続的な瞬間移動でリードを広げ、周回遅れの他校の選手による妨害も、瞬間移動を用いたフェイントや切り札である泡の罠(他校選手の進路上の水路に大量の泡を発生させ、ボードの浮力を奪って水落させる)や水面の粘性を高める罠(ボードの水の抵抗を増大させて移動を遅らせる)で巧みに回避してみせた。

 優勝を決めるゴールラインを通過した忠章は、その大きな身体でガッツポーズを取った後で、観客席からの拍手に両手を振って応え、そして観客席の最前列にいる雛見の元へ近づいて行った。

 




九島閣下が、深雪のCADを手に持って見ただけで電子金蚕がわかるのはおかしいと思い、独自展開してみました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。