魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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 部活連本部で九校戦メンバー選定会議が開かれた。

 代表選手の座をかけた勝負に勝ち、二科生であるにも関わらず、九校戦メンバーの内定を受けたリリー達H組の六人もオブザーバー席に座っていたが、周りから向けられる視線に好意的なものは一つもなかった。ある意味、敵陣にいるような状況にも関わらず、敵意に満ちた視線に"いい笑顔"で応え相手の神経を逆撫でするリリーと吾妻姉妹、憮然とした表情も様になる美形の洋二、大きな身体を居心地悪そうにしている忠章、視線に慣れているはずのお嬢様な雛見は何故か緊張していた。

 会議が始まると、リリー達に近いオブザーバー席の一人が、「能力の劣る二科生が何故この会議に出席しているのか」と、冒頭から横やりを入れてきた。議長である七草が、発言者に注意を与えた上で、彼らに十分な実力があることを、ここにいる九校戦準備会合メンバーで確認していると簡潔に答えた。会議の正式メンバーである実施競技各部長らは、苦虫を噛みつぶしたかのような表情を浮かべていた。

 その後の議事は順調には──進まなかった。会議の正式メンバーから、リリーら一年H組六人はフェアプレイ精神に問題があり、当校の代表選手に相応しくないという反対意見や、一年生の二科生(達也)が技術スタッフでは、一科生の代表選手との信頼構築に難があるとの反対意見が上がる。他の正式メンバーの多くも異口同音に支持し、大多数のオブザーバー席の一科生からも賛同する声が上がる。これに対して、議長である七草は、九校戦三連覇するためには、徹底的に実力主義の方針で九校戦メンバーを選ぶという強い意思表明をして、リリーらH組六人の先日の成績を、また彼らを技術面で支えた達也の功績を示しつつ、反対メンバーの説得を行う。

 平行線を続けた議論は、最後に十文字会頭が議長案を支持したことで、正式メンバーの反対者はしぶしぶ議長案を飲んだ。

 オブザーバー席に座るリリーの中の平(意識)は、議長案が可決されたことで、心の中で親指を立てた。平はリアル夏コミ──ネットのバーチャルコミケはあるものの、官憲に睨まれそうなやばい本は、オフラインで電子書籍ファイルを受け渡すため、昔ながらの現地即売会も生き残った──の参加申請に合格していた。七月下旬から八月上旬までは同人誌作成の追い込みで忙しくなる時期にも関わらず、なぜリリーの九校戦参加を認めたのか。それは、代表選手になると与えられる長期休暇課題免除と一律A評価の特典にあった。更に九校戦で良い成績を出せば、それに見合う成績加算もしてくれるという学校の大盤振る舞いに、平は飛びついたのである。そんな実利主義で愛校心の欠片もない平(意識)にとって、第一高校の三連覇達成は全く興味はなかったが、議長を務め疲労の色を顔に浮かべた七草に、「お疲れさま」と慰労の言葉を送った。

 リリーらH組の六人が、会議室から出ようとすると、周りの一科生から聞こえよがしに厭味を吐かれ、その中には大怪我をしないうちに代表選手を辞退しろと、脅しとも取れるものも混じっていた。自称エリート様らのお里が知れる言動に、リリーは吾妻姉妹と即席で揶揄する会話を交わして厭味返しをしたり、ひっかけようと出された足を思いっきり踏んづけてやった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 九校戦メンバーに達也を含め二科生が七人も選ばれたことは、翌日には学校中の生徒に知れ渡った。リリーら一年生H組六人は、ほとんどのクラスメイトから祝福や応援を受ける。しかし、「九校戦代表選手は優秀な一科生の中から選ばれるべきだ」と考える一年一科生の大多数からは、H組の六人に対して憎悪の眼差しや厭味の言葉を校内の様々な場所で投げつけられた。中には、わざとH組の六人を挑発して手を出させることで、代表選手の取消を狙った行動に出る一科生達も現れた。また、同じ一年生の他のクラスの二科生においては、H組の六人を応援するよりも、羨望ややっかみと言った、H組六人をうんざりさせる態度を取る者の方が多かった。

 定期試験の実技の成績優秀者に選ばれた時以上の酷い状況に、雛見が一人では教室の外を出歩けなくなり、教室外では常に忠章を傍らに連れて行動するようになった。一方、やられて大人しくする性質ではない吾妻姉妹や平はしっかり反撃に出た。姉の由綺が相手の劣等感を煽る言葉責めにし、加えて噂好きな妹の由美が相手の弱みを暴露したりすることで、仕掛けてくる相手を涙目にする。また、平は平で、リリーと融合して、彼女の人外の美貌と氷の視線で相手の口を閉じさせ、悪質な輩には復原の力で相手の蓄積した魔法技能を数カ月分消し去った。H組六人の中で一番味方(?)が多かったのは洋二であった。美形な洋二へ悪口を吐いたり、怪我をさせようとした者は、ファンの女子生徒と一部男子生徒によって、つるし上げを食らっていた。男子生徒まで虜にする洋二の魔性に平は感心するとともに、夏コミの同人誌ネタにすることにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 月曜日、五限目が全校集会に変更され、九校戦代表チーム発足式が講堂で執り行われることになった。

 壇上には、二科生でありながら、八枚花弁のエンブレムの刺繡入りの"ユニフォーム"を着た一年生H組の六人がいた。リリーは本戦代表選手の並ぶ列の最後に、他のH組の五人は新人代表選手の列の終わの方に並んでいた。

 一年生H組の二科生である六人に対して、壇下にいる上級生の一科生の多くは、不満げな顔をして非好意的な眼差しを向けるか、あるいは不快な存在を目に入れたくないと無視する態度であった。

 同じ一科生でも一年生の多くは態度が一味違っていた。一学期の定期試験において実技及び理論で二科生にトップを奪われ、一科生の上級生からは第2095年期生はエリートの証である一科生に泥を塗ったという最低評価を受けているためである。一科生に選ばれ、己はエリートであるという自尊心を順調に肥大させて来た一年生の彼らにとって、耐えがたい屈辱を噛みしめていた。彼ら一年生の一科生に、その屈辱を再び再認識させられる出来事が、九校戦代表チーム発足式であった。一年生でありながら、あろうことか九校戦の本戦代表選手にH組のリリーが抜擢され、更に新人戦代表選手にも二科生のH組五人が選ばれに至って、壇上にいるH組の六人は、自分達の地位を脅かす憎むべき敵であると認定し、殺意さえも感じさせる視線を一年生の一科生はH組の六人に向けていた。

 そんな視線の数々も、壇上にいるリリーの中の平(意識)や吾妻姉妹にはご褒美以外の何ものでもなかったが、洋二、忠章及び雛見は緊張していて、壇下からのマイナス感情な視線に気づく余裕もなかった。

 代表に選ばれた選手を一人一人、プレゼンターの七草が紹介して行く。紹介を受けた選手は、深雪の手で競技エリアへ入場するIDチップ入りの徽章(きしょう)をユニフォームの左襟に付けてもらう。男子選手のほとんどは、美人な深雪から向けられる微笑みにのぼせ、少々間抜け面を呈していた。

 七草の代表選手紹介がリリーの番になると、壇下の一科生達から大ブーイングが上がるとともに、圧縮空気弾など複数の魔法攻撃がリリーやH組の五人に向かって放たれた。その全の攻撃は、壇上にいるリリーが、瞬時に展開した複数の半透明の多重障壁──十文字のファランクスを仮想魔法モデル化した盾──に当たって消えてしまう。仮想魔法の出来に問題がないことを確認したリリーは、騒然とする壇下の生徒達の中から、攻撃してきた生徒をサイコメトリーで直ぐに割り出し、半透明の障壁の筒に閉じ込め、移動魔法により壇上の風紀委員長の前へ次々と運んだ。

 リリーから校則違反者として風紀委員長の前へ突き出された彼ら(ほとんどが一年生)の多くは、攻撃魔法を使用したことを否定したが、渡辺の指示で彼らは風紀委員に拘束され、壇上から連れて行かれた。騒がしい壇上にあって、厳しい顔をした十文字がリリーに鋭い視線を向けていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 発足式後に開かれた九校戦代表チームの幹部会議において、選手の希望と実施競技各部長からの意見を踏まえて、各選手の出場する競技が競技された。リリーらH組の六人については、二科生を調子に乗らせたくない、注目されるような活躍をさせたくないという思惑で一致した一科生の各部長の意見が示された。その意見に当初反対を示していた七草であったが、H組の六人を代表選手に押し込んだ負い目、戦力の不安な競技へ"優秀"なH組生徒を投入すべきという各部長らの声(建前)に、最後は折れざるおえなくなった。なお、リリーは早く終わらせてリアル夏コミの準備をしたいという平の希望で、前半戦の一競技のみを希望し、地味目な競技ということもあって、すんなりと希望通り認められた。

 各選手がエントリーする競技は決まったものの、技術スタッフと担当選手を割り振る段階で問題が発生した。選手四十名に対して、CADを調整する技術スタッフは八名しか確保できず、一年生H組の五人(CAD不要なリリーを除く)の担当が決まらない状況となった。代表選手の座をかけた勝負の縁もあって、達也が担当を引き受けてくれることになった。しかし、彼は既に深雪、光井及び北山を受け持つを約束しており、H組の五人全員を引き受ける余裕はなかった。チームリーダーの七草が、中条や五十里以外の余裕のありそうな技術スタッフに担当を請も、二科生のH組選手に隔意ある態度を示し、担当を拒否されてしまった。H組の五人は、七草と相談した結果、止むなくCADの調整ができる洋二が忠章を担当し、吾妻姉妹及び雛見は達也に担当してもらうことになった。

 他人のCADを調整した経験が少ない洋二は、九校戦に向けた校内での練習の合間をぬって、達也の所へ調整に関して相談に出かけることが多かった。洋二が達也のCADに関する腕前を称賛し尊敬する様子を、ブラコンな深雪は嬉しそうに眺めていた。

 達也にH組の三人娘を受け持ってもらった関係で、吾妻姉妹や雛見が使用するレベルアッパーとセカンバアッパーのことが、達也らにも知られることになってしまった。同じ九重寺の門下生とは言え、平は達也に二つのアッパーの詳細情報を漏らす訳にはいかなかったので、表面的な機能の説明のみに留めた。そんな平の説明にも関わらず、達也は二つのアッパーの中核的技術がリリーの分身精霊による他者の魔法演算領域の観測であり、達也自身の秘密を暴きかねない危険なものであることを察知し、密かに警戒レベルを上げる。

 そんな達也の内心を知らない光井と北山は、リリーの分身精霊を用いたセカンバアッパーによるCADの完全思考操作に強い関心を示し、彼女達の九校戦用のCADにも、その機能を追加できるようにして欲しいと平に申し出てきた。平としては、レベルアッパーよりも魔法師に幅広く使ってもらえるCADの完全思考操作に特化したセカンバアッパーの量産型開発を構想していたので、試作品を提供すると彼女達に約束した。その様子を近くで見ていた深雪が達也に目配せすると、達也はしばし沈黙の後、平へある提案をしてきた。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 九校戦に向けた練習が始まったある日、レベルアッパーの検証を進める魔法力向上研究部の発足は、隠れて行われた。部員募集は行わなかったが、約四十名──一年生H組の二十二名、生徒会から推薦のあった二年生及び三年生の二科生各十名──と、それなりの数の生徒が集まった。顧問は廿楽先生と、副顧問には保険医の安宿(あすか)先生が就任してくれることになった。七草が、研究馬鹿な廿楽先生だけでは不安ということで、安宿先生に頼み込んだらしい。

 因みに魔法力向上研究部の初代部長は妖精姿のリリーで、副部長(下っぱ)が平である。部の発足に当たって、部員による多数決(民主主義という名の数の暴力)で可決されたものである。(☍﹏⁰)ノ ナンデヤネン

 平の呼称していた"分身精霊"は可愛くないという女子部員の提案で、部の共通用語として"妖精"に呼称改変が多数決で決まった。更に、平が渾身を込めた新機能──自分の宿り器の妖精(ケット・シー)の服装チェンジが、女子部員全員の圧力により、ドレスコードに反するものは禁止という部の規則が出来てしてしまい、男子部員を大いに嘆かせた。ヽ(T-T)ノ オレノユメガ

 部室については、新参ものの部に割り当てられる空きがある訳もなく、廿楽の魔法幾何学準備室が、半分部室のようなものであった。部員への連絡は学内ネットのメールがあるから支障はなく、活動も平から貸与されたレベルアッパーを部員各自が身につけ、定期的に廿楽と安宿のもとでデータ取りを行うだけなので、部室がなくても特段問題はなかった。一応、九校戦で部員が活躍すれば、部の予算や設備が優遇されるそうだから、リリーらが九校戦で優勝すれば、意外と早く部室が手に入るかもしれないと、副部長の平は気楽に構えていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平が、部の目的と活動内容を上級生部員達へ説明する中で、レベルアッパーを常時身につけないといけないことを説明すると、レベルアッパーも術式補助演算機(CAD)の一種なのだから、学内への持ち込みには許可がいるのではないかという疑問が呈せられた。その点については、起動式を内蔵せず、問題となる補助機能もないレベルアッパーは、学内持込み禁止のCADに該当しないというお墨付きを生徒会からもらっていることを平が説明する。実は、レベルアッパーのことが七草ら生徒会役員にばれた時に既に指摘され、CADに詳しい中条の技術見解でセーフになった経緯があったのである。セーフになったものの、事前相談なしに持ち込を実行した件で、平は七草からしっかり絞られることになったが……。

 各自の部活動(?)が始まり、既に魔法演算領域の"固定"が進行した者には、レベルアッパーの効果が低いという課題があるにもかかわらず、上級生部員はレベルアッパーを高く評価してくれた。魔法発動速度は、三年生部員の場合はおよそ一割強の短縮効果、二年生部員の場合はおよそ二割強の短縮効果しかなかった。しかし、魔法発動における問題点(魔法式構築のどの時点で、何が起きたのか)についての指摘を、妖精が念話で報告してくれる機能を上級生部員は非常にありがたがった。指導教員がつかない二科生の場合、何が悪かったのか自分では分からず、原因や対応を検討するのに一苦労するという大きな悩みを抱えていたからだそうだ。更に、上級生部員にとって、感覚的に分からないと理論的に理解が難しかった魔法理論の概念が、レベルアッパーを使用することで、良く理解できるようになったと喜んでくれた。こうしてレベルアッパーは、一科生との実力差に努力を諦めてしまっていた上級生部員らの心に、再びやる気という名の火を付ける効果を齎した。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 リリーを除くH組の五人は、他の一年生と同様に閉門ぎりぎりまで九校戦の練習を行う毎日であったため、疲労をかかえた身体で帰宅することが多かった。そんな注意力が低下している状態のH組の五人は知らなかったが、実は何度も襲撃を受けそうになった。二科生が代表選手であることに強い不満を持つ一科生達(主に一年生)が、H組の六人が九校戦へ出場できないにするため怪我を負わせようと、けしかけた者達によってである。

 平以外のH組の五人が常時身につけているレベルアッパーに宿る妖精が、簡易版森羅の瞳の力で悪意ある者の接近を感知すると、リリー本体から瞬間移動で派遣された別の妖精が、襲撃しようとする者をサイオン吸収で無力化し、瞬間移動で密かに回収を行って回った。また、本戦代表選手であるリリーの契約者である平への襲撃は頻繁に行われ、手練な野良の魔法師が何人も混じっていたが、リリーは彼らの魔法を仮想魔法モデル化のネタ取りにしつつ全ての襲撃者を倒す。

 一向に襲撃が成功しないことに焦れた一科生の一人が、学校の実技授業で使用する据置き型CADに、特定の者が使用したら魔法を暴発させる細工まで仕掛けてきた。流石に、学校の授業中に仕掛けられるとは予想していなかった平は、この細工を見落とすところであった。たまたま、巫女の家系である洋二が、CADから嫌な予感がすると平に言って来たことで、平が念のためリリーに調べてもらったことで細工が判明し、難を逃れることができた。心配をかけないように、平は洋二に単なる故障だといって誤魔化した。

 こうした襲撃のことを、平はチームリーダーの七草に毎回報告していたが、九校戦前にH組の選手を動揺させないようにとの配慮から、七草が襲撃未遂犯らを内密に処理し、回数を重ねる程に処分が重くなることもあり九校戦が終わってから、教唆した生徒達を一斉処分することになっていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 害意を向ける者を排除して回る平とリリーであったが、精霊による覗き見だけで、こちらに一切手出しをしてこない相手には行動を起こさなかった。精霊を送りこんでいる相手は、精霊のリンク先をリリーが探ることで判明しており、達也と同じE組の吉田であった。一学期定期試験の魔法理論では、司波兄妹に次いで三位をとる程に優秀な人間が、何故リリーに関心を寄せるのか気になった平は、九重寺の朝稽古の後で、それとなく達也に吉田の人なりを訊ねると、古式魔法の名門である吉田家の人間であることを知る。更に平は、九重寺の兄弟子らにも吉田家の情報を聞いて回った結果、"神童"と称されるほどの喚起魔法(心霊存在を使役する魔法)の腕前であったが、一年前の事故で魔法力を損なったという情報も得る。

 「魔法力を取り戻すためにレベルアッパーを欲するなら、毎日隠れて覗き見をする必要はないし……精霊を使役する術者として、自称精霊のリリーに関心を持ったのかな?」

 平は吉田の目的がいまいち分からず首を捻る。とは言え、放課後の九校戦の練習を毎日覗き見されるのは鬱陶しく閉口するが、仕掛けてこない以上、平は放置することにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 学生達が夏休みを謳歌しているはずの八月一日は、九校戦の会場へ代表チームが出発する日であった。そして、今日から九校戦が終わるまで間、平は七草からの命令で、ずっとリリーと融合した女性の姿で過ごさなければならなスタートであった。

 会場に向かうバスの中で、リリーらH組の六人は、一科生らと問題を起こさないようにと最後尾に一まとめにされていた。バスでの移動は、制服ではなく私服ということであったため、リリーは平が用意した避暑地のお嬢様ルックと題した、日傘を持ち、小さめの麦わら帽子に、レースとフリルがたっぷりの白いサマードレスという出で立ちであった。そんなリリーのファッションを、吾妻姉妹(派手目なファッションの由綺、ボイッシュなファッションの由美)が、細かくチェックを行い、平のお嬢様趣味(男の願望)を一発で見抜き、平に騙されないようリリーにファッション講義をはじめた。九校戦が終わると直ぐにリアル夏コミに参加する平は、徹夜連続で同人誌の仕上げをしていたため、リリーの中で爆睡していたので、吾妻姉妹による平のファッションセンス駄目出し口撃で精神ポイントを削られることを運良く回避できた。

 リリーが、吾妻姉妹から延々と語られるファッション講義に疲れて、窓の外を眺めていると、「危ない!」という女子生徒の叫び声が車内に響いた。何事かと、リリーは瞬時に森羅の瞳の力で周囲の状況を把握すると、対向車線を走っていたレジャー用オフロード車が、ガードレール壁にぶつかり──激発した弾みで宙返りしながら、リリー達の乗るバスの方に向かって飛んできたのである。刹那の時間に状況を把握したリリーであったが、目立つことは控えるようにと平に事前に言われており、同乗している上級生らの魔法が披露される機会と判断して、森羅の瞳の力で上級生らの魔法を観察することにした。

 バスと同じ車線に落下したオフロード車は、ひっくり返った上に炎を上げた状態でバスに向かって突進しくる様に、車内は幾つもの悲鳴が上がる。"偶然"、一台の電動二輪車がバスの左車線を並走していたため、左車線へハンドルを切ることができなかったバスの運転手は、急ブレーキを踏むも──その直前にブレーキを制御している電子回路に潜んでいた電子金蚕が弾けた結果、ブレーキ制御不能となり──、全くブレーキが働くことはなかった。

 炎を上げて特攻して来るオフロード車という危機に、少なくとも十人以上の生徒が、魔法を発動しょうと各々行動を取る。「バカ、止めろ!」という渡辺の制止は聞き届けられず、彼らは無秩序に魔法を一斉に発動するためCADから起動式を呼び出そうとするも──バス全体を覆ったサイオンノイズの嵐に阻まれてしまう。それは、バスと並走する電動二輪車の黒いライダースーツの男が、右手首にはまる真鍮色のブレスレットから照射されるキャスト・ジャミングの仕業であった。

 起動式を呼び出せない、即ち魔法が使えないという事態に、彼らは焦燥と恐怖にかきたてられ、絶望に顔を歪め、悲鳴を発する。そんな状況を把握したリリーは、しかたなくバスを丸ごと五十m先の路肩へ瞬間移動させる。

 突然、目の前を走っていたバスが消え、代わりに炎を上げた事故車両を目にした後続の作業車の運転手は、慌ててハンドルを切る。作業車の一台に同乗していた達也が異変を察し、事故車両に静止魔法をかけて止める。

 一方、キャスト・ジャミングを仕掛けた電動二輪車のライダーは、バスが消え、何故か左路肩へ移動したことに驚いたが、直ぐに作戦の失敗を悟って、電動二輪車のスピードを加速して逃走に転じた。逃走に意識がはやる電動二輪車のライダーは、右手首にはまっていたはずの真鍮色のブレスレットが消えていることに気がつかなかった。

 (……前に入手した指輪型のものよりも、効果の高そうな良い物が手に入ったのう……)

 瞬間移動させたバスの中で、お嬢様姿のリリーは、アポート(瞬間移動の一種である物体引き寄せ)で奪った真鍮色のブレスレットを手にしながら、ほくそ笑んでいた。

 (……もう一つ復原で作っておいて、後で真由美にでも届ければ良かろう。電動二輪車へ密かに潜ませた分身精霊(G)の襲撃者情報と一緒に……)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 警察の事情聴取や"事故"の後始末が終わり、リリーら代表選手達はブレーキの壊れたバスから代替バスに乗り換え、予定よりも一時間遅れで出発することになった。"事故"前とは違って車内の会話は少なく、重苦しい空気に包まれていた。"事故"時、魔法が使えなかったことを口に出してしまった者がおり、更に異常な"事故"に関して、七草や十文字ら幹部から何も説明がないこともあり、車内に不安が広がってしまったためである。

 バスは昼を大きく過ぎた頃、富士山の麓にある富士演習場内の宿泊ホテルに到着した。リリーが宿泊する部屋の相方の由美は、身だしなみを整えると、姉の由綺と一緒にホテル内探索へ出かけてしまった。リリーも誘われたが、用事があると言って断ったのである。

 リリーは、叩き起こした平(意識)に"事故"の件を説明し、彼の指示に従い、第一校代表チームの幹部等が集うホテルの一室へ足を運ぶ。対応に出て来た服部が、幹部と関係者限りの会議中であることを理由にリリーの入室を拒んだが、リリーが「バス"事故"に関する重大な情報を入手した」と告げると、服部はしかたなさそうに彼女を室内へ入れた。

 机を囲んでいた幹部(七草、渡辺、十文字、市原、中条、五十里)及びほぼ同数の関係者(作戦スタッフ等)が、入室して来たリリーに注目する。

 「バス"事故"の時に、魔法が使えなかったのは、これが原因じゃ」と言って、リリーがポケットから取り出した真鍮色のブレッスレットを掲げて見せる。訝しむ関係者に対して、幹部の半分の者は、その真鍮色のものの正体を直ぐに察した。

 「アンティナイトとかいうレリックらしいのう」

 眼光を鋭くした十文字が、低い声でリリーに訊ねる。

 「それをどうやって手に入れた?」

 「"事故"の時に、バスの左を並走していた電動二輪車のライダーから拝借したのじゃ。バスに向かって怪しい行動をしておったのでな……瞬間移動で奪い取ったのじゃ」

 渡辺が、リリーの手から真鍮色のブレッスレットを奪うように取り上げ、本物か確認を行う。

 「……なぜ、これを警察の事情聴取の時に提出しなかったんだ!」

 キャスト・ジャミングの発生を確認した渡辺が、責めるような口調でリリーに詰問する。

 「あそこで警察やらに出してしまっては、あれは事故ではなく我が校の選手を狙ったものと選手らに宣伝するようなもんじゃぞ。大会前の選手に、無策のまま余計な不安と緊張を与え、調子を落とさせることになったらどうするのじゃ」

 リリーの指摘に思い至った渡辺が、ウッと詰まる。

 思慮深げな表情をした七草が口を開く。

 「……リリーちゃんの配慮は正しいわね。あの"事故"の時、魔法が使えなかったことの異常さに、選手の皆も薄々は気づいているでしょうけど、決定的なものがなかったから、事故だと自らを納得させようとしているはず……」

 「皆騙されるな! そのブレッスレットは、ライダーではなくお前が隠し持っていたんだろ! 事故を利用し、一科生の代表選手達に怪我を負わさせ、お前達二科生が代わりに競技に出場しようと画策したんだ!」

 関係者の一人──上級生の男子が立ち上がり、リリーを指さして声を張り上げる。

 「……妾がバス毎瞬間移動したことで、"事故"から逃れられたことも理解しておらぬのかえ? お主の言うように、一科生の代表選手達に怪我を負わせるならば、妾とH組の者のみ瞬間移動で退避しておるわい!」

 「それに……軍事物資として厳しく管理されておるアンティナイトとやらは、誰でも簡単に入手できるものなのかえ?」

 「それは……」

 答えに窮した上級生の男子であったが、ハッと思いついたことを口にする。

 「春に学校を襲ったテロリストから奪ったんだろう! きっとそうに違いない!」

 春先にテロリストから指輪型をくすね、身に覚えのあるリリーは、彼の勘の良さに内心感心するものの態度に現すヘマはせず、意表をついて彼女は口元に片手をやり、クスクスと笑い始める。

 「なっ! 何がおかしい!」

 「……お主の想像力の逞しさに、妾の笑いの壺とやらをつかれたからじゃ……お主は魔法師よりも作家を目指してはどうかえ……ハハハハハハハ」

 リリーが堪えきれず、腹を抱えて笑い出すと、顔を真っ赤にした上級生の男子が「ウィードのくせに!」と禁句を口にする。

 フッと笑いを止めたリリーが、極寒の視線で上級生の男子を射抜いた後、渡辺へ顔を向ける。

 「ここは校外じゃが、学校行事の一環として参加していることを踏まえれば、こやつの差別発言は校則違反に該当するのではないかえ、風紀委員長?」

 渡辺が渋い表情で、頷いて肯定する。それを確認したリリーは、渡辺に校則違反者として懲罰委員会への訴追を求める。顔色が赤から一気に白くなった上級生の男子を余所に、リリーは今度は七草へ顔向けて問いかける。

 「こやつは、九校戦メンバー選定会議で妾やH組の二科生は、フェアプレイ精神に問題がある故、代表選手に相応しくないと散々ほざいておった。妾への校則違反の差別発言、"事故"の情報提供者である妾を容疑者扱いする発言といい、こやつは代表チームの一員に相応しいのかえ? 即刻、代表チームを首にすべきではないか、チームリーダーよ」

 リリーの弾劾に、七草ら幹部は押し黙り、関係者達は反感を一層強めた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 嫌気が差したリリーの中の平(意識)は、"事件"の追加情報を提供するのを止めて、部屋に戻ろうかと一瞬考えた。しかし、どうすべきかと困り顔の七草を見て、恩人を見捨てるのも目覚めが悪いかと考え直し、本命の追加情報を教えることにした。

 「それ(腕輪)の持ち主であるライダーを、妾の分身精霊に追跡させたのじゃが、そやつは失敗の責任を問われ始末されしまったわい。唯一得られのは、やつらはノー・ヘッド・ドラゴンという国際犯罪シンジケートだということじゃ」

 「「「!!」」」

 室内にいた全員が、リリーの情報に驚嘆する。

 「……バ、バカな! ノー・ヘッド・ドラゴンと言えば、国際犯罪シンジケートだぞ。そんな犯罪組織が、なんで我が校を襲うんだ。でたらめを言うのもたいがいにしろ、一年生!」

 リリーに強い反感を持つ関係者の一人が叫ぶ。

 「想像力の乏しい輩じゃな。犯罪組織の資金源と言えば、ご禁制の品──武器・麻薬など──の売り、企業の恐喝、資産家への誘拐、そして違法賭博。これに、我が校の九校戦代表チームへの襲撃とあわせて考えれば、犯罪組織の目的は絞られるわい」

 「妾の契約者の推測では、ノー・ヘッド・ドラゴンとやらがブックメーカー(賭け屋)となって、九校戦の勝敗を操作することで、後ろめたい客から大金を巻き上げるつもりではないかとな」

 「ブックメーカー!?」

 リリーの言葉に、思わず中条が声をあげる。

 「妾の契約者曰く、選手個人ではなく選手が乗るバスを狙って来たということは、第一高に優勝して欲しくない思惑からじゃと。今年の優勝の大本命と言われている第一高が消えるような大番狂わせが起きたら、胴元の懐には大金が転がり込むことになる。彼の犯罪組織が、第一高の選手を狙ってくるには十分な理由になるじゃろ」

 「……そ、そんな推察は信じられるか! 春に学校を襲ったテロリストの報復か、他校の妨害と考えた方がまだ信じられるぞ!」

 リリーに己の意見を否定され、プライドを傷つけられた彼は、怒りを込めてリリーの推察を否定する。

 「その可能性は否定はせんが、テロリストの犯行なら"事故"を装うのはおかしかろう。テロリストは派手な手口で、社会に彼らの犯行を知らしめたいものじゃ。バスへの用意周到なプロの襲撃手口から考えれば、他校の関係者が優勝のためにそこまでやるとは思えぬわい。因みに、他国の工作の可能性はなかろう。未だ脅威でもない魔法師の雛を殺すよりも、自国の戦力にするため拉致・洗脳を選ぶはずじゃからな」

 リリーの合理的な反論に、彼は歯ぎしりしながら押し黙るしかなかった。

 「……そうそう、もう一つの可能性を忘れておったわい。後継者争いに関連した"事故"の可能性じゃ」

 彼を含め、室内にいる多くのものが、ギョッとした表情になるも、十文字は、一瞬眉を僅かに動かしただけであった。

 「いずれの可能性にしろ……バスに特攻してきた事故車両。突然ブレーキが効かなくなったバス。事故回避の魔法を無効化するアンティナイトの用意……これ程までに用意周到な襲撃を仕掛け来た相手が、一度の失敗で諦めると思うかえ? ……必ず次も仕掛けてくるじゃろうな……」

 リリーは、ゾクリとする程に美しい表情を浮かべ、最後に爆弾を投下する。

 


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