餓狼 MARK OF THE DRAGONS   作:悪霊さん

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引越し前最後の投稿です。次回は落ち着いた頃投稿します。しかしほぼ説明回。


第27話 3年後

 テランの湖の湖畔、ささやかだが立派な墓が建てられている場所。

そこで二人の人影が、箒を持って辺りを掃除していた。一人はカインが作った機械人形のラムダ。もう一人は、金色の長髪を風に揺らしている少女だった。鼻歌を歌いながらてきぱきと落ち葉を集めていく姿はとても楽しそうだ。

 

「ラムちゃーん、そこ終わったら休憩しよっか」

 

 ラムちゃん、と親しげにあだ名で呼ばれたラムダはしかし少女の言葉に無反応だった。茂みを見つめたまま微動だにしない。

 

「ラムちゃーん?」

 

 首を捻りながら再度呼びかけると、ラムダは目を光らせながら振り向いた。

 

「どうかしたの、ビームでも出しそうな眼して」

 

「判別不能な存在を検知、臨戦態勢なうです」

 

 微妙におかしな言葉遣いで答えたラムダは再び茂みを見据えながら、言葉通りにいつでも砲撃を出来るよう構えていた。少女が箒をぎゅっと握り締めながら同じく茂みを見据えていると。

 

 

「ようルミア、ただいまー」

 

 カイン、アベル、ラーハルト、おまけにロビンが出てきた。ただし、ルミア達が睨みつけていたのと丁度反対側の茂みから。

 

「あ、皆お帰り。今回は結構早く戻ってきたね」

 

「ああ、また注文してた物があるからな」

 

 若干低くなった声でラーハルトが答えた。ラムダはもう臨戦態勢を解いているし、アベル達もリラックスした様子でいる。3年の間に彼らは随分と親しくなった。

 

「丁度掃除も終わったから家来なよ。こないだカンダタさんから新しい茶葉貰ったんだ」

 

「アイツ本当色々扱ってるよなぁ。ま、有り難く頂くぜ」

 

「暫く水分取ってないから喉が渇いたニ。早く行くニ」

 

「まぁまぁ、そう焦るなアベル。焦ると余計に喉が渇くぞ」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 まず、カイン達の3年間について記そう。

 

 バルトスを埋葬した後、カイン達はフォルケン王、カンダタ、そしてルミアにそのことを話した。この三人はロンと旅の仲間を除けば、カインの心根を最も知っている者達である。

 フォルケン王は元々病弱であった事に加え体調を崩し気味だったのが、カインがザムザから買い取ったスノキアを国内で栽培し薬にして服用した所、目に見える程の勢いで快方に向かったそうだ。その事でフォルケン王が礼をしたい、と伝えた所、カイン達はバルトスを埋葬する許可を欲しい、と語った。バルトスについて話すと、王は心良く承諾してくれた。魔物と言えど、かの騎士の生き様は王のみならず家臣の胸も打たれるものであった。その頃からカイン達はフォルケン王と懇意にしており、ラーハルトなどは将来城で働かないか、と勧誘までされているそうな。

 カンダタについてだが、彼が一番変わりない。今までどおりの商売をしているが、変化と言えばいつの間にかルミアとも仲良くなっており、一味からは数少ない癒しとして可愛がられている事ぐらいか。特にカンダタと会話している所などは(カンダタの格好さえ度外視すれば)親子のようでもある、とはカインの弁である。着実に商売のルートも増やしているようで、ザムザからの買取以外にも様々な物を仕入れては売り捌いている。

 ルミアはカイン達がテランを訪れた際に暫く会話をしていただけなのだが、こまめに墓の掃除をしてくれていたそうで、その事を知ってからカイン達はちょくちょく彼女の所に来ては旅の土産話をしている。屈託のない笑顔でそれを楽しそうに目を輝かせて聞く様子は、彼らの顔を自然と綻ばせた。一度ラーハルトが、何故墓を掃除してくれていたのか、と聞いた際に“私がそうしたいからやるのであって、特に理由はない”と答え、それを聞いたカインが一層彼女の事を気に入ってからは2月に一回は来るようになり、ロンに通い妻のようだと笑われた。魔族だろうとマシンだろうと何の分け隔てもなく接する姿に、一行が惹かれるのも当然と言えた。

 

 カイン達の方はというと。一行はバルトスの埋葬後も旅を続け、城砦王国リンガイアや勇者アバンの出身であるカール王国など、様々な地を巡った。それでもアルキードにだけは寄ろうともしないのは、未だにあの一件が彼らに怒りを抱かせているからであろう。

 カインは身長以外殆ど変わっていない。背は伸びたものの、今ではラーハルトの方がほんの僅かに高く、時折背を比べては一喜一憂している。勿論強さの方も変わっているが、クロコダイン以上の相手と戦えた事が殆どないので成長を実感できずにいる。なので、近頃は“強い奴を探すよりラーハルトやアベルを相手にして修行する方がいいんじゃないか”とまで思っている。本人はそう思っているのだが、大きくレベルアップしているのは確かだ。ロンと組手をする際にも、剣を使わせるに至っている。

 アベルは身長も中身も変わっていない。小さいのは種族的にどうしようもない。強さの方は彼も3年前に比べて遥かに強くなっている。プチット族の弱点とも言える魔力の少なさを、気合とザムザが発掘、改良した“ふしぎなきのみ”で底上げし、様々な呪文を扱えるようになり、剣の腕も上がっている。平均的なプチヒーローに比べると、スライムとドラゴン程の差だ。頭に血が上りやすくなった感じはあるが、そこはカインの方がキレやすいのであまり気づかれない。というか元々一番喧嘩っ早いのは彼である。

 精神的に一番成長したのはラーハルトだ。以前に比べると、格段に冷静な態度で穏やかに過ごしている。キレやすい二人を止めるのはいつも彼の仕事だ。カインやルミアと共に居ると種族云々というのがバカらしく感じる、と呟く姿からは旅に出る前のような陰は感じられない。腕の方もご多分に漏れず成長しており、一対一の勝負ではカインを圧倒する事もある程だ。フォルケン王からの勧誘については、王の人柄もあって満更でもないようだ。

 

 あれからの旅では、平和になった事もあり、目新しい出会いというのはなかった。というのも、行く先々で出会ったのが知り合いばかりだった、というのもあるのだが。

 マトリフはハドラーを倒した後、パプニカの王宮努めだったそうだが、彼を良く思わなかった者達に追い出され、嫌気が差してバルジ島近くの小島の洞窟に隠れ住んでいた。その辺りに立ち寄った時、雨から逃れようと入った洞窟が偶然彼の住まいだったのだ。カイン達の事は気に入っているから、魔法関係で困った事があったら頼ってくれても構わない、と語った。そんなに気に入っていたのか、と密かに驚くラーハルトをよそにカインは未練がましく魔法が使えるようにならないかと言い、無理だ、の三文字に撃沈していた。どうせだったらテランに来ないか、と聞かれたが、“今ののんびり魚釣って暮らす生活も悪くないし、何より人間相手にするのはうんざりだから”と断った。

 ロンは相変わらず森の奥でのんびりしているが、カイン達の成長を見て“負けていられない”と密かに鍛錬を再開している。長年のブランクを取り戻しつつある彼は、成長したカイン達との勝負でも遅れを取る事がない。ジャンクやその妻スティーヌとの仲も良好で、結構楽しくやっているようだ。カイン達が訪れる度に、カインの靴やラーハルトの槍を調整、若しくは修理してその損耗具合に呆れている。変化があるようにも見えてないようにも見える、そんな日常を楽しく満喫しているようだ。3年という時間は、寿命の長い魔族である彼にも確実な変化をもたらしている。

 アバンとヒュンケルには、未だに会えていない。たまに噂は聞くものの、実際出会えた事はない。ヒュンケルがアバンに弟子入りした、というのは聞いたのだがある時からぱったりとそれも聞かなくなった。何かあったのかは気になるので、旅先ではいつもその影を探している。

 ロバート・ガルシアは、親友のロカと共にネイル村を守りながら、獣王クロコダインに挑んでいるそうだ。ロカが病気で寝込んだ際にこっそりと村に忍び込んでいた老人のような魔族を撃退したりと、その腕前は着実に上がっているようだ。

 ザムザは今までどおり研究に精を出しているそうだ。時折カインが彼の研究で出来たアイテムを買い取っている辺り、割りと順調なようだ。以前話をした際には、父親がミスをやらかして怪我をした、と話しておりその為に上質な薬草を持って行ったりと、高齢な父が心配なようだ。

 

 ところで、極楽鳥とロビンの事なのだが。

 極楽鳥はカインの勧めでいくつかの回復呪文を習得し、ベホマラー以外にもベホイミなどで的確な回復役となった。戦闘に参加する事はないが、同種と比べると明らかに強くなっている、とロンは語った。彼(彼女かもしれない)がいるおかげで、カイン達は安心して戦っていられると言っても過言ではないだろう。信頼できる回復役がいるというのは、それ程安心できる事なのだ。

 そしてロビンだが――彼が最も変わった、と言えるだろう。

 

「いつ見てもロビンの銀色カッコイイよねー、でも最初に来た時は青じゃなかったっけ?」

 

「最初来た時はまだキラーマシンだったからな。今はキラーマジンガだぜ、キラーマジンガ!」

 

「全く、人の身でありながらキラーマジンガを作るなんてカインは本当に常識外れな奴だニ。無論良い意味だから投げるのは止めるニ」

 

「物を収納したりは出来なくなったけど、それでも凄く強いんだぞ?並みの相手ならロビンだけで充分なぐらいだ。こんなモノを作れるってのは本当に凄いぞ」

 

 そう、ロビンは今やキラーマジンガとなっている。ブルーメタルだったボディはあの金属の銀色となり、右手にはロン特製の魔神の金鎚、左手にはこれまたロンが作った吹雪の剣。内部に替えの武器も仕込んでおり、モノアイからのレーザー、尾の弓矢も含めて武器庫のような状態になっている。その防御力もキラーマシン時代とは比べ物にならず、魔法などは全く通用しない。更に強靭になったロビンは、カインの攻撃ですら易易と貫けはしない。

 

「それで、今回はどこ巡ってきたの?」

 

「ああ、ロモスの方にな。クロコダインは相変わらず強かったよ。それとランカークスだな。後はパプニカにも行ってザムザに注文してきたっけ」

 

 茶を啜りながらカインが答える。

 机を挟んで座って楽しげに談笑している姿から、四人がとても親しいという事が分かる。ルミアのような心を許せる相手がいる、という事をラーハルトは嬉しく思っていた。カインとアベルの他には、亡くなった両親にしか心を開く事が出来なかった彼は、とりわけこの時間を大切にしていた。勿論他の二人が大切にしていないという訳ではなく、むしろカインとアベルも彼女に対しては心を開いていた。

 

 

 その日はそのまま夜更けまで楽しく会話をして過ごし、そして夜が明けた。

 

 

 

「で、なんだこのイカ頭巾みたいな奴」

 

 翌朝の早朝、ラムダのアップデートをしていたカインは一人で呟いていた。

ラムダの視覚データの中にあった何者かの影を見て、真っ先に出た言葉がそれだった。その影は昨日ラムダが警戒していた判別不能な存在とやらなのだが、一見して確かにイカのような形状の頭、というか衣服だったのだ。決して魔物の方のイカ頭巾と思った訳ではなく、ぱっと見そう感じたというだけの事ではあるのだが、本人が聞いたらさぞや気分を損ねるであろうセリフを呟いた。

 首を傾げながらAIの更新などをてきぱきとこなしながら、カインは次の目的地について思案していた。

 

 作業を終え、まだルミア達が起きてこない時間なので散歩に出かける事にしたカインは、湖の畔を一周する事にした。

 

「しっかし、なんなんだろうなあの影。襲ってきたりはしなかったみたいだが……」

 

 腕組みをしたままブツブツと呟くカイン。最早これは癖となっていて、ラーハルトには度々苦言を呈されている。

 首を傾げながら歩いていると、森の方に人が立っているのを見かけた。辺りをキョロキョロと伺っていて、何かを警戒しているようでもあった。ゆっくりと歩いて近づくと、その人影は女性だと分かった。

 

「あの、どうかなされましたか」

 

「あっ……あ、いえ。ちょっと何か果物か何かがないかと思って……」

 

「果物ですか。よければ適当に収穫しましょうか?」

 

 眼を見る限りでは悪人ではないようだ。黒い髪を風にたなびかせ、柔らかな微笑みを浮かべる姿から、カインは陽の光を感じていた。果物なら少し探せばいくらでも見つかる。その程度なら簡単だろう、そう考えてカインは申し出た。

 

「いいんですか?すみません、子供に頼んでしまって……」

 

「いえいえ、困っている人がいたから助ける、それだけの事ですよ。では、少々お待ちを」

 

 そう言ってカインは靴に魔力を送り浮き上がる。今では苦労の甲斐あって自在に扱えるようになったが、練習段階では何度もアベルやロンが爆笑し、カインに吹っ飛ばされていたのは言うまでもない。

 手早く適当に林檎などをいくつかもぎ取ったカインは、女性の下に戻ろうとした。しかし、そこで始めて先程の女性に誰かが話しかけているのに気がついた。女性もそうだが、その話しかけている男も、見た事のない相手だった。訝しみながらも女性の所まで飛んだカインは、声をかけた。

 

「どうぞ、少しですが獲ってきました」

 

「あ、ありがとうございます。ほら、あなたもお礼言ってね?」

 

「う、む……感謝する」

 

「もう、そんな固くならずに、ありがとうの一言でいいのよ?」

 

「むぅ……」

 

 困ったように唸る男を見て、女性もカインも自然と口元が綻んだ。ばつが悪そうに頭をガシガシ掻きながら、男は言った。

 

「この果物は有り難く頂くが……できれば、私達がこの辺りで暮らしている事は誰にも言わないで欲しい」

 

「……訳ありかい?って言ってもアンタら悪人には見えないが、どういう事だ?」

 

 男の頼みに頷きながらも、カインは首を傾げて言った。何か罪を犯して逃げている、というような風体でもないし、そもそもこの女性がそういった人間には見えない。

 

「……詳しくは言えんが、彼女……ソアラは、さる国の身分の高い女性である、ここまでしか言えぬよ」

 

「あー、駆け落ちって奴?大変だねぇ、お偉いさんは。隠れ住んでたいならちょっとフォルケン王に掛け合ってみようか?話ぐらいなら聞いてくれると思うけど」

 

 身分が高い、と言われてもカインにとってはどうでもいい事である。そもそも貴族や王族などがカインはあまり好きではないのだ。フォルケン王のような例外を除き、基本的に権威をひけらかすような輩が嫌いなのである。もっとも、目の前の女性が本当に駆け落ちした、というのならそれは身分を捨ててまでこの男と生涯を共にしたい、という事なので好意的に見る事ができるのだが。

 

「そうは言われてもまだ私はお前の事を信用できん。信用に足る人物かどうか、見極める必要があるのだ」

 

「ちょっとあなた、子供に対してそれは……」

 

「いやいやごもっとも。じゃあ、まずは自己紹介からしようか?俺はカイン・R・ハインライン。旅をしていて、このテランには友人がいて、加えて旅の仲間の両親と俺が尊敬しているとある騎士の墓がある故、ちょくちょくここに帰ってくる。種族差別はしない主義で、人間だろうと魔族だろうと同等に見る。趣味はマシンの研究と鍛錬、こんな所か?さぁ、次はそっちが話してくれ。あ、名前だけでいいぜ」

 

 ペラペラと自分の紹介をするカインに面食らった様子の男は、目をパチパチとさせた。女性の方も同様で、同じような反応をしていた。どうかしたか、と声をかけられ、我に返った男は咳払いを一つし、低い声で名乗った。

 

「私は……バラン。当代の竜の騎士だ」

 


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