魔法少女?違う、アタシは決闘者だ!   作:fukayu

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 人間界を彷徨うモンスター達の主の元への帰還は思いもよらぬ障害に苛まれることとなった。

 

『駆け抜けろ!』

 

 隊長の怒号と共に無数のモンスター達が夕暮れどきの街中を走り抜ける。

 そんな非日常の光景を人々は唖然とした表情で見つめる。異世界からやってきたような、アニメや漫画の世界から飛び出してきたようなモンスターの姿を突然見せられた彼らに正常な判断能力が戻るまで暫しの時間が必要となる。

 

 そんな正気に戻れば即座に警察に通報レベルの格好をした剣や盾を装備した戦士達に出来るのは一刻も早くこの場を離れることであった。

 脳みそが筋肉で出来たような戦場に生きる屈強な戦士達に「シノビ」や「忍者」といったカテゴリーに属する者達と同じ隠密行動を求めるのは酷だろう。

 

『ここを突破すれば主はすぐ其処ぞ!』

 

 さながら、敵の城へと特攻を掛けるが如く荒々しくも統率の取れた重武装からは想像できないほど速い動きで目を剥く人々には気もくれず駆ける。

 彼らの戦場は此処ではない。誇り高き騎士にも、荒々しい鬼にも、不器用な戦隊長にも還るべき場所(デッキ)がある。自分達が主と見初めたひとりの少女の元へと還るまでは無駄な争いは起こすわけには行かない。

 

『クソ、あのドラゴンがいれば全員は無理でも何人かは姫に俺たちの無事を知らせたのに!』

 

『仕方ないだろ………アイツにはアイツの戦場がある』

 

 梓を偶像(アイドル)として姫と呼んでいるゴブリン達は自分たちと一緒にあの結界で召喚され魔女へのフィニッシャーとなった黒き龍を思い出し、同じ部隊のゴブリンに諫められる。

 自分達とは違い、エクストラデッキから召喚されたあのドラゴンは結界内に取り残されることは無かった。あくまで彼はここにいる戦士たちとは違って梓には”力を貸してくれているだけ”であり、きっと現在は本来の戦場で本来の主とともに自分たちと同じくらい過酷な戦いを繰り広げていることだろう。

 

『そう、か。そうだよな………アイツも忙しいのに姫の為に態々力を貸してくれたんだもんな』

 

 

 5枚入りのパックをデッキがギリギリ作れるくらいの枚数買ったとして、実戦で扱えるデッキになる訳が無い。せいぜい、「カテゴリー」や「シナジー」を完全に無視したデッキが出来るのが関の山だろう。

 そんなもので命懸けの魔女との戦いをまぐれでも勝ち抜ける訳がない。しかし、事実あの少女は――悠城梓は巴マミと共に魔女を撃破した。

 

 真の決闘者のデュエルはすべて必然。

 それは例え中身のわからぬパックであっても変わらない。200億を超える無限の可能性からあの少女は自らの下僕(しもべ)達を一度も間違えることなくサーチした。故に現在彼女が持っているカードの中に戦術のために入れ替えるカードはあっても、全く使えないカードはひとつたりともない。そしてそれは、彼女が決闘者である限り変わらないだろう。

 例え世界が違おうとカードに宿る精霊たちは自らが主と定めた少女のためにその力を振るう。だからこそ、優木梓の元へはこれからも彼女のために無数のカードが集うだろう。

 

「今日って、どこかでイベントやってるんですか?」

 

『!?』

 

 物々しい雰囲気で一心不乱に走り続ける部隊に遂に自ら接触しようとする人影が現れる。

 剣や棍棒など威力は違えど他者を傷つけるための武器を持ったモンスター達に戦う力の無い人々の中で最初にコミュニケーションを図ったのは正義感あふれる勇者でも、防衛本能(狂気)に駆られた狂戦士でも、人類を代表して対話を試みる政治家でもなく、ただのヒトが生まれながら持つ好奇心に駆られた少女だった。

 

「さ、さやかちゃん―――やめようよ、この人達(?)急いでるみたいだし……」

 

「大丈夫だって。普通に何かのイベントに遅れそうになってるだけかもしんないじゃん!」

 

「そ、それならもっと呼び止めちゃダメだって……」

 

 モンスター達に話しかけてきた青髪の陽気そうな少女とは違い、ピンク色の髪をした少女は完全に大きいものでは3メートルを簡単に超える戦士達の姿に萎縮してしまっていた。

 この主とはまた違った雰囲気の二人組に屈強な戦士たちも戸惑う。これが主なら「デュエルだ!」の一言でカタが付くだけに良くも悪くも平和な俗世に染まっているこの少女たちの危機感の無い仕草にどう対応すればいいか分からずにいた。

 

 それでも………それでも、彼らにはやるべきことがある。

 部隊を率いるべき立場の隊長は行動できずにいる隊員たちに向かって非常な決断を下す。

 

『………先へ往け』

 

『!隊長、それはッ』

 

『今、重要なのはなんだ!?あの方の元へ一刻も早く馳せ参じることだろう!ここは俺が対処する。だから往け!』

 

 隊長こと《切り込み隊長》の効果は仲間である戦士達への攻撃をその身体で受け止めることである。だからこそ、今ここで隊長が部隊と別行動をとればこの少女たちの注意は自然と部隊の方ではなく隊長唯一人に向けられる。

 しかし、それは隊長が孤立することを意味する。下手をすれば、何処とも知れぬ場所で力尽き二度と主のデッキへと戻れない可能性すらある。

 

『俺は、俺は必ず帰還する。お前達を置いて死ねるかよ!だから……………今は往け!』

 

『隊長………』

 

 ―――――必ず帰還する。

 

 その言葉は嘗て戦場で幾度も無く聞いた言葉だった。

 

 その言葉は戦友(とも)との誓いの言葉だった。

 

 戦士達は静かに敬礼をする。

 戦友(とも)との暫しの別れを惜しむかのように、そして再会を信じているからこそ敬意を評して静かに走り出す。

 

「あのー、どうしたんですか?」

 

『いや、何でもない。では、話を聴こうか』

 

 一人残った隊長は目頭に貯まる一粒の涙をそっと胸に押しとどめ一人少女たちに向き直る。

 例えこの少女たちがその敬礼の意味すら解せずとも、漢の意志は戦友(とも)へと受け継がれた。後は目の前の任務を遂行するだけだ。

 

(さて、この年頃の少女と話したのは何時ぶりだろうか?)

 

 戦場を駆け抜けて幾10年。

 面と向かって少女と話す不器用な隊長の春だった。そこに主である優木梓はカウントされない。何故なら彼女は決闘者だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、何処へ行ってしまったの!?」

 

 確かについさっきまで一緒にいたはずだった。

 

 ―――――カードが足りない。

 

 そう叫んで走り去った梓の姿は今やどこにもない。

 目の前の目標に一直線なのは決して悪いことではないのだが物事には限度というものがある。

 

「念話も通じないし、全くもう!」

 

 片方の受話器が上がっているかのように全く繋がらない念話を中断し、携帯電話を取り出そうとするマミだが、

 

「電話番号聞くの忘れたわ………それ以前にあの子携帯電話持ってるのかしら?」

 

 恐らく可能性は低いだろう。

 衣食住すらおぼつかない梓が持っているとは思えない。第一、そんなものを買うお金があるなら間違いなく全てカードにつぎ込んでいるだろう。

 

 気が付けばキュゥべえも何処かに行ってしまっているこの状況に流石のマミも呆れる他なかった。

 

 しかし、それと同時に憧れもする。

 梓のその自由奔放さと好きなものにとことんまで呑めり込める姿勢はヒトを惹きつける。

 当然マミもその一人だ。マミの契約はどうしようもない状況で結ばれたものだった。家族みんなで事故に遭い、死の間際にキュウべえと出会った。

 あの状況であの選択以外はあり得なかった。そう、今までは思っていた。

 

(でも本当にそうなの?私がもし、あの状況で家族みんなが助かるような願いをしていれば………)

 

 それは今まで考えようとして必死に目を逸らしてきたもの。

 キュウべえとの契約は時に因果律すらねじ曲げるものとなる。もし、梓のただデュエルがしたいという本人にとってはとても重要であるが、他人にとっては命を懸けるほどでもない願いがありなら………

 

「私の願いも――――」

 

 それは禁断の願い。

 三つの願いを四つにするような御伽話でも禁じ手として記されているような誰でも思いつくけれど、決して実行に移してはいけない想い。

 それは魔法少女にとっても同様だ。マミたちは願いと引き換えにソウルジェムを―――魔女と戦う力と宿命を手にした。願いには代償が付き物だ。でも、もし叶うならもう一度優しかった父と母に会いたいと願うのは間違っているのだろうか?

 

「私は―――――」

 

 自分の中に芽生えた黒い感情。

 それに気付きながらも、ささやかながらも当たり前の願いをマミは頭の中から消し去ることは出来なかった。

 

 そんな少女に惹かれるように”それ”は現れる。

 魔法少女が戦うべき存在が座する場所にしてマミの日常と非日常を分かつ境界線。

 

「結界!………どうやら、彼女を探すのは後回しになりそうね!」

 

 魔女の結界を放っておけば罪のない人間がたくさん魔女の犠牲になってしまう。

 その光景と自分の家族を重ね合わせ、覚悟を決める。マミが魔法少女として戦い続ける理由はきっとそこにあるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巴マミが結界に入ったそうね」

 

「梓もじきに気づくだろう。そうすればあの結界には君も含めて三人の魔法少女が集うことになるね」

 

 海馬ランドに設置された展望台の更に上、一般人は入り込めないように現住に封鎖された踊り場に二人の人影があった。

 否、一人と一匹というのが正しい。片方は人語を介しながらもおよそ人間と呼べる大きさではなかったのだから。

 

「いいえ、私はいかないわ。でも、そうね三人という数字は間違ってはいないでしょうね」

 

「どういうことだい?」

 

「この物語に鹿目まどかが加わった。そうすれば彼女が大好きな彼女も当然動くでしょう?」

 

 一匹―――キュウべえとわけもなく会話をする少女はその紅眼を光らせながら邪悪な笑みを浮かべる。

 

「この結界に宿る魔女はきっと彼女たちを以てしても厳しいでしょうね。一人でなんて以ての外!さあ、さあ、さあ!どうやってこの困難を打ち破るのかしら!?」

 

 三人の魔法少女のチカラでも抗いきれない絶望的な状況を予想してか、はたまたその困難すら打ち破る少女たちの姿を夢見てか紅眼の魔法少女は興奮した様子で叫ぶ。

 

「三人掛りでも厳しい魔女か。君は正体を知っているようだけど、一体どうやったのか聞いてもいいかい?」

 

「ああ、何簡単なことよ。私達の世界にも魔女に準じたものはあるというだけ。今回はそれを利用させてもらったわ」

 

「成程ね。君は最後まで見ていかなくてもいいのかい?」

 

「私は絶望を打ち破るものの味方よ。彼女達にその資格があるなら必ず打ち勝つわ。…………それに」

 

「それに?」

 

「店番よ。休憩時間はもうすぐ終わり。五分前には戻らないと――――」

 

「君も苦労してるね……」


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