餓狼 MARK OF THE DRAGONS   作:悪霊さん

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少し展開が速すぎるかな、と反省。


第30話  アルキード

 ディーノが生まれてから1年後、ハドラーが討伐されてからは4年後。カイン一行はまたいつものようにテランを訪れていた。

 王城のフォルケン王の自室で、カイン達は王に旅の報告をしていた。勿論ロビンは外で留守番なのだが。流石にキラーマジンガを城に入れては兵士が怯えると思ったのだろう。アベルは見た目のせいもあって無害と認識されているからいいのだが。とはいえ、魔物を含めたパーティが王の私室へ招かれているということ自体は普通の王族には信じがたいことではある。

 

「思うに、物の生産を禁じるのはあまり良くないと思うのですよ。せめて薬や食物で何か他国に誇れるような物があればいいのではないのでしょうか。確かに武器を奪えば争いも減るでしょうが、それは同時に人々の自衛の手段を奪う事にも繋がる」

 

「……そうだな、闇雲に武器を無くせば良い、というものではないな。ワシはこの国のために良かれと思いこの国から武器を奪った。だが、国民は段々と国を去ってしまっている……ワシの力量のなさゆえかもしれんがな」

 

「オレは、そんな貴方が治める国だからこそ好きなんだ、どうかそんな事を言わないでください。人はいずれどこかへ去る、それが定めだ。でも、オレ達のようにここに来て、気に入って。そうして住み着いたりする人がいるかもしれないんだ。例え貴方の力量のなさが原因だとしても、オレ達がこの国を好いているのは変わらない」

 

 体調はかなり改善されているとはいえ、フォルケン王は精神的に弱って見えた。先日など、世界に名高い占い師であるナバラという老女さえ、孫娘を連れてこの国を出たという。物が豊かな生活を望むのは自然な事だろう、カイン達のような者でもなければ。だが、ラーハルトの最後の言葉は紛れもない本意だ。それを感じた王は微笑んで言った。

 

「もうワシも年だ……体調はそなたたちが持ってきたスノキアのお陰でかなり良くなったが、ワシとて人間、いずれ滅びる……この国の未来を作るのは、そなたたちのような若い世代に託すべきなのかもしれんな」

 

「何を弱気な事を!俺達が作るにしても、先達というものは必要でしょう。そもそも俺達まだまだ子供なんですが」

 

「ほっほっほ、そうじゃったな。ああ、勿論まだまだ逝くつもりはないがの。ただ、そなたたちにならば、この国を見守って欲しい、そう頼めると思ってな」

 

「当然だ二。ボキは故郷の事もあるけど、友人が住んでいる所を見守らない訳が無い二。だから安心して逝……くのはダメだから、安心して見てるといい二」

 

「お前今口滑らせかけたろ」

 

「何、気にすることはない二」

 

 気にするわ、と額を抑えてカインが言う。肩を竦めたラーハルトとフォルケン王の苦笑が響いた。

 

「兎も角、そなたたちはまだ若い。さっきのも本音ではあるが、道はいくつにも分かれているのだ。テランの行く末を見守るもよし、自由気ままに生きるもよし。一度限りの生だ、後悔のないようにしなさい」

 

「ええ、勿論」

 

「自分で選んだ道ならば、後悔などありません」

 

「セリフをラーハルトに取られた二」

 

 いじけたようなアベルの言葉で、カインが小さく吹き出す。つられて3人も笑う。そうして、今回の報告を終えて、この場はお開きとなった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 ラーハルトとアベルをルミアの所に呼びに行かせ、カインは先に一人でバラン達の所へ向かう事にした。このところ、ルミアも含めてバラン宅で茶を飲みながら話をする事が多いので、そうした方が効率的だと考えたのだ。

 道中の森の空気を楽しみながらゆっくりと歩いていく。爽やかな風が心地よく吹き抜ける。さわさわと葉鳴りの音を聴覚で楽しみながら歩いていると、見知った小屋が見えてきた。のんびりと近づき、小屋の戸を叩くと、中から返事がした後にバランが姿を見せた。

 

「ようバラン、息災か」

 

「カインか、帰ってきていたのか。私は勿論、ソアラもディーノも元気だとも。さぁ、入ってくれ」

 

「おう、邪魔するぜ。もう暫くすればラーハルト達も来ると思うぞ」

 

 中に入ってソアラに片手を挙げて挨拶すると、ソアラは微笑んで口元に指を一本当てた。見ると、ディーノがスヤスヤと寝息を立てていた。口角を上げて頷き、椅子に座った。

 

「どうだ、ディーノも大分大きくなったろう?」

 

「ああ、赤子の成長って早いもんだなぁ……しかしおとなしく寝るもんだな、もっとこう、騒いでて眠ってくれない印象があるんだが」

 

「うふふっ、バランが抱くといっつも泣き出しちゃって眠ってくれないのよ」

 

 ソアラがそう言うと、バランはしょんぼりとした顔になって頭を掻いた。

 

「どうにも寝かしつけるのが下手でな……ラリホーマなど使う訳にもいかんし」

 

 子供を寝かすのに魔法を使ってどうする、そう喉まででかかったカインは寸前で言葉を飲み込む。どうやら竜の騎士サマにも苦手な事があるようだ。そう思ったカインはふふっと笑いをこぼした。それを見たバランが若干口を尖らせたが、笑顔のソアラを見て、同じように微笑んだ。

 

「やはり母親の腕の中というのは安心できるものなのかな、スヤスヤとよく眠っている」

 

「そうなのだろうな……ソアラの気質もあるのだろうが。流石はソアラだ」

 

「もう、あなたったら」

 

 素で褒めたバランの言葉に、ソアラがポッと赤くなる。いいカップルだねぇ、というカインの言葉にバランも照れくさげにしている。

 将来は自分もこうして所帯を持つことになるのかな、などと茶を啜りながら夢想する。その場合伴侶というのは誰になるのか、と考えてなんとなく頭に浮かんだのが、ルミア、ラムダ、ロビン、ラーハルト、それに極楽鳥やバラン達。そしてアベルを振り回している自分の姿だった。

 

「いつもと変わんねぇ……」

 

「「?」」

 

 机に突っ伏してそう言うカインに首を傾げる二人。だが、突然ディーノが泣き出し、ソアラが慌ててあやし始めた。それを見たカインとバランは素早く立ち上がり、窓の横に身を隠しこっそりと外の様子を伺っていた。

 

 

「……そっちはどうだ?」

 

「恐らくこの小屋の周囲一帯を囲ってるな、隙間がない。チッ、空気の読めない奴らめ」

 

 小屋の周りには、武装した兵士達が大挙して取り囲んでいた。恐らくアルキードの兵だろう、一際目立つ兜を被っているのが恐らく兵士長若しくは国王だろう。

 

「……蹴散らしちまうか?」

 

「……あの程度の軍勢、蹴散らすのは容易い。だが、私達は普通の人間に比べて強すぎる。人間達を殺してしまうかもしれん。それだけはいかん」

 

「じゃあどうするんだ、籠城するか?」

 

 ソアラの目が不安げに揺れた。ディーノも泣き止まない。外の人間達の敵意を感じ取っているのだろう、いつもよりも激しく泣いていた。

 バランは暫しそんな二人を眺め、意を決したように頷いた。ソアラを抱きしめ、ディーノを優しく撫でてこう言った。

 

「私に考えがある。カイン、ソアラとディーノを……頼んだぞ」

 

 そう言ってバランは、外へと繋がる扉に手を掛けた。それを見たソアラが慌てて叫ぶ。

 

「ま、待って!あなた!」

 

「おいバラン、何考えてやがるッ!?」

 

 その声を背に受けながら、バランは扉を開け放った。ちょうど正面に立っていたアルキードの王……ソアラの実父を見据え、こう言った。

 

 

「……降伏しよう。だが、ソアラと息子、それに私の友人の安全を保証してくれ」

 

「……いいだろう、いかに魔物の子でもワシの孫だ。我が国には置けんがどこか異国の地にでも送ってやる」

 

「テメェバランッ、ふざけんな!お前がいなくてソアラ達をどうするってんだよ!?」

 

 バランの言葉に目を剥いたカインは、バランに怒鳴りつけた。だが、バランは苦しげにしながらも言った。

 

「言っただろう、ソアラとディーノを頼むと」

 

「だからってッ……!」

 

「喧嘩をしている所悪いが、その友人とやらはお前か?ソアラと孫は兎も角、見逃す訳にはいかん。お前も共に来てもらう」

 

「待てッ!カインはただの旅人だ、私達とは関係ないッ!」

 

 アルキード王を忌々しげに睨みつけたカインは、鼻を鳴らして言った。

 

「ああいいぜ、大人しく捕まってやるよ」

 

「カインッ!」

 

「アイツらを任せるなら俺みたいな根無し草よりもルミアやフォルケン王のが適任だ。それよか俺はお前の方が気がかりなんだよ」

 

 歯を剥き出しにして唸りながら国王を睨みつけるカインは、さながら飢えた狼のような形相だった。アルキード王は慄いて一歩後退したものの、兵に命じて二人を縄で縛り付けた。

 

「……おいバラン、お前まさかとは思うが」

 

「みなまで言うな、カイン」

 

「……」

 

 その後、ソアラもアルキードへ連れ戻され、ディーノは船に乗せられてどこかへ連れていかれたという。カインとバランの二人はアルキード城の地下牢に閉じ込められた。

 

 

 

「クソッ!ラムダ、なんで止めた!?」

 

「命令でしたので」

 

 兵達が完全に撤収し、小屋の周りから人の気配が消えた頃、ラーハルトの怒鳴り声が辺りに響いた。先程の騒ぎを聞きつけ乱入しようとしたものの、ラムダに押し止められたのだ。

 

「ラーハルト、落ち着く二。あの場で下手に突っ込んだらもっと不味い二」

 

「だからって指を加えて見てられるかッ!」

 

「ラーハルト、いいから落ち着いて」

 

 有無を言わせぬ様子のルミアに驚き言葉を止めると、ルミアは暫し目を閉じた後こう言った。

 

「……テラン領にも関わらず平然と侵入してきたって事は、気づかれない内に事を済ませるつもり、もしくは……魔物だと思い込んでるから、それを理由にすれば説き伏せられると思ったから?ここで始末しなかったのは、王族としての面子があるから大々的に処刑しようとしたか……兎も角、すぐには殺されないはず。落ち着いて、まずは荒事に慣れてるカンダタさんの所に行って相談しよう」

 

 饒舌にしゃべりだした彼女は、言うやいなや長髪を風にたなびかせながらカンダタ義賊団のアジトへと走り出した。慌てて二人と一機も後を追う。

 

「ルミア、お前本当にルミアか?」

 

「それ以外の何に見えるの?」

 

「いや、いつもはもっとこう、のんびりした感じだったからな」

 

「私だっていつもいつも気を抜いてる訳じゃあないよ。むしろこういう時にのんびりしてどうするのさ、正直二人とももう爆発寸前でしょう?だったら尚更私が冷静にならないとね」

 

 普段のほわほわとした顔つきから一変して、キリッとした眼差しのルミアを、ラーハルトは驚いて眺めていた。ルミアがこう言うという事は、つまりはそれだけの非常事態なのだろう、ラーハルトも僅かに頭を落ち着かせた。アベルも途中から彼女の意図を掴んでいたようだ。

 カインはルミアのこういう面も知っているのだろうか、そう考え、まず知らないだろうがアイツなら知っていても不思議じゃあないな、と小さく漏らした。走っているルミアには聞こえなかったようで、そのまま走り続けた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 カインとバランは、一応は別々の牢屋に捕らえられた。とはいっても隣同士なので、話そうと思えば話せるのだが。勿論牢番が付いている為、おかしな素振りを見せたら即座に見つかるだろう。迂闊な事は出来ない。

 

「おいバラン、お前なんで自分から捕まった」

 

「私のせいでお前やソアラに危害を加えさせる訳にはいかん、そう思ったのだ……すまない」

 

「ケッ、謝るぐらいなら抵抗しろっての。戦わなくても振り切るぐらいは出来るだろうが」

 

 溜息を吐きながらカインは床をコツ、コツ、と軽く叩く。忌々しげに顔を顰めている辺り、ラーハルト達と同様大分どころではなく頭に来ているようだ。

 ふと、カインは牢番に目を向けて話しかけた。

 

「なぁ、バランは一応テランの客将として扱われてたんだが、テラン領に安々と踏み込んでよかったのか?」

 

 それを聞いた牢番は、何を馬鹿なことを、と一笑に付した。

 

「例え他国で客将となろうともキサマらは魔物だろうが!?邪悪な魔物を捕らえて処刑する為ならばテランも良しとするだろう!」

 

「……ああそうかい、そういや魔物だと思い込んでるんだもんなぁ」

 

 溜息を吐きながら再び床を軽く叩き出す。

 

「ってか退屈だな。おいそこの、ついでに聞いとくが俺達はこの後どうなる訳?」

 

「分かりきった事を。処刑されるに決まっていよう、それも3日後にな!」

 

「……んじゃあ、もう処刑の段取りは決まってるのか?」

 

「ああ、キサマらは宮廷魔導師達の火炎呪文で滅される事になっている。有り難く思うんだな!」

 

「フン、殺されるってのに感謝なんぞするかよバーカ」

 

「なんだとキサマ!」

 

「うぜぇぜ、いい加減その声も聞き飽きた。黙ってろ」

 

 カインの言葉に怒ったのも束の間、カインから発せられる怒気に怯え、牢番は無理やり黙らされた。

 

「火葬だとよ、ところで天下の竜の騎士サマはそんな貧弱な方法で死ねるのか?」

 

「……竜闘気を使わなければ、肉体的には人間と大差ないからな、問題なく死ねるだろう」

 

「はぁーぁ……そうかよ。お前は生きたいと思うか?」

 

 床を叩きながらカインが発した言葉に、バランは敏感に反応した。

 

「生きたいに決まっているッ!私だって、ソアラとディーノと一緒に静かに過ごしたい……っ!それだけだ、それだけが望みなのだ……」

 

「じゃあそうすりゃあいいだろうが、全力で抗えよ。出来るんだろう?バラン」

 

「当たり前だッ!だが、ソアラの立場を考えろ……彼女はこの国の王女、私は得体の知れない存在……許されるはずがないだろう……?それに、私が死ねばソアラもこの国で静かに暮らせる、ディーノもどこかで元気に生きていてくれる、ならば私は彼女達の為に」

 

「テメェはッ!」

 

「!?」

 

 突然、それまで大人しく喋っていたカインの怒鳴り声に驚いたバランは言葉を止めた。止めざるを得ない何かが感じられた。

 

「それでアイツらが喜ぶとでも思ってんのかッ!?」

 

「――ッ!」

 

「……もういい、もっぺんよーく考えとけ!」

 

 そう言ってカインは会話を終え、また黙々と床を叩き始めた。

バランは、俯いて何かを考え込んでいるようだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 3日後、二人は城下の処刑場に連れ出された。国民も集まり、早く火炙りにしろ、などという声も聞こえる。棒に括りつけられた二人は身動きが取れないように縄で手首を縛られている。魔王の手下らしい、などという声がある辺り、国民はそれを信じきっているのだろう。魔王への驚異を考えれば、それも仕方ないのかもしれない。

 国王が腕組みをして二人を睨みつけ、家臣がおどおどとしながら魔導士を呼びつけた。三人の魔導士が並び、手にメラミを生み出した。

 

 家臣が撃て、と合図を出そうとした瞬間。

 

「おい、そこの雑魚共ッ!」

 

 カインが声を張り上げて言った。

 

「テメェら、まさかそんな弱っちい炎でこの俺を焼き殺せるなんて思っちゃあいねぇよなぁ?俺はハドラーのメラミを至近距離で受けても火傷一つなく、大魔導師マトリフのメラゾーマでさえろくな火傷もなかった男だぜ、お前らみたいな雑兵が何百年かかろうがこの俺を炎で殺す事なんざできねぇ!そう断言してやるッ!」

 

「か、カイン!?」

 

「ぐぬぬ……言わせておけば!お前たち、そっちの金髪の魔物から先に処刑しろ!」

 

 カインの挑発に乗った国王は魔導士に命じ、カインを狙わせた。魔導士達もプライドを傷つけられたのか、カインを強く睨みつけている。

 これに狼狽したのはバランだ。バランはカインが戦っている所を何度か見てはいるが、目の前で友人が焼かれるのを見たくないと思ったか、それとも純粋にカインの身を案じてか、声をあげた。

 

「やめろ!やるなら私からやってくれッ!この子は関係ない!」

 

「黙れえぃっ!さぁ、撃てーーーーッ!」

 

 国王の合図と共に、メラミが三発同時に、カインに向けて放たれた。カインは笑みを浮かべてそれを待ち受ける。だが、その笑みが凍りついた。

 

「やめてええーーーーッ!!」

 

 ソアラが、二人を庇うために飛び出してきたのだ。自分の炎熱耐性に絶対の自信があるカインや、並みの人間よりは頑丈なバランとは違って、彼女はただの人間。メラミを三発も受けてはただでは済まされないだろう。故に唯一ソアラの動きに気づいたカインは必死に怒鳴りつけた。

 

「馬鹿野郎ッ!来るな、畜生急げッ!」

 

 バランや魔導士達が気づいた時には遅く、既にメラミは放たれた。真っ直ぐにカインの方に飛んでくる炎魂は、そのまま飛べば間違いなくソアラを焼くだろう。

 

「ソアラーーーーッ!」

 

 バランの叫びと共に、メラミが着弾し、辺りは黒煙に包まれた。


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