「今日あたり、一丁勝負するか?」
「テメーも懲りない奴だな」
入学から一週間、ソーマは創作料理でジャンに勝負を挑み続けていたが連日の連敗続きだった。ソーマがジャンに勝てないのにはある理由があったからだ。
「オラァ!
「こっちはイカゲソのピーナッツバター焼き蜂蜜風味! 小此木、審査を頼むぜ」
勝負テーマはイカゲソ、このテーマはこの一週間通して同じだった。二人の料理を見比べた小此木は「ジャンのは見るからに美味しそうだけど、ソーマのは毎度毎度見た目が……」と、一歩引いてしまう。
それもそのはず、ソーマが作った料理はどれここれもゲテモノばかりだったからだ。
「とりあえずジャンのを……お、美味しい~!」
ジャンは当然だろうと顔で語る。
「バターの風味と砕いたピーナッツの香ばしさがとってもいい、イカのワタが苦手なボクでもついつい食べちゃうよ」
ジャンの料理をぺろりと平らげた小此木は、恐る恐るソーマの料理の試食を始める。
「ではソーマのは……!!!」
案の定、小此木が苦悶の表情を浮かべる。
「ま~た失敗作か?」
「なに?! 味見はしていないが今度は自信あったのに」
どうやらソーマにとっては今回のイカゲソのピーナッツバター焼き蜂蜜風味は自信作のようであった。いくらソーマが自信作と言おうとも、昨日までの料理との違いは他人にはわからない差ではあるが。
「う……う……ごくん。成功だよ! 今までは食えたものじゃなかったのがようやく人間が食べられる味になってる」
「うん! うん……ん?」
ソーマの自信の通り、確かに小此木も今回の料理を認めた。ただし、それはあくまで食べられる料理という意味であった。
「ようするに激マズではないが不味いってことか」
「それにしてもゲソとピーナツバターの炙り焼きとかゲソの蜂蜜漬けよりよっぽど食べられたよ」
小此木はこれまでソーマが作ったゲテモノ料理を思い出し、少し冷や汗をかく。『ゲソとピーナツバターの炙り焼き』や『ゲソの蜂蜜漬け』は、それほど不味い料理だった。
「そっか、じゃあこの調子でいけばオレのゲソ料理はそろそろ完成しそうだな」
「たまには本気の料理を見せてくれ、カカカカー!」
ジャンは小此木とソーマを残し、その場を立ち去った。小此木はジャンがいなくなったところで、ソーマに感じていた疑問をぶつける。
「ところで、なんで本気で作らないのさ」
「何を言っているんだ? オレはいつでも本気だぜ」
入学式でのふりかけごはんを知っているからこそ、毎度毎度のゲテモノ料理を作るソーマは、小此木にはふざけているように思えていた。ましてや試食する身であり、できればあのような不味いものは食べさせられたくない。
「そりゃあ本気でゲソ料理を作っているんだろうけど……なんで普通においしい料理で挑まないのかって意味だよ」
「だって、それじゃつまんねーじゃねえか」
『つまらない』という言葉に、小此木は首をかしげる。
「オレと秋山は創作料理で戦っているんだぜ? 既存の料理や、すぐに味の予想ができるものを作ったところで何も変わらないじゃん。それに、こんな機会だからこそ気前よく思い付きの料理をふるまえるわけだし」
「要するに、ソーマはボクを実験台にしたいだけなんだね」
「実験台だなんてそんな悪気があったわけじゃ―――」
小此木はソーマから実験台扱いされていたと気づき、あきれてしまう。一応ソーマには悪気があったわけではなく気軽に創作料理を試食してもらうことは友情の証でもあったのだが、付き合いの浅い小此木からしてみれば迷惑であった。
「ただ、秋山がもし『ゆきひら』の名に係わることで挑んでくるのなら、オレは全身全霊を賭けて叩きのめすつもりだぜ」
そう語るソーマの目は、試験の時と同じだった。
――――
ソーマたちの元を離れたジャンは、とおりすがりの男子生徒に呼び止められていた。
「やっと見つけたぞ、食の女神を冒涜する不届きもの!」
「なんだテメーは?」
ジャンは初対面であり、当然相手の事など知らない。それに、食の女神という人物にも心当たりはなかった。
「ワタシはえりな様の側近の一人、ロッシ!」
男子生徒の名はジュリオ・ロッシ・早乙女。自称えりなの側近であり、次期十席候補と名高い二年生である。ジャンはバカに構うのも面倒と適当にあしらおうとするが、ロッシは逃がそうとしない。
「ワタシはあなたに退学を申しつけにきまシタ」
「退学? いきなり何を言い出しているんだ」
突然、見知らぬ生徒に退学しろと言われる筋合いは毛頭ない。ジャンの反応は普通の学校ならまっとうなのだが、遠月学園では勝手が違っていた。
「アナタ方編入生はえりな様が不合格を言い渡したにもかかわらずにのうのうと学園に通っていマス。これは許しがたいことデス。即刻荷物をまとめて出ていきなサイ」
「テメーにそんな権限があるわけないだろ? バカか」
「アナタは知らないでしょうがそれがあるのですよ」
ジャンはまだそれを知らない。
「ワタシは退学を賭けてあなたに食戟を挑みマス!」
「食戟? そりゃあなんのことだ」
食戟は遠月学園独自のルールであり、当然編入生であるジャンは知る由もない。ロッシはジャンにしたり顔で説明を始める。
「食戟とは学生同士のイザコザを回避するために用意された遠月独自の制度……早い話、負けた方が勝った方に絶対服従を強いることができる料理勝負デスヨ。
―――アナタ、料理は勝負ではなかったのデスカ?」
この説明でジャンは食戟とは料理勝負であり、ロッシは勝負を挑んでいることに気が付く。ソーマ相手との御遊戯とは違う真剣勝負の挑戦状に、ジャンも血の気が騒ぐ。
「カカカー! 面白い、勝負してやるよ」
「後悔しても遅いのデス。第三調理場は既にリザーブ済デス、着いてきなサイ」
ジャンはロッシの後を歩き、対決の場へと向かった。
その頃、イカゲソ料理の片づけをしたソーマと小此木は、一般教科の履修のため教室にいた。三人ともこの日は同じ教科を受ける予定だったのだが、先に向かったはずのジャンの姿は教室になく、待っている間に始業時間が近づいていた。
「ジャンもトイレにしては遅いね。そろそろ次の授業が始まっちゃうよ」
「腹でも壊しただけじゃねぇの?」
二人はまさかジャンがこれから勝負をすることなど知らない。心配などする道理もないところに、校内放送が流れる。
「只今より、第三調理場におきまして、ジュリオ・ロッシ・早乙女vs秋山醤の食戟を開始いたします。課題は卵、審査員は5人、互いの要求は敗者の退学処分です。公開食戟となりますので、ふるってご観覧ください」
食戟を知らない二人はなにが催し物でもあるのかとあまり気にも留めていなかったが、ほかの生徒はそうではない。小此木が授業をサボって見に行こうかとソーマを誘う。
「へ~なにかやるみたいだね。ジャンが戻ってきたら授業をサボって見に行こうか?」
「そーだな、秋山が戻ってきたら……って、『秋山』?!」
ソーマは放送でジャンの名が出ていたことに気が付く。
「今の放送で秋山醤って言ってなかったか?」
「聞き間違いじゃ―――」
小此木は最初、ソーマの聞き違いだと思った。だが、周囲の反応は―――
「聞いたか? あの編入生の一人とロッシ先輩がついに食戟だぜ」
「負けた方は退学だってよ、これは編入生の泣きっ面が拝めそうだぜ」
このようにジャンの話題で持ち切りになっていたのに気が付き、発言を訂正する。
「前言撤回、いまの放送で言っていたのは間違いなくジャンだ」
「第三調理場だったよな。急ごうぜ」
ソーマと小此木は第三調理場に向かうが、到着したころには大勢の人だかりができていて中には入れなかった。
第三調理場に入場すらできなかった二人だが、幸いなことに第三調理場は公開食戟用に設計された新築の調理場ということもあり、場外からのTV観戦にも対応して学園内のすべてのテレビで観戦が可能となっていた。
二人は教室に戻り、備え付けのテレビにて観戦することとした。
――――
審査員はローラン・シャペルを加えた五人。それぞれ遠月学園の職員である。進行役を務める食戟委員会の役員が勝負開始の合図をすると、さっそくロッシはプレッシャーをかけに行く。
「見せてやろう! ボクのアモーレの炎を!」
「炎を尊ぶ中華料理人を前にして炎を語るなんざ……後悔させてやるぜ」
ジャンも負けじと言い返す。特に炎を持ち出されたのでは、中華の料理人として負けるわけにはいかない。
「ロッシが焼いているのは牛ロース! ということはアレを作る気か?!」
会場の観客は、卵料理という課題とロース肉をみて、ロッシの料理を推察する。ロッシが得意料理を作ろうとしていることは、それを知る観客の目には明らかだった。
「(観客はフリッタータと読んでいるんでしょうけれど、それだけじゃないのデス。この牛ロースは塩コショウで炙るだけでも絶品の最高級品、ただの卵では肉の味が勝り卵料理としては格が落ちる。それを解消するのが……)」
ロッシは心の中で料理のポイントを呟く。
「ロッシがついに卵を出したぞ!」
「あの卵はもしや……烏骨鶏だ!」
「烏骨鶏卵を用いることでそのコクの強さがロースのうまみを包み込む……素晴らしすぎる!」
観客の反響に興が乗ったロッシは、自画自賛のあまり途中で心の声を口に出してしまう。今回のロッシの料理は、濃厚な卵とロースの競演が肝なのだ。
「流石は次期十傑の最右翼とうたわれるイタリアンの名手。そんな相手に勝負を挑まれるとは、ムッシュ秋山も災難なことだ」
シャペルはロッシの手際に感心するとともに、ジャンのことを気に病む。
シャペルは先日の授業でジャンのことを買っているからこそ、退学になられたら寂しいと思ったからだ。
「ロッシはやはり必殺料理、全力で編入生を潰すつもりだ」
「そういえば、編入生はなにを」
順調に必殺料理を作るロッシに観客の目線は集まっていたのだが、ふとある観客がジャンのことを気に掛ける。その発言に、周囲の観客の目線もジャンに向かう。
「カカカッ! 脂ののったロースに烏骨鶏卵、これで不味いものを作ろうものなら失笑モンだぜ」
ジャンもその観客の声に気が付き、わざと聞こえるように語る。当然、観客からも返事が来る。
「秋山ぁ! デカイ口を叩く前に早く料理を作ったらどうだ?!」
「それともそのかに玉じゃ勝てないと踏んで怖気づいちまったか?」
観客の言うように、ジャンの手元にはかに玉の用意がなされていた。ジャンは料理の準備を下ごしらえに留め、焼き上げようとはせずロッシの料理を観察していた。
速さは美味さだが、美味しさには持続時間もある。生き急いで審査員に冷めた料理をふるまうわけにはいかないこともあり、ジャンは制限時間の一部を敵情視察に割り当てていた。
「うへえ、こっちまで聞こえたぜ今のヤジ」
「うすうす感づいていたけど、この学校って料理界のサラブレットがそろう名門という割にはチンピラみたいな人が多いよね」
その様子をテレビで見ていた小此木とソーマは、軽く毒を吐く。だがさわらぬ神にたたりなしとそれ以上の追及はせずにテレビ観戦を続けた。
「(ヤツの料理は牛ロースのオムレツ、かなり味の濃い料理……だったら)」
ロッシの料理を見切ったジャンがついに動く。
先に下ごしらえをしていた醤油餡の準備を脇にどけたジャンは、新たにグリンピースをゆで始める。さらにグリンピースの準備と並行して次々と卵を割り、白身と黄身を選り分けた。
「卵の白身と卵白を分けているぜ。秋山はかに玉じゃなくて卵白炒めでも作るつもりなのか?」
「ウチのメニューにも卵白の芙蓉蟹は確かにあるけど……ジャンはそれをベースにあのゆでたものを使うのかな?」
五番町飯店のメニューには卵白のかに玉も存在するため、小此木は卵白のかに玉とグリンピースを使うのかと予想する。ジャンはゆであがったグリンピースを鍋から取り出すと、網を使って裏ごしを始める。
「さあてと、この茹で上がったグリンピースを裏ごしして……よし準備完了だ。秋山の魔法はここからだぜ」
魔法の準備を終えたジャン。あとはその仕上げをするだけだった。グリンピースの準備を脇目に見ていたロッシはそんな工夫で自分に勝とうなど甘いとジャンを鼻で笑う。
「フン! ただのかに玉じゃ勝ち目がないからと奇をてらって豆入りにでもするつもりのようダネ。キミにはがっかりだよ……もう終わらせてあげよう!」
そうジャンに向かって言い放つと、ロッシはその手に持ったフライ返しをくるくると回す。さながらチアリーディングのバトンのように回す姿は、観客である遠月学園の生徒には見慣れたものも少なくはない動きだった。
「で、でた~! ロッシ本人がフライ返しの
「返した! あの見事な焼き色、ロッシのオムレツの完成だ」
ロッシはこの動きをフライ返しの
「な~にがフライ返しの
ロッシはジャンの返しにムッとした表情を浮かべるも、盛り付けの手は乱れない。その点はさすがに十傑候補のひとりである。
「よっしゃー完成! 秋山オリジナル芙蓉蟹……春節淡雪だ!」
「おい! 秋山のやつ、いつの間にか完成しているぜ」
「俺たちがロッシに見とれている間にやったんだな」
観客がロッシの動きに見とれている間にジャンはかに玉を完成させていた。
ジャンの動きを見ていなかった多くの観客は魔法で料理を出したように錯覚する。
「ロッシの意味のない動きに気を取られて秋山から目を離すとは、今日のギャラリーはE評価ぞろいだな。卵白の白に蟹の赤とグリンピースの緑が合わさった見事な色彩、とりわけ調理中にグリンピースが混ざっていく最中のグラデーションは美しかった。
―――これが.魔法か。先日の実習とは異なる彼独自の料理、楽しみだよ」
調理の一部始終を見ていたシャペルは、ジャンの動きを脳内で振り返る。ジャンの中華料理人としての手際の良さは、既に一線級の腕前としてふさわしい域に達していた。
――――
双方の料理が出そろったところで、実食が開始される。先行はロッシのフリッタータ。
「まずは先行、ロッシ・早乙女の料理から」
「十傑候補の実力、見せていただくよ」
シャペルはナイフでオムレツを切り分け、それを一口、口に運ぶ。カットせずにステーキにされたロース肉は表面はカリッと香ばしく、中からは肉汁があふれ出す。さらに卵の柔らかさと烏骨鶏のコクは肉汁と見事に調和していた。
濃厚なうま味に、シャペルを含め審査員たちは恍惚の笑みを浮かべる。
「流石だ!
シャペル以外の審査員もロッシのオムレツを高く評価する。
濃くて美味い
これが審査員たちの共通認識だった。
「続きまして後攻、秋山の料理」
「緑色のかに玉ですか……さすがにロッシの後では勝敗は目に見えていますな」
「これは試食する必要はないんじゃないですかね」
審査員たちはジャンのかに玉を単なる変り種と判断し、食べるまでもないのでは? と意見を出し始める。その様子をロッシも当然とばかりに見詰め、心の中で高笑いする。
「キミたち、まずは秋山の料理を食べなさい。食べもせずに軍配を上げるとは何様ですか」
「わ、わかりました」
「シャペル先生は相変わらずお堅い」
シャペルに促され、ほかの審査員もジャンのかに玉に箸をつける。シャペルは審査員のレベルの低さに唖然としつつ、かに玉をほおばる。
「こりゃあすげえ」
「めちゃくちゃ旨いじゃないか」
食べる前は酷評していた審査員たちがったが、一口食べるや手のひらを反す。
秋山の魔法にかかった審査員たちは、取りつかれたようにジャンのかに玉を完食したのだ。一方でロッシのフリッタータはところどころでおかず代わりに食べられてはいたものの、最終的には三割近くを食べ残されていた。
「淡雪のような口どけとグリンピースの爽快感……この料理はまさしく春だ!」
「流石だね、ナガレイシだねシャペル先生、目の付け所がシャープだぜ」
シャペルのコメントはまさにジャンの狙い通りだった。グリンピースの爽快感、これがジャンのかに玉の肝である。
「そんな……バカな! たかがグリンピースを入れただけのかに玉が」
食べ始めるやいなやの高評価に、ロッシはうろたえ、彼の脳裏には敗北の恐怖が浮かぶ。そしてその不安は的中した。
「全会一致で今回の食戟、秋山醤の勝利とします」
全員がジャンに旗をあげた。納得のいかないロッシはシャペルに言い寄る。
「何故だ! ワタシの料理に落ち度はなかったはずだ!」
「落ち度がない? いいやムッシュ早乙女、キミの料理には落ち度がある」
落ち度と言われても、ロッシには思い当たる節がない。それもそのはず、その落ち度とは個人だけの問題ではなかったからだ。
「食べ合わせだよ」
その落ち度とは食べ合わせだった。今回の例ではフリッタータとかに玉の食べ合わせである。
「見たところ、最初にムッシュ秋山が作ろうとしていたのはこってりとしたかに玉だ。汁物好きな日本人好みの、餡をたっぷりとかけたトロミのあるな。
だが秋山はキミが牛ロースのフリッタータを出すと見るや臨機応変に対応し、グリンピースをつかったあっさり味のかに玉に完成図をシフトさせたのだ」
「ひ、卑怯な」
答えを聞いたロッシは不満を募らせ卑怯と罵る。だが、シャペルはそうは思わない。
「卑怯なものか。食戟はそこらの料理コンテストとはワケが違う。ムッシュ、キミのほうこそ食戟をなめていたのではないのかね?」
シャペルの言い分に、ロッシはぐうの音も出なかった。
今回の勝負にて、ロッシは自分の敗北などみじんも考えていなかった。卵を課題に必殺料理を出せば蹴散らせることができると軽く考えていたのは事実である。その甘い考えは最大の命取りになっていた。
「これは我々の総意だが、決してロッシの料理が大きく劣っていたわけではない。私見でいえば単体の味ではほぼ互角、素材の差を考慮すればロッシのほうが上回っているだろう。ただこの二つの料理を食べ比べた場合、明らかに秋山のほうが上になるだけなんだ」
「そうそう、シャペル先生の言う通りこれは食べ合わせですよ。ロッシのフリッタータは単体で完成した料理ですが、秋山のかに玉はフリッタータの後に食べると、フリッタータの濃厚な旨みも自分のものにしてしまうんですよ。はっきりいって、これではロッシには勝ち目がない」
シャペルだけに解説させるかと、ほかの審査員もロッシに語る。総じてシャペル同様に、食べ合わせがポイントという意見だった。
「そ……そんな……」
シャペルは敗北のショックで地面にへたり込んだ。それを見て、ジャンは精神的追い打ちをかける。
「オレを甘く見てなめてかかるからだそういう目に合うんだぜ。料理は勝負だ! カーカカカー!」
「退学だけは……せめて退学だけ……」
ジャンの勝ち誇りに心が折れたロッシは、命乞いのように退学を取りやめるように懇願する。観客たちは無意味な命乞いととらえていたが、ジャンはそうではなかった。
「いいぜ、退学は取り消してやるよ」
「本当デスカ?」
ジャンの言葉に、ロッシはうれし涙を流す。だがここで、食戟委員会から物言いが入る。食戟での賭けの対象を勝ってから変えるというのはルールに反するためだ。
「今回の食戟は互いの退学をかけた勝負、勝手は困りますよ」
「いいんだよ、あくまで退学はオレがコイツに負けた時の話なんだから。それに退学を取り消すってのもあくまで執行猶予だ」
「わかりました」
役員はしぶしぶジャンの言い分を認めるが、内心『両者の合意が取れていない無効試合なのでは』と考えた。だがこの段階で不成立を言い渡すわけにはいかない。ここで手を差し伸べるのは元々の挑戦者であるロッシを贔屓することに他ならないからだ。
「お前が卒業するまで、お前から薙切えりなへの積極的接触を禁じる。この約束を守れないのなら、この学校を辞めてもらうぜ」
「女神よ! オッオオオー!」
退学こそ免れたロッシだったが、地獄に突き落とされたかのように狼狽する。
ロッシがえりなの側近になったのにはある理由があった。それはロッシがえりなの元ストーカーという過去だった。
警備の手薄な学内でのえりなを付けねらい、勝手なおせっかいで自己満足する。ロッシはいわゆる一種の変態だった。
その性質から実害こそ出してはいなかったが、あまりにも鬱陶しく感じたえりなは根負けし、側近として雇い入れるという過去があった。
これはその日の予定が晒されるという最低限のリスクでロッシをコントロールするための策だった。
食戟の結果えりなのもとを去ったロッシ。彼のその後を知るものはまだいない。
ロッシは読み切り版で戦っていた相手ですね
本編に彼が出る日はあるのだろうか