魔法科高校の一般人は下克上はじめます   作:銀杏庵

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前半にダークないじめ描写があります。拒否感のある方は、本作は読まないで下さい。



01 はじまりの日

 俺の名前は綿貫平(わたぬき へい)。破天荒な親父の生き方について行くのに疲れた母親が、この子は平凡でもいいから幸せな人生を送ってほしいという思いを込めて名付けてくれたらしい。非魔法技能師な一般人であった俺が、魔法高校へ入学することになった訳を聞いてほしい。

 平少年が中学に入学する前に、母親は残念ながら交通事故で死んでしまった。母親の葬儀以来、父親は家にはほとんど帰ってくることはなく、砂漠や南極大陸当たりを隕石ハントしており、ハントした隕石が思い出したように家に届くのが唯一、父親の生存報告であった。

 そんな父親が集めた隕石のコレクションが、家の地下室にしまわれている。この中から小さめな隕石を親父の商売相手を通じてオークションにかけ、その売り上げで平少年は生活費などを得ていた。

 隕石を集めるコレクターは、お金持ちが多いらしい。特に父親の集める隕石は珍しい色や形をしたものが多く、五cm未満の小さな隕石でも百万円以上の値がついたそうだ。

 中学生と言えどガキとかわらないやつが、マネーカードに百万円もの金をもっていたらどうなるか。平少年は、常日頃からの母親のしつけのおかげで倹約家な性格をしていたので、オークションの代金が父親と彼が共有する生活費用マネーカードに振り込まれても無駄遣いすることはなかった。

 しかし、そんな羽振りの良い商売をしていることがどこの筋からか平少年のいた中学の同級生らにバレてしまった。バレた相手が最悪な地元の魔法師の家系で有力者を父親に持つ不良息子がリーダーを勤めるグループの一員であった。不良息子がリーダーなのは、父親の後ろ楯もさることながら、それ以上に彼には魔法という一般人には脅威な力があったからだ。彼は、その年齢では千人に一人いるかどうかという魔法師の卵であり、将来、社会的地位が高いエリートになる可能性がある存在だったのだ。

 やがて、遊び金欲しさに不良息子のグループが、平少年を囲んで脅したり、学校でいじめを仕掛けてきたが、我慢強い平少年は屈しなかった。友人と思っていた者は、いじめがはじまると直ぐに平少年から離れて行った。周りのクラスメイトは、見て見ぬふりをする者から、火の粉が自分にかかってこないようにと積極的にいじめに加担するものさえ現れた。平少年が学校のカウンセラーに窮状を説明し、在宅授業への切り替えを相談したが、保護者の同意が必要と告げられ、また、不良グループとのことは互いに話し合って解決しなさいの一辺倒であった。平少年は我慢を重ね嫌々学校に通うある日、淡い恋心を抱いていた少女が、いじめられる平少年を指さして笑う女友達と一緒になって笑う姿を目にした時、平少年の中で心が折れた。

 結局、平少年はマネーカードから金を不良グループに差し出すしかなかった。初めは数万円だったのが、不良グループの要求や回数は増し、百万円になるのはあっという間であった。脅し取った金で豪遊する不良グループやクラスメイト。父親のマネーカードにも手をつけている事実を知られること恐れる日々、亡き母親が生きていたら今の情けない自分に悲しむだろうと平少年の苦悩を日々深めていった。

 最後の頼みの綱と思って、平は校長や警察にも窮状を訴えるが、彼らは不良息子が有力者であること、所在不明で保護者を伴えない子供の訴えに耳をかすことはなかった。寒さが一段と厳しい師走のある日、冬休みに海外で豪遊するから千万円分を寄越せと言われた平少年は、もうな嫌だと全てに絶望した自殺を図った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 死んだのに何で自分の過去を語っているのかって? それは俺が今は平少年として、生きているからさ。自殺を試みた平少年は、心肺停止状態で病院に運び込まれた。ただ残念なことに、魂は既に肉体から去っていた。201X年、ブラックなIT企業に勤める三十歳半ばの俺は、修羅場のハイ状態のまま帰宅し、唯一の癒しである魔法少女のゲームザルとなった結果、風邪をこじらせ肺炎であっというまに死んでしまったのさ。

 俺は気がつくと、病院のベッドの上だった。いきなり他人の体で蘇った俺は、はじめは混乱したが、中学三年生という若い体を得て、人生をやり直すのもいいかと思いなおし気持ちを落ち着くことができた。しかし、俺が元の体の持ち主の平少年の記憶を読み取るうちに、彼に対する理不尽な仕打ちに怒りを覚えた。更に、平少年の自殺未遂を知った不良息子が、臆面もなく友人と名乗り、俺のいる病室まで入り込んできて、いじめや恐喝の件をしゃべるなと脅して来た。別人に入れ代わっていることがバレないように黙って聞いていた俺であるが、やられっぱなしで引き下がらないぞと心に決め、ベット脇にある端末を使いながら、不良らに復讐する方法をベットの上で練ることにした。

 色々と調べてみたが、保護者が不在な未成年の俺では、警察へ恐喝事件として告訴することもできない。更に、恐喝の件は不良らの仲間に入りたいがために俺がお金を差し出したと、不良らに主張する恐れがあった。いじめと恐喝は学校の管理不手際としてマスコミに通報しても、学校のやつらが全員己の罪を逃れるために口裏を合わせて、いじめはなかったことにされかねない。

 入院中の俺の元へ役立たずな学校のカウンセラーが尋ねてきた。俺の自殺未遂と精神的不調を理由に、在宅授業への切り替えを校長が特例として認められたという報告であった。俺は今更何をという覚めた感情で、責任追求を恐れ、ことなかれ主義に走る学校側に愛想を尽かした。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 俺がいた時代に比べて、この時代の中学校の座学は、質が不均一な人間の教師は駆逐され、端末の学習システムにより教育が行われており、勉強環境としては困ることはなかった。病院を退院し、在宅授業に切り替わったことで時間の余裕ができた俺は、家に閉じこもって、この世界のことをネットで寝る間も惜しんで調べ始めた。調べてみると、元の俺が生きていた201X年の世界とは1995年から違っていることから、ここが並行世界であることが分かった。もう少しで二十二世紀に手が届くこの世界は脅威に満ちいた。二十年も続いた第三次世界大戦があり、そんな頃に憑依していたら、まちがいなく戦争で俺は死んでいただろうと身震いする。

 ネットで得られた知識を元に、復讐手段を色々とシュミレーションしてみたが……ワナを仕掛け、こちらが有利な状況を作り上げたとしても、相手の魔法(並行世界の二十一世紀にいた俺の認識では超能力という方がしっくりくる)一つで逆転されてしまう現実の壁は高すぎた。魔法に対抗するには魔法を用意するしかないが、一般人の俺には魔法師の知り合いもいない。古式魔法などの呪具を入手するにも伝はなく、また、魔法師は肉体に対抗魔法を有しており呪いの効果がない可能性がある。自分で魔法を習得する方法はあるが、魔法師の血筋でない一般人には、魔法の才能はないというのがこの世界の常識であった。魔法師と言えど人間である以上、化学的手段である毒や薬に抵抗できない可能性があが、この方法ではバレて犯罪者として捕まり、俺の新しい人生がダメになるだけなんでパス。

 結局俺には、不可能と言われる一般人による魔法習得に挑戦するか、復讐を諦めて泣き寝入りするかであった。答えが出ない日々、夜を重ねる毎に、この体の持ち主であった平少年の悔しさ・怒り・恨みといった情念に俺は取りつかれてしまった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 俺はもう一度、魔法について検討をはじめた。一般人の中には、実用レベルではないが魔法を発動できる者がいること。魔法師の家系の血筋でないにもかかわらず、子供だましと低いレベルだが魔法発動に目覚めた体験記の書き込みがある、怪しげなサイトを幾つも読み、紹介されている高額な魔法能力開発プログラムキット(訓練機具、テキスト。流石にCADは高額過ぎて手が出なかった)を通販で次々に買い求めた。

 一通り試してみたが、毛ほどの変化もなく、このやり方では効果がないと判断した俺は、次に魔法師を家庭教師として雇えないかとネット(裏サイトも含め)で探し回った。ようやく魔法師(ただしライセンスはなし)をみつけたが、高額な授業の中身は、魔法演算領域のない一般人は絶対に魔法師になれないという説明だけで、全く役立たずであった。

 密かに魔法を学ぶという方針を諦め、都内の魔法科高校受験予備校の入学案内の窓口に足を運んだものの、俺が一般人であると告げると、ネームプレートに魔法師ライセンス資格保持者を有する担当の態度が急に横柄になった。そして、魔法師の家系の紹介状のない者は入学申請を受け付けないと告げてきた。そう言われても引くわけにいかない俺は、必死に頭を下げ粘った結果、俺の幾つかの質問に答えてくれた。担当曰く、現代魔法成立以降、魔法師に不可欠な魔法演算領域を新たに取得する研究は数多く行われたが成功例は一例もないこと、俺の年齢で魔法の才能の芽が現れていないものはいないと──哀れみの表情を浮かべた魔法師が、俺が魔法師になることは絶対ありえないと断言した。家庭教師として雇った魔法師といい、予備校の窓口の魔法師といい、エリートであることを鼻にかけ、一般人を蔑む態度が節々に現れ、魔法師という存在に俺は強いを不信感を抱いた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 魔法の才能の芽がないという事実に叩きのめされ家に戻った俺は、血の涙を流しながら、魔法という理不尽な存在に呪いの言葉を吐きながら、部屋中のものに当たり散らした。

 色々なものが散乱する床の上に、疲れ果てて大の字になっていた俺は、玄関の呼び出し音に反応し、ノロノロと玄関に向かって歩き始めた。

 所在不明な父親からの国際宅配便で届いた荷物には、大人の拳台な大きさの隕石が入っていた。砂漠の民から苦労して譲り受けたものだから、特に大切に保管するようにという手紙をみた途端、保護者失格な父親に対して無性に腹が立った俺はその隕石を専用切断機にかけてやった。

 それは不思議な、丸で宝石のような石であった。蛍石にみられる正六面体の赤黒い石が、隕石の殻の中に存在していたのだ。父親のノミとハンマーを使い、赤黒い石を隕石から取り出した俺は、その石を指先でつまみながら天井の灯にかざしてみた。光が赤黒い石の中を通り過ぎてくるのだが、中心で何やらキラキラと規則正しく点滅するのが見えた。それを凝視していた俺の意識はやがて白濁し、俺の体は操られるようにノミで指先を切って血の滴を赤黒い石に垂らした。滴のように垂れる血はスルスルと石の中に溶け込み、赤黒い色は次第に鮮やかな真紅に変化した。一際赤い輝きを放った真紅の石は、目まぐるしい光の変化を繰り返し、俺の視神経を通じて脳にある存在を書き込んでいった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 強烈な空腹で俺が目を覚ますと、父親の隕石コレクション室の床だった。手には正六面体の"透明"な石を握っていた。何でこんな石を握っているのか、俺には記憶がなかった。しばらくして、頭が働き始め衝動的な自分の行動を思い出した俺は、自己嫌悪に陥る。腹の虫が盛大に鳴る。俺は、腹の皮がひっつきそうになる程の空腹を満たすため、HAR(自動家事システム)に大量の料理を用意するように命じる。

 ネットテレビを見ながら食事をしようかと思った俺が、ふと壁に掛かる電子ペーパー時計のカレンダーの日付をみると、なぜか俺の体感と三日もずれていた。故障したか、HARは何をやっているんだと俺は思いながら、テーブルに用意された数々の料理を食べはじめた。

 機械が作る料理でも味は十分に美味しく、俺はこの時代の便利さを実感した。お腹の膨れた俺はソファに横になったまま、ぼんやりネットテレビを眺めていると、電子ペーパー時計のカレンダーの日付の方が正しいことを知った。「三日間も俺は眠っていたのか……まさか病気か?……何か幻聴も聞こえてくる気が……やばいかも俺……」疲れているのだと覚った俺は、部屋に戻って眠ることに決めて、椅子から立ち上がろうとした。

 (……%$#*△★……妾が直々に呼び¥&%^{>幻聴などとは何たることか……)

 尊大な若い女性の声が、今度はクリアーに俺の頭の中で響いた。俺は思わず両手のひらで耳を塞いでいるにも関わらず、その後も声が聞こえる。「誰だ! どこだ!」と、俺は声の主を求めて頭をキョロキョロと振る。

 (……妾が誰か……哲学的な問いじゃが……お主に知識にある言葉で答えるなら、妾はお主の脳に宿った情報体、まあ、精霊のような存在じゃ)

 「え!?」と呟いた俺は惚けた表情になる。

 「俺の脳にって──寄生獣か雛見沢症候群ですか──ッ!」俺は思わず元いた世界のマンガネタを口に出して、突っ込む。

 (……失礼な! 妾はお主が想像したような下等生命体ではないわい。脆弱で有機生命体を超える高位なる情報体であるぞ。星の海を渡る技術を持ち、この星の大地で悠久の時間を過ごしても、朽ちることのない高貴な存在と心得よ)

 脳内寄生彼女の長い言葉に冷静さを取り戻した俺は、ふと重大なことに気がつく。

 「……このゾクゾクする声、この尊大な口調って……正に魔法戦姫リリー様じゃないかよ──ッ! まさか、まさか、リリー様の生ボイスを現実で聞ける日がくるなんて、最高っ──す!」

 元いた世界のゲームの癒しキャラに出会えたことで興奮する俺は、床に体を投げ出し、「リリー様! どうかあなた様の生のお姿をお見せ下さい」と土下座姿で請い求める。

 (……フフフフフ……ようやく妾の高貴なることを理解したかえ。お主の願いを聞き届けるのもやぶさかではないのじゃが、口惜しいことに妾が物質化するには力が足らぬ。代わりに妾の姿をお主の(脳の)視覚野で見て崇めるがよい)

 「おお~~~っ! 3Dな生のリリー様の眩しいほどに美しいお姿……ありがたや、ありがたや……」

 両手をスリスリと合わせて、女神を拝む動作をする俺に(脳内にいる)リリー様が微笑みを向けてくれる。幸福感が俺の中を突き抜けて、俺を捕らえていた平少年の暗い情念と交差する。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 何かが体から抜けていったおかげで、俺の思考は一時ニュートラル状態に引き戻された。冷静さを取り戻した俺は、キリリとして表情で、「……リリー様の姿と声を借りて、俺をだまそうとするお前は一体何者だ!」と、今一度、脳内寄生彼女の正体を問いただす。

 (……お主の好みに合わせたのじゃが、気に入らぬかえ?)

 「バッチ、好みです。しかし、それはそれ、これ(脳内寄生)はこれです。速やかに俺の脳から退去を願います!!」

 (……無理じゃ。お主の脳神経細胞に宿る妾を、お主らの技術で取り除けるのかえ?)

 「…………魔法があれば……多分?」

 (妾が、取り除かれるのを黙って見ていると思うかえ?)

 「あ──っ! 寄生虫の癖に居直りやがった!」

 (虫なんて酷過ぎるのじゃ……シクシクシク……千年以上も一人淋しく復活の日を待っていた妾を、お主は哀れとは思わぬかえ?)

 「どうせ寝ていただけでしょ。そんなことでだまされません」

 (冷たい家主よのう。妾が完全復活した日には、この姿と声で、お主にあんなことやこんなことを、し・て・あ・げ・るw)

 背中をゾクゾクと駆け上がる快感に、俺は陥落してOKを出しそうになる……最後の指一本が俺を押しとどめた。

 「……だ……だましゃれません」

 動揺する俺の様子を見て、脳内寄生彼女は、もう一押しすることにした。

 「お主、妾と契約しないかえ? さすれば、妾が持つ魔法のごとく力を振るうことができ、あやつらに復讐することが叶うぞえ……」

 その言葉は、俺の惚けた思考をリセットし、劇的な変化をもたらした。

 「……魔法師に一般人が復讐するなんて無理。俺はもう忘れること(嘘じゃな。お主はやられっぱなしで、泣き寝入りする性格ではなかろう)」

 「…………本当に、あいつの重力と発火の魔法に勝てるの?」と、俺は疑い深そうに問いかける。

 (妾は、宿主であるお主に決して嘘は言わぬぞえ)

 「……言葉だけじゃ、ちょっと信じられない。あいつの魔法に対抗できる力って具体的に何?」

 (妾ならば、一定範囲内の事象変化を無効化することができるのじゃ)

 「それは……願ってもない力だけど、それだけじゃ足りない……俺のこの貧弱な体では、あいつら三人の暴力にあらがうことは無理。無効化以外に何か力はない?」

 (妾が力を回復すれば、事象改変──お主の知識にある"魔法"と同じことができるぞえ)

 「"魔法"が使えるのか!!──君が力を取り戻すのに時間はどれくらい必要?!」俺は興奮気味な声でまくし立てた。

 (直ぐには無理じゃ。良質なプシオン(霊子)の種類を数多く吸収するか、効率が極めて悪いがサイオン(想子)を大量に吸収すれば、使える"魔法"の数や強さがレベルアップするぞえ)

 「え~っと、プシオンやサイオンは、どうやって吸収するの? サイオンって確か血に宿るとかどうとか──まさか! 吸血鬼のように血を吸えっていうのは、ちょっと勘弁……」

 (たわけ! 誰がそんな非効率なことをするか。お主が相手に近づけば良いわい──お主、妾のことを何だと思っている)

 「え~っ、人様の了解もなく、勝手に脳内に寄生する非常識な(ええ──い! 過ぎたことを何時までも文句を垂れるのは男らしくないのじゃ!)」

 脳内寄生彼女のちょっと焦り気味な声と言い訳に、俺は冷たくジト目を脳内寄生彼女に向けて……ハ~ッと息を零す。

 「ところで、プシオンって魂に関係しているらしいけど、吸われた命に影響はないんの? サイオンもそうだけど……」

 (問題ない。吸収するのはわずかじゃ。少し疲れた感じになりはするが、少し休めば回復するものじゃ)

 「ハッ! まさか俺が三日も寝込んでいたのは……」

 (すまぬ……この世界の因果律に縛られぬ魂を持つお主のプシオンは、格別に美味じゃったし、サイオン保有量も膨大だったので、妾は歯止めが効かず吸いすぎてしもうたせいじゃ。しかし、そのお蔭で妾は、お主と会話できるまでに回復することができたのじゃ。心から感謝いたすぞ)

  額に怒りマークを張り付けた俺は、盛大に文句をつけることにした。

 「……俺の脳に宿っているから、並行世界から憑依したのがばれてもしかたないけど、脳内寄生彼女さん(長い付き合いになる妾とお主の仲じゃ、リリー様と呼ぶが良い)」

 「……俺を出涸らしにしかけておいて、謝罪の言葉はないの?」

 (それは、詫び気持ちを込めて、お主の一番好きなキャラのエロい衣装を披露しているではないか。ホレホレ……)

 脳内でリリーが裾をつまみ上げ、スカートが上下する度、露になる絶対領域にドキドキと反応してしまう自分の性に、俺は…………。orz

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 先程の己の恥ずかしい過去はパック詰めにして、心の棚の奥底に押し込んだ俺は、気になった疑問を尋ねた。

 「……リリー、一つ教えて欲しい。サイオンは誰でも持っているらしいけど、俺のサイオン保有量が膨大だったってことは、もしかして俺には魔法師の潜在能力が隠れているの?」

 (──ないな!)と、きっぱりとして口調でリリーが否定する。

 「そんな……嘘だと言ってよー、リリー!」

 (ないものはないのじゃ。お主の記憶から得た知識では、お主の無意識領域内には魔法演算領域はないし、精神とイデア(情報体次元)をつなぐゲートも開いておらぬ。本物の只の一般人じゃ)

 リリーの断言に、俺は数歩後ろによろめく。

 「……才能なしだなんて……じゃあ、何でサイオン保有量が膨大なんだよ……」と俺は悲壮に呻く。

 (多分、お主が時空世界間を渡って来たことによる影響じゃろう)

 「魔法使いになりたかったなぁ……」

 (あちらの世界で魔法使い(三十歳童貞)の称号を得ていたじゃろうに)

 「そんな嫌な称号のことは、思い出させないで下さい……トホホホ」

 (まあ、結局、魔法使いは卒業できたのだから、良かったのではないかえ。見事に金を騙し取られたがのう……クス)

 「傷口に塩を塗り込めんでください。後生ですから……」orz

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 (さて、そこの粗大ゴミなお主。妾と契約の話をしようぞ)

 ようやく心の傷口に忘却という包帯を巻き直した俺は、リリーの声に耳を傾ける。

 (契約は、一つ、妾はお主を守る及び依頼に応じる対価として、お主はプシオンとサイオンを妾に常時提供すること、二つ、妾の回復のため、お主は他の良質なプシオンとサイオンの吸収に協力すること、三つ、お主を守る緊急事態又はお主の了解を得た場合、妾はお主と融合して肉体を妾の意志で使用することができること……以上じゃ)

 「……問題はなさそうなんだけど……なんで態々契約を結ばないといけなの?」

 (……そ、それは妾の一族の掟じゃからじゃ)

 「……何か隠していない?」

 俺がじっとリリーの顔を見続けていると、彼女の視線は少し揺らいでいるのが分かった。

 「俺にとってリスクがあること?」

 リリーの目を見開き、開いた口に片手をあてる。

 「正直に言ってよ、リリー……俺の元いた世界の契約には、信義誠実の原則──お互に相手方の信頼を裏切らないよう行動をすべき──というのがあって、それが守られないなら俺はリリーと絶対契約はしないよ」

 (…………分かった……妾は一族の仇を追ってこの星に来たのじゃ。奴を討つには、宿主の力を借りねばならんのじゃ……隠しておって、すまぬ……)

 「……それは、中々にリスクの高そうな話ですね……戦う時って俺も強制参加? その敵ってリリーより強いの? 」

 (宿主と融合した状態で戦うのが通常じゃ……ダメなら妾は擬似物質の体で戦うしかない。それでは奴に勝つことはできぬじゃろうが……奴の力については、前の戦いで互いに力を使い果たした状態で、この星へ来ておる。妾より先に復活して力を蓄えておれば、勝てるまで妾は戦いをしかけることはない)

 「…………」顎に手を当てて、俺は黙して長考する。

 「……店子が困っているなら、手を差し伸べるのも家主の努め。実際戦う度胸はまだないけど……リリーがあんなことや、こんなことをしてくれるんなら協力しよう」

 (///∇//……お主……そ、そんなことを妾にさせるつもりか! この変態めが──ッ!)

 顔を真っ赤にしたリリーが、俺の視線を気にして、露出の多い戦衣をワタワタとたぐ寄せたところで、リリーの映像が切れた

 「フフフフフ……元エロ同人誌作家をなめんなよ。姿を消しても、俺の妄想力は止まらんわい。エロい煩悩こそ俺のパワーの源じゃ──!!」

 右手の拳を握り、高々とあげるアホな漢がいた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 俺の名前は、綿貫平(わたぬき へい)。中学三年で、ついに年齢(前世はノーカウント。以下略)イコール彼女なしの日々にピリオドを打ち、彼女と同棲を始めて幸せ一杯な日々……んなぁ、わけあるかい!ヾ(#`Д´)ノ 今生初の彼女が脳内寄生彼女なんて、やり直しを求める────っ!!

 ……ハア ハア ハア……お見苦しいところをみせ、失礼いたしました。

 引きこもっていたリリーが復帰したので、俺は彼女に同居生活に欠かせない重要な項目を契約にいれる交渉を始めた。それはとても大切なことだった。もし、君が脳内にもう一人の人格がいて、二十四時間自分の行動を見られていると想像したまえ……色々と、困ることがあるだろう。精神年齢は合計四十歳を超えている俺ではあるが、肉体はピチピチ(死語)な中坊なのである。トイレくらい一人で居たいし、悶々とするのも解消する賢者タイムも必要だし……。俺のプライバシータイム絶対遵守という要求に対して、逆にリリーからはエロ変態妄想禁止という要求が出されたものの「だが断る」と俺は言ってやった。想像する、妄想する、捏造する、これが人の脳の仕組みであり、本能であると俺は熱くリリーに説いてやった結果、リリーも妥協(諦めともいう)して、脳内対話時にエロ変態妄想はしないという紳士淑女協定で妥結した。

 そんなこんなで、信義誠実の原則及び紳士淑女協定を追加し、契約を受諾と俺が唱えると、俺の意識に向かって何かが次々と絡みついて来るような変な感覚を覚えた。リリー曰く、契約成立に伴い俺の意識構造にリリーの思考回路が接続されたとのことである。変な感覚が消えた後、俺は体のあちらこちらを調べてみたが、中二病的な何か──目や額や手の甲とか謎の紋章とか──変化が現れることはなかった。それはそれで、残念に思う俺であった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 契約をすませて早々に、俺はリリーから彼女の力について説明を受ける。いつまでも不良息子らが大人しくしている訳がないという思いもあり、優先的に回復すべき力を選択して、一日二十時間弱、昏睡状態になる程の量のサイオンとプシオンをリリーに吸収させることにした。その影響で、俺は国内普及率七十%に達するサウンドスリーパー(安眠導入機)付きのベッドで眠っても、体に気だるさが残る日々を過ごす。

 そんなすっきりしない体調で、俺は家の端末で学校の授業カリキュラムに取り組むのだが、平少年に憑依した俺は中学の授業内容に苦戦していた。その原因は、一つには平少年の学力が平均を下回るものであったこと──平凡でいいという温い環境が平少年に勉強を怠けさせたのが原因──、二つ目には俺にとって未知の概念知識が2094年に溢れていたことである。平少年の記憶にある知識を検索することはできるが、2094年の未来知識の概念を理解できる素養がない俺は、結局中学一年生から勉強をやり直すことにした。まあ、平少年の記憶という便利な辞書はあるが、残念ながら漏れも多いため、勉強の進捗は牛歩のようであった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 そんな日々が続くと当然、ストレスが溜まりに溜まる。時折、俺はリリーでエロイ変態マンガを描いたり──リリーにみせなければ問題なし──、空っぽの頭でも内容が理解できる映画を鑑賞したりして、適度に不満を解消する。また、俺は軟弱な平少年の肉体を鍛えて体力を高めることにし、不良息子らとニアミスしないように夜明け前からの走り込みを始めた。不思議なことに、日を追って走る速度はアップし、距離を伸ばしても疲労で脚力が鈍ることはなく、急速な体力向上に俺は戸惑いを覚えた。リリーが何かしたのかと思い、彼女に問いただした所、俺の遺伝子をいじくり肉体強化を進めたことで筋力等が大幅に向上していると答える。「何それ? 聞いていないよ」と俺がリリーに文句を言うと、宿主の生存を強化するのは当たり前な措置であり、何で本人の了解がいるのかと小首を傾げ不思議そうな顔をするリリーであった。ジト目になった俺が脳内彼女の姿を睨むと、筋力ないと復讐相手に対抗できないし、妾との融合時に体が壊れては困るだろと、笑顔で答えるリリーであった。彼女の行動は理性では納得できるのだが……いつのまにか改造人間になってしまったことに、俺はさめざめと涙する。今後、本人の了解を得ずに変な改造しないことをリリーに約束させた。だって、目が覚めたら腕にドリルとか取り付けられていたら嫌じゃないですか……。

 


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