魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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 始めての魔法実技授業の課題取組で得られたH組生徒達のデータを基に、平とリリーは試作コーチングシステムの不具合(バグ)を修正する。併せて、洋二以外にもH組の生徒の多くで課題であった照準補正アシスト機能も加えておいた。魔法実技の成績を決める最大の評価ポイントは魔法発動速度であるので、当分はこれで大丈夫と平は割り切り、演算規模や干渉強度に関する機能は追々と考えることにした。

 ここまでは、問題なく順調に進んだのであるが、平のサイオンで形成されたリリーの分身精霊を保存する先が、石鉄隕石という重い物質であることが問題を招いてしまう。H組の生徒をコーチングする分身精霊に、一連の魔法発動過程を観測するシステムの要となる森羅の瞳の力をそのまま搭載するには、大量のサイオン量を要し、その保存には拳半分の大きさの隕石が必要で、携帯性に難があるものになってしまった。

 携帯性の問題解決には、ブラックIT企業戦士であった元の俺の知識が役立った。リリー本体と分身精霊の間にあるイデア(情報次元)を介したラインを利用して、分身精霊(クライアント)がリリー本体(サーバ)から森羅の瞳の力を呼び出す仕組みにすることで、応急的に解決する。しかし、分身精霊の数が将来大幅に増えた場合、スター型イデアネットワークでは同時集中呼び出しによる障害の恐れ(魔法発動はミリ秒の遅れでも問題)があるので、携帯できる大きさの隕石に分身精霊を宿らせられるように、森羅の瞳の力を必要最小限に絞り込んだ簡易版を開発する必要がある。

 将来根本的な解決が必須とは言え、このイデアネットワークを用いることで、分身精霊の必要サイオン量が大幅に軽減され、結果的に保存先の隕石も大幅に小さくなって携帯性を実現できるようになった。更に、イデアネットワークを活用することで、分身精霊を介してH組生徒達の実験データ回収やシステムの個別調整並びにアップデートなどが効率的に行えるので、平としては喜ばしいことであった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「ミニか否か……それが問題だ」

 両手を顔の前で組んだ平は、大いに頭を悩ませていた。それは、コーチングシステムを搭載する新しい分身精霊の姿──ではなく、分身精霊のスカート丈であった。

 今日のドレスコード──2030年前後から始まった地球寒冷化が深刻化した時代の名残である素肌を露出しない服装マナーは、ミニスカが街で当たり前な時代にいた元の俺の幸せ(目の保養)を奪うものであった。この時代に蘇った俺は、街を歩いてもミニスカ人口の少なさに大いに嘆き、そして、ミニスカ制服でない女子高生は女子高生でないと断言していた元同人作家として、学校(第一高)の女子制服がミニスカでないことに何度枕を涙で濡らしたことか……。(つд;)

 素肌を露出しない服装マナーに則っている学校において、H組生徒達の魔法発動をコーチングする分身精霊に、俺の嗜好である絶対領域が眩しいミニスカウェイトレス服を採用すべきか、学校の服装マナーに則ったロングスカートなメイド服を採用すべきか……。

 翌日、俺はH組のクラスメイトに、愛らしさ抜群の猫耳尻尾な黒髪美少女(イメージ原形:俺、作製:リリー)の分身精霊(ケット・シー)に、ミニスカウェイトレス服を着せた姿で披露したものの、賛同の同士(男子生徒)はことごとく倒れた結果、ヴィクトリアンメイド服に決定されてしまった。

 「決して、H組女子の冷たい視線と口撃に負けた訳じゃ、ないんだからね! ホントなんだからね!」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 新入部員勧誘週間が終了した四月十五日(金)の昼休み、平が昼食を終えて教室に戻ると、端末に廿楽(つづら)という人から呼び出しメールが届いていた。二年B組の指導教員からの呼び出し理由に見当がつかない平であったが、呼び出しを受けてしまった以上、大人しく魔法幾何学準備室へ向かうことにした。

 魔法幾何学準備室には、入試の実技試験で監督官と揉めたときに助けてくれた人がデスクの向こう側に座っていた。

 「君の契約精霊が持つ瞬間移動を研究するから、毎放課後ここへ来てもらえませんか」

 廿楽の開口一番の言葉に平は困惑する。恩はあるが、廿楽の話は平には了承できるものではなかった。

 「お断りします。自分達の切り札の詳細を知られたくありません」

 既に入学式後の試合で、瞬間移動や飛行といったリリーのスキルを一部の者に見せてはいるが、平としてはリリーのスキルの限界や欠点が推測されるようなことをするつもりはなかった。

 「魔法では不可能と言われている人間の瞬間移動を定式化(魔法師の誰にでも使える様に)することは、現代魔法に革新を齎(もたら)す意義深いものなのです。研究で得られた情報の秘匿は徹底し、研究成果公表情報も厳格に制限することを約束しますから、再考してもらえませんか」

 「リリーの瞬間移動は、固有のスキルであり定式化できると思えませんが?」

 「固有スキルでしか実現されていなかった飛行魔法さえも、先日定式化されたところですし、瞬間移動も研究を重ねれば不可能ではないと思います」

 「無理だと思いますよ。現行の魔法はサイオンの魔法式による事象改変を基礎とした技術体系ですが、リリーの瞬間移動はサイオンを伴わない特殊なものですから」

 「……サイオンが伴わないのですか? (受験の)実技試験において、キルリアン・フィルター(サイオンの濃度と活性度を可視化するためのフィルター)付のカメラでサイオンは確認されていましたが?」

 「俺には魔法の才能はありませんが、サイオンの保有量は豊富らしく、それを計測器に流しただけです。魔法発動したのはリリーであり、彼女曰く、ダイレクトにイデア(情報次元)のエイドスに干渉して事象改変しているんだそうです」

 「……それは凄い! 現代魔法は別次元の魔法へパラダイムシフトできます! 詳しいことを説明して下さい! 午後の授業に出なくても良い「ま、待って下さい!!」」

 研究を諦めてくれるかと思っていたのに、益々やる気になってしまった廿楽を平は慌てて制止する。

 「初めに断った様に、研究に協力する気はありません。俺達にメリットがありませんから」

 「二科生は指導教員の指導は受けられませんが、私の研究の一環として指導することは可能ですから、瞬間移動の能力を伸ばすことができます。能力が伸びて戦略級の魔法になれば十師族の一員に認められる可能性もありますし、それが無理でも百家の地位ぐらいは得られる可能性はあり、十分メリットがあると思いますが」

 「メリットだけじゃなく、拉致や干渉など様々なデメリットも押し寄せて来ますよね」

 「そう言ったデメリットから身を守るためにも、研究に協力して瞬間移動の能力を伸ばし、国や名家の保護を受けるべきだと思います。入学式後の模擬戦で瞬間移動を使ったことは、既に学内の指導教員の何人かには知られていますから、噂が広まるのは時間の問題ですよ」

 廿楽の指摘は、平に色々と考えさせるものであった。

 (……う~ん、先日の襲撃程度なら問題ないが、組織的かつ継続的に襲われるようになったらはなはだ厄介だ。とは言え、保護という名目で飼われて磨り潰されるなんて真っ平御免だし)

 (……瞬間移動を使えるのが俺達だけだというのが狙われる原因ならば、他にも使える人がいるようにすればリスクを分散することができる。他の魔法師でも距離制限した瞬間移動が使えるように、分身精霊へ機能をもたせてみるか……)

 平は脳内会話でリリーと色々と相談し、廿楽に対してある提案を口にする。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 「綿貫君、はじめまして。二年E組の壬生紗耶香です」

 週が明けた四月十八日(月)の放課後、妖精姿のリリーと一緒に教室を出ようとした平は、セミロングの髪をポニーテールにした美少女に呼び止められた。名乗った上級生をみて平は驚く。

 (……嫌がらせの張り紙をリリーがサイコメトリーした時にみえた実行犯!? でも何か違和感が……)

 平は、壬生の正面、横に移動したりして、なめるような視線で違和感の原因を探る。

 (……う~ん、ポニーテール萌えならイチコロな美少女だなぁ。これで水蜜桃胸(乳)なEだったら……ああ、そうか。制服に一科生のマークがないんだ……一科生の振りをしてまで嫌がらせし、更に素知らぬ顔して俺に接触してくるなんて……この人の狙いはいったいなんだろう?)

 「今から、つき合ってもらえないかな?」

 自分を観察する平の視線に戸惑いながら、壬生は平に話しかける。

 「(乳が)好みから外れているんで……交際は無理です。ごめんなさい」

 「え?! ……ち、違うから! そんなんじゃないのっ!」

 頭を下げる平に、耳まで赤くなった壬生が慌て否定する。

 平は、軽いジャブのつもりでボケてみたが、彼女の反応の余りの初々しさに、嫌がらせ実行犯なのか自信が揺らいでしまう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 H組の野次馬達の耳目から逃れるために、壬生は平を別の場所へ連れ出す。壬生の後を付いて行く間、平は彼女が歩く度に左右に揺れるポニーテールの尻尾鑑賞に励み、一方、妖精姿のリリーはラブ&タッチ作戦を展開し壬生と戯れながら"ご馳走"吸収に勤しんだ。

 第一高校の主校舎の屋上に出ると、そこはちょっとした空中庭園になっており、瀟洒なベンチも置かれ、昼食時には友人同士やカップルがたむろしそうな場所であったが、流石に放課後ということもあって、ほとんど人はいなかった。

 「綿貫君。入学式に新入生や二年の風紀委員の一科生から、差別を受けて大変でしたね」

 「ええ、まあ。名門校と言われているこの学校に、差別発言を堂々と口にする馬鹿がいるとは、思いませんでした」

 「残念だけど、この学校では良くあることなの。使用を禁止する校則はあるけど、風紀委員も学校側も見て見ぬ振りをしているわ」

 「三分の一以上の生徒が使用していると聞いて、呆れ返りましたよ」

 「綿貫君は、二科生に対する厭味や差別に憤りを感じませんか?」

 「ええ、ワザと聞こえよがしに蔑まれ嘲笑されたりと、頭に来る事が一杯あります」

 (仕掛けてみるか。リリー、森羅の瞳の力で彼女の反応を精密観測していてくれ)

 「一番ショックだったのは、教室に俺個人を標的にして、不正入学だという嫌がらせの張り紙をされたことです」

 「え! そんな酷いことを誰が?」

 「この学校の女子生徒です。たまたま、横顔を目撃した友人が居たので、今犯人探しを協力してもらっているところです。友人曰く、犯人の特徴は先輩と同じようなポニーテールをしていたそうです」

 「?! あ、あたしは、そんな卑劣なこと絶対にしていないわ!」

 感情を高ぶらせた壬生が、真剣な表情で否定する。

 (……嘘の反応はないが、記憶呼び出しに拒否反応があるの。ふむ、エイドス変更履歴を調べたが、邪眼の魔法で記憶改竄されておるぞえ)

 「落ち着いて下さい、壬生先輩! 髪形なんて簡単に変えることができますから、壬生先輩が(真)犯人だと思っていません!」

 「……本当?」

 「ええ。俺の交際ゴメンナサイの冗談に、顔を真っ赤にする程純情な壬生先輩が、あんな嫌がらせをする(真)犯人の訳ないじゃないですか」

 「う……どうせあたしは子供っぽいです!」

 思いっきりすねた壬生が、ブイっと顔を逸らす。平はそんな壬生を微笑ましそうに眺めながら、頭の片隅で別のことを考えていた。

 (はぁ~。生徒の記憶を改竄までして、俺達にちょっかいをかけてくるやつがいるとは……学校だからと言って安心できないとは困ったもんだ。犯人探しを悠長に後回しにせず、さっさと真犯人に落し前をつけさせるか)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 すねるポニーテール美少女の生鑑賞で萌えポイントを貯めた平は、お遊びモードを切り上げ、本題に入ることにする。

 「ところで、壬生先輩。そろそろ、俺に対する本当の用事を言ってもらえませんか?」

 すると、壬生が姿勢をただし、真摯な口調で平に話しかけてきた。

 「……あたしは学校側へ二科生に対する待遇改善を要求したいの。二年の中でも有数な風紀委員を、模擬戦で倒す実力のある綿貫君にも協力してもらえないかな」

 (九重師匠から関わるなと忠告された差別撤廃の関係者か?)

 「協力って、具体的には?」

 「実技授業で差別されている、あたし達二科生のために、他の人の魔法発動速度を向上させることができる、綿貫君の力を貸して欲しいの!」

 (H組の皆には口止めしてあるのに、どこから漏れたんだ?)

 「……返事をする前に、どうしてそんなことができると考えたのか、根拠をお教えて下さい」

 「色々な方法で調べたの。綿貫君のクラスの実技授業において、課題未達成による居残りが誰もいないことに疑問を感じたのが切っ掛けよ。二科生の中でも実技成績が低い生徒が集められているはずのH組で、居残りが誰もいないなんて、あたしが一年の時の経験から考えてもありえないことだわ」

 (あちゃ──っ! そんな所からバレちゃったか。七月にある定期試験まで秘密にしようと思っていたのに……)

 「計測器の不正操作は無理だし、二科生には指導教員が付かないのだから、H組の誰かが他の生徒の課題達成に協力しているのではと考えたわ。指導教員並に教えることができるとなれば、相当な実力者でしか無理よ──そう、綿貫君のような」

 「……その推理では、俺だと断定するには証拠不十分ですね」

 「ええ、だから確認の意味も込めて、他の人の魔法発動速度を向上させる力を貸して欲しいとお願いしたの……」

 「……」

 (どうするか? すっとぼけてもいいが、この際、俺達にちょっかいをかけてくる相手の情報収集はしておくべきか)

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平は、壬生からのお願いについて、条件付きで他の二科生へ力を貸すことを承諾する。

 「……リリーの分身精霊を利用したコーチングシステムは、主に魔法演算領域の演算アルゴリズムを効率化させる特性上、演算アリゴリズムの固定化度合いが魔法発動速度のレベルアップの程度を左右すると考えてください。端的に言えば、このシステムによる魔法発動速度のレベルアップ効果は、初心者は高くかつ即応的であるのに対して、実技訓練を重ねた経験者は時間がかかる上に思った程に伸びない可能性があるということです」

 「未だ試作段階のシステムであり、個人別調整に問題を抱えていて、H組の生徒を対象に実験しながら改良している所なんで、他の二科生の方には個人別調整が不要で、システムが安定するまで待って下さい」

 平の説明に表情を曇らせた壬生は、縋るような目で平に話しかける。

 「そういうことなら、上級生の二科生にも積極的に協力してもらった方が良いわ。あたしも協力するから、今ある試作品でかまわないので是非使わせてもらいたいの」

 「先程も言いましたが、個別調整に手間がかかり、H組の二十四人で現状手一杯なんで、実験協力者を増やす気はありません」

 「そんなことを言わないで! 指導教員の助言を得られる一科生とそれがない二科生とでは、二年生になった時点で実力に大きな開きがある上に、日々その差は拡大しているの。あたしは二年生・三年生の他の二科生にも、実力差を縮められるという希望を与えたい。だからお願い! あたしだけでも今すぐその試作品を使わせて下さい。あたしができることなら何でもするから!」

 必死な壬生は、ポニーテールが前に垂れんばかりの勢いで、下級生に対して深々と頭を下げる。

 (嫌がらせ真犯人の目的は不明だが、彼女の背後の黒幕はコーチングシステムにご執心なようだな)

 「……そこまで覚悟があるのでしたら、壬生先輩に限り試作品をお貸ししましょう」

 「感謝する!」

 パッと頭を上げた壬生の顔は、喜びに溢れていた。

 「何でもするという約束は忘れないで下さいよ(リアル夏コミで壬生先輩には、嬉し恥ずかしい美少女レイヤーになってもらいますから。グフフフフ……)」

 思いっ切り腹黒い顔をする平に、壬生は一瞬悪寒に身体を震わせた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 儀式っぽくなるようにと平はリリーと融合し─その様子を間近で見ることになった壬生は大いに驚く──、選手交代したリリーに分身精霊との誓約説明を委ねことにした。融合したリリーが、小さなネクタイピンのようなもの(==◇=)を左手のひらに乗せて、壬生に差し出す。

 「……これがそうなの?」

 それは、一辺一cmの◇が真紅の石で、台の方はまだら模様の石鉄隕石を極薄に加工したものであった。そして、真紅の◇の直ぐ後ろには、小人サイズの分身精霊(ケット・シー)が、目を閉じたまま立っていた。

 「そうじゃ。妾の分身精霊とその宿り器じゃ。妾達はレベルアッパーと呼んでおるぞえ」

 「これを汝に貸与するに当たり、汝は妾の分身精霊と誓約せよ。一つ、汝は常に妾の分身精霊を宿す器を身につけ、サイオンとプシオンなる対価を差し出すならば、妾の分身精霊は汝の魔法を導くなり。二つ、汝はレベルアッパーの実験に協力し、その情報全てに守秘義務を負うものなり。三つ、汝は妾の分身精霊と宿り器を汝以外に委ねることを禁ずる」

 「以上に反した場合、汝に貸し与えしレベルアッパーは失われること忘れることなかれ……汝が誓約に同意するならば、妾の分身精霊に手で触れ、宿り器を取るが良い」

 壬生は、恐る恐る右手を伸ばし、リリーの左手の平に乗る分身精霊の頭に軽く触れると、分身精霊はゆっくりと両目を開き、壬生を見上げてニコッと微笑んだ後、真紅の◇の中にその姿をゆっくりと沈め消える。分身精霊が宿ったネクタイピンのようなものを、壬生は右手の指先でつまみ上げ、不思議そうに観察する。

 「宿り器は、ネクタイピン又はヘアーピンにもなるようなっておる故、そのまま身につけるが良かろう」

 リリーの言葉受けて、壬生は手に持った宿り器を制服のネクタイピンとして身につける。

 その後、リリーとの融合を解いた平が、レベルアッパーの使い方や注意事項を壬生に説明し、最後に予定を補足する。

 「……実技授業が終わったら、当日又は翌日の昼休みの終わり頃に俺の所に来て下さい。実験データの回収と個別調整をさせてもらいますから」

 「ああ」と答え頷いた壬生は、これで魔法発動速度が向上するか直ぐに試してみたいと言って、早足で屋上を去って行った。

 「……これで、壬生先輩が黒幕関係者と接触すれば、分身精霊を通じてリリー本体から情報が得られるな……」

 壬生の背中を冷たい視線で見つめていた平は小さく呟いた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 四月十九日(火)の昼休みの終わり頃、早速、壬生がH組の平の所にやって来た。レベルアッパーの効果に、壬生は少々興奮気味な程に喜んでおり、平と妖精姿のリリーに対して何度も感謝の言葉を口にした。平はそんな壬生を落ち着かせ、リリーと融合して壬生の宿り器から実験データを回収及び個別調整をする振り(イデアネットワークで既にデータ回収や個別調整済み故)をする。

 回収した壬生のデータから、魔法発動速度を二~三割程短縮する効果があったことが判明した。壬生がE組(実力的に一科生一歩手前)ということも要因としてあるのだろうが、一年間魔法実技訓練を重ねると、平の予想以上に演算アルゴリズムの固定化が進むことが分かった。

 壬生がH組の教室を去った後で、リリーの復原の力で固定化した演算アルゴリズムを部分的にリセットする方法も検討すべきかと、平がしばし考え込んでいると、クラスメイトの一人が平に声をかけてきた。他のクラスの友人にもレベルアッパーを貸してやってくれないかとお願いされたが、平は宿り器の予備はもうないと言って断った。リリーの復原の力を使えば、幾つでも宿り器を作ることはできるが、平の作戦として、他の二科生にレベルアッパーの成果お披露目を効果的に演出するために、七月上旬の一学期定期試験までは秘密にしておくつもりなのだ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 四月二十日(水)の昼休みにも、壬生がH組の平の所にやって来た。昨日と同じように、実験データ回収と個別調整(の振り)を終えた後、壬生が申し訳なさそうな顔をして、会ってもらいたい人がいるので放課後、一緒に来てもらえないかと頼まれた。

 平は、壬生に付けた分身精霊から事前に情報を得ており、待ち人と用件も既に分かっていた。壬生が分身精霊との誓約を破ってレベルアッパーを失いたくないという強い思いから、世話になっている剣道部の司主将の質問にも魔法発動速度向上の件は口を閉ざしたため、平達を部室に連れて来るよう司に言いつけられたのであった。

 平としては九重師匠から関わらないようにと忠告を受けている差別撤廃関係者と疑わしい巣窟の剣道部に近寄るつもりはなかったので、壬生から何度も頼まれても拒否を貫いた。

 諦めて帰った壬生は司に状況を報告すると、今度は彼が休み時間に、平のもとを訪ね、直々に魔法発動速度向上の件を訊ねると言い出した。そのことを壬生に付けた分身精霊から情報を得た平は、休み時間になると直ぐにH組の教室から姿を消し、司との接触を避け、伝言も無視した。結局、その日は放課後に至るまで司は平と会うことはできず、彼に避けられていることを理解した司は別の方法をとることにした。

 放課後、剣道部の部室に集められた壬生達は、司から学校の放送室を占拠してアジ放送を行うことを"説得"される。壬生の分身精霊から、その計画を知った平ではあったが、破壊行動でないことから放置することにした。

 彼らが解散した後、司は一人街外れの丘陵地に立つ廃工場に向かった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 四月二十一日(木)の放課後、学内の差別撤廃を目指す有志同盟が、放送室を占拠してアジ放送を行う。学校側がどういう対応をとるか、お手並み拝見を決め込んでいた平であったが、風紀委員らの手によって、あっけなく制圧されてしまった。

 平は分身精霊作り中にお遊びで試作したゴキブリ型分身精霊を生徒会室へ瞬間移動で潜入させる。情報収集の結果、鍵の盗用や放送施設の無断使用した壬生ら五人の生徒に対する措置は、学校側は生徒会に委ねることが分かった。事なかれ主義というか、学校側の主体性を放棄した対応に、平は肩透かしを食った。

 一方、壬生ら差別撤廃を掲げる生徒達と生徒会による公開討論会を、急遽明日の放課後に開催することを七草会長が学校側に認めさせたことに、学内のことについては生徒会長に大きな権限があること平は知る。しかし、権限を与えられているということは、当然生徒会長の責任も重くなる。平が今回の放送室占拠の事前情報を放置したことで、七草会長が苦労することになったことに、彼は少々反省することにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 放送室占拠事件があった翌日、壬生らの要求を受けて公開討論会が開催されることが生徒会から発表され、準備で忙しい壬生は昼休みにH組へ顔を出すことはなかった。代わりに、忙しくてH組には来ないだろうと平が思い込んでいた、学内の差別撤廃を目指す有志同盟の者と名乗る上級生が、賛同者の勧誘にやってきた。

 剣道部主将の司と名乗った上級生は、角張った小さめの眼鏡をかけ、紳士的な態度で、最初に平へ話しかけてきた。放送室占拠・アジ放送の計画を立てるも、他者に実行を任せて自らは裏に隠れる司に嫌悪感を抱く平は、木で鼻を括った対応に終始した。司がそれとなく、魔法発動速度向上の件を訊ねるも、平はすっとぼけた。平が全く話をきいてくれないと判断した司は、他のH組の生徒にも声をかけるが、平の司に対する言動を見ていたクラスメイト達は、レベルアッパーを借りていることもあって、誰も司の勧誘に靡くことはなかった。

 放課後、帰宅する平が校舎内を歩いていると、廊下のあちらこちらで、青と赤で縁取られた白いリストバンドを右手首に着けた生徒が、賛同者を募る活動の姿が見受けられた。そんな彼らを見て、平は明日の公開討論会の論戦に期待を抱く。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平が校門を出ると、待ち伏せていた壬生に後ろから声をかけられた。

 分身精霊情報で壬生の行動と用件を知っていた平は、彼女の誘いに乗り、通学路を離れ路地の奥へ足を進めた。

 平は壬生に連れられて、さびれた感じの喫茶店に入ると、客は誰もおらず、店員一人がカウンター内にいるだけであった。

 壬生と平は、店員に話を聞かれたくなかったので、カウンター席ではなく一番奥のテーブル席を選んで腰を下ろし、各々が店員に注文する。

 余り待つことなく、店員が飲み物をテーブルに運んできた。平は香り立つ紅茶のカップを持ち上げ口に含む。

 (……主よ、睡眠成分が盛られておった故、無効化しておいたぞえ)

 (睡眠薬となる拉致が目的か……どうやら、馬鹿な学生の行動ではなく、プロが黒幕とは……九重師匠が関わるなと忠告するはずだ)

 ジュースを飲み、舌が滑らかになった壬生は、学内の魔法による差別撤廃や平等な待遇改善への協力を熱心に訴え続けるが、平は片手を上げて話をストップさせる。

 「壬生先輩! どうも俺の立ち位置を誤解しているようですね。俺は魔法科高校の生徒ですが、俺自身は全く魔法をつかえない一般人です」

 『え!?』という顔をする壬生。

 「俺は、たまたま契約したリリーに、魔法行使をお願いしているだけの精霊使いに過ぎません。そして、俺の魔法師に対する認識の奥底には、魔法によるいじめを受けた時の恐怖が存在しています。俺だけでなく他の一般大衆も、魔法という訳も分からない力を持つ魔法師に畏怖し、自分達に暴力の牙を向けるのではないかと疑念を抱いていますよ」

 平の言葉に愕然とした壬生であったが、強く反発する。

 「(魔法師は)そんなことはしないわ! あたし達は社会に認められている存在よ!」

 「自分達にない力を持つ魔法師を、一般大衆が心の底から信用すると思っているのですか? 有用だから用いているだけで、信用されている訳ではありません。そんなことも分からない夢見勝ちなことでは、骨の髄まで利用し尽くされて捨てられますよ」

 「話を戻しますが、壬生先輩が先程から仰る、学内の魔法による差別撤廃や平等な待遇改善の要求は、一般人の俺には全く関心のない事柄です。そもそも、誰も不満のない平等な扱いなんて、ありえない幻想です」

 「それよりも、魔法が使えることで選民思想に被れた馬鹿が増え、一般大衆の畏怖を肥大させ、中世の魔女狩りの如く魔法師排斥の嵐が吹き荒れることを心配された方が良いですよ」

 「そ、そんなことはありえいわ!」

 「そうですかね? 反魔法主義者が、管理の目が届いていないフリーの魔法師を拉致洗脳して、一般大衆を巻き込む無差別テロを繰り返させ、併せてマスコミに魔法師の危険性や恵まれた経済的地位を妬まれるように扇動すれば、一般大衆は簡単に魔法師排斥へ傾くと思いますよ。人間の異質なものを排除するという性(さが)は本能なんですから」

 「そんなこと、警察も軍も許すはずはないわ!」

 「何年もかけて、フリーの魔法師数百人を拉致洗脳して準備されてしまったら、警察も軍も防戦一方でテロを防ぐのは難しいでしょう。三年前に沖縄海戦が起きましたが、この国は大亜細亜連合と講和条約も休戦協定も結んではいない、未だ戦争中なのをお忘れですか? この国の力を削ぎたい他国なら、その手の勢力を密かに育てることなんて十分ありえますよ」

 顔色を青くする壬生。

 「俺としては、学校生活を選民思想馬鹿に不快にされたくないし、平穏を乱す未来が来て欲しくはありません。選民思想馬鹿が社会に放たないように、魔法力優先で人格教育の欠落した状況を学校側に改めて欲しいですが、社会的に批判されるようにならない限り、それは無理でしょう」

 「学校側に期待できないから、俺はレベルアッパーで二科生の能力を上げ、下克上で一科生を二科生へ叩き落として選民思想を粉砕し、併せて学校側の魔法指導能力に問題があることを示そうと思っています」

 「明日の公開討論会程度で待遇改善が認められると思いますか? 仮に生徒会長が待遇改善を約束しても、生徒会長が変われば守られる保証はないでしょ。それよりも、レベルアッパーで一科生に下克上する方が、遥に確実な方法とは思いませんか、壬生先輩?」

 壬生の精神を不安へ誘導してきた平は、彼女が縋りたくなる方法を提示してみせる。悩み逡巡(しゅんじゅん)する壬生の姿を眺める平のお尻には、先が楔形の黒い尻尾が揺れていた。

 


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