魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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13 定期試験の波紋

 学校襲撃テロリストの多くを倒した謎の人物の噂は収まったものの、討論会で熱弁を振るった生徒が司甲に替わり同盟代表になると、生徒会長による公開討論会での差別意識の克服の訴えも虚しく、一科生と二科生の間の対立は以前よりも高まってしまっていた。

 原因は、同盟新代表の発案により始まった、二科生の有志が二人一組となり、携帯情報端末のレコーダー機能を常時オンにして胸ポケットに入れ、差別用語発言を摘発する自主的な校内巡回(一種の言葉狩り)をはじめたことにある。これにより差別用語発言で彼らから風紀委員に通報される案件が増える一方で、一科生とのトラブルも発生するようになり、風紀委員長のストレスは増大していった。その影響は、教職員選任枠の風紀委員の補充──二年生の岡田が新入生の二科生に試合で負けたことから風紀委員を辞退したため──にも現れ、教職員による打診に応じる生徒がなく補充もままならず、風紀委員長の心労が減らない要因になっていた。

 同盟側の動きに対して、同盟の中核的な二科生数十人が、テロリストに洗脳され学校襲撃に加担していたという噂が、まことしやかに学内に流れたり、一部の一科生は同盟が討論会で提案した案件に対して、反対運動を展開したりと、一科生と二科生の対立する雰囲気が校内に満ちることになったのである。

 生徒会長も、生徒会の副会長の後任人事に苦労することになった。七草は、次の生徒会長へのステップとして、書記の中条を副会長にしようと考え説得を試みるも、尻込みする中条は首を縦に振らなかった。結局、会計の市原が副会長へ、そして、新たに二年の五十里が会計に就任することになった。

 校内の対立雰囲気が漂う中にあって、H組の生徒は同盟の扇動にのせられることもなく、レベルアッパーで己の魔法技能を伸ばすことに注力していた。

 また、入院中、平と妖精姿のリリーで何度も見舞って、説得(洗脳)した壬生は、退院後は先鋭化する同盟と袂を分かち、今ではレベルアッパーの実験に積極的に協力してくれている。なお、退院祝いに平らが花束を持って病院に行くと、軍人みたいな雰囲気の壬生の父親に出会って、平はビビッてしまった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 H組の生徒や壬生によるレベルアッパーの実験は、四月、五月と続けられたが、コーチングシステムによる効果において、平にとっては憂慮すべき問題が生じた。それは、協力者となった廿楽先生から得た一年生の実技成績上位者の情報によると、リリー・平を除くH組生徒の現状は、一科生の上位者の魔法力と比べて、魔法発動速度、演算規模及び干渉強度の全てにおいては大きな差があった。このままでは、H組の生徒が一年生の実技成績上位に成長するには難しい状況であった。平としては、レベルアッパーの効果的なお披露目のためにも、七月上旬の一学期定期試験の実技テストにおいて、上位十位内にH組の生徒(リリー・平を除く)を一人でも入れたいと考え、コーチングシステムの抜本的な見直しに踏み切った。

 実技成績を決める最大の評価ポイントである魔法発動速度は、当初H組の生徒に提供したコーチングシステムで達成している現状の半分に短縮することを平は目標にした。しかし、それは効率的な演算アルゴリズムをブラッシュアップするだけでは、到底達成できない目標でもあった。

 目標達成のための手がかりは、廿楽から得られた。彼の話によると、魔法力の能力差を生む主な要因は、実は魔法演算領域の大きさにあるとのことであった。複雑で演算に時間を要する工程があっても、能力の優れた者はその魔法演算領域の大きさをいかして、並列分散演算処理に当てる領域を沢山とることができるので、結果的に魔法発動に要する所要時間が短くてすむ。

 平の考えたコーチングシステムは、魔法式構築過程の無駄を取り除き、効率・高速な"魔法式の改良"ではあるが、一科生上位者が有り余る魔法演算領域を使って行う並列分散演算処理の数の前には、劣るものになるのは止むを得ないことであった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 基礎たる土台(魔法演算領域)を大きくしなければ始まらないと言うことで、平は並列分散演算処理能力を引き上げるため、新たに魔法演算領域の拡張を試みた。

 人の無意識領域は、魔法演算領域として利用される以外にも、人の無意識な感情や行動などを司ったりする領域や、訳のわからないものが集まったゴミ置き場のようなジャンク領域がある。ジャンク領域とは言え、意味のないものとは限らないから、人がそこに手を加えることは極めて危険な行為であると言える。しかし、人間ではない"星霊"のリリーには、森羅の瞳があり、その力(エイドス変更履歴によるサイコメトリー)で、術者本人の休眠状態のジャンク領域を特定することができる。分身精霊はこの情報をもとに、術者が魔法を使おうとする時、一時的にジャンク領域を圧縮して作った空き領域(仮拡張演算領域)を"魔法演算領域"と結合させ、"一つの魔法演算領域"に仮想化して、並列分散演算処理能力を向上させる試みである。

 更に、平に憑依した俺の知識に基づくアイデアから、魔法演算領域における演算命令に、系統魔法四系統八種に関する拡張命令(特定の処理に特化した命令)を追加することで、パフォーマンスを向上させることを試みた。

 拡張命令のようなことは、本来、学校で魔法実技の課題をこなすことで生徒が身に付けるものではあるが、平の考えたものはその過程を飛ばして、分身精霊に保存した拡張命令を強制的に魔法演算領域へ複製(導入)するという方法であった。荒っぽい方法ではあるが、拡張命令の利用を積み重ねれば、術者の魔法演算領域に拡張命令が定着するので、問題は少ないはずである。もし、魔法演算領域に支障が出たとしても、リリーの復原の力でリセットできるという余裕が、平にあったので試せたことであるが。

 いずれにしろ、魔法演算領域の拡張と仮想化、並列分散演算処理及び拡張命令を管理・制御する分身精霊の負担は大きいものにならざるを得ない。

 魔法力の最後の課題である干渉強度(魔法式がエイドスを書き換える強さ)は、意識集中することで干渉強度が向上するらしい。リリーの森羅の瞳による観察結果では、"ゲート"(人の意識と無意識の狭間に存在し、魔法式を外部世界へ投射する出口)が鍵となることは分かったが、意識の集中との相関関係が不明なため、平としてはお手上げとなった(リリー本体の力を借りて、エイドスへ直接干渉する奥の手を除く)。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 レベルアッパーの試作版から課題として残っていた、森羅の瞳の力を必要最小限に絞り込んだ簡易版の開発もできたが、前記の新機能と一緒に、携帯できる宿り器の分身精霊のサイオン容量に納めることに、平は大いに苦労をすることになった。

 結局、石鉄隕石からなる一辺が四cmの▽の中に、一辺一cmの◇の真紅貴石が配置されたペンダントトップ──一応バッジとしても使えるが、重さ的には勲章のようなもの──になり、携帯性はかろうじてある程度のものになってしまった。当然、宿り器となる勲章のように重いペンダントトップ(又はバッチ)は、H組の女子から身につけるものとしては不満の声が多かったので、この辺はレベルアッパーの普及版で解決すべき課題とした。

 なお、分身精霊に簡易版森羅の瞳を搭載できたことから、照準補正アシスト機能が大幅に進化(特定エイドスパターン捕捉、多目標同時捕捉等)する。更に、宿り器が大きくなったことからサイオン容量占有割合が相対的に少ない、利用者に対する監視・報告機能(魔法発動に関するモニターリング、音声による魔法発動過程などの問題のレポート)も盛り込んだ。

 最後に、平による渾身の新機能は──愛らしいケット・シー(分身精霊)が宿り器の外で活動でき(ただし三分以内)、かつ、髪の色と形のチェンジ、衣装のチェンジ(以前没になったミニスカウェイトレスに加え、フレンチメイド、チャイナドレス、タイトスカートのOLスーツなどから選択可能)や分身精霊から利用者への念話(声は当人の記憶で補完され、口調は兄妹・ロリ・ツンデレ・女王様などから選択可能。残念ながら会話できる程の知能はなし)といったものである。貴重なサイオン容量を占有するが、これで利用者はケット・シーちゃんにメロメロ惚れてレベルアッパーを手放せなくなる……はず。

 閑話休題。新しいレベルアッパーの実験の結果、H組の首位グループは魔法発動速度向上目標に近い値を叩き出すことに成功した。しかし、壬生の実験において、拡張命令を強制的に魔法演算領域へ複製(導入)すると、魔法式構築が破壊される問題が発生した。仮拡張演算領域への強制的な複製は問題はなかったが、大所の魔法演算領域へ導入ができないのは痛かった。リリーは、魔法演算領域自体が実技経験を重ねることで柔軟性を失うことが原因ではないかと推察していた。リリーの復原の力でリセットする奥の手はあるが、魔法演算領域に蓄積・形成されたものもゼロとなり、一年生の実技課題からやり直ししないといけなくなるので、平は奥の手を使う方法は棚上げしておくことにした。

 大幅にバージョンアップした新しいコーチングシステムと言え、既に魔法演算領域が"固定"してしまっている上級生にとって、魅力的なものと映るか微妙なものと言わざるを得ない。レベルアッパーを身に付けさせたい生徒達が、魔法科高校や国立魔法大学を卒業した以降も、長年に渡って身につけてもらえるように、利用者の成長に応じてコーチングからアシストに重点をおいた機能へ入れ換えできるようにするべきかもしれない。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 七月上旬、一学期定期試験が行われた。

 定期試験は、魔法理論の記述式テストと魔法の実技テストからなり、中学は学力が低かった平にとって、語学、科学、社会学等の一般教科が定期試験に含まれなかったことに安堵した。

 実技テストにおける課題は、十工程の術式を行うものであったが、新しいコーチングシステムで鍛えられたH組の生徒(リリー・平を除く)は、相当に手応えのある成績を叩き出した。彼らを監督していた指導教員は、H組生徒の測定結果に目を白黒させ、計測器の故障を疑い、何度も点検していた。

 翌週早々には、一学期定期試験の成績優秀者の氏名が学内ネットで公表された。一年生の総合成績では、一位から六位は一科生の生徒で占められていたが、驚くべきことに七位には二科生H組の洋二が入っており、彼は魔法理論テストのみの成績でも十位以内に名前を連ねていた。なお、平・リリーも実技テストの高得点に助けられ、一年生の総合成績では二十位に顔を出していた。

 平が実験の成果として最も期待をかけていた実技テストのみの成績では、一位は圧倒的な点数を出した二科生H組のリリー・平だが、二位から四位は深雪、北山、森崎といった一科生A組の生徒が占め、五位にはH組の洋二、十位には同じく吾妻(姉)が入り、平を大いに喜ばせた。また、その他のH組生徒では、吾妻(妹)、忠章及び雛見が二十位以内入りを果たした。二十位以内入りのH組の生徒(平・リリーを除き)が五人と少なかったのは、新しいレベルアッパーによりH組生徒の魔法力が大幅に向上するも、生徒個々の潜在能力差まで解消してはくれなかったからである。とは言え、平がレベルアッパーの効果を宣伝するための目標としていた、実技成績優秀十位以内に平・リリーを除くH組生徒が二人も入ったので、一応目標は達成できたと平は納得した。

 一方で残念なことに、レベルアッパーを貸与したH組生徒の中から、分身精霊と交わした約定を違える者が出てしまった。違反者は、嫌がらせの張り紙の件で、平が一般人であるとカミングアウトした後、平を無視あるいは忌避する行動をとった者達であった。彼・彼女らは、実技テストが上位に近い成績──公表はされないが本人の求めにより、自らの成績順位を知ることはできる──を取れたことで、自らに一科生並の実力がついたと考え、内心軽蔑している一般人(平)の発案したものに助けられていた屈辱のうさを晴らしたいという思いから、約定違反行動に出たようだ。彼・彼女らは、成績公表日のうちに、宿り器は実技授業のある時だけ身につければ良いと考え、常時身につけるのを止めたのである。

 宿り器の分身精霊からの約定違反通報は平の耳にも届き、リリーに瞬間移動で彼・彼女らのもとから宿り器を回収させようと考えたが、彼・彼女らにレベルアッパーのありがたみを知らしめるため、分身精霊のみ回収し放置することにした。当然、その翌日以降の実技授業において、彼・彼女らは課題達成に四苦八苦することになった。彼・彼女らはレベルアッパーに問題があるのではないかと、平にクレームを付けてきたが、宿り器の分身精霊が消失してしまっていると告げ、常に身につけるという約定を守らなかったのかと問い詰めた。彼・彼女らは、罰の悪そうな顔をして、表面的な謝罪を口にして、もう一度分身精霊と契約させて欲しいと平に言ってきたが、リリーの分身を死なせるような者の願いに、直ぐに応じる気にはなれないと言って断る。その上で、平が彼・彼女らに対して、二学期一杯は自分の力で実技課題に取りくんで反省するようにと宣告すると、渋々ながらも彼・彼女らは課題に戻るものの、当然授業時間外まで居残りすることになった。

 平としては、彼・彼女らが敵対しない程度に罰を与えると同時に、レベルアッパーを中断した者のデータが取れるという思惑があった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 一年生H組の生徒が成績優秀者に名前を連ねたことに対して、上級生の一科生は鼻白み、一年生の一科生の多くはプライドを傷つけられ、一年生H組の生徒が指導教員を買収して不正したのではないかという酷い噂まで流れ、それを学校側に問いただす行為に出る一年生まで現れるなど騒ぎになったが、学校側は不正を否定した。

 実は公表前の段階、即ち成績優秀者の氏名の結果が出て直ぐに、魔法の技能の劣る者が集められたはずのH組の生徒が、実技テストにおいて上位二十位に六人も入り、他のH組の生徒も上位六十位までに入っていることに、学校側の方が蜂の巣を突ついたような大騒ぎになっていたのである。学校側は、H組の実技テストを監督していた指導教員による計測器の不正操作の有無を徹底調査し、更に、リリー・平を除き、上位二十位以内のH組の五人を一人ずつ生徒指導室に呼び出して、聞き取り調査まで行ったのである。

 その聞き取り調査において、指導教員はH組の五人に対して、実技テストで不正を行った方法を白状し、不正をしたと認めろと、頭ごなしに決めつける態度で"訊問"を行ってきたので、呼び出された洋二をはじめ五人全員が猛反発した。

 「……僕達の実技テストが良かったのは、綿貫君の精霊であるリリーが指導してくれたおかげです。二科生の僕達の技能をここまで伸ばしてくれたリリーは、先生方よりも優秀なんじゃないですか!」と、普段温厚な洋二が相当な厭味を指導教員へ言い放った。言われた指導教員は、額に怒りマークが浮かべ洋二を睨み付けるも、洋二は涼しい顔をする。

 結局学校側は、厳重な監視下、密かにH組の五人に一部実技を再テストすることで、定期試験の実技テストの成績に不正がなかったことを、ようやく認めた。官僚化の弊害か、H組の五人の生徒を頭ごなしに不正と決めつけて訊問した指導教員の件を学校側は有耶無耶にして、謝罪も処分も行われなかった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 壬生も定期試験の実技テストは、レベルアッパーのおかげで成績順位を大いに上げられたと、嬉しそうに平とリリーに報告し、感謝を告げてきた。

 定期試験の実技テストにおいて、一年生H組の生徒が"一科生に勝った"ことに、上級生の二科生の同盟代表や賛同者は大いに歓喜し、二科生による差別用語発言を監視する自主的な巡回への参加を平らに要請してきたが、平達は先鋭化する同盟と距離を置くと決め、断った。

 定期試験における一年生H組の生徒の活躍に、多くの二科生が興味を持ち、その秘密を探ろうと一年H組を訪れたり、一年H組の生徒を捕まえて質問して来た。平は、レベルアッパーの実験に関する詳細な情報には、守秘義務を利用者に課していたが、対外的な説明として、綿貫の精霊が魔法技能の指導を行った成果であると回答してもらうようにした。

 H組を訪れる生徒の中に、古式魔法の名家の吉田がいた。

 吉田が使う、神祇魔法(じんぎまほう)は、呪符を媒体として、イデアを漂う精霊(独立した非物質存在となった情報体)を支配下に置き、それを通して事象を書き換えるものである。精霊魔法の一種を使う彼だからこそ、H組の教室前の廊下で、クラスメイトとお喋りしている、精霊と称するリリー(妖精姿)が極めて異常な存在として目に映った。

 「本当に精霊なのか?」

 (こちらの世界で肉体を持ち、あまっさえ人と会話ができる知能さえもある。プシオンの核を持たないサイオンのみで構成されてはいるけど、式(人造精霊)とも、化成体とも異なる……魔の気配は感じられないが……まさか?! 魔の気配さえも隠せる、九百年前に安倍泰成(あべのやすなり)に退治された妖狐と同じ本物の魔性……)

 思い詰めた吉田の額に冷たい汗が現れ、休憩時間の終了を知らせる予鈴を受けて、彼は早足に自分の教室へ戻って行った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 多くの二科生が一年H組の秘密に関心を示す反応を見た平は、レベルアッパーをお披露目する環境が整ったと考え、二科生を対象にした説明会を開くことに決めた。平が第二小体育館(通称:闘技場)の使用許可をネットで申請すると、放課後に生徒会室へ呼び出された。

 平と妖精姿のリリーが生徒会室を訪れると、七草はいつもと違って少し精彩を欠いていたが、妖精姿のリリーとしばし戯れ癒されることで元気を取り戻した。そんな七草から、闘技場の使用申請の許可の前に、一年H組の躍進の秘密をみっちりと訊問されることになった。

 話を聞き終えた七草は、リリーの分身精霊が魔法演算領域に干渉することに、精神干渉系の制限魔法と疑われ点や、更に魔法演算領域の正常な形成に悪影響が生ずる危険性を十分検証しないで、H組の生徒らを実験台にしたことで、平は正座させられた上に、めっちゃ叱られることになった。

 七草は、平のレベルアッパーの実験に協力している廿楽を生徒会室に呼び出し、その危険性を問いただすも、マイペースで研究好きな廿楽から、七草が求める実験の危険性に関する考察を引き出すのに苦労することになった。

 廿楽から得られたのは、分身精霊の魔法は制限魔法に引っかからないこと、現時点まで魔法演算領域の形成に悪影響や危険な兆候は観察されず、個人差はあるが効果は著しいものであると考察を述べた。

 実験データが三か月分しかなく、危険性がないと検証されたとは完全に言えない点を危惧した七草は、廿楽及び平と話合い、平が申請してきた説明会は取り止めにし、(生徒会として実験参加者を管理し易いように)平が部長となり魔法力向上研究部を新たに立ち上げ、廿楽が顧問となってレベルアッパーの実験及び危険性を引き続き検証して行くことになった。部員として実験に参加する者は、一年生は引き続きH組の生徒のみに対象を留め、その他実験に参加する者は、魔法演算領域の固定化問題から上級生(壬生を含む)の二科生を優先とし、学内の一科・二科の対立を招かない者の中から、生徒会と廿楽が協議して各学年十名前後の志願者を募ることになった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平と妖精姿のリリーが、廿楽の後を追って生徒会室から退出しようとすると、七草会長から呼び止められた。七草会長の話は、約一カ月後に開催される全国魔法科高校親善魔法競技大会へ、リリー・平が本戦代表選手として参加に応じるか否かの内々の打診であった。定期試験の実技で優秀な成績を修めたH組の生徒にも、新人戦代表選手への参加を打診する予定とのことである。

 「……七草会長。お話はお受けしますが、男の俺と融合したリリーは、女子枠、それとも男子枠のどちらになるんですか?」

 「その点については、既に大会本部に問い合わせ、女子枠になると回答は頂いているから……」

 女子枠に入れられたことに、男として微妙な気持ちを表情に浮かべる平をみて、七草は悪戯を思いついた笑顔になる。

 「大会の円滑な進行は、参加選手の義務よね。男子の平くんが、女子のリリーさんに変身する様を他校の生徒が見て、見当違いの苦情で大会の進行を遅らせることがないようにしないといけないわ……今回の平くんが引き起こした件への罰も兼ねて、九校戦の間の十二日間をリリーさんの姿で過ごすことを、生徒会長として命令します!」

 「へ?!」

 アホの子のように、目と口を開きっぱなしになる平であった。

 「お、横暴だ──っ! 職権乱用だ──っ! セクハラだ──っ!」

 平が一頻り喚くが、七草会長は全く聞く耳をもたず、にこにこ"笑顔"で「女装」の一言を告げると、平はグヌヌヌヌと唸るも、首をガックリと落した。

 「……会長、流石にそれはかわいそうじゃないですか? 人目のないホテルの自室に居る時ぐらい、(男の子に)戻ることを許して上げた方が」

 中条が、うなだれている平を擁護しようと発言する。

 「ダメよ。それじゃ、おもしろくないじゃない」

 「「あんたの趣味なんかい!」」

 平と妖精姿のリリーから、七草に突っ込みが入る。

 「ところで、会長。ホテルは二人で一室が基本となりますが、どうしますか?」

 クール美人な市原副会長が、七草に事務的な確認をとる。七草は、人指し指を頬にあてて、かわいい女子を無意識に演じて考える。

 「……リリーちゃん、融合した時の平くんって、リリーさんの目を介して周りを見ることができるのよね? それって、リリーさんの方で、目隠しできる?」

 妖精姿のリリーが、七草に問いかけに答える。

 「真由美の言う通りにできるよ~っ」

 「それなら問題はないわ。女性用の場所では、平くんを目隠しして上げてね、リリーちゃん」

 妖精姿のリリーは、笑顔で頷く。

 「リンちゃん。リリーさんはH組の女子に人気があるそうだから、彼女達の誰かと一緒の部屋にしてあげて」

 「……そ、そんな~~~~っ!」

 平は床に四つん這いとなり、うるうると涙を流す。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 翌日の放課後、課外活動連合会本部で九校戦準備会合が開催された。九校戦メンバー選定会議前に、生徒会が主体となって取りまとめた九校戦の選手候補者名簿(案)をたたき台に、実施競技各部部長、生徒会役員、部活連執行部の関係者が集まって、選手や技術スタッフなどの内定を決める会合であった。

 会合は冒頭から紛糾した。

 「……魔法技能が最低なH組の二科生なんかを、伝統ある九校戦の新人戦代表選手とするのは反対です!」

 「公表された定期試験の実技テストの成績を見れば、H組の生徒の実力が最低と言うのは誤った認識です。案にあるH組の五人は二十位以内に入る実力者です」

 「そのH組の五人は、たまたま、実技テストの成績が良かっただけでは?」

 「一学期の実技授業の課題達成状況を確認した所、六月に入ってからは一年生の二十位以内の成績をキープしており、まぐれではありません」

 「入試の成績が最下位のH組生徒が、定期試験の実技テストで二十位以内に入るなど異常なことです。手段は分かりませんが、何か不正を働いているとしか思われません。そんなH組の生徒を当校の代表たる選手にして、不正が発覚したら我が校の名誉は地に落ちます」

 「……新人戦の代表選手は、定期試験の実技成績だけで選ぶのではなく、所属する部活での評価も重視すべきだ!」

 次々に賛同する声が上がる。エリート意識が強い一科生達にとっては、定期試験の実技テストの成績結果があっても、伝統ある九校戦の代表選手に二科生が選ばれることが、感情的に受け入れ難いものであったのだ。

 そんな彼らに、七草は内心ため息を漏らす。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「……一年生、それも二科生を本戦代表選手にするなど非常識極まりない! 私は絶対に反対だ! 一般に、一年生と二年生以上の実力差は比べ物にならない程に大きいし、一年生が本戦代表選手になった前例はない」

 「定期試験の実技テストの成績で一位をとったからといって、たかが一年生が本戦代表選手になれる程、我々上級生の実力は低くない。反対だ!」

 「俺も反対だ!! 二科生ごときが九校戦の本戦代表選手になるなど、他校から侮りを受け、いい笑い物にされ、一高の名誉を傷つけるようなものだ」

 参集者の多くが、七草の示した一年H組の代表選手候補に、強く反対を表明した。それに対して、生徒会代表たる七草は、彼らの反対理由に理解を示しながらも、冷静に反論・説得に努める。

 「……おっしゃられることは良く理解できます。しかし、本戦代表選手候補にあげたリリーさんは、二年生でも実力屈指の岡田君を試合で倒すほどの実力者です」

 「ふん! どうせ岡田の馬鹿が油断していただけだろ」

 「それは違います。審判を努めた風紀委員長と、立ち会った私達生徒会役員が、綿貫君と融合したリリーさんが岡田君を圧倒的し、失神させたのを目撃しております」

 「まさか?!」、「本当なのですか?!」、「どんな魔法を使ったんだ?」などと、反対を表明していた者達の間から驚きの言葉があげる。そんな者達へ、七草は再び口を開く。

 「ここだけの話ですが、リリーさんは入試の実技試験の成績が歴代最高得点でした。精霊の彼女と契約している綿貫君の筆記試験の成績が思わしくなく、H組になっただけです。そして、岡田君との試合では、信じられないかもしれませんが、リリーさんは瞬間移動魔法と飛行魔法を使いました」

 「「「?!」」」

 岡田とリリーの試合を見た者及び十文字部活連会頭を除く全員が、絶句して固まる。十文字は、顔に表情を出さなかったものの、片眉はピクリと動かしていたが。

 フリーズを解いた参集者の一人が、ようやく口を開く。

 「……瞬間移動魔法って、高速な移動魔法ではないのですか?」

 「本人が別の場所へ瞬間に移動できる魔法です。失神した岡田君を運ぶため、風紀委員長と一緒に、コンクリートの壁という障害も関係なく、保健室へ瞬間移動しました」

 参集者の多くが、何その非常識って言いたい顔をする。

 「……か、会長。飛行魔法って、FLTが四月に発表したばかりのトーラス・シルバーの飛行術式と同じですか? 今度の九校戦のミラージ・バットで導入する高校があるかもと言われていますが」

 「違います。リリーさんの固有スキルだそうです。仮に、他校が飛行術式を使ってきたとしても、彼女の方が飛行魔法は熟練者ですし、加えて瞬間移動魔法もある以上、他校に遅れを取ることはありえないでしょう……彼女の実力なら、九校戦の全競技で優勝できると、私は自信をもって保証します!」

 学内トップの実力者の一人である生徒会長が、自信を持って優勝できる実力があると保証を口にしたことで、反対を表明していた者の大半が、考え込んだり、近くの者と相談をし始める。しかし、強固に反対を唱える者は、リリーの魔法を信じられない、あるいは二科生に本戦代表選手になる資格はないという主張を繰り返す。

 そんな中にあって、一人静かにしていた服部元副会長が、立ち上がって鋭い声を張り上げる。

 「会長のお言葉ではありますが、九校戦の本戦競技は魔法だけで優勝できるものではありません。対戦競技では経験に裏打ちされたかけ引きの才能が、(スタミナ的意味の)魔法力の消耗の激しい競技では最後まで戦い抜けるペース配分管理の才能が、勝利を左右します」

 「一年生のそれも二科生の彼女が、それらの才能を有して優勝できるだけの実力があるか否か、当校の第一人者と競技させて、はっきりさせましょう。皆さん! 私が思い上がった一年生の二科生を、叩き潰してみせます」

 決意のある服部の意見に、頷いた面々に加え十文字会頭が支持したことにより、強固に反対を唱えていた者達も渋々ながら賛同し、当校の各競技の第一人者とリリーが勝負することになった。なお、一年生H組の五人についても、実施競技関係部長達が選んだ一年生の一科生と勝負をさせることになった。実に、実力第一主義の第一高らしい決着の仕方になった。

 また、二科生の達也を技術スタッフとする事についても、彼の技能を確かめることを行ったが、実際の競技での技術スタッフとしての腕を試すべきとの意見から、代表選手の座を争うことになったH組生徒のCADを担当することになった。

 


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