餓狼 MARK OF THE DRAGONS   作:悪霊さん

3 / 41
第3話 魔族の思惑

 名前以外サッパリ不明な怪しいガキ……もといカインが地底魔城に向けて出発してから数日ばかり過ぎた。直ぐに帰ってくる訳がないと分かりつつも、オレの本心は今か今かとヤツの帰還を心待ちにしている。ヤツの眼、立ち振舞い、そして気配。何よりも豪傑熊を追い払った際のあの焔。オレの興味を引くには充分だった。そこらの人間のガキとは一線を画すなんてもんじゃあない、あれはまだ未熟だが狼の眼だった。青臭い言い方だが、もしアイツが何かに目覚めでもしたなら。首輪の付いていないあの狼は一体どんな獣になるのか、そう思わずにはいられなかった。

 ヤツはまだ子供だ。それ故に多くの可能性を秘めている。世界を支配する魔王とも世界を救う勇者とも、或いはそのどちらにも。まだ色のない、どんな色にでも染められるキャンバス。それがアイツ、カイン・R・ハインラインという少年だ。危うさと可能性の微妙なバランスの上に成り立つそれを見て、もしかしたらオレは希望を抱きたかったのかもしれない。ああ、人間もまだ捨てたもんじゃない、だからきっとオレの武器を上手く扱ってくれる奴だって何処かにいる。そんな希望を。いずれ世界に名を馳せるような強者になるだろう可能性を無意識に感じ取り、オレの予想を超えて育ってくれる事を願い、こうして送り出した。大層なお題目があったとしても、結局のところそれが一番真実に近いのかもしれない。

 

 昔、人と武器は一つだった。今はどっちもクズだ。別に人と限定した話でもない。魔族だってそうだ。オレがまだ剣士だった頃に比べればな。

 アイツが武器を扱わないのは分かりきっている。だが、それでもオレが武器を作るに値するという事を証明して欲しいのだ。クズじゃない人間だってまだ残っているのだと。ただし、ナイフ一本持っただけで強くなるような奴なんざ願い下げだがな。そんな奴に武器は必要ないだろうから。そんな奴を目の当たりにし、ただぬるま湯に浸かったような生活をしては完全に腐り落ちてしまう。その件に加え以前から抱いていた苛立ちでオレの心は、あの頃の情熱はなんだったのかと言う程に、文字通り火が消えたようだった。だから、人刃一体とでも言おうか。そのくらい己の武器を信じられる奴でないとオレを焚きつける事は出来ないと思っていた。だが、同時にこの腑抜けた自分をどうにかしたいという思いもあった。そんな時に現れたのがカインだ。アイツといういわば可能性の獣に出会った事で、燻っていたオレの何かは完全に眼を覚ました。後は、火をくべるだけ。ヤツが地底魔城に行き、ブルーメタルを手に生還したならば、オレはきっとただの魔族のロン・ベルクから名工ロン・ベルクに……そして、剣士のロン・ベルクに戻る事ができるだろう。その為に使われるアイツには気の毒だが。まぁ、これも経験と思ってもらおう。

 

 地底魔城を根城とする魔王ハドラー。カインはどうするだろうか。力量差を理解せずに玉砕するか、相手にならんと逃げ帰るか。それとも一矢報いて見せるか、或いは……まぁ、有り得なくはないとはいえ現実的ではないか。少なくとも豪傑熊を一蹴できるくらいだ、周囲の魔物にすら手も足も出ないという事はないだろう。特攻でもしない限りは逃げ帰る事ができるくらいの力はある、それに経験値が圧倒的に少ないとはいえ、確実に勝てる相手と何度かやり合えば戦闘のいろはくらい覚えるだろう。その為の薬草だ。流石にいきなり突入したならその限りではないが、いくらなんでもそんなバカな事はしないだろう。道中で村なり街なりに立ち寄れば魔王ハドラーについても聞けるだろうしな。

 

 一応の目的であるブルーメタルについても、その特徴やどんな所にあるかなど、必要な知識は一通り説明した。手っ取り早く言えばブルーメタルは癒しの力を持った鉱物だ。鎧にして纏えばある程度は傷を癒してくれるし、剣や機械に使えば刃こぼれくらいは自己修復し、重大な欠損でもなければ勝手に直る。その分加工が難しい代物ではあるのだが、一級品ができる。勿論オリハルコンには劣るが、とある鎧の魔剣や魔槍の素材とした金属と比べれば、硬度などは劣る代わりに圧倒的に使いやすい。

 そんなブルーメタルの活用法を語る上で外せない物がある。カインには言っていないが。それはキラーマシンだ。剣や鎧、或いは道具ではなく、キラーマシンというマシン。というのも、キラーマシンというのは魔王ハドラーの作り出した殺人兵器なのだが、件のブルーメタルがボディに使われており、高い防御力、機動性、そして攻撃力の三拍子揃った凶悪なマシン兵なのだ。並みの呪文など通らず、剣で斬ろうにもそんじょそこらの武器じゃあポッキリ折れてしまう。ブルーメタル自体かなり上等な金属だからな。これのもっとも恐ろしい点は、何かしらの上位命令がない限りは常にグループで行動している所だ。各個撃破しようとしても、一体に集中している時に死角から切り掛られたらひとたまりもない。遠距離からどうにかしようとしても弓矢による精密な狙撃がお見舞いされる。そんな物が奴の居城をうろついているのだ。とはいえ、流石の魔王ハドラーもこれを一から作ったわけではないらしく、古代の技術書などを参考にしたのだそうだが。

 さて、ブルーメタルを手に入れるならばそのキラーマシンとの戦闘は避けられない筈だ。ヤツがどんな手を打つかは分からん。正攻法で正面から打ち破るか、逃げ回りつつ集めるか。いや、あの殺人マシンから逃げ回るというのは現実的ではない……か。どのみちいずれはやり合う相手だと腹を括って玉砕覚悟で挑む……ありそうだな。どうあれ、ヤツがブルーメタルを手にした上で生き延びるにあたっての鬼門はキラーマシンと魔王ハドラーだ。生きろよカイン、お前には期待しているんだからな。ま、オレが半ば無理矢理行かせた上に勝手な期待だ、文句の一つも言うだろうが……生きて帰って、その手にブルーメタルがあったならば。そのくらいの文句ならいくらでも聞いてやるが、な。




7/1改稿

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。