魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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16 パーティ

 リリーの爆弾発言で緊張感が漂う室内にあって、冷静な市原は深く頷きながら口を開く。

 「我が校は、非合法組織のブックメーカー絡みで狙われている──十分にあり得る話ですね……会長! 九校戦が終わるまでの間、ホテルや競技会場で再び我が校が狙われる可能性が否定できません。早急に対策を検討すべきです」

 市原の進言を受けた七草は、隣に座る十文字と短い言葉を交わし始める。

 「……あの~、ここの敷地やホテルは、軍の管理下でセキュリティも厳重だし、競技会場も不正工作できないように大会委員会が厳しく警備しているから、大丈夫じゃないかと……」

 中条が、恐る恐るという感じで市原に意見を述べると、市原は首を左右に振り答える。

 「力のある非合法組織なら、ホテルの従業員や競技会場の関係者に工作員をもぐり込ませることは、難しくはないでしょう」

 「そ、それなら軍と大会委員会に連絡して、警備を強化してもらいましょう、会長!」

 焦りで早口になった中条の意見に、十文字との話合いを終えた七草が、残念そうに首を横に振る。

 「非合法組織に狙われている可能性があることを、軍や大会委員会に納得させるのは難しいわ。リリーちゃんの証言や平くんの推察は裏付けが取れていない以上、証拠とはなり得ないし、アンティナイトの腕輪と"事故"の情報だけでは、彼らを納得させるのは難しいわね。ウチと十文字くんの家の力を使って、非合法組織の情報を調べてみるつもりだけど、直ぐに確たる証拠をつかむのは難しと思うの……」

 「そんなぁ~」

 不安そうな声を上げた中条がオロオロする様に、リリーが推察を述べた時に食ってかかった関係者の彼が再び発言する。

 「信用できない情報で、いたずらに不安がり、軽率な行動を取るのは止めましょう! ありもしれない襲撃に踊らされ、選手もスタッフも余計な消耗を負うことになる上、他校から優勝する自信がないのだろうと、侮られ笑われることになります」

 一高の名誉(根っこは自分達のプライド)が傷つけられると主張する彼の意見に、関係者の多くが賛同を表明する。

 「……一高だけが消耗を負う必要はあるまい。一高以外にも優勝の可能性のある高校をつぶせば、胴元たるブックメーカーは総取りに近い利益を得られるのじゃ。他校も狙われる可能性があると、今夜のパーティでそれとなく噂を流せば良い。リスク情報を他校も無視できない以上、同じように敵に備え消耗するのじゃから」

 人の悪い笑みを浮かべたリリーによる提案の悪辣さに、何人かが顔を引きつらせ、あるいは不快感を露にする。

 「デマをばらまけというのか! フェアプレイ精神の欠片もない二科生が考えそうなことだ。恥を知れ!」

 「頭が固いのう。情報戦をしかけろと言っておるのじゃが──まあ、良いわ。義理は果たした故、後はお主らの勝手にするが良い」

 やれやれといった感じのリリーは、クルっと背を向け、ドアに向かって歩き出す。そのリリーに、平(意識)が脳内会話で呼びかける。

 (あの様子じゃ危機管理対応は期待できないから、他のH組の五人について、彼らのレベルアッパーに宿る妖精(リリーの分身精霊)に二十四時間警護を頼むよ)

 (了解じゃ)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 夕方、全国の魔法科高校生三百人以上が集う、大規模な懇親会が始まった。会場内はドレスコードである各高校の制服──真紅、鶯色、青色、緑色など九種類──を着込んだ男女が溢れる中、リリーとH組の五人は"二科生"の制服で出席していた。

 リリーは、やや小柄であるが、神の造りし奇跡としか言い様のないエルフの如く美貌に、近くで初めて彼女を目にした他校の生徒は男女供に呼吸すら忘れて見とれてしまう。そんなリリーに加え、美形な洋二やツンとした感じの美人である雛見──隣に忠章というおまけ付きではあるが──もいる壁際のテーブルは、周囲から注目の的となっていた。しかし、テーブルに近づこうとした他校の生徒の多くは、リリーらの制服のある部分に気がつくと、足を止め、少々悩んだ末に離れて行ってしまう。それでも、リリーの美貌に魅了された一部の者達が彼女を口説こうとするも、言葉の端々に己がエリートであることを自慢し、洋二ら二科生を見下す態度を示したため、反感を覚えたリリーによって冷たく追い払われてしまった。その結果、動物園の動物のように遠巻きに見られる形となり、周囲からポツンと浮いたテーブルが出来上がってしまっていた。

 忠章は周囲の視線が気になるのか、顔をしきりにあちらこちらへ向け、焼き餅を焼いた雛見に脇腹を抓られることになる。忠章と同じように、リリーも視線をあちらこちらへ向けることが多かった。

 (……こんなにご馳走(サイオンやプシオンを持った魔法師の雛達)が一杯なのじゃから、妾の分身によるラブ&ピースし放題なのに……まかりならんとは、妾の契約者(平)は鬼じゃな──ヨヨヨヨヨヨ)

 (泣き真似しても駄目なものは駄目。七草会長から会場を混乱させる恐れがあるから"妖精"は出すなと厳命されているんだから、諦めて我慢しなさい)

 (グスン……先程から、お主は妾には何度も駄目とか我慢しろとしか言わぬが、お主だけ女子と乳のチェックとやらを楽しんでおるのは不公平ではいなかえ。妾も少しぐらい楽しんでもよかろう。つまみ食いぐらいさせるのが、いい男(宿主)の甲斐性ではないかえ?)

 (ここいる全国から選ばれた優秀なやつの中には、リリーの吸収を見抜く感の鋭いのがいるかもしれないから、俺とレベルアッパーからの吸収分で我慢しろよ。大会期間中、相手を注意して選び、握手する振り等をして吸収させてやるから)

 (ゥ──ッ、約束は絶対守るのじゃぞ!)

 (ハイハイ、守りますから──リリーも、大会期間中はずっとこの身体で過ごすんだから、相手を虜にする練習でもしておきなよ)

 平(意識)に説得されたリリーは、視線を向けてきた相手──他校の男女関係なく──に微笑み、魅了の練習に勤しむ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 リリー達のテーブルに、遠征(いい男ゲット)に出かけていた吾妻姉妹が戻ってきた。

 「どうじゃ、良い収穫はあったかえ?」

 「駄目ね。一人、第三高にいい男がいたんだけど、周りの女子のガードが厚くて、近づくこともできなかったわ。後は、どの男も私達の制服を見たら、態度をコロって変えるやつばっかりよ」

 両手を軽く上げて、肩をすくめてみせる由美に、平(意識)がリリーを介してフォローする。

 「こちらが格下の二科生と思って、油断してくれれば幸いじゃ。試技の本番で、お主らの実力を知って、アホ面になるのは間違いないぞえ」

 「……まあ、そうなんだろうけど。こうも馬鹿にした視線とか嘲笑を向けられると、苛ついて魔法でぶっ飛ばしたくなるのよね~っ」

 「由美じゃないけど、私も鬱陶しい視線に、イラっときて、思わず****蹴り潰してあげそうになったわ」

 由綺が、男を縮み上がらせる物騒な言葉を吐き、片手に持ったグラスの中身をクイっとあける。

 「大会前のパーティなんぞ、情報の探り合いか、騙し合いをする集まりじゃ。妾達を侮れば侮る程、相手は騙されてくれる故に、今は自惚れさせておけば良かろう」

 そう語るリリーは、悪戯を楽しむ子供のようであった。

 「わざと二科生の制服でパーティに出て、相手の油断を誘うなんて……平は良く思いつくな」

 感心している忠章に、リリーが彼の目を覚まそうと口を開く。

 「妾の契約者(平)は、強い相手に勝つ努力よりも、相手を引きずり落す方法を先ず考える根性悪じゃぞ」

 「そこは、正々堂々と正面から勝つ努力をすべきですわ……やはり、性根から曲がっている駄目人間なのですね」

 雛見が呆れた口調で平を非難する。

 「でも、正面からの努力じゃ、俺達がここには居られなかったぜ。平のようなトリックスターと出会えたからこそ、俺達は一科生に勝てたんじゃないか」

 「違います。リリーさんのおかげですわ」

 ツンとした雛見に、彼女の天の邪鬼な性格を知る忠章は、しかたないやつだなぁと目で語る。

 「そう言えば……二科生の制服でパーティに出席すると、平が学校で言い出した時の先輩方の困った顔は本当に見物でしたわね」

 由綺が、口元を片手で隠しながら、思い出したように笑う。

 「そうだね。『借り物の一科生の制服なんかいらない。エンブレム(八枚花弁)を超えてみせた俺たちの証である、この二科生の制服に誇りを持っているんだ』と、啖呵を切った平くんの言葉に、僕は本当に胸がスッとしたよ……入学した時は、嫌でしかたなかったこの制服だったのにね……」

 しみじみと語る洋二の言葉に、忠章や吾妻姉妹も頷いて肯定し、日頃から平に厳しい態度を取る雛見も否定することはなかった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 そんな周りから浮いているリリー達が集うテーブルへ、真剣な眼差しを注いでいる小柄な少年がいた。

 「……ジョージ、どうかしたのか?」

 吉祥寺の様子を訝しんだ一条が声をかける。

 「ああ、将輝。あそこのテーブルの彼らに、違和感を感じるんだ」

 一条は、吉祥寺が再び視線を向けた先へ、己も目を向ける。

 「……俺達のいるテーブルの近くで、さっき揉めていた二人か……」

 その二人の女子と対面する形で、一条らに背を向けていた小柄な水色の長い髪の少女が、女子の片割れの指さす方向へ振り返る。一条らと視線が合ったリリーは、にっこりと微笑み(営業スマイル)を送り、互いにしばし見つめ合う。

 「おいおい、一条も吉祥寺も、あの一高一年の凄い美少女に惚れたのか?」

 チームメイトの一年生の男子が、二人を冷やかように声をかける。

 「近くを通る時にご尊顔を拝見したけど、美人過ぎて口から魂が抜けそうになったぞ──顔のパーツなんか完全に左右対称で、美し過ぎて逆に怖い感じだったな。魔法資質が高い傾向にある完全左右対称の身体を持っているんじゃないか?」

 「そんなはずはない。あれはただの美人だ。一高のやつから聞き出したけど、あの子は最下位クラスの二科生だとさ。上手く生徒会長に取り入り、相当あくどいプレーで選手になったらしく、チームメイトの一科生から総スカンを食らっている最低女らしいぞ」

 「最下位クラス?」

 「ああ、本当だそうだ。因みに、あの子の周りにいるやつらもご同類らしいぞ」

 「そうか。違和感の正体は、あのテーブルに集まった一高生六人全員が二科生の制服だからか……将輝、彼らは僕達三高にとって強敵になるかもしれないよ」

 吉祥寺が高い評価を口にした訳を、直ぐに理解した一条に対して、傍らにいるチームメイト達は、何故そんな評価になるのか分からないと言った顔を並べる。

 「吉祥寺、相手は二科生なんだぞ。幾らなんでも、俺達一科生のライバルになることなんて絶対ありえんだろう」

 「そうだぞ。二科生を新人戦の代表にするぐらいに選手選抜に困っているんだから、今年の一高の実力は大したことはない。新人戦の優勝は俺達三高のものさ」

 チームメイト達の言葉に、吉祥寺は内心呆れながらも己の推察を口にする。

 「仮に選手選抜に困っていたのが本当だとしても、一年生に百人もいる一科生を押さえて入試成績最下位クラスの二科生が選ばれるのは、普通ではありえない。となると、あそこにいる彼ら二科生は、九校戦の競技において一科生に勝る特異魔法持ちの可能性が高い。あくどいプレーに見えるのは、多分彼らの魔法が特異的過ぎるせいなんだろう。他者に真似のできない、あるいは高レベルの魔法に特化したBS魔法師は脅威だ。彼らが二科生だからと言って、侮り油断すべきではないね」

 「特に彼女──リリー・エル・トリアムは、エントリーすれば今年も優勝間違いないと言われている最強世代の三年生に代わり、一年生ながら本戦代表選手に選ばれている。あの一高が、実力もない者を依怙贔屓で本戦代表選手に選ぶはずがない」

 吉祥寺が、あちらのテーブルにいる者達を警戒する訳を理解したチームメイト達は、罰の悪そうな顔をして押し黙る。

 「……ジョージの言う通りだ。彼らとエントリー競技が同じウチの皆に、忠告しておいた方がいいだろう」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 懇親会に集った各校の生徒達は、来賓のあいさつが始まると、食事や談笑を取りやめて、神妙な態度で来賓のあいさつに耳を傾けていた。次々と壇上に現れる魔界、もとい魔法界の名士(爺)たちのつまらない話に飽きたリリーと、収穫なしでやけ食いを始めた由美は、競うように料理に手を出す。その様子に、周囲から咎めるような視線が突き刺さるも、全く気にしない二人であったが、一緒にいる雛見は恥ずかしさで顔を赤くしていた。

 司会者が、「魔法協会理事九島烈様~」というアナウンスをすると、会場内の雰囲気がガラっと変わる。それを察したリリーらは、料理を食べるのを止め、壇上に視線を向けると、唐突に会場全体の照明が落ち闇に包まれる。

 (うん!? トラブルか?)

 闇の中、壇上中央にスポットライトを受けて姿を現したパーティドレスの大人の女性に対して、会場内は戸惑い、騒めく。

 美人の乳サイズをチェックしている平(意識)へ、リリーが警告を発する。

 (会場全体を覆う、微かな精神干渉魔法が発動しておるぞえ!)

 (!? ああ、そういうことか。会場の人間の意識を女性に誘導して、自らの姿を隠す。トリックスターと称された閣下らしい悪戯だな。当然、引っかかった人間観察をしている閣下の居場所は……美乳(が期待できる大人の女性)の背後かな?)

 (当たりじゃ)

 平(意識)の答えを採点したリリーが、パーティドレスの女性の背後に目をこらすと、朧げな影のような存在が、はっきりと細身の老人の姿に変わる。リリーの視線に気がついた老人の口角が少し持ち上がる。そして、老人の囁きを受けて、パーティドレスの女性がスポットライトから舞台袖へ歩き去ろうとすると、パッと会場全体の照明が明かるさを取り戻した。

 突如、壇上に現れた(ようにみえる)九島に、会場内が大きくどよめく。九島が会場内の特定の場所──達也やリリーらの居る所──へ視線を向ける。その視線に応えるように、リリーは胸元で小さく手を振る。

 九島が、マイクに向かって、年齢の割に若々しい声で、先ずは悪戯の件を謝罪し、悪戯を仕掛けた真意を語ると、平(意識)は興味深げに聞き入った。

 魔法を工夫することを楽しみにしているという九島の締めの言葉に、各校の生徒達は戸惑いながらも拍手をはじめる。何故か、九島の背中からも小さな拍手が起こる。九島が半身で振り返ると、一高の制服を着た小柄な女子生徒が、花束を腕の付け根近くで器用に抱え、空いた両手で拍手をしていた。

 引退したと言え、超一流の魔法師であった九島に、全く気配を察知させなかった少女を、彼はじっと見下ろす。

 「……隠形の類ではないようだが、如何なる術を用いたのかね?」

 興味深そうに問いかけた九島の言葉に対して、リリーは愛らしい笑みを浮かべたまま答えるのを誤魔化し、壇上に注目している各校の生徒達へ、予定されいたイベント──とは言えちょっとしたサプライズ──に見えるようにと、九島の背後だった位置から壇下の各校生徒達がよく見える位置へ移動する。

 「九島閣下、お会いできて光栄です」

 リリー(肉体は彼女に変化しているが、身体を操る意識は平に交代済み)は、両手で抱えた花束──壬生の退院祝いに持参した花束を、リリーが復原の力で作り出したもの──を九島に向かって差し出す。

 九島は、小柄なリリーから花束を受け取ろうとして身体を傾け、花束を受け取りながら小さな声──壇下からの拍手に埋もれることはない程の音量──で訊ねる。

 「君の名前は?」

 「一高H組のリリー・エル・トリアムと申します、閣下」

 わざと二科生であると暗に告げて、九島の反応を見ようとしたリリー(平)に対して、九島は目の奥に一瞬光を宿したものの、アルカイックスマイルを崩すことはなかった。

 「……君の活躍を楽しみにしている」

 「ありがとうございます、閣下」

 リリーが右手を伸ばして九島に握手を求めると、皺が目立つ九島の右手が彼女の小さな手を握る。

 (歴史上の有名人と生握手したぞ──っ!)と、脳内で喜び叫ぶミーハーな平に呆れるリリーであった。

 この後、リリー(平)は予定にない花束贈呈を勝手に行った件で、懇親会主催責任者のクレームを受けた七草から、たっぷりとお叱りをもらうことになるのであった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 パーティの翌日、ほとんどの選手が休養している中、新人戦は大会四日目からということで、一高一年の一部の者達は大会委員会が用意した練習場で汗を流していた。

 霊峰富士山を背景に、空に舞い上がった忠章の乗るボードが、落下の勢いで大きな水飛沫を上げながら無事に着水を果たす。忠章は、バトル・ボードの人工水路の滝の上からの着水を想定しの練習である。

 「見事な着水じゃな、忠章……学校の練習で、何度もボードから落ちておったのが嘘のようじゃな」

 感心するリリーの横で、洋二も思い出してクスリと笑う。

 「そうだね……一番の懸念だったボード落ちは、本人とボードの相対位置を硬化魔法で固定することで解消できたのが大きい。リリーが、渡辺先輩のテクニックを見破ってくれたのがヒントになったよ」

 「まあ、九校戦の競技において、経験とテクニックは上級生の方が上じゃからな──とは言え、硬化魔法を応用した起動式を組み上げ、CADを調整して忠章に最適化させたのは洋二の成果の賜物じゃ」

 リリーに腕前を誉められ、美形の洋二が照れる様は、女の子のような可愛さがにじみ出ていた。その様子を、リリーの中の平(意識)はしっかり記憶に焼き付け、リアル夏コミでの客寄せポップ絵にしょうと決める。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 忠章のボードが、人目の遮られるコースに入ると、一拍の間をおきながらも瞬間移動を連続することで、五十m程先へあっという間に移動する。

 「吾妻達よりも移動距離が短いが、連続瞬間移動も問題なさそうじゃな」

 「うん。でも、転移直後に、相手選手から大波などの攻撃を仕掛けられると体勢を崩す不安は残るんだけどね。(次の瞬間移動するまでに)一秒のインターバルがもう少し短縮されるか、移動距離が伸びるといいんだけど……」

 「(瞬間移動を脅威と思われないように、わざと作っておるから)インターバルの短縮は無理じゃし、移動距離も忠章の資質では今以上距離を伸ばすのは難しかろう……今回は忠章に付いている妖精が、周囲の選手の魔法発動を警戒し、忠章が転移先の位置取りに注意を払えば問題なかろう」

 「それはそうなんだけど……」

 「洋二は心配性じゃなぁ……短い期間で、ここまで良く仕上げた忠章を信頼するが良い」

 「そうだね……H組の皆(リリーを除く)が、本人の希望と違う競技にエントリーさせられることになって、皆練習で一生懸命努力したし……嫌がらせをしてきた一科生の各部長達の鼻を何としてもあかしたいね」

 「そうじゃな。妾たちにケンカを売ったことを、後悔させてやろうぞえ」

 一科生の各部長達の顔を思い出し、リリーは獰猛な笑みを浮かべる。

 新人戦のスピード・シューティングへエントリーを希望していた忠章が、何故、バトル・ボードに出ることになったのか。また、忠章以外のH組四人も、本人の希望と違う競技にエントリーさせられたのか。それは、九校戦代表チーム発足後の幹部会議において、各選手のエントリー競技決めで、共謀した一科生の各部長達が、戦力の不安な競技へ"優秀"なH組生徒をエントリーしたいという建前を唱え、二科生の選手を活躍させないように仕組んだ結果であった。なお、何れの競技でも最強過ぎたリリーは、本人が地味な競技一つのみ希望だったので、一科生の各部長達は何も言わなかった。

 本人の希望と違い、それも得意とは言えない競技にエントリーさせられることになったH組の五人は、当初不満をあらわにしていた。しかし、仕組んだ一科生の各部長達の思惑──決定に異議申し立てをして来たら、本人に自信がない証拠だとあげつらうことで選手から外すよう幹部に働きかける気満々であった──を盗聴で知っていた平に説得され、H組の五人はしぶしぶ我慢した。そしてH組の五人は、ケンカを売ってきた一科生の各部長達を見返そうと、得意とは言えない競技であるにも関わらず、学校での練習に必死に取り組み、努力を重ねたのであった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 日付が変わった深夜、こっそり実家に戻って同人誌の作品をかいていた平は、急遽、星空を背景にしたいと思い立ち、リリーと融合して瞬間移動で富士山麓のホテルに戻った。

 ホテル最上階の展望室にあるバルコニーで、富士山麓の澄んだ空気が、闇夜に煌々と輝く星の海を映し出す様を眺めた平は、タブレットで作画し終え、リリーと融合して実家に戻ろうとした。しかし、リリーが何気なく森羅の瞳でホテルの周囲を観測した所、庭園の方へ一人向かう要注意人物(吉田)を発見することになった。九校戦に向けた学校での訓練の間、精霊を介して吉田に毎日覗かれていたリリーは、お返しとばかりに、彼が何をしょうとしているのか覗き見することにした。

 照明も近くなく、人気のないホテルの敷地を囲む生け垣付近で立ち止まった吉田は、呪符を取り出して人払いの結界を発動させる。その様子を、吉田の上空に瞬間移動で配置した監視用の分身精霊(ホルスの目)を介して、リリーと平(意識)が覗き見る。吉田は、更に別の呪符を片手に持ち、頭上にかざして術を発動させると、幾つもの淡い光の固まり(精霊)が、彼の周りをゆらゆらと飛び交い始めた。どうやら、吉田の目的は精霊魔法の訓練をするためだったようである。

 魔法科高校に入学したものの、精霊魔法を発動させる所に出会う機会がなかったため、平(意識)はこれ幸いと、リリーに対して森羅の瞳で、吉田の使う精霊魔法の全発動過程を緻密に観測させ、仮想魔法モデル化に必要な情報を記録させる。

 十分近く吉田の精霊魔法を一通り観察した後、平(意識)は精霊との同調以外の攻撃的魔法も知りたいと考え、彼にちょっかいをかけることにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「視覚に加え、聴覚も同時に精霊と同調するとは器用じゃな」

 額に薄らと汗を浮かべ、両目を閉じて複数の感覚同調に集中している吉田へ、突如、背後から声がかかる。誰何を発しつつ素早く振り返った吉田が、条件反射で取り出した呪符を声の主の頭上に向かって投げる。空中で発生した小さな雷が、リリーに襲いかかるものの、彼女が瞬時に展開した半透明の多重障壁(ファランクス)に当たって消える。強力な雷の攻撃魔法を防いだ仮想多重障壁魔法が、盾として問題ない性能であることにリリーは満足し、半透明の多重障壁を消す。

 「君はH組の「問答無用で攻撃とは、妾に恨みでもあるのかえ、お主!」」

 月の光で水色の長い髪を淡く輝やかせたリリーが仁王立ちし、片手を腰にあて、残る手は彼に向かってビシッと指さし、非難の声をあげる。

 「……す、すまない。思わず攻撃してしまった」

 吉田は、攻撃した相手が密かに監視していた相手であることに驚きつつも、真っ直ぐな性格が禍して、彼の背後を脅かすように接触して来た彼女の非を責めず、申し訳なさそうに謝る。

 「謝罪で済むことか! か弱い(?)乙女に問答無用でいきなり雷撃を浴びせる暴行犯めが! 警備する軍の然るべき所へ訴えてやるから覚悟するがよい!」

 「それは……」

 リリーの中の平(意識)は、青い顔をする吉田を眺めながら、リリーが張った障壁魔法で雷の音を防ぎ、警備員が駆けつけてくる事態もないので、じっくりと吉田をいたぶる、もとい、追い込むことにした。

 「……お主が妾に謝罪せねばならぬのは、先の雷撃だけではなかろう。妾が学校で九校戦に向け練習しておる時、お主が毎日妾を覗き見るストーカー行為を行っていたことを惚ける気かえ!」

 「そ……そんなことはしてぃ「精霊と視覚同調して、覗いておったじゃろ」」

 リリーの鋭い声と冷たい眼差しに、動揺した吉田の視線が彷徨う。

 「……何故に妾を毎日覗き見しておったのじゃ? 見目麗しい妾の身体を凝視されることには慣れておるが、毎日の練習で汗を流す姿を覗かれていると、妾の身体を毎晩"おかず"とやらにしているのではないかと疑いたくなるぞえ……流石に、そういう輩にストーキングされるのは、幾ら寛容な妾でも鳥肌ものじゃ」

 わざとらしくリリーは、両腕を胸の前でクロスさせて、胸を隠す仕種をすると、慌てた吉田は、両手を前に突き出し、赤くなった顔を左右に振りながら、「い」とか「ち」などと単語にならない言葉を繰り返す。

 「……妾も鬼ではない故、事情によってはお主をストーカーとして警察に訴えるのを止めことを考えんでもないぞえ。妾に如何なる用があって、毎日覗き見しておったのかえ?」

 リリーの質問に、吉田は逡巡するばかりで、いっこうに答えようとしない。焦れたリリーが、「さっさと答えよ! ストーカーの件をお主の実家へ先に訴えようかえ」と脅すと、吉田はようやく観念し口を割った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 静かだった生け垣付近が、にわかに騒がしくなる。お怒りモードのリリーが、吉田の服の襟を両手でつかんで吠えているためである。

 「妾を妖狐と同じ魔性の類と疑い、監視しておったとな──ぁ! お主の目は節穴かえ? この清らかなる(戦)乙女と称された妾のどこに、魔性の穢れがあるというのじゃ!」

 「妾を魔性と疑った理由が浅はか過ぎるぞえ……お主は精霊の事を全て知っておる訳ではあるまい。己の無知を弁えるがよい!」

 文句を言う一方で、リリーは吉田自身のエイドス変更履歴を超高速で読み取り(サイコメトリーし)、彼が経験した神祇魔法(精霊魔法)の知識や人造精霊(式神)の呪符の作り方などの情報を次々に得て行く。

 (……神祇魔法は、呪符を媒体としてイデアの海に漂っている情報体を支配し、事象を書き換える魔法なのか……魔法演算領域が不要ということは、一般人の俺でも本物の魔法になれるかも!)

 (それは無理じゃな。神祇魔法の発動は、術者本人のゲート(人の意識と無意識の狭間に存在する通路)を通じて、イデアの海へアクセスしておる故、ゲートのないお主には使えない物じゃ)

 (そんな──っ!)と、大いに嘆く平(意識)であった。ヽ(T-T)ノ

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 リリーがようやく吉田の服の襟を離し、落ち着いたように見えたので、吉田はおずおずとリリーへ申し出る。魔性の類か否かを判別するために、リリーの幽体を調べさせて欲しいと。

 (誤解は早く解いておきたい所だけど……リリー、融合した状態の幽体を調べられると、こちらの秘密が漏れる心配は?)

 (……ふむ。多分大丈夫じゃろう。今の妾の幽体はあくまでもお主のものをベースにしておるから、お主の腹黒い汚れが幽体に映るぐらいじゃろ)

 (腹黒は人の標準装備な性です……それはさておき、多分では不安なんで、調べられるのは回避するか)

 平(意識)の悪戯たっぷりの指示を受けたリリーは、顔を赤らめ、もじもじと恥ずかしそうな仕種(フリ)をして、「……妾の身体(幽体)をみたいとは……いやらしい輩じゃ」と呟いて、瞬間移動で姿を消す。そんなことを言われるとは、思いもしていなかった吉田はフリーズしてしまい、一人暗闇に取り残された。

 


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