餓狼 MARK OF THE DRAGONS   作:悪霊さん

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やっぱり夜更かしするもんじゃないね!


第29話 強き竜

「父上、傷の具合はどうですか?」

 

「まだ痛むわい、全くあの男……ロバートとか言ったか、いずれ機を見て殺して……いや、モルモットにしてやるわ!アイツに邪魔さえされなければ勇者アバンの仲間であるロカを殺せたものをっ……!」

 

「……興奮すると傷に障りますよ」

 

「うるさいわあっ!そんな事をしている暇があればさっさと研究成果を持ってこんか!」

 

「……わかりました」

 

 某所の城の一室で、ザムザは父ザボエラの看病をしようと薬を持ってきていた。もっとも、その父に突っぱねられ5分足らずで退室させられる事となったが。

 ヒステリックに怒鳴りつける姿には威厳も何もあったものではない。性格は悪いし性根も腐っているが、魔法力にかけては右に出る者は殆どいない。単純な総量ではカインの方が上ではあるが、彼の強みはその魔力と知識だった。何をどう使えば最大の効果を発揮するか、それを熟知した上で自分は手を汚さずに事を済ませる、そんな男だ。

 クロコダインのような男が見れば軽蔑するであろう外道でも、ザムザにとっては父親なのだ。高齢なのも加え、命に別状がないと言ってもやはり心配なのである。あれだけ騒げるならば心配は無用だろうが。

 

「……ハァ」

 

 人知れず溜息を吐くザムザはどことなく疲れて見えた。父に萎縮していたのもあろうが、自分の研究成果であるスノキアの根で作った薬を受け取ってすら貰えなかったのが彼を落胆させていた。カインからの感想(実際に服用したのはフォルケン王だが)を元に改良し、更に効能を高めた代物だ。回復呪文程ではないが傷にも効く、正に万能薬といった代物なのだが、ザボエラはそれを評価しなかった。

 広間に誂えられた椅子の一つに座り、深く息を吐く。と、そこにズシンズシンと、大地を揺らすかのような音が響いた。ザムザがそちらに目を向けると、深紅の鱗を纏った巨竜が歩いてくる所だった。その巨竜は通常の竜とは異なり、大木の如き二本の脚で大地を踏みしめ、その左手には何か金色の宝玉のような物を握り締めている。その尾は三本に分かれ、かのグリンガムの鞭のような風貌である。

 

「ああ、貴方は超竜軍団の……」

 

「そういう貴様は確かザボエラの息子……だったか?すまぬな、名を覚えていない」

 

「妖魔学士ザムザと申します、お見知りおきを」

 

「うむ。……それは薬か?ザボエラの見舞いにでも行っていたか」

 

「ええ、まあ。受け取ってはもらえませんでしたが」

 

 自嘲気味にザムザがそう言うと、巨竜は呆れたような声をあげた。

 

「あやつはもう少し冷静になれば良いのだがな。いくら魔力が強大であろうと、あれでは部下を無くす……折角だ、貴様も我が下へ来ないか?優遇してやるぞ」

 

 驚いて巨竜の顔を見ると、その眼は真剣だった。超竜軍団の長である彼は、本気でザムザを引き抜こうかと考えている。世辞や心にもない言葉を返す訳にもいくまい、そう考えたザムザは素直な言葉を出した。

 

「有難いお言葉ですが、辞退させていただきます」

 

「ほう?何故だ、このドラゴンガイアには従えぬというのか?」

 

 言葉とは裏腹に、ガイアと名乗った巨竜は試すような事を言った。

 

「ええ。確かに、貴方の軍門に降るというのは魅力的なお誘いです。前任の超竜軍団長である豪魔軍師ガルヴァス殿を倒してその座に着いたという事は、見掛け倒しという訳でもありますまい。ガルヴァス殿はその後三日三晩生死の境を彷徨ったとか……強さを見ても人格を見ても、貴方に従うのは良い選択なのでしょう。しかし、あんな男でも父なのですよ」

 

「フ……フハハ、親子の情、という訳か。しかし……いや、貴様が自らの意思で決めたのならば何も言うまい。いやはや残念だ、貴様程の頭脳の持ち主ならばそれ相応の地位を与えてやれたのだが」

 

「ええ、断っておいてなんですが残念です。……そういえば、大魔王様と貴方以外にも一人だけ従ってもいいと思えるような相手がいた事を思い出しましたよ」

 

 先ほどザボエラの所に居た時よりも穏やかな顔つきで、ザムザはそう語った。その言葉に興味を惹かれたガイアはザムザの顔を覗き込んだ。

 

「ほう?一体どんな奴だ、それは。聞かせてみろ」

 

「ええ。あれは3年前、私がオーザムの研究所へ行った時の事で――」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 その後、カインがカンダタの所で用事を済ませた頃には既に日が暮れていた。思った以上に時間を食っていたようだ。そろそろアベル達も帰ってきているだろう、そう思ってカインは足早に駆けていった。

 しかし、ルミアの家には明かりが灯っていなかった。普段ならば火炎草を使った篝火の明かりが見えるのだ。それがないという事は、ルミア達はここにはいないという事。念の為ラムダとロビンに確認を取ったが、やはり帰ってきていないようだ。

 

「火を起こしてる時に出歩く訳が無いからな……まだバラン達の所か?」

 

 呟いて、今度はバランとソアラが暮らす小屋へと足を向けた。随分と遅くまで居るのだな、と首を傾げながら。まさかもうソアラ達に追っ手が来たのか、と心配しながらも目立たぬようにこっそりと、されど速度を緩めずに向かっていった。

 

 小屋にたどり着き、扉を開けたカインは目を見張った。うっかり踏みつけそうだったが、床にアベルが倒れ伏しているのだ。手早く外傷が無い事を確かめ、アベルの容態を確認した。

 

 

「……ぐう」

 

「……」

 

 結論。眠っているだけである。

 

「起きろこの野郎、何こんな所で寝てやがる」

 

「ぐう」

 

 ピキリ、と額に血管が浮かんだのをカインは自覚した。このまま焼いてやろうかと思うがギリギリで踏みとどまった。

 困惑していると、バラン達が居た部屋の扉が開け放たれた。そこから出てきたのは何やらかなり疲れた様子のラーハルトであった。

 

「ラーハルト、一体何があった?」

 

「ああ、カインか……口で説明するより見た方が早い。こっちへ来い」

 

 訝しみながらも、ラーハルトに従って部屋に入ったカインの目に真っ先に映りこんだのは、何やら涙を流しているバラン、ひと仕事終えたという感じのルミア、そして。

 

「……あるぇ?」

 

 赤子を抱いたソアラであった。

 

「……誰か俺に状況説明をしてくれ、理解が追いつかない」

 

「バランさんとソアラさんの子供が産まれた」

 

「OK、分かった。とりあえず色々言いたい事や聞きたい事があるがまずは祝福しよう。おめでとう、二人共」

 

 目が点になりながらもどうにかそれだけ口にしたカインに、バランは感極まって喜びを伝えようとしたが、涙が溢れていて言葉になっていない。それでも彼の想いは痛いぐらいに伝わってきた。

 

「悪いな、手伝えなくて。アベルが力尽きてたのもそういう訳か」

 

「そだよ、大変だったんだからねー。一時はどうなることかと」

 

「本当にありがとう、ルミアちゃん、皆。ほら、あなたもお礼を言わなきゃ」

 

 そう言ってソアラは優しく赤子を撫でた。赤子の無邪気な声が耳に心地よく響く。ジャンクもこういう感じだったんだろうなと口の中で呟いた。

 ひとまずルミアのサポートで疲れきっているラーハルトと、体力を消耗しているソアラを赤子と共に休ませる事にした。

 

「慣れない事をするとこんなに疲れるものなんだな……知らなかったよ」

 

「お前たちには感謝してもしきれないな……何と礼を言えばいいものか」

 

「お礼なんていいよ、バランおじさん」

 

「お、おじ……まぁいい、私は……お前たちを信じる事に決めたよ。妻と子の恩人だ、信じない理由がない」

 

 そう語ったバランの顔は、とても晴れ晴れとしたものだった。それ程までにソアラと子が大事なのだろう、それを感じたカイン達は自然と顔が綻んだ。

 

「じゃあ、フォルケン王に打診してみるが構わないか?」

 

「ああ、勿論だとも。その時は声を掛けてくれ、私も同行する」

 

 カインは、バランがこうも嬉しそうに笑っているのを見て微笑ましく感じた。竜の騎士だなんだと言っても、この男は元々温厚で愛情深い性格なのだろう、それが見て取れた。こうなれば意地でもこの美しい家族愛を守ってやろうと心に決めた。積もる話は後にするとして、まずは王に謁見する準備をしなければ。

 

「とりあえず真魔剛竜剣はちゃんと持てよ?紋章があるとはいえ、それも竜の騎士の身分証明みたいなもんなんだからよ」

 

「ああ、分かっている。しかし……血塗られた戦鬼のようなこの竜の騎士が子供を授かるとは……奇跡とは本当に起こるのだな、カインよ……!」

 

「あーあーまーた泣いてら。気持ちは分かるけどとりあえず涙拭きな。ったく、この分だとバランは親バカ間違いなしかもな」

 

 冗談めかしてそう言うと、バランは照れくさげに笑った。それを見たルミアは、”竜の騎士って言ってもやっぱり普通の人と変わらないな”なんて思っていた。竜の騎士は竜の力、魔族の魔力、そして人の心を持って作られるというが、それを抜きにしても人間よりも人間らしいな、そう感じていた。

 バランは竜の騎士を若干卑下するような言い方をしたが、無意識にそういった表現をしてしまう程、竜の騎士というのは戦いに明け暮れるものであった。それがこうして愛する女性との間に子を成したのだ、奇跡と称して嬉し涙を滝のように流したとしても誰も責められまい。それ程までに、バランは家族を愛している。

 その日はそのまま小屋で夜を過ごし、明日改めてフォルケン王の下へ向かう事にした。

 

 

◇◇◇◇◇

 

「成る程……事情は分かった。竜の騎士様、我々は貴方を歓迎しましょう、どうか奥方様と御子息と、この地で平穏無事に過ごせますように」

 

「有難い……貴方とカイン達には、本当に何とお礼をしたらいいのか分からぬ」

 

「礼がしたいってんならソアラとディーノと幸せに暮らせよ?それが俺達に対する最大の礼だと思え」

 

 翌日、テランの王宮でフォルケン王と謁見したバランとカインの二人は、無事にテランで一家が暮らす許可を貰う事が出来た。兵力を増強するべきではないかとカインが進言した際に、”有事の際は不肖このバランが力添えをしよう”とバランが語った為に、テランは竜の騎士によって庇護を受ける事となった。フォルケン王は、伝説の竜の騎士にそんな事を言わせるとはと少々恐縮していたが、バランにとってはこれも礼の一つらしい。一体いくつ礼をするつもりなのか、そう茶化そうかとカインは考えたが、多分これは本気だろうからと自重した。

 ディーノというのは、バランとソアラの間に産まれた子の名前である。アルキードの言葉で”強き竜”という意味だ。いかにもバランが付けそうな名前であるが、ディーノ本人は気に入っているのかもしれない。

 ソアラの出身国であるアルキードとはあまり交流がないために情報が簡単に漏れる事もないだろう。アルキードはカイン達一行も嫌っているので、大した問題もなかった。

 フォルケン王は、スノキアのお陰で玉座に座った状態でも謁見が出来るぐらいには回復している。こうして見ると、カインはあちこちに恩を作っているようなものなのだがそれに気づく事はあるのだろうか。

 

「して、カイン……最近はどんな調子かね」

 

「ええ、すこぶる良好ですよ。目立った事は……まぁ、今回の事ぐらいしかないですがね。フォルケン王こそ、お身体の具合はよろしいので?」

 

「うむ、あのスノキアのお陰で最近はこうして起き上がれるまでには良くなった。これもそなたのおかげだ」

 

「礼ならアレを開発した奴に伝えますよ、俺はそれを買い取っただけなんですから」

 

「カイン、謙虚は良いが行き過ぎるのは良くないぞ」

 

「わーってるよ。……バラン、俺達はまた旅に出るけど、元気でやれよ?たまには帰ってくるけどよ」

 

 肩を竦めながらそう言うとカインは、王に一礼して城から出た。バランもそれに続き、暫し無言で並んで歩いた。

 

「……この国は、良い所だな。ここに来て正解だったよ」

 

「だろ?俺はここの出身じゃあないがこの国が気に入っている。逆にアルキードは大嫌いだがな、ククッ」

 

 意地悪げな笑みを浮かべるカインを見てバランは苦笑した。子供に似つかわしくない云々というのはいつもの事なので割愛するが。

 やがて小屋に着いたカインは、ラーハルト達を呼び、旅の準備をした。

 

「また寂しくなるね、ちゃんと帰ってきてよ?」

 

「オイオイルミア、俺達が帰ってこなかった事があるか?」

 

「あったらつまり全滅してるんじゃないか二」

 

「縁起でもないぞ、アベル。バランさん、ソアラさん、どうかお元気で。今度来る時は何か土産でも持ってきますよ」

 

「気をつけてね、いつでも帰ってきていいんだからね?ほら、ディーノもいってらっしゃいって」

 

 相変わらず無邪気な声をあげて笑っているディーノの姿に、一同は顔がにやけていた。子供の笑顔というのは、それだけで人を笑顔にする事が出来る。

 

「まっ、そういう事で、そろそろ行くわ。んじゃな、三人とも。ラムダ、そっちは任せたぞ」

 

「了解しました、いってらっしゃいませ」

 

「土産話を楽しみにしているぞ、そっちはディーノの成長を楽しみにしておけ」

 

 そうして、カイン達はまたテランを旅立っていった。テランに立ち寄る理由が増えたな、そう呟きながらカイン達は歩き出した。バラン達は、その後ろ姿が見えなくなるまでずっと眺めていた。

 

 そして、また一年の歳月が過ぎた――。




バラン編は大分巻いて行きます。
でももうちょっとだけ続くんじゃ。

ついでに超竜軍団長交代のお知らせ。

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