食戟のジャン   作:どるき

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第三話「第三のジジイ襲来」

「流石にこれだけの距離があると、担いで運ぶには重いなあ」

 

 そんなことを呟きながら、小此木はソーマを担いで駐輪場を目指す。えりなによる想定外の不合格通知に逆上したジャンを気絶させたからだ。

 小此木は駐輪場までたどり着くと、公衆電話にテレホンカードを挿入し五番町飯店の番号をプッシュした。

 

「はい、こちら五番町飯店です!」

「もしもし! お疲れ様です! 小此木です。 総料理長をお願いいします」

 

 接客担当のウェイターを経由して、小此木の電話は五番町弥一のもとに回される。

 

「お疲れ様。それで、試験はどうだった?」

「それはもう大変でしたよ。試験管の女の子がジャンの料理を見るからにおいしそうに食べてたんですけど、結果発表の時に突然『不味いわよ! あなたたち全員、不合格!』なんて言い出すから」

 

 小此木はえりなの口調を完璧にコピーしていたが、弥一は気にも留めない。

 

「ジャンも頭にきちゃって襲い掛かっちゃいましたよ、力ずくで止めましたけど」

「そうか、残念だったな。 それじゃあ秋山のヤツは?」

 

 弥一は、小此木はまだしもまさかジャンまで不合格になるとは思っていなかったこともあり、その結果にショックをうける。慰労の気持ちから、弥一の声のトーンはさがり、どこかやさしげになる。

 

「まだ伸びてますよ」

「まだ? おまえいったい、秋山に何をしたらこうなるんだ」

「いやあ……昔使っていたスタンガンを少々」

「スタンガン?!」

 

 弥一は一昔前に護身用にスタンガンを振り回すことが巷で流行したことは知ってはいたが、実際にそういわれても実感が持てなかった。ましてや温厚な人物と思っていた小此木の口から出た言葉のため、より一層信じられなかった。

 

「大事に至らなければいいけど、そういうものを軽率に使うんじゃないぞ」

「わかってますよ。慣れてますから」

 

 弥一は実感がないため漠然とした注意しかできず、小此木も特に聞く耳を持つ様子はない。

 

「弥一! 弥一はいるか?!」

「総料理長なら電話中ですよ」

 

 そうこうしていると、弥一は自分を探して走る睦十の姿に気が付く。睦十の声は電話先の小此木まで届くほどだった。

 

「お、いたいた! それが終わったらすぐオーナー室に来てくれ」

「オーナーの呼び出しですか?」

「そういうわけだから、気を付けて帰って来いよ。

 あと明日は秋山をどんな手を使っても店に連れてきてくれ、親父との約束で店を出ていくと言い出すと思うからな」

 

 弥一はジャンが不合格になったこの状況で、どこかに雲隠れするのではないかと考えていた。小此木を通して釘を刺し、電話を切った弥一は睦十の待つオーナー室へと向かった。

 

「で、山猿の試験の結果じゃがの―――」

「それは先ほど小此木から電話を」

「まあ、聞け!」

 

 先ほどの電話で不合格と聞いていた弥一はそのことを告げようとするが、睦十はそれを止める。

 

「両名の入学を認める。仙左衛門直々の通達じゃよ」

「仙左衛門……あの薙切仙左衛門総帥がオーナーに直接それを?」

 

 仙左衛門こと薙切仙左衛門は遠月学園の総帥である。年齢が近いこともあり睦十、ひいてはジャンの祖父階一郎とも親交があった人物でもある。多忙かつ気難しい人物のため、弥一もあまり面識はない。

 

「なんでも『孫は不合格と言ったが、ワシの一存で合格とする』そうじゃ」

「まあ、秋山もまさか入学試験で躓くとは思っていなかったでしょうから、今回のことはいい薬ですよ」

「おおかた仙左衛門の孫に粗相でもしてへそを曲げられたんじゃろ」

 

 実際にはジャンの行動は要因に過ぎず、直接の原因はソーマの方にあったのだが、睦十らにはそれを知るすべはない

 

――――

 

 四月吉日、遠月学園の制服に身を包んだジャンと小此木は、自慢のバイクにまたがり学園を目指していた。

 

「今日から学校だね」

「周りがみんな年下だからってなめられるんじゃねえぞ」

「そういうジャンこそ」

「いったな」

 

 無線を使って他愛のない会話をしているうちに学園にはすぐに到着した。本来、遠月学園では学生寮に入ることが推奨されているのだが、二人は五番町飯店での営業業務もあるためバイク通学を選んでいる。

 ちなみにジャンと小此木は数え年にして17歳であり、料理人ではなく普通の学生として生きていたならば高校二年生になる年齢である。式場に向かう最中、額に傷を持つ少年に二人は呼び止められた。

 

「おっす!」

「オメーはたしか?」

 

 それはソーマだった。制服を着ていることと手拭いを頭に巻いていないため髪型が異なるためか、少し考え込んでから小此木がソーマのことを思い出す。

 

「試験で一緒だった人だね」

「幸平創真、ヨロシクな」

 

 ジャンと小此木もソーマに自己紹介する。自己紹介を終えた三人は教員の指示に従い垂れ幕の裏に誘導され、編入生には壇上での挨拶をしてもらうというむねを伝えられた。

 

「どうしよ~こういうのニガテだよ」

「別に硬いことは言わなくていいんだよ」

「言いたいことを言えばいいと思うぞ」

「そんなぁ」

 

 小此木がうじうじグダグダとあいさつの内容を考えているうちに、壇上挨拶の時間は訪れようとしていた。

 

「続いて、式辞を頂戴いたします」

 

 司会の宣言に合わせて、仙左衛門が壇上に上がる。仙左衛門による式辞が終われば、いよいよ編入生挨拶であり、小此木の緊張は次第に高まっていた。

 マイクの位置と胸元を整えると、仙左衛門は口を開く。

 

「諸君!

 高等部進学おめでとう。諸君らは中等部での三年間で調理の基礎技術と食材への理解を深めた。そして今、高等部の入り口に立ったわけだが……これから試されるのは技巧や知識ではない。料理人として生きる気概そのもの……諸君らの99%は1%の玉を磨くための捨石である!

 無能と凡夫は容赦なく切り捨てられる。卒業までたどり着けるものを数えるのには片手を使えば足りるであろう。その一握りの料理人に、君が……君たちがなるのだ!

 研鑽せよ!―――以上だ」

 

 仙左衛門の演説に、生徒ばかりではなく各教員、そして父兄からも大きな拍手が送られる。父兄の中には薙切仙左衛門の生演説を聞けたことに感激し、涙を流すものまでいた。

 

「片手で足りるって……卒業できるのは5人以下ってこと?」

「たいした問題じゃねえぜ。この学校で一番になっちまえばそんな心配ないんだからな」

「ジャンはそれでよくてもボクはムリだよ」

 

 小此木にはジャンが遅れをとる姿は想像できないが、自分が遅れをとる姿は容易に想像できた。

 

「あのジジイの考え、同感だぜ」

「俺もだな」

 

 ジャンとソーマは仙左衛門のいう教育方針に感激を受ける。特にジャンは『料理は勝負』を表題とする秋山の料理に近いことから親近感を得ていた。

 

「ボクは普通に、ジャンと一緒に料理の勉強がしたくてここに来たんだよ」

「だから、俺がトップでお前がナンバー2になっちまえば無問題だろ?」

「そんな簡単に言わなくても」

 

 どうやって退学を免れようかと考える小此木にとっては、学園二位というのは夢のまた夢である。だがこの言葉に、ソーマが食いつく。

 

「そうだそうだ! 悪いがオレがナンバー1になる。二人はナンバー2とナンバー3で我慢してくれ」

「テメー、なめた口を訊くじゃねえか」

 

 ジャンとソーマは口喧嘩を始めようとするが、引率の教師がそれを制止する。式の進行は、編入生の挨拶まで進んでいた。

 

「それでは、編入生挨拶に移ります。秋山醤くん、前へ」

 

 壇上に上がったジャンはおもむろにマイクをその手に握る。

 

「秋山醤だ!

 訳あってこの学校に通うことになったが……通う以上、オレはこの学校の頂点に立つ!

 文句があるならいつでも相手をしてやるからかかって来い。料理は勝負だ!」

 

 ジャンの挨拶に会場がどよめく。司会はそんなことはお構いなしとばかりに小此木とソーマを壇上に誘導する。

 

「小此木タカオです。正直この学校に編入できたことが奇跡みたいなものですけど、やるからには一番目指して頑張らせてもらいます」

「幸平創真と言います。思いがけずこの学校に通うことになったけど、正直皆さんのことは踏み台としか思ってないです。てっぺん獲るんで」

 

 三人の挨拶はそれぞれ三者三様に挑戦的な内容だった。正確には小此木の場合は単なる意気込みに過ぎないのだが、前後二人の直接的な態度から挑戦的な意味にとられてしまう。

 

「なんだそりゃあああ!」

「おいこら! テメーら編入生のくせにチョーシこいてんじゃねえぞ」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 次第に一部の生徒はヒートアップし、三人への罵詈雑言を始める。司会は注意を促すが聞く耳を持たない。彼らの耳には司会の声は届いていない。エリート街道をすすんできたと自負する彼らにとって、今回の挨拶は野良犬に喧嘩を売られたにも等しいのだ。

 彼らの中の野良犬に負けるわけがないという自負も合わさり歯止めが利かなくなっていた。もし彼らが料理人ではなく格闘家を志していたら、乱闘騒ぎになっていた事だろう。

 

「仕方がない……貸せ」

「はい、総帥」

 

 業を煮やした仙左衛門は司会からマイクを受け取り、大きく息を吸った。

 

「諸君! 黙れ!」

 

 仙左衛門の一括に、その声の大きさからスピーカーが音割れを起こした。音割れのノイズは在校生たちが抱く仙左衛門への恐怖心を増大させる。

 

「今年の編入生は威勢が良くて結構! ワシが求めておるのはああいう誇大妄想を現実にできる逸材だ。この程度で狼狽するようでは玉になろうとは到底不可能、文句があるなら力を示せ!」

 

 仙左衛門の一括が響くと、群衆の怒りはすかり静まっていた。群衆の中で声を荒げていたのはみな捨石に分類されるであろう小兵である。話の内容を理解するより先に仙左衛門の喝に震え上がり、思考停止していた。

 壇上を降りた三人が垂れ幕の裏に戻ると、その場にはえりながいた。

 

「あ、あなたたち!」

「あ! 試験の時の」

 

 三人がこの場にいることに驚いたえりなは、思わず声をかける。小此木もえりなのことに気づく。

 

「なんであなたたちがここにいるのよ」

「バカかオメー? 合格したからに決まっているじゃねえか」

 

 ジャンの言い分は至極当然なのだが、えりなの質問の意味とは趣旨が異なっていた。

 

「あの時は不味いだなんていうからビビったぜ。 その場では不合格とか言っておいてちゃんと合格させてくれるなんて、素直じゃねえなあ」

「(違うのに! 違うのに! そもそも小此木君はどう考えても不合格だったし!)」

 

 えりなは仙左衛門が総帥権限で三人を合格させたことなど全く知らなかった。

 

「いっておくけど……あなたたちの料理、私は認めていないから」

「おー! 言うねぇ。今度は言葉すら出ないほど飛び切りの料理をふるまってやるから、首を洗って待ってやがれ」

「あなたたちが合格したのはきっと手違いよ!」

 

 まさにえりなにとっては手違いに他ならない。えりなは手違いついでならと三人に忠告する。

 

「それに三人そろっててっぺんをとるですって? 笑わせないでくれる。中等部からの進学者は皆、最先端ガストロノミーの教育を受けてきたのよ? 上を見るまでもなく、あなたたち外様風情が彼らに勝てるわけはないわ」

 

 えりなの忠告には一理あるようにみえて、実のところ道理はない。遠まわしに『遠月学園の教育機関としての権威』を持ち上げる言葉を並べているに過ぎないからだ。そんなえりなの言葉をソーマは鼻で笑う。

 

「中学三年間ねぇ……初めて包丁を握ったのは三歳の時、12年間、オレは調理場で生きてきたんだぜ」

 

 現場での経験を至上のものとするソーマにとって、最先端ガストロノミーなど眼中にない。

 

「たかが12年で威張るなよキズマユゲ! 料理は勝負だ! どれだけ経験豊富でも、勝てなきゃ無意味なんだよ」

 

 そして、勝つための料理を身上とするジャンはソーマのいう現場の経験も無価値と言い放つ。祖父から英才教育を受け、数か月ではあるが現場も経験しているジャンは、教育だけでも経験だけでも不十分だという意味を込めて言う。

 

「こっちもこっちで威勢がいいな」

 

 騒ぎの声に気付くと、仙左衛門もジャンたちに声をかけた。小此木は後ろから声をかけられたため、驚いてしりもちをつく。

 

「お……おじい様」

 

「いまこの場で力比べをするのも結構だが、今現在の力量で比べあっても面白くはない。どうだ? 実際にどちらがてっぺんを獲るか競争してみるというのは」

 

 仙左衛門の提案に、ジャンとソーマは素直に矛を収める。小此木は面識の少ないソーマはまだしも、ジャンまでが思いのほか素直に従う様子に、多少の疑問を感じる。

 

「(あれが総帥……立っているだけだったのにまるで親父が本気を出したときみたいだ)」

 

「(ジジイや睦十と同じ気迫……さすがは総帥サマって事か)」

 

 実のところ、二人も仙左衛門の持つ闘気に当てられていたためだった。恐怖ではなく武者震いの類ではあったが。

 

「ところで秋山……階一郎が死んだというのは本当か?」

 

 仙左衛門はジャンに、祖父階一郎のことを訊ねる。

 

「(たしか……おじい様が日本で五指に入る超調理人と言っていた方の一人。名は秋山階一郎、二つ名は『中華の覇王』―――『秋山』?!)」

「確かジャンのおじいさんだったよね」

 

 えりなが秋山階一郎の名からジャンの系譜を推測していると、小此木が脇から正解を突きつける。

 

「それは……知ってて聞いているんだろ? アンタはジジイとどういう関係だったんだ?」

「なあに、昔の料理人仲間だよ。それにしても睦十には自分の孫を預けたくせに、ワシにはなにも言わずに逝くとはツレない奴よ」

「ジジイは睦十のことは相当意識していたけどな。単にアンタの事は眼中になかっただけじゃないのか?」

「小僧……言いよるわ」

 

 実際に階一郎が仙左衛門のことをどう思っていたかは本人のみぞ知る話だが、仙左衛門はジャンの軽口を宣戦布告ととらえ、闘気を漲らせた。

 

「(おじい様、まさか秋山を潰す気?)」

「えりなよ、ワシがそのような大人げないことをすると思ったか?」

 

 その闘気はえりなが殺気と間違えるほどだった。仙左衛門は表情からえりなの考えを見抜き、釘を刺す。

 

「この学園で頂点を獲るか、それに見合うレベルに達したと判断したとき……ワシ自ら貴様の相手をしてやろう。なんだったらワシを睦十の奴とやる前の肩慣らし程度に思っておっても構わんぞ。その時は秋山階一郎の眼中になかった男の実力を見せつけてやるがの。

 クアーカッカッカッカ!」

 

 仙左衛門が高笑いとともにその場を後にすると、小此木は思わず深いため息を吐いていた。それは小此木だけではなく、その場の全員が緊張から解放され、安堵の表情を浮かべる。

 

「言ってくれるぜあのタヌキオヤジは」

 

 当然、仙左衛門の物言いはジャンの軽口への切り替しも含まれていた。睦十だけでなく仙左衛門もジャンを今はまだ戦うべき力量ではないと言い放ったのだ。

 「覇王の後継者として負けてたまるか」ジャンは心の中でつぶやいていた。




料理漫画原作なのに料理よりジジイばかりに

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