魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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12 襲撃

 討論会は期待できないという平の言葉に対して、壬生は悩んだ末、「明日の討論会に出て、自分の意見を言いたい」と答える。直前ということもあり、彼女を同盟側から直ぐに引き離すのは難しいと平は思っており、いずれレベルアッパーに彼女が依存することは明らかだったので、彼女の回答に落胆はなかった。

 話合いを終えた平と壬生は、店内に店員が姿をみせないため、入り口に備えつけられた会計機にマネーカードで精算して喫茶店を出る。

 「……それでは、壬生先輩。明日の討論会、頑張って下さい」

 通学路に戻る途中で、平は喫茶店に忘れ物を取りに行くということで、壬生と分かれのあいさつをする。

 喫茶店に戻った平は、入店直前にリリーと融合して、店に入るとそのままバックヤードへ勝手に入り込んだ。

 そこには、店員の格好した者とモスグリーンの作業服姿の男二人が、失神した状態で床に倒れており、彼らの傍らには拳銃やサブマシンガンといった実弾銃が転がっていた。紅茶に睡眠薬を仕掛けられたことに対して、平はリリーの分身達に犯人達を襲撃させ、吸収による失神させておいたのである。

 平(意識)がリリーに指示して、拉致未遂犯らの持ち物を森羅の瞳で調べさせた所、身分を明らかにするものは所持していなかったが、店員の格好をした男の指に嵌まっていた真鍮色の指輪に彼女が強い関心を示したので、迷惑料代わりに頂いておく事にした。更に、リリーは、拉致未遂犯の三人の身体からエイドス変更履歴を読み取るサイコメトリーで、拉致を命じた者や居場所の情報を調べようとした。

 その結果、拉致未遂犯らが潜んでいたセーフハウス(隠れ家)の位置は特定できたが、残念ながら命令した者や居場所を特定する映像情報は得られなかった。尋問テクニックがある訳でもない平(意識)は、拉致未遂犯を九重寺へ運びこんで、兄弟子らに頼ろうかと考えたが、師匠の忠告を無視したことがバレるのを恐れて諦めることにした。

 結局、平(意識)は拉致未遂犯達をここに放置して泳がせることに決めた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 喫茶店での用は済んだものの、拉致未遂犯の仲間が平の家にも来襲する可能性に平(意識)は、いつもとは違うが放課後の修行をするために、リリーに九重寺へ瞬間移動してもらった。

 兄弟子らとの修行を終えた平は、夕食も寺で兄弟子らと食べ、久し振りに寺に泊まることにした。寝床の準備を整えた後、平はリリーと融合して、人気のない夜の本堂の屋根の上で、彼女の森羅の瞳で拉致未遂犯らの居場所──吸収で得た彼らのサイオンパターンの反応位置──を探る。

 リリーが平の携帯情報端末のスクリーンに地図アプリを呼び出し、拉致未遂犯三名の反応位置を地図に重ねると、学校のある街外れの丘陵地に立つバイオ燃料工場に拉致未遂犯達がいることが分かった。平(意識)の指示でリリーが念のために壬生の居場所を確認しようとして、彼女に付けた分身精霊の位置も地図に重ねてみると、キャビネットで学校のある街へ移動していることが分かった。分身精霊情報によると、剣道部主将の司から呼び出しを受けての外出なのだが、こんな夜時間の呼び出しに不審を覚える平(意識)であった。

 平(意識)のイメージした戦姫姿(黒衣バージョン)へ着替えたリリーが、拉致未遂犯達のいる地点へ瞬間移動してみると、稼働している工場ではなく、既に廃棄され、灯もない工場であった。しかし、リリーが森羅の瞳で工場内を探索してみると、二十を超える人間が潜んでいることが判明した。

 彼らが何をしているのかを探ることにした平(意識)は、継続的にサイオン補給して潜入探索ができる分身(ゴキブリ型)十体をリリーに作り出してもらい、廃棄工場の各所へ瞬間移動で送り込んだ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 分身達は、工場の天井にはりめぐらされた通風ダクトやパイブを移動経路として、各目標のもとへ移動した。

 目標へ到達した分身達から次々に映像情報──モスグリーンの作業服を着た男達が銃を片手に工場の外の監視や工場内の要所に立って哨戒していたり、毛布に包まって眠っている者達の姿など──が、リリー本体と共有している平(意識)へ届けられた。

 (……かちこみ(殴り込み)前のヤクザ? ──とは思えない落ち着き具合と統一したモスグリーンの作業服……もしかしてテロリストか?)

 リリーの中の平(意識)が、怪しすぎる男達の正体を想像していると、工場の奥深い一室の天井にある通風穴に辿り着いた分身から、明らかにモブとは違った雰囲気の三十歳前後の細身の男が、剣道部主将の司甲(きのえ)と会合している映像情報が届いた。

 (ビンゴ!)

 平(意識)は、この集団のリーダーらしき人物の発見に喜ぶ。

 (リリー、あいつらの会話を集中的に拾ってくれ)

 平(意識)の要求に従って、リリーは分身に翅を広げさせ音声収集機能をスポット偏向させる。

 「……甲(きのえ)、例の彼女の方は?」

 縁無し眼鏡をかけたインテリっぽい風貌の男──司一(はじめ)が、義弟の司甲に訊ねる。

 「他の同士(生徒)と同様に、呼び出しに応じており、現在こちらに移動中です」

 「喫茶店で何があったか、彼女から聞き出せましたか?」

 「指示に従って例の彼の説得を試みている間、店の異変には全く気がつかなかったそうです。ただ、説得が不調に終わり一端店を出た後で、例の彼が忘れ物を取りに店へ戻ったそうです」

 「罠に誘い込んだ獲物を同士が逃すはずもないので、例の彼と彼女の話合い中に、第三者に同士が襲われたと考えるべきですね。店に戻ったということは、貴重な指輪を奪ったのは例の彼かもしれません……しかし、拉致を妨害してきた第三者が忍術使いだとすると、迂闊な場所で手を出す訳にはいきませんね……」

 司一が細い顎に片手を添え、考え込む。

 「……ふむ。明日の作戦決行前に、作戦目標施設に彼を呼び出しますか? 例の彼女は実験協力者(サンプル)として、ここに置き留めますから呼び出しには使えない……彼を孤立に追いやるために、嫌がらせを仕掛けてしまいましたが、彼には同じクラスに人質にできそうな、親密な友人はいますか?」

 (嫌がらせの張り紙の真犯人はこいつか!)

 平(意識)は、こみ上げる怒りで、分身からの映像に映る司一を睨み付ける。

 「同じクラスで親しくしている男子生徒が二名ほどいます」

 「それは重畳(ちょうじょう)。友人の二人を使って、彼を作戦前に目標施設に誘い出す役割を担う同士選びは甲に任せますから、今夜の作戦説明後に僕の所へ連れて来てください」

 「分かりました」

 友人の洋二や忠章まで巻き込んでの再度の拉致計画に、平(意識)の怒りは倍増する。

 「一般人が高位魔法を使えるようになる精霊の秘密、それも不可能と言われている瞬間移動魔法能力を有するという貴重さ、加えて魔法発動速度を向上させる方法の秘密といい、彼の契約精霊は極めて利用価値の高い存在ですから、絶対に確保しなければなりません。ブランシュのため、僕の(本部幹部になる)ためにも……」

 自己陶酔気味に独白する司一の目は、欲望でギラっいていた。

 (……こいつらを潰さない限り、何度でも俺達に仕掛けてくるな)

 平(意識)が黒幕達を徹底的に潰すことを決断していると、森羅の瞳で廃棄工場や周囲を監視しているリリー本体から、壬生の他十人以上の人間が、工場へ続く未舗装の道を歩いて接近してくることを告げる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 壬生らが廃棄工場に来る前に行動することを決断した平(意識)は、分身が監視している工場内にいる司兄弟をはじめ男達に襲撃を感知されないように、同室にいる者をまとめて無力化することにした。平(意識)の要求を受けたリリーは、森羅の瞳で同室毎の男達の位置を把握した情報をもとに、男達一人一人の顔の周りの酸素を遠隔マルチ瞬間移動で一斉に奪い失神させる作業を数回繰り返した。

 次にリリーは、倒れている司兄弟の元へ瞬間移動して、司甲の携帯情報端末を取り上げ、認証を解除するため復原の力で通話可能状態に戻して、廃棄工場に近づいて来る壬生ら同士と呼ばれた者へ急遽会合の中止連絡を入れる。会合の中止連絡を受け取った壬生らは、廃棄工場を前にして、しばし足を止め相談していたが、やがて全員が帰って行った。

 リリーは、森羅の瞳で廃棄工場に近づく者を引き続き警戒しつつ、床に倒れている司一や司甲の両手両足を氷漬けにした後、他の場所の残りの男達のもとへ瞬間移動して、同様に拘束作業を繰り返した。

 工場内にいる男達を拘束し終えたリリーは、倒れて意識のない状態の司一に対して、森羅の瞳で彼のコネクトーム(脳神経回路の地図)から恐怖の場所を探り当て、三十分近く復原の力で恐怖の記憶を繰り返し再現する。その結果、インテリっぽい風貌は、大きく開いた目は白目を剥き、口からは泡を吹き、下半身はアンモニア臭を漂わせる廃人に近いものに変わり果てた。

 嫌がらせと拉致へのお仕置きを実施し、溜飲を下げた平(意識)は、今後組織に狙われないようにする措置を取ることにした。リリーは精密作業を行うため、司一の額に手を当て、彼のコネクトームの中から"リリー"や"平"というにキーワードに反応するの場所を森羅の瞳で観測する。そして、反応か所をリリーの復原の力で平達の入学式の前日(四月二日)の時点に戻すことにより、リリーと平に関する全ての記憶を消し去る。残りの司甲も同様に、リリーと平に関する全ての記憶を消去しておいた。

 精密作業を終え、額の汗を拭ったリリーは、平(意識)の指示に従い、司甲の携帯情報端末で警察にテロリスト潜伏の通報メールを入れる。

 更に平(意識)は、悪戯通報と思われないように、最後の仕上げをリリーに指示する。街外れの人気のない丘陵地に廃棄工場があることを踏まえ、リリーは勝手に拝借した小型炸裂焼夷弾を使って、工場の敷地の端にあった元バイオ燃料の山(今は乾燥したゴミの山)を燃やす。炸裂焼夷弾の爆発から盛大に燃えるゴミの山の一部始終を録画した動画ファイルを添付して、司甲の携帯情報端末から警察に追加通報を入れる。

 警察車両のサイレンの音が近づいてきた段階で、リリーは司甲の携帯情報端末を本人のもとへ瞬間移動で戻し、九重寺へ瞬間移動で戻って行った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 九重寺で朝稽古に汗を流した平は、リリーと融合して瞬間移動で自宅に戻り、何時もの家を出るまでの空き時間を利用して、昨夜の廃棄工場の件でニュースがないかネットを一通り調べるも、廃棄工場で不審火災発生という簡単な速報的なものしかなかった。平は一番知りたかったテロリストの正体や目的が分からず、ガッカリする。

 平が学校に登校すると、校内のあちらこちらでは、本日の放課後に開催される公開討論会の話で持ちきりである一方、昨日まで活発であった同盟による賛同者を募る生徒の姿が消えているのに平は首を傾げた。

 気になった平が、壬生につけた分身精霊から情報を収集した所、昨夜以降司甲と連絡が取れず、トップ不在ということで本日の討論会に臨むにあたって同盟の論理武装をどうするかがまとまらない状態であることが分かった。同盟の彼らの論戦を仕掛ける論戦ネタが、余りにもお粗末なものであったので、平は入学式の一件で調べて検討していたものを論戦ネタとし提供することにした。それを論戦用のテキストに手直しして、リリーの復原の力で一時的に作り出した司甲の携帯情報端末から壬生へメールを入れておく。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 放課後、公開討論会が開かれる講堂には、予想以上に多数の生徒が集まっていた。平をはじめH組の多くが参加して、議論の行方を見守る。

 パネル・ディスカッション方式の討論は、同盟の代表の質問で論戦の口火を切った。

 「……昨年度、校則で禁止されている差別用語使用で懲罰委員会に訴追された生徒数と、そのうち風紀委員や自治委員が摘発した生徒数を教えていただきたい」

 質問した同盟の代表と入れ替わるように、生徒会を代表して七草会長が、中央の講演台のマイクの前に立つて答える。

 「昨年度訴追された生徒は三名です。風紀委員及び自治委員による摘発はありません」

 「三分の一以上の生徒が校則で禁止されている差別用語を使用して言われている現状で、たった三人しかないのですか! 服装違反や遅刻といった軽微な違反を担当している自治委員会による摘発がないのは理解できるが、本件を摘発する本家本元の風紀委員による摘発実績が全く皆無というのは、風紀委員の職務怠慢ではないのか! 昨年度まで風紀委員は一科生しかおらず、同じ一科生ということで庇う心理が働いて、摘発をサボタージュしているのではないかという声もありますが、いかがお考えですか?」

 舞台袖で控えていた渡辺風紀委員長が出て行こうとするのを、七草会長が視線で制し、中央の講演台に向かう。

 「風紀委員の仕事の性質上、魔法を使用した校則違反者の摘発が主となっているため、禁止用語使用者の摘発まで手が回っていないと考えます。また、公明正大な風紀委員長の指揮のもとにある風紀委員が、同じ一科生だからと庇うような不適切な対応はないと、私は信じております」

 「過去、二科生が風紀委員に選ばれたことがない中、本年度、新入生の二科生が生徒会枠で風紀委員に選ばれたことに、同じ二科生として生徒会長の英断に敬意を表したい。ところで、二科生の彼が風紀委員に指名されるに当たって、一科生の服部副会長と非公開の模擬戦を行ったという噂を耳にしましたが、風紀委員になった彼のこれまでの素晴らしい活躍をみると、服部副会長は二科生に負けたという噂は本当なんですか? 二年のトップと言われる服部副会長は、二科生を見下していると感じる二科生が多くおります。件(くだん)の二科生が風紀委員に指名される当たって、服部副会長が二科生の彼に対して差別的言動を行ったのではありませんか?」

 明らかに挑発を目的とした同盟の代表者の言葉に、七草会長の後ろに控えていた服部副会長の顔色が変わる。また、これまでなら直ぐに中央の講演台に向かうはずの七草会長の反応が鈍いことに、質問をした同盟の代表は違和感を抱く。

 「……ここは討論の場であって、噂を確認するためのものではありません。風紀委員に関する生徒会枠の指名権限は、生徒会長である私にあり、生徒会役員による合議ではありません」

 それまでとは違った硬い口調の七草会長の回答に、形式的な謝罪を口した同盟の代表者であったが、生徒会長が差別的言動を否定しなかった点と、それまでの生徒会長と副会長の反応を訝しみ、再度差別的言動の有無を問いただした。

 服部副会長は両手の拳をギュと握り、「責任をとって辞任します」と七草会長に小さく声をかけ、頭を下げる。七草会長が、「今までありがとう」という言葉を残して中央の講演台に向かう。

 「……禁止用語発言がありました」

 講堂内は大騒ぎに包まれた。

 そんな中にあって、平は目を丸くして驚いていた。

 (差別用語使用に関しての論戦ネタを提供した俺も、予想外の展開だ)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 騒ぎが少し落ち着いた頃、中央の講演台のマイクの前で立ったまま身じろぎもしなかった七草会長が話を再開する。

 「服部副会長から、過去に二科生が風紀委員に選ばれたことがないと指名を反対する発言の中で禁止用語発言があり、即座に口頭注意が"行われました"。なお、先程、服部副会長より責任を取って辞任するという申し出がありましたので、任免権者として服部副会長を罷免致します」

 「また、私としても任命責任を痛感しており、今後このようなことがないよう生徒会役員に対して、指導徹底することを全校生徒にお約束いたします。後任の副会長の決定は、生徒会業務に支障をきたさない様に速やかに決定致します」

 深々と頭を下げる七草会長へ、「前副会長を訴追しろ!」や「生徒会長は今すぐ任命責任を取れ!」など、生徒会に不信感を抱いた二科生の間から罵声に近い野次が噴出する。一方、平は、"元副会長"を呆れた目で眺めていた。

 (入学式前に俺と会った副会長の態度は、明らかに二科生を見下していたから、内心で差別発言していてもおかしくないと思ったけど、副会長という立場にある者が絶対に口に出してはいけない失言だな)

 鬼の首をとったような得意顔の同盟の代表が、再び質問するため中央の講演台のマイクの前に立つ。

 「副会長という要職にある者が差別用語使用するなど言語道断である!  生徒会役員という生徒の模範となるべき者であることを鑑みれば、口頭注意ではなく、生徒会長は速やかに罷免し、風紀委員に通報し厳正な処罰を与えるべきものであり、生徒会長の判断は厳正さに欠けているのではないか?」

 「口頭注意については、禁止用語に関する過去の懲罰委員会の処分に準じたもので、事情を斟酌(しんしゃく)した上での私の判断に、問題はなかったと考えます」

 「そもそも、生徒会役員が一科生しかいないということが、差別用語発言を許す原因である。全校生徒の約半数を占める二科生の意見が生徒会に反映されるように、生徒会役員に二科生枠を設けるべきである! 先程、副会長の席が空いたこともあり、二科生の中から適任者を選んで頂きたいが……それは叶わないことであるんだ、二科生の諸君! 生徒会役員の選任規定には、生徒会長を除き一科生を指名しなければならないとある。これこそ生徒会が一科生を優遇し、我々二科生を差別している証ではありませんか!」

 自己陶酔がかった同盟の代表の言葉に、会場内にいる二科生の多くから一斉に「差別撤廃」を求める声が上がる。一方、非難を受けている生徒会側のはずの七草会長の表情は、不思議なことに、子供の成長を見守る母のように優しいものであった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「……非常に残念なことに、ご指摘の通り生徒会には一科生と二科生を差別する規則が、現在の生徒会の制度になった時から残っています。この規則を改定するには、生徒会長改選時に開催される生徒総会においてのみ可能なものです。少々気の早い公約となりますが、差別を解消するため、私は退任時の総会でこの規定の撤廃に尽力することを、生徒会長としての最後の仕事にするつもりです!」

 七草会長の決意のこもった公約に、会場内のあちらこちらで戸惑う一科生や隣り合う生徒同士の囁きが交わされる。

 勢いに乗る同盟の代表者が、同盟の賛同者を更に増やそうという思惑を抱いて、講演台のマイクの前に立つ。

 「三分の一以上の生徒が禁止された差別用語を使用している現状が異常事態であることに鑑(かんが)みれば、風紀委員委や既存の委員会を併せても本件の摘発対応することは明らかに不可能。されど、違反者が大量過ぎるから摘発しないというのも本末転倒である。よって、差別用語使用禁止を徹底させるため、二科生が主体となって摘発・訴追する、新たな委員会の設置又は既存委員会の下部組織として人員配置することを提案する!」

 「現状が異常事態ではないかというご指摘は、私も重く受け止めることだと認識しています。実効性のある新たな委員会の設置や人員配置を求めるご意見は理解できますが、運用次第では一科生と二科生の間に不信感と対立を齎す恐れがあります。新たな委員会の設置や既存の委員会の人員増員ともに、規則の制定や改正を生徒総会で可決する必要がある案件であり、十分な議論を重ねる必要があると考えます」

 「三分の一以上の生徒が禁止された差別用語を使用している異常事態が、極めて社会的に危険であることを、生徒会長をはじめ我が校の生徒及び学校側は理解していない! 三分の一以上の生徒が差別用語を使用し、校則違反が常態化していることが学校の外の人々に知られたら、第一高校生徒は人類社会の基本的なルールも守らない者がいると非難され、延(ひ)いては人類社会のルールを守らないのではないかと疑われ、魔法師の立場を悪化させ兼ねない危険を孕んだいることをよくよく理解して欲しい!」

 「生徒総会で議決するには、在校生の三分の二以上の賛成という高いハードルがある。一般人にはない魔法という力を有する我々は、高い倫理観が人類社会から求められていることを十分認識して、生徒総会において理性的な判断をして頂きたい」

 「さて、生徒会長改選時に開催される生徒総会は約半年も先のこととなり、異常事態を半年も放置することは、大いに問題があると考える。よって、当面の間、学校側が管理している学内監視システムによる差別用語使用違反者の摘発を、生徒会を通じて学校側に求めるべきではないか! 生徒会長及び風紀委員長は生徒側の代表として、懲罰委員会に出席し、違反者の罰則の決定に意見を述べることができるのであるから、学校側に学内監視システムによる摘発の強化を求めることは可能である」

 同盟の代表者の長い"演説"であったが、彼の指摘は会場内のほとんどの生徒に多少なりとも問題認識を植えつけることに成功した。

 「先程の要求について、生徒会として学校側に提案することは可能ですが、学内の監視システムの運用は、プライバシー保護の観点から極めて厳格に使用目的が制限されています。生徒会としては、先程の問題提起を踏まえて、十分議論した上で全校生徒の意見を取りまとめ、学校側へ提案すべきものと考えます」

 会場にいる二科生の多くから、七草会長の回答に落胆し、非難する野次が飛ぶ。そうした中、同盟の代表者として壬生が講演台のマイクの前に立つ。

 「あたしは、三分の一以上の生徒が差別用語を使用する異常事態を招いたのは、学校側の対応にも大いに問題があると糾弾します! 具体的には、学校職員による見て見ぬふりをしている点、更に懲罰委員会による処分が軽すぎるため禁止用語の規則を守らせる抑止効果が働いていないとしか考えられない点です」

 「たかが差別用語を使ったぐらいで厳罰はおかしいと一科生の中には思う人がいるかもしれませんが、言われたあたし達二科生は非常に心を傷めているわ。差別発言は言葉による暴力よ! 暴力行為と同等の量刑に厳罰化すべきだわ! 先の同盟代表の提案と併せて、懲罰委員会において厳罰化の要求を求めます」

 同盟側の舌鋒(ぜっぽう)が冴えたのは、差別用語使用関連までであり、続くクラブ別予算配分、施設の利用や備品の配分など具体性の伴わない質問は、ことごとく七草会長に論破され、七草会長が差別意識の克服を訴える"演説"途中、突然の轟音と振動が講堂を襲った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 魔法師として一流の指導教員が常駐している第一高校ではあったが、校内を守る警備員も一流という訳ではなかった。警備の油断をついたテロリストの奇襲攻撃で門や警備室を破壊され、校内に大型トラックの侵入を許してしまった。

 侵入を果たした大型トラックから、多数の電気工事の作業員のような格好をした男達が手に武器を持ち飛び出し、小型炸裂焼夷弾を本校舎、事務室や実技棟へ向けて次々に発射し、幾つもの爆発が学内の平穏を打ち破る。

 突然の爆発に伴う轟音と振動に、講堂の生徒が騒然としていると、窓ガラスを割ってガス弾が撃ち込まれるが、床に落下する前に、平と融合したリリーがガス弾及びガラスの破片一式を講堂の外へ瞬間移動で排除する。

 今度は講堂の巨人の出入り口のような扉から、防毒マスクを被りアサルトライフルを構えた男三人が闖入(ちんにゅう)するものの、風紀委員長の渡辺が腕を彼らに向け魔法を発動させると、闖入者は一斉に首元を押さえ倒れてしまった。

 リリーの中にいる平(意識)は、司波兄妹が講堂の外へ出て行く後ろ姿を目の端で捉えながら、自らはどう動くべきか考える。

 (テロリストに侵入されたのは、学校側の不手際なんだから、こちらに危険が及ばない限り、学校側の警備に対応を委ねるべきだが……この講堂をガス弾ではなく爆弾で攻撃されたら、実験に協力してもらっているH組の生徒にも被害が出るかもしれない。講堂を狙うテロリストだけは無力化しておくか)

 平(意識)の依頼を受けて、リリーが席から立ち上がると、壇上にいる壬生先輩の姿を見て平(意識)に直感が走る。

 (昨日の夜、壬生先輩達を廃棄工場に呼び寄せたのは、この襲撃を内部から手伝わせるためか……公安や警察とかを警戒しているテロリストなら、全員が廃棄工場に集っている訳がなく、別の拠点に分散して待機している。今回の学校襲撃は別動隊によるものか)

 (リリーの力に目を付けたやつの仲間ならば、一人も逃がす訳にはいかない。とは言え、リリーの瞬間移動や飛行と言った手札を今の段階で大勢に晒すのは不味い……廃棄工場のやり方を応用し、リリーの分身十体による上空からの敵情報をリリー本体の森羅の瞳の人間位置情報と重ね、リリー本体の遠隔マルチ瞬間移動による対人酸素奪取で、隠密裏に一斉無力化を展開した方がいい。リリー、頼む!)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 リリーは再び講堂の椅子に座り直して、透明な妖精姿のリリー(分身)を次々に作り出し、校内のあちらこちらの低空に瞬間移動させる。

 外に送り出した分身からリリー本体と平(意識)に、あちこちの施設から黒い煙が立ち昇っている映像や、武器を持って各施設に向かって散開するテロリストや彼らと応戦する指導教員らなどの映像が届く。

 講堂の上空で監視させている分身の一体が、テロリスト達が侵入に用いたと思われる大型トラックの映像を捉え、平(意識)は先ずはテロリストを逃さないようにとリリーに指示して、遠隔マルチ瞬間移動により全タイヤに大穴を空けて、大きな"置物"に変えてしまう。

 講堂の上空の分身以外の九体には横一列となって、低空から校内の建物外にいるテロリストを漏れなく見つけださせ、その情報を得たリリー本体は、同時多数の敵目標をロックオンして、一斉に対人酸素奪取を行う。

 平(意識)の視界(?)に司波兄妹や上級生らが、テロリスト達に応戦している映像情報が分身より届いた。司波兄妹が圧倒している状況ではあったが、リリー本体はかまわず、敵に対して一斉に対人酸素奪取の無力化ラインを前進させた。不可視の壁が通りすぎたかのように、テロリスト達が突然バタバタと倒れる状況に、応戦していた上級生が戸惑う中、達也は空に目を向けた後、直ぐに深雪を伴い走りだした。

 実技棟付近では、テロリスト達のサブマシンガンによる銃撃やグレネードランチャーによる榴弾(りゅうだん)の攻撃に、指導教員らが魔法で応戦していた。接近するテロリストには、達也のクラスメイトの西条がCADを持たないにも関わらす、刃物を振る相手に果敢に応戦し、殴り倒していた。時間をかければ指導教員や西条でも、相手を制圧できそうではあったが、かまわずリリーは交戦中のテロリスト達の意識を対人酸素奪取で刈り取って行く。応戦していた指導教員や西条は、テロリスト達が突然一斉に倒れ、啞然としていたが、直ぐに気を取り直して敵の拘束に動き出す。

 リリーと分身が、図書館前にいたテロリストまでも同様に無力化したことで、学内の建物外で戦闘をしているテロリストはいなくなった。テロリストが立てこもって応戦している図書館に、司波兄妹やその友人らが突入する姿を低空の分身が捉える。建物の中に侵入しているテロリストを探索して無力化となると、リリーの森羅の瞳に反応した人間を一つ一つ分身に確認させて行くのは面倒、もとい大変な作業になるため、リリーと平(意識)は学校側や有志の生徒に委ねてしまう。

 そして、平(意識)は、テロリストを一人も学内から逃がさないようにするため、リリーに依頼して、分身達に分散して学内の各所を上空から監視することにした。

 上空から後始末の様子をのんびり傍観していた平(意識)は、ようやくやって来た警察を見下ろしながら疑問を漏らす。

 (……そう言えば、昨日の夜に廃棄工場でテロリストを逮捕しているのに、何で警察は事前に第一高校を警護してくれなかったんだろう?)

 警察の対応に、何か恣意的なものを感じ取る平(意識)であった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 テロリストによる第一高校襲撃事件は、学校施設に被害はあったが、被害者が魔法を有していたおかげか、職員や生徒には死者・重傷者はなく、怪我人が出た程度であったのは不幸中の幸いであった。

 マスコミは、テロリストによる第一高校への襲撃を未然に防げなかった公安や警察の対応を非難するとともに、最高レベルの魔法科高校と目される第一高校が、簡単にテロリストの侵入並びに施設への被害を許した、学校側の警備態勢の不備も非難する。

 なお、廃棄工場で逮捕されたテロリストのリーダーの供述から、第一高校の生徒数十人が洗脳被害にあったことが判明し、被害生徒が入院する事態になったが、それは一切ニュースになることはなかった。

 


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