食戟のジャン   作:どるき

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第十話「上湯炒飯」

 ふれあい合宿が始まって三日目、薬膳の力でコンディション管理も万全となったジャンは、順調に課題をこなしていた。

 当然ながら小此木をはじめとしたジャンの顔見知り達も依然といて生き残っていた。

 その日の夜、翌朝行われる試験の説明として生徒たち全員が大広間に集められた。

 

「集まってもらったのは他でもない、明日の課題を説明するためだ。テーマは朝食、それも遠月リゾートの朝食にふさわしい驚きのある一品を作ってもらいたい。

 メイン食材は卵、それさえ守れば何を作ってもかまわないが、ビュッフェスタイルにて提供することを忘れないように。

 審査開始は明日の朝六時、その時刻に試食できるように準備してくれ」

 

 堂島は必要なことを伝え終えると、そそくさとその場を立ち去った。生徒たちは寝ている暇もないと動揺し、各人手隙の調理室を探してそこでの試作、準備に移り始める。

 

「どうしよう、ジャン。卵がメインだなんて何を作ろうか?」

「驚きだなんだともったいぶっているが、とにかくビュッフェ向きで卵を使ったうまい料理を作ればいいんだぜ。何なら前に作ったあのうどんでもいいんじゃないか」

「アレはダメだよ。ビュッフェじゃ伸びちゃうよ」

「それもそうか」

 

 とりあえず二人は何を作ろうかと考えるため、一度宿泊室に戻った。

 

――――

 

 生徒たちが悪戦苦闘しているその頃、一組の宿泊客が遠月リゾートを訪れていた。若い男女が五人の一行なのだが、この中に一人だけ只者ではない人物がいた。

 

「堂島くん、お久しぶり」

「麻生さんか、今年は来てくれたのか」

「今までは海外暮らしが長かったけれど、今年は日本にいるからね。いい機会だから、子供たちの旅行も兼ねて遊びにきちゃいました。

 

 彼女は麻生すみれといい、堂島銀とは同期生である。十傑委員会第十席に座っていたのだが、若くして結婚して料理の表舞台から姿を消して久しい人物であった。

 

「シャペル先生もお久しぶりです」

 

 すみれは同室にたむろしている他の教員たちにも会釈する。古株教師のシャペルを除けばみな堂島より若い面々のため、堂島とタメ口をきく婦人へ最低限の礼儀を尽くす。

 

「そんなに畏まれても照れちゃうわ。私なんて前線を引退したロートルよ。皆さんからすれば主婦の料理教室のバイトしかしていないお姉さんなんて石ころみたいなものよ」

「いやいやそれこそご謙遜を。麻生すみれといえば遠月きっての人心掌握術の天才と言われた人だ。その手腕は見習いたいものですね」

 

 下手に出たのは蟇目だった。一昨日の一件やこれからジャンを誘おうとしている件もあってか、敏腕ネゴシエーターと噂されるすみれの手腕を見習いたいと思っていたからだ。

 

「いやだわ。まるで私が悪女といわれているみたいじゃない」

「いやいや、同級生の俺から言わせてもらうけれど、キミの場合は悪女だなんて生ぬるいよ。キミの善意は天使の施しには違いがないが、それが人間の為であるとは限らないというタイプだ。キミの仕事をこなすための的確な指示ではあるし、あくまで善意の施しであるがゆえにキミの提案は恐ろしいよ」

「もう、堂島君まで」

 

 宴会ムードならこのまま朝まで飲み明かそうとでもなりそうなところであったが、遠月リゾートの顔である堂島にはそのようなハメを外した結果による失敗はない。

 嵐のように濃いが時間にすれば短い邂逅ののち、この場は解散した。

 

――――

 

 翌朝六時、ついに審査が開始された。

 審査員は遠月リゾートが集めた遠月関係者と現役のホテルスタッフによる試食により行われ、制限時間内に規定数二百を消化したものが合格という。

 眠た目をこする小此木と、アドレナリンで血走った眼をしたジャンもまた、この会場にいた。

 

「審査開始!」

 

 堂島の号令のもと、審査員たちは方々に散らばった。やはりと言うべきなのか、えりなとアリスという薙切総帥の孫娘たちのブースは特に人を集める。それ以外のブースもところどころ人だかりができているのだが、その差は歴然である。

 薙切の孫娘達を筆頭にした一部のトップグループは、開始早々にしてあとは並んだ人数を消化すれば合格間違いなしという情勢になっていた。

 一方その頃、ジャンと小此木のブースはガラガラに空いていた。

 

「誰も来ないね」

「ビュッフェスタイルなんだ、焦ることは無いぜ」

 

 二人が作った料理は、小此木が卵入りのスープ、ジャンが炒飯である。この二つは単品での味以上に組み合わせることで真価を発揮する仕掛けが施してあったのだが、まず誰も食べないのではそれを披露できずにいた。

 あたりを見回したジャンは、試食そっちのけで薙切えりなの調理風景をカメラに収めている若い男に目を付けた。

 

「アンタ、まだ何も食べていないのなら俺達の料理を食っていかないか?」

「うーん……後でもいいかな? 今はあの子をカメラに収めることで忙しいんだ」

「あの……」

 

 後をついてきた小此木は、男の肩をたたく。なぜなら―――

 

「アンタはこんな場所で何をしているのよ!」

「け、景ちゃん! これはあの子が調理する姿が映像映えしそうだったものだからつい……」

「つべこべ言わずに審査に協力しなさい!」

 

 景と呼ばれていた男の連れと思しき少女は、男を引っ張っていこうとする。そこでジャンはこの二人を客引きすることにした。

 

「お仕事は終わったようだな、色男さん。出来立てを用意するから食っていってくれよ」

「だってさ、景ちゃん」

「私もまだ食べていないからおなかぺこぺこよ。これも全部京介先輩が悪いんだら。

 ―――折角だし、キミたちの料理を頂こうかしら」

「よし、すぐに用意するから待ってろ」

 

 ジャンは最初に作り置きした料理を差し出さずに、若い二人を前にしてあえて一から調理を開始する。

 ネギと大根の醤油漬けを刻んだ後によくかき混ぜた卵とごはんを用意する。火柱とも言うべき業火で真っ赤に焼けた鍋の上でそれらを手早く炒める。仕上げに刻んだネギと大根を合わせて醤油と隠し味のラー油一匙を加えて秋山醤特製の朝型黄金炒飯(モーニングチャーハン)の完成となる。

 鍋を振るうその姿は芸術的であったのだが、京介は自慢のビデオカメラを構えることをつい忘れていた。

 

「できたぜ!」

「うまそうだけど……朝っぱらから炒飯ってのもちょっと重たい気が」

「つべこべ言わないの。いいじゃない朝から炒飯食べたって」

 

 京介は几帳面に胃もたれを気にする様子であったが、景はおおざっぱなのだろうか気に留める様子はない。だが胃もたれを懸念していた京介も、ひとたび食べればその心配も消えていた。

 

「なんだこの炒飯……全然油っぽくないぞ。でも味はしっかり炒飯だ」

「朝ごはんとしてはちょどいいね。でもなんだか軽すぎて炒飯を食べたって満足感にかける気もするけれど」

「そういうことなら……ちょっと失礼!」

 

 小此木は二人の炒飯に自分のスープをかける。ジャンの皿も予め深めのものを用意していたため、スープがこぼれる心配はない。

 

「ちょっと、いきなり何をするのよ」

「いいから、このまま食べてみてよ」

「それじゃあ早速……これは……う、ま、い、ぞー!」

「うっさいばか!」

 

 隣の京介が突然吠えたことに驚いた景は、つい京介を蹴ってしまう。だが自分でもスープのかかった炒飯を口に運ぶとそれもさもありなんかと考えを改める。

 

「まるでお茶漬けみたい……それにスープの味が加わると途端に炒飯を食べたって満足感が増すなんて。ねえ、これ千尋たちにも食べさせようか」

「そうだね、景ちゃん」

 

 こうして二人は一度この場を離れたのち、別の料理を試食中であった身内を連れてきた。

 景の妹である千尋、千尋の恋人である蓮司、蓮司の母であるすみれの三人である。

 

「どれどれ……今の若い子は面白そうなことをしているのね。私が通っていたころなら、協力しようなんて言っても片方が相方の手柄を横取りしちゃってたところだけれど」

「あいにく小此木は大事な友達だから、こんなところでクビになられたら困るぜ」

「あら、そうなの?」

「そら、三人前できあがりだ」

 

 すみれと雑談しているうちに、ジャンは炒飯を作り終えた。

 

「それじゃあ小此木君のスープをかけて……これはおいしいわ。景さんが言うようにお茶漬けみたいにサラサラしていて、それでいて味の満足感が強いわ。炒飯だけで食べても朝食版炒飯としてアリだとは思うけれど、スープをかけて食べるとワンランク上になるわ」

「この炒飯は蓮司君おすすめの中華料理屋よりおいしいです」

「スープに全く油が滲んでいない。あの火力が余計な油を全部蒸発させてしまうんだ」

 

 試食した中で蓮司がジャンの仕掛けを見抜く。それに反応して、ジャンは種明かしをする。

 

「ご名答だ、お兄さん。この炒飯を作るために小此木のコンロからもガスを貰ってきて一気に高火力で焼き上げているんだ。だからスープに浸しても油が滲まないし、米の粒も立ったままになる。

 オマケに小此木のスープは高級ホテルにふさわしい金華ハムと鶏ガラを煮た上湯だ。卵スープとしてそのまま飲んでも充分うまいが、サッパリ味に傾倒しがちな俺の朝型黄金炒飯(モーニングチャーハン)にかけた際に味が一番引き立つように調整してあるぜ」

 

 ジャンの実演調理と、すみれたち一行の高評価は周囲の注目を集める格好のパフォーマンスとなる。すみれたちがジャンと小此木の料理を高評価したことは、彼女の旧知のなかである堂島を通じて従業員たち、そして他の関係者家族にも電波する。

 これによりジャンたちは大忙しの人だかりをこなすこととなり、開始から一時間半ほどで既定の二百皿をクリアした。

 

「ふう、ギリギリ二百食達成だ」

 

 一方でソーマは、スフレオムレツを選択したもののおいしさの持続時間を計算していなかったためスタートダッシュに失敗していた。悩んだ末に実演調理による客引きを思いつき、土壇場での加速によって出遅れを取り返したため、時間ぎりぎりでの課題達成となっていた。

 課題終了後、互いの様子をうかがうため三人は一堂に会していた。

 

「生き残ったか? キズマユゲ」

「おかげさまでギリギリセーフだぜ。そういう秋山達は余裕のクリアか?」

「ボクの場合は半分くらいジャンに便乗したおかげだけどね」

「なあに、自信を持てよ、小此木。上湯の味付けだってお前のオリジナルなんだから。正直いってそろそろミスターよりお前の方が上だと思うぜ」

「あはは、そうかなあ」

 

 三人が雑談しているそのころ、ジャンに褒められて照れ笑いする小此木をかわいいと思いながら北条美代子は三人を遠目で眺めていた。

 

「あれ、北条じゃん。何しているんだ?」

 

 不意に、後ろから声をかけられた美代子は驚いて背筋を伸ばす。

 

「な! 水戸?!」

「驚きすぎだろう。な~にあの三人を眺めているんだ」

 

 声をかけたのは水戸郁美という生徒だった。ソーマとの食戟に敗れて以降、彼に特別な感情を抱いている褐色金髪娘である。

 彼女もソーマに声をかけようかと思っていたのだが、その前に怪しい行動をする美代子を見つけて声をかけた次第である。

 

「あの三人に用があるんだろ?」

「べ、べつに……」

「怪しいな。幸平か? それともまさか、中華つながりの秋山目当てか?」

 

 美代子は郁美の尋問に顔を赤くする。恋愛慣れなんてしていないせいか、責められるのには弱い。

 

「あ、あたしはただ……小此木たちに課題で作った月餅の味見をしてほしかっただけで……」

「小此木ねえ……意外だな」

 

 美代子の口振りに、郁美は美代子が小此木に気があるのかと邪推する。だが藪蛇をつつくのも悪いかと、自分の目的ついでに彼女の背中を押してやろうかと打算が働いた。

 

「まあ、それならみんなで味見してやるよ。行こうぜ」

 

 こうしてジャンたち三人に美代子と郁美も加わる。美代子の作った月餅は卵をふんだんに使ったカスタードクリームが包まれており、とても甘くてクリーミーであった。特別な味だからか、その甘さは片思いをする郁美の胸に一番染み渡ったのだがそれは当人のみぞ知ることである。

 この課題が合宿の山場に設定されていたため、以降のジャンたちは特別苦戦することもなく課題をクリアした。こうして五泊六日の合宿の全工程が終了した。

 




efキャラクロス構想が漢字違いはつらいよなで頓挫した代わりに、黒サイレン側を書いているうちにすみれさんのことを思い出して結合した具合
このシリーズは卵料理が重なりすぎて多少強引でしょうが、ジャンのテーマはE&Eで押し通せという事でご勘弁ください皆様
とりあえず黒サイレンも一区切りまで毎朝8時更新なのでよかったらご覧ください

あと美代子デレ改変が最初は破局オチにしようと思っていたのになんだかよさげに思えてきた

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