魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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17 九校戦①

 リリーが去った後、ホテルの敷地を囲む生け垣付近において、不審者三名が達也と吉田によって取り押さえられる事件が発生したが、大会委員会は選手を動揺させないようにとの配慮から、公にすることはしなかった。事件が未然に防がれ安堵した大会委員会の関係者は、ホテルの従業員に紛れ込んでいた国際犯罪シンジケートの構成員らの手によって、既に九校戦の優勝候補と目される学校の選手宿泊室へ細工が行われていることを知るよしもなかった。

 その細工は、宿泊室が調べられても容易に発見されないように、一定条件を満たさないと発動しない休眠型が複数仕掛けられており、大会開幕前のある夜に細工が発動した。

 脳が覚醒中の魔法師は、無意識にエイドス・スキン(エイドスを複写した魔法式)を展開して身を守っているため、直接肉体への干渉を受けにくい。この特性は魔法による干渉の他、病気にも当てはまり、魔法能力が高ければ高い者ほどは、感染症などの病気にも強い傾向がある。しかし、魔法師の脳が休息状態となるノンレム睡眠状態において、エイドス・スキンによる肉体防御力は低下する弱点があり、国際犯罪シンジケートはその点を突いて細工を仕掛けてきた。

 一つは、宿泊室の空調機の送風口奥に仕掛けられたカプセルが、時間経過に伴い溶解し、室内に拡散した病原菌が熟睡中の選手達に感染するものであった。もう一つは、サウンドスリーパー(安眠導入機)を利用する選手が、熟睡状態になるのを待って、仕込まれたウィルスプログラムが睡眠誘導機能を一時的に乗っ取り、音による暗示を選手の脳に刻むものであった。

 九校戦の優勝候補と目される学校の選手達に対して、その身体に潜むことに成功した悪意は、密かに発現の時を待っことになる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 八月三日。朝食を終えたリリーらH組の六人は、九校戦の開幕式に参列するまでの待ち時間を、ホテルの喫茶室で過ごすことにした。そこは、軍の高級士官らが宿泊するホテルということで、高級感溢れる内装と店員が接客するスタイルであった。大会が始まるということで、平(意識)は犯罪組織による攻撃を警戒して、飲み物や食器類に問題がないか、密かにリリーにサイコメトリーで精査させ、安全を確認する。

 そんなこととは露知らず、リリーを除くH組の五人は、飲み物を飲みながら開幕後にどの競技を観戦するかなど雑談を交わす。普段は落ち着いた雰囲気の喫茶室は、九校戦開幕を心待ちにする若人達が席の大半を占めているためか、少々浮ついた空気に包まれていた。リリーが口にした香りの良い紅茶に、平(意識)も感覚共有効果で癒されながら、少々神経質になり過ぎている己に気がついて苦笑する。

 (犯罪組織の狙いが、九校戦優勝候補筆頭の一高の選手だとしても、大会期間中に選手全員が不慮の"事故"で出場が駄目になったら、賭けをしている客達が不信感から八百長と騒ぎ出しかねない。客達をある程度納得させる配慮から、一高の選手一人、二人の優勝は見逃してくるはず。となると、大会中に不慮の"事故"に遇う選手は、ある程度限定されると考えるべきだ。劣等生と評判の俺たちH組は、とばっちりを受けることさえ注意していれば、安全牌だろう。いざとなれば、リリーの復原の力という切り札もあるし……)

 平(意識)は、喫茶室のあちらこちらで繰り広げられている若人達の楽しげな様子を眺めながら、肩(?)の力を抜くことにした。

 結局、開幕後の競技観戦は、忠章と雛見が一緒に行動する以外は、各自バラけて行動することになった。リリーは、乳スキーな平(意識)の煩悩コールの煩さに負け、女子バトル・ボードの予選を観戦することになった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 リリーが観戦に足を運んだ女子バトル・ボードの予選会場では、観客席の前列は女子生徒の割合が高く、出場選手に対する黄色い声の応援が飛び交かっていた。

 水路のボードの上で膝立ちする四人の女子選手の姿は、身体のラインがはっきりでるウェットスーツを着ており、そのスタイルの良さに、平(意識)は七十年以上前の胴○○足な日本人女性の体型は、過去のものと一頻り感動する。

 (……皆、ヒップラインが実にエロぞ。眼福! 眼福! ……胸の方は、皆それなりにボリュームはありそうだが、スーツの補正特性で美乳かどうか分からんのが残念。それに、あれでは揺れ乳を堪能できそうにない。やはり水上競技は、スーツよりもビキニ水着を採用して欲しいものだ……)

 スケベ親父モード全開の平(意識)が、リリーの視覚強化による望遠効果を得て、レース前の選手の身体をなめるように観察し、好き勝手な評価をほざいていた。

 そんな平(意識)も、レースが始まると真面目モードになって、リリーの森羅の瞳の力により、各選手らが使う魔法や優位を守ろうとする行動テクニックの観察と分析に余念がなかった。

 本戦のバトル・ボードにおいて、最大速度が時速五十から六十Kmともなると、選手が受ける風圧は半端ではないことに、予選を観戦していた平(意識)は気がついた。新人戦に出場する忠章は、断続的な瞬間移動を多用するので──とは言え、次の瞬間移動までは移動魔法になる──、風圧を受ける時間は短くなるので、平や洋二も風圧対策を考慮していなかった。

 一レースでは問題にならなくても、忠章がレースを重ねて体力を消耗し疲労を蓄積した状態で、準決勝や決勝のレースに臨むのは不利である。男子に比べて体力が劣る女子が、風圧を上手く受け流すことに魔法(圧縮空気の盾)を使っているのを参考に、平(意識)は後で洋二と忠章に相談することにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 女子バトル・ボードを二レース観戦したリリーは、次に色々な攻撃魔法の観測が期待できそうな、男子スピード・シューティングの準々決勝を観戦することにした。

 リリーが、スピード・シューティング競技会場に足を運ぶと、準々決勝ということもあって観客席は既にほぼ埋まっていた。リリーは、自らの美貌に寄ってくる煩い虫よけのため、幻影魔法で平の姿に化け、一番後ろで壁にもたれ立ち見することにした。

 観客を騒がせながら、シューティングレンジに登場した一高の男子選手は実に偉そうな顔をしており、リリーと平(意識)が良く見知った人物であった。彼は、一高の本戦代表選手にリリーが相応しいか試された時に、スピード・シューティングで彼女にボロ負けした三年生であった。新人戦の例年予選突破ラインである命中率八十%を下回る低いポイントに、呆然としていた彼の表情を思い出し、リリーはクスクスと笑いだした。そんなリリーへ、平(意識)が脳内会話で話しかける。

 (リリー。あれでも、一応、学校じゃ優勝間違いなしと言われている選手らしいから、本来の実力とやらをじっくり拝見しよう。目から鱗の魔法が観測できるかもしれないし)

 四高の選手との競技が始まった。予選とは違って、準々決勝以降の競技は、対戦形式で勝敗を競うことになり、相手選手の標的も混じって飛び交う中、精密な照準で自分の標的をとらえて破壊しなければいけない。

 前半に撃ち漏らしミスをしてしまった四高の選手と違い、一高の選手は一つのミスもなく確実に標的を破壊して行く、優れた腕前を見せていた。

 しかし、中盤を過ぎた所で、一高の選手が突然おかしくなった。有効エリアを飛び交う標的が、幾つも撃ち落とされることなく次々に有効エリア外へ逃げて行く。彼は額に汗を滲ませ、次第に焦りをつのらせ、構えた小銃のような競技用CADの銃口の先を忙しなく動かすも、一向に撃ち漏らしは減ることはなく、結局、制限時間の最後まで調子を取り戻すことはなかった。

 優勝候補の自滅に、棚ぼたではあるが、勝利を得た五高の選手は、観客席にいる五高の応援にガッツポーズで応えてみせた。一方、一高の選手は、表示板の散々な得点を見つめたまま茫然自失していたが、運営委員に退場を促されるとようやく我に返った。ノロノロと射撃台を降りた彼は、観客席からの嘲笑や哀れみなどの言葉を浴び、居たたまれず選手入退口へ駆け出した。

 (あの崩れようは異常だ。もしかして、例の犯罪組織が何かを仕掛けてきたのかも……あまり気は進まないが、あいつのエイドス変更履歴を詳細にサイコメトリーしてくれないか、リリー)

 (ふむ……詳細にサイコメトリーをするならば、妾の分身をあやつに接近させた方がよかろう)

 壁から背を離したリリーは、人目のない場所へ移動するため、出口へ向かって歩きだす。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 リリーが生み出した分身精霊G(ゴキに妖精は似合わない)は、選手控え室に潜入し、目標の選手が競技用CADを片手に、担当エンジニアと言い争っている姿を発見した。「照準機能がおかしいせいで負けた」、「ちゃんと点検した」と押し問答が続いていたが、「自分のミスをこちらのせいにするな」という担当エンジニアの一言に切れた選手が、手に持っていた競技用CADを担当エンジニアに投げつけ、殴り掛かった。

 (高価なCADや技術担当に八つ当たりするとは、しょうもないやつだなぁ)

 平(意識)は呆れつつ、彼らがケンカで周りが見えないのをいいことに、リリーに分身精霊Gを選手に取り付かさせて、森羅の瞳で彼のエイドス変更履歴を詳細にサイコメトリーした。

 その結果、リリーは、件の選手が睡眠中に妙な低周波音の干渉を受けていることに気づき、平(意識)は宿泊室にあるサウンドスリーパーが怪しいと睨む。直ぐに、ホテルへ瞬間移動で戻ったリリーは、分身精霊Gを件の選手の宿泊室へ潜入させた。

 リリーが、分身精霊Gを介して、件の選手が利用しているベットのサウンドスリーパーのエイドス変更履歴をサイコメトリーした結果、深夜彼が睡眠中に超低周波音(人の聴覚では通常知覚できない小さな音)により脳へ何らかの影響を受けたことが判明した。

 (魔法師は無意識にエイドス・スキンで魔法による肉体への直接干渉を防ぐことができるが、魔法でもない間接的な物理的干渉を睡眠中に食らっては、流石に防ぐことができないということか……)

 平(意識)は、いつか使えるかもしれないと、心のメモ帳に魔法師の弱点を書き込む。更にサイコメトリーで時間を遡ると、女性の従業員が同機械の保守管理端末へ携帯端末を接続する怪しげな行動を確認できた。

 リリーの復原の力を使って、サウンドスリーパーのメモリー内ファイルの差を比較することで、完全消去されたウィルスを発見できたが、平(意識)は超低周波音により如何なる影響を及ぼすものなのかまでは解析しなかった。影響の候補として、平(意識)が先ず頭に浮かんだのは洗脳であった。七十年以上もの間に進化した脳生理学と洗脳に関する知識が、平(に憑依した俺)にはないので解析はお手上げであったためである。ネットのアングラサイトに、このファイルをアップして、ハッカー達にウィルスを解析してもらう方法もない訳ではないが、そこまでやってやる義理はないと平(意識)は考え、スルーすることにした。平(意識)にとって、敵の仕掛けてくる手口さえ判明すれば、対策を考えるには十分であり、それ踏まえてH組の五人と親しい知り合いの選手に限り、対策の行動をするだけであった。

 平(意識)は犯罪組織による細工で一高選手が被害を受けていることを、七草を含め一高幹部らに報告する気はなかった。既に、リリーを介して警告しており、対策を取らず、みすみす犯罪組織の罠に嵌まってしまった方が間抜けなのである。それに、リリーらH組の二科生に対して、一部を除き代表チームの一科生達は、面白く無いという感情を端々で表す輩であり、そんな一科生達を助ける必要性を平(意識)は全く感じていなかった。

 サウンドスリーパーへの細工を発見し、そこで安心してしまった平(意識)は、他の細工がある可能性を調べることを怠ってしまった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 大会一日目の午前中の競技が終わった昼頃、競技エリア内に設けられた一高の天幕には、幹部や作戦スタッフらが集まって、状況分析などを話合っていた。

 午前に行われたスピード・シューティングの予選において、一高の男子選手二人は予選敗退。優勝が期待されていた選手は、まさかの準々決勝で惨敗という結果となった上に、担当エンジニアとケンカする不祥事まで引き起こしまった。同競技の一高の女子選手も男子と似たような状況で、準決勝へ勝ち進むことができたのは七草ただ一人であった。

 また、バトル・ボードの予選の途中経過状況は、今のところ準決勝枠に入れそうなのは一高女子では渡辺のみであった。一高男子で優勝が期待されていた服部は、普段ならありえないCAD操作"ミス"により水路の滝で水落して、予選敗退してしまった。

 作戦スタッフの多くは、当初の見込みよりも一高選手の予選通過が芳しくない状況に、渋い顔をしていた。そんな彼らに対して、七草は予選落ちの原因の把握と、予選落したものの、明日以降もう一つの競技へエントリーしている選手のメンタルサポート対策の実施を指示した。

 スタッフが、指示に従って行動を始める様子を眺めていた七草は、頭の奥に鈍い頭痛を感じ、片手をこめかみに添える。しかし、七草は直ぐに周りに悟られないように、直ぐに片手を下ろして微笑みを作り浮かべたが、言い知れぬ胸騒ぎを感じていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 大会一日目の午後。二十四名の選手が予選を競い合ったスピード・シューティングは、勝ち抜いた上位四名によるの準決勝の競技が始まる。

 ゴーグルとヘッドセットを付けた七草が、シューティングレンジに登場すると最前列から大きな歓声がわき、華やかな応援の声が飛ぶ。平(意識)は、七草の人気ぶりに感心しつつ、リリーの森羅の瞳で七草の観測を始めると、彼女のバイタル値の不調(頭痛を抱えていること)に気がついた。

 (チームリーダーだから、色々と疲れることがあったのかなぁ?)

 平(意識)は七草の体調が気になったが、既に競技直前な状況であり、黙って競技を見守るしかなかった。

 競技開始の合図が表示され、軽快な発射音と同時に、二つの投射機から紅白二種類の標的が次々と空中に撃ちだされる。七草は構えた小銃のような競技用CADにより、不規則な間隔と数で射出される己の標的を次々と撃ち落として行く。対戦相手の二高の選手も、負けじと己の標的を次々に破壊して行く。

 開始から一分程が経過した所で、唐突に七草の射撃リズムが乱れた。同時に射出された六つの標的のうち、半数が撃ち落とされることなく有効エリア外に逃がしてしまったのである。頭痛によるミスだろうかと思った平(意識)は、七草が先の一高男子の様に崩れるのではないかと不安が横切ったが、その後は撃ち漏らしミスすることはなく、五分間の競技時間を終えることになった。

 対戦の結果、二高の選手は健闘したものの、僅差の得点で七草に破れることになった。僅差で勝利した七草が、ゴーグルとヘッドセットを外すと、彼女の横顔には疲労の色が浮かんでいた。しかし、直ぐに七草は、笑顔を作り、彼女の勝利を祝う観客達の拍手と声に応えてみせる。最前列の観客の中からは、パーフェクトを逃したことを残念がる声がチラホラと聞こえる中、射撃台を降りる七草の口元は固く結ばれていた。

 恩人である七草に、万全な体調で決勝に臨んで欲しいと考えた平(意識)は、七草の体調不良をこっそりと直すようにリリーに依頼した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 大会一日目の競技が全て終わった一高の天幕では、幹部及び関係者が机を囲み、重苦しい空気の中、作戦スタッフの一人が説明を行っていた。

 「……バトル・ボードの予選通過選手は、当校は女子一名、男子ゼロという残念な結果に終わってしまいました」

 「当校の星勘定見込みにおいて、男女で二つの優勝とポイント圏入賞二つが期待されたスピード・シューティングでしたが、当校は女子の優勝のみという結果に留まりました。男子については、ライバルと目された三高を抑えて四高が優勝するという番狂わせがありました。現時点のポイント順位は、一位は当校と四高が横並び、次いで三高という状況です……」

 「出足の悪さを取り戻すためにも、明日の男女クラウド・ボールの優勝と男女アイス・ピラーズ・ブレイクの予選全員通過が望まれ「そんなことよりも、今日の不甲斐ない結果は一体なんだ!」」

 「うち(一高)は、優勝確実な選手や優勝できる実力のある有力者を選手に揃えたはずなのに、予選落ちが多すぎぞ! 予選落ち選手は、明らかに精彩を欠いていたし、ミスも多かった。作戦スタッフ、何が原因なのか分析はどうなった!」

 関係者の一人が、本日の状況を説明していた作戦スタッフに向かって、声を荒らげる。その声に、男子の作戦スタッフの一人が説明を始める。

 「予選落ちした選手から不調原因の聞き取りなどを行った所、CADの調整が合わずミスしてしまったと言う者がほとんどを占め、その他、体調不良によるミスと述べた者が二名、補助具に動作不良があったと述べた者が一名でした」

 「問題となった選手のCADの調整不足について、技術スタッフが選手に協力を求めて点検してもらいましたが……各選手のCADのチューニングに問題は見当たらなかったそうです。念のために、調整機の方に故障がないか、自己診断テストを実行させて点検したそうですが、問題なしとのことでした」

 「「「……」」」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 沈黙が支配する中、市原が技術スタッフのリーダー格の男子に質問する。

 「競技までの間、CADの管理態勢を厳重にするようにお願いしましたが、CADの保管や調整機、それと作業車への入退室管理に問題はありませんでしたか?」

 「言われた通り、CADも調整機も厳重に管理した。CADは二重ロックの収納ケースに保管し、調整機へのアクセスロック及び作業車の扉もロックを徹底させた。それに、各作業車内への不正侵入感知センサーのログも確認したが、外部の者による不正侵入の形跡はなかった」

 「それと、内部の者に対する疑念について、昨日一番遅くまでCADの調整作業していたのは一年の二科生だが、今日問題を訴えた選手のCADは、全て別の作業車で別の担当が調整しており、無関係と言わざるを得ない。念のために、彼による調整作業ログをザッと確認したが、疑わしい点は発見できなかった」

 「一人一番疑わしい人物を忘れているぞ。瞬間移動できる一年の二科生だ。幾らロックがしてあっても、瞬間移動なら扉のロックも関係なく侵入したり、二重ロックの収納ケースからCADだけ抜き取ることもできるんじゃないのか? あいつには十分動機もある。うちの選手は狙われていると狂言を吐いたあいつが、隠れて俺達一科生の足を引っ張ったんだろう。あいつをここに呼び出して、締め上げるべきだ!」

 「その必要はありません。彼女の瞬間移動を研究されておられる廿楽先生によると、彼女は視認できない密室へ瞬間移動することはできないそうです。それに、彼女の契約者(平)の成績では、技術スタッフの目を欺くことができるCAD調整技術はありません」

 七草の答えに、リリーの喚問を提案した者は口をヘの字にする。

 「技術スタッフには忙しい所申し訳ありませんが、明日の競技に出場する選手のCADについて、入念な点検と厳重な管理をよろしくお願いします」

 七草の依頼に、仕方ないという表情で、技術スタッフのリーダー格が頷く。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 一高の天幕での会議から翌日の朝にかけて、一高の幹部らを悪夢が襲った。最初に予選落ちした体調不良の二人が、高熱、頭痛や咽頭痛などの症状悪化を訴え、更に他の選手やスタッフの中からも同様の症状を訴える者が時間の経過と共に急増し、朝を迎えた頃には、一高代表チームの選手の半数近くが病気を発症する事態に陥ったのである。同じ病気の発症者は一高以外の他校でも発生したが、一高よりは少なかった。

 医師が発症者を診断した結果は、急性のインフルエンザ(日本では冬に発生しがちと思われるが、季節関係無く年中流行する病気)であると判明した。しかし、薬剤耐性のウイルスであったため、発症者全員が裾野基地の病院に緊急入院することになった。入院した彼らは、治療のため一週間入院することが決まり、九校戦に復帰することはほぼ絶望的となった。

 選手がいきなり半分近くも減少する緊急事態に、七草と十文字は、入院した一部の選手について登録選手名簿外の者への交代要請を大会委員会本部に朝早くから折衝に出かけたが、数は一高よりも少ないが同じように入院者を出した他校からは願い出もなく──七草は入院者を出した他校にも声をかけたが、他校は一高戦力が大幅低下することを是認──、大会委員会本部は一高のみ特例措置を与えることを認めなかった。

 七草と十文字が大会委員会本部と折衝している一方、残された一高代表チームの幹部及び関係者は、本日の二競技の欠場選手の穴を埋めるため、選手の交代が許される登録選手名簿から代替選手の選出協議を行った。七草から検討を指示された思い切った提案──ポイント獲得のため一部の優秀な一年生を新人戦から本戦へ振り変えることー──は、上級生の面子に拘る関係者の強固な反対で結局無難な交代案に決まり、交代選手と技術スタッフが急遽出場準備に追われた。

 協議結果を後で知った七草は、内心の不満を押さえ、大会委員会本部との折衝結果を伝え、明日以降の本戦及び新人戦の競技における欠場選手の穴を、病気を免れた選手の誰が交代するか、朝食も取らずに協議した。協議において、H組選手の複数競技へのエントリーに対する反対意見が関係者から噴出したが、七草はチームリーダー権限で反対を押し切ってしまった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 クラウド・ボール及びアイス・ピラーズ・ブレイクの予選の競技が開始する時間となった。晴れ上がった真夏の空から強い日差しが、透明な箱にすっぽり覆われるクラウド・ボールのコートに燦々と降り注ぐ。透明な箱は、熱遮蔽資材が使用され、換気処理により箱内の環境は外気とほぼ同じ条件に保たれていた。そんなコートの一つに、白いテニスウェア姿──半袖シャツに、長い足が良く映えるミニスカートのようなスコート──のリリーが、両手でラケットを構えて立っていた。

 ネットの反対側には、リリーよりも長身で日に焼けた九高の選手の姿があった。九高の選手は、CADを持たないリリーを、事前情報で得られた二科生で能力が劣ることと併せて、魔法干渉力の弱さをラケットでカバーする相手──それも一つの魔法しかないBS魔法師──だと見てとった。この競技は、試合中魔法を連発する上に半日で五試合も戦わなければならないので、九高の選手は魔法力(スタミナ的意味)の消耗を抑えて楽勝できそうな相手に、思わず侮る表情を見せてしまった。

 (妾を見て、鼻で笑うとは──なめられたものじゃな)

 (リリー! 例の策で目に物を見せてやろう)

 試合開始と同時に、シューターから勢い良く射出された低反発ボールが、九高の選手側のコートの右サイドに向かって飛ぶ。ボールにすばやく反応した九高の選手が、ボールに向けて左手を前に出し、CADを操作して魔法を発動させる。四つに増えたボールは、天井壁方向、両サイド壁方向、リリーの正面の軌道に分かれて、攪乱するようにリリーのコート側へ向かって飛んだ。

 (妾に幻影魔法なんぞ効かぬわ!)

 リリーが、森羅の瞳で本物のボール──天井壁で跳ね返る軌道にあるもの──の位置を把握し、ボールの飛ぶ方向に当たる空中へ両手フォアハンド打ちの構えで瞬間移動し、仮想収束・硬化魔法でガット面に圧縮空気の層を張っておいたラケットを、仮想加速・移動魔法により亜音速まで加速させてボールを叩く。そのインパクの瞬間、「(喰らえ、分身魔球!)」と、悪のりしたリリーが心の中で叫び、ボールに対して仮想幻影魔法を発動させた。

 九つもの超剛速球状態のボールが、九高の選手に魔法を発動させる時間を与えず、丸で散弾のように襲いかかった。九高の選手の胸を直撃したボールは、その大きな運動エネルギーで彼女の身体を後ろの透明な壁まで吹き飛ばしてしまった。

 観客席から多数の悲鳴が上がる。コートの床に倒れ、動かなくなってしまった九高の選手に、試合は中断され、運営委員が駆け寄る。その様子を眺めていたリリーは、スコートの裾をふわりと揺らしながら、空中からゆっくりコートの床に降る。相手を倒して満足げなリリーに対して、平(意識)は大きな汗の滴を浮かべる。

 (……やり過ぎた、かな?)

 結局、九高選手は、肋骨に罅が入り試合棄権とあいなった。平(意識)は、一回戦で相手に想定以上の怪我を負わせたことを反省し、二回戦以降はリリーのノックアウト戦法を封印することに決めた。

 試合に勝ったリリーがコートから出ると、観客席からの拍手は、応援に来た洋二ら以外からはほとんどなく、九高選手を応援していた者達からの非難する声の方が多かった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 リリーの二回戦は、二高の三年生の選手が相手であった。

 第一セットの開始合図と共に、低反発ボールがリリー側のコート右角に向けて、シューターから射出された。その直後、ボールの進行上の空中に、リリーは瞬間移動した。そして、両手のバックハンドでラケットを振る動作に入る一方で、相手選手を森羅の瞳で観察すると、二高の選手は、身体の前に圧縮空気の盾を展開し、一回戦で見せたリリーのノックアウト戦法への対応をしていた。

 (盾毎吹き飛ばしたい所じゃが、此度は妾の瞬間移動のお披露目に付き合ってもらうぞえ)

 リリーは、特段細工もない速いだけのボールを相手選手の左角に向けて撃ち込む。二高の選手は、両手で保持したショートタイプ拳銃形態CADをボールに向け、ベクトル反転魔法でボールをリリー側のコートへ返す……試合は、リリーが瞬間移動を多用して、淡々とボールを打ち返し合うラリーに相手を誘い込む形になった。

 二十秒毎にボールが追加され、ボールを追いかけて返す難易度が上がり、二高の選手の動きは忙しくなり、魔法発動頻度及び魔法力(スタミナ的意味)の消耗が増加する。対してリリーは、増えたボールを追いかけるため瞬間移動を何度も使いながらも、余裕綽々の顔を見せていた。

 試合時間が経過するに従い、リリーが突然消え離れた別の場所に現れる魔法、即ち瞬間移動を使っていることを二高の選手は理解した。更に、試合を放送しているメディアも、リリーの瞬間移動に気がついて、消えたと同時に数m離れた別の位置に現れる決定的映像をもとに、世界で未だ公式確認記録のない瞬間移動能力者の出現を大々的に伝え、観客、来賓及び有線放送の視聴者を驚愕させた。

 同日、国立魔法大学に所属する研究者から、瞬間移動能力(固有スキル)の確認を報告する論文が世界に公表・発信された。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平が、リリーを九校戦の競技に出場させた目的は、学校の課題や部活動予算への優遇措置とは別に、リリーの瞬間移動は凄い魔法だけれど、欠点もあって脅威の度合いが低いものであると、潜在的な敵に信じ込ませることであった。

 そのためには、ボールを打ち返し合うラリーを続けて、リリーの瞬間移動を見せる機会を増やす必要があった。そして、一セット三分間のクラウド・ボールにおいて、二十秒毎に追加され、ボールの数が多くなり過ぎると、リリーの瞬間移動には一秒のインターバルが必要な欠点(偽装)として現れ、自陣コートの床にボールが落とされる場面が発生する。それを仮想静止魔法でカバーして見せることで、瞬間移動が万能ではないように演出する。なお、狭い箱の中で行われるこの競技では、瞬間移動の他の欠点(偽装)である"転移できるのは視認できる近い距離"は分からないので、そちらは新人戦のバトル・ボードで忠章が見せる予定になっていた。

 今回のリリーによる瞬間移動のお披露目と廿楽による論文発表は、平、七草及び廿楽らによって、入念に計画(有用な能力だが、脅威と認識されない絶妙な匙加減)がなされたものであった。

 


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