餓狼 MARK OF THE DRAGONS   作:悪霊さん

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大分間が空いてしまいました。年内に破邪の洞窟編を終わらせたいところですが少々キツいか。
そして気がついたらいつもの倍以上。


第36話 第二ラウンド

 閑散としたロザリーヒルに剣を振るう音が響く。時折ラーハルトの持つ英雄の槍とぶつかり合う金属音も鳴るが、ピサロの隙のない立ち振る舞いにラーハルトは中々切り込むことができなかった。どうにか一瞬の隙を突いて槍を突き出すものの、巧みな体捌きで掠るように躱される。

 攻撃呪文の一つも撃てばどうにかなるかもしれない、などという甘い考えは持てない。一瞬でも槍から手を離せば即座に斬って捨てられかねない。そもそもラーハルトは呪文は不得手だ。使えない訳ではないが、そんなものに頼るより自慢の愛槍一本で戦う方が良い。そう結論付け、時折身を掠める刃を必死に躱しながら機を伺う。

 

「クッ……」

 

「どうした、そんなものか!」

 

「いいや、こんなものではないとも!」

 

 自慢の目にも止まらぬ早業で一呼吸の間に三度槍を突き入れる。が、最初の突きは首を掠め、次の突きは剣の腹に阻まれ、最後の突きはマントに風穴を開けただけだった。

 何が、何が足りない。速さが足りない訳ではない。むしろ単純なスピードならこちらが上だと自負している。なのに何故当てられないのか。そんなことは自問するまでもなく分かりきっていた。経験の差だ、奴と自分では文字通り潜った死線が違うのだ。ピサロはラーハルトの攻撃より速く防御或いは回避している訳ではない。ただ、培った経験を元に軌道を先読みしているだけだ。防御されているというより防御の上を攻撃させられている、と言った方が相応しかろうか。圧倒的な経験則から来る動きをただのスピードで圧倒するのはいくらラーハルトでも至難というものだ。それに戦闘前に言っていた自分が探している答えとは一体何なのか。恍けると言われたが心当たりはない。次第に焦燥感に駆られだした自分に気づいたラーハルトは、頭蓋を貫かんとする剣から身を捩って回避し、そのまま大きく飛んで距離を取った。

 

「ハァ、ハァ……くっ、手強いな……」

 

「魔族の王たるものが弱いと思うか?」

 

「思うわけがない。これでも今まで色んな者と戦ってきたが……お前より強いかもなどと思い浮かぶ者など数える程はいないな」

 

「……数えずに分かる程度にはいる、ということか。バランという男か?」

 

「そうだ、竜の騎士たるバラン様だ。だが……」

 

 そこでラーハルトは皮肉げに口元を歪めると、自信有りげに言った。

 

「バラン様もお前も本気を出したところは見たことがないが、もしお前とバラン様が戦ったならバラン様が勝つだろうと言ってやる」

 

「……ほう」

 

 挑発と己が仕える騎士の強さへの自信を込めた言葉にピサロは面白いとでも言いたげな顔をする。手加減していた事に気づかれていたのも含め、多少は認めてやろうかという気が出た。しかしそれも束の間、すぐに鋭い眼でラーハルトを見つめる。

 

「確かにバランという男は強いな。あの人間を彷彿とさせる雷呪文や剣技といい、私が知る中でも指折りの存在だ。だが――」

 

 そこで言葉を切り、どこか遠くを見るような眼でピサロは呟いた。

 

「人間を愛し、人間と共にあろうとした事が不幸を招くかもしれぬ」

 

「……なんだと?」

 

「お前も知っているだろう、人間の醜さを。強欲で、醜悪で、その上愚か。自分のためなら同じ人間をも食い物にするような種族だ。確かにお前の友人……カインという者のような人間もいる」

 

 ラーハルトに向き直ると、ピサロは怒りを宿した眼でラーハルトを見据える。その気迫はラーハルトが気圧される程で、ピサロの人間に対する怒りを伺わせた。

 

「だがそれは例外中の例外だ。アレのような欲が薄い人間の方が珍しいくらいだ……普通はそうもいかん。人間は己の欲望には忠実なものだ」

 

「確かにそうだ。だがそれは人間の一面でしかないのだ、そう決まっている訳ではあるまい」

 

 ピサロは暗に”人間と共に暮らす事などできはしない”と言っているのだ。自分の友人や主人の妻など、人間とも関わって生きているラーハルトにとって、それは否定したい事だった。否定しなければいけなかった。

 

「……お前は知らんのだ。世の中には煮ても焼いても食えぬ者がいるということを。……ロザリーは、あの娘は人間に狙われているのだ。涙がルビーになるというくだらない理由でな」

 

「ルビーの涙……」

 

「欲深い人間どもはロザリーを追い立てては涙を流させ、それを手に入れようとしていた。人間は決して触れられぬと分かってもだ……だから私は人間どもを手にかけた」

 

「……その後は、一体どうなったんだ?」

 

「あまり話したい事でもないがな……初めて会った時、私は彼女の目の前でその人間どもをあの世に送ってやった。そうしたら彼女は酷い、と言ったよ。人間だってわたしたちと同じ生きとし生ける者なのに、とな。面食らったよ、そして興味深かった。エルフとは奇妙なものだと。今ならエルフだからではなくロザリーだからだと思えるが……」

 

 そう語るピサロは、ほんの少しだけ嬉しそうに見えた。しかしそれを塗りつぶすくらいの怒りが見えた。

 

「私はロザリーを匿う為に、この村の……あの塔に住まわせた。調度品を揃え、信頼できる部下に警護を任せてな。……それからも欲深い人間達はどうやって嗅ぎつけたのかこの村に度々ロザリーを捕まえにやってきた。村の者達はロザリーを匿うのに協力してくれたがな」

 

「村の者達……この村には人間もいたのか?」

 

「ホビットや大人しい魔物、動物達が主だったが人間も僅かにいた……それがなんだ」

 

「ならば人間と手を取り合う事は出来なくとも、共存する事はできたのではないか?その無法者は兎も角としてだ」

 

「そうする為には、色んな事があり過ぎた。最早私はそんな道は選べぬ」

 

 怒りと決意と、そして何かの篭った眼でピサロはそう断言した。その眼はラーハルトにはどこか悲しく映った。だが、そんな思いはピサロの続く言葉でどこかへと消え去った。

 

 

「貴様は人間に愛する者を奪われて、それでも尚共に生きようなどと言えるのか」

 

「な、に……?」

 

「私達はお前の仲間の記憶の具現と言っただろう。元となった私達が今も生きているとは言っていない……ロザリーは、私の目の前で人間に殺されたのだ」

 

 頭を金槌で殴られたような衝撃だった。先程仲睦まじく向かい合っていたこの二人が、既に命を落としていると、しかも人間が命を奪ったというのか。激しい怒りを覚えたラーハルトだが、更なる言葉に声を失った。

 

「お前もそうだろう。人間に、愛する者を奪われた。なのに人間と共に暮らせるのか?」

 

「っ!」

 

 父と母の顔を想起する。優しかった両親が、あの自分をいじめていた人間達のせいで命を落としたというのに当の奴らは今ものうのうと生きている。そう無意識に考えて、ラーハルトはかぶりを振った。思い出さないように、あまり考えないようにと自分でも無意識のうちにどこかへ追いやっていた事だった。それでも何か言い返してやろうとピサロを睨みつけると、魔族の王は半魔族に向かって手を翳していた。

 

幻惑呪文(マヌーサ)

 

「な――」

 

 迂闊だった。戦闘の最中だというのに、こんな呪文をかけられるような隙を晒してしまうとは。自分の失態を悔やみながらも、先程のピサロの言葉が頭を離れない。戦闘に集中しろ、まずは倒してから考えろ、幻などに惑わされないように気をしっかり持て。そう自分に言い聞かせて前を向くと。

 

「……これは」

 

 魔法で惑わされた眼に映ったのは。

 

「何の嫌がらせだッ……!!」

 

 幼い日の自分と、それを虐めている人間達の姿だった。

 

◇◇◇◇◇

 

 

 アレフガルドというらしい大陸の片隅にある荒野が、小さな勇者と大魔王を倒した勇者の決闘場だった。ピサロとラーハルトの闘いとは違い、彼らは呪文も積極的に使いつつの勝負だが。

 

閃熱呪文(ベギラマ)!」

 

氷結呪文(ヒャダルコ)だニ!」

 

 ロトの放つ熱線に氷の槍をぶつけ、威力を大きく殺す。威力の殆どを使って氷槍を溶かした熱線を回避するのは容易だった。

 

「氷結系呪文が使えるのか、ちょっと羨ましいかな。僕にも使えたらもっと楽だったかな?」

 

「ロトは氷結系呪文の契約が出来なかったのかニ?」

 

「ああ、素質が無かったみたいでね。メラゾーマどころかメラミも使えないし、さっきは閃熱呪文を撃ったけど、極大閃熱呪文(ベギラゴン)は使えない」

 

「難儀なもんだニ。でも君の剣はそれを補って余りある強さだから羨むことはないニ」

 

「そうだね、剣技に関しては自分でも自信を持っているよ。さ、続きと行こう」

 

 そう言って、かかってこいと言うような動作で挑発する。アベルは一つ頷いて、小柄な身体に似合った小さめの剣を掲げて飛びかかった。ロトは王者の剣でそれを迎え撃つ。二本の剣がぶつかり合って激しい音を立てた。

 

「くぅっ……やはり手強いニ。ボキよりも数段上の相手、というのも久しぶりだニ」

 

 鍔迫り合いをしたまま、アベルがそう漏らす。弱気になっているとかではなく、純粋にロトの強さを讃え、そんな相手と戦える事を喜んでいるようだ。

 

「そいつはどうも、っと!」

 

 魔界の名工ロン・ベルクの鍛えた剣は、オリハルコンで出来た王者の剣とぶつかり合っても折れる事はなかった。ロトが全力を出していないというのもあるが、これほど激しくオリハルコンと打ち合わせても戦える剣を作り出すロンの腕は確かなものだ。そんな奴が自分に作ってくれた剣なのだから決して負けないという自信の下にアベルは剣を握る手に力を込める。

 

「!」

 

「ニ゛!」

 

 両手で王者の剣を握り締めていたロトはいつの間にか指を一本だけ立て、そこから閃熱呪文を撃ちだしてきた。顔面目掛けて飛んでくる熱線は間一髪回避できたが、頬が少し焦げ臭くなった。後ろに飛んで距離を取り、念の為に頬にホイミを掛ける。

 

「やはり伝説の勇者だけはあるニ。今のボキではとうてい敵わない……」

 

「じゃあどうするんだい?ここで終わる?」

 

 ロトはそう言葉を投げかけてはいるものの、アベルがそれを是としないのは分かっているようだ。戦意を緩める気は全くない。

 

「んな訳ないニ!だったら今のボキが出せる全力をぶつけるだけだニ!」

 

「そう来なくっちゃ!」

 

 剣を収めたアベルは両手をロトに向け、魔力を込める。先程から彼は氷結系呪文を多様していた為、今から撃ちだされるのがそれである事は想像に難くなかった。

 

 

「マヒャドか……思い出すな、昔を」

 

 ぽつりと呟いたロトは盾を翳して防御する耐性を取った。アベルの放った冷気で地面がたちまち凍りついていくが、勇者の盾はそれ程の冷気をものともせずに主人を護り続けている。ベギラマでは出力がマヒャドに追いつかないと判断したのだろうか、呪文を使う様子はない。

 

「ぐぬぬ、マヒャドでもびくともしないとは凄い盾だ二。まさに勇者の盾ってところだ二」

 

「そうだね、この盾にはよく助けられた。さっきのマヒャドよりも強い氷のブレスを使う奴と戦った事があったけど、その時も護ってくれたよ」

 

「ほほう、ボキの魔法より強いブレスとは、もしやそいつが君の戦った魔王か二?」

 

「そうだよ……君、とぼけた性格の割には鋭いね」

 

「とぼけたは余計だ二。して、そいつの名は?」

 

 心外だというように肩をすくめるアベルに苦笑すると、ロトは昔を懐かしむような顔つきで空を見上げた。

 

「……大魔王ゾーマ」

 

「ゾーマ……」

 

「氷の魔法やブレスを得意としていてね、勿論その力も半端じゃない、大魔王と呼ばれるに相応しい奴だった。戦う時に聞いた彼の前口上は未だに覚えているくらいだ。彼は確かに僕の敵だったけど、誇り高い存在だった。ゾーマが絶対的強者だったからこそ、負けないようにとここまで強くなれた。倒すために強くなれた。ゾーマがいなかったら勇者ロトは決して生まれなかったと言える程にね」

 

 故人を懐かしむように、いや、実際そうなのだろう。ロトにとって大魔王ゾーマというのはただの倒すべき悪ではなく、乗り越えるべき壁、称えるべき強者、そして勇者としての人生の終着点――そんな存在だったのだ。勇者アバンと魔王ハドラーのように、互いを認め合ったからこその関係。その道が交わる事はないが、理解者となる存在。

 

「確かにゾーマは悪だ。でも、ただの悪党じゃなかった。勇者というものが正義のカリスマだとしたら、ゾーマはただの悪じゃなく、いわば悪のカリスマだったんだ。それに気づいた時、僕は彼をひどく羨んだ」

 

 ロトの自嘲するような言葉にアベルが首を傾げる。勇者が大魔王を羨むとは一体どういうことなのだろうと。問いかけたかったが、それを口にする事はなんとなく憚られた。黙って見つめていると、視線に気づいたのかロトはバツの悪そうな顔で続けた。

 

「ゾーマは自分の意思で大魔王だった。魔物達を束ね、魔王バラモスを従え……大魔王であり続けた。最期の時まで、立派な悪で在り続けた。……でも、僕は違った。勇者になったのも、半ば周りに強制、或いは流される形だった。父が勇者だったからか自然と僕にも期待が向けられていた。僕の意思とは関係なしにね」

 

 そう話すロトは先程までのいかにも勇者という威風堂々とした姿ではなく、やるせなさや苦悩を隠せずにいるただの若者だった。

 

「王様からは魔王を倒せと言われ、与えられたのは棍棒や旅人の服に50ゴールド。死ぬ事で英雄になれとでも言うのかって思ったよ。仲間達は頼りになったけどこんな事を話せる訳もない。勇者なんて辞めてやると思ってもそれが許される事もなく勇者を続ける事を勝手に決められていた。天が選んだのだとしても、僕は勇者なんてどうだってよかった」

 

 勇者ロトと小さな勇者アベルの最大の違いはそこなのだ。アベルは誰かの為に勇者たらんとし、ロトは本人の意思を無視して勇者である事を宿命づけられた。アベルは勇者である事を望み、ロトは勇者である事を望まなかった。

 ロトの歩んできたその道に、アベルはショックを隠せなかった。それではその王や周りの人間達の方が悪ではないかと。自分達が悪だと気づいていない、魔王なんかよりもドス黒い悪だと感じた。今まで勇者は人々を助け勇気を与える者だと、悪を打ち倒す勇気ある者だと思っていたアベルにとって、彼の告白は衝撃的だった。

 

「勇者という肩書きもロトという称号も、重荷でしかなかった。こんなものに縛られずに自由でありたかった。そういう意味では、君の事もとても羨ましいと思ってしまう。何が伝説だ、何が勇者だ!僕だって結局一人のちっぽけな人間でしかないんだ!」

 

「……ボキは、君にかける言葉が見つからない二。そもそもかけられる言葉なんてない二、君の苦悩は君にしか分からないんだから二。だからボキはこう言う二」

 

 ロトがアベルに目を向けると、彼は小さい身体で目一杯胸を張っていた。小さな勇者の名の通り、勇者らしく堂々と小さな身体で雄々しく立っていた。

 

「その悩みや苦しみ、全部ボキにぶつけてみる二。思い切り吐き出す事でスッキリすることもある二」

 

「……いいのかい?僕が全力を振るったら君は生きていられるかも分からない。いや、きっと死んでしまうだろう。ゾーマだって僕が」

 

「ノープロブレェム!だ二。ゆくゆくは君のように強くなる予定なんだからここで死んじゃいられない二。つまりボキは死なない二」

 

「……無茶苦茶だよ」

 

 ロトは深々と溜息を吐いた。そんな馬鹿みたいな理論で死を免れる事ができるというなら今頃世界はそんな馬鹿で溢れかえってるかもしれない。

 しかし、ロトはどうやっても目の前のこの馬鹿が嫌いになれそうになかった。自分が無くしてしまった何かを目の前の馬鹿は持っている。そう思うと、彼の言葉を無下にするのは憚られた。

 

「分かった、全力で行かせてもらう」

 

「全力で来いニ。いっそ剣に最大呪文乗せて斬りかかるくらいで来るニ」

 

「……やった事ないんだけど、そんなの」

 

「君程ならできると思うニ?ボキだってできるニ」

 

 そう言ってアベルはこともなげに雷撃呪文(ライデイン)を自分の剣に落とし、その雷を纏わせる。自慢げにしている様子を、ロトは目を細めて見ていた。

 

「雷撃呪文……やっぱり君は……」

 

「これがボキの必殺剣、名付けてデインブレイクだニ。これを受けて立っていた者は……何人かいるニ」

 

 若干間の抜けた内容を誇らしげに語るアベル。この短時間でアベルの一挙一動に苦笑するロトという図が半ばテンプレートのようになっていた。

 

「じゃあ……やってみるかな」

 

「やってみるニ」

 

 ロトは王者の剣を高く掲げ、ポツリと呟いた。

 

「――ギガデイン」

 

 アベルのデインとは比べ物にならない程の強力な雷撃が、王者の剣に炸裂した。オリハルコンで出来たその剣はその豪雷をしかと受け止め、その威力を保っていた。

 

「これが僕の最大呪文、ギガデインだ。もう一度だけ聞くけど」

 

「NO!だニ」

 

「質問くらい聞いてくれ……言ったって答えは曲げないかな、君は。……行くよ、小さな勇者(プチヒーロー)

 

「来るがいいニ、強き人間」

 

 剣を構えた二人は同時に飛び出し、同時に剣を振るった。

 

◇◇◇◇◇

 

 カインは落ちていた。人工的な光しかない、暗い町並みに。ギース・ハワードに手酷くやられ、身体だけではなく精神も打ちのめされていた。

 意識は朦朧とし、頭に登っていた血がどんどん身体から抜け落ちていくのを感じる。虫の息だと他人事のように思い、これから訪れるであろう結末を半ば受け入れていた。

 段々と落下がスローになってきたように感じる。人は死ぬ間際にいわゆる走馬灯を見るらしいが、実際見るのは初めてだなとうっすら思う。

 

 

(猿真似でしかない技と与えられただけの身体、か。結局、俺ってなんだったんだ?あのカミサマは間違って俺を殺したって言ってたけど、結局こうして死ぬんだからそんな気に病まなくても良かったんじゃないか)

 

 

 最初に出てきたのは件の神だ。少女の姿をした彼の神は何故自分にこの身体を与えたのか。そんなことは本人に聞いてみないと分からないだろう。そんな事を疑問に思ったカインだが、理由なんてどうでもいいなと思っていた。

 

(ロンは最近どうしてんのかね。俺の成長に負けないようにって修行のやり直しとか言ってたけども。結局本気のアイツにゃ勝ててないな)

 

 次に出てきたのはこの人生で初めて出会った友人。思えば最初の友人が魔族だった時点で、その後の道が決まっていたのかもしれない。何にせよ、失望させてしまうかもな。そう自嘲すると、記憶の中の彼は酒を呷って笑い飛ばした。

 

(ハドラー……はもう死んでたっけな。このまま死んだら会えっかな?バルトスは性格的に天国逝ってそうだが……そういや天国とか地獄ってあるのかね。ヒュンケルはどうしてんだかな)

 

 魔王ハドラーは既に勇者アバンに破れ、その生涯を終えている筈だ。散々悪行をやらかした彼と同じ所まで逝けるかね、そう考えるとほんの少しだけ笑みがこみ上げてくる。バルトスなら天国行きでもおかしくはないのだが。最初の人間の友人は今頃何をしているのだろうか。

 

(ジャンクはちゃんと家族と仲良くしてるかね。特にポップと上手くやれてるか心配だ。アイツは変なところで強情だからな)

 

 人のいい武器屋の店主とその家族を思い出す。あの頑固一徹な父親は年若い息子とよく喧嘩をしているようだ。その喧嘩の元がジャンクの親心と若い少年にはよくある反発心と知っている身としては色々と思う所もあるが。あの年頃の子供とはそういうものだろう、自分にも覚えがある。もし自分に子ができたら、ジャンクのような父親になれるだろうかと考えて自嘲する。

 

(フォルケン王にゃ世話になったよなぁ。最近は体調良くなってるけどもう歳なんだからあんまり無理しないで欲しいもんだ。ま、その辺はカンダタもフォローしてくれるだろ。なんだかんだ言っても情に厚い奴だからな、アイツは)

 

 高齢の上に病弱なテラン王は身体が心配だが、その辺は自分がいなくてもきっとあの義賊がどうにかしてくれるだろう。無責任な事を言うと自分でも思うが、スノキアなどの薬草もしっかりカンダタの所で栽培している。ザムザとの取引ができなくなってもそれ程問題はないだろう。

 

(アバン殿はどこで何してんだかねぇ。いつだったかにヒュンケルが弟子入りしたって話は聞いたが、それもいつからかとんと途絶えちまった。どっかで野垂れ死にって訳はないだろうがな。あの二人はあれだな、殺しても死なないタイプだ。間違いない。マトリフのじじいは少なくとも向こう10年は死なないだろうな。せいぜい養生して長生きしやがれよ)

 

 割と失礼な事を半ば本気で考える。少なくともあの男に弟子入りした以上、ヒュンケルも最低限の技能は身につけている筈だ。アバンは教育者としても一流だからな、そう思って笑みを浮かべる。どうせ生きているだろうから、アイツに関しちゃ心配ないな。そう考えるとアバンも大概だなと笑えてくる。マトリフはマトリフでいい意味で歳を感じさせない人間だ。多分若い頃もああだったんだろう。若者が老いぼれより先に死ぬな、なんて怒鳴られそうだなと苦笑する。

 

(クロコダイン……あの獣王痛恨激は凄かったよなぁ。もし防御せずにまともに食らったらオリハルコンでも砕けるんじゃないかね、アレ。流石にそこまで甘くはないかな?まぁ、クロコダインもロバートとよく戦って成長してるみたいだし、そのうちマジにオリハルコンでも砕くようになるかもな。ロバやんもどんどん強くなってる。人間ってのは凄いもんだよなぁ)

 

 獣王クロコダインの必殺技を思い出す。初めてアレを避けた際はノリと勢いでやったようなものだが、今のクロコダイン相手に同じことをやれと言われてもできる気はしない。耐え切れと言われたら余裕綽々で耐え切る自信はあるが。ロバート・ガルシアも獣王相手に戦える人間だ。また魔王とか出たらアイツも戦いに行くのかねぇ、と呟いた。

 

(そういやザムザとは最近会ってないよな。今度会ったら何を……って今度はねぇわな。最後に会ったのいつだっけな?)

 

 あの魔族の青年ともそれなりに長い付き合いだ。自分が死んだらラーハルトやアベル達が伝えてくれるだろうか。高齢だというザムザの父よりも速く死ぬ事になるのは残念だったが、それ以上にもうザムザの研究成果を見れないということが残念だった。

 

(バラン達、俺が死んだって知ったら悲しむかね。ダイは今6歳だっけ?ダイにゃ俺やバランみたいに戦ってばっかりなんて事はないようにしてくれよ、バランよ。ソアラにゃなんだかんだ言って助けられたなぁ……)

 

 あの子煩悩な騎士は、自分よりも若い者が先に逝ってしまう事を嘆き悲しむかもしれない。心優しいその妻も、その両者の血を継いだ子も、知人の死に心を痛めるのだろう。せめてあの幼子が自分のような道を歩まない事を祈るだけだ。もっとも、このまま世界が平和でいればそんな心配も杞憂であろうが。

 

(アイツら、こんなのが主人で悪かったな。まぁ、後の事はラーハルト達に任せよう。俺がいなくても、きっとなんとかなるだろうさ。極楽鳥にゃなんだかんだ助かってる所もあったんだが、それも伝えられず仕舞か。ロビンとラムダには色々小間使いみたいにさせちまってたし……やれやれ、俺は主なんて器じゃねぇな)

 

 キラーマジンガのロビン、機械人形のラムダ、そして極楽鳥。自分の配下とも言える三者にはせめてもう少しまともな主人でいてやれればよかったなと自嘲する。三者共に長くカインに付き従っていたが、主らしい事はしてやれたんだろうか。ハドラーのような堂々とした主人でいてやれたなら、何か違ったのだろうか。ロビンとラムダの精神の成長を見届けられないのが心残りだ。

 

(ラーハルト、アベル、ルミア……この短い生の中で、最も俺と親しくしてくれた友人達よ。お前らは早々死ぬんじゃねぇぞ、なんてこれから死ぬ奴が言えた事じゃあないが……ったく、最期くらい四人でのんびりと茶でも飲みたかったな。来る前に“絶対帰ってこい”なんて言われてたのに、このままじゃあ約束破っちまうなぁ……)

 

 半魔族、小さな英雄、そして人間の少女。この世界に生まれて最も彼が心を通わせたであろう友人達。ラーハルトは自分の死をどう思うだろうか。早々に両親を亡くした彼に、友人を失う悲しみを与えるのは酷だなと感じる。アベルはそれでも前を向くのだろう。人間や魔族の汚い部分も知っているカインにとって、彼は正しく太陽のような勇者であった。ルミアはそれでも帰りを待つのだろうか。いつものように、墓を掃除しながらラムダと一緒に、時折空を見上げながら。ただ、アイツの泣き顔は見たくないな。そう漠然と感じた。

 

(……なんだよ、潔く死ぬような事考えておいて。未練タラタラじゃないか俺。口元から溢れ出るぐらいに未練がある。ああそうだよ、死にたかねぇさ。でももう身体はボロボロ、その上このままじゃあ地面に激突して御陀仏だ。もうどうしようも――)

 

――本当に?

 

――本当にどうしようもないのか?

 

――本当にこのまま死んでもいいのか?

 

「……なわきゃあねぇだろォが!」

 

 ルミアが自分の為に涙を流すかもしれない。そう考えて閉じかけた両眼をカッと見開いた途端、急速にカインの世界に色が戻った。このまま死んで逃げようなんて腑抜けた事を考えた自分への怒りと、それを凌駕する生への渇望が沸々と湧いて出、その為の道を探り始める。最早地面は目前だ。いくら闘気の鎧があっても、この速度でアスファルトに激突すればどのみち致命傷だ。それを避けるにはどうすればよいか。

 

「ヘッ……簡単だぜ、ヒントがさっき見えてたよなァ!」

 

 右腕に闘気を集中させ、闘気流を生み出す。成程、試してみるとこれは存外難しい。ともすればあらぬ方向に撃ちだしてしまいそうなくらいには安定しない。かの獣王はよくこれを自在に操ったものだと感嘆する。さて、自在に出来ぬものをどうやって操ったものか?疑問としてはみたものの、その答えもすぐに出た。

 

「燃え上がれ……俺の焔よ……!」

 

 全身から噴き上げた紫の焔は、身を焦がさんばかりの勢いをそのままに、右腕に纏った闘気流をそっくりそのまま上から覆った。燃やすものとそうでないものを区別して自在に操れる焔で流れを作ってやれば、闘気の流れもそれに従う。クロコダインの獣王痛恨激とは違う、カインならではの闘気の渦が右腕に出来上がった。だが、これだけでは足りない。眼下に迫った地面への落下の勢いを削ぐにはこれだけではまだ足りなかった。

 

 だから。

 

「帰ったらまたいつもみたいに皆で茶飲んで、ゆっくり語らっていたい……その為に、俺は生きなくてはッ!何が何でも生きて帰ってやるッ!」

 

 名工ロン・ベルク作の、ブルーメタルを贅沢に使った魔靴。魔力を込める事で空を飛ぶ事のできるその魔導具に、カインはありったけの魔力を送り込んだ。ロンが戯れと称して作り上げたその魔靴は、カインの膨大な魔力をも受けきりおのが力へと変えた。その力を持ってして全力で主の落下速度を減衰させる。その間に。

 

「思い切り、ぶちかましてやらあああああッ!!」

 

 焔闘気流を地面に向けて解き放つ。身に纏えば鋼鉄の鎧と化す闘気の大渦に、並大抵のモノを焼き払う焔。それが溶け合った焔渦はその勢いを以てカインの落下速度を大幅に落とす。渦はそのままカインが落下する地面を飲み込み、大きな風穴を開けた。落下距離は伸び、落下速度は大幅に低下した。そのままカインは自身が空けた大穴に落下していった。

 

 

 ドサッ、と麻袋か何かを落とすような音が響く。ややあって、穴の縁から手が這い出てくる。カインの手はしっかりと縁を掴み、その大穴から這い出ようとしていた。空に浮かぶ月を掴むように手を伸ばす。すると、突然誰かがその手を掴み、カインを穴から引きずり出した。

 

「うおッ、とと……すまんな、助かった」

 

 カインを引っ張り上げた男は、気にするなと言うように首を振った。それを見てカインも一つ頷き、身体の調子を確かめ始める。

 

「右腕良し、左腕良し、右足左足……よしよし五体満足」

 

「……君は何の為に闘う?」

 

 男は唐突に質問を投げかけた。その言葉でカインの動きがピタリと止まるが、直ぐにまた動き出す。ガリガリと若干気恥しそうに頭を掻きながら。

 

「正直、さっきまでの俺に闘う理由なんてなかった。ただ漠然と戦ってるだけだった。今までの俺には何かに動かされるっつーか流されるっつーか……まぁ、要するに確固たる物が無かった」

 

「ならば、今は?」

 

 顔の血を拭い去り、男の眼を真っ直ぐに見て毅然と言った。

 

「泣かせたくない女がいる。これからの俺が闘うのはそいつを護るだけの力を得る為だ、友人を護る為だ、家族を護る為だ。……結局、動機なんて些細なもんだ。こんな簡単な言葉での決意なのに、前の腑抜けた俺よりもしっかりと前を見ていられる。それに、アンタに出会った事でもう一つ決意が固まった」

 

「もう一つの決意とは?」

 

 黙って男から目を離し、月を見上げる。満月でも三日月でも新月でもない、中途半端な満ち欠けだ。だがそれが俺には合っている、そう考えて深く息を吸い込む。

 

「俺は俺だ」

 

 その言葉に男は首を傾げた。もう少し分かりやすく言えとその眼が語っている。

 

「……今までの俺は、心のどこかでこの身体の元となった男に……カイン・R・ハインラインにならなければいけないと思っていた。だから立ち振舞いもそれを意識したものと俺自身が混ざり合っていた。この身体だから、この容姿と力だからカイン・R・ハインラインとならなければと」

 

 でも、と言葉を切り。

 

「――別に、誰かになる必要なんてないんだ。半魔族の友人はギース・ハワードの義弟であるカイン・R・ハインラインじゃなくて俺だし、色気より食い気なお嬢ちゃんに惹かれたのも俺だ。……俺は俺なんだ、アンタになる必要なんて最初からなかった。だから、せめてこれからは俺らしく生きていこう……ってね」

 

「フ……そうだな、私としても影武者が私に成ろうというような真似は好ましくない。君は君でいたまえ」

 

「そうさせてもらう。俺はカイン・R・ハインラインではない。ただのカインだ」

 

 カインと同じ顔をした男は、その言葉を聞いて満足気に頷いた。

 

「カイン。君はギース・ハワードとまた闘うつもりなのだろう?」

 

「当然。アイツのお陰で色々と気づけたんだ。猿真似って言われたのだって、今なら解る。……俺は、上辺でしか見ていなかった。ただ上っ面だけを真似て、そういう技なんだと分かった振りをしていた」

 

 こんなの黒歴史確定じゃないかと呟き、カインは続ける。

 

「必要な物は理解だ。ギースのデッドリーレイヴだって元は龍虎乱舞(他人の技)をアレンジした技。龍虎乱舞を理解して自分のものとしたからこそのデッドリーレイヴだ。俺にはその理解がなかった。全くだ。ただ見たものだけを真似ていたんだから猿真似で当然だ。思えば誰かの真似でない、俺自身への動きにはギースは何も言わなかった。つまりそういうことなんだろう」

 

「かのルガール・バーンシュタインは相手の技を見ただけでコピーできたというが?」

 

「それはあの自爆趣味野郎が、一瞬でも見ただけで理解して自分用に昇華できるだけのセンスがあるからだ。俺にはそんなセンスはない。だから」

 

 そこで言葉を切り、拳を握り締める。多少身体から血は失われたが、意識ははっきりしているし気分も高揚している。自分でも分かるぐらいにハイになっている。

 

「俺はシンプルに行く。誰かの技は、時間をかけて自分の物にする。センスがないならないなりに努力して掴み取ってやるさ。だから、それまでは至極単純に――」

 

 ぶん殴る、と歯を剥き出しにして笑う。それを見て、男は薄く微笑む。

 

「見ただけで闘気に満ち溢れている。大分力を使ったと思ったが」

 

「簡単な事だ。闘気ってのはな、闘う気って書くんだぜ?……あ、英語は分からんが。まぁそれはともかく、俺の闘気は即ち闘志だ。俺が闘う意思を捨てて、心が折れない限り俺の闘気は尽きんよ」

 

 そうか、と呟いて男はカインを真っ直ぐ見据える。カインもそれに対し正面から見返す。

 

「最後にもう一度だけ聞こう……一度負けた相手にもう一度挑もうというのだ。覚悟は出来ているのかね?」

 

「出来てなきゃあさっきの落下で死んでいる。それと、一つ訂正だ」

 

 人差し指をピンと立て、カインはおどけて言う。

 

「二本先取した方が勝ちだ。場所によっちゃ三本先取だが、俺はまだ一本取られただけだ。こっから挽回すりゃあいいってだけの話だろ?」

 

 なぁ、と片目を瞑って問いかける。男は暫しポカンとした後、クックッと肩を震わせて笑いだした。カインもクククッと笑いを零す。一頻り笑った後、男は笑顔をカインに向けた。

 

「分かった。では、屋上まで肩を貸そう。少しでも力を温存したいだろう?」

 

「ああ、すまんが頼むぜ」

 

 男の肩に腕を回し、少しでも楽な体勢を取る。そのままゆっくりと、二人は無言で歩き出した。やがてエレベーターにたどり着き、それを使って最上階まで登る。屋上に繋がる道に出るまで、二人は終始無言だった。少し前にも通った扉の前で立ち止まり、カインは男に向き直った。

 

「では、頑張りたまえカイン君。私は君を応援しているよ」

 

「ありがとうよ、カイン・R・ハインライン。俺が伝説に勝つ所をしっかりと見ていな」

 

 そう言って、カインはしっかりとした足取りで屋上へ歩いて言った。後に残った男は、自分に語りかけるように呟いた。

 

「全ての人間が彼のように、惰性で生きる事を辞められたなら……か。ふふ、彼ならもっと面白い事をやってのけるかもな。しかし、友人の名前まで一緒とは……まぁそこは図った訳ではないだろうが。兎も角頑張りたまえよ少年。全てを否定し排除するだけでは人も力も動かない……君が何をするのか、楽しみだよ」

 

 

 

 屋上に足を踏み入れると、ギース・ハワードは腕組みをしたままこちらを見据え、鼻を鳴らした。見るからに不機嫌そうだ。先程のカインの無様な姿で機嫌を損ねたのだろう。

 

「死に損なったか。わざわざ戻ってくるとはご苦労なことだ。今度こそあの世に送ってやろう」

 

 クイクイと手を曲げて挑発するギース。それを見つつも、カインは深呼吸をしてからぽつりと呟いた。

 

「――神になろうとした男は言っていた」

 

「……?」

 

 何の話だと訝しむギースを尻目に、言葉を続ける。人間が神を望まないのならば全てを無に帰す破壊の悪魔になるとも語った男の言葉を思い出しながら。

 

「人は何かを成すために生を受け、成し終えた時死んでいくと」

 

「……」

 

 要するに何が言いたいんだと焦れたギースは眼で問いかける。

 

「……俺はまだ何も成し遂げちゃいない。こんな所で死ぬ訳にはいかない。だから、アンタに勝つ」

 

「それは結構。だが何の為だ?貴様は何の為にこの私を倒そうというのだ。言葉通り生きる為か?それとも悦楽の為か?まさか、まだ何も見ないまま惰性で闘うとでもいうのか?」

 

「そんなことは口にするまでもない、って言いてぇがさっきまでの俺だったらそう言われるわな。アンタのおかげで眼が覚めたってところだ。だからここで宣言してやる」

 

 そこでカインは言葉を切り、深く息を吸い込んだ。万感の想いを乗せて、声高に決意を表明する。ギースに向けて伸ばした手を握り締め、叩きつけるように、自分にもギースにもぶつけるかのようにカインは叫んだ。

 

「俺がアンタと闘うのは、俺が俺であるためだ!他の誰でもない、俺という存在を証明する為だ!力を与えられただけのカイン・R・ハインラインの偶像ではない、ただのカインとして……そして一人の男としても!俺はお前を超えてみせるッ!」

 

 その叫びを受けてギースはほう、と声を漏らす。言外にお前はただの通過点だとでも言うかのような言葉に不敵な笑みを浮かべ、構えを取る。

 

「……先程よりも良い眼になったな」

 

「そりゃどうも。さっきまでの眼がくすんでるような俺とは一味も二味も違うぜ」

 

「ならば力を示してみろ。どれだけ強くなったのか見せてもらおう」

 

「分かってらァ!」

 

 言葉と共に右手を強く握り締め、軽く払う。蒸気のように立ち昇る闘気を見ながら、ギースは不敵な笑みのまま攻撃を仕掛けた。

 

「邪影拳ッ!」

 

 雄叫びを上げながらギースが突進し、カインに肘打ちを繰り出した。ガードをしたカインの腕を勢いそのままに掴み、地面に叩きつける。鈍い音を立てて床の破片を散らした直後、ギースはすぐさま距離をとった。

 

「フ……ガードしても投げられる事を見越して掴まれるであろう場所を焔で覆っていたか……抜け目の無い奴め」

 

「気づかずに追撃してくれてたら大炎上と行ったんだがな。掴んだのも一瞬だったから表面がちょっと焼けた程度じゃねぇか」

 

 軽口を叩きながら平然と立ち上がるカイン。ギースは手の火傷も意に介さずに不敵な笑みを浮かべたまま、再びカインに躍りかかる。来るかと反撃する姿勢を取ったカイン。だがギースは攻撃せずにすぐさまバックステップで距離を取った。フェイントだと気づいた瞬間、闘気弾が風を纏ったような状態で飛んできた。辛うじて焔で相殺したと思った時には既に二発目、三発目が飛んできていた。防ぐのに手一杯で回避に移れないと見たギースは更に数発の烈風拳を撃ちだした後、両手を合わせ、爆発的な闘気弾をカインの顔面目掛けて撃ちだした。

 

「ッ!」

 

 烈風拳を警戒し、足元に注意を払っていたカインは一瞬遅れてその一撃に気づいた。が、回避も反撃もできずにまともに喰らって吹き飛ばされる。また屋上から落下しそうになったものの、今度はしっかりと縁を掴んで戻ってきた。

 

「この程度では満足せぬぞ……」

 

「俺だってそうだ、こんなもんじゃあ満足できねぇぜ……」

 

 ギースの呟きに答えながら、目前まで歩いてくる。拳をパシパシと打ち合わせながら笑う姿からはダメージを感じさせない。だが、大技を何発かくらった上にこの高いビルから地面まで落下したのだ。ダメージを受けない訳がない、そう考えてギースは飛びかかる。

 

「Onslaught!」

 

 手刀を構えた状態から袈裟懸けに斬るようにして右腕を振り下ろす。カインはそれを迎撃しようと左足で蹴り上げる。手刀とハイキックがぶつかり合い、強い衝撃を生んだ。一種の拮抗の後、鈍い音を立ててギースの右腕が弾かれる。その勢いに乗って後方に跳躍したギースは、暫し自分の右腕を見た後、声を立てて笑った。

 

「やるじゃあないか…今のはいい蹴りだったぞ。だが貴様の反撃もここまでだ!」

 

「ヘッ、次はもっと強烈なの食らわせてやるよ」

 

「残念だがそれは無理だ……この技でトドメを刺してやろう」

 

 言葉と共にギースは素早い動きでカインの懐へ潜り込む。咄嗟に腹部と喉を守る姿勢を取ったカインの両腕をギースは掴む。打撃を警戒していたカインは、反応が遅れ、ギースにその技を出させる事を許してしまう。腕を持ち上げ、カインを上へ放り投げた。

 

「Nice fight!」

 

 短く呟くと、ギースは両手を頭上で交差させた。その両手に闘気を集中させ、力を込める。回避は間に合わないと判断し、急所を守る姿勢を維持するカイン。重力に従って落下してくるカインを見据え、ギースは両手を地面に叩きつける。

 

「レイジィング……ストォームッ!!」

 

 ギースが地面に叩きつけた赤い闘気が牙のように吹き上がり、カインを貫く。辺りの地面を一息に破壊する威力を持ったそれをくらい、カインは紙切れか何かのように吹き飛ばされた。それを見てギースは勝ち誇った声で笑いだした。常人ならばとっくに息絶えるような傷を負っている所にこれだ。最早動けはしないだろう。勝利を確信したギースは声を上げて笑う。

 

「ハッハッハ……Die yobbo!!」

 

 

「勝ち誇るのは……」

 

「ん!?」

 

「俺を完全に仕留めてからにしやがれェ!」

 

 つい先程レイジングストームをまともに食らい、地面に転がっていた筈のカインが猛烈な勢いで飛びかかってきた。魔靴の力で速度に大幅なブーストをかけたカインは、大きく広げた右手に焔を纏ってギースに向かって振り下ろす。目を見開いて驚愕したギースは身を捻ってその攻撃を避ける。代わりにその一撃を受けた地面は、破砕音を立てて砕け散った。もう少し削るだけで下の階が見えそうなくらい深く地面を抉ったカインの反撃は惜しくもギースには届かなかったが、彼を戦慄させるには十分だった。

 

「バカな……レイジングストームは完全に入っていた。デッドリーレイヴを受けた時点で虫の息になっていた貴様が耐えられるものか!」

 

「確かにまともにくらっちまったよ。ただ耐えただけだぜ?耐えたからこうして反撃したんだ。何かおかしいか?」

 

「貴様……」

 

「何ビビってるんだよギース、まさか俺が怖いのか?んな訳ねぇよなぁ、お前はこのサウスタウンの支配者だろう?お前程の者が俺如き若僧に怖気づく訳ないよなァ!?」

 

「クッ……そうとも、このギース・ハワードこそサウスタウンの帝王!私に後退はない……あるのは前進勝利のみ!」

 

「それでこそだ!そんなアンタだからこそ俺は勝ちたいんだ。もっぺん全力でぶちかましてこいや!」

 

「いいだろう!ならば貴様がまだ食らっていない奥義を馳走してやるッ!」

 

 その言葉に笑みを深くすると、カインは真っ直ぐに歩き出した。ギースに向かってゆっくりと、しかし確実にその距離を詰める。ギースも同じように歩き、腕を伸ばせば届くという所まで互いに近づく。

 

「……来いよ。今度も耐え切ってやる」

 

「いい度胸だ。その自信ごと打ち砕いてやる」

 

 言葉と共に、ギースは再びカインを高く放り投げる。今度は先程のレイジングストームと違い、両手を腰だめに構えた。込められた力は先程と比べても遜色無い。威力だけを見れば、直接相手に叩き込む分これから放たれる技の方が上だろう。落下しながら、今度は腕を交差させて防御姿勢を取るカイン。その両腕の交差点がギースの目の前までやってきた瞬間。

 

 

「オオォ……羅生門!!」

 

 雄叫びを上げながら、双掌打がカインに叩き込まれる。先程のレイジングストームや、最初にカインが受けたデッドリーレイヴと違ってその破壊力を一点に集中して必殺の一撃を叩き込む、それが羅生門。ガードの上からとはいえ、致命傷どころではないダメージを受けるはずだ。防ぎ切ったとして両腕は使い物になるまい。そう思ったギースは、叩き込んだ瞬間にカインのガードから感じ取った感触に目を見開く。骨が砕けるような感触ではない。ましてや腕を粉砕した感触でもない。渾身の一撃を耐えきられた、そういう手応えだった。確かめるまでもなく、コイツは死んでいない。そう確信せざるをえなかった。

 

「……馬鹿な、普通なら既に何度も死んでいるというのに……何故だ?何故貴様は倒れない?何故だ!?」

 

「言ったろう、こんな所で死ぬ訳にはいかないと。だから死なない」

 

「ふざけた事を……そんな子供の屁理屈のような理論で――」

 

「その屁理屈を実現させているだけだ。確かに、自分でも無茶苦茶な事言ってると思うよ。でもな、このくらいやってみせなけりゃあ」

 

 額から血を流しつつも、強い光を宿した眼で見据えながらカインは言う。

 

「未熟な俺ではアンタに拳を当てられないだろう?」

 

 未熟、そう自称した男をギースはとんでもない奴だというような顔で見ていた。どうやって耐え切ったのか、そのカラクリ程度は分かっている。攻撃を受ける一点に集中して闘気で防御壁を張った、それだけだ。自分が羅生門を打ち込む時にしているのと同じような事だ。ギースが戦慄しているのはそこではない。一瞬一瞬でその着弾箇所のみに闘気の壁を張る精度、そしてその壁のあまりの強靭さに、ギースは戦慄していた。強烈な一撃を食らっても微塵も揺るがない、絶対防壁の如き闘気に戦慄していた。流石の自分でも、自分が唯一恐れた男ですらこのような芸当は出来ない。この若さでこれほどの防御能力を身につけているという事に驚愕すると同時に、気分が酷く高まっていくのを感じた。

 

「俺はアンタみたいに戦いの年季がある訳でもない。自爆野郎みたいに天才的なセンスがある訳でもない。技巧じゃ完璧に俺の負けなんだ」

 

 驚愕と高揚を隠しきれないでいるギースに、カインはそう語りかける。

 

「だから俺は考えた。どうすればアンタをブッ飛ばせるか。考えるまでもなかった。俺は頭のどこかで、技というものに固執していた。だから自分で考えもせずにひたすら猿真似をしていたんだ」

 

 自分で自分に呆れるぜ、そう吐き捨てながらカインは叫ぶ。

 

「攻撃を受けて、受けきって!そうして思い切りブン殴るッ!ただそれだけだ、技術も何もあったもんじゃない脳味噌まで筋肉で出来てるようなやり方だが……少なくともアンタの真似して当て身投げなんてするより、アンタの後をただ追いかけるよりは余程いいってもんだ。そうは思わんか、なぁ!」

 

 カインが選んだのは“受けない防御”ではなく、“受けきった上で反撃する防御”、とでもいうのだろうか。攻撃を放った瞬間と、それを当てたと確信した瞬間、一瞬だけとはいえどうしても精神的に隙ができてしまうものだ。それが必殺の一撃ならば尚更、それで勝負が決まったと確信するからこそだ。カインはその必殺の一撃を敢えて受け、それを耐え切った上で自分の一撃をお見舞いする。ギースの当て身投げを真似するよりもと、そのやり方を選んだ。

 

「フッ……ハハハッ、ワハハハハハッ!!確かにそちらの方が猿よりはマシというものだ、

面白い!一度死線を越えたおかげか?随分逞しくなりおって……そうでなくてはな。このギース・ハワードをわざわざ引っ張り出したのだからそれくらいのことはしてもらわんとなぁ!口だけではないことを期待してやろう!」

 

 カインの言葉にこの短時間での成長を感じ、思わず笑いが溢れる。若者の成長を見て、自分も負けてはいられぬ、油断は禁物だと心に決め、羽織っていた胴着を脱ぎ捨てる。屈強な身体が晒され、高揚した身体に吹き付ける風が心地よく感じる。それを見てカインも、ギース・ハワードが本気で相手をすると悟り気合を入れる。高まる闘気に当てられ、地面に罅が入り始めた。

 

「来い、ギース!最終ラウンドだッ!」

 

「よかろう!今ひとたびの悪夢、存分に堪能するが良い!」




ひょっとしたら年内最後の更新になるかもしれません。
どうか気長に、のんびりとお待ち頂けると幸いです。

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