魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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10 新入部員勧誘週間始まる

 新入部員勧誘週間初日の放課後、平はA組の柄口と約束した勝負をするため、コンバット・シューティング部の新入部員勧誘が行われている閉鎖戦闘練習所へ足を運んだ。平に付き合う形で洋二と忠章、更に野次馬(吾妻姉妹)とおまけ(雛見)も一緒であった。

 廃材オブジェクトの山の手前に用意された、コンバット・シューティング部による新入部員勧誘会場には既に何人もの一科生が集い、体験早撃ち競技──廃材の影に隠れランダムに姿を現す的をいかに早く精確に魔法(圧縮空気弾)で撃ってスコアを競うもの──に挑戦していた。二科生の制服を着た平が体験入部の申し込みをしようとすると、一科生の上級生の部員が迷惑そうな顔をしながら受け付けをする。

 既に正式入部の手続きを終え、平の到着を待っていた柄口が自信たっぷりな態度で、平に対して体験早撃ち競技による勝負を告げてきた。柄口の自信の源(みなもと)が何なのか少々気になった平であったが直ぐに判明した。それは、体験早撃ち競技の順番待ち行列の脇に設置された仮想スクリーンに、スコア上位者一覧のトップに柄口の名前が表示されていたからであった。

 平が順番待ち行列に並んでいる間、二科生の制服に気がついた周りの者たちは平に対して、蔑みの視線を向けたり、嘲(あざけ)りの言葉を囁く。

 そんなやつらと柄口が見守る中、体験早撃ち競技の順番が来た平がリリーと融合すると、男が女に一瞬で変化する光景に彼らは呆然とし、間抜け顔をさらす。

 開始の合図とともに、リリーはマルチ分割思考の並列照準射撃管制による圧縮空気弾のパラレル・キャスト(複数の魔法を全く同時に発動する技術)を展開し、撃ち漏らしや味方誤射することなく的当てを全てクリアーしてみせた。その結果に、上級生の部員らは色めき立ち、逆に柄口や他の入部希望の一科生達は愕然(がくぜん)となる。

 リリーとの融合を解いた平が、仮想スクリーンに表示されたスコアを一瞥し、どや顔をしながら柄口に歩み寄ると、口を真一文字にして悔しそうな顔をしていた柄口が、突然勝負に異議を主張する。

 「僕はお前の勝ちとは認めないぞ! 対戦形式でない、単なる的当てなんか、本当の実力とは言えない!」

 「柄口、互いに了解した競技で勝負はついたのに、今更言い訳か?」

 「言い訳なんかじゃない! そもそも魔法の実力がどちらが上かを明らかにするための勝負だ。こんな見せ物のような的当てなんかじゃ、僕の本当の実力が発揮できなかったと言っているんだ。対戦形式なら、僕の方が絶対に実力は上なんだ!」

 だだっ子のように少々興奮気味な柄口が、平に唾を飛ばさんばかりな勢いで言い立てる。

 「……あ~、分かった、分かった。的当ては勝負じゃなく、準備運動でいい。対戦形式で勝負をしてやるから、さっさと部の人に話を付けてくれ」

 負けを認めない柄口に呆れた平は、相手を完全にギャフンと言わせるため再度の勝負を受けることにした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 体験早撃ち競技でパーフェクトなスコアを叩き出した二科生と、二位の一科生の新入生同士による対戦の申し出に、興味を掻き立てられた部長は対戦形式の試合を認めることにした。

 廃材の太い角柱が不規則に積み上げられた障害物エリアの両端から、ヘルメットと上半身を覆うプロテクター(表面に相手の攻撃の命中判定を下すセンサーが埋め込まれている)に身を包んだ二人が、開始合図を受けて障害物エリア内に足を踏み入れる。それを閉鎖戦闘練習所の天井に設置された複数のカメラが捉え、その映像を上級生の部員や入部希望の新入生、そしてH組の平の付き添いらが固唾を飲んで見守っていた。

 リリーは、身につけさせられたヘルメットとプロテクターが少々うざったく、障害物をぬって移動する気になれなかったので、エリアに足を踏み入れたその場に立ち止まり、森羅の瞳の力で柄口の位置を観測する。ほぼ最短コースで接近してくる柄口の位置を捉えたリリーは、アウトレンジから攻撃することにした。

 リリーは、器用に障害を避けて進む柄口を上空から囲うように、八個もの仮想収束・移動複合魔法の魔法式を顕現させて、ドライアイス弾の包囲攻撃で一気に勝負を付けに出た。突然上空からの包囲攻撃に、柄口は障壁魔法を頭上に展開させるも、降り続くドライアイス弾の群が彼の対物障壁を突破するのに時間は掛からなかった。

 柄口は、始まって一分もしなうちに命中判定を下されてしまった事実を、自ら受け入れることができず、膝をついた姿で呆然としていた。一方、映像を観戦していた上級生の部員達は口々に「凄い新人だぞ」と盛り上がり、H組の野次馬姉妹は周囲の新入生の一科生を煽る言動をして彼らから睨まれていた。

 対戦を終えたリリーと柄口が障害物エリアから出て、防具を返却するために受け付けに戻ると、審判を務めた部長からなぜ相手(柄口)の位置が分かったのか、リリーとの融合を解いた平に質問を投げかけて来た。森羅の瞳の力のことを明かせないので、平は小さなリリーの分身を相手上空に送り監視させたと嘘の説明すると、柄口はそんな方法を使うのは卑怯な行為であり試合は無効だと喚き出した。負けたこと一向に認めようとしない柄口の態度に、怒った平は瞬時にリリーと融合して、廃材の障害物エリア全てをカバーする百近い魔法式を顕現させて、ドライアイス弾の一斉絨毯爆撃をデモンストレーションしてみせる。流石にリリーの実力の程を見せ付けられた柄口は、「もう一度対戦するかえ?」という、壮絶な笑顔のリリーの問いに、青白い顔で負けを認めた。

 その後、体験入部の受け付けの時とはコロッと態度を変え、コンバット・シューティング部の面々がリリーにしっこく入部を勧誘してきたので、閉口したリリーは融合を解いて平に対処を押しつける。押しつけられた平は、取り囲む部員達を相手にするのは無駄と思い、さっさと人の間を強引に押し退けて閉鎖戦闘練習所を出て行った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 A組の柄口に勝って鬱憤を晴らせた平は、下校時間がいつもより遅くなったので、リリーと融合してこっそり校内から瞬間移動で帰宅する。

 自宅の玄関へ瞬間移動すると同時にリリーとの融合を解いた平は、玄関や廊下が薄暗いままであることに訝しむ。人を感知したら照明を自動でつけてくれるHARに、何かトラブルが発生したのかと平は思いながら靴を脱ぐ。平の片足が玄関マットに触れた瞬間、強烈な電気ショックが襲いかかり、平の身体は反り返り、フローリングの床に崩れ落ちた。

 薄暗い廊下の奥から、二人の男が姿を現す。

 「精霊を封じている術具を取り上げろ!」

 床に倒れた平に対して、いつでも魔法を発動できるように携帯型CADを構えている男からの指示を受け、相棒の男が用心深く倒れている平に接近して、手慣れた動作で平の制服や身体を検める。しかし、目的である術具らしきものを発見できず、男は指示を出した相棒へ首を振る仕種で合図した後、平の両手両足を手錠で拘束する。

 一方、床に倒れている平は、リリーによって侵入者のトラップをある程度無効化することで意識のある状態を確保してもらい、侵入者の目的を探るため、身体は気絶した状態を維持していた。

 「おい! 殺していないだろうな?」

 廊下の奥から遅れて現れた少年が、男達の後ろから声をかける。

 「気絶しているだけです」

 「ならいい。恨みを晴らす前に、楽に死なせる訳にはいかないからな……予定通りそいつを地下室へ運び込め」

 少年は偉そうな態度で命令を下すと、携帯型CADを構えていた男が、CADを操作して、床に倒れた平の身体を浮かび上げ、地下室へ運ぶ。

 (……不良息子の発言からすると、俺に恨みを晴らすため殺しに来ただけじゃなさそうだ。示談以降何も動きがなかったから油断し過ぎていたか……)

 平(意識)は自らの失態に苦笑いする。

 (侵入者を許していると言うことは、セキュリティを担うHARは無効化済みなんだろう……リリーの復原の力でこっそりHARのセキュリティを再稼働させて、警察に来てもらう方法もあるが、それでは不良息子の家の力でまた釈放されるのが落ちだ。ならば、二度とこちらに手を出さないように、関わった者たちを"処分"するしかないな)

 平(意識)が対処方針を検討している間に、侵入者らは気絶状態の平の身体を使って、地下室の入り口のドアのセキュリティ──手のひら静脈とサイオン波による認証鍵を解除してしまう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平の父親が収集した隕石コレクションが収められた地下室は、大規模な地震にも耐えられるように頑丈な設計で作られており、出入り口ドアを閉めればほぼ完全な防音室になる部屋であった。その部屋の中央で、平は手足を手錠で拘束され、身体は椅子にくくり付けられていた。

 ビシッ!!

 頬の痛みで平が目を覚ました振りをすると、狐のように目尻をつり上げた不良息子が、平の顔を覗き込んでいた。

 「おい、目を覚ませ!」

 「……なんでおまえが……」

 「なんでだと? 決まっている。お前のせいで親父に勘当された上に、俺の魔法師の未来を奪いやがった落し前を付けるためだ!」

 「……勘当は自業自得だろ、グハッ!」

 不良息子は、手に持っていたブラックジャック (殴打用の武器)で、椅子の背で両手を拘束されている平の左肩を叩く。

 「お前のせいだ! お前のせいだ! お前のせいだ! 俺の魔法を返せ! 返せ! 返せ! ……」 

 何かに取り憑かれたような不良息子が、口角泡を飛ばし、呪詛の言葉を吐きながら、平の左肩を何度も叩く。リリーによって、平の肉体の表面の事象変化を無効化してもらっていたので、不良息子の打撃は制服のみの被害に留まっていたが、平は叩かれる度に痛そうな振りを装い続けた。

 狂ったようにブラックジャックで叩き続ける不良息子を、手下らしき男達が止めに入る。

 「……ハァハァハァ……俺が入学するはずだった第一高校に、なんで一般人だったお前が入学できるんだよ! ……一般人を魔法師にすることができる精霊はどこだ。楽に死にたかったら素直に答えた方がいいぞ……」

 肩で息をする不良息子は、血走らせた目の中に狂気の光を浮かべて、平を脅す。

 (……こいつ、逝っちまっている。本気で俺を殺すつもりだぞ)

 異様な雰囲気の不良息子に、平はゾクリと恐怖を感じ、鳥肌を立てる。

 (……しかし、何でこいつが俺とリリーの情報を知っているんだ。学校に内通者がいるのかもしれない。もしかして、この間の嫌がらせの張り紙はこいつらの仕業か?)

 平は不良息子から情報を引き出すことにし、リリーに分身を作り出し協力してもらうように脳内会話をする。

 「……精霊はあそこだ……」

 平は弱々しい声を装って、顔を上げて天井近くの宙へ視線を向ける。その視線を追いかけた不良息子らは、宙に浮かんでいる妖精姿のリリーを見つける。

 「こいつがそうなのか……精霊と言うよりも妖精だな。古式魔法師の操る現象が具現化した精霊よりも遥に格上の存在のようだ……俺がこの精霊と契約すれば、実技トップの魔法を取り戻すことができるんだ。そうすれば父上も勘当を解いてくれる。フフフフハハハハハ……」

 高笑いを始めた不良息子に、小さな容器を手にした手下らしき男の一人が近づいて、不良息子に話しかける。

 「煩い! 薬(自白剤)なんか使ったら、こいつに苦痛を与えられないだろ。こいつの口を割らせるには暴力が一番有効なんだ!」

 不良息子は、側に寄った手下らしき男の身体を片手で突き飛ばすと、再びブラックジャックを持った腕を高く振り上げ、平の左肩に振り下ろす。平は、声にならない声をあげるが如く、グハッと口を広げ、痛みで悶える様を装う。

 「おい! この精霊を封じる術具はどこだ! それと、この精霊との契約方法も教えろ!」

 「……ウウ……答えるから、やめてくれ。その前に教えてくれ。俺と精霊のことをどうして知っいるんだ」

 「ふん! 百家である俺の家が、学校の理事と懇意にしていない訳がないだろ。お前のような下賤な者と違うんだ!」

 「そうか……もう一つ、昨日、俺のいるクラスに嫌がらせの張り紙をしたのは、お前の家の仕業か?」

 「はん? 何のことだ」

 「『綿貫は魔法使えず 不正入学なり』という張り紙だ」

 「お前、うち以外にも嫌われているようだな。ハハハハ、いい気味だ」

 (張り紙は無関係か……最低必要な情報を得られたし、そろそろ攻守交代と行きますか)

 不良息子の手下らしき男達は、いつでも魔法を発動できるように、携帯型CADを手に、平と妖精姿のリリーを監視していた。

 「……茶番は終わりだ!」

 目を閉じた平が口の端をつり上げ、宣言すると、天井近くにいた妖精姿のリリーが平の頭上に降りると同時に、仮想振動系魔法による閃光を発生させる。閃光を一番近くでまともに見てしまった不良息子と違って、戦いに慣れている魔法師の男達は閃光で目をやられるような間抜けではなかった。しかし、魔法師の男達が攻撃魔法を発動させるよりも早く、平と融合したリリーによって彼らの周囲の酸素をアポートで奪われ、窒息状態により失神させられてしまった。更にリリーは、魔法師の男達から携帯型CADを取り上げ、彼らと両瞼を押さえて苦しんでいる不良息子の三人を、頭以外を氷漬けにしてしまう。

 そしてリリーは、妖精姿のリリー(分身)を二体作り出して、不味い不良息子はパスし、氷漬けになっている魔法師の男達二人から大量のサイオンとプシオンを吸収する。ご馳走を食べたリリーと違って、夕食を食べていないのを思い出した平(意識)は、侵入者の尋問と"処分"は後回しにして、一階へ瞬間移動する。

 リリーが復原の力でHARを再稼働させた所、HARが訪問者のお知らせを告げる。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 リリーとの融合を解いた平が、玄関前に立つ人物を確認すると、九重寺の兄弟子二人であった。平が兄弟子らを自宅に招き入れると、兄弟子の一人が開口一番に侵入者の引き渡しを申し出てきた。

 どうして兄弟子らが侵入者のことを知っているのか、疑問に思った平が訊ねると、ここ数日不審者が平の家の周囲を嗅ぎ回っていたので密かに彼らを見張っていたと告げられた。今日は不審者が平の家に侵入したので、外で監視・待機していたが、運悪く平が瞬間移動で直接自宅へ戻ったため、平と侵入者が鉢合わせすることになってしまったとのことである。

 侵入者のことを知られている以上、平の方での"処分"は諦め、兄弟子らを地下室に案内して、侵入者三人の氷漬けを消し、彼らの身柄を引き渡した。侵入者をどうするのかと平が兄弟子に訊ねると、ものすごい良い顔をして、二度とちょっかいをかけれないようにするとだけ答えた。

 平は具体的な処分まで踏み込んで訊くのは、藪蛇になると察して口を閉じ、侵入者の三人を軽々と抱えて玄関を出て行く兄弟子らの後ろ姿を黙って見送った。

 翌日の早朝、いつものように九重寺へ出かけた平は、九重師匠に昨日の侵入者の件で見守りのお礼を述べると、九重師匠から今回の件は相手と話を付けたが、学校での嫌がらせの件で「差別撤廃」を口にする人物とは関わらないようにという助言をもらった。平は九重師匠の素早い対応に重ねてお礼を述べた上で、助言の意味を訊ねるも九重師匠はアルカイックスマイルを浮かべるだけであった。

 しかたなく、助言の意味は諦めた平であったが、どうして九重師匠が平も知らない学校の内情を知っているのかと疑問を口にすると、一言、忍びだからという答えが返ってきた。平は更に疑問を増やしてしまう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 平が九重寺での稽古を終え、学校に登校して教室に入ると、吾妻姉妹がクラスメイトを相手に、同じ一年の二科生の男子生徒が、剣術部の次期エースと目されている二年の一科生を、魔法を使わずに倒した噂話に興じていた。平と一緒に教室に入って来た妖精姿のリリーが、クラスメイト相手に朝のあいさつ兼タッチ(吸収)のため接近すると、昨日のA組の一科生に勝ったことを口々に誉めてくれた。落ちこぼれと馬鹿にされているH組の生徒にとって、鬱憤が晴れる嬉しい出来事だったようである。おかげで、妖精姿のリリーによるタッチ(吸収)対象メンバーが増え、彼女はご満悦となった。

 昼休み、平と洋二が食堂へ出かけようとすると、コンバット・シューティング部の部長らに掴まり、平と妖精姿のリリーは再び勧誘を受けることになった。最上級生の部長が出向いてきたことを考慮し、平は角が立たないように学力不足を補うため放課後は勉強しないといけないので部活に参加できないと言って断る。しかし、部長は普段は参加しなくても良いから、試合前の練習と試合に出てくれるだけでかまわないと言う返事が返ってきた。それでは真面目に部活に参加し練習している生徒から反感を買うから駄目でしょと平が指摘しても、部長は実力主義である以上問題ないと言って、中々勧誘を諦めなかった。

 平はそこまでしっこく勧誘し入部させようとするのには、何か訳があるのではないかと彼らに訊ねると、彼らは黙り込んでしまう。彼らに代わって、隣にいた洋二が、理由──大会や九校戦でいい成績を上げると部予算が増えること──を平に教えてくれた。洋二の言葉に罰が悪そうな顔をする部長らに、配慮する必要を感じなくなった平は、「部活には全く興味はないので二度と勧誘しないで下さい」と冷たい口調で彼らに告げ、彼らの呼び止めを無視して食堂へ向かった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 H組にとって体験ではない始めての魔法実技の授業は、加重系基礎単一魔法を的に対して、制限時間(1000ミリ秒)内に発動させるという課題であった。

 指導教員の助言が得られる一科生と違い、二科生は生徒が勝手に計測器を操作して、合格点を出せば履修が認められるが、合格しない限り居残りしなければならないものであった。一発で課題をクリアしたのは平と融合したリリーのみであり、二周目でも課題をクリアできた者はおらず、H組の生徒が実技授業の時間内に課題をクリアすることは難しい感じであった。実は学校側は彼らの放課後の居残りを見越して、H組の魔法実技の授業を本日最後に割り当ていたのである。

 授業の残り時間が五分となった段階でも、課題をクリアできたのは忠章を含めて片手で収まる人数しかおらず、H組の生徒の五分の四が課題をクリア出来ないでいた。彼らは課題に挑戦する度に、測定結果をみて落胆を繰り返していた。そのうちの一人である洋二は、額に汗を浮かべながら魔法式の発動速度を上げようと必死に挑戦しているのであるが、制限時間の壁から一番遠かった。

 焦燥感を漂わせる洋二が、平の思惑の取っかかりとして、最適であると考えて声をかけることにした。

 「洋二。リリーと一緒に課題へ挑戦してみないか?」

 どういうことなのかと、洋二は平を訝るように見つめる。

 「実はリリーには、他人の魔法演算領域をはじめ、魔法発動に関する全過程を観測できる能力があって、洋二の魔法の発動速度が遅い問題点を見つけ、改善をサポートできると思うんだ」

 「……ブラックボックスとも言われている魔法演算領域を外部から観測することなんて無理だよ。僕達魔法師は無意識の内にエイドス・スキンで情報強化しているから、肉体へ直接干渉する魔法はほぼ無効化されるんだから。仮に観測できたとしても、基礎単一魔法は起動式だけでもアルファベット三万字相当の情報量があるのに、魔法発動に関する全過程の情報量を観測するなんて不可能だよ」

 洋二は何を馬鹿なことを言っているのかと、少々呆れ顔で平に現代魔法の常識を説く。

 「人間の魔法師には無理かもしれないだけど、精霊であるリリーなら固有スキルを使えば可能だよ。エイドス・スキンの抵抗も、リリーが対象に接触して同調することですり抜けれるし(安心させるための嘘)。実際、他人の魔法発動の全過程を観測した実績もある」

 平の説明でも未だに信じがたい様子の洋二へ、平は更に言葉を重ねる。

 「今までの洋二の測定値の伸びを見る限り、今のやり方を続けても課題クリアは洋二自身かなり難しいと思っているだろ? ならば、騙されたと思って俺とリリーを信じてみないかい?」

 「……」

 自信ありげな平の態度に、洋二はしばし沈黙した後、平の提案を受け入れることに決めた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 先ずは精密観測して問題点を洗い出し、直ぐに改善のサポートを受けながら課題に挑戦した方が効率的と判断した平は、洋二に課題への挑戦順番を一回見送ってもらう。

 妖精姿のリリーを肩に乗せた洋二が、右手を的に向け、左手を据置き型CADのパネルに置き、サイオン注入に伴う余剰光を発生させ、加重系基礎単一魔法の発動を行う。その全過程を妖精姿のリリーが精密に観測して行く。

 (……サイオン光によるロス発生……照準設定に遅延……起動式の読み込みで、サイオン信号に許容値を超えるノイズあり……反応魔法演算領域の断片化を確認……魔法式構築ステップ****で再読み込み発生。演算遅滞か所を多数確認……)

 洋二の魔法発動に伴う精密観測データ群が、リリー(分身)を通じて平の脳に宿るリリー本体へ流れ込み、幾つもの問題点が平に報告される。

 「今度は一四八〇ミリ秒。前よりは二〇しか縮められなかったか……平くん、僕の魔法発動はどこに問題があったか分かったかい?」

 洋二が期待と不安が混じった眼差しで、考え込んでいる平に語りかける。

 「……リリーの大雑把な分析で、幾つか問題点が判明したよ。CAD自体に高速化支援機能が全く組み込まれていない問題を除くと、一つ目は、変数の照準設定に時間をかけすぎていること。二つ目は、このCADの起動式自体のノイズの影響を受けて、魔法演算領域への再読み込みや演算ミスを幾つか誘発していること。特に問題なのは三つ目で、反応する魔法演算領域の断片化と魔法式構築の冗長性に伴う演算の非効率で、演算遅滞が多数発生していること。だいたい主な問題はこんな所だ」

 「凄い! そんなことまで分かるなんて」

 目を丸くした洋二が、リリーの能力に感心する。

 「……それで、どうしたら問題を解決できるかい?」

 「ああ。洋二の魔法発動が最適化されるように、一緒にリリーがサポートをすればいけるよ、多分」

 「サポートって、具体的に何をするの?」

 「魔法演算領域の演算アルゴリズムを効率化するように働きかけ、併せて、照準設定補正や起動式のサイオン信号のノイズ処理をするんだ」

 「他人の無意識の内にある魔法演算領域へ働きかけるって……まさか人体や精神に直接干渉する制限魔法じゃないだろうね?」

 「そんなものじゃなくて、サイオン信号に少し干渉する無系統魔法に類するものだから問題ないよ」

 「でも、それって……他人の力を借りて課題をするのは不正行為にならない?」

 「魔法の才能を持たず精霊の力を借りている俺が、魔法科高校に入学が認められているじゃないか。精霊の力を借りたら不正行為だなんて学校側も言わないよ」

 「言われてみればそうなんだけど……リリーは僕の精霊という訳じゃないし……」

 「は~ぁ、洋二はお固いなぁ……近い内にリリーから分身の精霊を育てて、洋二と契約できるようにしてあげるから」

 心の中の葛藤で逡巡(しゅんじゅん)する洋二であったが、平の「未履修で落第なんてしたくないだろ」という一言が駄目押しになった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 洋二の肩に座っていた妖精姿のリリーが、洋二の首筋に片手を添える。洋二は、据置き型CADのパネルに左手を置き、サイオンを流し込むと、彼の右手を向けた先にある的で加重系基礎単一魔法が発動する。

 「……四八〇ミリ秒!! 洋二、一気に一〇〇〇も短縮だぞ!! やったな──ッ!!」

 喜ぶ平の大きな声に、周囲のクラスメイトは驚き、本当なのか確認しようと洋二の近くに集まり、計測器の値を見て騒然とする。一方、当人である洋二は、測定値を見つめたまま固まってしまっていた。洋二の肩に乗っていたリリーが飛行して洋二の顔の前へ移動し、小さな手で拍手をすると、平を含む周囲のクラスメイト達も一斉に課題クリアおめでとうコールが沸き上がり、それを受けてようやく洋二は再起動を果たす。

 「凄い! 凄い! 今までと全然違うよ。何時ものように頭の中で魔法式を構築する時のもどかしい感覚が全然なくて、スルっと発動してくれた。リリー、本当にありがとう!!」

 ハイテンションな洋二が、嬉しさで宙に浮かぶリリーを両手でそっと包み込み、そのまま両手を上にあげて、くるくると踊りだす。

 そんな洋二を余所に、課題をクリアできないでいるクラスメイト達が平に詰め寄り、制限時間から一番遠かったはずの洋二がどうやって課題をクリアできるようになったのか質問を浴びる。平は、クラスメイト達を落ち着かせた上で、洋二がリリーのサポートを受けて課題をクリアできたことを説明し、希望者には洋二と同じようにサポートする旨を伝える。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 実習室には据置き型CADが五台しかないので、リリーが分身を五体作って、各グループ別に分身一体が付いてサポートすることになった。洋二という実例を見せられ、期待を持って課題に臨む五人のクラスメイトが、リリーの分身を肩に乗せて、据置き型CADの前に立ち、パネルに手をついて課題に挑戦を始める。

 一方、リリーの分身達は、そんな彼らからご馳走を吸収し、個人毎の魔法発動の精密観測データを集めて問題点を拾い上げ、次回の挑戦までの間に、コーチングシステムによる最適化プログラムを組み上げて行く。

 五人のクラスメイトが、リリーの分身達と一緒になって行った二回目の課題挑戦は、全員、大幅に発動時間を短縮して課題クリアを達成した。

 (……洋二の時は課題をクリアできるか内心ヒヤヒヤしていたけど、この調子ならクラス全員この試作コーチングシステムで何とかなりそうだ……クラス全員の精密観測データを得られたら、このシステムによる効率化率と汎用性を検証して、システムのブラッシュアップをしないといけないなぁ……)

 平は課題に挑戦しようとする二番手のクラスメイト達を眺めつつ、更に思考を深めて行く。

 (……リリーの吸収対象者を増やすために始めた、飴玉としての試作コーチングシステムだけど……このシステムを使って、二科生でかつ底辺と蔑まれている俺たちH組の全員が、全一科生よりも上の成績を叩き出したらどうなるだろうか……鼻持ちならないエリート意識に固まった一科生達は、プライドを叩き壊され選民思想馬鹿が減って学校生活が良くなるかも。それに、選民思想に染まる馬鹿(一科生)を助長してきた学校側も、指導教員の能力不足を自ら認めるという痛烈な皮肉を味わうことになり、馬鹿を増やさないように"教育"をしっかりしてくれるようになるかもしれない)

 (……しかし、今の試作コーチングシステムでは、H組の生徒を一人前の魔法師と呼べる処理速度並にするのがいいところで、演算規模や干渉強度をレベルアップするコーチング機能は手つかず。H組の全員が一科生の上に立つには、うちの学校のトップクラスの処理速度・演算規模・干渉強度に関する観測データを沢山収集しないと……)

 結局、H組の魔法実技は、授業時間外の居残りを出すことなく終わった。H組の全員(課題クリアした生徒もリリーの分身のサポートを受けて再挑戦したため)が、魔法師として一人前と呼べる目安の五00ミリ秒以内を達成することができ、H組の生徒達は大いに喜び自信を付けることになった。例年ならば、入試成績が一番低いH組の生徒の大半は、魔法実技の未履修を重ね、二年生に上がることができず自主退学して行くのであるが、今年は学校の予想を大きく裏切ることになるのであった。

 そんな未来の話とは別に、H組の魔法実技の授業における、優秀すぎる成績は機械処理に隠れたものの、居残りがいないことに疑問を覚えた者が、密かに行動を起こした。

 


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