魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

18 / 22
18 九校戦②

 リリーの瞬間移動については、入学式後の模擬戦闘などで見せている以上、いずれ学校外に瞬間移動の噂が広まるのは時間の問題であった。ならば、瞬間移動の情報をコントロールするため、こちらから積極的かつ意図的に情報を開示して行こうというのが、平らの入念な計画の発端であった。

 魔法では実現不可能と言われる瞬間移動の存在が確認された場合、先ずは瞬間移動能力がどの程度のものか強い関心が向けられ、秘密を求めてあらるゆる者達が、合法・非合法な手段で探りに来る。そのために、複数の魔法による事象改変同士の相互作用に関する国内の権威である廿楽が、これまでのリリーらを対象とした研究結果を論文という形で情報を開示することで、公表情報に信憑性を持たせ、非合法な手段で探りに来る者を減らす。

 開示された情報には、瞬間移動能力の限界と欠点──特殊な精霊と契約した者にしか使えないこと、移動できる距離は当人の資質に左右され高い者でも最大五十mと短いこと、移動先を視認できない障壁は超えることができないことなど──が記されていた。これにより、歴史的な発見である瞬間移動能力ではあるが、各国のパワーバランスや魔法界の秩序を引っくり返す程のものでないと認知され、警戒を薄めさせ狙いがあった。とは言え、それだけでは名誉欲のある研究者の関心を削ぐことはできないので、開示情報には、特殊な精霊による、サイオンを用いない固有スキルのため現代魔法で定式化(魔法師の誰にでも使える様にするの)は困難であるという見解も加えられていた。

 開示情報で報告された瞬間移動能力では、極めて局所的な場面でしか使えないと認識されたとしても、救助活動、接近戦闘、諜報活動や破壊活動などにおいては有用と評価され、関係者から勧誘されるであろう。

 問題は、暗殺に関わるテロ組織や犯罪組織ならば、瞬間移動能力は喉から手が出る程に欲しいものであり、能力保有者は拉致、脅迫又は洗脳といった被害を受けるリスクが高いことであった。平とリリーが、安易にH組の五人に瞬間移動の力を与えた結果、彼らも狙われ可能性があった。しかし、これに関しては、サイオンやプシオンの吸収が大幅に増え、能力のレベルが増した今のリリーならば、十分対応できる力がついていた。仮に、瞬間移動スキルを貸与されたH組の誰かが拉致されても、スキルの要であるレベルアッパーに宿る妖精が、リリーとイデアネットワークで繋がっており、敵の居場所を探り当て、敵を拘束し、拉致された者を安全に奪還できる。それを分からせる示威行動(デモンストレーション)の機会を、平とリリーは手ぐすねを引いて待つのであった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 クラウド・ボールの二回戦をニセット連勝したリリーの準々決勝の相手は四高であった。観客席は、メディアによる瞬間移動の宣伝効果もあって、ほぼ満席状態である。観客席前列には、全ての他校の偵察担当がずらっと並んでいた。彼らの構える大砲のようなカメラ群が、コートに立つ可憐な少女に向けられていた。その様子に、リリーの中の平(意識)は、パン(スコート)チラを狙っているカメラ小僧のようだと評した。

 第一セットが開始され、二回戦と同じようにラリーが続くも、四高の選手は粘りに粘り、自陣コートの床にボールを落とされることを防いでいた。変化があったのは、残り三十秒を切った所で、四高の選手がボールを打ち返すのを止め、自陣コートに飛んできたボール全てを静止魔法で空中に止める行動に出た。

 互いの動きが止まり、しばし静まり返ったコートに、シューターが圧縮空気の発する音を鳴らして九つ目のボールをリリーのコートに向けて発射する。それと同時に、四高の選手が静止魔法で空中にピン止めしていたボールが、リリー側のコートのあちらこちらに向かって、バラバラの速さで一斉に飛んだ。観客席の前列から「オオォ」という声が上がる。二回戦で見せたリリーの瞬間移動の欠点──一秒のインターバルに伴いボールの処理が追いつかなくなる点──をついて、四高の選手は試合終了間際の同時一斉攻撃で勝負に出たのであった。

 (予測通りじゃ!)

 ニヤリと笑ったリリーは、両手フォアハンドで持ったラケットを腰だめにして、居合抜きのような構えから「ヤァー!」という鋭い叫びと共にラケットを振り抜く。六つのボールは一斉にベクトル反転し、四高の選手コートに戻って行く。残る三つのボールも、リリーは、静止魔法と瞬間移動を使って次々に相手コートへ打ち返した。

 自陣コートへ打ち返されて来る九つボールに、四高の選手は両手で保持した拳銃形態CADの銃口先を忙しく向けて、魔法を次々に発動させるが──ボール達は一向に事象改変されず、四高の選手は驚きと絶望の入り交じった顔を見せる。

 九つのボールは、四高の選手の魔法を無視するように、そのまま彼女のコートの床へ次々と落ち、バウンドを繰り返した。焦る四高の選手は、床に落ちたボールに向かって何度も魔法を発動させ相手コートへ返そうとするも、ボールはピクリとも動くことはなく、第一セット終了の合図が鳴った。

 自分の魔法が全く発動しないことに、四高の選手は一体どうなっているのという顔をして、床に落ちているボールを手に取って調べる。今度は問題なく魔法は発動したが、先程魔法が無効化された原因は結局分からずじまいであった。第一セット終了後の三分間のインターバルを利用して、四高の選手は先程の疑問と対策を作戦スタッフと相談・打ち合わせに全て費やし、ろくに休憩することができなかった。

 第二セットは、今度はリリーが全てのボールを自陣コートの空中に静止魔法でピン止めしてしまい、全くラリーのない状態になっしまった。観客からは不満げな野次が飛ぶものの、リリーは一向に気にしなかった。そして、試合終了間際に、リリーは九つのボールを、相手の魔法を一切受け付けない状態にして、一斉に四高の選手のコートへ打ち込んだ。四高の選手は、急遽用意したラケットで二つのボールを打ち返すのがやっとであった。

 今回、リリーが、ボールに相手の魔法が効かなくさせたのは、九島老人のあいさつがヒントになっていた。サイオンで構成されたボールのエイドスのうち、座標情報部分のみを偽りの座標情報を示すサイオン(ウィルスプログラムに近いリリーの分身の一種)で覆うことで、相手選手は誤った座標情報を取得して、それを変数として組み込んだ魔法は現実世界との矛盾により発動を打ち消されることを利用したものであった。

 リリーは準決勝及び決勝ともに、準々決勝と同じような戦い方で臨み、相手選手からの魔法が効かないボールは一度も破られることはなく、彼女を優勝に導いた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 競技エリア内に設けられた一高の天幕で、リリーは七草や中条らから優勝を祝われていた。一方、自分達が押した女子選手二名(当初予定選手の病気欠場に伴う交代選手)が二回戦までに敗退してしまい、面子を失う恰好になった上級生の面々は、苦々しい顔をしてリリーを睨み付けた。そんな彼らの視線に、リリーがどんなもんだと言う顔で見返すと、彼らは悔しそうな顔をする。

 さて、天幕にはリリー以外に、洋二、由綺及び達也が顔を揃えていた。H組の三人が何故呼ばれたかと言うと、定期試験の実技成績上位の彼らに、病気で新人戦競技を欠場する選手の交代に関する意向打診であった。

 優勝を果たし、残る時間はリアル夏コミ仕上げの追い込みに重点をおきたい本心の平(意識)は、意向打診を受けたバトル・ボードを遠慮するため、吾妻姉妹を推薦した。しかし、市原から吾妻姉妹のエントリーしている各競技が予選や決勝でバトル・ボードと重なることを説明し、リリーにバトル・ボードへの出場を再度求めた。更に、七草からは例の計画(瞬間移動の偽りの欠点を見せる)を広めることになると言われて、しぶしぶ平(意識)はリリーを介して、追加エントリーを了承する。また、ミラージ・バットへの追加エントリーを打診された由綺は、練習したことはないが瞬間移動があれば何とかなると気軽に受諾した。なお、洋二は、特段支障がなかったので、スピード・シューティングへの追加エントリーを受諾した。

 追加エントリーに向けた準備を洋二らが打ち合わせを進める。そこに、アイス・ピラーズ・ブレイクで千代田選手が二回戦に勝利し、明日午前の三回戦に進出を決めた映像がモニターに流れると、天幕内にいる多くの一科生達が一斉に拍手喝采し、優勝を期待する言葉を口にする。リリーは、それを冷やかな目で眺め、内心で呟いた──(犯罪組織が千代田選手の勝利を見逃してくれるのだろうか)と……。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 大会三日目は、バトル・ボードの準決勝及び決勝が、アイス・ピラーズ・ブレイクの予選(三回戦)及び決勝リーグが行われる。

 女子バトル・ボードの乳チェックを既に終えていた平(意識)は、リリーの仮想魔法モデル化ネタを求めて、殺傷力規制のないアイス・ピラーズ・ブレイク男子の準決勝を、新人戦で同競技にエントリーしている洋二と一緒に観戦することにした。

 幻影魔法で平に化けたリリーと洋二が、準決勝会場の一つに足を踏み入れると、男子の競技にも関わらず、圧倒的若い女子が多かった。病気で欠場となった三高の三年生の選手に代わり、一年生ながら一条が出場するということで、イケメン効果が働いたものと思われる。平(意識)が、内心で一条に対して爆発呪文を唱えたのは当然のことであった。

 さて、三高の一条と四高の選手による氷柱倒しにおいて、一条は相手選手が情報強化している氷柱に対し、表面に付着している水滴(相手の情報強化の対象外)を爆裂により爆発させて、氷柱を破壊する攻撃で相手を圧倒して勝利して見せた。

 一条の勝利を祝う黄色い歓声や拍手が鳴り響く中、満足げな顔をしたリリーも彼に感謝していた──一条の爆裂を森羅の瞳の力で詳細観測し、仮想魔法モデル化に必要な情報集めに成功したことを。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 一高の幹部らにとって大会三日目は、更なる"不運"が連続して降りかかった。

 一つ目は、アイス・ピラーズ・ブレイクの女子三回戦で起きた。一高の千代田選手が、"誤って"三高の選手の櫓下までにも地雷原を発生させ、櫓を倒壊させて大怪我(三高選手は、激しい振動に身を守る魔法を咄嗟に発動できなかった結果)を負わせ、失格となってしまった。この事故を重く見た大会委員会本部は、千代田選手及び彼女のCAD調整した五十里を、事故・故意の両面から事情聴取するとともに、彼女のCAD等を徹底的に調査することになった。

 二つ目は、バトル・ボードの女子準決勝レースで起きた。昨年の決勝カードを思い起こさせる七高の選手と一高の渡辺選手の競り合いがスタート早々から展開された。しかし、七高の選手はオーバースピードで最初の鋭角コーナーに進入してしまい、先行した渡辺選手ともつれるようにフェンスに飛び込む事故が発生した。その結果、渡辺選手は肋骨を折る怪我により入院することになり、棄権することなってしまったのである。

 千代田選手の失格や渡辺選手の怪我は、一高の天幕のモニターでその場面を見ていた者達にショックと動揺を与えた。そんな彼らに対して、七草は司令塔として冷静な指示を飛ばし、情報の収集と事態の収拾に務めることになった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 七草のもとへ、裾野基地の病院に運び込まれた渡辺の怪我の状況──全治一週間の入院──が届き、渡辺がもう一つエントリーしていたミラージ・バットへの出場が困難となったことが判明した。七草は、最後の九校戦で不本意な結果に落胆間違いない友人に同情を覚え、リリーの復原の力に縋ろうかと一瞬思ったものの、騒がれるのを嫌っている平が応じてくれるとは考えられず断念することにした。

 七草は、渡辺がミラージ・バットへ出場できなくなったことを周囲の者達に告げ、渡辺の代わりに誰を選ぶべきか関係者と協議を始める。

 ミラージ・バットは、インターバルも含めると総試合時間が九校戦中最長の試合であり、空中を移動するため頻繁に魔法発動を繰り返すことになり、サイオン枯渇でリタイヤする選手もしばしば出るくらいに負担の大きい競技であった。このため、他の競技のように補欠を用意するのは容易ではなかった。また、今大会のミラージ・バットにおいて、他校でも飛行魔法を使う選手がいる可能性が高いと言われているが、この競技で良く使われる移動魔法よりも飛行魔法は魔法力(スタミナ的意味)の消耗管理が難しい。この競技は、十五分で一ピリオドが三回、実試合時間四十五分もの間、飛行魔法を連続使用したら、余程にサイオン量が豊かな選手以外は、サイオン枯渇でリタイヤするのは避けられない。一高の練習においても、深雪及び七草を除く選手は、移動魔法をメインとし、飛行魔法を補助的に使用するスタイルであった。

 協議の結果、深雪が新人戦から本戦へ鞍替えすることに決まった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 大会三日目の最後の競技を迎え、星勘定見込みがほぼ破綻する程に成績が思わしくないこともあって、一高の天幕内では皆が祈るような気持ちで、アイス・ピラーズ・ブレイクの男子決勝──一高の十文字と三高の一条の戦い──を見守っていた。

 十師族の十文字家と一条家の次期当主同士による戦いは、手に汗握る激しい攻防が展開されたが、爆裂による攻撃一辺倒の一条に対して、経験にもとづく試技運びの巧みさと攻防に優れたファランクスを展開する十文字が、最後は勝利を制した。

 勝利を誇る十文字の雄姿がモニターに映されると、一高の天幕内に大きな拍手が湧き起こり、天幕内に漂う嫌な雰囲気を吹き飛ばしてくれた。気苦労が多い七草も、安堵の笑みを浮かべる。

 作戦スタッフの二年生が、大会三日目を終えた時点で総合順位点を計算した結果、ダークホウスの九高が一位、次いで二高が二位、一高が三位という、大会の下馬評を大きく覆す状況になっていた。順位点的には、一位が頭一つ抜け出しており、二位、三位はドングリの背比べに近い状況であった。

 作戦スタッフは、今後の新人戦の成績が一高の総合優勝を左右する状況から、新人戦選手に発破をかけることを提案し、七草はこれを受けて新人戦選手を集めた緊急のミーティングを開くことを決定した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 大会四日目、一年生による新人戦がスタートした。

 男子バトル・ボードの予選第一レースに臨む忠章は、緊張した面持ちで、スタートの合図を待っていた。観客席の最前列では、雛見が顔の前で両手を組み祈っていた。

 スタートの合図と同時に、セカンドアッパーを装備した忠章は、完全思考操作により腕輪形態のCADから起動式を呼び出し、他の選手の誰よりも速く魔法発動を成功させる。その結果、他の選手はスタートとほぼ同時に、身体がボードから飛び出し、頭から水へ落ちしてしまった。残された彼らのボードには、ぶ厚い氷がボードの底からはみ出る形で付着していた。

 忠章が発動した、他の選手のボード裏面と縁にぶ厚い氷を瞬間形成させる程の強力な振動・減速系魔法は、本来の彼の魔法干渉力ではありえないものであったが、完全同期の乗積魔法として発動したことで、忠章三人分を掛け合わせた魔法干渉力が、それを可能にしたのであった。

 元々、魔法力のうちレベルアッパーでアップしきれなかった干渉力問題を何とかしようと、平が苦心の末に辿り着いたのが乗積魔法(本来は、複数の魔法師の魔法力を掛け合わせて一つの魔法を発動させる技術)による干渉力の増幅であった。この干渉力の増幅は、魔法師の魔法演算領域と仮拡張演算領域(魔法師の無意識領域内のジャンク領域を一時的に圧縮して形成したもの)で、変数を含めて全く同じ魔法式を同一対象物へ発動させたらどうなるか、九校戦の練習中に試すことで発見された。検証の結果、全く同じ魔法式(魔法演算領域で構築されつつある魔法式の各層のうち、出来上がった層の分を丸ごと仮拡張演算領域へコピーすることで実現)を複数同時にルート(意識領域の最下層と無意識領域の最上層の間に存在するもの)へ送り込んだ場合、複数の魔法の干渉力が足し算ではなく掛け算足レベルに増幅されることが明らかになった。

 競争相手全てが水落し、レース中断の旗も振らなかったのを確認した忠章はヤッターという顔になる。その後、忠章はスタートで得たリードを、セカンドアッパーによる簡易瞬間移動の断続的発動で更に広げて行く。また、課題であったインターバル時の高速移動に伴う風圧対策についても、圧縮空気を楔形にした盾による受け流しは問題なく効果を発揮し、忠章は余裕のレース展開を進め、予選を一位で通過した。

 リリーに続いて瞬間移動魔法を使う選手の登場に、観客席は騒然とし──特に、他校の偵察担当は驚き慌てふためき──、メディア関係者も驚かせた。

 全ての他校は、本大会のレギレーションの趣旨に鑑みて、一高選手の瞬間移動はバトル・ボードにおいて過剰な魔法であり、公平な条件で行われるべき競技を著しく不公平なものにすることから、瞬間移動魔法の使用禁止を大会委員会本部へ訴え出た。訴えを受けた大会委員会本部は検討の結果、過去の本戦レーコードタイムから見ても著しく不公平とは言えないという結論に達した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 バトル・ボードの女子の予選第四レースには、瞬間移動魔法を使うリリーが出場することを知った一般観客や他校生徒が大勢詰めかけ、この競技では珍しく観客席が満員になった。

 学校の時の様なスクール水着での出場は、流石に九校戦では駄目出しされたリリーは、急遽手配してもらった黒いウェットスーツに身を包み、腰までもある長い水色の髪を三つ編みにしてまとめ、紡錘形ボードの上に立っていた。そんなリリーを警戒している他校の選手三人が、何やら視線で合図を交わす。

 スタートの空砲が鳴ると同時に、瞬間移動で先行したリリーは、連続の瞬間移動により他校選手との距離を次第に引き離す。

 一周したリリーが、周回遅れの他校の選手達に接近すると、彼女達三人はリリーの行く手を阻むように横一列になって、前方に近づく鋭角コーナーと後方から接近するリリーへ交互に視線を向ける。三人がかりで何か仕掛けてくる気満々の彼女達に、リリーは思わず口角を上げ、瞳に期待の色を浮かべて、彼女達の後方へ最も接近する瞬間移動を行う。

 次の瞬間、リリーは真っ白な霧の中に飛び込むことになり、更に足元のボードは水面の荒波に煽られて、彼女はバランスに一瞬意識をとらわれていると、真っ白な霧の中から高圧力の水撃が幾本も飛来した。他校の選手三人は、リリーが瞬間移動で出現する予測ポイントに対して、水面に魔法を発動して、リリーが次の瞬間移動で逃げるのを妨げるために霧を発生させ、更にリリーを潰すための前振り(荒波発生)と本命の攻撃(高圧力の水撃)を連携技を披露したのであった。

 (そう来たかえ!)

 連携攻撃に感心しつつ、リリーは高圧力の水撃を風圧避けの圧縮空気壁で弾き、直ぐに反撃の仮想魔法を水面に向けて発動させた。小さな丘のような水塊が生まれ、それは高速の津波となって前方の他校の選手三人を一気に飲み込み、鋭角コーナーのフェンスを乗り越えて行った。激流に揉まれグロッキーな他校の選手三人を横目に、リリーは返り波で水面が荒れる鋭角コーナーを瞬間移動であっと言う間に通り抜ける。

 妨害者を全て排除したリリーは、その後も連続の瞬間移動を展開して、圧倒的な速さで九校戦史上最高のタイムを叩き出してゴールした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 再び忠章のレースの時と同じ訴えが、全ての他校から大会委員会本部へ出された。これを受けて大会委員会本部は、他校代表及びリリーら一高代表から意見を聴取することにした。

 他校からの訴えに対して、一高代表(代理)の市原が、そもそも競技実施中にレギュレーション改定を求める他校の訴え自体が公正な競技運営をねじ曲げるものであると非難した。また、瞬間移動の使用禁止を課すことは、BS魔法師に突出した能力を使うなと言うことと同じであり、不当な差別であると主張した。更に、二日前に公表された論文を論拠に、リリーの瞬間移動は元来のスキル保有者として突出した性能を示すが、他者が使用する場合の瞬間移動の性能はほぼ半減し、競技を著しく不公平にするものとは言えないと反論した。

 他校の代表からの瞬間移動使用禁止に関する様々な意見を、市原は持ち前の冷静さと切れ味鋭い反論で潰して行った。

 反対する理屈ネタが底をついた他校代表は、リリーが大会選手の条件を満たしていないこと(精霊と人が融合した者は人間とは言えない、男子生徒と融合している者が女子として出場するのはおかしい)から失格であると主張した。これに対して、大会委員会本部の役員が、大会開催要項で定められている選手の条件は、魔法科高校に学籍を有する生徒であり、当該選手は一高の学籍名簿に登録された生徒であることを確認していること、また、当該選手の性別に関して、事前に一高から大会運営委員会に問い合わせがあり、医学的見地から女子であると認定していると回答した。

 結論として、大会委員会本部は他校からの瞬間移動使用禁止の訴えを退けた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ここで、時系列を大会四日目の競技開始時間に巻き戻す。

 新人戦のスピード・シューティングの予定は、本戦と異なり、男女共に予選から決勝まで一貫して行われる。午前の女子試技には由美が、午後の男子の試技には洋二が出場することになっていた。

 この競技は、三十m程先の空中に設けられた得点有効エリア(一辺十五mの立方体)内を、高速で飛ぶ標的を照準するために視力が優れていること、五分間で不規則に射出される合計百発もの高速な標的に対応する素早い魔法発動の反復維持できることが求められている。

 この競技に当初エントリーさせられた由美は、素早い魔法発動の反復持続力にやや不安があり、加えて小さな物を精密に座標設定するのは性格的にむかない質であった。そこで、由美の技術担当となった達也は、彼女の持つレベルアッパーの単一CADでパラレル・キャストを実現する機能(無意識領域内に形成した複数の仮拡張演算領域に魔法式を保存して、複数の魔法を同時に発動させる)を活用して、複数の静止魔法により一度に多数の標的を得点有効エリアにピン止めし、余裕を確保した上で、圧縮空気弾を飛ばして標的の手前で炸裂させ、面の衝撃で破壊する戦い方を提案した。更に、由美には、レベルアッパーの照準補正アシスト機能(特定エイドスパターン捕捉、多目標同時捕捉等)に加え、セカンドアッパーによるCAD完全思考操作機能の助けがあることから、競技専用CAD(小銃形態)のような起動式数が限定され引き金を指で引く操作ロスタイムのある物より、慣れた自前の汎用型CADを使うことにした。

 なお、CADの完全思考操作については、由美と同じように北山らも平から試作器を受け取り、九校戦に向けた練習で使用して、脳の表層思考をミスなしで読み取る完璧さと、指でCADを操作するロスタイムカットに伴う魔法発動速度アップで、実力を大いに伸ばした。同じ競技に出場する由美と北山は、いい意味で競い合うライバルであったが、二人とも互いの切り札を明かさないように別々に練習していた。

 こうした達也の提案や練習の成果は、由美の予選の試技で十二分に発揮し、パーフェクトを達成した。しかし、他の選手のように競技専用の細長い小銃形態のCADではなく、汎用型CADを片手に下げ持ったまま、標的を破壊し続ける由美の姿に、他校の偵察を含め観客からは奇異な目を向けられることになった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 その奇異さに他校は、由美にCADのレギレーション違反があったのではないかと、CADの精査を大会委員会本部へ申し立てた。大会委員会本部が、彼女の使用したCADを再度レギレーションチェックをした所、由美のCADは故障して使えない状態であることが判明し、試技途中で故障したCADで何故魔法が使えたのかと、疑いを深めることになってしまった。

 試技途中における由美のCADの故障は、セカンドアッパーに宿る妖精は検知していたが、試技を続ける上で支障がなかったので、妖精は試技が終わってから由美らへ報告していた。由美のCAD担当した達也が、平からの説明──一度CADから起動式を呼び込み構築した魔法式を、無意識領域内に一時的に丸ごとコピー保存して、対象物の座標変数のみ書き換えることでCADを使わずに何回も同じ魔法を発動できること──を大会委員会本部の役員へ弁明するとともに、由美が実演して見せた。その革新的技術に大いに驚いた大会委員会の役員が、当該技術の開示を明らかにしろと執拗に迫るゴタゴタも多少あったが、大会委員会本部の結論として、由美のCADに対するレギレーション違反疑いは晴れ、他校に対しても違反はない旨が通達された。

 達也が、由美の次の試技までに故障したCADを修理するため、妖精からの報告をもとに故障発生箇所を調べるも、原因らしい原因を見つけることができなかった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 由美のCADに関する原因不明な故障の件は、彼女のセカンドアッパーに宿る妖精からリリー本体を経由して平(意識)にも届いていた。実は、その前に、バトル・ボードに出場した忠章のCADでも異常な故障があったことが平(意識)に届いていた。

 二人のCADをリリーの復原の力で故障前後に戻して比較すれば原因が特定できるものの、平(意識)は原因プログラムを自分だけで解析できる自信がなかった。また、その解析を他人依頼するにも、如何なる方法で発見したかと問われる可能性があり、切り札である復原の力の存在を秘匿するのに支障をきたす恐れがあったので、CADの原因不明な故障の原因を明らかにすることは諦めた。

 とは言え、これが犯罪組織による細工であると判断した平(意識)は、劣等生のH組は犯罪組織のターゲットにならないだろうという、甘い認識を捨てた。そして、平(意識)は、H組選手及び親しい選手に貸与した各アッパー等に宿る妖精を介して、リリー本体が彼らのCADの異常を常時監視し、即時対応するように指示した。

 その警戒等の措置は、由美の後でスピード・シューティングの予選に出場した北山の試技や午後の男子予選に出場した洋二の試技に加え、バトル・ボードの予選に出場した光井のレースで出番となり、問題を発生させることなくリリー本体が密かにリカバーすることになった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 女子スピード・シューティングの予選の結果、由美、北山及び明智の三人全員が準々決勝の八人の枠に入るという、一高には好調な出足となった。

 準々決勝からは、紅又は白の素焼きの円盤(クレー)のうち自分の色の標的を破壊して、その数を相手と競い合う対戦形式になる。対戦形式である以上、得点有効エリア内で相手の標的も入り交じることになるので、より精密な照準が要求される上に、相手からの妨害も認められており、選手は戦い方を予選と決戦で変えてくるのが普通であった。

 由美の準々決勝以降の戦い方は、予選とほぼ同じスタイルであったが、これに加えて相手選手の射撃を密かに妨害する行動に出た。簡易森羅の瞳により、シューティングレンジの左右に設置された射出機内の標的のセット状況を把握できる由美は、対戦相手の標的が一度に多数射出される機会を利用して、射出と同時に一つの標的だけ色を振動系魔法により変えてしまう。

 そもそも標的の色は、クレーの物性に応じ特定の波長が反射光となって観測者に届くことで色として認識されるのであり、クレーからの反射光の波長を変えれば、観測者に見える色も変えることができる。この競技に出場する選手ならば誰でもできる簡単な魔法であるが、射出された標的を認識してから色を変える魔法を発動していては、相手も同時に見ているのだから、偽装が直ぐにばれるので、見向きもされなかった魔法である。それを、由美から切り札の相談を受けた平が、考えを巡らせる中で思いつき、使える魔法として提案したのであった。

 対戦相手の標的の色を由美の標的の色に変えると言っても、対戦相手に見破られない様に工夫しないといけない。対戦相手に己の標的の射出数が少ないと違和感を感じさせないように色を変える数を少数にして、由美がその標的の破壊をわざと破壊ミスする演技で、由美は対戦相手を慎重に欺いた。

 由美が対戦相手の心理を巧みに突いて、少しづつ対戦相手に標的破壊ミスを重ねさせた結果、対戦相手は試技終了の得点表示で、初めて記憶にない破壊ミスを知ることになった。

 対戦相手を騙して引きずり落とす、実に平らしい作戦であり、ある面、九島老人のあいさつ(使い方を工夫した小魔法)を実践している作戦とも言えた。

 とは言え、対戦相手の色を変えた標的を由美が破壊してしまっては意味がない。そこは、由美はレベルアッパーの簡易森羅の瞳の力を借り、標的のエイドスの色情報で判別しているので、誤って破壊することはなかった。

 更に由美自身も工夫として、準々決勝及び準決勝を少ない差で対戦相手に勝つように得点を調整して、さも対戦形式に強い選手ではないように装った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。